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カザン獣王国 5

お待たせしております。




「お、見えた。あれかな?」


「本当!? ここからじゃ全然見えないわ。ちょっと、それ貸して私にも見せなさいよ!」


 エレーナが俺の構える双眼鏡を奪い取り自分で覗き込んでいるが、ダンジョンからのドロップ品であり魔導具でもあるこいつの扱いは少々難しい。最初の頃は拡大された視界に大いに戸惑っていたものの、すぐにコツを掴んだようだが肝心の船が見えていないらしい。


「え? 何処よ何処? 何も見えないじゃない」


「もうちょい右だ。行き過ぎ……そこだそこ」


「あ、見えた! あの船なの? 随分と大きくて豪華ね」


 俺が指差す先を追っていったエレーナもラコンたちの乗る船を見たようだ。王家の所有する船だから豪華で当然なのだが、彼等に関する詳しい経緯を俺はまだ語っていない。

 実際は魔法使いを多数雇って向かい風の中を無理矢理押し通して強行軍で海を渡ってきたのだが、それを伝えると色んな事をなし崩しで語らないといけないからな。詳しい話はラコンたちが現れてからするつもりである。


「この遠眼鏡、凄く便利ね! スカウトが持ったら無敵じゃない」


「ダンジョンの変異種が落としたレアドロップ品だから高性能なんだ。代わりがないからそんな顔をしてもあげるわけにはいかないぜ」


 最近の彼女の俺に対する扱いは、まさに”遠慮のない姉”と言ったところだ。姉が出来て喜ぶほどガキじゃないんだが、少なくともあっちは完全に俺を弟として見做しているようだ。


 つまり実に絡んでくる。クロイス卿とのことやセレナさんたちの境遇もあって色々精神的にきていたのか、俺に対しては実に奔放だ。


 俺が彼女の振る舞いに新鮮さを感じて受け入れてしまってからは、特に遠慮が消えている。とても出会ってまだ4日ほどしか経っていないとは思えない親密ぶりだ。


「その割にはギルドの受付嬢たちには随分と気前良かったじゃない」


「ギルドで受付嬢を敵に回してやっていけるかよ。彼女達は色々世話になったし、ある程度の役得はあるべきだろ」


「なによ、受付嬢と揉めてたんじゃなかったの? ギルマスに出回った似顔絵の件はそれが発端だったんでしょ」


「あれは俺の落ち度じゃないんだが……」


 特に今すべき事があるわけではないので、例の件のあらましを語ってやる。俺が専属冒険者の義務として王都への呼び出しを受け、召喚状を手に受付嬢に出したらガキの遊びと思われて追い返されたと話したらエレーナは微妙な顔をした。


「それは……災難だったわね。でもそれだけで総本部がこんな事を?」


「ああ、問題はその後でな。俺はギルマスに嫌味を言って大分気が晴れたが、俺の従者がブチ切れて騒ぎを大きくしたんだ。ギルドの権益に首を突っ込んで無茶な要求をしやがったからな、多分その関係じゃないか?」


 エレーナは従者という単語に反応したのでユウナの事を知っているようだ。まあ彼女は俺に傅く前から凄腕のスカウトとしてその名が知れ渡っていた。その美貌も噂が一人歩きする一因だったが、本人としては実力ではなくそこで評価されるのは不満らしいが。


「あんたの従者ってあの”氷牙”なんでしょう? 若手随一のスカウトだって話じゃない。なんだってそんな人を従者にしてるのよ」


「向こうが押しかけてきたんだよ。要らんといって何度断っても諦めずに来るもんだから、流されちまった」


「あんたねぇ。女性を従者にするなんて一体何を考えて……」


 おかしい。何故か話がギルドの不手際から俺の私事に変化している。何故こんなどうでもいい事で俺が怒られねばならんのだ。



「その話は終わりだ。船が向かっている事は確認できた。このまま行けば昼過ぎには接舷するだろう。計画通りに事は進みそうだし、戻るぞ」


「あ、こら。話はまだ終わってないわよ」


 俺は船を確認するため、港のすぐ近くにある小高い丘の上に居た。俺自身は<マップ>で玲二の居場所を確認するだけで位置は確認できるのだが、他の皆は本当に今日船が現れるのか不安があったので、それを証明する為にエレーナを連れて目視させていたのだ。


「準備は整えた。後は主役を待つだけだな」


「しかしあんたは本当に噂どおりね。この手の噂ってたいてい脚色されて広まるものなんだけど、実際その通りの場面を見ると言葉もないわ。あんた、今回の件で一体いくら使ったのよ」


「だいたい金貨500枚程度だ。大した額じゃないし、大事なのは事を為す事で金額の問題じゃないだろう」


「金貨500が大した額じゃないって……やっぱり金銭感覚が壊れてるわよ。ギルドの換金の時だってそうだったけど、これがあのウィスカに挑む世界最強って言われる冒険者の日常なのね」


 換金って……大したことはしてないだろうに。

 


 

 あれは二日前、ギルドマスターであるライネスと話をしているときのことだ。


「”(シュトルム)”である君に是非とも聞いて欲しい話があるのだが?」


 通話石や<念話>で下準備を終えた俺は早速行動をと思って腰を上げたのだが、そこへライネスからの声がかかった。


「これから忙しくなるって話を聞いていたと思うが……」


「まあそう言わないでくれ。これはギルド専属冒険者の君にお願いしたい事があるのだよ。もちろん手間は取らせないし、聞いてくれたらこの件の助力も最大限、いやそれ以上に行うつもりがある。君の目論見がどうあれ、王都における冒険者7千人が君の力になると思えば、悪い話ではないだろう?」


 何か断れる空気ではなくなったな。面倒な話ではないと顔が言っているし、聞くだけ聞いてみるか。

 俺が再び腰を下ろすと、それを見たライネスは机の上の小さい鈴を鳴らした。


「待ってました! 先ほどはどうもユウキさん! 受付嬢のフレデリカです。お願いを聞いていただけると聞いて駆けつけました! 改めましてお会いできて光栄です、うわ、ほんとに本物だ!」


 鈴が鳴ったと同時に部屋に駆け込んできた小柄な女性が俺の対面に勢いよく座ると、俺の両の手を取ってこれまた勢いよく握手をした。


 彼女は小柄だが、涼やかな目元が印象的な美女だ。いや、()()()。今は先ほどの挨拶の時とはまったくかけ離れた興奮状態だ。涼やかに感じた目元は興奮で僅かに潤んでいるように見える。

 あまりの剣幕に押されていた俺だが、彼女が身を乗り出さんばかりに近寄ってきたので隣に座るエレーナが手で制してくれた。


「ちょっとフレデリカ。落ち着きなさいよ、こいつがいくらとんでもない奴だからって、あんたの望みに適うかはまだ解らないわよ。噂なんて勝手に一人歩きするものだし」


「だってエレーナさん、あの”(シュトルム)”さんですよ。一月(90日)で白金貨500枚(金貨50000枚)を稼ぎ出した非常識の塊な人ですよ! ウィスカのダンジョンが高難度すぎてあれだけの一流所がいて燻っていたギルドが一躍最優秀ギルドに躍り出たんです! 彼なら、きっと彼なら私達のお願いくらい簡単に聞いてくれますって!」


 微妙に誉められていない言葉を聞き流しながら、早く話を進めてくれと俺はうながした。白金貨500枚というのはよく覚えていないが、多分30層を突破する準備のために稼ぎまくっていた時期だろう。あの時は結果として借金の総額を金貨50万枚以上減らす事に成功したのでギルドに下ろしただけでもそれくらいの額にはなったと思う。正直、直接魔約定行きの金塊銀塊ばかり印象に残ったのであまり記憶にない。


「で、フレデリカさんは俺に何をして欲しいんだ?」


「ここにも素材を卸してほしいんです! 具体的には触媒を! 冒険者の皆さんが大量に買ってゆくのですが、需要に供給が全く追いついていないんです!」


「実は私も欲しいかも。あんたがウィスカのギルドで馬鹿みたいに大量の触媒を買い取りに出してるのは聞いてるわ。それをこちらにも流して欲しいってわけ。噂のダブルポーションでもいいわよ。薬師ギルドは隠しているけど、ウィスカ発だからどうせあんたが一枚噛んでいるんでしょ?」


 フレデリカとエレーナの希望に俺はちょっと困った顔をしてみせた。一応アイテムを卸すのはウィスカのギルドだけと決めており、その条件で俺は様々な優遇を得ているのだ。それをここで横紙破りするのはウィスカのジェイクへと信義に反すると思う。


「ああ。ジェイクへの義理を気にしているなら問題はない。彼とは話が済んでいる。より正確には私たちが求め、君が応じたなら彼は口を出さないという約定を交わしたのだ。あの異常な量を一つのギルドで独占させるなど他から見れば嫉妬を買うからな。全員で()()()したらすぐに頷いてくれたよ」


 ああ、そういえばそんな事を前に飲んだとき言っていたような気もする。その時の彼は世界を代表するような名の知れたギルドマスターたちから受ける嫉妬の視線が最高だったとはしゃいでいたから根に持っているわけではないようだが。


「まあそういうことなら出すよ。触媒でいいのか?」


「あ、ありがとうございます! 言ってみるものですね! ここにリストを用意しています、出来ればでかまいませんので」


 フレデリカが差し出した羊皮紙を受け取って一覧を確認すると、俺がこれまでに納品した事のある触媒の名が並んでいた。ウィスカのダンジョンでドロップする物だけを選んでくれたようだ。当然というか、多くの冒険者に手が出せる下級触媒を多く欲しがっている。その他にも色々並んでいるがとりあえず<アイテムボックス>の機能を使って手持ちのマジックバックにボックス内で色々詰め込んでゆく。


「今の手持ちで見ると、下級はそれぞれ1000個ほど、中級は700個ほど出せるぞ」


「は? 嫌ですよ、ユウキさん冗談なんて……」


 笑顔で俺の言葉を嘘だと談じるフレデリカの前にとりあえず一般的な触媒の代表格であるコウモリの羽

を数百個、マジックバックからごっそりと取り出してみせた。


「……うそ」


「必要ならレイスダストも出そうか? 俺の言葉が事実だとわかるはずだぞ」


 他の中級触媒、13層のスケルトン・ウィザードがガンガン落とす魔神の骨などを積んで見せるとここにいる者達から乾いた笑いさえ消えた。


 俺にとって触媒の備蓄をする意味がなくなりつつある。その理由はエルフ国で奪ってきた魔晶石が原因だ。動力源としての魔石や触媒としても使える素晴らしいこの鉱石を数にして10万を越える数を手にしていたのだが、ギルドにてどう扱うかを決めていた際に新たな事実が判明した。


 彼等が想定する価格にて売出しをかけるにはこの鉱石は大きすぎたのだ。具体的には拳並みの大きさの鉱石は5分割位に割ってようやく下級の冒険者が手を出せる価格になるのだという。


 つまり単純に所持数が5倍に増えたようなものだ。これでは他の触媒を持っている意味があまりない。上級程度なら使い道はあるが、下級、中級になっては魔晶石を使えばいいので、持っていてもあまり意味はなくなった。

 そういう訳で在庫処分してしまおうと思ったのだが、相手が引いてしまっている。


「ははは、聞きしに勝る男だな。一人であのウィスカを攻略しているだけの事はある……」


「ギルドマスター。緊急備蓄用の金貨の放出を要請します」


「待てフレデリカ。あの金貨はここぞというときに取っておく為のものだぞ」


「今がその時でなくてなんだというのですか! 見てください、ダンジョン産の高品質で新品の触媒ですよ? ギルドが保有する全ての金貨で買い占めても絶対に一月も経たずに売り切れます。せっかくあちらが売ってもいいと言ってくれているのですから、ここは思い切るべきです」


 有無を言わせぬ調子で断言したフレデリカにライネスは頷く他ない。ここのギルドも最高権力者は受付嬢のようである。


「他にもマナポーションやらなんやらも有るっちゃ有るが出したほうがいいのか?」


 マナポーションも最近手にしたあの謎金属で水と変わらない味のマナポーションが出来上がっているので在庫を抱える必要はない。そう思って口にしたら案の定食いついてきた。


「全部買います! 借金してでも金貨を掻き集めますので、全部出してください!」


 こうしてはいられないと部屋を飛び出していったフレデリカを見送った俺は、隣で唖然としているエレーナを見て質問をした。


「ちなみにここの買い取り価格も一定なのか?」


「そうね、下級触媒は銀貨2枚の買取よ。私は出した事ないけど」


「もしギルドで買い求めるとなると?」


「物の状態にもよるけど、多分大銀貨1枚と銀貨5枚ってとこじゃない?」


 俺は大きな溜息をついた。解っていた事だが、差額がえげつない。銀貨13枚がギルドの懐に入ってしまう。下級触媒の買い取り価格は常に一定というのが規則らしく、どうなんだよという視線をライネスに向けてもどうにもならないと首を横に振るだけだ。


「だから普通はギルドに卸さず余ったら冒険者同士で融通しあうのよ。状態がよければ銀貨5枚程度で取引されるから大抵そっちでやり取りするわ」


 ダンジョンで得た物はギルドにて買取してもらう規則だが、冒険者同士のやり取りは特に罰則はない。この規則は他の店に持ち込むというギルドの利益を侵害する事を許さないための措置だからだ。


「だからギルドは常に触媒不足だったのに、誰かさんが頭のおかしい量を毎回持ち込むもんだから、何処もうれしい悲鳴だって話よ。まあ専属の義務を果たしているという見方も出来るけど」


「大量に手に入るから適当に処分しているだけさ。稼ぐなら触媒じゃなく他でやればいいんだし」


 エレーナが本日何回目かの”駄目だこいつ”的な顔でこちらを見てくるが、既に慣れたものなので気にするものでもない。

 そしてすぐに査定が行われ、とりあえず触媒だけで金貨150枚ほどを換金した。他にも何かあればお受けしますよといわれたので合計で400枚ほど収入になった。


 金貨の詰まった4個の袋をしまいながら、その内の一つをフレデリカの前に戻した。


「えっと、これは一体?」


「今回の件で色々と動いてもらう事になると思うんでな。先に渡しておく。特に影響力のある受付嬢の皆には力を借りるはずだ。全員で均等に分けて欲しい」


「金貨百枚を平然と……本当に噂どおりの方ですね、わかりました。これはギルドへの依頼という事で伺っておきます。ですけど、私たちとしては金貨なんかよりもっとほしい物があるんですけど……受付嬢の間じゃ知らない人は居ませんよ?」


 そう言って露骨にあざとい上目遣いでこちらを見てくるフレデリカに速攻で降参した俺は、受付嬢や隣のエレーナが目を輝かせる中、彼女達を虜にして離さない甘味を取り出すのだった。




「でもギルドの力を借りられて良かった。人出だけは俺の力じゃどうにもならない、今回は地元の人間の協力が必要不可欠だったからな」


「そうね、あのダイコクヤの協力が得られて良かったわ。すごい! ほら見て、普段は閑散とした埠頭がこの大賑わいなんだもの」


 エレーナが指し示す眼下には、多くの人間、獣人問わず様々な姿の者達が溢れかえっていた。その数はざっと見ただけでも万は下るまい。

 景気の良い声が風に乗って俺達のいる場所まで届いてきた。



「さあさ、お立合い! ここにおいでの皆様にゃとんと縁がないかも知れねぇが私どもの出身地であるオウカ帝国じゃあ新年の7日を祝っていろんな祝い事が行われてる! 今日は異文化交流ということで故郷の祝い事を獣王国でも再現して楽しんでいただこうって言う寸法だぁ」


「七草ってぇ植物をあり難く頂く祭りが本式なんだが、ここにいる皆様にそんな事を言ってもわかりゃしねえだろうし、ここは私達の祝いの空気を楽しんでこのダイコクヤを皆さんに身近に感じてもらうつもりでござい! さあ、普段じゃ考えられない格安の商品が並んでるよ、今日は旧大陸でもっとも有名なオウカ帝国の特産を楽しんでいってくれ! もちろん振舞い酒や飯もたんと用意してあるときた。お誘い合わせの上、皆さんの来場をお待ちしておりますぜ!」






楽しんで頂ければ幸いです。


またもや短くてすいません。

花粉のせいで体調が悪く、この分量で時間が来てしまいました。

次回は今回の種明かし編になると思います。


もしこの拙作が皆様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが爆上げします。更新の無限のエネルギーの元になりますので頑張ってまいります。





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