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偉大で悠久なる優性種ども 3

お待たせしております。

 


 テルミ鉱山には、5刻(時間)とかからず到着した。この国の根幹をなす魔晶石を産出するとあって街道が整備されていたが、本来数日かけて移動する距離をこの短時間で踏破したのは神気による能力向上の恩恵だ。随分と手慣れてきたあの膨大な魔力を垂れ流して吹き飛ぶ移動法が使えないこちら側では、単純な身体能力が劇的に上がった事は大きい。

 この神気を習得しただけでもこの地に来た甲斐はあったといえる。



 さて、眼下に見える鉱山だが、今は真夜中なので、当然周囲は静まり返っている。

 貴重な鉱石を掘り出すのだから、入口には不寝番やら厳重な警備がしかれているかと思いきや、巨大な入口は兵士一人いない。


 あまりにも無用心な状況に一瞬、罠ではないかと疑うが、<マップ>を確認しても伏兵などは感じられない。

 何をたくらんでいるにせよ、このままずっと佇んでいる訳にはいかない。罠なら食い破ればいいとばかりに俺は鉱山入口に近づいていった。



 入口の周囲には数棟の建物が建っている。大きいが非常に粗末な建物が一棟、そこそこ大きい建物としっかりしたつくりの建物が一つずつの計3つだ。それぞれ生命体が大量、無人、少数と分かれている。

 大勢が詰め込まれている建物は多分鉱山奴隷の収容所だろう。劣悪な環境で酷使されているにちがいないが、鉱山に送られる奴隷なんてものは死刑相当の罪人が殆どだ。唯殺すよりせめて国の役に立ってから死ねという処置であり、鉱山の監督官もそのように扱う。

 本来なら死んだらまた新入りという名の罪人がいくらでも入るので人手不足の心配はないはずだが、今は色々大変らしいし何より数が少ない。<マップ>によると50人に満たない数だった。


 俺は採掘に詳しいわけではないが、作業を全て人力で行うとなると相当の頭数が必要なはずだ。聞けばかなり深くまで掘っているそうだから、人足はこの十倍はいないといけないだろう。只でさえ待遇を気にしないほど雑に扱っているのだから、バタバタ死んでいるはずである。それでもこの数は少なすぎるように思えるから、やはり何かあったのだろう。人が少数だけいる建物はこれに比べれば格段にしっかりしたつくりなのできっと監督官達の宿舎だろう。となると最後の一つは……産出した魔昌石を保管する倉庫ではなかろうか。


 とりあえず誰もいない倉庫と思われる建物へ近づく。頑丈な鍵で施錠されていたが、俺には無意味である。<鍵開け>で難なく開けると、扉の先には俺の想像通り、いやそれ以上の空間になっていた。


「なるほど、丁度良い時にきたようだな。鉱石が満載じゃないか」


 それこそ明日にでも回収の部隊がやってくるのではないかと思われるほど山積みになった鉱石群が俺の前にあった。当然これを逃すつもりはない。倉庫内の物を欠片一つ残さず<アイテムボックス>に突っ込むと、どうやらこの鉱山は魔晶石以外にも銀と銅を産出するらしい。それぞれの鉱石も保管してあった。


 レン国では金鉱に手をつけなかった俺だが、この国にそんな気遣いをしてやる必要はない。全部戴いてゆく。倉庫を出て、開けた鍵も閉めなおして侵入の痕跡を消したが、これからどうしたもんか。

 衝動的に嫌がらせをしてやろうと思ってこっちに来てしまったが、何をしようか。鉱山奴隷にされた連中を解放してみるか? どうせあのカインとか言うハーフエルフが俺にやろうとしたみたいに奴隷の首輪で支配されているのだろうから、奴隷を解き放つのもアリかもしれないな。


<とりあえず鉱山の中に入ってみようぜ? たった一つしかない鉱山だし、崩落させるのも手じゃね?>


 まだ俺と視界を<共有>していたらしい玲二が口を出してきた。


<お前まだ起きてたのかよ。明日も学院だろ、さっさと寝ないと響くぞ>


 既に真夜中、日付がとうに変わっている時刻だ。だが、寝ろよという俺の意見は玲二の強い口調で掻き消された。


<学院で寝れば良いから大丈夫だって。それにユウキの行動を見逃す方が勿体ねぇって。しっかし魔晶石だけで4万個以上あったのか。それに銀だけでもかなりの量だ。こりゃすげえや>


 <アイテムボックス>の中を確認したのだろう、早く中に入ろうぜと俺を急かす玲二。彼が学院でどのように過ごそうともあいつの勝手ではあるので、本人が良いなら俺に否はない。

 俺自身は数日程度睡眠をとらなくても体調には何の問題もない。一瞬の油断が命取りになるダンジョン探索時には相棒が口酸っぱく休息を取れと言ってたが、これはただの遊びだしな。



 無人な坑道入口から中に入る。


<だけど無用心だな。悪い奴が中に入って勝手に掘るとは思わないのかね>


<どうなんだろうな。あいつらの思考回路からすると、掘るのは下等生物の仕事だと思ってそうだがね。エルフ様は献上品を受け取るのが当然とか考えてそうだな>


<あの様子じゃありえそうだな。なるほど、そう考えると警備さえ適当っぽいな。奴隷化して抵抗の意思を奪った人間に魔法使えるエルフが敵うはずもないしな>


 そんな事を<念話>で離しながら奥へ進む。かなり採掘が進んでいるようで、細く入り組んだ道が無数に広がっているようだ。


<あ! ユウキあそこ! 左上! 多分魔晶石だぞ」


 玲二の言葉どおり、左上には黒っぽい岩肌のなかで濃い紫色が見えた。掘り出してみようかと<アイテムボックス>から適当な道具を取り出そうをした俺を玲二が止めた。


<なあ、いつも思うんだけどさ、こういうのって魔法で掘り出せないのか? 土魔法ででかいドリル作ってゴリゴリやればめっちゃ早そうじゃん>


 確かにその通りである。どうして俺も手作業でやろうとしていたのだろう。玲二に礼をいい、土魔法で玲二の言うようなドリルを作って掘ってみたら……止まらなくなった。


 非常に簡単にサクサク掘れるのである。更に足元に散らばる鉱石や石も俺は<範囲指定移動>でそのまま<アイテムボックス>に突っ込めるので、面倒な回収作業も一瞬で終わる。おまけでただの岩石と他の鉱石(<鑑定>してみたら魔晶石や銀、銅だけでなく他の鉱石も結構見つかった)も簡単に整理整頓できる。

 そのうちドリルを現状の最大魔力回復量である13本まで拡大したらもう笑えるほどの速さでカンガン掘り進む掘り進む。なにせ小走りに進む速度で広範囲に採掘が出来るのである。

 これまで鉱山はきつい仕事だから奴隷に回される仕事だとばかり思っていたが、実は本職の魔法使いがやった方が効率が絶対に良いはずだ。なにしろ四半刻(15分)ほどでさっきの倉庫にあった量の半分くらいはもう集まっている。もう楽しくて楽しくて採掘が止められない。既に掘りすぎていくつかの細い坑道が合体して広間みたいになっている。


 帰ったらユウナに近隣の鉱山でも紹介してもらうか。もしかしたらダンジョン並みに稼げそうな気がするぞ。


<金鉱見つけたときみたいに<取得ゴールドアップ>で探してみたりするか?>


 珍しくご機嫌な俺に玲二がそう言ってくるが、あれはちょっと勘弁だな。


<おまえもあれ発動させてみな? 不快感が半端ないんだって。しかも見つけるまで永続的に消えないし、正直言って二度と体験したくないんだが>


<そんなにかよ。ああ、でもあん時のユウキ相当辛そうだったな>


<終いにゃ偏頭痛みたいになってたからな。回復魔法も効かないし、困ったもんだ>


 大した能力だとは思うが、面倒なのであれ以来スキルレベルを上げようという気にはならなかった。どうやらレベルが上がると探知距離が広がるらしい。行った先々で不快感と頭痛に襲われるのは願い下げである。


<そんなことより採掘だぜ。坑道が大空洞になるまで掘って掘って掘りまくってやる>



 やりすぎたかな。


 <時計>を確認すれば間もなく夜明けになろうかという時刻だ。どうやらこの鉱山の魔晶石は掘りつくしたらしい。新たに増えるのは岩石ばかりで、魔晶石は殆ど見かけなくなった。もう少し粘れば出るのだろうが、商業的に言えば枯渇したと言えるだろう。

 

<ユウキ様の手にかかれば鉱山なと半日で制圧できると言う事ですね。あの高慢なエルフどもの慌てふためく顔が思い浮かぶようです>


 しばらく前に睡魔に勝てず寝た玲二と入れ代わるようにユウナか会話に参加してきた。従者である彼女の朝は早い。いつも夜明け前に目を覚まして行動を開始するからだ。

 俺は前にもう少しゆっくりでもいいのではないかと言った事があるが、冒険者時代からこの生活なので苦にはならないそうだ。


<さっそくその魔晶石をこちらでも試してみましたが、魔石と触媒、どちらにも使える事を確認しております。この前手に入れられた再充填可能な魔石といい、私たちの常識とかけ離れた品が多いですね>


<もしかしたらあの白神石だっけ? あれもこっちの出かもしれないな。少なくともレン国じゃどのように使うかも解ってなかったようだし>


<可能性は高いかと。そしてこの魔晶石ですが、白くなったら二度と使えなくなる模様です。そうなると神白石とはまさかこの魔昌石の中でも特別な物なのかも知れません>


 ユウナの予想が正しければ、この魔晶石の中には再充填可能な特別なものが混ざっている可能性があるのか……とりすぎて7桁もあるので、数が多すぎて調べるのが面倒だが。


<これを向こうの世界で流すとどうなるだろうか? 売れると思うか? セラ先生が何と言うかだが>


 魔晶石がこの腐れ国家の重要な物資だろうが、俺にとっては何の痛痒も感じない。むしろ盛大に売り払って金に変えてやろうと思っているくらいだが、与える影響はどんなもんだろうか?


<冒険者としての言葉を述べさせていただれば、特に問題はないかと。魔石と触媒の中間に位置して便利なだけであり、世界を揺るがす影響はないと思われます。むしろ常に枯渇気味の触媒に代替品が出来て喜ぶ者が多いかと。魔石は常に需要はありますがダンジョンから多く産出しますのでそこで補完できます>


 触媒は魔法使いにとって必需品であるが、数は余り多くない。だから俺がウィスカのダンジョンで未だに低層から触媒を確保してくれとギルド側から要求されるほどだ。その代替品が鉱山から取れるというのは夢のようだと現役ギルド職員のユウナは喜んでいる。


 ここで触媒について補足しておく。

 触媒とは魔法の行使に必要な魔力を軽減させる道具だ。入手法は野生の魔物の体の一部が使われたりするが、一番品質が良いのはもちろんダンジョン産だ。なにしろダンジョンモンスターは存在そのものが魔力の塊だからだ。

 解りやすく数字に例えると、一番安価な触媒である”コボルトの杖”はMPにして約50ほどの魔力を秘めている。(もちろん品質によってばらつきはある。50はダンジョン産)そして魔法職は消費MP10の魔法を使うとき、任意で触媒から魔力を引き出す。例えば6魔力を引き出せば魔法職本人の消費は4で済むが、触媒の残量は44となる。

 つまり魔法使いの継戦能力が上がるのだ。普通の魔法使いは一日に魔法数発撃てば限界なので、触媒を使って長く戦えることになるので価値は非常に高い。だが冒険者ギルドの買取は金のない低ランク冒険者にも提供する為に相当安価なので、もしダンジョンで手に入れても売りになど出さず自分で使う者ばかりになる。その分ギルドへの貢献は高いとみなされて、俺には一切関係ないが、ランクアップにとても有利になるとか。

 後にユウナに聞いたが、そんな訳で最初期に滅茶苦茶な量を持ち込んだ俺は相当目立っていたそうだ。


 そしてもう魔法職の必需品がマナポーションであるが、触媒とマナポーションは完全に住み分けが出来ている。触媒は魔力を軽減するが、魔力を回復させるのはマナポーションにしか出来ない。なによりマナポーションはこれまで何度も指摘したが、非常に不味くそして高価だ。頻繁にマナポーションを使えるのはそれを行える財力と、それほどに魔法を行使しないと倒せない敵と相対する実力者だけだ。


 駆け出しは触媒を用いてちょこちょこと魔法を使い、実力者になると触媒でも追いつけない魔力消費を補う為にマナポーションを使うというわけだ。



 俺の手にある大量の魔晶石はギルドマスターの承認を得てギルドに降ろす事になるだろうが、多分格安で買い叩かれるだろう。金稼ぎではなく、この国の嫌がらせが目的なので構いやしないが。



 さて、ここでやる最後の嫌がらせは、鉱山の崩落である。鉱山全体が崩落してしまえば復旧作業に長い時間がかかるし、膨大な手間隙をかけて復旧したのに、その後でこの国の生命線である鉱石が枯渇していたら……ああ、なんて可哀想なんだろう。俺なら憤死するかもしれん。



<ユウキ様の怒りに触れる愚かさを身をもって理解させましょう。このような愚劣な国、滅んでしかるべきです>


 ユウナは既にこの国のエルフ達に対する慈悲は消えている。俺になにやら危険なほどの感情を抱いている彼女は国境の関所の時点で俺以上にキレており、目に入るエルフどもを全員始末する気満々であった。


 俺個人としては舐めた真似をしてくれた兵士たちとこの国の上の連中には思うところがあるし、遠慮する気はないが、一般市民にまで累を及ぼす気はあまりない。といっても、この魔晶石の枯渇が将来的にこの国に与える影響は洒落にならないだろうから、いずれは全国民に被害が及ぶかもしれないが。


<国家戦略物資をここだけにしか貯蔵していないとは思えません。市民生活でも必要なのですから、各都市や王都にも大量にストックがあるはずです。ユウキ様がお気にされる事はございません>


 まあそうだな、と気を取り直し、俺は大空洞になるまで拡大した坑道の上部に魔法を打ち込んだ。岩盤を盛大に砕かれた元坑道がその衝撃で崩れないはずもなく、俺は全速力で出口に向かって走り出すのだった。



 冬の夜明けは未だ薄暗い。日の出と共に動き出すこの世界の人々だが、太陽が顔を出し切るまではこの鉱山も静まり返っている。

 坑道から抜け出した俺は近くの建物の隅に潜んだ。最後に駄目押しで時間差の爆裂魔法が発動し、坑道そのものを完全に潰してしまう計画なので、その衝撃に備えたのだ。


 直後、腹に来る振動と共に、爆音が坑道から轟いた。しまったな、完全に壊す事を念頭に置いたせいか、これじゃ破壊活動だ。出来れば自然に崩落した感じにした方がよかったか?


<高慢なこの虫どもに懲罰を与えるのです。自然現象では罰と認識しないでしょうから、これで問題ないかと思われます>


 解っちゃいたがキレてるユウナ怖ぇーな。彼女はなるべく怒らせないようにしておこう。



 静寂の中で轟いた爆音は誰もの目を覚まさせただろう。すぐに監督官達の詰め所から数人のエルフが飛び出してきた。


「な、何事だ!!」「また崩落か!? くそ、また作業が遅れるぞ」「ニンゲンの奴隷が何百人も死んで遅れが取り戻せていないというのに」「だが、今の音は崩落か!? 爆音のようだったぞ!」


 とにかく確認だとばかりに坑道に入ってゆくエルフ達を見送った後、俺は奴隷たちの宿舎と思われる建物に近づいた。逃亡を防ぐ為に鍵の一つでもかかっているかと思ったが、それもない。

 中に入ってみると、案の定多くの奴隷たちには首輪があった。その効果など口にするまでもないだろう。



「あ、あんたは……」


 覇気のない声で一人の中年の男が俺を見上げた。ここに来てまだ日が浅いのか、他の連中ほどそこまで痩せておらず、比較的元気だった。


「あんた、お仲間か! た、頼む、ここから逃がしてくれ! 礼は何でもする!」


 助けが来たのか、と俺の存在を知ったらしいほかの奴隷たちもこちらへ駆け寄ってくるが、どいつも思ったより健康そうで驚く。使い捨てだと思っていたので、奴隷を顧みることなどないと思っていた。


「助けてやっても別に構わないが……意外と元気そうなやつが多いな」


「ああ。そのことか、俺が来たのは数日前だが、前からいた奴の話じゃ崩落事故があって人足が大勢死んじまって耳長どもも考えを変えたらしいぜ。はっ、そりゃそうだよな。俺達が全滅すりゃ自分達で掘る事になるだろうからよ。それより、あんたは俺達を解放しに来てくれたんだよな! そうだと言ってくれ!」


 元気なこの男はレン国の商人で、俺と同じく関所で露骨な妨害を受け、密入国しようとして捕まったらしい。ある意味でもう一人の俺ということだ。

 解放する事自体はかまわないのだが、ここから着の身着のままで国境まで辿り着けるのかは疑問だ。そこまで面倒を見てやる気もないが、奴隷の首輪の解呪自体はしてやった。


「<解呪(ディスペル)>。これで首輪の効果は消えたぞ。試しに外してみるんだな」


 奴隷の首輪は無理に外そうとすると耐え難い苦痛が襲うというから、俺が適当に解呪と言葉を口にしただけではなかなか信じようとせず、多くの者が逡巡していた。

 だが、意を決したように俺に声をかけてきた商人が首輪に手を掛けると、あっさりと首輪は外れた。


「ほ、本当に、外れた。外れたぞ!」


 本当に効果が消えたと知った奴隷たちは我先にと首輪を外し自由となった歓声を上げているが、外には魔法を使えるエルフ達が何人もいる事を忘れているのではないだろうか。


 だが彼等の身の安全は俺には関係ないことだ。奴隷からの解放もエルフどもへの嫌がらせの為にやったことだし。


 後は勝手にしろとばかりに彼等に背を向けて歩き出した。背後から声がかけられるが、全部無視した。俺に出来る事はないし、俺には出迎えがきている。



「おい、金色の髪のお前、何者だ! ここは我がエルフィリウム所有の国家鉱山である。部外者の立ち入りは禁じられているのだぞ」


 俺の指を突きつけて仁王立ちしているのは、美しいエルフの娘だった。だったのだが……。


「私は聖殿騎士のリーナ! 世の治安を乱す悪を懲らしめるものなり! 怪しい奴め、神妙にしろ」


 びしっと俺に向かって指を突きつけて決め顔をしている年頃(エルフの正確な齢は良く解らないが若い娘っ子だと思う、アレは間違いなく)の娘に向かって、俺は困惑気味に答えた。


「えっと、お前さん、その格好でやるのか? 俺は別に構わないが」


「この期に及んで言い逃れをするか! ええい悪党め、私の格好がなんだとい……うの……だ……」


 リーナと名乗った若い娘っ子エルフの最後のほうの言葉は消え入るようだった。自分で今の己の状態に気付いたらしい。


 この娘、起き抜けなのだろうが、白い寝巻きのままで俺の前に立っているのだ。腹の部分にふやけたような猫の顔が刺繍されており、見た感じは非常に和むが、殺伐とした雰囲気にはあまりにもそぐわない。


「こ、これは仕方ないだろう! さっきまで寝ていたのだぞ! それなのにあんな大きな音が鳴れば確認のために飛び出すのは当然だ。そうだ、当然なのだ!」


 本人はそう抗弁しているが、顔は真っ赤だ。俺が無言で彼女が出てきた宿舎を指差すと、ちょっと待っていろと言い捨てて建物に走りこんだ。



「兄ちゃん! あの騎士はあんな緊張感のないやつだが、実力はピカイチだぞ。聖殿騎士ってのはこの国でも最上位実力者の集団だ。その気になれば俺達なんぞ瞬殺されちまう」


 先ほど助けた商人があのリーナとか言う娘の情報を教えてくれるが、それでも俺はここから動く気はない。


「俺は目的があってここにいる。あんたらは勝手に逃げるがいいさ」


 そうさせてもらうぜ、と商人の男はあわてて逃げ出した。


 別にあのリーナというエルフの相手をしてやる必要など無いのだが、何故か興が乗った。それは彼女がエルフでありながら露骨に俺を見下す姿勢を取らなかったからかもしれない。怪しいやつを捕まえようという意思はあったが、ここで散々に味わった下等生物を侮蔑する気配は微塵もなかった。

 要はこの国で初めて気に入った相手が出来たのだ。


「ま、待たせたな! いざ、尋常に勝負だ!」


 大急ぎで着替えてきたのだろう、肩で息をするリーナの格好は動きやすい革鎧に変わっていた。武装は細剣(レイピア)のようだが、主武装は両の手に魔昌石を掴んでいることから魔法だろう。


「俺ばかりに気を取られていて良いのか? 奴隷はみんな逃げちまったぜ」


「くっ、鉱山の崩落に続き、工夫の脱走か。悪い事は続くものだ。だが、お前が一番の強敵だろう。隠しているようだが私の眼は誤魔化せないぞ! その強大な力、放置など出来ないからな。ここでなんとしても捕まえてやる!」

 

 そう言って魔法の詠唱を開始するリーナだが、俺の意識は鉱山の入口に向けられていた。そこには内部を確認していたエルフの兵士達が戻り始めていたのだ。とりあえずあいつから潰すかと適当に炎の矢を打ち出した俺だが、次の瞬間驚くべき事が起きた。


 横から放たれた風の刃が俺の炎の矢を迎撃したのだ。

 俺は一瞬だけだが、驚きに我を忘れかけた。魔法を魔法で打ち落とすというのは信じられないほどの超高等技術だ。疑うのなら自分に向かって投げられた石を投石で打ち落としてみれば良い。手で投げるだけなら速度や軌道をある程度決められるが、魔法はそうは行かない。

 真っ直ぐ相手に向けて飛んでいけばそれだけで上等の攻撃魔法で相手の魔法を迎撃するなど他人が見たら偶然としか思えないだろう。それの俺の炎の矢を属性の違う風の刃で迎撃するのは天賦の才がいる。この女エルフ、魔力量はともかく、その技量は紛れもなく魔法の天才である。多分生まれながら<魔力操作>でも持っているに違いない。


「俺の魔法を打ち落とす奴がいるとはな。世界は広いぜ、やるじゃねぇか!」


「ふふん、どうだ。私の魔法の腕はこの国でも随一と自負している。お前が何発撃とうが何度でも撃ち落としてやるぞ。今度は私の番だ」


 そう言って3つの風の刃が俺に向かって飛んでくる。3つとも異なった軌道で放たれた攻撃であり、この地の魔力の薄さを考慮するとやはり非凡な才能だ。魔法の迎撃なんて俺以外まともに出来る奴がいるなんて思いもしなかったぜ。


「こんな異郷で魔法の対決をすることになるとはな! これだからから旅は面白ぇ!」


 迫り来る風の刃を同じ風の刃で相殺し、新たに同数の氷の刃を撃ちだした。


「なっ! こ、この! お前も凄まじい技量だな。私以外にここまでやるやつがいるとは思わなかったぞ」


 俺の魔法を何とか相殺したリーナだが、既に息が上がり始めている。俺は異常な量の魔力を持っているから気軽に魔法を使っていられるが、この薄い魔力の大地で立て続けに魔法を使えばこうなってしまうのは仕方のないことか。

 もしリーナが俺達の豊富な魔力の世界に来れば、どれほどの魔法使いになるのか、見てみたい気もした。


「さて、調子を上げていこうか。リーナといったな、俺と魔法を撃ちあえる奴なんて初めて会ったぜ。楽しませてくれよ」


 俺が十数本の炎の矢を生み出すと、それまで何とか虚勢を張っていたリーナの顔が絶望に染め上げられた。


「ちょ、待て待って! その数はずるい! 絶対無理、無理だからぁ」


「やってみなくちゃわかんねぇぞ! やる前から諦めんなって。行くぞ」


「うひゃああああああ! 死ぬ死ぬ死ぬぅ」


 俺が次々に打ち出す炎の矢を必死に相殺するリーナ。ぎゃあぎゃあ喚きながら涙目になっているか、その動作は一つ一つ確実に俺の魔法を迎撃している。やはり素晴らしい技量だ。感情はどうあれ、数万回も繰り返して体に覚えさせた魔法の行使は、無意識の内に最適な行動を選択している。

 俺がこっそり手加減して同時に放つのは4つまでにしておいたが、それでも素晴らしい反応と処理だ。


「それでも全部打ち落とすとはな。誉めてやるぜ」


 俺は本心からリーナを讃えた。俺がスキルポイントで苦労なく魔法を手に入れたのに対し、リーナはたゆまぬ努力の果てにその力を手にしたのだ。その道を思えば賞賛の言葉が出るのも当然だが、彼女はそれ所じゃないらしい。


「ちょ、ちょっと休憩……こ、これ以上は今は無理だから……」


 既に息も絶え絶えで涙目となっているリーナだが、休憩は求めても俺との戦いを止めるつもりはないらしい。


「わ、私は聖殿騎士リーナ。この国の悪を許さないもの。そう、負けていられない、相手はちょっと実力がかけ離れていて、私より数兆倍強いだけ。そう、それだけなんだから!」


 その時点でもう勝てないと思うが、リーナは諦めるつもりはないようだ。健気にも俺に向かって右手を突き出し、魔法の詠唱を開始した。


「大いなる風よ、我が声に耳を傾けたまえ。深淵より来る原初の精霊、アレクシオ、汝の力を今こそ我が手に来たれ。受けよ雷風! 奥義、晴嵐流(ラ・ディート)!!」


 リーナが全ての力を振り絞って唱えたであろう魔法は、突如その力を顕現することなく霧散した。


「ど、どうして……そんな」


 こほ、と小さく咳をしたリーナは前のめりに倒れた。その背には一本の矢が突き立っている。


「あいつら! つくづくカスしかいないな、ここの連中は。滅ぼすか、この糞国家……ん?」


 飛来する矢を跳ね除けながら、興が削がれたことに酷く不機嫌になった俺だが、倒れたリーナの異変に気付いた。



 先ほどまで白い肌に金髪だったリーナが、今の姿は褐色の肌に銀髪に変化しているのである。

 その姿を見て俺の脳裏に閃くものがあった。



「これはまさか、噂に聞くダークエルフってやつなのか?」



楽しんでいただければ幸いです。


突如現れた天才まほうしょうじょえるふのリーナ君ですが、お読みいただいたとおり、かなりのポ○○ツです。才能は主人公に迫るものがあるのですが、その漂うポ○コ○臭のためあまり才能にスポットライトが浴びないエルフ娘です。

一番の不幸は主人公に妙に気に入られてしまったことですが。


彼女との出会いは主人公に何をもたらすのか……次回をご期待ください。


なんて緊迫した空気にならないです。作中屈指のポン○○なので。


次回は水曜にお会いできればと思います。


もし皆様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のやる気に俄然繋がります。

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