偉大で悠久なる優性種ども 7
お待たせしております。
何だこれは? いくら人工とはいえ泉の水が全てマナポーションなんて有り得るのか?
非現実的な光景を目にした俺は急ぐ足を止め、周囲を調べ始めた。
もちろん手始めに泉の中の液体は全部<アイテムボックス>に頂戴する。これだけでマナポーション数十万本分の分量になる。しかも今、口を付けてみたのだがマナポーション特有のあのえぐみのある不味さが一切ないのだ。
これは凄いことである。実を言えばウィスカの環境層で取れる水も魔力回復要素があるのだが、この泉の水に比べれば天と地の差がある。あちらは多少魔力を回復させるが、この水はまさにマナポーションといってよい能力を誇っていたからだ。
一体どういうことなのか、まさかマナポーションをあの取水口から延々と流しているとでも言うのか? いくらエルフ様が魔法に優れた種族とはいえ、この水の貴重さを理解してないとは思えない。ここがエルフの女王のみが入れる庭園とはいえこれは垂れ流しにしていい品物じゃない事は、魔晶石を使用して魔法を使っている彼等を見れば明らかであろう。
そんな事を考えながら今もなお泉に新たな水を供給している取水口を確認してみると、ここから流れ出ているのは何の変哲もない水だった。それが何らかの行程を経てマナポーションに変化しているとでも言うのだろうか?
その時、俺の脳裏に閃くものがあった。
ランヌ王国の王都ダンジョンで手に入れた”錆びた聖杯”である。あれも杯の中に入れた水が一晩でマナポーションになっているというまさに神器であり、今日もレイアやユウナが毎日5個近くのマナポーションを作りつづけてくれている優れものだ。
その錆びた聖杯で作られたマナポーションも普通の水と同じ味でありながら魔力が大きく回復するというここと同じ物を作っていたのを思い出した。
余談だがマナポーションが不味いのは月光草というマナポーション作成に必須の特殊薬草の味が酷すぎるせいである。だが不味ければ不味いほど魔力が大きく回復し、薄めると効果が激減するという業の深いアイテムである。
その錆びた聖杯と同じ機能である事を思い出した俺は、また僅かに溜まり始めた水を取り除き、泉の湖底に目を凝らした。すると湖底全体が燻し銀で覆われていることに気付く。
もしかするとこれは拠点にある錆びた聖杯と同じ金属であるかもしれない。それならこの金属が一番のお宝になるだろう。だがいくらここに人気がないとはいえ<鑑定>をするのは後回しにしたほうがいいだろう。この金属の他にはただの土があるだけだったので、多分この金属が仕事をしていると思われた。
心優しい俺は湖底の金属を全回収すると共に、代わりの銀板を敷き詰めて見た目には変化がないように細工してやった。ちゃんと代わりの物を用意してやるあたり、俺の優しさが溢れている。エルフどもも泣いて感謝する事になるだろう。
たとえこの泉から二度とマナポーションが産出されなくても。
その周囲にあった薬草畑ももちろん根こそぎ戴いた。ここで重要なのは薬草そのものよりも、それを育てる土壌である。そのあたりの細かい事をセラ先生やアリア姉弟子からかつて温室を建てる際に嫌というほど聞いていたので周囲の土壌ごと丸ごと<アイテムボックス>に突っ込んだ。こちらも代わりの痩せた土と樹木を適当に埋め戻しておいたので、きっと優れたエルフの皆さんなら俺達人間とは隔絶したその聡明なる頭脳で何とかして下さるに違いない。
思わぬお宝を手に入れてホクホク顔の俺は、庭園を抜けて女王が要るとされる第4層への階段を上り始めた。
そしてそこで無数の敵魔法による歓迎を受けた。
「裁きを受けろ! 無力なニンゲンめ!」「我等親衛隊の本気の一端を垣間見れて死ねるのだ、光栄に思うがいい!」「死ね死ね死ね、ニンゲン風情が調子に乗りおって」
俺にこれでもかと魔法を放ってきたのは第4階層に陣取っていたエルフの親衛隊の皆さんらしい。必ず通ることになる階段の前で手ぐすね引いて待ち構えていたので、どう見ても広くて戦いに向いているだろう先ほどの庭園に誰もいなかったのはそのせいである。
「ふっ、全力を出しすぎたか、下等なニンゲン程度には不要な力の行使だったか」「我等の一斉攻撃を受けては劣等種など肉片も残ってはおるまい」「まったく、兵士どもはこの程度のカスに手間取っていたのか? 所詮は奴等も低能か」「おおよ、高貴なる我等の手を煩わせるとはな。これは次回の評議で問題にせねばならんな」
「油断大敵ってやつだな」
多くの魔法を一斉に叩き込んだお陰で視界を覆い隠すほどの土煙が巻き起こる中、すっかり俺を倒した気になっている馬鹿どもの群れに突っ込んだ。火魔法で蹴散らしてやってもいいんだが、場所的に派手に壊しすぎると後々まずいかと思い、得意気になっている阿呆の整った顔面に一撃を食らわせる。
「ブヘッ!」
狭い階段で固まっていた親衛隊の連中は一人が俺の拳を受け、そのまま全員が吹き飛ばされていった。ここにいたのは4人だけだが、残りの親衛隊は第4階層の謁見の間にいるらしい。
この程度のゴミが何百人いようが物の数ではない。意識を失っている男エルフを蹴飛ばしながら突き進み、俺は数多くのエルフが敵意を漲らせる謁見の間に辿り着いた。
「あんたがこの国の女王か」
多くのものに守られた玉座には一人の女エルフが座っていた。
「狼藉者が! 下賎なニンゲン風情が女王陛下の御前に立つだけでも恐れ多いと知……」
俺に文句をつけてきた親衛隊の一人が土魔法の直撃を受けて後方へ吹き飛んだ。
「人の話の邪魔するなよ。程度の低い連中だな、それとも全員吹っ飛んで静かにさせたほうが早いか?」
「き、貴様ぁっ ごふっ」
面倒臭くなった俺はここにいた親衛隊20人あまりを残らず吹き飛ばした。いつもダンジョンで戦う時は数十発の魔法を走りながら当てているので、この程度の芸当は朝飯前どころの話ではない。
そしてそれまで玉座に座っていた女王がこちらに歩み出てきた。その姿は筆舌に尽くしがたい美しさだが、エルフに悪感情を持っている俺から見れば異常なほど人形めいた美貌といえた。男の欲望を唆らされるというより、近づきがたい怖さを感じさせるものだった。
「命ある者は皆下がれ。この男は妾が相手にせねばならんようだ」
女王の声は意外なほど若いものだった。だがクソ爺の記憶ではこれでも数百年は生きているという話なので声からの印象は信用すべきではない。
この謁見の間にいたのはこの女王の他に側付きなどもいたが、それらを下がらせる言葉であった。
「別にあんたと戦いに来たわけじゃない、といっても信用はされないだろうな」
「ここまで妾の城で暴れられて、その言葉を信頼は出来ぬな。其の方、一体何が目的なのだ?」
言葉の端々に苛立ちをにじませて女王が尋ねてくる。彼女達からしたら平和なこの国を乱しに来た破壊者にか見えないだろうしな。実際はそれ所じゃない事をこの女王も後から理解するだろうが。
「いや何、この国には随分と心温まる歓迎を受けたんでな。ここは一つ俺もあんたらに感謝の気持ちを返さないと失礼かと思ってな。だが脆弱な劣等種である人間の俺では偉大なるエルフの皆さんにご満足いただけたか疑問の残る所だ」
俺は口の端を歪ませて本心からの言葉を述べたが、女王の返答はその怪物めいた美貌を顰めた罵倒だった。
「戯言を! 妾が臣民を悪戯に傷つけたその罪、万死に値する。シルフィリウム女王、アンデの名に於いて貴様を断罪する!」
「雑魚ほど良く吠える。御託はいい、こちとらこの腐れた国にトサカに来てるんだ。遊んでやるぜ、女王サマはちったぁ魔法が使えるんだろうな? 中身がバケモノでも外面はそこそこだからな、暴力は勘弁してやるから有難く思えよ」
「ほざいたなニンゲン! エルフの王は最も優れた魔法使いがその位を継ぐ。この国最高の魔法使いはこの妾、アンデリーナであると知るがいい!」
そう言うや否や、女王から無数の風の刃が生み出された。確かに自分で口にするだけあって無詠唱かつ高威力の魔法の乱舞である。これが普通の魔法使いならひとたまりもないだろう。
俺の<敵魔法吸収>に全て吸い込まれて終わったが。
既に神気は使っていないので魔力は完全に回復しており、得た魔力は無駄になっていると思われたが、実際は<余剰魔力格納>に移されているのでアイテム創造などに使われている寸法である。俺もユウナに指摘されるまで覚えていなかった。
「なかなかいい風送ってくれるじゃないか。国一番ってのも吹かしじゃないようだ」
「妾の魔法を無効化だと!? 有り得ぬ、ニンゲン程度がエルフの魔法を防ぐなど……」
女王は自信のあった己の魔法が効かないことに驚愕しているが、正直同じ反応を何度も見ているので見飽きた感がある。
とはいえ俺の情報はここまできているとは考えにくい。何しろ俺がこの国へ来てまだ2日だ。到着早々にハーフエルフの隠れ里でテルミ鉱山の情報を聞き、そこで仲間に殺されかけたリーナを連れて夜を明かしたのは今日の朝なのだ。俺が急ぎまくったから、まだおそらく鉱山の件の報告もこちらには来ていないと思われる。
「あれだけ自慢してこれで終わりなはずないよな? エルフご自慢の魔法の深淵を見せてくれよ。ああそうだ、さっきみたいにその腕輪の力を使ってくれても構わないぜ? 偉大なエルフの女王サマが自分の力以外の物を使っても俺を倒せないという無様をさらしたなんて誰にも言わないからよ」
実は先ほどの大量の魔法はその半分以上が腕輪の魔導具によるものだった。それを揶揄すると女王の能面のような顔色が変わった。
「おのれ! エルフを、妾を舐めおって! 貴様のようなニンゲンにこの力を使うなど業腹であるが、エルフの力を見せてやろうぞ」
そう言うと身につけていた首飾りの石を床に叩きつけた。すると突如として膨大な量の魔力が膨れ上がる。あの石は魔晶石とも違う色をしていたが、なにやら物凄い手品を披露してくれそうな雰囲気だ。観客の俺としては是非とも事の推移を見守りたい所である。
「己の傲慢を後悔するがよい、ニンゲン。これぞ王家に伝わりし秘奥義。膨大な魔力を贄とし王家の血脈を鍵として行う<精霊顕現>よ! 至高の絶技を眼に焼き付けて冥界へ旅立つがいい!」
そうして現れたのは風の大精霊……シルフィードだ。召還と同時に前方、つまり俺のいる方向にこれまでにない強力な風の刃を生み出し……結局は<敵魔法吸収>に吸い込まれていった。
……いや、魔力由来である以上、どうあっても<敵魔法吸収>で吸い取れるため、彼等が得意としている弓や剣で切りかかったほうがまだ可能性はあるんだが……そういえばこの王都に来てからというもの、敵の攻撃は全て魔法だった。これはあれか? エルフ達にとって弓矢より魔法で攻撃するというのは一種の己の地位や力の証明なのかもしれないな。俺にはまったく無意味であるけど。
そしてこちらの限りなく薄い魔力で呼び出されたシルフィードは……知った顔だった。というのも始めて魔法訓練を行った際に上位魔法を使ったら呼び出された各属性の精霊王の中にシルフィードはいたのだ。その姿は精霊王でありながら少年の姿を取っているが。リリィと仲が良さそうだったので俺もよく覚えているが、それは向こうも同じだったようだ。
女王に呼び出されたのに俺のほうへ飛んでくるとぴたっと俺に張り付いてきた。これは相棒も良くやるので意図は理解している。接触面積を増やしてそこから魔力を補給しているのだ。こちら側の微々たる魔力で魔力の塊である精霊王を召還できるだけたいしたものであるとは思うのだが、この絵面はあまりよろしくない。
女王もそう思ったようだ。
「ば、馬鹿な……!? 妾の呼び出した風の精霊王を一瞬で手懐けるだと!? そんなことが、召還者を差し置いて他人に精霊がなびくなど、有り得ぬ。あってたまるか……!」
実際はこいつを手懐けているわけではなく俺から魔力を奪っているだけなんだが、傍目から見れば仲良くしているようにしか見えないからな。
一息ついたのか、悪戯小僧という形容詞がぴったりなシルフィードは俺に手を振って精霊界に還って言った。ちなみに女王には一瞥もくれなかった。
多分とても貴重な石を使って秘奥義(笑)を使ってまで呼んだ精霊はまったく効果をもたらさないどころか、敵と仲良くなって消えてしまった。これは可哀想だな、俺なら恥ずかしくて自殺しかねん。
「おのれおのれおのれ! どこまでも妾を虚仮にしてくれる!」
起死回生の一手が不発に終わり激昂する女王だが、俺がなにかしたわけではないだろうに。別にこの女にどう思われようともかまわないが。
「なかなか面白い芸だったぜ。次の出し物は何だ? 客を楽しませるとはなかなか殊勝な心がけじゃないか」
俺の問いかけの返答は風の刃だった。いつまでも<敵魔法吸収>じゃ芸がないので、俺もまともに相手をしてやるとする。風魔法は総じて起動から発動までの時間が短い魔法だが、この距離でも充分に迎撃できる速度だった。これなら初対面の時のライカの一撃の方が圧倒的に早かった。
「なに!? 妾の魔法を打ち落とす、だと!?」
魔法の上級者であればあるほど今のやり取りで実力差を理解する。女王の行動から先ほどまでまだどこかにあった余裕が消えた。俺の魔法は女王の発動より圧倒的に早いと感覚で認識したはずだからだ。それは逆に言えば俺の魔法を女王は迎撃で防げないという事であり、もし俺が先手で魔法を放てば為す術なく敗れる未来がその脳裏に浮かんだのだろう。
「ニンゲンよ、名を聞いておらなんだな。貴様は妾が名を覚えておくに値する男よ」
「そりゃどうも。俺の名はユウキ。お前らに敗北の屈辱を与えるものだ。そろそろこちらからも手を出すか、いつまでも遊んでもらっちゃ悪いからな」
俺の名乗りにはっきりと恐れの感情をその顔に浮かべた女王だが、俺は彼等に容赦をする気はない。数本の炎の矢を生み出すと、女王本人ではなく周囲の壁に向かって放つ。火をあれほど忌避するエルフ達だから、俺が火付けを狙っていると解ればその対応も決まっている。
「させぬわっ。風よ、水よ、その力を見せよ」
今度は女王が俺の魔法を撃ち落とす番だった。俺の5本の炎の矢は、いずれも女王の魔法によって撃墜された。本当なら床に落ちた炎の矢から引火させる事もできたが、この程度の遊びでそこまで本気になる気もなかった。
しかしこの女王の技量もなかなか大したものである。今の芸当を見て気になる事ができた俺はためしに口を開いてみる。
「俺の魔法を撃ち落とすとはなかななやるな。こんな真似をしてくれたのはリーナに次いで二人目だぜ」
「リーナだと!? テルミ鉱山にいる聖殿騎士のリーナか? 何故貴様がその名を知っている!?」
思いのほかリーナの名前に食いついてきた。この魔法の技量を見てふと思いついたのだが、こりゃ当たりかな?
「あいつは死んだぞ。あれほどの腕を持ちながら、この国じゃそれが認められないようだな」
「ば、馬鹿を申すでない。あの娘が死んだなどと、よ、世迷言を信じると思うてか!」
「殺したのは俺じゃない。あいつは仲間に背後から毒矢を撃たれた。あんたは彼女と親しそうだし、その意味と理由は言わなくてもわかるよな?」
半ば確信を得ながら尋ねると、それまで滾っていた女王の戦意は一気に霧散した。そういえばリーナの言葉に女王の名が出ていた気がするが、やはりそういう関係だったか。
「そ、そんな……う、嘘だ。信じぬ、信じぬぞ。リーナが死したなど、そんな戯言を信じるものか」
女王は縋るような視線を俺に向けてきたが、俺が無言を貫くと膝から崩れ落ちた。
「こんな、こんなことになるなら、あの子を城から出すのではなかった。妾は、リーナの為を思ってこの城から遠ざけたというのに! 嗚呼、私の可愛いリーナ、この愚かな母をどれだけ恨んだ事か! 全てこの妾の責じゃ」
「リーナはやはりあんたの娘か。魔法の腕もそうだし、名前からそうじゃないかと思ってたが」
既に女王は手で顔を覆い床に膝をついて慟哭しているので、先ほどまでの闘争の空気ではなくなっている。俺も高慢なエルフの女王の高い鼻をへし折ろうと思ったが、娘を失ったと思い絶望している母親をいたぶる趣味はない。
まあ、こんなもんでいいだろう。もともと女王との対決はオマケみたいなものだ。俺がここへ来た目的は城の高層に辿り着く事だったからだ。
女王の悲鳴にも似た慟哭は下がらせた側付きの者達にも聞こえているだろう。今にも女王を守るために突入してきそうな空気なので、俺はさっさと準備を終えてしまおう。
謁見の間にある大きな窓の一つを空けると冬の風と共に眼下に王都が見下ろせた。想像通り、この場所は王都で一番高い場所のようだ。ここからなら問題なくいけるだろう。
俺は開けた窓から十分な距離をとる。そして視界の端にいる女王は、魂の抜けたような顔をしている。先ほどまでは人形めいた美貌だったが、今では随分と人間らしい感情を見せていた。
流石に虐めすぎたかな。この国のエルフに思うところはあれど、わが子を失って泣き崩れている母親に更に鞭打つのは趣味ではない。
この辺で女王に関しては許してやるか。
「さっきリーナは死んだと言ったが、それはこの国で生きられないという意味での言葉だ。今のあいつは俺の国で誰に肌の色を責められることなく楽しくやってるぞ」
今は姉弟子と共に如月の喫茶店でケーキをドカ喰いしていると言ったら女王は信じるだろうか?
「ほ、本当か? リーナは、この国以外ではあの子らしく生きられるのか?」
「それはあいつ次第だが、俺も連れ出した手前、困ったら手助けくらいはしてやるつもりだ。それじゃあ、邪魔したな」
憑き物が落ちたような顔で深く俺に頭を下げた女王に答えず、俺は猛然と空いた窓に向かって駆け出すと、窓の縁を蹴って空中に飛び出した。
これが俺の王都脱出法、”空を飛んで逃げる”である。
自前の魔力で体重を限りなく消して、後は風魔法で後ろから風を受けて飛ぶいつもの方法だ。
こちらは魔力がほぼないので消費が激しいこの方法は殆ど使えないが、それでも高所から勢いをつけて飛べばそこまで大きくない王都を余裕で飛び越える程度の距離は稼げた。
多くの兵士が城の正門前で俺が現れるのを待っていたようだが、時間が押している状況で連中と遊んでやる気はおきない。
親衛隊や女王をへこましてある程度気は晴れたので、今回はここまでにしておいてやる。
何しろ俺はこれからあの大山脈に向かって超長距離を移動しなくてはならないのだ。アードラーさんやラコンたちが新大陸に到着するまで後10日しかないのだ。
レン国の天都からエルフの国まで結構急いで移動して2日かかったのだ。今回はそれに加えてレン国北東部にあるリュウセンとかいう街の近くまで移動してあるはずの随道を探さなくてはならない。
ここからその場所までどれだけ急いでも5日はかかるのではないか。運よく大山脈を越えられても、そこから獣王国までどれほど離れているのか想像もできない。少なくともレン国東部の魔の森に居たときでさえ<マップ>に獣王国の影も形もなかった。越えてからも相当の時間がかかると見るべきであり余裕をかましていられるとは思えない。
不完全燃焼感が残るエルフの国ではあるが、今回はここまでとしよう。
俺は徐々に高度を下げながら無事王都を越えて着地し、これまで来た道を戻るべく走る速度を上げるのだった。
そうして俺は僅か二日で随道に辿り着く事に成功する。
この尋常ではない速度を達成できた要因はいくつかある。一番時間の短縮に役立ったのは”寝ない”という頭の悪い方法だが、これが本当に短縮の要因である。何せ寝なければ一日中移動していられるのだ。疲れる事は疲れるし、眠いとも思うが無理が効かないわけではない。全てが終わってからゆっくり休めば良いと思えば、今は無理のしどころである。
そして次に役立ったのがあのマナポーションである。水分補給と同じように魔力が補給できるので神気の永続使用が可能になったので驚くべき速度で走りぬけることが出来た。これもここでは貴重な魔力が使い放題大きな要因の一つだろう。
泉の湖底にあった金属だが、やはり聖杯と同じものであるようで、早速昨日試してみたら今朝には大量のマナポーションを作り出すことが出来たという。そして余剰分が豊富にあるので、俺も遠慮なくマナポーションをガブ飲みして魔力を回復させて神気を使いまくっての高速移動が可能になったわけだ。
そして……本当に心から今更ではあるのだが、俺は常に頭の片隅で思っていたことがある。
それは何故山脈を越えた交易は止まってしまったのだろうか、という点である。
文献でもあったように戦争でも起こったのだろうか。だがそれならば戦争終結後に再開すればいい。ここまで気候、風土が異なるとそれによって生まれる文化も全く違ってくる。
文化の差異は交易による利益の源泉であり、よほどの事態でも起きない限り儲かる交易を途絶えさせるなんて事はありえないだろう。
そして現在交易は行われていない。それはつまりよほどのことが起こったのではないか。
そして何故交易路の存在が人々の記憶からも消えてしまったのか。交易が行われていたのが古代魔導具が全盛期を迎えていた大昔だというならまだ納得できなくもないが、それでも人々の記憶や文献にここは山を貫く随道があるのだと伝承の、文献の一つも残っていないのは何故なのか。
俺は薄々、そんな気はしていた。ただそれを認めるのに勇気が必要であり、それを肯定すると非常に面倒が押し寄せてくるので意識的に考えないようにしていたのだ。
俺は内心で薄々考えていた。
随道は何らかの理由で使用できなくなっているのではないか?
それを理由として交易は中止され、人々の記憶からも山向こうの事は消えてしまったのではないか?
俺はそんな事を考えつつも、いやいやそんなことはない、と自分に言い聞かせていた節がある。考えたくない面倒が押し寄せてくるからだ。
だがそもそも本気で帰り道を探しているのなら、”何でも知っている”相棒に相談して探してもらった方が早いのは解りきっている。
それは下手に長引けば半月(45日)以上の日時が必要な大儀式であり、おいそれと使うべきものではない。しかしさっさと帰りたいのであれば、その準備をリリィに頼んでおくくらいはしておくべきだろう。
つまり俺は心の片隅でこの休暇を楽しむ為に相棒の助力を拒んで自分でこの問題を解決しようと考えていたのだ。。
「まあ、そうじゃないかなと思ってたんだよな……これ通れんのかな」
目の前にはそんな自分の内面を肯定するかのような光景が広がっていた。
かつてこの大山脈を貫いていたとされる大随道とされる場所は、過去に大規模な崩落があったようで入口を含めて完全に土砂や岩に埋まってしまっていたのだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
すみません、前話と同じで推敲中に睡魔に勝てませんでした。
この時間にアップとなります。
この話で駆け足のエルフ国家編は終了となります。この国はお宝回収編でもあるんで、無事に帰り着いた後、収支報告となります。
最近やっていないステータス開示も帰り着いたらやるつもりです。
補足ですが、魔約定の借金は魔力の枯渇により停止したままです。主人公があちら側に転移環で帰還した際もこっち側に魔約定を置いてゆくという徹底振りなので利子額は増えてません。これは後で本編でも触れると思います。
次回から短いですが獣王国帰還へ入ります。
水曜にはまたお会いできるように頑張ります。
もしこの拙作が皆様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になります。




