カザン獣王国 6
お待たせしております。
笛の音色が海の潮風に乗って響いてくる。今回の人集めための催しの一環として芸人を呼んでいたから、その内の一人が披露したものだろうか。
エレーナと共に丘を下りてゆくと、次第に人々の喧騒が俺の耳に届くようになる。普段は寂れて存在さえ忘れられているようなこの第3埠頭にここまで人が集まるのは珍しいそうだ。
もっとも、敵が文句をつけにくい事を狙ってこの場所でこっちは色々と準備をしたのだが。
「あ、ユウキさん! やっと見つけました!」
俺を呼ぶ声に振り向くと、そこにはオウカ帝国風の衣装を身に纏ったカオルがいた。何度見ても非の打ち所のない美少女であり、こいつが実は男なんだぜとここで俺が口にしても誰一人として信じはしないだろう。今の衣装も女性物であり、カオルのために誂えたかのように似合っている。
「ああ、任せちまって悪かったな。船の状況を確認してきた、このままだと到着は昼過ぎだろうな」
「まだ時間はありそうですね。こちらも予定は順調です。でも本当に凄いですね、たった二日でこんな規模の催しを企画して実行しちゃうなんて。自分がこれに関われたなんて光栄です!」
「いずれはお前一人で切り回せるようになれ。そのために色々と連れ回して教えているんだし」
「ええ……できるかなぁ」
口では不安そうにしているが、今回もカオルには色々と手伝ってもらった。というより、主役となったダイコクヤがオウカ帝国が本店の為、序盤はカオルが主に動いたのだ。こういった地道な実績の積み重ねが経験の蓄積へ繋がり、最後には自信となってゆくものだ。
「まったくユウキも隅に置けないわね、こんなオウカ美人と知り合いなんて。私にも紹介してよ、オウカ帝国には足を向けられなかったから、こういった衣装は始めて見るのよね」
隣のエレーナが俺の肩に手をおきながら脇腹を突いてからかってくる。カオルの性別をこの場で明かしてもいいが、一番の問題はカオル自身が何故か照れて顔を赤くしている点だ。おい、お前はそれでいいのか?
「こいつは俺の知り合いだ。こう見えて今回の立役者の一人だぞ」
「そんな! ボクはあの人に比べたら少しだけ手伝わせてもらっただけです。あ、えっと、ボクはカオルといいます。あの”紅眼”のエレーナさんにお会いできて嬉しいです」
カオルの自己紹介を受けたエレーナの動きが固まった。あ、これは知ってる感じだ。実はエレーナの情報収集能力は高い。クロイス卿達と組んでいた時も彼女が情報を仕入れるスカウト的役割を果たしていたそうだ。ここのギルマスがスカウト出身であり、王都随一の実力者である彼等に優先的に情報を卸していた様でもある。
「オウカ人の黒髪の美少女でカオルって名前……もしかして”金剛壁”のカオル!? 嘘でしょ!? 何で貴方が……」
要らん事を口走りかけたエレーナを目交ぜで抑えると彼女もそれを理解して言葉を止めた。周囲は喧騒に包まれているので今の台詞が注目を浴びるようなことはなかった。
「あはは、そこはどうかご内密に。ボク程度でも意外と名前は知られているんですね」
カオルの言葉を受けたエレーナは窘めるように言った。
「貴方、自覚ないの? 言っておくけど超有名人だからね? あのライカ・センジュインの妹で現役最年少Aランク冒険者。それに固有スキルの<重結界>は”神雷”の一撃をも防ぎきるって話じゃない。姉の活躍に押されてあまり目立たないけど、功績だって大したものよ。姉と同じSランク冒険者だって夢じゃないって評判よ」
「あ、ありがとうございます。エレーナさんのお噂も凄いですよ。異名の由来は本気を出すと魔力と同調して瞳が紅くなるそうですね。そうなると魔法の威力が数十倍に跳ね上がるとか。セントール平原の攻防戦はボクも聞いて興奮しました」
二人は流石の名うての実力者同士であり武勇伝には両者とも事欠かないようだ。これが本物の冒険者かと俺が一人唸っていると二人から冷たい視線を向けられた。
「といわれても目の前に本物の超越者がいると自慢話も恥ずかしくなってくるわね」
「そうですね。ユウキさんに比べると、”どんぐりの背比べ”って言葉が稀人の故郷にあるんですけど、そんな感じです」
二人して深く溜息をついて頷いているが、俺を引き合いに出してどうするんだろうか。俺の行動がいかにアレであっても、二人が成し遂げた栄光にいささかも翳りはないはずだ。
そのような事を告げると二人は再び溜息をついた。
「ソロであのウィスカを攻略しているって話だけでどんな自慢も霞むわよ。言っとくけど、私達の功績は偉業と呼ばれるかもしれないけど、あんたのは頭がおかしいレベルよ?」
「普通そんな話聞いたら、一笑に付して終わりですからね。ボクたちのは頑張ればなんとかなる範疇ですが、ユウキさんに関する噂は荒唐無稽すぎて嘘だって思われてますからね。実際は全部本当でしたけど」
そんなものか? と首を捻ると、逆に向こうが溜息をつく始末である。
「歴史に名を残すような奴ってのは、皆こんななのかしらね?」
「かもしれません。感性が常人と違うから誰も思いつかないような事を平気でやってのけるんだと思います」
何か俺をダシにして仲良くなっているような感じだが、まあ仲良いならそれは良いか。
「あ、そうだユウキさん、あのお二人が探していましたよ? 今は本部テントのほうに居るはずです」
「わかった。挨拶しておくとしよう」
カオルを伴って三人でその場所へ向かうのだが、やはり美女(一人は疑問符がつくが)二人を連れての行動は人目を引く。獣人が多い獣王国でも人間の美女は口笛を吹く対象になるらしく、カオルは照れながら、エレーナは堂々と賞賛を受けながら進んでゆく。
「しっかし、私も手伝ったとはいえよくもこんな規模のイベントを二日で行おうと思ったわね」
「ですよねぇ。ボクも本当にそう思います」
「どこか無理なのか最初からわかっていれば、その無理を押し通すだけの材料を用意すればいいだけだろ? 俺が選んだ人材が有能だったのもあるが、なんとかなるとは思ってたぞ」
相応の金貨をばら撒いて渋ったり無理だと切り捨てる奴等を動かしたからなかなか無茶だったのは確かだ。
しかし俺が助力を頼んだその人は、自信満々に承諾し、それを実行してしまった。流石の一言である。
「おお、探しましたよ、ユウキさん。皆さんを紹介させてください。バザールを運営する顔役の方々がいらっしゃいます。この王都で顔の効く大立者ばかりですよ」
「いやいや、俺が顔を出しても仕方ないでしょう。支店長の貴方が顔繋ぎできれば十分かと思います」
俺に声を掛けてきたのはこの催しの主催であるダイコクヤ獣王国支店の店長である羊獣人のサウルだ。初老の温厚そうな顔をしているが彼が抜擢した人材だけあって商才溢れる男だと聞いている。
「そんな事を仰らずに。ああ、もう大番頭がそこまでお連れしていますよ。ほらあそこに」
サウルが指差す先には、数人の男女を連れた俺の良く知る人物が歩いてくる所だった。
「お待ちしておりましたよ、ユウキさん。ご紹介します、こちらが皆様が先ほどから話題に上げられていた本人です」
「今回自分は裏方に回ると言っておいた筈でしょう? どうしてこんなことになっているんです? エドガーさん」
俺は困惑と共に今回の無茶なお願いを容易く成し遂げてくれた世界最高の商人に向けて言葉を発するのだった。
「この話のキモは何をもって俺達の目的達成とするか、そこが重要だな」
「つまりどこに勝利条件を据えるか、ということですか?」
カオルに通話石で連絡をした直後、エレーナと一旦分かれた俺はカオルが暇していたらしいので彼を呼ぶとこの件の概要を語っていた。そしてこの発言である。
「今回は本当に手助けが主だからな。俺らが問題を全部片付けたとしても問題解決にはならない、そこは解っているだろ?」
「そうですね、大事なのはラコン君が自分の力で己が何者であるかを証明する事ですし。ボクたちがあまり出張っても彼の活躍を奪ってしまうでしょうね」
「最初はいかにアードラーさんが死ねないような状況を作るかだけを考えてりゃよかったんだが、ラコンと出会って色々状況が変わってきた。だが俺らが積極的になっても獣王国の政治に関ってもしょうがないしな」
現状でラコンたちが戻ったとしても、取りうる手は限られている。ランヌ王国で大英雄になってもこの国でそれが知られていなければ意味がない。ランヌ王国の使者がそれを触れ回っても伝わるのは精々が王宮とその周囲だけだろう。獣王国としては使者の機嫌を取るだけとってさっさと帰して何もなかったことにするつもりで動いているようだ。
「ボクたちが出来るのは援護射撃くらいでしょうか。でも何をどうすれば力になれるのか……難しいですね」
「そうか? 俺は解決法はすぐ浮かんだぞ」
俺の楽観的な声にカオルは目を丸くした。
「え? もうですか? 凄いなあ、僕は何も考えられないのに。うーん、ユウキさん。助言下さいよぅ」
「そう難しく考えるなって。アードラーさんたちが望む展開に持ってゆくにはどうすればいい? その状況を作ってやるのさ」
俺の示唆にカオルはふと考え込んだ。最近はこうやってカオルを俺の行動に巻き込む機会が増えた。それによってライカはカオルだけずるいと文句をぶうたれているが、これも元はといえばライカのためである。腹芸の出来ない姉に代わってカオルに色んな経験を積ませて一筋縄ではいかない曲者に育て上げる為である。
「こちらの目的は……アードラーさんの行動を広く知らしめる事ですよね。その名声でラコン君たちの影響力を高める。逆に敵はそれを防ごうと噂を揉み消し、言論統制を敷いている。それはつまり敵にとって広められたら嫌な事ってわけですね」
自分の考えを口に出して整理するカオルを見て最近の勉強の成果が徐々に現れているのを感じる。思考回路が大分論理的になってきた今日この頃である。
「相手の嫌な事をするのが常道、ということは噂を広めるべきだけどそれは敵が手を回しているから無理筋か。でもさっきダイコクヤがどうって話もあったし、無関係とも思えない。何であの店が……ああっ!!」
俺と同じ事を閃いたカオルが声を上げた。俺の考え方に毒されてきたその顔には悪い企みを思いついた黒い笑顔があった。
「なるほど、だからこの国でまだ縁のないダイコクヤなんですね! この方法なら向こうの邪魔をせずこちらの思惑だけ成功すると思います! だけど、今から準備するとなると間に合うか微妙ですよ?」
「そこは不安要素だが、そこで金の暴力の出番だ。こいつは大抵の無茶を押し通せる力があるからな、あまり上品とはいえないが、このままだとせっかく向こうでやったお膳立てが無意味になる。手は尽くしておきたい」
それにそのためにエドガーさんに紹介状を書いてもらうつもりでいると告げたのだが、紹介状だけではなくまさか本人までやって来たのにはこちらも驚いた。忙しい彼なので、てっきり使いの者に紹介状を持たせると思い込んでいた。
「お話は伺いました。是非とも私もこの件のお仲間に加えていただきたく思いまして」
「そりゃエドガーさんが加わってもらえるなら百人力ですが……よろしいのですか? 店舗の方が非常に忙しいと思うのですが」
エドガーさんは今、本業の傍ら、所属する”クロガネ”の支援や自分達を陥れた仇敵の戦いに備えての準備に本腰を入れていると聞いている。とてもじゃないがこの件に首を突っ込む暇はないと思っていた。
「獣王国に支店を任せたサウルにはろくな手伝いもしてやれずに私は大黒屋を去ることになってしまい、申し訳ない事をしたと思っていました。苦労しているであろう彼を助けると思えば、なんのこれしき。苦ではありませんよ」
そこまで言ってくれるのでは有り難く助力を頂いたが、紹介状を手にダイコクヤ獣王国支店に向かった俺達は想定以上に苦戦しているサウルを目撃することになる。
それからのエドガーさんは凄かった。瞬く間に準備を終えると、俺達と共に転移環で獣王国へ移動する。
転移環に関しては極秘事項だったのだが、彼に関しては特例を設ける事にした。
そもそもアルザスの魔法学院にいるはず玲二やソフィア達がいつの間にか放課後には王都の喫茶店に出没している有様なのだ。何らかの移動手段があると想定する方が自然であるので今更だった。
サウルと再会したエドガーさんは、即座にダイコクヤ主催の催事を企画すると、当局に届けを出した。これが俺達の行動なら敵によって何らかの妨害があってもおかしくないが、何の横槍も入ることなく許可を得た。
しかしここからが問題だった。オウカ帝国にあるダイコクヤが祭事を行うならオウカ帝国色を出さなくては意味がないが、苦戦を続けていた支店はそのような余力を残していなかったのだ。
ここに至り、俺達は禁断の手法を解禁する事にした。
それはかつて触れた転移環と<アイテムボックス>をもちいた大商いである。まずはオウカ帝国へ飛んだエドガーさんは、伝手を辿って格安で様々な品物を大量に手に入れると、同行していた如月と雪音に収納を頼んだ。そして俺が即座に獣王国でそれを受け取るという絶対に儲かる方法である。
この方法により商品の保管の為の倉庫は要らず、<アイテムボックス>内は時間経過がないため生鮮品も腐らず、さらに海を越えて輸送する必要もなく、その分の料金を上乗せしなくていいので半額どころが三分の一以下の値段でオウカ帝国の特産品を大量に催事で提供する事が可能になった。
いつかこの方法を試してみたかったと呟いたエドガーさんだが、俺は今回の助力の礼として、今後数回はこの方法で手伝いをすると約束している。その時の彼の瞳が妖しく光ったのは俺の見間違いではない。
これで客寄せの為の商品は揃ったわけだが、これだけでは集客には少し弱いのは事実だ。確実を期す為にももう少し手札を揃えたい所である。
だが今回の表向きの趣旨はダイコクヤ、ひいてはオウカ帝国の物産の紹介という体なので、脇を固めるのもオウカの風物がよいだろうということで、これまたエドガーさんの伝手を辿ってあちらでオウカ帝国の名物の食べ物を大量購入してもらう。二日前の品物も時間経過のない<アイテムボックス>では湯気の出る出来立ての食事となる。これを無料で振舞えば人は勝手にやってくる。
酒はそこまで都合よく行かなかったので、如月が作っている失敗作の酒を提供してもらう事にした。
あとはサクラを仕込めば嫌でも人は集まってくるが、幸いな事に俺達には王都で顔の利く連中と知り合ったばかりだ。
「レンバルト、少しものを頼みたいんだが」
「おう、何でも言ってくれや。アードラー公へのご奉公だってんなら助力は惜しまねぇぜ」
やる気に溢れたレンバルトに向かって俺は彼の手下たちにこの出来事の開催をつげ、家族を誘って第3埠頭に集まる事を依頼した。最初は何を言っているのかという顔をしたが、無料で飯と酒が出ると伝えると一族郎党にまで声をかけて誘うと約束してくれた。
そして動員力という意味では冒険者ギルドも役立ってくれた。特に受付嬢が率先してこの催しに参加を表明すると彼女たち目当ての冒険者も大量に引き連れてきてくれるというわけである。
面倒なお願いを二つ返事で請け負った彼女たちは感謝しかないが、だがこの日のために色々と便宜を図ってきた甲斐があったというものだ。
そしてここがもっとも大事な点だが、こうやって人を集めて騒いでいる間にアードラーさんたちの乗った船が到着するという寸法である。
そこで何が行われようとそれは偶然である。
たとえ豪華な船に乗ったアードラーさんの存在に誰が気付き、大声を出して周囲にそれを伝えてもこれは偶然である。
注目を集めた彼等、そしてランヌ王国の使者が声高にアードラーさんがいかに英雄であるかを喧伝しても、それも偶然である。
何故かその場に居合わせた吟遊詩人たちがこれまでの鬱憤を晴らすかのように英雄譚を歌い上げるのだが、それも当然ながら偶然だ。
偶然に決まっている。なにせ俺達はアードラーさんが本日この場所へ帰還する事など知らないのだから。
国の上層部が触れを出さず、彼の帰還をひた隠しにしていたのが悪いのだ。俺達は何も知らずにダイコクヤの催しに参加していただけ、何も後ろ暗い所などないから責めを受ける謂れはないのだ。
たとえ待ち構えていたように多くの者が彼の帰還を歓声を上げて迎え入れたとしても、これはアードラーさんが既にこの国で名声を得ていたからである。
まるで始めから仕組まれていたかのようにその一報が王都中に広まったとしても、それは国に上から押さえつけられて不満を貯めていたスカウトギルドが手を回していたからではなく、偶然なのである。
そしてバザールを支配する数人の大商人をこちらに抱き込んである。とある方法で彼等の歓心を買い、アードラーさんやラコンの味方になる事を条件に、この光景の一部始終を特等席で見物させている。
ただ一度の何の変哲もない寄港が、大金に化ける様を見逃すほど大商人は愚かではない。そこの辺りも計算に入れて計画を練った。お陰で今日は寝不足になったほどだ。
さて、準備は整った。後は主役の帰還を待つだけである。
頼むぜ、アードラーさん。玲二から話は聞いているんだから、英雄の帰還に相応しい盛り上がりを期待している。貴方の帰還をひっそりと隠してしまいたい連中の度肝を抜いてやってくれ。
既に船内にいる玲二と通じてこちらの事情は伝えてある。ランヌ王国の使者は公爵の派閥の人間であり、こちらの要望を最大限聞いてくれる人材である事は確認している。
精々派手に、敵がどれだけ蓋をしたくても出来ないようなド派手な演出を期待するものである。
楽しんで頂ければ幸いです。
どうにもこうにも執筆ペースが上がりませんで申し訳ない。
本来なら前話と次の話を込みで一話の想定でしたが、このような有様です。
原因は花粉と自分の力量不足です。
中篇で終わるつもりの獣王国編がちょっと長引きそうな感じなってます。
作中で触れている通り、この話を終えればダンジョン30層の謎に挑むつもりなのですがそこまで長そうな気がする。
花粉を言い訳にするのは嫌なんですが、何か頭が上手く回らず、余計な事にばかり気を取られてしまいます。
ですが、更新頻度は落とさずかんばりますのでどうかお許しください。
もしこの拙作が皆様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが爆上げします。更新の無限のエネルギーの元になりますので頑張ってまいります。
超頑張りますので何卒よろしくお願いします。皆様の反応が本当に励みになっております。




