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世界最強になった俺、史上最強の敵(借金)に戦いを挑む!~ジャブジャブ稼いで借金返済!~  作者: リキッド


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登山

お待たせしております。



「駄目だな。話にならん」


 俺は随道の中でそう結論付けた。一刻(時間)ほどかけて鉱山でやったように掘ってみたのだが、ここは勝手が違ったのだ。

 あちらは固い岩盤を砕いているような感覚だったのに対し、ここの地層は柔らかいようで掘る度に上から崩れてくる有様だった。一体何百年前に崩落したのか知らないが、未だに掘ったそばから新たに崩れるので俺一人分が通れる隙間を確保するだけというわけにもいかず、安全に進む為にはその周りまで大きく掘らねばならなくて時間しかからないのだ。


「あ」


 そうこうしているうちに背後でまた小さく崩れた。今回は小規模だったがその前は道全体が通れなくなるほど崩れてしまい、<アイテムボックス>にしまうだけとはいえ時間を食った。

 結局一刻ほどかけて掘り進めた距離は2キロルに満たないだろう。


 俺がこの随道を掘ってみようと思ったのは、もしかすると崩落がこの入口付近だけに留まり、そのほかは普通に通れるのではないかと考えたからだ。掘削作業は魔法で行えるので楽かと思ったが、想像以上に脆い地層に手間が掛かって時間を食うばかりで一向に捗らない。そしてここまで掘ってみてもこの先の続く岩と土砂の壁にこれ以上の掘削の無意味さを思い知らされた。


<魔法で全部消し飛ばせれば良かったんだけどね>


 珍しく相棒が俺に話しかけてきた。どうやら俺がこの随道を見つけた時点で口出ししても大丈夫と思ったらしい。別にそんな制限を設けていたわけじゃないんだけどな。


<いーや。ユウ思いっきり手出しすんなって思ってたじゃん。自分で帰り道を探すの面白いって思ってたから今まで何も言わなかったのに>


<そりゃ気を使わせちまったな。心が伝わるってのもそこらへんは不便なもんだ。で、今の状況に都合のいい魔法とか知らない?>


<四大属性の魔法じゃ無理でしょ。消し飛ばすとか自分で言ったけど、消滅とか明らかに魔法の概念じゃないし、今までみたいに地道に掘るのが一番早いよ。最大火力の火魔法で消し炭になんてしたら換気できないとえらい事になりそうだし。あ、でも柔らかい地層を土魔法で固めることはできると思う……でもたぶん使い続けるとなると魔力の消費が激しすぎてそっちじゃ回復が追いつかないかも>


 言われたとおり土魔法で周囲の地層を固めてみたが、確かに魔法で働きかける範囲が大きすぎて消費に回復が追いつかない。掘る速度は結構上がるが、回復のために僅かだが休憩を挟む必要があるだろう。


 だがそれも崩落の範囲が狭い場合だ。ないとは思うが、もし 全体に渡って崩落していたら……この随道が何千キロルあるか未だ判明していないのだ、通り抜けるのに冗談ではなく年単位の工事になりかねんな。



「これは腹を括るしかなさそうだな」


<こっちはその準備は出来てるよー>


「へ? 準備って、俺何も頼んでなかったじゃないか」


<なに言ってんの。あれだけ山登りは嫌だ嫌だって言ってれば”あ、これフラグだな”って誰だって解るよ。だからこっちはみんなして色々道具を揃えて待ってたんだから!>



<さ、やるんでしょ。ハーケンにピッケル、ザイルに厚手の手袋とか、みんなで色々調べていっぱい用意してあるよ>


 そこまで周到に準備してもらっては、やっぱやめたとは言えなくなったな。

 俺は自らを鼓舞するように腹から声を出した。


「しゃあない、やるか。山越えだ!」




 さきほど山越えといったがそれは正しい言葉ではない。正確には山脈越え、それも”大”山脈越えである。俺も出来得る事なら採りなくなかった方法だが、全ての退路を断たれてしまえばそうせざるを得ない。


 俺は溜息をつきたくなる内心をなんとか堪え、これから踏破せねばならない未踏の極致を見上げたのだが……今日は天気もよく雲も少ないのだが、それでも遥か遠くの山頂が見えないんだが。ホント勘弁して欲しい。仲間が用意してくれた装備の中に高度計もあったので、山頂に辿りついたら一体標高が幾つなのか調べてみたいものである。


<しかし何度見てもとんでもない山だね。私もこの山脈もうちょっと調べておくべきだったかなぁ>


<べつにいいさ。何がどうあれ、後は登って越えるだけなんだ。それ以外は後で考えればいい>


 とりあえず一番近場で標高の高い山に登り、その山頂から跳んで次の山に移動しよう。それを何度も繰り返して最奥に見えるあのとてつもない絶壁のような山に辿り着く。まずはそれからだな。


 皆が色々準備してくれた装備だが、今ここで身につけるものはない。標高が高くなれば気温も零度を下回るだろうし、雪渓の上を走る事もあるだろうが、今の状態では必要ない。荷物がすべて<アイテムボックス>に突っ込めるというのはその点で言えば楽である。重量を気にせず移動にだけ全力を傾けられるからな。


 俺は雪音が用意してくれたという様々な機能がついた腕時計をはめてこの神々の世界を打倒すべく走り出した。魔力は全快、体力も問題なし。まったく睡眠をとっていないので頭に消えない疲労感がこびりついているが、これなら問題なく無視できる範囲だ。

 時刻は、午前9時32分か。日付は……こちらの世界で言うと冬の60日って明日は年明けか。年末に山登りとは我ながら酔狂の極みだな。新年が雪に塗れて爆走している最中とはなんとも締まらないが、こればかりは仕方ない。


「行くか。目指すは初日の出を山頂で見るってことで」


 我ながら無茶な目標設定だ。目視だけでもあの絶壁のような山まで数千キロルはあるのだが、やってやれないことはない。問題は魔力の枯渇だけだが、それは今朝も大量に精製されたマナポーションで解決済みだ。

 俺は気合を入れると神気を用いて圧倒的に向上した身体能力で飛び上がり、神々の霊峰に戦いを挑んだ。



 俺は近場で一番高い山の山頂にあっと言う間にたどり着くと、そこから見える次の高い山に目掛けて跳んだ。魔力消費の問題で完全に自分の重さを消し去る事は出来ず徐々に高度は下がってゆくが、馬鹿正直に山を下ってまた登る事をする気はない。

 神気使用と風魔法による継続的魔力消費は俺の自然回復量を僅かに超えているが、水分補給にマナポーションを飲んだりして魔力も補給しつつ俺は先へ進む。

 越えた山が数十を数えたあたりで高山地帯に入るようになった。これまでは樹木や草が生い茂る山が多かったのに対し、雪や岩が目立つようになる。

 高度を見れば標高は3000メトルを越えていた。気温も低く、酸素も少なくなってきたが、一刻(時間)足らずの移動では全体の行程で見ればまだ一割にも満たない。


 ここで履いていた靴を交換することにした。如月が自信を持ってお勧めしてくれた登山用の靴とやらで、今まではいていた物がおもちゃに感じられるくらいしっかりとした丈夫な代物だった。ちょいと重いが足首までしっかりと覆ってくれる滑りにくい雪山用だが、俺個人としては何故あいつは俺の足の大きさをここまできちんと把握しているのだろうと疑問に感じた。あいつ俺より俺のこと詳しかったりして。


 そのほかにも手袋や冬山用の厚手の上着など、これからの高所に必要と思われる装備を整えてゆく。


<アイゼンはもう少し先になったら必要になると思う。ただ今のユウキの脚力で走ったら爪が折れそうなんだよね>


<そもそも雪山を走って踏破するほうがおかしいから、既存の装備の頑丈さをどうこう言っても意味ないかも。むしろバッタのようにジャンプを繰り返して移動したほうが早いかもしれないね。それなら消耗も少ないんじゃない?>


 如月と相棒が俺のこれからの行動を議論してくれているが、確かに上を見上げれば雪で白く化粧されている。新雪の上を足を取られつつ走るより、飛び跳ねて移動したほうが距離は稼げるかも。後でやってみよう。


<それと、用意した食料はちゃんと食べた方がいいよ。ユウキは冬山登山の経験がないんだろう? 君の想像以上に早く消耗するから、いつも以上にこまめにエネルギーを補給する必要があるよ>


 如月は携帯食料を沢山用意してくれた。彼の一番のお勧めはチョコバーらしい。移動しながらでも口に出来る食料としては最高級に燃料効率がいいらしい。


<あ! これでしょ!? これに衣を着けて揚げると美味しいって何かで見た事ある!>


<えっ? イギリス辺りじゃあるらしいけど、僕は試したことないね。玲二は知ってるかな>


<呼んだ? 流石に俺もチョコ天はやったことないわ、あれはいくらなんでも攻め過ぎてるって。ああそうユウキ、こっちの航海は順調だぞ。といっても昼間はみんな王都に帰ってるけどな>


 玲二は今、アードラーさん達と共に新大陸へ向けて海の旅の最中だ。船酔いになった経験がないと自慢していたが、一日で酷い船酔いになって死ぬ目に遭ったとか。

 三半規管の不調は<状態異常無効>の範囲外であると教えてくれた玲二の犠牲は無駄にはしない。


 そもそも玲二が船旅をする原因は公爵令嬢であるシルヴィアが突如帰国する羽目になった獣人一家と離れるのを嫌がって大泣きしたためである。

 孫娘のお願いなら何でもかなえてしまう公爵だが、この時代ではまだ普通に遭難事故も頻発する危険な船旅に可愛い孫娘を行かせるなど納得できるものではない。

 しかし駄々をこねる孫に頭を抱えた公爵が、転移環で王都と船を繋げられる俺達に目をつけ、その場にいた玲二に依頼をしたのだ。年末で学院も休暇中だった玲二はそれを受け、彼も異世界の船旅を満喫(船酔いは克服したそうなのでもう満喫といっていいだろう)しているというわけだ。

 もっとも、船に飽きるとみんな船室から転移環を使って頻繁に王都に戻っているそうだが。



<聞けばこの時期は海が荒れやすいそうじゃないか。まずいと思ったら躊躇なくみんなを連れて逃げろよ。転移環なんぞ使い捨てて構わんからな。いくら貴重とはいえお前やみんなの命に代えられるもんじゃない>


<わかった。そうならないことを祈るけど、そのときはそうする。ユウキの登山は今どこら辺なんだ?>


<まだ始まったばかりだ。見えるか? あの絶壁はまだ遠いな>


<はぁ、異世界マジヤバいな。いつ見ても現実のもんとは思えないぜ。あ、そうだユウキ。余裕があったらカメラで色々撮っておいてくれ。いつかネットに揚げて”いいね”稼ぎしたい>


<あ。私もやりたい! 後でユウにはヘッドストラップ用のカメラつけて登山撮影してもらうつもりだからよろしく!>


 なにやら俺の行動が勝手に決められてゆくが……まあ、この人の手では決して為しえない絶景を形あるもので残しておきたいというのは俺もわからんでもない。暇があればやってもいいだろう。



 などと余裕をかましていられたのはそこまでだった。


 そこから二刻(時間)ほど経過して俺はようやく大本命といえる天高く聳える巨大な山の中腹にいた。

 この山こそが山頂を見ることが出来ないこの神々の山脈の最高峰であり、俺が越えるべき最大の障害であった。


 しかしこの山はこれまで越えてきた山とは大分様子が違った。

 俺の知る限り、山とは溶岩が積み重なって出来た単一のものや、山脈となるとその起源は大陸の隆起であるはずだ。であるならある程度山の形は一定であるはずだが、この山だけは異質だった。

 妙に傾斜が急なのである。敢えて形で当てはめるならこれまでの山は正三角形であるのに対して、この山だけは二等辺三角形だ。明らかにこいつだけ角度がおかしいのだ。


 まるで誰かがここに世界を分かつ壁としてこの山を置いたかのようじゃないか。


 そんな感想を抱きつつ、俺に出来る事はこの山を登る事だけだ。傾斜角度が60度もありそうなまさに壁といえる山を登攀の要領で登ってゆく事になる。

 

 最初の内はだいぶ楽だった。体重を出来る限り消してステータス任せに思い切り跳躍すると数十メトルを一瞬で飛び上がることができたし、それを何回も繰り返すことによって簡単に高度を稼ぐことが出来た。短時間で高度は6000メトルを越え、まだ頂上は見えないものこのままの推移なら楽勝かと思い始めた矢先、天候が急激に悪化し始めたのだ。



 山は天候が変化しやすい事は知っていたし、午後になると天候が崩れやすい事も頭に入れていた。しかしこの特徴的な山のせいか、頂上から吹き降ろしてくる強風には閉口した。なにより俺の今までの行動は体重を消して大きく跳躍する方法をとっていたので、その分強風が吹けばその分風に煽られる事を意味する。


 俺は仕方なくこれまでが幸運だったのだと思うことにして両の手に仲間が用意してくれたピッケルとよばれる小さなツルハシを握ってそれを使って登攀を再開することにしたのだが、そこで更なる問題が発生する。


 この岩盤が意外なほど脆いのだ。黒い硬そうな岩に見えるくせにピッケルを打ち付けるとボロボロと崩れだす。岩の切れ目に引っ掛けても崩れるのでなんとも頼りない感触に不安を覚えながら登る羽目になる。


 そしてなによりも思わしくなかった天候が完全に崩れ、終いには吹雪いてくる始末だ。


「くそっ、<適温調整>が仕事しない寒さかよ」


 俺は既にいかなる酷暑や極寒の地でも問題なく活動できるという<適温調整>のスキルを取得していた。なので寒さはなんとかなるだろうと()()を括っていたのだが、この寒さはスキルの限界を越えているようで、俺の体温を容赦なく奪ってくる。

 既に俺の格好も完全な厳寒対応になっているが、風速何十メトルはありそうな吹雪が吹き荒れる中ではさほどの効果を発揮しない。


 如月は俺に一旦登攀は諦めて緊急野営するようにしきりに言ってきたが、俺は頷かなかった。凍えるほど寒くはあったが、雪音やユウナがマナポーションを舌が焼け焦げるほど暖めてくれたお陰で暖を取る事が出来たし、激しく動くことによって指の凍傷も今のところ防ぐ事ができた。

 相棒が新たに<マップ>のスキルを追加会得して天気図も見ることが出来るようにしてくれたようで、それによるとこの天候の悪化はしばらく続くようだ。じっと夜営をしていても回復しないなら、先に進んだ方がましと思い俺はガンガン上に登る事にしたのだった。


 そして襲ってきた次なる面倒は空気の薄さによるものだった。

 それ自体は予測できた事なので、かつてダンジョン探索時に大量に作った酸素ボンベを使用する準備を整えていたのだが、そこで問題が起きた。


 今使っている神気は呼吸法により全身に魔力を送り届けているのだが、空気が少なくなると神気の効果も極端に下がる。そして何故か酸素ボンベ内の空気だと神気の効率が非常に悪いのだ。中に入っている空気が地球産だからなのか、理由は定かではないが、とにかくこれまでどおりには動くことができなくなった。

 神気が使えなくなれば、それ以前まで利用していた単純な魔力による身体強化を使うまでだが、この方法は神気に比べると魔力効率が最悪に近い。魔力が豊富な世界であれば無視できる消費だが、こちら側ではいささか使いにくい燃費の悪さである。


 そして吹雪により視界も悪くなり、それは夕暮れに近づくにつれ悪化の一途を辿る事になる。

 だがそれはダンジョンで暗闇の中探索を続けていた俺である。これまた効率が悪いが<魔力操作>でこれから登る前方の状況が把握できれば、最悪目を閉じてでも俺は登り続ける事が出来るのだ。


 こんな面倒臭い事は長引かせず、さっさと終わらせるに限るので俺は様々な障害を受けつつもそれに怯むことなくこの山を登り続けた。


 

 余計な事は考えない。ただ無心となって登る。登る登る登る。


 ときおり風が収まる間隙があり、その隙を逃さず跳び、大きく高度を稼ぐ。既に日は落ちきって周囲は漆黒の暗闇が支配しているが、既に視界からの情報に頼っていない俺にはあまり関係のない話だった。傾斜はますますきつくなり、殆ど垂直になっている岩壁を有り余るステータスの暴力で力任せに登ってゆく。



 既に深夜を回った頃、ようやく風が止んだ。無心の境地から現実に帰った俺はふと周囲を見渡すと満天の星空が冴え冴えとした凍てついた空気の中、空恐ろしいほどの美しさで輝いていた。

 ああ、そういえば玲二から景色のいいときに写真を撮ってほしいといわれていたな。

 天候が悪化してからはそれ所ではなくなってすっかり忘れていたが、このカメラで星空は撮れるのだろうか? ふと疑問を覚えたが、その時はその時だと割り切り、凍傷になりかけている手で星空の写真を数枚撮った。どれだけ防寒を心掛けても完全に凍傷を防ぐ事は出来ない。特に指先に関しては対策など取れないからだ。

 冷え切った指を湯で一時的に温める事は出来るが、またすぐに凍り付いてしまうのでは意味がない。

 何故か回復魔法で治る事が解ってからは数時間に一度魔法をかけることで対処している。



 ひたすら登る。風が収まってからは大分楽になった。吐く息さえ即座に凍りつくような生者を拒む死の世界で、俺は荒い息をつきながらの岩肌を蹴る。今のうちに稼げるだけ高度を稼ぎたい。今は奇跡的に風が止んでいるが、それまでは6刻(時間)以上も吹雪いていたのだ。またすぐに死の吹雪が吹き荒れてもおかしくないのだ。


 先ほど高度をちらりと見た限りでは高度1万メトルを越えていた。既に闇夜なのでいま俺がどれくらいの位置に居るかの判断はつかない。もう半分は超えたと思うが、こうなれば意地だ。絶対にこのくそったれな山を越えてやる。


 仲間はこんな時間だというのにまだ起きて俺を見ていてくれた。新年だから、と口では言うが俺の状況を逐一確認して俺が水分を、そして栄養をいつ補給すべきが、助言を行ってくれる。

 俺は孤独に一人で山を登っているのではない。それを理解すると萎えかけた俺の心に腹の底から力が湧いてくるようだ。つくづくみんなには感謝しかない。



 そしてついに、ついに俺は山頂へ辿り着いた。


 頂上に手が届いた時は叫びだすかと思ったが、俺は無感動にそれを受け入れた。

 山頂から見える景色に心奪われていたからだ。


 そこからはすべての()()が見渡せた。空は間もなく夜明けを迎えようとしており、暗闇を橙色の朝日が駆逐しようとしている。言葉を失う幻想的な空間だった。


<やったぞ>


<やったね、ユウ><おめでとうございます!><我が君なら成し遂げると思っていた。私も従者として鼻が高いぞ><凄い、凄いことだよ、これは!>


 仲間が口々に祝福を与えてくれた。その言葉は紛れもない自らへの賞賛であり、俺もようやく実感が湧いてきた。



「登った! 登りきってやったぞ!!! どうだ見たか、この世界め! 全部が全部お前の思い通りにはならねぇぞ!」


 空気が薄い事も忘れて腹の底から叫んだ俺は、その後空気が足りなくて咽たりしたものの、両手を突き上げて達成感に打ち震える贅沢を許した。


 その後、段々と上がってくる初日の出(ここでもそのように形容するのだろうか?)をぼうっと眺めていると、不意に我に返った。どうもボンベを使っていても酸素が薄すぎて意識を持っていかれるな。


 頭を振って意識をはっきりさせた俺は、ようやく周囲の状況に気を向ける余裕が出来て、また言葉を失った。


 どうなってんだ、これは?


 この山の山頂は異様に平たい空間だった。まるで……これじゃまるで壁の上部だ。細長い壁の一番上の部分に俺は立っていると言えばいいのか、とにかくそんな印象を受けた。


 地面を触ってみても、この滑らかな断面は人の手が入っているように思う。風雨にさらされて自然とこうなる事もあるかもしれないが、この山の特異さを考えると何らかの意図があると思って良さそうだ。


 気になる事はあるものの、ただここに突っ立っていても仕方ない。この山の向こう側はどうなっているのだろうと思い、反対側に向かって歩き始めたら、不意に違和感が襲ってきた。


「な、なんだ! って魔力が戻っている!?」


 先ほどまでほぼ皆無といってよかった空気中の魔力が一気に膨れ上がっているのだ。この豊富な魔力量、間違いなく俺達の世界のものだろう。


「ユウ、おっかえり~!」


 魔力が戻ればこっちのもの、と言わんばかりに相棒が俺の隣に転移してきた。そんな無茶なと思うが、相棒も大概無茶な存在だったな。


「いやあ、この山は強敵でしたね」


「ああ、流石に骨が折れたよ。二度と御免だ、と言いたいが行き来の方法がこれしかないとなると、シャオになんて言えばいいのか悩むな」


 あの子には俺がメイファともう一度会わせてやると約束しているのだが、今のところその方法がこの山越えしかないのだが……もう一度登れといわれても首を横に振るだろう。


「それよりリリィが転移出来たって事は、やはりこっちが新大陸側でいいってことか」


「そうなるね。私も跳べたのはユウの気配を探って来ただけだから、詳しい事はわかんないけど」


 相棒と会話をして居ると、仲間のみんなもこっちへ来て初日の出を拝みたいらしい。この魔力なら転移環が普通に使えるはずと、台を設置して置いてみる。

 するとすぐに防寒具に身を包んだユウナが現れた。


「ユウキ様! この度の偉業の達成、大変お見事にございます。私も従者として恥ずかしくない行いを誓います!」


 感極まった顔のユウナを筆頭に起きていた皆が一斉にこちらへ転移してきた。何度使っても機能停止にならないのでやはりこちら側なのだと思い知る。


「すごい……なんて荘厳な美しさ」「兄様、お会いしたかったです!」


 それぞれが感想を述べ合っているが、皆防寒はしっかりしているものの、ここが標高1万メトルを越えた空気の薄い世界であると失念しているようなので、<結界>で空気と気圧を調整してやらねばならなかった。

 流石にイリシャとシャオは夢の中らしく、この場にはいなかったが。



「さて、我が君よ。この大偉業を褒め称える言葉が出るのも当然だが、そろそろあれの調査に入りたいのだが」


 レイアが畏まった口調でとある場所に視線を向けた。その意図は語られずとも理解している。


「ああ。あの()を少し調べたい。何であんな場所にそんなものがあるのか、それを俺も知りたいと思っていた」


 俺の指とレイアの視線がある一点でとまる。そこには謎の閉じた門が堂々と鎮座していたのだ。





楽しんでいただければ幸いです。


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