カザン獣王国 4
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獣王国の冒険者ギルドは非常に大きな建物だ。新大陸への窓口がここしかない現在、訪れた冒険者が必ず立ち寄る場所とあってか、今の新大陸の活況をそのままここへ移したような賑やかなものだ。
ここにいる沢山の冒険者たちもその種族は多彩だ。獣人や人間を問わず、僅かだがエルフの姿も見える。そして更にはあの重厚な鎧を身に纏ったずんぐりした姿、後ろを向いているが、まさかあれが噂のドワーフか! 初めて見たぞ、是非とも一度話を……。
「ちょっと、何処へ行こうとしてるのよ! こっちよこっち、全く世話が焼けるわね」
背後にいた俺がふらりと移動しかけたのを気配で感じたのか、俺の手を取って無理矢理に奥へ連れ込んでゆく。実に強引なんだが、本人にはそんなつもりがないようだ。実に自然に俺の腕を掴んで引っ張ってゆく。
つくづく俺の周りにいなかった類いの女だが、これが彼女の性格か人徳なのか、不快な感じは受けないから不思議なものだ。ドワーフらしき冒険者に後ろ髪は引かれるものの、特に抵抗することなくエレーナに手を引かれて俺達は奥へ進んでゆく。
「おい、あれ”紅眼”じゃないのか!?」「本当だ! あの紅い髪、本物だぞ」「新大陸を代表する凄腕を早速見れるなんで幸先いいぜ」
非常に目立つエレーナを見つけた冒険者達からの慄く声が俺の耳に届く。クロイス卿や死んだもう一人とこの国で様々な偉業を成し遂げた彼女を多くの者が畏敬の視線で見つめているようだ。
「あれが”混沌殺し”……」「”血の13階段”」「”聖殿踏破者”」「”紅い閃光”」
「凄い人気だな。さすがA級冒険者でも最上位に位置する”紅眼”だ」
冒険者の功績と共に積み上がる様々な異名こそ、彼女へのもっとも価値ある報酬だ。それはランク以上に彼彼女等を誉めそやし、それに憧れる後に続くものへの道標となる。
「ありがと。別に一人で成し遂げたものじゃないから。これでも少し前なら誇れていたんだけどねー」
本心から誉めた俺に一瞥をくれながらエレーナはずんずんと奥に向かう。受付に何か用でもあるのかと思った俺の予想は外れる事になる。
「ねえ、ギルマスいる?」
「あ、エレーナさんじゃないですか! ギルマスなら奥にいますけど、たまには依頼を受けてくださいよ! 高ランク向き依頼が減らなくって大変なんですから!」
「気が向いたらね。じゃ、ギルマスに会いに行くから」
ひらひらと手を振ってエレーナに連れられた俺は否応もなく奥に向かわされる。ギルマスと面会なんて絶対にめんどくさい事になる予感しかしないんだが、彼女の手を振りほどこうにも想像以上の力によって逃げられそうにない。前も思ったが、この人本当に魔法職か?
それにさっきから4人いる受付嬢にガン見されているのが気になる。俺はクロイス卿の女に手を出すほど無粋じゃないし、間男になるつもりはないんだが……非常に嫌な予感がさっきから絶えないんだが。
「ライネスさん、入るわよ」
「ん? その声はエレーナか。ちょっと待て」
ギルドマスターの部屋に入った俺は、王都ギルドを統べる人間の男と対面する事になる。ユウナから事前情報として聞いていたが、この年の頃40ほどの男は元スカウトをやっていたらしい。戦士や魔法使いがなる事が多かったギルドマスターにスカウトが入る事は非常に珍しいが、新大陸における獣王国の価値を考えるにとてつもなく有能でなければ勤まらないのは確かだろう。
「へえ、お前が他の男を連れてくるなんて珍しいこともあった……」
俺を値踏みしようとしていたライネスの動きが止まる。くそっ、これは割れてるな。だから冒険者ギルドに来るのは嫌だったんだ。
「ねえ、ギルマス。こいつなんだけど、やっぱり本物?」
「……まあ座れよ。珍しい客だ、茶のひとつでも出そう」
ライネスが衝撃から立ち直るのにはたっぷり5微(秒)は必要とした。だがそのあとはやり手のギルマスの評判どおり、隙のない動きで俺達を応接間に誘った。
ギルマス手づから淹れてくれた茶はなかなか良い香りがした。それにその手付きは慣れたものであり、普段から彼が茶を喫している習慣を持っている事を伺わせた。
「こりゃご丁寧にどうも。良い葉だし、嗅いだ事のない香りだ。新大陸の特産かい?」
「ああ、いずれ貿易の品に加えたいと考えている品さ。ここはそんな未知のアイテムが毎日のように発見される刺激的な場所だ。ようこそ、新大陸へ。俺はライネス、この獣王国でギルドマスターを張らせて貰っている。今、世界で一番噂の男に会えて光栄だ。”嵐”さんよ」
「やっぱり! 只者じゃないと思ってたけど、新大陸に来てたなんてね。私の目に狂いはなかったわ」
自分の予想が当たって喜んでいるのか緊張しているエレーナの隣に座った俺だが、ライネスにどう答えたものか迷っている。一応俺はウィスカにいることになっている人間だ。この王都に滞在しているとはいえ今朝もいつもどおりにウィスカでひと稼ぎしてきているし、その際に常勤している番兵に顔を見られているから確認されたら面倒な事になる。
「俺がその嵐だと、言いたいのか?」
「ふむ、少し待て」
俺が一応肯定も否定もせずに返すと、それを予期していたのか、ライネスは執務机から一枚の紙を取り出してみせた。あ、この紙。この品質から見てきっとランデック商会が売った異世界産だな、と俺は現実逃避してみせたが、隣に座るエレーナが覗き込んだその内容は一人の若い男の顔が描かれている。
「あ、あんた本当に嵐なのね。この紋章、ギルド総本部からの通達書じゃないこれ」
「あの爺! 約束が違うじゃねーか!」
そこには金髪で死んだ目をした少年、つまり俺の顔が描かれていた。しかも異名つきでデカデカと描かれており、更に下には”この者、取り扱い注意”なんて言葉も添えてある。これじゃ完全に犯罪者の扱いじゃないか!
「ドーソン翁の為に言っておくが、一応これは各国の王都のギルマスのみに配布されたものだし、衆目には触れさせるなと厳命を受けている。ここを見ろ、違反者にはグラン・マスター直々に処罰に行くと赤字で記されているだろう? 彼としても本意ではないらしい、前に総会で弁明のように言っていた」
俺がドーソン翁と出会った時に名前を貸して欲しいと言われたのは確かだが、顔まで出す事を承諾した覚えはない。信義が命よりも重んじられる冒険者の世界では、これは許してはならない横紙破りだ。
彼がその事を承知していないとは思えないが……
<ユウキ様、今確認を取りました所、どうやら”赤剣”のアーシェスの独断であり、それをドーソン翁も追認した形のようです。かつて私が王都で行った交渉がギルド側に悪感情を与えてしまったようです。大変申し訳ございません。この責はいかようにもお受け……>
<今の話で君の責が見当たらないが。まあ、あの女はいつか泣かすが>
<念話>先で平謝りするユウナを宥めつつ、かつて会ったギルドセイバー団長に対する貸しを心の復讐帳につけておく。向こうにどんな理由があろうと世の中やって良いことと悪い事があるってもんだ。
「ったく。やってくれたな。これ以上否定しても無意味か。始めまして、ユウキという者です」
あまりよろしくする気はないので、どうぞよろしくとは言わなかったが、向こうの反応は劇的だった。
「そうか! やはり君があの嵐か! 伝説の男に本当に会えて光栄だ! 聞いたかみんな!」
席を立った彼が執務室の扉を開けるとその先から数人の美女たち……このギルドの受付情たちが現れた。彼女たちもあの似顔絵を見ていたと思われるが、だから先ほどあんなに見られたのだろう。
俺が受付嬢と一悶着を起こしたのは有名な話になっているようだし、彼女たちにあの似顔絵をみせていたとしてもなんの不思議はない。むしろ積極的にみせて事故を防ぎたいと思うのは普通だろう。
彼女たちはしっかりと俺の顔を見据えながら挨拶を交わして去ってゆく。そのうちの一人は俺に甘味の話題を振る辺り、色々と俺の情報が出回っているのは間違いない。流れで渡す事を約束させられてしまった。
「しかしクロイスからはとびっきりの援軍を送ると聞いてたが、まさか君が来るとはな!」
俺は曖昧にうなずいておいた。詳しく調べれば新大陸へのランヌ王国からの定期便は偏西風の影響でごく限られた数になっており、乗船人数などを調べればすぐにボロが出るんだが、そこを気にする素振りはないようだ。細かい所をつつかれると言い訳できないので面倒な場所に出入りする事を避けていたのだが、俺の目論みはあっさりと打ち砕かれたわけだ。
「え、何? やっぱりアイツと知り合いなの? 同じランヌ王国から来たって話だから、そうじゃないかと思ってたけど。っていうか、あいつ命の恩人の危機だってのに来ないつもりなの? 領主サマになって恩義まで忘れたのかしら?」
「まあ、そう怒らないでやってくれ。クロイスも色々と忙しいと聞いている」
「忙しいからで済ませられる問題じゃないでしょう!? アードラーさんがいなければ私たちは誰一人として生きてはいなかった。それはあいつも解っている筈なのに! 今は何を捨ててでも駆けつけるべきときじゃないの?」
エレーナの怒りは相当なものだが、俺は彼の事情を知っているので怒る気はない。というより、この二人は今のクロイス卿の現状を聞いていない、あるいは彼が話していない可能性がある。
「クロイス卿とは縁あって仲良くさせてもらってるよ。この件は彼の依頼って訳じゃないけどな。しかし、その感じだとあの人が今どんな感じなのか二人は聞いているのか?」
俺が彼を庇うような事を言ったのが気に触ったのか、エレーナはその剣幕をこちらに向けてきた。
「なによ! 私を置いて故郷に戻ったら王様から領地を貰ったんでしょ。まったくいいご身分ね!」
ライネスはクロイス卿が持つ新大陸の伝手なので、彼と色々話をしていた(より正確にはギルドマスターが持つ連絡手段で彼と連絡を取っていたらしい。アードラーさんやラナの無事やラコンたちの事もライネスからエレーナやセレナさんに伝えたそうだ)ようだが、クロイス卿自身の事は殆ど話していないようだ。彼らしいと見えるが、それが原因でエレーナからは顰蹙を買っている。
そこで彼の名誉の為にもクロイス卿の置かれた境遇を話しておいた。
彼が命令で国王にすら反抗的な北部公爵の縄張りの真ん中に領地を授かり、その勢力を削ぐ尖兵にされていること。周りどころか自分の領地までほぼ敵だらけであり、独力で周囲全てに戦いを挑んでいる最中である事を伝えるとエレーナの怒気は掻き消えた。
「そ、それって大丈夫なの? アイツ、なんでそんなことになってるのよ……」
「色々手を貸してるんで、そこまで悲惨な事にはなってはいないと思うけど、彼がここに来れない理由は解ってもらえたかと思う」
「それにアードラー公がかの国で救国の英雄となったのはクロイスの手引きがあったと聞いている。それにあのご子息達を保護したのものな。奴は奴であの国で力を尽くしたと見るべきだろう」
ライネスは話の最中に俺をチラリと見てきたので実際はクロイス卿は俺の事を言及したのだろう。だが今は目の前のエレーナの機嫌取りに終始したとしても俺に全く異論はない。怒れる美人というのは俺としても関わりになるのは遠慮したい。
「それは、そうかもしれないけれど……私はてっきりアイツも戻ってくるものだと」
「それより、エレーナ。俺がここに出向く事になった理由を聞いていいか? さっきから話が全く関係ない方向に行っているぞ」
こんな美人に深く想われているクロイス卿への文句を心の中で言いつつ、俺は本題に入ることにした。
俺やクロイス卿が行った仕込みはこの国でももう少し広まっていると思っていた。それを見越して手を打ったし、だからこそクロイス卿も自分の仕事を優先する判断をしたはずだ。
それが驚くほど効果を発揮していない。思った以上に敵の実力が高かったのもあるだろうが、他の理由をこのギルドマスターが知っているという。
考えてみればクロイス卿は彼と連絡を取っていたのだ。この地での工作は彼が主導で行っていたのかもしれない。彼はスカウト出身だし、その手の仕事は慣れたものだろう。
「あ、そうだったわね。その名目であんたをここへ連れて来たんだっけ。私の目的はあんたの正体の確認だったからすっかり忘れてたわ」
やっぱりそれが目的でギルドに来たのか。薄々感じていたが、もうこれからは各国の王都ギルドに顔出すのは止めよう。珍獣のように扱われるのは御免である。
「ああ、その件か。これは私の不手際でもあるな。確かに君たちが旧大陸で行った工作はもっと民衆の支持を得てもおかしくない。むしろ獣人にはこの手の話は大受けするだろうし、私もそのように手を打った」
俺が何故アードラーさんの活躍が広まっていないのかを問い質すと、自分の失策を語るライネスは不満顔である。
「だが、この国の上から待てがかかった。恐らく命令者はシンバ内務卿だろう。今やこの国はあの男が牛耳っているからな。そして今の俺たちにそれを表立って対抗するにはちと勢力が弱い」
詳しく聞いたところによると、この冒険者ギルドの王宮における最大の庇護者はアードラーさんだったらしい。根っからの武人である彼は強者が集まるギルドの存在を好意的に思っていたし、クロイス卿たちとの交流があったりして獣王国でのギルドの勢力拡大に一役買っていた。総戦士長の地位を退いた後もギルドの後見人として見所のある若い奴に稽古をつけてやるなど、積極的な良い関係を築いていたそうだ。
それが今回の一件で全てがひっくり返った。今の王宮で力を持っている連中からすれば冒険者ギルドは親アードラー派であり、警戒すべき対象である。はっきりと言葉にはしてこないものの、様々な圧力が加えられているらしい。
ランヌ王国は王都のドラセナードさんが貴族である事もあってかなり権力が与えられているが、それはあそこが例外であって、他国ではそこまで良好な関係を築いている所は珍しい。国の管理下にない力のある武装集団が王都に存在するというのは警戒して当然なので仕方ないが、普通は国から様々な規制が設けられている。ギルドは独立しているという建前を保持しつつ、国から多くの制約が課せられているのが実状である。
「それだけが理由なのか? それはアードラーさんが復権すれば解決する問題だろう? ここは無理してでも勝負に出る時じゃないのか」
それに彼等が行う事はアードラーさんの噂を流したり、吟遊詩人に彼の英雄譚を謡わせる類いのものであり、命の危険を伴うものではない。隠れて行ってもバレないだろうし、噂などある程度広まれば勝手に拡散して行くものだ。スカウトが本業である目の前の男がそれを理解していないとは思えない。
「これに関しては敵のほうが一枚上手だった。私も情報を流したのだが、全く広まらないのだ。吟遊詩人たちの方にも手が回ったらしい。聞けばアードラー公の歌を歌えば罰則がかかるという。悔しいが内務卿の国内の統制は完璧に近い。極め付けが数日後の年頭挨拶だ。これに出席しない貴族は貴族籍の剥奪と叛意ありとして討伐令が下るそうだ。個人主義の傾向が強い獣人にここまで強力な命令を徹底させるのは大したものだよ、反対意見を封殺できるだけの権力を握っているようだ」
なるほどな。ラコンを追い出す事によって完全に王宮での地位を磐石にしたようだ。あいつが家族を探しに密航した時点で敵の目的は達成していたか。
そう思案する俺だが、そこでライネスは気になる事を言い出した。
「それで、アードラー公は何時頃こちらに到着されるか君は何か聞いているか?」
何を今更、といいかけてはたと気付いた。彼はクロイス卿から情報を得ていたと思うが、彼は新年早々に領地に向けて旅立ったはずだ。となると王都にいないから連絡手段などない事になる。
となるとここ数日の最新情報は途切れているのか。
別に隠すこともないので、俺は情報を提供する事にした。
「航海は順調のようで、明後日にはこちらに到着する予定だと聞いている。俺の得た情報ではあっちで英雄となったから使節と共に来航し式典も行われると聞いているが」
「王宮でその準備をしているのは知っているが、その事実を徹底的に隠すようで民衆に触れは出さないようだな。だがそれもどうなのか。今最も勢いのあるランヌ王国の使節をそこまでないがしろにして問題にならないか疑問は残るな」
ランヌ王国が意外な評価を受けているようだが、今それはいいか。大事なのはそこではない。
「もう一度確認させてほしい。この国の方針は彼等の扱いを隠す方向なんだな? 実力で妨害とか、排除ではなく」
「ああ、なんとかやり過ごすつもりだろう。今のままでも彼等の統制は万全だ。余計な波風でも磐石の態勢の崩壊の一石に繋がる。それをやつらは嫌っているのだろう」
「それでいて、小物を使って嫌がらせだけは継続したのよ。本当に粘着質でしつこい奴等だったわ。もう綺麗さっぱりあんたが掃除したけど」
俺が敵の方針を聞いて、どうしたものかと思案する間、二人は俺の行動で盛り上がっていた。
「ほう、到着すると同時にさっそくひと暴れか。実に噂に違わぬ男だな」
「いきなり現れたと思ったら、その日の内に”白狼”と”大蛇”を潰しに行ったのよ。ここでもしかしたらと思ったけど、案の定”嵐”だったってワケ」
「待て、あの二つの組織は総数150人近かったはずだぞ、それを一人で始末だと? 聞きしに勝る腕だな」
「ここに来る前にスカウトギルドを見つけ出して、その場にいた全員に殺気まで向けられながら平然と依頼までしてたわよ。後でギルマスにも話が来るんじゃない?」
他人の話題で盛り上がっている二人を尻目に俺は問題を解決すべくどう動くかを考えていた。
ここで大事なのは先ほど確認した敵の方向性だ。相手はこちらの事を徹底的に隠し通すつもりらしい。ここを凌げはどうとでも料理できる手勢と地盤、権力を握っているのだ。余計な手出しをすればいらぬ反撃を受ける事もある。やり過ごして封殺するのが最上だと判断したのだろう。
確かに悪くない。相手がどう足掻こうがどうとでもなるほどの力を得ていれば同じ土俵で戦う義理などないからだ。
金持ち喧嘩せず、というやつだな。
自らの正当性を証明すべく声を大にして叫びたいこちらとその機会さえも奪って無かった事にしようとする敵。ただ一人の徒手空拳では太刀打ちできない相手であろう。
だが俺は根性が腐っている事に定評のある男である。こういった搦め手を使ってくる相手の思惑をひっくり返してやるのが大好きな性分なのだ。
こういうときの相場は、相手の一番嫌がる事を完全な理論武装で反論の余地なくやってのける、これに尽きる。
さて、どう動いてやろうかと知らぬうちに悪い笑みを浮かべていた俺に、ライネスが尋ねてきた。
「何をどうするつもりだ? クロイスから聞いているぞ、相手の思惑を根こそぎ滅茶苦茶にするのが大得意なんだろう? ギルドとしても助力は惜しまん。アードラー公はこちらにとっても必要な方なのでな」
「そいつは助かる。こちらには土地勘も人の伝手もないもんでね。早速だが、この都で王宮とあまり縁のない大店ってあるか?」
「それは難しいな、言うまでもなく大商人とは権力と繋がって肥え太るものだ。そんな彼等にしてみれば中枢と縁のないほうが珍しいぞ」
「あ、でもダイコクヤならいいんじゃない? オウカ帝国からの支店だけど、他の店にも引けを取らない大店だし、新参者だから王宮とはまだ縁深くないはずよ」
「ああ、確かにそうだな。他にも幾つか心当たりはあるが、規模で言うならそこが一番だ。だが私はあそこの番頭と知り合いではないのだ。紹介してやる事ができないが、エレーナはどうだ?」
隣の彼女も同じく首を横に振るが、俺は彼等の会話を聞きながら一つの心当たりがあったので二人に断りを入れて連絡を試みた。
「はい、もしもし、師匠ですか!?」
「ああ、そうだライカ。そこにカオルはいるか?」
「それは、まあいますけど……もう、可愛い弟子をおざなりにして、カオルばっかり優先するんですか?」
「そりゃカオルに用件があるから話しかけたんだよ。話が進まんから早く代われって」
まだぶつくさ言っているライカを宥めつつ、通話を代わったカオルに俺は尋ねた。
「ユウキさんですか? カオルです」
「ちょっと聞きたいことがあってな。オウカに本店があるダイコクヤっていう店を知ってるよな?」
「え? 大黒屋ですか? もちろん知ってますし、なによりエドガー会頭が高級奴隷の身でありがなら大番頭を張って大成長した例の商会ですよ。それがなにかあったんですか?」
「いや、今の言葉で知りたい事は知れた、ありがとう。それと、近いうちに時間を作れ。お前に見せておきたいものがある。カオルにとってもいい勉強になるはずだ」
「あ、わかりました。都合つけますから、いつでも仰って下さい。あ、でもこの調子だと姉さんもついて来ると思いますよ」
「当たり前でしょ! 何で弟子の私を差し置いてあんたが師匠の側に控えられるのよ! そんなの許せないんだから!」
ごく近い距離でライカの怒る声が轟いている。さてはあいつめ、俺達の会話が気になって側で聞いていたな? 俺は王都にいた頃、カオルの社会勉強のために色々連れ回していた。彼等がオウカ帝国に帰還してからはその回数も減ったが、今回の騒動はアイツにとってもいい勉強になると思って誘ったのだ。
隣のライカは弟子の自分より扱いが良いことに不満があるみたいだが、腹芸などできそうもない姉のためにカオルを強かにする為の勉強なんだが……ライカの決意も硬そうである。
「もし来るならライカはせめて変装してこいよ。お前の顔は有名だから面倒な事になる」
「わかりました。誰にも見破られないような変装をしてみせます!」
そう言って通話を切った俺は二人の強い視線を感じてそちらを振り向いた。
「当たり前のように通話石を取り出すのだな」
「個人で通話石を持ってるなんてずるい! 私にも寄越しなさいよ」
「ギルマス同士の連絡だって似たようなものを使っているんだろう? そこまで羨む話でもない気はするが」
俺の言葉にライネスは近くの戸棚の扉を開けた。そこには一抱えもありそうな巨大な魔導具があった。始めて見るが、あれが通信の魔導具だろうか?
「これは見ての通り片手で何時でも通話できる品物ではないよ。意外と制約も多くて不便でもあるしな」
それでもやはり便利だがね、と続けるライネス。この通話の魔導具はギルドの秘宝とでも呼ぶべきアイテムで、俺も詳しい原理は解っていない。これもドーソン翁が昔に遺跡で大量に見つけたものらしく、彼がグラン・マスターに就任して各支部に送られたという。もちろんこの魔道具のことだけではないが、あの爺さんが冒険者ギルドの歴史を変えたといわれる所以である。
<如月、エドガーさんって今店にいるか?>
<ああ、居るよ。今の件、伝えてくるかい?>
エドガーさんによると今の大黒屋のカザン支店の番頭は彼が指名したらしい。意外な世間の狭さに驚きながら、紹介状を書いてもらうようにお願いすると、二つ返事で引き受けてくれた。
彼もアードラーさんたちの状況を知っており、娘のジャンヌはラナやキャロと仲が良かったので彼等の危機を脱する為の助力を惜しむ事はなかった。
「ねえ、あんた一体何をする気よ? 話から察するに、何か大きな話になってない?」
「そりゃ彼等の帰還をひた隠しにする相手の想定をぶっ壊すんだ。自然と話は大きくなるさ、時間はあと2日しかないんだ、これから忙しくなるぜ?」
俺は目を白黒させるエレーナを伴って相手の策を正面から叩き潰す行動を開始するのだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
意外と話が進まない今日この頃。
なんとかしたいものです。後は花粉さえなければ文句ないのですが。
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