カザン獣王国 8
お待たせしております。
本来後書きに書くべき事ではありますが、あまりに衝撃的なことなのでここでご報告させていただきます。
なんとレビューを頂戴いたしました!
場王様、本当にありがとうございます!
それでは本編となります。
「ええっ! 行方不明ってどういうことなんですか? ラコン君から聞いた話では大神官と神官長が保護してくれていると……」
玲二の腕の中でラナが驚きの声をあげた。今話に出た二人はラナの神殿内で昔からの友人であるらしく、ラナを遺恨でどうこうするような相手ではないそうだ。それに俺が得た情報はそれだけではない。
「その二人もこの10日ばかり消息不明だそうだ」
「そんな……」
玲二に抱かれたままのラナが絶望的な声を上げた。彼の腕の中にいる理由はぬいぐるみが動くさまを見せるわけにもいかないのと、もう一つ致命的な理由がある。
「恐らく敵の手で神殿から移動を余儀なくされたんだろう。そんな顔するなよ、この獣王国をひっくり返してでも必ず探し出してやる」
「いえ、私のことでこれ以上ユウキさんにご迷惑をお掛けするわけにはまいりません。私の事は私で何とかいたします」
毅然とした顔でそう告げたラナであったが、彼女を抱える玲二に視線を向けるとあいつは首を振った。やはり状況はかなり悪いみたいだな。
「もう満足に自分の体も動かせないんだろ? どういう原理でそうなってるのかさっぱりわからないが自分でも残された時間が少ない事はわかっているはずだ」
「それは……そうですけど。ですがそれも含めて私の問題です。父を迎えてくださったこの催しでも相当にお力を頂いたはず、もうこれ以上は」
このままでは自分の魂が消滅してしまう恐怖と戦いながらも気丈に振舞うラナだが、俺はまず彼女の間違いを正してやる事にした。
「まず君は根本的に思い違いをしている」
「はい? な、なんのことでしょうか」
「そもそも今回の話はラナがアードラーさんの命を助けてくれと頼んできた事から始まってるんだ。そうでなきゃ誰が覚悟を決めた戦士に横から水を差すような無粋な真似をするかよ」
ラコンとラナが二人して泣いて頼むからこりゃ何とかしないといかんとクロイス卿と二人でああだこうだと無い頭を捻って考えたし、サラトガ戦でアードラーさんに大殊勲を立てさせるべく非常に面倒な小細工を施したのだ。
「その事はもちろん言葉に出来ないほど感謝していますが、これとこれとは話が別です」
「全然別じゃない。この件が本当の意味で解決するにはアードラーさんだけじゃなく依頼者である君もこの国でこれからも笑って過ごせないと全く意味がないだろうが。それにラコンになんて言って説明する気だよ。あいつのことだ、また僕のせいだって自分を責め出すぞ」
「……そうかもしれません」
ラナはうつむいたまま声を絞り出した。実は彼女の状況が良くないのは気付いていた。ラコンやキャロ、アードラーさんたちも窮屈な船内からよく転移環で陸地へ戻っていたのに、ラナだけは一度も帰還しなかったからだ。
恐らく異なる空間を繋ぐ転移という現象と自分の魂がぬいぐるみに留まるという不可思議な状況を鑑みて魂がどうなるか危険を感じたのだろうが、玲二からはラナがもうすでに満足に手足を動かす事がで来ていないのではないかと報告が来ていた。
最悪ラナだけでもこっちから迎えに行く必要も考えていたほどだった。
なんとか間に合ったが、それでも予断を許さない状況なのは間違いない。
「とりあえずこの騒ぎが収まって落ち着いたら即座に行動するぞ。自分の体の位置はなんとなくわかっているんだよな?」
出会った頃にそのような事を聞いた覚えがある。そのときはラナもかなり自分を楽観的に見ていたので心配はしていなかったが、もう余り時間は残されていないと見るべきだろう。儀式に失敗して魂がぬいぐるみに宿るなんて状況がそう何度もあるとは思えないから、他の記録なんてないだろうしな。
「うそ……”糸”が辿れなくなってる。こんなことって」
ラナが言うにはこれまでは細い糸のようなものが自分の本来の体とつながっている感覚があったそうだが、この地に降り立つとその気配がさっぱり消えているそうだ。
「おそらく”結界”で護られているんだと思います。でも海上では感じたんですけど」
海上で感じた気配を教えてもらったが……王都方面としか解らなかったそうだ。これは仕方ない、遠く離れた場所からの方角なんて誤差ありまくりで当然だ。精密な位置など解るはずもないし、俺も最初からラナを連れて捜索するつもりだった。
「王都近郊に何らかの結界が張られているのか? そういったものは感じなかったが」
これでも魔法には結構詳しくなったはずだが、俺にもわからないものはまだ多い。まだまだ研鑽が足りないなと感じる今日この頃だ。
「巫女の聖域を守護するだけのものですから、本当に微弱なものなんです。感じ取れるというか、周囲と同化しちゃうので<隠蔽>に似てますね。だぶん神官長が行った精霊魔法です。あの人は結界の名手なので」
世界は広いなと感心していると、玲二が口を挟んだ。
「獣神の神殿は神官長と大神官がいるのか? 大神官だけじゃなく?」
「はい、私達の神殿は数が多いもので、一人じゃ神殿を回しきれないのです」
ラナの言葉に嘘はない。獣王国の獣神の神殿はこの国最大の神殿組織であり、他の火や水などとは桁違いの規模を誇っている。俺がこの数日調べた限りでも大神殿と呼ばれる本殿のほかに王都だけで支部神殿が4つもあった。これが国中だとどれほどの規模になるか想像もできない。俺が色々頼んでいるスカウトギルドに聞いた話によると神殿勢力だけで国の2割にも達するのではないか言われているそうだ。さすが獣王国の獣神殿といったところか。イリシャのいる時の神殿などとは比べ物にならない規模である。
そういうわけで大神官のすぐ下に神官達を纏める神官長という地位があるそうだ。
王権と神殿は不可分が建前だが、実際にそんなことがあるはずもなく、総戦士長という序列三位の大貴族であるアードラーさんの愛娘であるラナが巫女の地位についているのも半分くらいは政治らしい。ちゃんと巫女としての能力も高いので後ろ指を指される事はないが、日々の修行を欠かさずに行っているのは知っていた。
俺の妹などはそんな面倒な修行を一切やっていないが、それは既に能力が完全に覚醒しているからだという。ラナはかつてその点を俺に素晴らしいと熱弁してくれた事があるが、未来視の能力で妹は辛い目にあってきたので素直には頷きたくない所だ。だがその事によって俺と出会えたという面も否定する気はない。
ちなみに大神官と神官長もラナと幼い頃から切磋琢磨してきたいい所のお嬢さんだという。その事実も踏まえるとこの状況も色々と見えてくるものがあるが、とりあえずはここを離れて一旦落ち着くべきだろう。
「それも含めて色々状況を整理したい。だがまずはアードラーさん達と合流して……」
「あ、いたいた! ユウキ、探したわよ! 紹介するわ、こちらがこの国の大貴族で……」
「ああ! エレーナさん! この度は本当にご迷惑をお掛けして……あ」
俺をアードラーさんたちに紹介しようとしてくれたらしいエレーナがこちらに向かってきたのだが、仲の良い姉貴分でもあったエレーナとの再会に顔を綻ばせたラナは謝罪と感謝を告げた。
告げてしまった、ぬいぐるみの姿で。
「へ? い、今の声、もしかしてラナなの? 船から下りてこないし、皆言葉を濁すから何かあったのだとは思ってたけど」
「あ、ああ、あのそのエレーナさん。これはですね!」
玲二の腕の中で慌てるラナだが、それに対するエレーナの行動は力なく垂れ下がる腕を取り、彼女に微笑みかけるものだった。
「詳しい事は言わなくてもいいわ。神殿での変事だもの。大変だったでしょう、本当によく頑張ったわね、偉いわ」
「ふええぇ、エ、エレーナさぁん」
これまではアードラーさんの娘として、そしてラコンたちの姉として気丈に振舞ってきたラナだが、エレーナの言葉に涙腺崩壊してしまった。
「でもなんでユウキがラナと一緒にいるわけ? どういうことなのよ? それに貴方は?」
エレーナの視線が俺や玲二に向けられる中、ようやく事情を全て話せる時期がやって来たなと安堵していると、背中にぽすっ、と軽い衝撃がやって来た。これはあいつだな。
「ユウキおにーちゃん、みっけ!」
俺に飛びついてきたキャロが、俺をするすると手慣れた感じでよじ登ると首に顔を埋めてふんすふんすとやっている。なにやらこうやって俺の魔力を感じ取っているようだが、毎度毎度やる必要があるんだろうか。
「ユウキさん! こちらでしたか! キャロの嗅覚もたまには役に立つなぁ」
「ようラコン、長旅お疲れ。こっちで俺にやれる事はやっといたぜ。あと一つ大仕事が残ってるけどな」
「何から何までありがとうございます。このご恩は何があっても必ず」
キャロを追って駆けてきたラコンとも再会の挨拶を交わした。当初は彼等と同じ船で向かうつもりだったが、俺の山脈越えのせいでそれは叶わなかった。しかし今ではその方が良かったと思っている。
敵の用意周到さを考えれば、例え今俺が到着したとしても何も手が打てずに敵の思惑に踊らされる他なかっただろう。
今回の俺の作戦がうまくいった一番の理由は、敵がラコンたちにしか注意を向けておらず、俺に無関心だったからだ。だが次からは敵も警戒するからこうはいかないだろう。だからこそ相手に初手で最大級の一撃を叩き込む必要があり、俺も睡眠時間を削って港の浚渫と拡張をしたわけだが。
「力になるって約束したからな。だが、丁度お前に手助けして欲しい場面がやって来たぞ」
「ええっ、ユウキさんが僕にですか? ……ああ、そうですね。まずは説明しないとですね」
俺達の視線の先にはあんたたち知り合いだったの? と驚くエレーナさんとセレナさんの姿があった。
そしてもう一組、俺を探して駆け寄ってくる集団がいた。彼女たちの中の一人、つややかな黒髪に変装したアイツはここに漂う微妙な空気も気にせず俺に話しかけてくる。
「師匠! どうでしたか、私達の演奏は? 久々だったけど、意外と体が覚えているものですね。笛なんて習い事以来なので数年ぶりだったんですけど」
「ああ、見事なものだった。皆も即席とは思えない演奏だったよ」
普段のきらめく銀の髪を変装したライカは俺の言葉に顔を綻ばせた。その後ろにいる”緋色の風”の3人も満更ではなさそうだが、常識人である彼女たちは俺の周囲の状況に気付いて戸惑っている。
3人の反応は正しい。この微妙な空気を無視して突っ込んでくるライカがおかしいのだ。
「さて、本当に色々と説明してもらおうじゃない。私が思うに、そこの変装とも言えないような事をしているのは世界に5人しかいないSランク冒険者さんだと思うのだけど」
エレーナの妙に力強い手が俺の方を掴む。それは納得のいく説明をしてもらうまでは絶対に逃がさないという強い決意を感じさせ、俺は溜息をつくのだった。
「この度はいかに知らぬこととはいえ、当家の大恩人を歓待もせず大変な無礼をいたしました。深く深くお詫びさせていただきます」
「いえ、全ては事情を明かさずにいた私の事情でもありますのでどうかお気になさらず。お顔を上げてください」
「そういうわけには参りません。主人と娘の命を救っていただいたばかりか、主家の二人まで命の危機をお救いいたいたと聞けば、本来であれば最上級のお客人としておもてなしせねば当家は恩を知らぬ愚物と言われ、百年は消えぬ恥となるところです。それを私どもは恩人を都合よく家事に使うなどと、到底赦されるべき事ではありません」
俺の前にはセレナさんをはじめとしてアードラーさんの配下の家族の細君たちが揃って頭を下げていた。何も知らねばその光景を見て壮観と思うかもしれないが、俺としては居心地が悪い事この上ない。
正直勘弁してくれと何度も告げているのだが、セレナさんたちも頑固である。俺の嘆願を一向に聞き入れる様子はなかった。
「元はといえば私共の不手際でご主人と娘さんの救出が遅れ、その事を詫びて許しを請わねばならぬ立場です。ですのでこのような過分な感謝は不要なのです」
「セレナよ、ユウキ殿もこのように申しているし、もうそろそろだな……」
「貴方は黙っていて下さい」
「うむ。すまぬ」
ぴしゃりと一言で黙らされてすごすごと引っ込んだアードラーさんを見るに、家庭では彼がセレナさんの尻に敷かれているのは間違いないようだ。
家庭円満の秘訣は内向きの権力を細君に完全に譲り渡すことだと俺は思っているが。
「私からも篤く御礼申し上げます。坊ちゃんに御話を伺えば、貴方様のお力なくては帰還もままならなかったとのこと。これはラビラ王家の将来をお救いくださったも同然、この功績に相応しい褒賞を以って報いることは当然にございます」
隣のラコンを抱きしめて離さないのはコーネリアという黒猫の可愛らしい獣人のお嬢さんだ。彼を坊ちゃんと呼んだとおり、ラコンの乳母を勤めた女性の娘さんで今は彼の専属メイドをしているそうだ。さすが王子様である。再会した時もセレナさんの次に抱きしめに向かっていたし、ラコンにとっても大事な存在であるようだ。
ラコンはそんな彼女にも置き手紙一つだけで旅立ってしまったので、今はこうしてもうどこにも行かせないとばかりに抱きしめており、ラコンは弱りきった顔をしている。
それもこれも今はセレナさんの横で神妙にしているキャロが悪いのだ。俺達はあらかじめラコン達と再会したらすべての事情をエレーナやセレナさんに話すつもりだった。馬鹿正直に話すと面倒なので向こうで仲良くなった知り合い程度で済まそうと決めてあったのだが、キャロがセレナさんに俺がどういう人間なのかと問われたら”命の恩人なの!”と盛大にのたまってしまった。
俺はクロイス卿の頼みでここにいると話をつけるつもりだったのだが、キャロの一言で全てが台無しになった。さすがラコンの妹というか、地頭の良かったキャロは俺達の状況を克明に記憶しており、ラコンが頭を抱える中、アードラーさんたちの状況やら自分達の窮状まで全部を白状してしまったのだ。
最初の内は俺が違法奴隷の摘発の際にクロイス卿と共にアードラーさん達と出会った件を話すだけかと思った。セレナさんもまあそれは主人が大変お世話に、とまだ軽い調子だったのだが、ラナの救出とその後の衰弱死一歩手前のラコンたちの出会いをキャロ自身が克明に話し出すうちに皆さんの態度は膝を折って頭を下げる感謝の礼に統一されていった。
これから予定も押しているし、さっさと次の話へ行きたいのだが、セレナさんが頑として礼の話を終わらせてくれないのだ。
ここはアードラーさんの屋敷である。初めて屋敷の間に上げてもらったわけだが、こんな歓迎を期待していたわけではない。むしろラナの問題を今すぐにでも片付けたいのだが、セレナさんが俺を離してくれない。
「家族全ての命の恩人であるユウキ様を粗略に扱ったことは、獣王国の倣いでは大きな恥でございます。どうかその恥を雪ぐ機会を与えていただきたく思います」
ああ、本当に面倒な事になってきた。これ以上は付き合ってられないな。何せやるべき事は山積みな上、エレーナが求める説明や後ろに控える仲間の紹介さえまだ出来ていないのだ。
礼を尽くそうとするセレナさんには悪いが俺は遠慮を止めることにした。
「セレナさん。そういえば2日前にこれまでの雑用の礼として何か褒美がいただけるという話でしたね」
「っそれは! そのときは確かに申し上げましたが、それとこれとは」
「ではその褒美を使わせてもらいます。これからは普段通りに接していただきたい。何より皆さんも私などよりようやく再会できたご家族と積もる話もおありでしょう。まずはそちらを済まされるべきだと思いますよ」
セレナさん自身より、同席している他の家族達を引き合いに出せば彼女も不承不承頷いてくれた。
俺達はアードラーさんの屋敷に戻ったが、ランヌ王国の使節団と船旅に協力してくれた冒険者たちは最高級ホテルに宿を取っている。明日の王への謁見の前にはこちらに馬車を指し向けてくれるそうだ。
今日はこの屋敷で皆の帰還を祝う宴会をするとあって彼女たちの顔も明るい。アードラーさんたちの部下もランヌ王国で武勲とお宝をたんまりと稼いで来ただけあって、土産には事欠かない。彼等も奴隷落ちという屈辱を補って余りある成果を家族に見せている。
アードラーさんが自害に拘った理由の一つが、ついてきたくれた部下たちの名誉回復であったが、彼等の顔を見る限りでは大いなる武勲と莫大な金貨で購われた様で何よりである。
ちょうどいいや、順番はいささか狂ったが、こちらを先に終わらせるか。
俺は片付けねばならない用事のひとつを見つけてある男に歩み寄るのだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
折角レビューをいただいた直後の話なのに短くてすみません。
切りが良かったものでここで止めさせてもらいます。次話はすぐに書きますのでそう時間をおかずにお届けできると思います。
しかしレビューには大変驚き、恐縮いたしました。
なにせレビューなんてものは相互クラスタやってる上位陣の神々の遊びだと思ってました(底辺の僻み)。まさか戴けるなんて思いもせず、二度見どころか五度見はしました。
誤字脱字ばかりな上(見つけ次第直してますが多すぎて申し訳ない)、如長な駄文である拙作ではありますが、レビューを頂いた場王様のご期待に添えるよう、また楽しんでいただけている皆様のひと時の息抜きになれるとあればこれ以上の喜びはありません。
これからもまず何よりも自分が楽しんで書ける作品にしたいと思っておりますが、皆様にも読んで時間を無駄にしたと思われぬよう頑張ってゆく所存です。
場王様、そして読んで頂ける全ての皆様にこの場を借りまして篤く御礼申し上げます。
もしこの愚作が皆様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが爆上げします。更新の無限のエネルギーの元になります。一つのブックマークが私のやる気スイッチをぐりぐりと押しまくります。マジです。書きたい、というより書かなきゃ! という気分にさせてくれます。




