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日常へ帰る 2

お待たせしております。



「おや、ようやくやって来たね。今年もよろしく」


「顔を出すのが遅れてすいませんね。これは皆さんでどうぞ」


 既に何度も足を運んですっかり馴染みとなったシロマサの親分の邸宅に足を踏み入れると、シュウカの頭でベイツの妻であるジーニが俺を見つけた。彼女はみなから姉御と慕われる女傑である。やはり旦那のベイツより頭も肝っ玉も太い、シュウカの大黒柱なのだ。


「いつも悪いねぇ。アタシらより上の相談役から何か頂戴するなんて恐れ多いけど、こればかりはそんじょそこらじゃ手に入らないからねぇ」


 俺が出した手土産に頬を緩める姉御だが、中身は毎回環境層で取れた果物だ。彼女は葡萄が好みであり、親分の孫娘であるリーナは苺が大好物だという。普段は十日と置かずにこれまで顔を出せていたが、レン国からエルフ国へ、そしてまたあの大山脈へ戻るだけで十日はとうに超えていた。そして山越えからの移動で二日ほどかけたので彼女達にすれば随分と待たされたように思うことだろう。

 ちなみにエルフのリーナは愛称であり、本名はエヴェリーナという。かなり疎まれた王女だったようだから本人も長い本名を好まずリーナと呼ばれる事を望んでいる。


「あ! お頭さん! 新年おめでとうございます!」


 奥から親分の孫娘のリーナもやって来た。彼女は俺のこと役職ではなく頭と呼ぶ。ザイン達がいつもそう呼ぶので彼女も慣れてしまったらしい。何度か訂正したのだが、あいつらが絶対に頭呼びを止めないのですっかり定着してしまったのだ。


「今年もよろしく。はいこれ」


「わあ! ありがとうございます!」


 しきりにそわそわしているリーナを見て苦笑しつつ、俺は小さな紙袋を手渡す。望みのものを受け取れた彼女は満面の笑みを浮かべてジーニの姉御の方に駆け寄った。


「ジーニ母さん! お頭さんからお年玉貰っちゃった!」


「あら、よかったねぇ。ちゃんとお礼を言ったのかい?」


「もちろん。見て見て! とっても綺麗な紙の袋なのよ」


 シュウカには新年に年少の者に向けて金品を贈る習慣がある。年玉というのだが、これは異世界のしきたりなので俺も存在を指摘されると微妙ではあるが思い出した。そういうわけで仲間に送ろうとしたのだが、玲二や雪音はもう貰う年じゃないと拒否られ、ソフィア達も普段から十分すぎるほど戴いていますのでと断られた。イリシャもお金を使う機会がない(考えてみれば創造があるので俺も最近商店で現金を使った記憶が余りない)からいいと言われ、シャオに至ってはお金って何? おいしいの? と言う塩梅なのでリーナが始めてお年玉を贈った相手である。


 相手が子供なので額は大銀貨一枚(一万円相当)にしておいたが、リーナの言葉通り創造した色鮮やかな紙袋のほうがよほど高価である。エドガーさんの店舗で売り始めたとはいえ、まだまだ紙が高いうえ、赤系の明るい色で精緻な模様が施された小さな紙袋のほうが女の子には受けがいいと思われたのだが、結果は想像通りでうまくいってよかった。



「しかし流石は親分さんだ。あの挨拶を求める長蛇の列はたいしたものですね」


 もう新年明けて数日立つのにまだあれなので、彼を推した俺の目に狂いはなかったなと自画自賛していた俺だが、ちょっと事情が違うらしい。


「昨日までは身内や王都の顔役、神殿関係にこちらが出張っていたから、腰を落ち着けたのは今日からなのさ。だからあの行列なんだよ。去年までを思えば本当にありがたいことではあるけどね」


「親分ほどの方が御自ら出向いたんですか!? 流石は親分さんだ」


 俺は表立って口にはしていないが、シロマサの親分さんを心の底から尊敬している。筋の通った自分の生き方を何十年も貫き通しているからだ。

 レン国でエイセイを始めとした日陰ながら根性の入った連中もいたことはいた。あいつらもそのまま真っ直ぐに伸びれば親分に匹敵する侠になれるかもしれない。

 それは認めるが、あの超大国でも彼ほどの男気を持った人物は誰一人として居なかった。その事実が親分の評価を誰も辿り着けない遥かな高みへと押し上げている。


「本人が出歩きたがっているのさ。これまで満足に動けなかったもんだから、歩き回るのが好きになっちまったようだ。これについては義理の娘として改めて礼を言わせて貰うよ」


 畏まった態度で深く頭を下げる姉御を手で制した。


「よして下さいよ。俺にも目的があってしたことですし、偉大な男にはそれに相応しい幕引きがあるべきです。あの人が病魔に屈するなんてあっちゃいけませんよ」


 実際はそれに呪いが加わっていたのだが、彼が身代わりとなった本当の標的であるリーナがすぐ側で苺を頬張っているのでそこは濁しておいた。ちなみに呪いをかけたのは俺が潰した……なんだっけ? ゼギアスがいた組織の5ケツとか言うお笑い集団のひとりだった。俺が始末した段階で呪い返しなど後遺症はないと解っていたので、余計な事は言わなかった。


「あんた、本当に……いやなんでもないさ。そういやさっきザインが騒ぎを聞きつけて出張ったけど、あんた絡みかい?」


 どうやら他人様から見れば俺が親分に心から敬意を払っているのが信じられないらしい。確かに俺は紛れもない屑なので今の姉御の反応は本当に尊敬しているんだねぇという感心だ。


「いえ、挨拶の列に横入りしようとした他所者の馬鹿が調子に乗ったんでザインが片付けたんですが、列に並んでいた俺をあいつが見つけて大声で叫んだもんで……こうして逃げてきました。落ち着いたらまた並びなおしますよ」


「なるほど、滅多に姿を見せない幻の相談役が現れちゃあそうなるか。って、あんた、列に並んでたのかい?」


「当たり前じゃないですか。もし俺が立場を使って横入りして親分に挨拶なんてしたら幻滅されちまいますよ。親分はそういうお人でしょう? 今は他の客人とお会いになられているとか」


 姉御は俺の質問に答えることなく俺の顔をしばらく凝視していると、不意に大きな溜息をついた。


「はぁ。やっぱりひとかどの男ってのは普段の行動から違うもんなんだね。ウチの半ちくな男どもに教えてやりたいよ。あいつらなら間違いなく自分優先して街の衆を待たせるだろうからね」


「そこは姉御や他の幹部連中が行儀を徹底的に教え込んで下さいよ。自分達の行動が親分さんの顔に泥を塗る事になると理解すれば普段の行いも改まるはずです」


 シュウカの跡目だったギンジが他界して既に5年以上経っている。シロマサの伝説を耳にしても、その行いを目にしていない若い連中にとっては何を手本とすればいいのかまだ解っていないだろう。

 幹部連中はただ自分の組織を纏めることのみが仕事ではない。そこらで歩いている半端者の兄ちゃんを一端の男に育て上げるのも奴等の仕事、いや杯を受けてシロマサの子になったからにはその魂を継ぐ神聖な義務がある。

 それを忘れて今の安寧に浸っているようではいずれまた余所者に付け入る隙を与える事になるだろう。


「そう、それだよそれ! そんな感じの事を連中に説教しておくれよ。それが相談役の仕事じゃないか」


「それは内部の連中がやることでは? あ、外部からの助言も仕事のうちなのか。わかりましたよ、面倒ですが親分が築き上げた金看板を半端者に泥を塗られちゃたまらないですからね、近いうちに連中を集めて話をします」


「そうしておくれよ。そうそう、親父さんは今、極秘のお客人を迎えていてね。誰も近寄らせるなってお達しなのさ。3の鐘(午後三時)にはお帰りになると聞いてるからその頃には待ちの列も動き出すだろうさ」


 へえ、あの解放的な親分さんが身内に隠してまで迎える客人なんてほとんどいないと思うが、珍しい事もあるもんだと思っていた俺だが、奥から来た男から声をかけられた。



「おう、相談役。新年おめでとう、やはり来ていたか。親父が呼んでるぞ」


 声の主はこのシュウカの頭であるベイツだった。彼はその客人とは会えていないが、部屋の外で控えていたらしい。


「おう、今年もよろしく。で、親分さんはお客人を迎えていると聞いていたが」


「そうなんだが、それでも相談役を呼んでいる。来てるなら呼んでこいと親父がな」


「そりゃ新年の挨拶に来たんで願ってもない話だが、俺より先に待ってる大勢の街の衆がいる。それを押しのけて俺が真っ先に伺うわけにもいかねぇよ」


 世の中ものには順序ってもんがあらぁな、と告げるとベイツは溜息混じりに答えた。


「本当に親父が言ったとおりに答えたな。親父からの伝言だ。”ゴネてる間に話を済ませればその分早く終わるぞ”だってよ」


 まあ、そりゃそのとおりなんですが。閉口した俺はお許しを頂いた事だし、向かう事にした。





「この度は年賀のご挨拶が遅れました事、まずはお詫び申し上げます。そして親分さんに置かれましては謹んで新年のお祝いを申し上げます」


「おう、今年もよろしくな。って、なに堅苦しい挨拶してやがんだ。俺とお(めえ)さんの仲だろうが」


 俺が通されたのは彼と始めて会った広間ではなく、更にその奥の親分の私室だった。これまで数回ほどお邪魔させていただいているが、滅多に人を入れないとは聞いている。極秘の客人はそれほどの相手なのだった。


「しかし閣下もこちらへ向かわれる予定だったのですか」


「ああ、だがお前も来ると知っておれば、共に馬車で向かえば良かったの」


 彼がここにいる事は今さっき<マップ>で知ったが、俺が来客があるというのに普通に通されたことである程度の予想は立っていた。誰も通すなといわれた極秘の客なのに俺は大丈夫だというのだから、客が俺達の共通の知り合いである可能性は高かった。


「なんでぇ。お前さん、俺のところに来る前にアドルフの野郎に会いに行ったのかよ」


 親分は自分が後回しにされたのを知って軽く気分を害してしまったようだ。俺は宥めるように言った。


「そう仰らないでくださいよ。あちらは予定が空くまで御屋敷の前で待ってますって訳にはいかないので事前に約束を取り付ける必要があったんですって、ねえ公爵閣下」


「まあそうだな。マサとの約束はそちらの都合もあり動かせなかった。ユウキはその直前に出来た僅かな時間に挨拶に来たのだ」


 俺の視線の先にいるアドルフ・ウォーレン公爵は酒の入った杯を揺らしながら鷹揚に頷いたのだった。




 公爵と親分は実は飲み友達である。しかもその歴史は古く、数十年来の付き合いだという。


 だがその長い歴史には長い空白の時間があった。


 俺が詳しく聞いたのは如月やあのサラトガ事変で遭遇した伯爵を交えた飲み会の席なのだが、なんと若い頃の公爵は平民に変装して下町で長いこと飲み歩いていたらしい。今では厳格な権力政治家としてこの国で5本の指に入る実力者だが、若い頃は相当に遊んでいたらしい。その血はクロイス卿にしっかりと受け継がれ、公爵家家宰であるラーウェル子爵も昔は公爵に、今はクロイス卿に頭を随分と悩まされたという。


 そしてそんなときに出会ったのが当時まだ一介の暴れ者でしかなかったシロマサの親分である。性格も何もかもも全く違う二人だからか、妙にウマがあったらしい。まだ年若い伯爵も連れて時に盛大に飲んだくれ、時に喧嘩もしつつ仲良く飲み仲間をやっていたが、二人の関係に転機が訪れる。


 それが親分の最大の武勇伝である貴族との諍いである。正当防衛であるにしても、貴族に暴力を振るった男へ報復として百人を超える貴族の私兵が下町へ押しかけた騒ぎを起こしたとき、ただ一人異を唱えて貴族の元へ乗り込んで瀕死の重傷を負いながら話を纏めて帰ってきたという王都に住む男なら一度は必ず聞くであろう親分の逸話なんだが、ここで実は公爵が登場するのだ。


 というのも貴族がそもそも無頼との約束など守るどころか約束さえするはずもない。事実として親分は手酷い拷問を受けて普通に殺される寸前だったという。その貴族家の地下牢にふらりと現れた若き日の公爵がシロマサの親分の命を救ったのだという。


「実際はそんな大したものではない。当事者だった侯爵家は貴族として看過出来ぬ振る舞いをしておったからの、王都で騒ぎがこれ以上大きくなれば王家にも累が及びかねん状態じゃった。そこで高位貴族の総意として侯爵家を叩き潰すことが決まり、マサには我等の代わりに問題を解決する英雄になってもらう必要があっただけじゃ」


 あの時の公爵はそう言っていたが、親分の命を救った事や貴族が平民に譲歩するという秩序に覆すような大戦果は相応にやっかみを受ける事になる。ある意味で事実なのだが、貴族と寝たという噂も心無いものから出たのも当然である。ただポーションを飲んで死の淵から遠ざかったとはいえ、それでも瀕死の重傷である事は変わりなく、その姿を見れば批判はすぐに止んだらしいが。


 そして己の正体を明かした公爵は親分との関係を絶った。前国王の弟という国の最も近い位置に居た彼が一介の博徒を政治的目的の為とはいえ命を助けたのは紛れもない事実であり、もし明るみに出れば彼の政治生命に致命的な失策と成り得たし親分の名に大きな傷がつく。


 関係はこれまでだと冷酷に告げられた親分だったが、公爵の立場も驚いたものの理解して納得しそれから20年以上の月日が流れた。



 そして遂に交わらぬと思われた二人の道を繋いだのはクロイス卿だった。この王都で冒険者として活動を始めた最初期の彼はとある依頼で大失敗して身包み剥がされた際、親分の息子であるギンジに大層世話になったという。

 そして公爵家の放蕩息子として悪名が響いていた彼にギンジは自分達の親が古い友人であった事を明かしたのだという。


 その事を誰にも打ち明けぬまま新大陸に移り、冒険者として大きく名を上げたクロイス卿だったが、彼にも人生の転機が訪れて家族の危機に何もかも放り出して実家に戻る事になる。


 そしてグレンデルの問題に一段落がつき、俺が屑共を大掃除して、その集団の頭に親分を担ぎ出そうとした折、彼の脳裏にギンジの言葉が蘇った。


 老いた父への孝行のひとつとしてなんとかうまいこと繋ぎを付けられないかと思案していたクロイス卿だったが、そこへ如月が主催する秘密の飲み会の話が舞い込み場を整えたのだ。


 その時は俺もいたのだが、公爵も親分も最初はなんでこいつがここにいるという態度を取っていたが、如月特製の銘酒の力とお互いに息子を亡くし、孫娘を目に入れても痛くないほど可愛がっているという境遇、そして何より憎くて喧嘩別れしたわけでもないので関係の修復は容易であった。


 二人の家族に聞いたところによるとお互いに笑顔が増え、表情が柔らかくなったと専らの評判だから上手く落ち着いたようである。

 よく考えてみるとこの二人が王都の表と裏を牛耳っているのだから、ある意味でここが王都の縮図のようなものだ。なかなか面白い光景である。



「まずはこいつをお納めください。あまり同じ物が続くと芸がないので少し趣向を変えてあります」


 正座した俺は親分用の手土産を差し出す。彼への土産はいつも酒である。それもここでは決して飲めない米の酒である。彼自身の好みもあるが、何より米酒を飲む親分の姿が最高に似合っている。


「おっ、いつもありがとうよ。悪いからもういいぜと毎回言いたくなるんだが、こいつばかりは代えがきかねぇからな、感謝するぜ。ん? こいつは……」


 いつもの酒のほかに今回は中瓶で数本の酒を加えてある。これが今回の目玉なのだ。


「旅先で手に入れた穀物で作った酒です。瓶ごとの風味をお楽しみいただければと。味の方は如月も太鼓判を押しておりますので問題ないかと」


「へえ、そいつは豪気じゃねえか。ありがたく頂戴するぜ。如月のボンにも篤く礼を言っておいてくんな」


 はい、必ずと答えた俺だが、そこへ不穏な声で遮られる。


「ふむ、そのような酒は儂のところには無かったぞ」


「それは、公爵は米酒がそこまでお好みではないように思われましたので。その分コニャックをお渡ししてあるはずですが」


 今度は親分から物言いが入る。めんどくさいな。


「なんだとぅ!? こいつんトコだけ珍しい酒があるってか!」


「解りましたよ! 別に隠してたわけじゃないので双方にお渡ししますって!」


 親分には追加してコニャック(これは創造品)を、公爵にはレン国南部の穀物で作られた酒を渡す事にした。この穀物は食用としても食べられるが味はいまいちだった。しかし酒の原料となるとまったくその味を変えて嬉しい驚きを与えてくれた品である。


「伯爵用にもう一本くれ。ないと後がうるさいのじゃ」


「あいつも昔と変わらねぇな。ガタイはでかくなったが、性格はガキのまんまだ」


 公爵も親分も気分が若返ったのか俺からすれば似たようなものなのだが、敢えて口にはしない。何より二人は実に楽しそうである。

 先ほども述べたが、この二人は境遇も似ている。関係を絶っているときも互いの事を気にかけていたようで、ギンジの葬儀の時には周囲の反対を押し切って変装した公爵が参列したそうだし、一昨年の夏に公爵家の長男次男家族が相次いでこの世を去ったときには親分も動かぬ体を引っ張って公爵邸の近くまで来て手を合わせたという。

 そして双方にそれを知っていた。互いの心遣いを痛いほどかみ締めていたという。


「この国はおろか、果ては周辺国まで牛耳ろうかといわれた巨星が堕ちたのじゃ。それにマサがどれほど息子に期待していたか知っておったからの」


「この国を背負って立つ男達が相次いで逝っちまったからな。それにウチの倅の時にも来てくれたんだ。俺っちのような無頼が教会に足を踏み入れるわけにはいかねぇが、せめて近くで手の一つもあわせてやらにゃなるめぇと思ったまでよ」


 半世紀にわたる男の友情に脱帽する他ない。



 だが酒が回り始めるとこの二人の話題は決まって孫自慢である。二人としてはなんとか孫が自分達のように友人同士になれないかと思っているのが言葉の節々から解るのだが、現実的にはちょいと厳しそうだ。

 なにせシルヴィアは公爵のほかに現国王やその家族もそろって溺愛しているというある意味この国最強の存在だ。いくら器量よしとはいえ街娘のリーナと普通に友人として会話するのは彼女が大変すぎるように思われる。


 いずれ相談を受けそうな気配を感じるものの、現状では取れる手段はなさそうだ。



 俺の目的は年賀の挨拶だけである。少しは話し込んだが、公爵も来訪の理由は俺と同じようだったので、あともつかえているしそろって親分の屋敷を辞した。途中で俺の来訪を知って駆けつけたジークやゾンダたちとも年賀の挨拶を交わしたのだが、お陰で公爵を隠すのに一苦労だった。



 公爵と別れた俺は最後の訪問先であるリットナー伯爵家、つまりバーニィの元へと向かう。


「よう、元気……じゃなさそうだな」


「やあ、会いたかったよ。君の顔が見られて嬉しい」


 約10日ぶりに会った親友は、前に会った時よりもやつれていた。もう間もなく正式に伯爵家を継承するバーニィは当主としての猛勉強に曝されていたのだ。

 これまでに何度か助けを求める視線を受けていたが、俺に何が出来るわけでもない。諦めて頑張れと言うほか無かった。

 が、ちょっと今日は見過ごせない所まで来ていた。これは連れ出して息抜きさせてやらないと潰れかねない。


 自分でも結構危険な感じだと解っていたバーニィは俺の申し出を受け入れて、俺達はアルザスの屋敷に転移環で戻るのだった。



「おかえりなさーい!」「お、主役が帰ってきた」「待ってたよ、ユウキ」「お帰りなさいませ」


 戻った俺達を待ち構えていたのは、勢揃いした仲間たちだった。全速力で俺に突撃してきたシャオを抱き上げながら予想もして居なかった盛大な出迎えに面食らった俺だが、隣のバーニィを見ると何か玲二から聞いていたのか特に驚いた様子はない。


「あれ? 聞いてないの? 今日はユウキの帰還祝いのパーティやるんだろう?」


「ああ、ユウキにはサプライズで驚かせようと思ってな。だから今日はみんな朝から準備してたんだ」


 そういえば目が覚めたときはこの屋敷に誰もいなかったな。仕事のあるレイアや如月ならともかく、普段ならずっと待っていそうなユウナまで席を外していたのは今思えば不思議な事であった。


「そうなのか。ああ、嬉しいが別にそんなことしなくたって……」


「ユウの意思は聞いてませーん。これは私たちがやりたいからパーティするんです! 新年の祝いもユウが帰ってくるの待っててやってないんだから」


 相棒にそこまで言われてしまったら俺もありがとうという言葉以外は出てこない。皆の気持ちはありがたいし、盛り上がる場を壊すのも本位ではない。

 バーニィも連れて皆が企画してくれた祝いの席を俺も楽しむ事にした。



 仕事組が戻ってから始まった宴会は終始和やかな空気で進んだ。俺と<共有>で繋がっていないソフィアやセリカは俺の旅の話をしきりにせがんだ。俺の拙い説明を仲間たちが補いながら俺はこの旅を順に説明してゆく。


「しっかし出来すぎた話よね。初めて会話をした女がその国の王女様で、彼女を助けつつ国を手に入れる手助けをするなんて、普通じゃ考えられないわよ」


「そうですね、まるで物語の運命のヒロインのようです」


 俺の向かいに座るセリカと俺の膝の上に居るソフィアがレン国での旅をそう締めくくる。かつてクロイス卿にも答えたが、確かに出来すぎている。運命じみたものを感じてもおかしくないが、俺があそこに飛ばされたことといい、俺はダンジョンに何かあると見ているが。


 そして先ほどシャオが睡魔に屈した為、空いた膝の上にソフィアが移動していた。普段なら優先権を主張する妹はまだ神殿にいるので今はもう一人の妹の天下となっている。


 それにしてもソフィアの接触が非常に増えた今日この頃である。まあ間違いなく原因は俺が長期間いなくなり、<共有>を持つ仲間は繋がっているのに自分は繋がりが断たれたように感じて寂しく思っているのだろう。

 特に最近は年少が増えたため、ソフィアもお姉さんをやる事が多くなり俺に甘えてくる回数が減ったからそれも関係しているかもしれない。


 そんなソフィアを呆れ気味に見ているセリカがふと思いついたように口にした。


「そういえば結構色んな物を手に入れていたのは知ってるけど、結局何がどれくらい手に入ったの?」


「俺も適当に突っ込んだ物が多くて整理してなかった。順に出してみるか」


 <アイテムボックス>は入手順で並び替える機能もある。それを使って俺が飛ばされた頃からのアイテムを順に取り出してみる。


「えーと、あの薬草はセラ先生に全部渡したし、盗賊狩って手にした金目の物は大抵向こうにおいてきたからここらのアイテムは棒金くらいなものか」


 とりあえず入っていた棒金が42本なので全て取り出して近くの卓の上に置く。続いては金鉱脈で手にしたいくつかの石だが……<鑑定>すれば金貨3枚ほどの価値があった。鉱石内の金の含有率が多かったようだ。これが65個。

 それから長く滞在したフギンの都関係だが、色々手に入れたもののほぼ全部置いてきてしまった。というか、レン国関係はメイファ達がこれから必要になるだろうと思われるものが多くて殆ど置いてきたのだ。向こうで稼ぐ気もなかったしな。

 例外は商都や領都で手に入れた符が合計で数十枚ほどだ。これは魔約定に入れる気はないので収支としては加えられないな。


 それに領都で手に入った何度でも充填可能な魔石である白神石が合計で8566個。内訳は2等級が545個で3等級が2188個。4等級が2326個で5等級以降が残りになる。

 これを金にすれば莫大な財産になるが、世界への影響がどうたらといわれると面倒なのでこれもこちらで保管だ。

 金にならないレン国関係だが、唯一の例外が商都の開かずの間にあった品物である。金塊やら宝飾品やらは全部譲ったが、奥にしまわれていたいくつかの芸術品はこっちで頂戴したし、許可も得ているがこれがとんでもない価値だった。綺麗な壷にしか見えないが<鑑定>すると金貨1000枚だという。他に8個ほど同じ物があるが、その一つに如月が惚れこんでしまい、彼のためにそれは残しておく事にする。これだけでも合計で金貨8200枚ほどになる。芸術とはそのようなものだが、他人が絵を書いたり土をこねて焼いた壷に金貨1000枚とかどんな評価基準になっているのだろうか。


 領都関係も似たようなもので、現地で手に入れたもののほぼ全てがあのアイテムボックスに入れて去った。

 残ったのは僅かな棒金だけという結果だが、あそこで得られた神気は画期的などという生易しいものではないし、なによりシャオと出会えた。それに間違いなく歴史に名を残すであろう女の王者への道を最高の特等席で眺められたのだ。

 レン国には随分と長居してしまったが、貴重な経験をさせてもらったと思う。


 天都までの道のりは米やら穀物やらで現物収入が多くて金にならないものばかりだが、それは如月や雪音がこちらで加工して捌いてくれるだろう。時間はかかるがいずれ金になると思われる。特に南部が記録的な大豊作だったお陰で麦や米が滅茶苦茶溜まっている。なにせ収穫しても蔵に入らないから刈り取っていない畑とか山ほどあったのでそれを見つけると僅かな金で全部貰っていたからな。

 向こうは刈り取りの手間が省けて嬉しいし、俺も端金で信じられない量の穀物が手に入って幸運だった。


 それに西方は地味に儲かった。あそこも治安がいまいちで田舎になれば盗賊に襲われることもあり、連中からお宝を奪ったりして意外と大金が手に入った。総額棒金1500枚ほどになるのだった。



 そして俺が暴れまわったエルフ国は実に羽振りのよい国であった。魔晶石については今冒険者ギルドと交渉中だが、鉱石は十万を超える数がある。金貨にすれば万を越えてくるだろう事は間違いない。


 それに記憶を奪った糞爺が溜め込んだ財宝は総額で金貨8000枚を超えた額になる。そして王城で得たただの水をマナポーションに替える不思議な金属を手にいれ、更にその周囲にはエルフ達が後生大事に生育していた薬草畑を土壌ごと根こそぎ奪ってきた。

 薬草畑は今日のうちにセラ先生の所に既に移転済みであるが、大いに喜ばれた。


「締めて今回の収入は金貨2万枚程度になるか。休暇にしては上出来すぎる額だな」


 金に変えられない品のほうが多い事を考えるとやはりとんでもない額である。

 増えた分の利子を返済すべく適当に魔約定に財宝を突っ込んでいると雪音がこちらに歩いてくる。


「ユウキさんがお出かけ中に得た収入です。どうぞお納めください」


 既に何度断っても俺が受け取るまでは絶対に折れないので、俺はその分の礼を彼女にすることにしている。だがこう回数が増えたら生半可な礼では追いつけなくなりそうで怖い。額は金貨3000枚だった。この短期間で一体どれだけ稼いだんだ。


「よくぞまあこれだけ集めたものね。冒険を休暇といっていいのかしら」


「俺が楽しかったから休暇だろ。とはいってもその間に色々やらなくてはならない事ができたが」


 シャオとメイファを再会させてやる為にもあの隋道を何とかしなくてはならない。だがあの場所まで辿り着くだけで一苦労だ。あれだけ飛ばしてもあの山脈から獣王国まで丸2日かかったのだ。現地に到着して作業するとなると十年単位の時間が必要な気がしてくる。


 俺の考えを聞いたセリカは非現実的ねと切って捨てた。俺もシャオと約束していなければそんな面倒な事をする気はないのだが。


「まあそれはあとでするとして、まずこれからどうするの? 聞いた話じゃクロイス卿もなかなか大変らしいわよ」


「そうだな。ダンジョン30層も気になるし、色々やる事ははあるが、まず優先順位の高い奴からだな、とりあえず獣王国での一件を片付けるさ。明日からは向こうに出かけることになると思う」


「わかったわ。どれだけ離れていてもいつでも転移環で戻ってこれるというのは便利ね」


「まあな。それができないあっち側はなかなか難儀だったよ。じゃあ皆、そういうことでよろしく」


 俺の言葉は締めになったようで、皆は三々五々に散って行く。最後に残ったのはユウナだった。



「何か報告があるんだろう?」


「いえ、先ほどユウキ様は方針を示されましたので、それに従います」


 明らかに何か言いそうな顔の彼女だが、それを胸にしまいこんでいる。

 そして言葉を胸にしまいこんでいたのは俺も同じだった。他には誰もいないし、丁度いいか。




「ユウナ」


「はい、ユウキ様」


「留守中は迷惑をかけた。苦労をさせたな」


「……いえ、お側にいられなかったのは心残りですが、ユウキ様の帰る場所を守るのが仕事と捉えておりましたので」 


「そうか。君がいてくれてよかった。ありがとう。もし君がそれを望んでくれるなら、これからもよろしく頼む」


「は、は……い……」


 これまで従者など要らないと散々言ってきた俺だが、こんなにも長く仲間から離れて冒険できたのもユウナとレイアの二人のお陰である。始めてその存在に感謝の言葉を告げた彼女の反応もまた驚くものだった。

 ユウナは肩を震わせその氷の美貌と呼ばれた美しい顔の瞳から一筋の涙を流したのだ。


 俺はそれに背を向けた。彼女の性格的に俺に涙を見られるのは嫌がるだろうし、これからレイアにも同じ言葉をかけてやらなくてはならないのだ。

 

 俺はそれを今か今かと待ち構ているレイアのいる部屋に向かい、足を向けるのだった。



楽しんで頂ければ幸いです。


またも朝になってしまいました。書き上げたのが午前一時ほどなのですが、睡魔が強くて誤字脱字チェックが全く出来なくてこんな時間になってしまいます。それでも誤字脱字が減らなくて申し訳ないです。


次からは獣王国の話になります。中篇程度になる予定です。そろそろダンジョンもまともに攻略したい今日この頃です。


ステータス関連は時間がないので次話にさせてください。借金が減ったくらいしか変動はないんですが、一応の話の締めなのでもしかしたら後で編集するかもしれません。



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