カザン獣王国 9
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「ああちょうど良かった、ギーリス。あんたにはこれを渡しておかないとな」
俺が声をかけたのはアードラーさんの副官として彼と長い付き合いであるギーリスだった。彼の身内は出迎えに来ておらず、他の者達を羨ましく見ていたのを知っている。
だがそれも仕方のないことだ。彼の妻は死病に冒されており、今は小康状態を保っているものの、いつお迎えが来ても不思議ではない容態だという。
「ん? ああ、なんだこれは? ポーションのようだが」
投げ渡したポーションの小瓶を眺めるギーリスの顔は冴えない。このアイテムが何か良く解っていないようなので小声で教えてやる。
「上級ライフポーションだ。これなら奥さんの病気もたちどころに治るはずだぞ。だが急いだ方がいい、あんたに声をかけた連中が手を回した医者はどうしようもないヤブだ。今も何の意味もない治療を行い、特効薬だと称して効かない薬を飲ませているからな」
「な、何を言っているのだ? 私には何の事だか話がさっぱり見えんぞ」
やはりアードラーさんと共に長く生きてきた武人だけあって演技は下手だ。本当に知らないなら話が見えないなどと言わず意味がわからんと言えばいいのだ。
俺はさらに声を潜め、ギーリスだけに伝わる声音で囁いた。
「別に俺はあんたが裏切ったことに関してはどうでも良いからな。俺には何の関係もない話だし」
「そ、それは」
顔面蒼白になって何かを呟こうとしたギーリスを俺は押し留めた。
「俺にあんたの苦悩は解ってやれんし、懺悔も後悔も話すべき相手か違うぞ。それになによりアードラーさんはあんたがあの時に手引きしたのだともう気付いているようだし」
俺の言葉にギーリスは衝撃を受けたようだ。俺もなんとなく察しただけだが、裏切りを察しながらもこれまでと何も変わらずに接してきた……というより隊の雑事を取り仕切るギーリスに全て頼り切っていた。アードラーさんが隊を纏める頭で、ギーリスが脇を固める副長をかれこれ十年以上続けてきたせいか、ギーリス無しでは隊は空中分解してしまうとか。
だから裏切るように敵から狙われたんだと思われる。
「何だと!? あいつはそんな素振りなど一度も……くそっ、あいつはこの裏切り者になにか言ってたか?」
「あんたの苦しみに気付いてやれなくて済まなかったとさ。だからあんたもアードラーさんも死ぬ覚悟を決めてたんだろう?」
その言葉を聞いたギーリスの顔は身を苛む耐えがたい苦痛を堪えているようだった。
「あの馬鹿野郎、どうしようもない大馬鹿野郎。お前を裏切って敵に情報を流した奴の事なんて見捨てりゃいいじゃねぇかよ。俺は、俺はよ、お前を……」
「聞いたぜ? 二人はガキの頃からのダチなんだろ。そう簡単に見捨てられないって。彼の性格なんざ俺に言われずとも解りそうなもんだがな」
二人は身分こそ違えど竹馬の友であるそうだ。アードラーさんも傍から見ればギーリスには全幅の信頼というより、彼がいないと隊に関する事は何もできない状態に見える。これまで何度も彼に代わってギーリスが俺の質問に答えて来る事があったし、サラトガ戦でもクロイス卿から事を上手く運びたいならギーリスを絶対にこちらに引き込めと念押しされていたほどだ。
「ああ。誰に言われずともあいつの事は知っているさ。だからこそ、俺の裏切りは決して許されん」
あ、こいつ覚悟を決めてやがるな。もともと難病に苦しむ奥さんの治療と薬を求める為に裏切ったみたいだが、俺個人としては彼にそこまで怒る気にはなれない。
こちらに来てから調べてみたのだが、ギーリスが裏切ろうが何しようが神殿の襲撃とラコンが犯人に仕立て上げられる茶番は防げなかったように思える。
なにせ神殿の儀式2日前に当初は300人が配備されていた警備が謎な理由で30人にまで減らされていた。それを聞いたアードラーさんが警備の助力を申し出たという経緯らしいのだ。総戦士長を退いたとはいえ戦士団所属である彼が神殿の警備の一員だった理由はそれである。
ギーリスもいくら奥さんのためとはいえ仲間を売る行為はしなかった。彼が行ったのは当日の彼等がいつ頃警備に就くのかの大まかな予想であり、そこまで致命的な情報というほどではない。だが彼のもたらした情報で襲撃は行われ、ラナの救出と賊の殲滅に向かった彼らは彼女を人質に取られてしまう。
娘の命を救うため、そして反撃の機会を窺うべく自らの手で奴隷の首輪を嵌めた彼らだったが、アードラーさんは部下たちについてくる必要はないと同行を一度は断った。しかし彼に絶対的な信頼を置く部下たちは誰一人として欠ける事無く従ったという。
ちなみにギーリスにはその確認をしなかったという。それだけで二人の信頼関係が伺えるというものだ。
というわけで彼が裏切ろうが裏切るまいが、襲撃は行われていたと思うし、千人規模の招待客が予定されていた国をあげた神殿の一大行事で巫女が行方不明になるという不祥事は避けられなかったと思われる。賊もラコンが出会った一団とは別に複数の集団が確認されており、ラナの警備に直接ついてでもいない限り襲撃は成功裏に終わっただろう。
これまでの敵の用意周到さから見るに敵の目的は、直接的な裏切り行為よりもアードラーさん達に不和と疑惑の芽を埋め込む事だったように考えられる。
アードラーさんという絶対的なカリスマに率いられた戦士の集団に打ち込まれた楔が長く苦しい奴隷生活の中で、その裂け目が大きくなる事を期待したのではないかと思いたくなるほど直接的な効果は低い。敵にしてみれば目的達成の為に幾つか行った策の一つみたいな位置付けじゃないかとスカウトギルドの長も判断していた。
それにギーリスがアードラーさんを陥れて彼の後釜に座るとか大きな利益を手にするとかなら怒りも湧いたが、彼は共に奴隷落ちしたし、サラトガ戦でもアードラーさんが倒れたら共に死ぬつもりだったのは明らかだ。
というわけで俺の中でこれは裏切っているとはいえないのだが、本人の決意は固そうだな。アードラーさんが死ぬのを止めてくれたのに今度はギーリスかよとは思うが、こればかりは俺がどうにかするわけにもいかんな。
「まあ、あんたがどんな道を選ぶがは知らんが、とりあえず奥さん治してきなよ。もし助からなかったらあんたの行った全てが無駄になっちまうからさ」
<マップ>で屋敷の中に重病人がいる事は気付いていたのだが、いきなり現れた怪しい奴が”これが薬だから使うといい”と言われて信じる馬鹿はいないだろう。それにもし信じたとしても俺が渡すより夫から薬をもらった方が奥方も喜ぶだろうから、悪いと思いつつ黙っていたのだ。
「いや、だがしかし。裏切り者の私がこんなものを受け取るわけには……」
「めんどくさい奴だな。あんたがやった事と奥さんの病は基本的に関係ないだろ。さっさと治してやれよ、今も苦しんでるんだぞ」
俺の言葉に背中を押されながらも踏ん切りがつかないらしいが、最後の一押しは奥からやって来た。
「あ、副隊長! おお、ちょうどいいところにユウキもいるじゃねーか! 今、俺の母ちゃんから聞いたんスけど、副隊長の奥さんヤバイらしいじゃないっスか! ユウキに薬もらっちゃいましょうよ! 金なら俺らも都合つけるんで。なあいいだろユウキ? ライフポーションのいい奴売ってくれよ!」
奥から駆け込んできたのは隊の最年少のカイルだった。軽い性格のお調子ものだが、その存在は空気を明るくさせてくれる貴重な奴だ。まだ若いが武術の才能は隊でも随一でアードラーさんも将来に期待している一人である。俺とバーニィはこいつと何度も組み手やら剣の修行を行っているのでこのように気安い関係だ。
そんなカイルの言葉に俺はギーリスの手にある薬を指差した。
「おっ、さすがユウキだ。話が速ぇや、行きましょうよ副隊長! 早いとこ治してあげねぇと」
「ああ、そうなのだが、いくら妻の為とはいえ俺にはこんな貴重な薬を受け取る資格は……」
ギーリスの言葉に一瞬だけ訝しげな顔をしたカイルだが、次の言葉は俺の予想をも超えるものだった。
「あ、さては敵と通じてた事を気にしてるんスか? 別に誰も気にしてないっスよ? そんなことより速く行かないと!」
あっさりと告げられた衝撃的な言葉に俺も言葉を失った。あ、お前も解ってたか。いや、軽い調子の男だが、目端の利く男だとは思ってたが。
「な、なんだと? お、お前も知っていたのか?」
「俺というか皆解ってたっスよ? いつも糞真面目な副隊長が凄ぇ辛気臭い面してりゃあ、そりゃ何かあったなって思うじゃないっスか。あ、一度隊長からその事には触れてやるなって話があったっス」
こんなこと大したことないと言わんばかりのカイルにギーリスの方が慌てている。部外者の俺に慰められるより当事者のカイルに言葉にされるほうが当然だが響くようだ。
「な、何を言っている? お前は憎くはないのか? 私はお前たちの奴隷堕ちの原因を作った男なんだぞ!」
ギーリスの血を吐くような告白に対するカイルの答えは至極真っ当なものだった。
「あのねぇ、副隊長。何か忘れてないっスか? 元々俺達は好き好んで隊長についてきたんスよ? 首輪を嵌める前に嫌なら引き返せって言われてましたし、それでも従った時点でその後は自己責任って奴っス。それに何があっても隊長ならなんとかなると思ってましたし、実際そうなったじゃないっスか。おまけに俺達は今じゃ英雄扱いだし、財宝もたんまり手にしてるんスよ? そりゃ母ちゃんたちには心配かけたなと思うっスけど、結果だけ見れば最高っス」
こうやってユウキと知り合ってる時点で隊長はやっぱ”持ってる”人っスと告げるカイルの顔は明るく、嘘をついているようには見えない。当事者からの言葉にギーリスも少しは罪悪感が紛れたようだ。
「す、すまん、俺は取り返しのつかない事を……」
「そういうのもういいっスから、今は奥さんのトコ行った方がいいっスよ。気になるなら後で隊長に話して場を作るっス」
そこまで言われてはギーリスもこれ以上言葉を続ける事はできず、俺に何度も礼を言って奥へ去ってゆく。一仕事終えた俺だが、この次はカイルが絡んできた。
「なあ、ユウキ。頼みがあるんだけどよ、今日の宴会であの肉を出してくんねぇかな? 母ちゃんたちにも食わせてやりたくてよ」
「おいおい、今日はお前たちの帰還を祝っての宴会だろが。あの肉は何時でも食えるが、今日は帰りを待ってた家族がお前らのためだけに料理を作って待ってたんだ。あの肉なんぞよりよほど価値があるぜ」
帰りを待つ家族が精魂籠めて作った料理、それは金で買えるもんじゃないと言おうとしたのだが、カイルの言葉はそれを否定するものだった。
「そりゃ隊長の奥方様はご自身で料理される方だからそうかもしれねぇけどよ、他の母ちゃんたちは家の料理人に作らせてるに決まってるぜ。豪華なだけでいつもの飯だって。気にする事はねぇさ」
カイルの言葉通り、アードラーさんの配下の連中は、全員が大貴族である彼の寄子(貴族における上下関係)なので、れっきとした貴族である。カイルが母ちゃんと気安く呼んでいた女性も立派な貴族の奥方である。確かに宴会ならお抱えの料理人が出張るか。
「まあ、そうか。そういうことならいいぜ。特別にいい奴出してやる」
「マジか! 例のアレだろ? やべぇ! なあ、玲二に焼くの頼んでいいか? アレは慣れてない奴だと無駄に味を殺しちまうよ、勿体なさすぎる」
駄目元で聞いてみると伝えるとカイルは小躍りしながら皆に伝えに行った。それを見ながら俺は背後で”早く説明しなさいよ”と凄まじい気配を発しているエレーナの元に向かうのだった、
「じゃあ改めて紹介させてもらう。まずこいつが玲二、俺の仲間だ。新大陸への長い航海を付き合ってもらった」
「どうも、ユウキの仲間です」
「そしてこちらの女性陣が、俺の知り合いの冒険者たちです。はるばるオウカ帝国から今回のために手を貸してくれました」
「”緋色の風”のリーダーのスイレンです。今回はユウキさんの依頼で参上しました。総戦士長とは縁あってご助力させていただきました」
「もう一組の姉妹(カオルはややこしいので妹にしておいた)も冒険者です。名前はライカとカオルでライカは俺の弟子です。ライカと”緋色の風”の3人は先程の演奏をしていましたのでご覧になった方もいたかと思います。後紹介すべき商人のエドガーさんもいらっしゃいますが、まだ戻られてませんから後にさせてもらいます」
俺の紹介に皆が揃ってセレナさんとエレーナに頭を下げた。二人は返礼し、まずはセレナさんが口を開いた。
「この度は主人と娘たちに多大な尽力を頂きまして、母としてお礼申し上げます。家族がこのように再び再会できたのはひとえに皆様のお力添えの賜物です。このユウキ様を始め、ご恩は決して忘れません。今宵は心ばかりではございますが、酒宴を行いますのでどうか皆様もご参加いただきたく思います」
大貴族の家の内向きを取り仕切る主人としての完璧な振舞いをするセレナさんだが、対するエレーナは主に俺に聞きたいことばかりのようだ。俺が視線を向けると堰を切ったかのように喋り始めた。
「聞きたい事が多すぎるんだけど! まずどうしてSランク冒険者の”蒼穹の神子”がここにいるわけ? Sランクは居所を正確に報告する義務があったはずよ。カオルちゃんがいたからまさかと思ったけど、本当に”嵐”は”蒼穹の神子”を弟子にしていたのね。噂じゃ眉唾だって言われていたけどその様子じゃ、疑いはなさそうね……」
一個の個人を超えてSランクは政治的な存在であるから、居場所を特定する魔導具の携帯を義務付けられている。それを指摘するエレーナだが、そこを突かれるとまずい。その魔導具は今もオウカ帝国にあるのだ。なのでこの場はこう答える他ない。
「縁あってライカは俺の弟子だが、エレーナの言うSランクは別人だろう。本人が新大陸にいるはずないじゃないか。時間的に来れるはずがない、そうだろう? そうに決まってる」
そう言い含めてやると色々な柵のある二つ名付きのAランク冒険者である彼女も渋々納得したようだ。変装して来いといったのに髪の毛の色だけ変えてやってきて即バレした馬鹿弟子にはあとでこってりと説教をくれてやるつもりだが、最近のライカは俺の説教が嬉しいらしく、あまり堪えた様子がないのが不満の種だ。今度は無視したほうが効くだろうか?
だがそんな俺の後ろに今の話に納得してない奴がいた。
「あなた、”紅眼”のエレーナですね? 私の師匠に少し馴れ馴れしいのではないのですか? 何の権利があって貴方は私の師匠にそのような接し方をするのですか?」
「あ、えっとそれは。何というか流れで……」
冷ややかな声でエレーナに接するライカだが、普段の俺に対する言葉遣いとは異なっている。だがこれがいつもの彼女の口調らしい。初対面のアレは激昂していたし、弟子入り後のアレは家族に接するときのものだった。だが考えてみれば”蒼穹の神子”として広まっている彼女の性格は冷静で落ち着いているというものだった。家族や俺以外には本当はそのように振舞うようだ。
「ライカ。彼女の言動は俺が許したものだ。お前が口を出す事ではない」
「なっ、そんな! いえ、失礼しました。私の師匠がそのようにされるのでしたら私が何も申し上げる事はありません」
何故か衝撃を受けたライカがすごすごと引っ込むと、同じく控えていたキキョウが口を開く。
「ライカさん。貴方のお師様ではなく、私達のお師様です。あと一番弟子は私ですので」
しっかりと主張を忘れないキキョウ達には今日の演奏を手伝ってもらった。参加したのはキキョウ、スイレン、カエデであり、この三人はオウカ貴族であり教養があった。モミジはオウカの山岳民族の出身のようで不参加でありここの料理を堪能していた。
余談だが現在、現役の貴族はカエデだけであり、キキョウとスイレンは元貴族だ。オウカ帝国は100席ある貴族の椅子を巡って熾烈な競争が繰り広げられているので下の方はかなり入れ替わりが激しいという。
詳しく聞いていないがライカも何かがあって貴族から落ちたらしい。それを挽回する為にSランク冒険者という地位が必要だったとかなんとか。数年に一度入れ替えがあるので、Aランク冒険者になったキキョウとスイレンの実家も次はかなり有望とか聞いた覚えがある。
「おねーちゃんたちにはいっぱい遊んでもらったの!」
セレナさんの膝の上でじゃれつくキャロに皆の視線が集中する。母親に甘える和やかな光景だが冷静なエレーナはこの発言の違和感を聞き逃さない。
「有名な”緋色の風”に会えて光栄だわ。私はエレーナ、貴方達ほどではないけど少しは名前が売れた冒険者よ」
「ご謙遜を。新大陸最高の魔法使いだと噂されている”紅眼”のエレーナさんの方が名高いでしょう」
”緋色の風”は女性だけのパーティーとして、さらに美女揃いとしてとても有名だったが、サラトガ事変の偉業で実力も証明された格好だ。ライカが主に敵勢を殲滅したとなっているが、彼女たちも敵幹部であるハイオークジェネラル(こいつはAランクでも上位のモンスターで打倒には10人のAランク冒険者が必要とされている)を打倒して一流の証明を果たした。
エレーナもエレーナでクロイス卿達と数多の功績を上げている実力派だ。今はダンジョン攻略の失敗でパーティが解散状態だが、その実力は衰えたわけではなく、むしろ年齢的にはこれから更に強くなるだろう。
「それはありがとう。お世辞として受け取っておくわ。で、本題なんだけど、なんでオウカの貴女たちがここにいるの? いや、どうしてここにいられるの? ランヌ王国からの定期船はまだ来ていないし、アードラーさんたちたちより前に出発していたの? 特にユウキよ。なんでラコン達と知り合いだって黙ってたのよ? 話してくれれば私たちだってこんな面倒なことをしなくて済んだのに」
「色々話すのに順番が必要だったんだよ。いきなり現れた怪しい奴が、俺はラコンの知り合いだから手伝いに来たって馬鹿正直に話してそれを信頼するか?」
「それは……あの時の状況じゃ無理だけど」
ただでさえ面倒な嫌がらせを受けていた時期だ。信じるほうがどうかしているし、エレーナには冒険者ギルドのライネスという伝手もあった。スカウト上がりのギルドマスターである彼に詳細を調べられると色々面倒な事になっただろう。
それになによりこれから口にする本題を前に余計な情報を与えたくなかったというのが本音である。
俺は家主であるアードラーさんと形式的ではあるが主君であるラコンに視線を向けた。既に了解を得ていたアードラーさんは静かに頷き、未だメイドであるコーネリアからの拘束から逃れられていないラコンが口を開いてくれた。
「セレナさん。奥の一室をユウキさんに貸していただきたいのですが、構いませんか?」
「一室でよければ異存はありませんが、何故その話をする必要があるのですか? 今は恩人の皆様の紹介を受けている最中ですよ」
やはり主君というより母親としての側面が強いセレナさんが我が子を窘める様に言ったが、これは必要な事だった。家族の同意なしては行えないことだったが、実に有り難い。
”向こう”は今か今かとやきもきしているとユウナから先程<念話>があったのだ。急がないとお嬢様の機嫌が急降下する。
「エレーナ。さっきの質問は実際に見てもらったほうが早い。アードラーさん、案内を願えますか?」
「承った。こちらだ」
疑問符を浮かべる女性陣二人だが、見たほうが早いと言われて渋々頷き、俺は玲二だけを伴ってアードラーさんについてゆく。ライカたちはラコンが、というかメイドのコーネリアが茶菓子を出していた。
「この部屋で一体何をするって言うの?」
「まあ見てろって。アードラーさん、この部屋でいいですか?」
「ああ。ここが人通りも一番少なく秘密が守れるだろう。ここまで来れるのは家人だけだ」
彼の言葉に頷いた俺はそれを信じて転移環を設置した。俺の行動を不思議そうに見ていた女性二人だが、次の瞬間に発光と共に現れた美少女には驚いていた。
「キャロちゃん!!」
「シルヴィおねーちゃん!」
突如現れた金髪の幼い美少女がキャロを見つけて抱きついている。キャロもそれに応じて感動の再会みたいな空気を出しているが、今朝も一緒に朝食をとっていたのを知っているこちらとしては何をやっているんだという感想しか抱かない。隣の玲二もなんだかなぁという顔だ。
「うそ……まさか転移系の魔導具!? そんなアーティファクトみたいな代物がある筈が……ってあんたのやることに驚くのはやめたんだったわ」
何気に失礼な事を言っているエレーナに憤慨しつつ俺は説明を始めようとしたのだが、その後に続いて現れたメイドのアンジェラの一言で中断させられた。
「お嬢様、なんとはしたない。皆様がご覧になっておいでですよ」
キャロを抱きしめていたシルヴィアは俺達の視線に気付くとはっとなって姿勢を正し、淑女らしい礼節を保ったコーテシーを行って挨拶した。
「あ、大変失礼いたしました。私はシルヴィア・ド・メディシス・ウォーレンでございます。何卒お見知りおきを」
赤くなって慌てて挨拶する彼女をほほえましく見ていた俺達だが、セレナさんが優しく受け入れるとシルヴィアも調子が出てきたようだ。周囲の人を和ませる笑顔を振りまいている。
「ユウキ様、ご下命の件、全て完了しております」
「ああ、ありがとう。面倒を掛けたな」
続いて転移してきたユウナは俺にいくつかの報告をしてきた。全て些事なので、面倒は後で考える事にする。どうにもならんものはどうにもならん。
「まあこういうわけで、俺はこうやって先に転移してきたってわけさ。ラコンたちよりも先にこっちに来ていた理由は解ってもらえたと思う」
強引に説明したが、実際は最初に転移環を置かないと転移そのものが出来ないので、どうやって新大陸にやって来たのかの説明を省いているのだが、新大陸の端っこにダンジョンの罠で転移させられたという嘘くさい説明をしなくて済んだのは助かった。
何しろそれを気にするエレーナはそれどころではなかったからだ。
「あっ、その赤い御髪、貴方がエレーナ様でいらっしゃいますか? お話は色々聞いているんです、お姉さまとお呼びしてもよろしいですか?」
シルヴィアがエレーナにくっついて離れないのだ。クロイス卿は自分の話を余り彼女に語らなかったそうだが、ラコンやアードラーさんが色々語って聞かせたようで、華麗な活躍をするエレーナにすっかり魅了されてしまったようだ。
「え、ええ、それは構わないけれど……貴女、家名がウォーレンということは?」
「はい、クロイス叔父様からお話は伺っていますの! わたし、お姉さまがずっと欲しいと思っていたんです!」
無邪気にはしゃぐシルヴィアに戸惑いながらも、エレーナはその腕に彼女を抱きながら俺に強い視線を向けてきた。
「ということは、この子がアイツが拘った?」
「次期公爵家を継がれる子だ。今の公爵家にはこの子と高齢の現公爵しかいない。だから彼は……」
だからクロイス卿はあんたをおいて戻る事になったと彼を擁護しておいたが、それが通じたのかは疑問だ。
「そんなことはどうでもいいわ。で、その魔導具はランヌ王国と繋がってるのね? あの馬鹿の所は?」
「領地を得て旅立ったのが今から10日ほど前だっての。まだ俺も行けてないよ。そんなに気になるのか?」
俺の言葉にエレーナは途端に慌て始めたので、それを見てクロイス卿を擁護する気がさっぱり消え去った。
「べ、別にそんな事言ってないでしょ! とにかく、あの馬鹿の領地とを繋いだら私に報告しなさい、いいわね?」
「へいへい」
続々と転移してくる仲間たちを迎えながら、俺は気のない返事をするのだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
いまいち話が進みませんでした。説明だけで全てが終わってしまい、本来行うべきラナの体捜索まで行きませんでした。申し訳ない。
次こそ話を進めたいと思います。
もしこの愚作が皆様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが爆上げします。更新の無限のエネルギーの元になります。一つのブックマークが私のやる気スイッチをぐりぐりと押しまくります。マジです。書きたい、というより書かなきゃ! という気分にさせてくれます。




