カザン獣王国 13
お待たせしております。
「ほう、俺の事を知っていたか。流石だ」
自らの名を言い当てられたクレイトンは、今まで被っていた陽気な仮面を脱ぎ捨て、普段の態度なのであろう陰鬱な声で呟いた。
まだ若い人間の男だが、その目は酷く酷薄だ。人を人とも思っていない人種によくいるな、こういうのは。
酒瓶と二つの器を持ってきた店主に促された俺達は適当な席に着くことにした。店はまばらに客が居るだけで、静かな空気が流れている。結構格式の高い店で、粗雑な客はいなかった。
「別に俺が調べた訳じゃないが。知っての通り、ここに来たのは数日前だ。だが、それでもあんたがいろいろ陰謀を巡らせたのは明らかだ。随分と手広くやったな、王宮はおろか、神殿に王都の裏側まで手当たり次第に手を伸ばしている感じだ。ここまでやれば目聡い連中なら気付くさ。これは内務卿のやり方じゃないとな」
スカウトギルドに頼るまでもなく、アードラーさんも気付いていたことだが今回の手口はこれまでのシンバ内務卿の物とは違っていたのだ。
彼はもっと遠回しに事を進める性格らしく、直線的なアードラーさんとは相性がひたすら悪かった。気付けば外堀を全て埋められている感じの策を好むそうで、だからこそこれまでは言いようにやられていたのだが、今回は余りにも直接的に過ぎた。
神殿を襲って儀式を潰してラナを誘拐し、その責をラコンに負わせて追ってきたアードラーさんを奴隷落ちさせるなんて、いくらなんでも乱暴すぎる。粛々と事を進めて逃げ場を塞ぐ手法を取る内務卿とは違いすぎる手段に、彼も当初は別の勢力の目論みなのかと思ったそうだ。
「そして情報を生業にしている奴等の網に引っかかった。昨年から内務卿の食客に加わった奴がいるらしい。そいつは生まれも経歴も全て謎だが、解っていることは西から流れてきたらしい事と新参者の癖に妙に内務卿からの扱いが良いことだけだ。それがあんただろ?クレイトンさんよ」
「よく調べてあるようだな、こちらは通り一辺倒の事しか解らなかった。冒険者ユウキ、ランクこそDだが、その力はAランクにも匹敵するとな。それ以外の情報は全て隠されている。生まれも家族も調べはつくが、故郷はおろか家族さえ誰もお前を知らぬという。そっちこそ何者だ? 調べた者がここまで気味悪かったのは初めてだと言っていた」
「そうか? 俺はただのどこにでもいる人間だせ? 調べた奴の腕が悪かったんだろうさ」
これに関しては俺が嘘をついた。自分の情報はユウナに命じて念入りに隠蔽、或いは欺瞞情報を施しているが、その点についてはまったく心配していない。ユウナは凄腕だし、どうせ調べるのはその筋の専門のスカウトだ。彼等のやり口は彼女も熟知しているのでその塩梅も弁えている。
俺が好き勝手やったせいでライルの家族に迷惑がかかるのは避けたいので、これには大量に金と時間をかけていた。
「で、そのあんたが俺に何の用だ? 共に一杯やりたいならまあ歓迎するが、それは日を改めてくれ。これから人と会う予定なんだ」
「俺の策を悉く潰してくれた奴の顔を見に来たのだ。そしてそこが酒場であれば酒の一杯でも奢るのが筋というものだろう」
とても筋道を気にするような男には見えないが、注がれた酒をまず奴自身が口にした。毒などは入っていないという証明だが、それを頭から信じるほど俺はめでたい性格などしていない。
だが、飲まないという選択もできないので仕方なく口をつけるが、まあ美味くも不味くもない微妙なワインだった。
この酒場は獣王国の王都の中でも品格は高い方だが、それでも出てくる酒はこんなものだ。混ぜ物が……少量の上等な酒とそこそこの普通の酒、そして大量の悪い酒を混ぜてある程度の品質の酒にしてしまうこの世界ではよく見られる手法だ。
こんなものが罷り通るから逆に如月の酒が馬鹿みたいな額で取引される一因でもある。そしてこの酒の利点はもうひとつあるのだが……。
「しかし、お前は公子から幾らで雇われたのだ?今の公子は元総戦士長の庇護下にあるとはいえ、自由に使える資産は少ないはずだ。何を報酬に約束したのか、後学の為に聞かせてくれ」
そうか、まあ普通そう思うよな。他者から見れば何故ここまでラコンに肩入れするのか理解できなくても仕方ない。
「ああ、その件か。そりゃあいつだけが俺を満足させるただひとつの報酬を持っていたからさ」
「ほう、これでも俺はこの国ではかなり融通が利く。やもすれば公子以上の品を用意できるかもしれんぞ」
「いや、それは無理だ」
「そう言わずに、話してみてくれ。単純に興味があるのだ。お前ほどの男を動かすに足る報酬とは何なのかをな」
食い気味に聞いてくるクレイトンに対して、俺は溜息をつきつつ口の端を歪めた。
「こっちにつけば女子供を標的にする策を練ったクズ野郎の吠え面が見えるじゃねぇか。ほら、その面だよ、それが見たかったのさ」
「な、なんだとっ!?」
「お前のような腐れ外道は真っ先に始末した方が世のためなんだが、ラコンの敵だから敢えて生かしておいてやったってのによ。そっちから仕掛けてくるとはな。色々喋って時間稼いでいる中悪いが、俺に毒の類いは効かねえからな」
「誰が毒などを! 俺もこの瓶から同じ酒を飲んだだろうが!」
「そんなもん、先に解毒剤でも飲んでりゃすむ話だろうが。演技は素人だな、俺が酒を飲んだとき、お前の目が微かに嗤ったぜ? 毒を飲ませて苦しむ俺を見たかったんだろうが、当てが外れたな」
俺はそう指摘してもクレイトンは認めようとはしなかった。すでに敵対関係で遠慮などする意味などないはずなのに、往生際の悪い奴だ。
「馬鹿な、俺が毒を仕込んだなどという証でもあるのか?」
「今更お前の正しさを証明して何の意味があるってんだ? だがまあ、知りたいなら簡単に解る方法がある。なあ、店主、あんたの店で出してる酒だ。あんたなら自信を持ってもちろん飲めるよな?」
「い、いや、それは……」
俺の言葉に急に話を振られた店主は言葉に詰まった。店主が出してきた酒だが、混ぜ物がしてある酒は毒などを仕込んでも判明しにくい利点があるのだ。
もちろん毒殺を警戒するような貴族やお偉いさんはこんな程度の低い酒を飲む機会などないので心配は要らないが。
「おいおい、どうした? あんたが自分で出した酒じゃないか。何で飲めないんだよ、まさか毒でもはいっているというのか?」
「あの、それはその……私は少し外しますので」
何度かクレイトンに必死な視線を寄越していた店主だが、奴は何の反応も見せないので店主は逃げ出してしまった。
「くそっ、何故だ、既に毒は全身に回っているはずだぞ。何故、効かぬのだ! 魔道具の毒抜けをもすり抜ける秘毒だそ! これまでの相手なら既にのたうち回って地獄の苦しみを味わっているはずだったのに!」
「毒程度で死んでやれるほど簡単な人生は送ってないからな。さて、随分なもてなしだが、お前の意思は理解した。しかし、さっきの態度といい、お前は随分と頭は切れるようだが、現場に出たのはこれが初めてだな?」
俺の指摘にクレイトンは黙りこんだ。図星らしいが、こんなお粗末な罠を食らってやるほどお人好しではない。
「こんなの手下か刺客雇ってやらせることだろうに。俺の面を見たいが為に愚かな事をしたな。敵の首魁が不用意に現れちゃ駄目だろうが。これはどんな”不幸な事故”が起こっても不思議じゃないぜ」
今までの相手がお綺麗な連中だったからか、同じ穴の狢に狙われる事がなかったらしい。これまで散々に他人の人生を玩具にしていやがったくせに、舐めた野郎だ。俺の笑顔の指摘にやつの顔から生気が消えた。
「お、俺を殺せば内務卿が黙っていないぞ!」
「大丈夫だ。一生行方不明になるだけさ。死体が上がらなければ疑惑のままで終わるし、俺は明日にでもこの国を離れるつもりだしな。それに知ってるか? ダンジョンは死体処理に最適の場所なんだ。二日も放置すれば跡形もなく始末してくれるんだぜ」
ダンジョンに挑む冒険者でもなければ知らぬ情報を口にすると、本能的に死の匂いを嗅ぎ取ったらしいクレイトンは背後の席を見た。そこには最初から二人の体格の良い獣人が酒を飲んでいた。
「おい、お前ら何してる! 仕事をしろ!」
「用心棒の二人は夢の中さ。酷使してたんじゃないか? こりゃ明日まで起きそうにないな。さ、どんな死に様が望みだ? 体中の骨を砕かれたいか? それとも魚の餌になりたいか? 要望を聞いてやるぞ」
店に入ったときに俺に一瞥をくれたので、何かあるなとは思っていた。そうしたらクレイトンが現れたので、この二人の素性の想像は容易だった。今は<睡眠>で深い眠りについているので、奴がどんなに叩き起こしても翌朝まで目を覚ます事はない。
「ひっ!!」
俺が笑顔で殺し方を尋ねてやると、奴はこの世の終わりのような顔をして座り込んだ。
そのとき、店の扉が開き、俺の待ち人が姿を現した。
「ど、どけっ! どきやがれっ!!」
「くっ、いきなりなんだお前は!」
俺がクレイトンへの視線を切った一瞬の隙に奴は恥も外聞もなく逃げ出した。俺から逃げ切れると思っている辺り甘いにも程があるが、まあ今はもとの用事を優先するか。
「おい、まさか今の人間は、もしや?」
続いて顔を出したもう一人の獣人が俺に尋ねてきた。
「ああ、あれがあんたが話題にしていた内務卿の食客のクレイトンさ」
「随分と慌てていたな。まるで地獄の悪鬼にでも出会ったような顔をしていたが?」
「冗談もほどほどにしてくれ、俺は連中よりも優しいはずだ。約束を守ってちゃんとあんたに報酬を用意しているんだからな。さ、座ってくれ。依頼の精算をしよう」
そうして俺はスカウトギルドと冒険者ギルドのマスター二人を招き入れるのだった。
「しかし、さきほどのクレイトンはそのままで良かったのか? あの様子じゃ何かあったんだろう?」
冒険者ギルドのマスターであるライネスが俺の正面に座り、スカウトギルドのマスターが、その横に座った。彼の名はギルムットといい、二人共にスカウトであるので対立しがちな両ギルドがここでは珍しく協力関係にあるのだった。
だからこそ今回は王都中をひっくり返すような大掛かりな捜索や仕掛けが可能だったのだ。
もちろんそれなりに費用もかかったので、その支払いに二人を呼んだのだ。
「お、酒があるじゃねぇか。店主も居ねぇし、もらうぞ」
「あ、それは毒入りだから止めとけ」
「ぶはっ! おまっ、なんてもんを飲ませやがる!」
口にしかけたギルムットが牙を向いて怒るが、勝手に酒を飲もうとしたあんたが悪い。
「なるほど、だからさっきの場面だったのか。毒殺しようと失敗して奴はあそこまで脅えていたのか」
「くそ。そうなら先に言えよ。寿命が縮んだぜ」
暗殺も仕事のひとつであるスカウトギルドの長が毒入りの酒で死ぬのは笑い話であるが、当人はクレイトンが仕込んだ毒の種類が気になるようだ。
仕方ないな。酒を頼もうにも店主が逃げちまったし、他の客は今の騒ぎで帰っちまうか、夢の中だ。誰も見咎める奴はいないし、まあ出してもいいか。
「これでも飲んでろよ。ここらにはない珍しい酒だ。口に合うといいが」
瓶を取り出したら二人の気配が変わる。そろって俺が出した酒を凝視している。
「おい、ライネス。あれがそうか?」
「噂が確かならそのはずだ」
俺から奪い取るように酒瓶を手にした二人は争うように器に注ぎ、一息で飲み干した。
そして、法悦の極致のようなたるんだ顔をしてしまう。おい、話が進まんぞ。酒は後にすべきだったか。
「これが方々で噂になった神の雫か。稀人がもたらした技術で酒を作るなんざ、馬鹿げた事だと笑っていたが、これは確かにすげぇわ」
「ジェイクの野郎が散々自慢しやがった品だけはあるな。なあ、もう一杯いいか?」
「それ飲んだら話を進めようぜ? あの野郎の件で後始末する用事が出来ちまったんだ」
俺の言葉を待たずに酒を飲みだすギルムットだが、幾分不安そうな顔をした。
「そういえばあのクレイトンを放置していいのか? あの手合いは逃すと面倒だぞ?」
「俺が敵に対してそんな優しさを持っている奴だと? そんなに誉められるとは予想外だったな」
「いや、それなら、いいんだ。ああ。悪い事を聞いた」
これまで回った酒精が消し飛んだ顔でギルムットはうわごとのように呟いた。それを聞いたライネスが本題に入る。
「ではお互い仕事も控えている事だし、先にこちらを渡しておこう。金貨で540枚ある。こちらの取り分と諸経費諸々を引いてこの額だ」
確認して欲しいと金貨の詰まった複数の袋を差し出した彼の顔には安堵が張り付いている。マジックバックで持ってきたようだが、俺もこんな大金を持ち運ぶ役を仰せつかるのは嫌だな。
大きめの皮袋が5つと小さ目のが1つなので、総額入っていると見ていいだろう。中身を検めてもいいが、どうせ俺の懐に行くわけでもないのでそのままギルムットに視線を向けた。
「前に話した追加報酬は金貨400枚だったな。確かに払ったぞ、持って行ってくれ」
そう言って袋を4つ彼の前に押し出したが、受け取る本人は納得のいった顔をしていた。
「冒険者ギルドが妙に騒がしいと報告を受けていたが、なるほど、こいつからの換金依頼を受けていたのか」
「一昨日いきなり現れてダンジョンアイテムを山ほど買取してくれと言い出したのだ。職員総出でも足りずに、他の支部から応援を頼んだほどだ。それも彼からの依頼で他に人員を割きながらだぞ。なかなか修羅場であったよ」
「その分手間賃せしめているじゃないか。俺の計算では金貨800枚はあると思っていたぞ」
俺の指摘にライネスは首をすくめてみせた。依頼自体は金貨数十枚(これでも超大口依頼の筈だ。最近自分でも感覚が麻痺してきた感がある)程度なので、一体どれだけ間引いたのだろう。
「俺の聞いた話じゃこんな事をしなくても金持ちだと思ってたが……」
あっと言う間に酒を飲みつくして瓶を逆さに振っているギルムットに苦笑いした俺は新たな酒を出してやる。
「旧大陸の金貨をここで出しても仕方ないだろ? 白金貨なら払えるが、アレはそっちが貰っても困るだろうし。こちらの金を用意するには換金するのが一番だからな」
白金貨はどうやら全世界共通らしいのだ。作られたのが大昔で、例の古代魔導具が用いられた時代とか何とか。滅多に使われない硬貨だから磨耗もしないのだろう。
こんなもの(金貨100枚分)を普段使いするのは大商人か国家くらいなものだ。
「まあそうだな。白金貨なんぞ出されても両替商が喜ぶだけだ。だが白金貨なんぞ本当に持って……ははは、悪かった。こりゃすげぇ、眼福だ」
積まれた白金貨の小山を見て口笛を吹いた。俺も魔約定に入れれば大分借金の額が減るとは解っているのだが、利子の300枚は借金の残りが1枚でも1000万枚でも変わらないからな。
それにこれを見せた相手の反応も面白いし。
「今回は世話になったな。何とか形になったのはあんたらが尽力してくれたお陰だ」
「構わんさ。依頼を果たしただけだし、なによりあの内務卿に一泡吹かせてやれたからな」
「こちらも益があってのことだ。アードラー公が復権されたならギルドの風通しも良くなる。前にも言ったが、協力しない理由がない。それになかなか面白かったぞ。クロイスの件があってから、どうにもギルドに活気がなくてな、久々に痛快な話だった」
ライネスが触れた事柄が俺の気を引いたので、その事を訊ねてみることにした。
「そういや、彼らは何を失敗したんだ? 依頼とかではないようだが」
「聞いていないのか? まあ、ここでは知られた話だが、俺が話したとは言わないでくれよ」
「ダンジョンの攻略に失敗したのさ。獣王国最大の迷宮、メッサリーニダンジョンの中層で中ボスにやられたらしい。それでもリッケルト一人の犠牲で生きて帰ってくるんだからそこは大したものさ。あんたならそう思うだろう、”嵐”さんよ」
「そうだな、三人で攻略となると一人が欠けたらそこからなし崩しに全滅ってこともある。クロイス卿は相当気にしていて詳細は話しちゃくれないが、実際大したもんだろう」
「おれもそう言いたいのだがな、エレーナはリベンジに燃えているが、クロイスの方が心折れてしまった。極めて優秀だった奴にとって仲間の喪失は初めてだったからな」
「けっ、それくらいで心折れるなら向いちゃ居ねぇと本当なら笑う所だが、あの二人は組んで実に長かったからな。代わりを探して再度挑もうとした”紅眼”を怒ったって話も解るってもんさ」
俺が出したつまみを美味そうに食いながら苦い話をする二人に耳を傾けながら、俺は彼等ほどの実力者が失敗したダンジョンに興味が出てきたが……いかんいかん、まずはウィスカを優先だ。色気を出して他に手をつけて収拾がつかなくなる未来しか見えん。
「だが目の前には世界最高難度のウィスカをソロで攻略している男が居るんだ。どうだ、一度挑んではみないか? ギルドとしても助力は惜しまん」
「ダンジョン探索にスカウトは必須だぞ。お前の能力からしてスカウト重視なのはわかっているぞ。どうだ、いい奴紹介するぜ」
二人して勧めてくるし、エレーナもふとした拍子にクロイス卿の話題を出しつつ、俺に挑まないかと促そうとしているなと感じるときはあった。
俺の興味もないわけではないが、とりあえず今はひとつに集中しなければいけない。
「悪いが今はウィスカに集中したいんだ。あそこを攻略したら世界を回るつもりだから、その時は真っ先にここに来るさ」
用事が終われば新大陸を発つとこれまで何度も説明しているので、俺への好感触を土産としてこの話は終わるのだったが、その時また酒場の扉が開いた。
「ここにユウキの旦那はいるかい?」
「レンバルトか。屋敷の宴会に参加してたと思ったが、まあいいや。俺もあんたに話があるんだ。座ってくれ」
俺を探していたらしいレンバルトは俺が同席していた男達を見て驚いたが、彼も一団を率いる頭として怯みはしなかった。
「彼の事は知っているな。”黒獅子”のレンバルトだ。これから王都の裏側を仕切る男になる。ギルムットは良く顔を合わせることになるだろう」
「ああ、知ってるさ。頭を丸めて名を上げたなんてこの男くらいなものだろうからな。そして今じゃお前が潰した”白狼”と”大蛇”の残党を吸収して紛うことなき最大勢力の頭さ」
「あんたが噂の。ユウキの旦那に祭り上げられちゃいるが、今の俺は総戦士長の手下の一人さ。だがまあ、よろしく頼むわ。そっちは冒険者ギルドのマスターだな」
「ライネスだ。今の話だと、アードラー公の配下についたと見ていいのか?」
「ああ。俺みたいな半端者を閣下は覚えていて下さった。それに奥方様方への非礼もお許しくださったんだ。これからこの命はあの方に捧げると決めたぜ」
俺はラナの件で外していたのだが、再会がなってしばらく後に、レンバルトはアードラーさんに今回の不始末を謝罪している。一団を率いる器量もちなのでアードラー公も自身の下にいた彼を覚えており、また頭を毛を丸めるという獣人最大の屈辱を受け入れて謝罪をする彼に感じいるものがあったようだ。
奴隷落ちして辛酸を舐めた彼等と深い恥辱を味わったもの同士、過ぎた事は気にするなと笑い飛ばした彼にレンバルトは手下にして欲しいと懇願したそうだ。
「まあ、その話は俺がいないところでやってくれ。それで俺に話ってのは、大黒屋に関することか?」
「ああ、番頭のサウルに挨拶したら、詳しい事はあんたに聞けって言われてよ」
「あいつ、俺に振ったのかよ。自分の店のことだろうに。いや、これからあの店はでかくなるだろう? だからお前の組織はあいつらから仕事を貰えよ。これで恥ずかしい仕事を嫌々しなくて済むだろう。そんでもってあのシロマサの親分のような役割をしろ」
「俺達が大店の専属になれるってのか!? そりゃあこの上なくありがたい話だが、いくらなんでもあの大侠客シロマサの真似事は荷が勝ちすぎらぁ。俺なんざ伝説の足元にも及ばねぇよ」
こいつ、親分さんの偉大さをちゃんと理解している。やはり解るやつは解るんだよな、あの御方の偉大さが。海を隔てた新大陸にもその威光が届いているとはさすが親分さんだ。
「それでも出来ねぇと諦めたら一生追いつけねぇさ。俺もあの方の背中を追いかけている毎日だ。共に精進する他ないさ」
あんたもか、と破顔する俺達に奇妙な連帯感が生まれた瞬間だった。なんだよ、まだ素面かよ。酒飲みねぇ。
「それと今日の報酬な。今日はあんたたちが上手く事を治めてくれたから成功した。もし喧嘩沙汰にでもなれば何もかもがご破算だった。実際、そんな騒ぎも起きかけたしな」
酒と食い物を振舞えば気の大きくなる奴が出るのは当たり前で、力を重視する獣人はそれが顕著だ。揉め事はもちろん、最後のほうはラコンたちの再会を邪魔でもするのか、港の外から一団が接近していたのを近づけさせないようにするなど彼らは影の功労者だった。
残りの金貨の袋を渡そうとした俺にレンバルトは固辞した。
「それは受け取れねぇよ。今回の件は俺達の不手際の禊さ。これで金を貰っちゃ俺達の見識を疑われる。引いては王都の衆の支持なんて夢のまた夢さ」
「だがただ働きってのはうまくねぇ。手下達も霞食って生きるわけにはいかないし、渡す物は渡してやりな。それが頭ってもんだろ。分配は任せる。あんたからと言って渡せば問題は出ないだろ。とにかく受け取ってくれ、仕事には報酬が付き物だ。責任の伴わない仕事は手抜きのいい加減なものになるからよ」
俺の言葉にレンバルトはしばし逡巡していたが、最後は受け取ってくれた。彼もこの数日無償でアードラーさんの屋敷の警護を買って出ていた。手下も含めてそれなりの出費はあるだろうし、ただ働きをさせ続けていれば彼の求心力にも翳りが出てくるだろう。
「じゃあ三人はしばらくここで飲んでいてくれ。出歩くなよ、巻き込まれたくはないだろう?」
ここですべき事を終えた俺は席を立った。後は最後の後始末を残すのみである。
「何の話だ? いや、もちろんこの美味い酒が飲めるなら文句はないが」
「後でおいおい説明してやる。だが、奴の居場所は解るのか? ああなった奴は執念深い蛇のように面倒だぞ?」
ギルムットが懸念を口にしてくるが、彼は俺の<マップ>機能を知らないので当然の話である。だが既に俺は奴の居場所も目論みも理解していた。
「相手の立場になれば見えてくるものもある。俺の始末に失敗し、完全に敵対したあと、奴はどうでるか?」
「尻尾を巻いて逃げるか、プライドを守る為に復讐を挑むか……奴の性格が解らんな、これまで全く表に出なかった男だ」
「自分の策に自信を持っていた男のようだ。俺に全て潰されて誇りを傷つけられたようで、本人がわざわざ出向いて俺を毒殺しようとしやがったよ」
酒を煽ったギルムットは鼻を鳴らした。
「ならば、復讐を企むな。お前ならそれくらい読めていただろう、何故あの時始末しておかなかったんだ?」
彼の問いに対する答えなど決まっている。
「あのまま殺したんじゃ中途半端だろうが。奴の持てる全てを出しつくさせた上で心を折って殺すにはそれなりの手順が要るのさ。今もせっせと手勢を集める悲しい努力をしている真っ最中だぜ」
「お前の敵に心底同情する。世の中には敵に回してはいけない相手がいると理解していなかったようだ」
「その増長のツケは自らの命で支払う事になる。良くある話だな。だがこれで少しはこの国の風通しも良くなるかもしれんな。奴の策は陰険に過ぎる。この国にはそぐわない」
「つくづく内務卿が何故あんな男に好き勝手させているのか理解できん。今回の件もそうだ。ラコン公子を政治的に潰すのが最終目的だとしても、それが今である必要がどこにある。彼の氏族の勢力が他を圧倒していなければ、その後は他の氏族との主導権争いになるだけだ。現状で他と結託されたらいくら内務卿といえど勝ち目はない。それくらいは今までの振る舞いを見れば理解していると思ったが」
「敵の事情は解らんが、この件がラコンの追い風になるのは確かだな。じゃあ、俺は行く。このまま獣王国から消えると思うから、ここでお別れだ。世話になった。また会おう」
「こっちの台詞だ」「また何時でも歓迎する」「感謝するぜ、ユウキの旦那」
三者三様の返事を背に受けて、俺は夜の帳が降りた王都を駆けるのだった。
クレイトンが手勢を集めている事は既に解っている。逃げ切れないと悟り、殺られる前に殺れとばかりに使える駒を総動員しているらしい。
いいじゃないか。獣王国じゃ裏方に回りすぎて多少鬱屈していたところだ。最後の夜くらい派手に暴れてやる。誇りを重んじる獣人が徒党を組んで一人の人間に戦いを挑んで負けましたとお上に泣きつく筈もない。やったら、そいつは一生軽蔑されて生きる事になるからだ。恥と名誉の概念が人間以上に強い彼等の社会では戦いにおける結果を素直に受け入れる。少なくともラコンやアードラーさんを批判するような流れにはならないだろう。
「あ、いた。あんたどこに行ってたのよ」
「ああ、エレーナか。宴を抜け出して良かったのか?」
俺がこれから巻き起こる暴力の嵐に獰猛な気配を隠さずに歩いていると、視線の先にはエレーナの姿があった。どうやら俺を探していたようだ。
「一応まだあんたに礼を言っていなかったと思って。今回の事は本当に助かったわ。セレナさんも結構限界で、あんたがあと一日遅かったら、いろいろ手遅れになっていたかもしれないの。ラコンたちの件も含めて、彼等の友人として礼を言うわ。本当にありがとう」
素直なエレーナの言葉に面食らってしまう。これから血の雨が降る修羅場に挑もうとしている俺としては戸惑ってしまうほど清冽さだった。
「そんなの、明日でも良かったのによ」
「どうだか。あんた、用事が済めば今すぐにでも帰っちゃいそうじゃない。だからちゃんと礼を言えてよかったわ。で、これから何する気だったのよ。あんなに殺気を振りまいて、遠くにいた私も気付いたわよ」
「ちょいと後片付けをな、って考えてみればあんたも権利があるな。どうだい、今回の主犯が手勢を連れて待ち構えているんだ。一緒に叩き潰しに行くか?」
「は? どういうこと、説明しなさいよ?」
俺が事のあらましを語ると、彼女の体からも俺に負けない怒りの気配が噴き出した。
「私も行くわ。きちんと落とし前を付けさせてもらうから」
「装備を取ってくるか? 後で合流すればいいし」
俺の提案にエレーナは首を振った。その瞳は強い決意が溢れている。
「性根の腐った下衆相手にそんなもの必要ないわ。宝珠と状態のいい触媒を幾つか貸してくれれば十分よ」
「なるほど、”紅眼”の本領を見せてもらえそうだな」
渡したレイスダストを見た彼女から溜息が出た。
「何気なく手渡された品がレイスダストって……これがどれだけ貴重な触媒か解って……いや、返さないけど!」
なら文句言うなよ、と思いつつ、俺はクレイトンが手勢を集めている裏町の空き地にたどり着く。
「あ、来ましたぜ。人間二人です!」
「一人は上玉じゃねえか。人間じゃなきゃ楽しめたのによ」
「なら俺達がもらってやるぜ。はっ、随分な別嬪じゃねぇか! あの赤い髪、紅い髪だと、まさかあの女”紅眼”かよ」
「なに、”紅眼”だと!」
相手は程度の低い獣人のカスどもだが、エレーナの姿を見て動揺があった。やはり勇名轟く有名人なだけはある。
「アレはそういう感じじゃなさそうだけどね」
エレーナの指摘どおり、敵側からは露骨な嘲笑が巻き起こった。
「はははっ、馬鹿じゃねぇのか? 魔法使いが前衛もなしに獣人の俺達に喧嘩を売るだと!? 詠唱の最中に喉笛引き千切ってやるぜ!」
「おいおい、それじゃ俺らが楽しめないだろうが。もう一人の男が壁だろうさ」
「そうだな、まずはそいつを……ってあの野郎は!!」
体に包帯を巻いた獣人が俺の姿を見て悲鳴を上げた。多分俺が初日に潰したどちらかの組織の奴等だろう。見込みのありそうな奴等はレンバルトが吸収したが、どうしようもないゴミどもはこちらに集まった。しかしゴミはまとめて掃除する主義の俺としては計算どおりの結果である。
「これがあんたの狙いだったのね。敵を見逃したなんて聞いて何やってんのと思ったけど」
「掃除の基本だろ、ゴミをあらかじめ纏めておくのは。明日には消える身だ。ラコンやアードラーさんに迷惑をかけるわけにはいかない。俺が出したゴミは俺が掃除しておかないとな。で、お山の大将は、あんな奥に引っ込んでやがる」
「へえ、あの人間が主犯? 随分と陰険な野郎ね」
俺達が屯する獣人たちを眺めていると、一切臆した様子がないこちらに痺れを切らした一人が叫んだ。
「この人数相手に何を粋がってやがる! こっちは300人はいるんだ! お前がいくら腕が立とうと数の前には勝てねえよ。前だって奇襲さえ受けなきゃこんな事にはよ! 今回は準備万端だ、前みたいにはいかねえぞ!!」
気にしてなかったが獣人たちを良く見れば各々が防具を身につけ、手には得物がある。これから喧嘩というより戦争をしに行くような装備である。
「お前ら、二人相手にその装備って、恥ずかしくないのか? 男なら素手で来いよ」
「黙りやがれ! 今日という今日は地獄を見せてやるぜ! 生まれてきた事を後悔させてやる!」
処置なしとばかりに声を張り上げる獣人に俺は溜息をついた。
「おい、クレイトン、数はこれで十分なのか? ちゃんと準備しろよ、死んだ後にああしておけばよかったなんて悔やむのは馬鹿のすることだぜ。あ、いや馬鹿だったな」
「こ、殺せ! 殺せ! 何をしてもいい、その人間を殺せぇ! 殺した奴には何でもくれてやる! あいつを八つ裂きにしろぉ!」
目を血走らせて叫ぶクレイトンには、先程までの面影が消えうせている。今の奴は濃い死の影に覆われた亡者のように脅え、恐れている。ちょっと脅かしすぎたか?
「なんなのあれ? 話に聞いていた人物と違いすぎるんだけど。もう壊れる寸前じゃない。お陰でちょっと溜飲が下がったけど」
「まあ、死体になればどんな奴も一緒さ。さて、じゃあ始めるとするか。素手ゴロならこっちも手足で対抗してやる気になったが、完全装備で来られたらな。やる気が失せたわ」
「へっ、今更後悔しても遅ぇぞ。ズタズタに引き裂いて大通りに曝してやるからよ、楽しみにしてやがれ」
俺の言葉を聞いて優勢を確信したらしい獣人の一人が威勢のいい事を言っている。向こうの士気は上がっているみたいだが、俺が本来どういう戦いをするのか知っているエレーナに動揺は見られない。
「へえ、やれるもんならやってみろ。生きる価値もないようなゴミどもが、纏めて焼却してやるからありがたく思え!」
そして俺は眼前に火球を生み出した。拳大のいたって普通の<ファイアボール>だが、魔法の行使に敵からどよめきが上がる。俺を腕に覚えがある喧嘩自慢だとしか思っていないからだろう。
「魔法使いか! 距離をとれ! 魔法を使った後は隙が出来る。そこを狙えよ!」
隊長格の男が周囲に指示を飛ばしているが、奴等の表情が消えたのは次の瞬間だった。
「な、なんだあれは!? 何だってんだよ!」
俺が生み出した1つの火球は2つに分裂し、4つ、8つ、16、32と加速度的にその数を増してゆく。4桁になる頃には誰もが声を失ってゆく。膨大な数に増えた<ファイアボール>は彼等の上空に取り巻いて、逃げ場をなくしていた。
「さあ、踊れよ、くそ野郎共!」
<ファイアボール>の着弾と共に爆裂する炎で火達磨になる獣人の悲鳴が、この狩りの開幕を告げる鐘となるのだった。
「やめろ! やめてくれ、こんなのは戦いじゃない、これじゃただの殺戮だ!」
先程まで300を越えていた仲間はすでに半数を切っている。そう呻く獣人がまだ生きていられるのは既に抵抗する意思をなくして頭を抱えて蹲っているからだ。
<ファイアボール>を迎撃せんと果敢に武器を振り上げた奴もいたが、触れた瞬間に猛烈な炎が炸裂するので自分から当たりに行くようなものだった。恥じも外聞もかなぐり捨ててこのように蹲るのが一番生き残る確率が高かった。
「なんなんだあいつは! ただの人間じゃなかったのかよ! 何で俺がこんな目に!」
震える声で顔を揚げたそいつが見た最後の光景は紅い目をした紅い髪の女だった。
次の瞬間には眼前に現れた巨大な何かに全身を強く叩き付けられて意識を失うのだった。
「あれが”紅眼”か。発動中は自分の魔法の威力を数十倍に高める固有スキルか。ただの<ストーンバレット>があの有様か。凄い技能だな」
「あんた以外ならそりゃもう自慢してるんだけどね。さっきの訳わかんない攻撃よりかはまだ大人しいわよ。あれだけの威力でありながら一人の死人も出していない制御力、意味不明すぎて嫉妬する気さえ湧かないわ。”必要な威力で必要な場所に必要なだけ放つ”は基本中の基本とはいえ、ここまで実践されると言葉もないわよ」
結局魔法を使ったが、エレーナを連れて来た段階で拳でカタをつけるのは不可能に近かったし、黙っていたら黙っていたで非難の矛先が向くのはこちらだろうから、こいつらは魔法で殲滅される運命だ。
「で、結構撃ち洩らしがあるようだけど。前半はあんなに当てまくっていたのに、途中から雑になってない? やっぱり制御は難しいの?」
そういう訳ではないのだが、仲間なら事情を察してくれるのだが、エレーナにどう伝えたものか悩んでいると、攻撃が止まった隙を見た一部の獣人達が俺に背を向けて逃げ出した。
「冗談じゃねぇ、こんな所にいられるか! 金を貰って馬鹿をいたぶれると聞いたんだ、こんな目に遭うなんて聞いてねえぞ」
「あ、逃げた!」
「俺らがこっちにいるから出口はそっちしかないからな。それはあってるんだが、まあ運がなかったな」
我先にと逃げ出した5人ほどの獣人が、天高く舞った。何が起こったのかと思う前に周囲に居たほかの獣人も吹き飛ばされていく。血煙が舞うその姿はまさに暴虐と呼ぶに相応しい。
「戦いに背を向けるとは、貴様等それでも獣人か! 誇りはどうした!? このアードラーが直々にその腐った性根を叩きなおしてくれるわ!」
「隊長にだけいい所を持っていかれてたまるか! 俺達も暴れさせてもらうぜ!」
「よくも俺達を嵌めてくれたな! 地獄へ行く覚悟は出来ているだろうな!」
出口の先にはアードラーさんを始めとした今日帰還した戦士達が完全武装で集まっていたのだ。
もちろん偶然ではなく、俺が情報を流して呼んだのである。
さきほどまで飲み食いしていた連中は酒が残っているはずだが、如月や玲二に魔法で酒精を抜いてもらったらしい。
自分達を奴隷に落とした策の首謀者を追い詰めましたと連絡したらすぐに向かうと言ってきたのだ。もちろん俺だけが敵を独り占めしたら後々恨みごとを言われそうなので配慮したのである。
俺とエレーナ、そしてアードラーさんたちの参戦により、崩壊寸前だった敵は完全に崩れた。他は逃げようとしている相手を追い詰めているところだが、じゃあ俺もこの場を締めるとするか。
「おい、どこへ行こうってんだ。逃げてもどこまでも追うぜ」
「ひっ、なんなんだよ、なんなんだよ貴様は! この俺の計画がこんなに簡単に崩れ去るなどあってはならん。そうだ、これは夢だ。夢に決まっている」
恐怖により錯乱し始めたクレイトンの髪を掴んで奴の顔を覗き見る。精神の逃避など許さない。回復魔法で無理矢理現実に引き戻して、最後の瞬間まで自分の愚かさを痛感させてやる。
「さあ、懺悔の時間だぞ。 てめえの罪を数えろ」
「く、来るな。この俺を殺せば後悔する事になるぞ!!」
「それはさっき言っただろ。頭がイカれて記憶まで混濁したか?」
「俺の背後にいるのはこのちっぽけな国の内務卿程度じゃない。もっと大きな存在を敵に回すことになるからだ」
命冥加に嘘を語っているような雰囲気はない。本人もまさに最後の切り札としてその存在を明らかにしてきたようだが、今更誰が来ようと俺の目的は代わらない。
「お前に心配される義理はないな。それにおまえはこれから行方不明になるんだ。行方不明ならもしかしたら死んでないかもしれんし、そう酷い事にはならんさ」
「この、化け物、悪魔が!」
こいつから出たその一言に俺は思わず噴き出した。
まさかこの連中から出てくる言葉とは思わなかったからだ。
「悪魔はお前らの方だろう? 俺が亡者に見えるってのか?」
「ま、まさかお前、我等を……」
あれ、カマかけただけだったのに、やっぱり事実だったのか?
であるならこいつにかける最後の言葉は決まっている。
「地獄に落ちたら先にいるグレンデルによろしく言っておいてくれ。お前の死骸は実に役に立ってくれたよ。良い金にもなってくれたし、感謝してるってよ」
俺の台詞に顔色をなくしたクレイトンは、しばらく絶句した後、腹の底からの絶叫を上げた。
「殉教したグレンデル高司祭を手にかけたのは貴様か! 貴様なのか! 呪いあれかし、我が神よ、この者に……」
「うるせえよ、黙って死ね」
その言葉と共にクレイトンの頭部がはじけ飛ぶ。頭を失った体は力なく大地に崩れ落ちた。
「終わったか。君には最後まで面倒をかけたな」
全てが終った後、アードラーさんがこちらに寄ってきて声をかけてくるが。その声はかなりの緊張を伴っている。本当なら一番に安堵しているはずの彼がである。
「思えば長い付き合いになりましたね。あの倉庫で出会ってからもう半年近くになりますし」
俺は場を和まそうと話題を変えたのだが、向こうはそう受け取らなかった。
「先程聞こえた人物の名に心当たりがあるのだが」
声を顰めてくる彼の様子からして、事情を把握していると見て良さそうだ。思えば彼は序列三位の元総戦士長を長く勤めていた相手だ。連中のことを知っていると見ていいかもしれない。
「獣王国にも伝わっているのですね。この事はラコンは?」
「いや、三王家の嫡子には伝えられる事柄だが、あの子はまだ幼い。元服の際に相伝で伝える事柄だという。しかし、今の話を総合すると、今回はかの者達の侵攻だったと見るべきか。良く気付かれたな。私はお恥ずかしい話だが全く気配さえも掴めなかった」
「内務卿がこんな乱暴な策を受け入れていると聞いて何かあると思いまして、最後に推論を口にしたら向こうが勝手に引っかかりました」
ここに来たばかりの俺が連中の影を掴めるほど自分は聡くない。ただ、世界中の王家に根を張る組織だと聞いていたので、内務卿も無碍に扱えなかったのではないかと思うと色々納得できる点があっただけだ。もう始末したし、これから何があるというわけでもなさそうだ。
「この件は明日の謁見の際に陛下に奏上する必要があるな。しかし教団がシンバ内務卿と繋がっていたとは、つくづく侮れぬ奴だ」
新たな謎を幾つか残しながらも、この件はここで後始末を終えることに成功した。
こうして獣王国を騒がせた大事件はラコンとアードラーさんが国王への謁見を成功させることで、幕を閉じる事になる。
ラコンが謁見を終えたその日、俺は自分の屋敷に戻っていた。転移した瞬間にすぐ近くにシャオがいるのが解った。
「あ、かえってきた。とーちゃんおかえり!!」
「ああ、ただいまシャオ。いい子にしてたか?」
「してた! やくそくもちゃんとまもったもん!」
ん、と頭を突き出してくる我が娘の頭を撫でてやると、えへへとはにかむ様子がたまらなく愛おしい。
その時、シャオに負けない元気な幼な子の声がアルザスの屋敷に響いた。どたどたという走り回る足音が響いてくる。
「シャオはおるか! 見よ、ソフィアから金色の折り紙を貰ったぞ! これで先程失敗した亀に再度挑むのじゃ、ほれほれ、妾の勇姿を側で見せてやるぞ」
「きんぴかだ! あやちゃんすごい! シャオもやる!」
「むむむ、だが金色の折り紙は一袋に一枚のみと聞いておる。だが我が友の頼みとあらば無碍にもできぬ。おおお、其の方、戻ったか! 今日も邪魔しておるぞ」
その時代がかった黒髪の幼女は着ているものも凄かった。俺も人から聞いて知ったのだが、唐衣と呼ばれる最上級の布をこれでもかとふんだんに使った贅沢なものだが、それを一切感じさせずにまるで普段着のように着て走り回っているのだ。いや実際、その服が何着もある普段着なのだが。
「ああ、ゆっくりしていきな。シャオも友達ができて嬉しそうだしな」
「そ、そうか、友か! 妾にもついに友が出来たか。女官どもめ、何が帝には友は要らぬじゃ。あやつらはまるでわかっておらん! そうじゃろう?」
「あやちゃん、おりがみするんでしょ? シャオもやる。そうだとーちゃん、きんぴかほしい」
「きんぴか? ああ、紙の話か、ソフィアやセリカが一緒にいるんだろ? 新しいもの開けて貰えばいいじゃないか」
「ええっ! いいの!? セリカちゃんに前それいったらおこられたのに」
「創っているのは俺達だから大丈夫さ。さ、二人で遊んできなさい」
二人の背を押して送り出そうとした刹那、部屋においてあるもう一つの転移環が発光した。あれはオウカ帝国に繋いであるやつか。ライカでも来たかな?
俺の予想通り、現れたのはライカだったが、彼女は転移するや否や、即座に跪いた。
だがその対象は俺ではなく、俺が背を押したつややかな黒髪の少女だった。
「彩さま、恐れながら申し上げます。皆様が探しておられます、お戻りになりますよう伏してお願い申し上げます」
「嫌じゃ。今日はここでシャオや皆と遊ぶと決めておる。どうせライカもあの者達に小言を言われて申しているだけであろ。ライカも共に遊ぶぞ。これは勅命であるぞ」
「お、仰せのままに……」
ひたすら弱っているライカという非常に珍しい光景を見ているが、流石の彼女もこの幼女に強く出る事は出来ない。
いや、この世界に生きる誰もが彼女に命令など出来るはずがないのだ。
今、俺の娘と共に折り紙で遊んでいる元気で偉そうな黒髪の幼女こそ。
世界に冠たる最強国家、オウカ帝国の現人神にして姫巫女、そして472代皇帝たる”彩華”その人であるのだから。
残りの借金額 金貨 13923487枚
ユウキ ゲンイチロウ LV2910
デミ・ヒューマン 男 年齢 75
職業 <プリンセスナイトLV689>
HP 772788/772788
MP 1364036/1364036
STR 98564
AGI 96510
MGI 102654
DEF 99014
DEX 95987
LUK 48654
STM(隠しパラ)6055
SKILL POINT 12560/12450 累計敵討伐数 34524
楽しんで頂ければ幸いです。
前回が短かったので今回は詰め込みました。
二回も延期は出来ない(汗)
獣王国編はここで終了ですが、主人公は気軽に向こうとこっちを行き来するので、気付いたら舞台が新大陸になっている、なんて事もあります。
話が変わるので久々にステータスを入れましたが、実に50話近くやってなかったことに驚きです。
レン国編はあんまり変動してなかったので良いやと思って放置してたら、あれから実に半年近く経っていた罠。
地味に100万枚近く返済しているので、その時に100万枚返したよパーティーとかやっているのですが、入れている暇がない。いつか纏めて閑話とかにしたいものです。
次回からダンジョン探索に戻ります。最後の幼女は……ライカのやらかしです。情状酌量の余地ありですが。
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