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カザン獣王国 10

お待たせしております。




「ラナ、待たせて悪かったな。早速話をしよう」


 転移環で続々と転移してくる仲間は玲二とアードラーさんたち任せ、俺はラナの所に戻った。彼女は既に自分の意思で体を動かす事もできなくなっている。出会った頃は元気に動き回っていた事を考えると本当に残された時間はないようだ。



「あ、あの師匠……今回の件はそのぅ……」


 俺はラナと会話をしたかったのだが、その前にライカとカオルが話しかけてきた。その顔はひどく緊張していて、まるで死を待つ囚人のようだ。この表現は言い過ぎかもしれないが、当人たちの心境としては間違ってはいないだろう。二人はそれだけの事をしでかしてしまった。


「事情は聞いた。不注意もクソもない貰い事故みたいなものだったらしいな。思う所はあるが、お前達を責めても仕方ないのは事実だ。むしろこれからどうするのかを考えた方が建設的だろうさ」


「あの、その、師匠は怒ってないんですか?」


 俺の顔色を窺っているライカに対して敢えて顰め面を作ってみせた。


「怒ってるに決まってんだろ。これ以上ない面倒臭い状況にしやがって。お前たちじゃなかったら顔面陥没させてるわ! だがお前を叱って何かが変わるわけでもないから全部後回しだ、先にこちらの件を片付ける。だが、その変装には言いたい事が山ほどあるから覚悟しとけ。あとそうだ、カオルは話を聞いておけ。いつか何かの奴に立つかもしれない」


 ”緋色の風”の面々も固唾を飲んで見守っていたが、俺の処置なしの反応を見て露骨に安堵していた。彼女たちは無関係とはいえ受ける影響は大きいから解らんでもない。


 だが先程言ったとおり、後の事は後で考える。今一刻を争うのはラナの体の件だ。



「とりあえず俺がスカウトギルドから得た情報を整理するぞ。十日前までは確かに神殿にラナの体はあったそうだ。大神官と神官長の姿も確認されている。それが突然二人の姿が見えなくなったそうだ。それが九日前の話だ」


「九日前。それは私たちがランヌ王国を発つとお触れが出た日です。それを聞きつけた敵の誰かが先手を取ったということでしょうか」


「だろうな。俺も先に来て準備しておかなければ行動を封じられていただろう。敵も相当に手を回している。油断は出来ない相手だ」


 俺の言葉にラナも神妙に頷いた。


「恐らくこの件の黒幕であるシンバ内務卿は弱小部族でありながら出自も定かでないと言われた人ですが、10年で無役から内務卿にまでのし上がった恐ろしい方です」


「話には聞いていましたが、凄腕の相手を敵にしていますね。このままでは間違いなくラナさんの身柄を引き換えに何らかの取引を迫ってくるでしょう。これだけの騒ぎで皆さんが帰還したのですから、相手も本腰を入れて反撃してくるはずです。下手をすればこちらの準備が整っていない今日中にでも仕掛けてきかねませんね」


 俺はカオルの言葉に頷いた。だから早急にこちらも対応する必要があるのだ。



「皆さん、お姉ちゃんに関するお話ですか?」


 その時ラコンがこちらに合流してきた。彼も姉の状況には薄々気付いており、先程も俺に助けを求める視線を寄越していたので俺達が何をしているか見当はついたようだ。


「ラコン君。これは私の問題です。あなたにはこれ以上の迷惑を……」


「ラコン、座れ。お前の意見も聞きたい」


「わかりました。僕に出来る事は何でもします」


 ラコンを巻き込みたくなかったラナだったが、俺は既に彼の決意を知っている。


 これは元はといえばラコンが売られた喧嘩なのだ。

 神殿で儀式中だったラナが襲撃され、それを追ったアードラーさん達が奴隷堕ちしたこの一件は、彼を二度と政治的に立ち上がらせないための敵の策略なのだ。

 

 もし彼が戦う意思を見せず、敵の意のままになれば命はあるだろう。異国で安らかに暮らす選択肢だってある。ランヌ王国なら不自由なく生きて行くことが出来るだろう。


 だが彼は敵の思惑に抵抗すると決めたのだ。ただ黙って全てを受け入れる事は出来ないと、王家の誇りを胸に卑劣な策略には屈しないと顔を上げたのだ。


 であるならばここで行われる全ての目論見に彼の意思が乗るべきだ。敵の思い通りにはならないぞとはっきりと意思を示す事を望んだのだ。


 とても6歳の少年とは思えない覚悟だった。まさにその身に流れる誇り高い血が為せる業というほかない。そしてその意気を汲んだ俺が全面的に協力してやるのもまた当然だった。

 幼いこの少年が、このまま成長したら一体どんな男になるのか、興味が尽きないからな。メイファのような稀代の傑物になるかもしれない。そんな男の成長を横で眺められるのは最高の贅沢だ。

 それに比べれば、この程度の金をばら撒くなんざ、大したことではない。



「ラコン君……解りました、私の負けですね」


「お姉ちゃんが心配してくれるのは嬉しいですけど、これは本当は僕が矢面に立たなきゃいけない事なんです。それをユウキさんが善意で代わりにして下さっていますが、それに甘えきるというのは違うと思います。たとえ何も出来なくても、せめて何が行われているのかを知っておく必要があると思うのです」


「坊ちゃま……先王陛下がお聞きになれば、さぞお喜びになったでありましょう」


 ラコンの背後で猫獣人のメイドであるコーネリアが感涙している。彼女は俺にとってのユウナのようなもので、どこにでもついて来る人らしい。ラコンは有り難いような迷惑なような微妙な顔をしていた。


「ですけど、スカウトギルドが探し回って見つけられていないっていうのは相当ですよ。連中、この手のことにはプライド持ってますから、死んでも探し出すはずです」


 オウカ帝国のスカウトギルドを敵に回しているライカは彼等の実力を嫌というほど理解している。新大陸でもっとも活気のある獣王国王都のスカウトギルドが無能であるはずもなく、ユウナをしてなかなか優秀だと太鼓判を押している。そんな連中でも見つけられないとなると、確かに大変ではある。


「そうですね。もしかしたらもうこの王都にはいないのかも。スカウトギルドはその性質上、都市に特化してますから、郊外に逃げられると厄介ですね」


 カオルもスカウトに苦杯を飲まされた経験から、侮るような事はしなかった。だが俺の考えは二人とは異なっていた。確かにあいつ等は有能だ、つまり彼等が探した場所には絶対にいないことは証明されている。


「皆の言葉通りスカウトギルドは優秀だ。だが、奴等が探して見つけられなかったというのなら、逆に奴等じゃ探せない所を探せばいいと俺は思うのさ」


「えっ? 師匠、それって一体?」


 訝しむライカに答えず、俺はまず情報の再確認から始める事にした。


「ラナ、大神官と神官長は君の友人だったな? ということは二人も貴族のお嬢さんなのか?」


「はい。私とは同期でして、二人ともこの王都に実家がある貴族です」


 俺はカオルに視線を向けた。こいつをこれまで何度も連れまわしているので、こういったやり取りをするとすぐに持っていた大きな紙に要点を書き出して行く。二人は貴族のお嬢さん、と。


「で、俺が聞いた話だと、いなくなったのはその二人とラナの身の回りの世話をする巫女見習いが3人。身動き取れないラナを含めると6人が消えた計算になる。そして敵になる情報がもう一つあるんだが、そんな要石をかいた神殿だが、それほどの混乱を見せていないそうだ。俺も昨日見てきたが、いたって平穏で頭が揃って抜けたとは思えないほど落ち着いていた。これをどう見るかだが?」


「立ち去る前に指示を万全に残しておけば混乱は最小限でしょうけど、まあ無理ですね」


 カオルが俺の言葉を書きとめながら発言するが、同感だ。当事者であるラナが補足してくれた。


「どんな詳細な指示書を残せても数日もすれば混乱を来しますね。神殿は突発な出来事も多いですし、本来ならそのイレギュラーに対応する神官長が居ないのですから」


「だが実際に神殿は落ち着いている。それは何を意味するか」


 俺の問いにラコンが答えた。


「何らかの連絡手段があるか、あるいは神殿内に全員居る可能性もありますね」


「連絡手段なら鳥があります。魔導具でかなり長い言葉を残せます。逆にもし神殿に皆が居るのなら大神官が姿を見せないのは変です。あの目立ちたがりが意味もなく黙って隠れ続けるなんて真似をするはずがないです。むしろ大々的に自分達の状況を訴えるような人ですから」


 ラナが俺の疑問に全て答えてくれた。特に人となりまで語れるのは当事者ならではだろう。


「というわけで、神殿外に居るとは思う。そして彼等が移動する状況なんだが、これは想像だが隠れてこっそりなんて行くはずもない。身動き取れないラナと含めて6人で移動だ。普通に考えて馬車を使うだろう。夜陰に紛れてなんて真似をする意味もないから堂々と出て行ったはずだが、その姿を誰も見てないという話だ」


 続いての謎がこれだ。スカウトギルドは王都全域に網を張っているのでそこそこ大きい馬車を見失うなんて事は彼等の誇りにかけてありえないが、実際に行方が知れないらしい。


「ああそれは……皆さんを信頼して言いますけど、口外しないで下さいね。王宮と神殿はいざという時の為に地下で繋がっています」


 ラコンが声を顰めて告げた事実に俺は舌打ちをしかけた。解っちゃいたが敵は相当に権力を握っている。それも王族以外知らないような秘密通路を使わせるほどの力だ。これは真正面から戦えば厄介な難敵だな。


「じゃあ、皆さんは王城に滞在しているというのですか? 確かに安全さで言えば一番でしょうけど、完全に敵の手の内ということですね」


「いや、どうでしょうか? 王城なんて人が大量に出入りする場所はスカウトギルドの本領ですよ? オウカの宮廷での出来事がほぼ同日の内にギルドに掴まれています。人の口に戸は立てられませんし、緘口令を敷いたと言う事実だけで推測が立てられます。王城はないんじゃないでしょうか」


 カオルの意見には俺も同感だ。王城にはラコンというかラビラ族やラコンの支持者も結構いるそうなので、情報がこちらに流れてくるはずだ。それにそういった情報をギルドに売りに来るやつもいる。

 今日、突然ある部屋に近づけなくなった話をを侍女達が言っていたのを耳にしたという感じで小遣い稼ぎやギルドに弱味を握られた役人が情報を漏らすなど、王城という欲望渦巻く伏魔殿は隠し事をするには向いていない。それなら別の噂で誤魔化すとか方法はあるが、そういった工作が本職のスカウトギルドが違うと言っているのだ。


 ちなみに連中が俺に嘘を吐くことはない。相場の十倍以上の礼金を弾んでいるし、連中は俺が何者か知っている。ライカ絡みで俺に手を出したランヌ王国のギルドマスターがどんな末路を辿ったか奴等も骨身に染みて理解しているのを目で確認している。

 あれほど頭の回る奴等なら、俺を敵に回す不利益より破格の依頼金を得たほうが実入りは大きいと解っているはずだ。それにもうこっちにはユウナが来ている。既に”挨拶”に向かったはずなので、もし裏切ったら彼女が上手くやってくれるはずだ。



 俺はカオルが書き上げたこれまでの要点と纏めた紙を皆で眺めた。


 行方不明は6人。一人は身動きとれず。その内の二人は貴族の子女。移動は馬車を用いてスカウトギルドの目を掻い潜って潜伏中。神殿、王城は除外。スカウトギルドの捜索範囲外にいる可能性大。

 

 こうなると大分範囲は限られてきたな。この方法を取ったのは俺自身が情報を整理したかったのもあるが、半分以上はカオルの勉強だ。あとラコンもそうだな。こういった事の上達は近道などなく、場数を踏んで慣れていくのが結局は一番速いのだ。



「さて、というわけでここからが本題だ。神殿に詳しいラナに聞きたいんだが、もし集団で移動させられるなら神殿の人間としてどこに向かうと思う? いくら不祥事を起こして立場の低い神殿でも、巫女を連れ去られる横暴に黙って従うとは思えない。それに君もそうだが残りの二人も貴族のお嬢さんだろう? 場末の安宿借り切っているとか牢屋に一人一人監禁されているような状況とも思えんし、スカウトギルドの目の届かない神殿ならではの所でいい場所知らないか?」


 俺が話を聞いたときから大体予想はついていたが、ここの土地勘もない俺が探し回った所で成果など上がらないし、ラナの特殊な事情は多くの人足を駆りだして捜索なんて事もできなかった。<マップ>も探し物には不向きとあって、これは本人の到着を待つほかないと諦めて出迎えの準備に注力したのだった。



「私も皆さんのお話を聞いて幾つか候補があります。巫女の修行場が王都に5箇所あるのですが、その内の3つが聖域として神事にも用いられる秘蹟なんです。多くの者が訪れる修行場なので6人が一度に入れる場所もありますし、何より出入り口がひとつしかないので監視する方も納得しやすいと思います」


 ラナがどこか気になる場所があるかと尋ねれば絶好の場所を教えてくれた。地名で言ってくれたわけではないので<マップ>に反応はないが、これで大分前進したな。

 

「さすが神殿の巫女だ。こういう事は余所者が色々考えるより本職に尋ねた方が話が速いな! よし、善は急げだ。今から行ってみようぜ」


「え、早速今から行くんですか? もう少し準備を整えた方がいいのでは?」


 ラナの状況をよく把握していないカオルが反論するが、俺が急ぐ理由はもう一つある。


「カオル。相手の立場に立ってよく考えろ。首尾よく勧めてきた計画が、あと一歩という所で突然頓挫した。自分達は相手の急所をまだ握っている。だがそれは完全に掌握したわけではない。となると一体何をする?」


 俺の問いに真剣な顔をしたカオルの声には焦りがあった。


「ラナさんの身柄を押さえます。それも今すぐに! いえ、もう手を打って動き出しているかもしれない」


「そういうことだ。だから俺としてはさっさと動きたかったんだが、色々と手間取ってな」


 セレナさんやエレーナへの説明やらは後回しにするとそれだけ家族にラナの状況が危険だと心配させてしまうかもしれなかったし、それになにより城から一団がとある場所に向かっていればそこが本命だ。敵の出方を見て対処しようとしていたのもある。向こうにどんな理屈をこねようが、ラナが自分の肉体を取り戻しさえすれば全てが元通りでこちらの勝ちだ。

 なにせもうここには俺の仲間がいるのだ。ラナが復活した時点で<念話>で連絡を取ってラコンかアードラーさんが神殿から大勢迎えを出してもらえば、敵の言葉に従う必要などないからな。



「そういうわけだから、ちょっとラナを連れて行ってくる。連絡は如月か玲二に入れるから、あいつ等から聞いてくれ」


 そしてラナを連れて行こうとしたのだが、彼女の状態はもう既に自分で立ち上がれないほどだった。腕に抱える事もできたのだが、両手を空けておきたい俺の意向でラナをおんぶ紐で背負う事になったのだが……。


 可愛いぬいぐるみを背負う謎の男がそこにいた。



「なんとまあ、シュールな光景だね」


 セレナさんたちへの挨拶を終えた如月がこの姿を見て微妙な台詞を口にした。


「これはこれで私は好きですけど、一枚写真いいですか?」


 雪音は笑顔でカシャリと”すまほ”で写真を撮っている。


「普通に手で抱えればいいじゃん。変なユウのこだわりだね」


 相棒のリリィは俺がダンジョンでもなるべく両手を空ける習性を知っているので拘っているというが、皆そんなに気になるか?


「じゃあこれ着ればいいか。ほら、隠せただろ」


 王都のダンジョンの裏ボスから手に入れた透明化する外套を身に纏えば誰からも見咎められる事無く行動できる。だが俺が着ると足元だけだ少し残ってしまい、そこだけ見えているという締まらない状況になるので常に中腰になる必要があるのが欠点だ。それならば<陰行>使えばいいという話になるのであまり日の目は見ない品だった。俺以外の皆はいざという時に活躍する品として期待をかけているようだが。


「じゃあ行ってくる。今日中にはケリつけて戻るから」


「お姉ちゃんをよろしくお願いします!」


 深く頭を下げるラコンに手を振って、俺は大地を蹴った。




「これから向かう先は巫女の間で”木漏れ日の洞窟”と呼ばれています。3千年前以上昔からある修行場で、王都がここに遷都する前から神殿の歴代の巫女達が瞑想をしていたという話です」


「へえ。だが昔は名前が違ったのか?」


「いえ、その名前も通称なので、私たちがそう呼んでいるというだけです。何かあったのですか?」


「いや、俺のスキルにその場所が出なかったもんでな。どうやら正式名称じゃないと反映されないらしいんだよ」


 <マップ>の説明を他人にしても仕方ないのだが、クロイス卿の固有スキルである<天眼>は要は<マップ>である。俺はさらにポイントを振りまくって能力を強化しまくっているのでほぼ別物と化しているが、彼が自分のスキルの説明をラナした事があるので、彼女も概要を理解できるのだ。


「そうなんですか。あ、方角はもう少し右です。でも凄いですね、人がこうやって空を飛べるなんて!」


「これは飛ぶというより飛ばされているんだけどな。<結界>で風を遮断しているだけでもしこれがなかったらえらい事になっている。大昔には飛行魔法なんてシロモノがあったらしいが、どうやって魔法を制御しているのか想像もつかないね」


 俺は今、いつもの方法で移動中だ。巨大な王都上空を透明化して吹っ飛んでいる最中である。ラナが嫌がるかと思って速度は控えめにしているが、本人は結構楽しそうだ。それに上から見下ろしている形なので速度を上げすぎると方角を間違えてしまう恐れがあった。神殿の秘蹟だけあってあまり知られていない場所らしい。


「だがラナは運がいいな。一つ目で正解だったみたいだぞ」


「え、本当ですか!? なるほど、人がいるかどうかわかるんでしたね」


 王都を抜けて人がどんどん減っていく中、山中に10人ほどの集団がいるのが<マップ>に現れたのだ。事情をある程度解ってくれる奴相手だと話が速くて助かる。


「ああ、こんな場所に集団がいるってだけでほぼ当たりだろ。だが当然だが監視というか見張りがいるな、数は5人。早速この外套が役に立ちそうだ」


「全部ユウキさんの掌の上という感じですね。ライカさんが全部師匠に任せておけば大丈夫という気持ちが解ります」


「ライカはあんまり物を考えてないだけだ。それに俺は失敗ばかりだぞ、考えてみろよ。あんだけ考えて向こうで実行した作戦も君達と一緒に船旅でこっちへ来ていたら為す術なく敵の思い通りだ。アードラーさんたちはひっそりと誰にも気付かれずに帰還して、君の体を無事に帰してほしかったらこちらの要求を飲めと脅されていただろう」


 高潔な戦士であるアードラーさんやラコンはラナの為に従ったかもしれないが、その場合は俺が血の雨を降らせて解決しただろう。だが流血の解決は遺恨をどうあれ残すから、ラコンの将来に傷をつけただろう。それはあまり上手い手段とはいえない。やはり現地で権力を持ってる奴の方が色々都合よく動けるのは確かだ。



「さて、見えてきたが……当然見張りがいるな」


 視界に捉えた木漏れ日の洞窟とやらの入口にはご苦労な事に二人の見張りが立っていた。そのほかに近くの馬車には交代要員らしき3人の姿が見える。こんな誰も来ないような場所なんだから適当に気を抜いていればいいものを、律儀なことである。


 俺は<隠行>で気配も存在さえ消し去れるが、背負っているラナにそれを期待するのは酷だろう。相手が盆暗であればこっそりの中に入ってもいいのだが、彼等の装束を見たラナが緊張した声で告げた。


「彼らは親衛隊員です。国王直轄の最精鋭の戦士たち、何故彼等がこのようなことに手を貸しているの?」


 悲しみさえ篭もった声のラナだが、一流の戦士である彼等ならラナの気配を見逃さないだろう。しかし、ここまで来ると逆に思うことがある。


「国王はラコンにそこまで反感を抱いていないんだったな?」


「そのはずです。今の国王様は父の配下に居た事もある方で、そもそもラコン君とキャロちゃんの命を助けたことさえあります。部族間の諍いには興味を示さない武人といった印象でした」


「その王の親衛隊がここにいるという事は、敵の手が伸びているか、あるいは国王が本心から君を心配して親衛隊を派遣したか、だな。意外と後者なんじゃないか? アードラーさんの娘なら気にかけてもおかしくない。問題はどういう情報が入って親衛隊が出張る羽目になったのかということだが」


 だがここでそれを考えてももう既にあまり意味はない。ここまで来て引き返すのも面相臭いし、ここは一計を講じて侵入するとしよう。


「わかりました。私の事は気にせず、一気に突入して下さい。それが一番速いはずです」


「君、やはりアードラーさんの娘さんだな」


 意外と脳筋な事を言い出したラナにたじろぎながら俺は周囲を見回した。


「私の事は気になさらないで下さい。ここは時間をかけるところではないはずです」


「落ち着けって。王直属の親衛隊の顔を潰したら味方のはずの王の心証まで悪くなっちまうだろ。心配しなくても上手くやるさ。例えばこの状況だが、向こうさんは馬鹿正直に洞窟の前に陣取っている。普通なら動きもしないだろうが、一つ見方を変えればどうかな?」


「??」


 不思議そうな顔をするラナだが、こちとら各種スキルとたんまり色んな物をしまいこんでる<アイテムボックス>持ちなのだ。これらを組み合わせれば、できない事のほうが少ないというものだ。

 今回は洞窟とあって、搦め手でいってみよう。




「ん? 何だ今の音は?」


「何か重い物が落ちてきたような音でしたね」


 見張りに立つ屈強な兵士たちが、声を上げた。狼の獣人は耳もいい。俺が立てた物音をちゃんと聞き取ってくれたようだ。


 続いて第二弾、今度は大き目のブツを出す。 


「うわっ、落石かよ、結構大きいですよ?」


「一昨日雨が降ったが、その関係か? 神殿の方々はもう何千年もこの地を利用しているという話だが、このような事はあったのだろうか」


「後で食事を差し入れるときに話をしてみますよ」


 真面目な連中を騙すようで気が引けるが、これもあんたらの立場を悪くしない為だ、悪く思うなよ。武勇を誇る親衛隊がこんなアホらしい任務で失態を犯したなどとなれば彼等の誇りに傷がつく。ここはあくまで自然にラナが目覚めたという方向が誰にとっても良い終着点だ。


 止めの第三弾、こいつはヤバいぜ?


「うわあっ、また来た! しかも量が多いですよ!?」


「この落石の量、まさかどこか崩れているとでもいうのか? ええい、お前たち、状況を……いや、皆で確認に行くぞ、必要に応じて神官様たちにもご連絡せねばならんかもしれんからな!」




「こうして俺は誰も傷つける事無く内部に入れる、というわけさ」


「凄い! さすがユウキさんです!」


 ラナが誉めてくれるが、凄いのは<アイテムボックス>のスキルであって俺ではない。最近妙に縁のあるデカい岩石を時間差でゴロゴロ落としたら向こうが心配して確認に行ってくれた。

 これは俺も想定以上の結果だ。少しでも慌てふためいてくれれればそちらに意識を取られている間に中に入るつもりだったからだ。誰もいなくなるのは考えていなかったが、嬉しい誤算だった。


 そうして洞窟の中に足を踏み入れた俺だったが、ふと感じた慣れ親しんだ違和感に足を止めた。



「この洞窟、もしかしてダンジョンか?」


 ダンジョンはある種の別世界なのでまるで<結界>の中に足を踏み入れたような感覚になるのだ。だがダンジョンなら<マップ>に内部にいる人は表示はされないはずだが。


「正確には何もないダンジョンなんです。一階層しかないですし、一本道でモンスターも出ないので無害です。それに王国に届け出もしてませんし、神殿でもこの事を知っているのは限られたものだけなので、内密にしておいてくださいね」


 ダンジョンの管理はその当該国の管轄になる。数多くの財宝や資源の眠るダンジョンは見方を変えれば金の成る木なので、国が厳重に管理している。秘匿は重罪だが、この何もないダンジョンなら怒られない気もする。


「敵が出ない一階層だけのダンジョンがあるとは新大陸もなかなか奥が深いな」


 こちらは旧大陸よりダンジョンの数が豊富だと聞いている。それが冒険者を惹きつける要因の一つだ。俺もいつの日か余裕があればこちらのダンジョンも攻略してみたいものである。


「……!! っはい、そうですね! 私もここ以外では聞いたことがないです」


「どうした? 大丈夫か?」


 背中のラナの反応がおかしかったので様子を尋ねたが、本人はなんともなかったようだ。一体何をそんなに驚いていたのだろうか。


 まあいい、今は先に進んでラナを元の姿に戻してやらないとな。



 洞窟はダンジョンらしいが、本当にただ一本道の空間だった。一番奥に修業場があり、そこにはラナの体をそれを守る彼女の友人たちが居るのは間違いない。


 一番奥は立派な扉が付いているが、良く見ればダンジョンの大広間の扉と酷似している。


 内側から鍵を掛けるらしく、こちらから入る事は出来なかったので、ラナに声をかけてもらった。


「ソウカちゃん、フランちゃん。ラナです! 戻ってきました!」


 外の連中はまだバタバタしているので声を張り上げても問題はない。その扉の内部では慌しく動きがあった。


「ラナ! その声はラナなのね! よく無事で戻ったわね、今開けるから!」


「ラナちゃん! 本当にラナちゃんなの!? ああ、大いなる神よ、貴方様の御加護に感謝します」


 扉の向こうでは感激した声の少女の声がして、重い扉がゆっくりと開いてゆく。俺は背負っていたラナを解放すると、その腕に彼女を抱えた。


「ラナッ! ああ、そのぬいぐるみ。本当に貴方なの……ひッ」


「ラナちゃん! ラナちゃん! 会いたかった……きゃあッ!」


 ゆっくりと開く扉がもどかしいとばかりに隙間から身を乗り出した二人の女の子(可愛らしい犬と狐の獣人だった)が俺を見るなり悲鳴を上げた。何故だ?


「な、なな、何でここに男がいるの!? この修業場は男子禁制の結界があるのに!」


「ちゃんと結界は有効です。それなのに何故貴方はこの洞窟内に入ってこれるのですか?」


 男子禁制? なんのことだ? 疑問符を浮かべた俺であるが、腕の中のラナがどこか自慢げに二人に答えるのだった。



「それはですね、この方、ユウキさんが私達の”待ち人”だからですよ」




楽しんで頂ければ幸いです。


この話のラストに出た”待ち人”ネタは作中に言及されたのは一度のみです。

我ながら遣うことに成るとは予想していなかった。(大馬鹿野郎)


この獣王国編はあと数話で終わらせて、ウィスカのダンジョンに挑みたいところです(この話を掘り下げる気が皆無発言)。


それではまた水曜日にお会いしたいと思います。


もしこの愚作が皆様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが爆上げします。更新の無限のエネルギーの元になります。一つのブックマークが私のやる気スイッチをぐりぐりと押しまくります。マジです。書きたい、というより書かなきゃ! という気分にさせてくれます。





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