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世界最強になった俺、史上最強の敵(借金)に戦いを挑む!~ジャブジャブ稼いで借金返済!~  作者: リキッド


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レン国編 番外編 天都

お待たせしております。





「おおっ、あれが天都か! でかい国に相応しいでかい都だな!!」


 俺は駆け上がった小高い丘の上で思わず叫んだ。ここからはいまだ10キロル以上離れているにもかかわらず、視界を埋め尽くすかのような巨大な都なのだ。<マップ>で大体の大きさは知っていたものの、実際に見て受ける印象は桁違いだ。


「おう、兄ちゃん、天都は始めてかい? どうだい、こいつが俺らの誇る偉大なる天帝陛下が治める天都さ、見事なもんだろう?」


 丘の上は天都を見渡せる絶景とあって、多くの旅人が休憩所として使っていた。俺のすぐ近くで体を休めていた商人らしき男が自慢げに言った。あんたが自慢する話でもないと思うが、異邦人に誇れる超巨大都市なのは確かだ。性根のひねくれた俺も、まるで雄大な自然を眺めた時と同じように、殊勝な気分になってうなずいた。


「ああ、凄い凄いと聞いてやってきたが、ここまでの偉容は想像以上だ。もしかして世界一の大きさなんじゃないか?」


「ああそうさ。我等が天都は天下一の大都市さ。いかなる国の王都だってこの天都にゃ敵わねぇ、何せ偉大なる天帝陛下が直々に治めて下さっているんだからよ!」

 


 メイファの式典を見た二日後の午後、俺は噂の天都を拝むべく移動していた。途中にもっと見るべきものはあったと思うが、今は時期が悪い。季節の彩りも冬の訪れと共に終わりを向かえ、景色は寂しくなってゆく。

 別れ際にセキロも言っていたが、春や初夏であれば美しい草原も、冬では雪化粧でもないかぎり灰色の曇天が支配する獣も冬眠する不毛の地になる。

 神気で高速移動中の俺としても見るべきものはなく、足を止めるようなものはなかった。



 南部も似たようなものだった。俺としてはうかつだったのだが、いくら大穀倉地帯だとはいえ、既に刈り取りも終えていなければいけない時期である。神気で高速移動する俺の視界に入ってくるのは刈り取られて何も残っていない麦畑や田んぼである。俺が勝手に稲穂垂れる黄金の光景を期待していたのが悪いのだ。

 とはいえ今年は記録的な大豊作だったらしい。そこの村も倉庫いっぱいに穀物が仕舞いこまれており、叩き売りのような価格で販売していた。どうせ収穫しても倉庫に入りきらないからと収穫を敢えてしていない畑もあったほどだ。

 もちろん捨てるのなら俺が美味しく頂戴した。1壷の塩で倉庫いっぱいの小麦と交換とか信じられない取引もしたが、売るほうとしてもわざわざ田舎から都会にまで出て行った売り捌く手間を考えたら悪くない取引なんだという。

 毎日の食事にも事欠いていたメイファの村を思い出すと格差が激しいが、あまりにも距離が離れすぎている。東部の辺境にまで物流が回ってこなくても仕方ないともいえた。



 さて、この地の話に戻るが。


 この天領(天帝の直轄領全てを指す言葉だが、ここでは国の中央部を指す)についてまず驚いたのが、天領の回りが城壁で覆われていることである。

 都を城壁が覆っているのではない。他の東西南北に比べ圧倒的に小さいとは言え、領全体が城壁で囲まれているのだ。しかもかなり頑丈な作りで補修もきちんと行われているようだ。メイファに聞くところでは、数百年前の時代に造られたそうだが、当時の天帝には凄まじい財力と権力があったという証明であろう。

 俺が通った東側はいくつかある門に番はいなかったが、揉めている北側には今は禁軍の小部隊が詰めているという。



 そして天領には天都のみが存在すると聞いていたのだが……


「なあ、あんた。あの村っぽいのはなんだい?」


 俺は先程声をかけてきたおっさんに尋ねた。


「ああ、その反応だと天都は初めてなんだな。あれは北で反乱があっただろう? その時に住む家を追われてこちらに逃げてきた連中が集まってできたもんさ。あいつらを哀れに思われた陛下がこれまでの決まりを曲げてあそこに留まることを許したって訳さ」


「だが、ここから見る限り、難民って割には随分と栄えてるじゃないか。活気もあるようだし」


 俺の言葉におっさんはしたり顔で答えを教えてくれた。


「そこが商人って連中の逞しいところさ。連中としちゃあ、周辺に天都ひとつってのは不便極まりなかったんだ。あの村は商人にとって天都前の絶好の中継点、物資集積所に様変わりしたって訳よ。普段なら怒鳴り散らす禁軍も、陛下の一声で許可された難民村へ強くは言えないときた。そうすればもう商人たちの思い通りさ」


 得意気なおっさんも商人なのだろう。上手く天帝を出し抜いてやったぜと顔にかいてあるからな。


「じゃあ、あそこにはかなりの品が集まっているってことかい?」


「そうなるな。もっとも、天都に運び込むための品が殆どだから、掘り出しもんが出回ってるとは限らんけどな。兄ちゃん、行くのかい?」


「ああ、天都観光はまたいずれと思ってたが、あの村くらいなら足を伸ばしてみるさ。ありがとよ」



 難民村は既に街といえる規模になっていた。どの村にもある柵がないから拡張し放題だし、難民がというより、商人達がこぞって我先にと区画を広げたみたいだ。

 確かに商人としては願ってもない立地だろう。城塞の内部なので賊など禁軍が文字通り飛んでくる位置にいるはずもない。人口300万を数えるという規格外の天都は、相応に物資も消費する。酒の席で聴いたメイファの記憶ではかなり自給自足できる体制になっているそうだが、それでも運びいれる荷物は大量だ。

 これまでは天領には天都ただひとつが栄えるという名目で都市はなかったので供給は大変だったらしいが、この難民村(街?)のお陰で相当楽になったとさっきのおっちゃんが言っていた。


 村の外周に入ると商人とその手代たちの威勢の良い声が届く。難民も商人から仕事を得たりして日々を暮らして行けるようだ。

 ここまで発達してしまうと、既成事実化しそうだな。商人たちもそれを狙っているような感じの熱の入れようだが、いつでも壊せるように建物は粗末で木造が多かった。


 禁軍がその気に成れば一日で灰塵に帰す街であるからだ。ある意味で天帝の気まぐれでできたこの街を治安を護る禁軍がよく思っているはずがない。天帝のお膝元に居座る不遜な輩ども、位の認識だろう。



 俺が村の中心部に向かって歩いていると、近くの空き地で騒いでいる複数の声と、大きな物音がした。これはまず違いなく喧嘩だろうが、声からして子供かな。


「おまえ、生意気なんだよ、この異民族め!」


「うるさい! お前らだって似たようなもんだろうが! 住んでいた所を追われてこの掃溜めにいる難民じゃないか! 偉そうなこと言えんのかよ!」

 

「だ、黙れっ、このチビ!」


 ひょいと顔を覗かせて空き地を見ると想像通り、子供たちが喧嘩をしていた。これだけなら良くある事で済ませるのだが、幾つか見過ごせない点があったので口と手を出すことにした。


「おら、ガキども! 5対1たぁ卑怯だぞ。男なら喧嘩くらいサシでやれや!」


 数もそうだが、齢のころ7つ位の子供に10を越えるよう歳な奴等が多数でいたぶっていたのだ。

 俺の怒鳴り声に一瞬怯んだものの、場の中心に居たガキ大将らしい少年がこちらに言い返してきた。


「余所者が口を挟むじゃねえよ! 俺達の問題だぞ!」


「うるせぇ。ガキが偉そうな口を利くんじゃねぇぞ。さっさと失せろ、お前も頭気取るならダセぇ真似は止めるんだな」


「他所者が説教垂れてんじゃ……」


 俺はガキ大将の事を思って口にしたのだが、もちろん逆効果になった。そいつは手にした棒きれを俺に振りかぶった。

 もちろん食らってやる義理などないので、振り下ろされる棒を手で受け止める。


「う、うわっ!」


 取り返そうとして強く引くが俺の力に敵うはずもなく、何度やっても結果は同じだ。そのうち力一杯引こうとするのだが、その拍子に俺が手を離したので、ガキ大将は思い切り尻餅をついてしまう。


「ガキの遊びに付き合うほど暇じゃねえんだ。さっさと消えろ。身の程知ったら家から出てくんなよ、目障りだ」


 俺がつまらない顔で見下ろしてやると、青くなったガキ大将は手下を連れて逃げて行った。


「く、くそ、覚えてやがれ」


 三下の捨て台詞はどこの世界も同じだなと変な感慨に浸っていると、俺の背後から掠れた声がした。


「だ、誰も助けてくれなんていってない」


 声の主は先ほどまで馬乗りになって殴られていた少年だった。黒髪黒目、何の変哲のない子供……いや、歳も体も大きい5人組に一切怯んでいなかった胆力はたいしたものか。

 そしてこの少年のいうとおり俺は彼に助けて欲しいなどと言われてはいない。


「そりゃそうだ、だって俺はあの5人を助けたつもりなんでな」


 そう言って俺は彼が手を差し入れている懐を指差した。


「ガキの喧嘩で刃物はやめとけ。洒落にならなくなる」


 俺はこの少年が懐に刃を呑んでいるのが解ったので仲裁に入ったのだ。このままでは先ほどのガキ大将は間違いなく刺されていた。子供が扱う刃物とはいえ、場所が悪ければ命に関わる。


「べ、別にいいだろ。あいつらのほうが数は多いし先に殴ったんだし……」


 俺に刃物の存在を言い当てられて少年はバツが悪そうな顔をしたのだが、俺は考えが足りない子供に溜息をついて言い諭してやった。


「お前、ここに一人か? 家族は?」


 無視されるかと思ったが、少年は声を絞り出した。


「……母ちゃんがいる」


「お前があの内の一人でも刺したらどうなるんだよ。お前の母ちゃんに迷惑はかからないのか?」


「そ、それは……」


 俺に言われてはっとした顔をした少年。そこまで考えが及ばなかったようだが、まあまだ子供だしな。


「子供の喧嘩は手足だけにしとけ。ほら、血が出てるぞ。これで顔を拭け。そんな顔で家に帰る気かよ」


 殴られて鼻と口から血を出している少年は俺が差し出した布切れで顔を拭った。


「兄ちゃん,何者だよ。この辺じゃ見ない顔だな? 商人か?」


「いや、旅人さ。帰り道を探している最中なんだが、なかなか難儀しててな。折角この近くまで来たんで噂の天都を一目見ようと足を伸ばしたのさ」


「なんだよそれ。変な理由だな」


「まあ、そうだな。人に話すとみんな同じ反応をするな」


 俺の言葉に子供は無邪気な笑顔を浮かべた。


「へへっ、ちょうどいいや。兄ちゃん、金は持ってるか? 金があるなら良い方法があるぜ? 俺の母ちゃんは凄腕の占い師なんだ。客がひっきりなしにやってくるほどなんだぜ、占ってもらえよ」


 占いか……領都で何度かやってもらっているが、同じ答えしか返ってこないんだよな。だが、闇雲に探すのも効率が悪いし、こいつの母ちゃんが本物なら余興と思って話半分でやってみるのも良いかもな。


「他にあてもないし、そうすっか」


 俺の決断に子供は齢相応な笑顔を浮かべ、とある方角を指し示した。


「よっし、話は決まりだな? 案内してやるよ!」


 町を見るだけのつもりが、とんだ事になってしまったが……これも旅の醍醐味といえるだろう。俺は先導する少年の後を追うことにした。



「あら、こちらから入って来ては駄目だと何度も言ったでしょう」


「大丈夫だって母ちゃん、今日は客を連れて来たんだからさ!」


 俺が連れて来られたのは粗末な木造家屋の一つだった。粗末といってもこの難民村にある建物はどれも似たような簡単な建物ばかりだから、特別みすぼらしい印象は受けない。


 薄暗い室内には一人の妙齢の女性が座っていた。占い師と言っていたが、それらしいのは水晶球くらいだろうか。あとは、筮竹があるから易占でもやってくれるのだろうか。


「貴方は凄腕だと聞いたんで、一つ占いをお願いしたくてね」


 大して期待しちゃいないが、と心の中で続けて俺は彼女の前に座る。彼女が身に纏う服装で気付いたが、彼女たちは遊牧民族らしい。子供の服装は完全にこちらのものなので、気付くのが遅れたが思い返してみれば顔つきも中原のものとは少し異なっていた。


「息子から伺いました。危ないところを助けていただいたようで……感謝致します」


 手酷く殴られていたのでそのまま帰ったら何かあったのは一目瞭然だ。仕方ないので気付かれないように回復魔法で顔の傷を癒してやった。顔だと自分で見れないから本人は怪我の具合もそれが治ったのも気づかないのは幸いだった。


「大したことはしていません。それより、一つ俺がこれから向かうべき方角を占っていただきたい」


 棒銀を5本ほど置いて依頼すると、母親は静かに竹ひごのような筮竹を操り始めた。

 その仕草を見ていた俺はとあることに気付いたが、それを指摘するのは占いが終った後でいいだろう。



「貴方の進むべき道は東と出ました。こうまではっきり結果が出るのは珍しいですから、方角はまず間違いなく正しいと思います」


「東ですか……」


 内心でやっぱりそうなのか……と溜息をつきたくなる。商都でも領都でも空いた時間に色々と書庫を探って調べてはいたのだが、それらしい記述は出てこなかった。薄々向かうべきは東なのではないかという疑問を抱きつつも、であればせめてどこかにあの馬鹿げた大山脈の間道でもないかと西の諸国へ向かっている最中だったが……ここでも東と出てきた。

 交易をしていた歴史があるならきっと道があるはずと思って探しているのだが、やはりあの壁のような大山脈の向こう側に獣王国があるのは間違いなさそうだ。


 まあ、それはともかく、気になった事を聞いてみようか。


「貴方が行う占いはやはり一子相伝で受け継がれてゆくものなのですか?」


「はい、そうなります。私も亡き母から受け継ぎましたし、私も娘に”神秘”を託しました……」


 声の最後は消え入るような小ささだった。母親を見かねた子供が駆け寄る。


「母ちゃん……」


「大丈夫、私にはあなたがいるから……」


 しんみりした空気になっている二人を一切気にせず俺は気になっていた事を口にした。


「つかぬ事を伺うが、セキロとセキランという兄弟をご存じないですか?」


 二人の反応は劇的だった。


「こ、子供達を知っているのですか!?」「に、兄ちゃんと姉ちゃんは無事なの!?」


 やはりセキロが生き別れたという家族らしい。父親とは既に死に別れたといっていたから、残った家族はこの二人か。全員生き延びているとは強運だな。


「ということは貴方が二人の母親のセキリンさんですね。ってことはお前が甥のセキコか。二人から貴方たちの事を聞いたことがあります。特にセキロは今も貴方達を探していますし」


 セキランには俺も幾度か同じように帰り道を占ってもらったことがあり、その所作がセキリンさんとまったく同じだった。技術を継承した親子なのだから当然なのだが、それで俺も気付くことができたのだ。小屋の中は当然明かりなどないので薄暗く、セキリンさんは占い師らしくフードを目深に被っているので顔立ちで判断するのは不可能だった。


「あの子達は生きているのですね! 嗚呼、蒼天の神よ、貴方のご加護に感謝します」「な、なあ、兄ちゃんと姉ちゃんは何処にいるんだよ? 元気なのか?」


「セキロとは2日前に別れたから今どこにいるかは知らんけど、セキランは東の領都で太守の侍女兼占い師をしているぞ。それで関係に俺も気付けたんだ。今は出かけているが、セキロもいずれ領都に戻るから会いに行くなら東に向かうと良い。それともここに来てもらうか?」


「いえ、ここもいつ追い出されるか解りませんので、東に向かいます。しかし、セキランが太守様の侍女なんて、そんな名誉な事、あの子にちゃんとやれているのかしら」


「なあなあ、東の太守様って最近変わったって言う天帝様の妹様なんだろ? どうして姉ちゃんがそんな雲の上の御方の御側にいるんだよ、どう考えたっておかしいよ」


 6歳とは思えないしっかりした考えを喋るセキコだが、こればかりは運命の悪戯というほかない。玲二が偶然見つけて俺が引き合わせたなんてそのまま伝えても信じられないだろう。


「セキロは今東の太守の配下の将だぞ。お前ら遊牧民族を率いて大活躍して疾風のセキロの異名を持ってる有名人だ。そろそろこっちにも評判が届くんじゃないか? あと、セキランは太守の近くに身元のしっかりした女が少なかったから丁度良かったんだ。彼女のほうもむさ苦しい男どもが多いとこよりも太守の側のほうが安心だから利害の一致という奴だな」


「ああ、なんと恐れ多い。こうしてはいられないわ、太守様に厚く御礼申し上げなくては」


「将軍! 兄ちゃん凄ぇ! さすがセキロ兄ちゃんだ! 俺も戦場で活躍したい!」


 俺の言葉を聞いた二人は今にも東に向かいそうな雰囲気だ。これから寒さは厳しくなる一方だし、幾ら遊牧民族の二人とはいえ、女と子供の二人連れは危険すぎる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。今にも旅立ちそうな感じだが、そんなに急ぐ必要があるのか? ここで冬を越して春になって移動したほうがいいんじゃないか?」


「それは、そうなのですが……」


 俺の言葉に少し言い澱んだセキリンさんだが、その反応で大体察することが出来た。何か厄介事でもあるんだろう。

 俺もついていってやりたいが、あれほど皆にしっかりと別れを告げてきたのに、幾ら二人の家族だからといって彼等を連れて戻るのはなんとも格好が悪い。とはいえ二人で冬の道を歩かせるわけには……あれ、そういえば彼等の馬はないのだろうか?


「部族が襲われたときに乗っていた馬はすぐに売り払ったよ。馬は財産だけど、ここで生きていく為には金が必要だからさ」


 なかなか苦労したんだろう、齢の割には達観した事を言うセキコの頭を撫でてやりながら俺は解決策を提示した。


「この村にも萬人組合はあるんでしょう? そこで護衛の依頼を出しましょう」



 萬人組合は俺の知る冒険者ギルドとほぼ同じだから、ここまで栄えた場所にはあると思っていた。セキコがその場所を知っていたので案内してもらうことにしたのだが、セキリンさんもついてきた。

 本当にこの村はいつ取り壊されてもおかしくないそうで、彼女もいざというときはすぐに逃げ出せるように準備は整えていた。というか彼等の荷物はひどく少なかったのですぐ移動できたというのが真相だ。


 彼女たちの小屋は程なくして他の誰かがこれ幸いと使い始めるそうなので、本当にもう戻る気はないようだ。



 萬人組合は村の外れにあるそうだ。不便と思うが、依頼をするのが殆ど商人なので物資の集積所がある外れのほうが面倒が少ないらしい。


 俺が護衛依頼を出そうとするが、そこまでするわけには、と固辞するセキリンさんをどう説得するか悩んでいると、背後から集団がやって来た。<マップ>の反応は赤、敵性反応である。



「あ、あいつだ。親父、あいつが俺たちを!!」


「なんだぁ。まだケツの青いガキじゃねぇか! おいお前、俺の息子に随分な真似をしくさってくれたようじゃねぇか。どう落とし前つけてくれんだ、ああ!?」


 筋骨隆々の見上げるような大男がこちらに因縁をつけてきた。露骨な言い掛かりに俺は噴き出しかけたが、セキコは厳しい顔をして母を庇った。


「まずいよ、あいつはこの辺のゴロツキの頭目だ。これまで殺した数は両手じゃきかないって話だ。逃げよう」


 小声で俺に耳打ちしてきたセキコだが、この程度のゴミに何の遠慮もしてやる気はなかった。それにセキリンさんの顔が露骨に曇っている。彼女が今すぐにでも逃れたかった相手なのだろう。

 男どもがほうっておかない美貌を持つセキランの母親であるセキリンさんも当然ながら妖艶な美女である。面倒な虫が湧いてくるのは当然といえるか。


 セキコにセキリンさんを守って離れていろと告げて俺はお笑い集団に向かって歩いていった。


「へえ、この俺様相手に逃げないのは誉めてやる。有り金全部と骨数本で勘弁してやらあ」


「で、お前はガキの喧嘩に親が出張ってきたのか? 馬っ鹿じゃねぇのか? いい年をして恥ずかしくないのかよ」


 思いっきり嗤ってやるとごろつきの大男は解りやすく顔を朱に染めた。なんとも可愛らしい殺気を漲らせているが、そもそもこいつは自分の致命的な失敗に気付いていない。

 まああれだ。馬鹿につける薬はないって奴だな。


「死んだぜ、テメェ!!」


「まだ気付いてないのか。救い難い馬鹿だな、ここが()()かわかってんのか?」


 俺は丁寧に馬鹿が気付けるように諭してやったつもりだが、無理なものは無理だ。馬鹿は俺に向かって拳を振り上げた。


「生みの親でも見分けがつかねぇようにグチャグチャにしてやゴペッ」


 最後まで言い終えないうちに大男は真横から飛んできた鉄棒に貫かれて本人がグチャグチャになった。あーあ、だから言ったのに。ここは天帝のお膝元、ガキのお遊びならともかく外周部で喧嘩騒ぎなど起こそうものならここを忌々しく思っている禁軍が実力行使をしてこないはずがないだろうに。連中の実力なら文字通り飛んで来るだろうが、ふうん、どうやら事情が異なるようだ。

 <マップ>で周囲を探ると、俺らを処罰する為に出張った連中ではないみたいだな。



「この愚民どもが! ここをどこだと思っておる! 貴様等は陛下のご温情で生かされておる現実を忘れ調子に乗りおって!」


 騎乗し漆黒の鎧を身に纏った禁軍の将校が怒鳴り声を上げる。皆、既に原形を留めていない大男の事など忘れて将校に平伏している。平然としているのは俺だけだが、その気になればこの将校一人でここにいる全員を簡単に皆殺しに出来る実力を持っている。禁軍とはそういう連中の集まりだ。ラカンとラコウほどの実力者がゴロゴロしていると思えばいい。あの二人は相当の上位勢たけど。


「喧嘩騒ぎは両成敗だ! 貴様も弾けい!」


 問答無用で手にした槍で俺を突こうとするが、俺は突き出された槍を掴み取るとそのまま馬上の将校を持ち上げた。

 これで慌ててしまえば素人だが、流石は選びぬかれた禁軍の将校で、即座に槍を手放すと俺から距離をとった。


「やるな! 貴様、何者だ!?」


「旅人だ。しかし禁軍は問答無用で殺しにかかる外道集団なのか? 俺の知る禁軍の男たちは誇り高く無用な殺戮を嫌う連中だったが、あんた随分と程度が低いようだな」


 いきなり殺されかかって友好的に接する義理はないので、挑発的に煽ってやるとその将校も顔を怒りに染めた。


「貴様ぁ、侮辱するか! その耳からすると奴婢の人間であるな。そしてその髪、見た事ない色をしておる。異邦人如きが天帝をお守りする我等禁軍を愚弄した罪、その命で購ってもらうぞ!」


 さっきの大男とは比べ物にならない濃密で怜悧な殺気を振りまく将校をどう料理してやろうかと思案する俺だったが、この戦いは思わぬところで邪魔が入った。


「大尉。退け、退くのだ!」


 視界の端にいる禁軍の一団の中から一騎の騎馬が俺と将校の間に割って入ったのだ。当然将校のほうは疑問の声を上げた。


「閣下! お止め下さいますな! この者の暴言を聞き流す事は、我等、ひいては陛下の御威光を穢すと同じ事、けして許す事など出来ませぬぞ」


 閣下だと? お偉いさんかよ。ラコウに禁軍の将軍は三人いると聞いており、そのうちの一人であるオウキ将軍はまだ東の領都にいる。大罪を犯したケイトウを天都で裁くため、その護送任務も請け負ったからだ。奴の罪は天帝の妹であるメイファの暗殺未遂だ。死でさえ生ぬるい責め苦が奴を襲う筈だが、聞いた話じゃ天都への移動を涙を流して喜んだと言う。

 まるで俺から離れられる事を喜んでいるようだとメイファが言っていたが、そこまでした覚えはないんだがな。何しろ殆ど直してやったわけだし。



「よいから退け! これは命令であるぞ!」


「しかし!」


 なおも食い下がる将校だが、閣下と呼ばれた男は冷然と告げた。


「くどい! 命令不服従として処罰を受けたいか!?」


 そこまで言われては将校も従わざるを得ない。俺を憎々しげに見た後、踵を返していった。

 そして残ったのは閣下と呼ばれた禁軍の将だった。年の頃は50がらみだが、竜人の年齢は見かけじゃ解らないんだよな。寿命も人間より長いらしいし。


「そこな旅人よ。僅かで良い、我等と共に来て欲しいのだが」


 なんだよ、面倒臭そうな話になってきた。これは断るに限るな。


「失礼だが、先を急ぐ身だ。お招きには応えられそうにない」


「時間は取らせぬ、ほんの四半刻(15分)もかからぬだろう」


 先方は礼を以ってそう言ってくるが、それが正しい保証はない。何しろ酷く面倒臭そうな予感がする。やることやってさっさとここを離れよう。


「申し訳ないが、用件の解らぬことに付き合う気はない。それでは失礼する」


 あちらの制止の声も聞かずに背を向けた俺は平伏しているセキリン親子を探す。この状況で萬人組合は依頼を引き受けてくれるか怪しいが、やるだけやってみようか。


 そのとき、背後の禁軍の集団が動いた。どうやら馬車を警護する集団のようだが禁軍が直々に警護する馬車ねえ。それほどの人物となると正体も限られてくるが。



「な、なりませぬ。そのようなことをなさっては我等の守護が及ばぬ可能性があります……しかし、はい。承知いたしました」


 あまりの事態に放心している親子を立たせようとしたとき、一台の黒塗りの馬車が俺の横に付けられた。あまりに静かに付けられたので一瞬戸惑ってしまったが、恐ろしく豪華な馬車だった。漆の仕立てに精緻な彫金が施され、更には車輪にまでも彫金で飾り立てられている。

 おいおい、馬車に描かれているあの龍の爪が5本あるんですけど……メイファからの情報だが、5爪の龍を描く事が許されているのはこの天地にただ一人だけのはず。

 そしてこの人物はこんな場所にいていいはずもないのだが。



 そのとき、馬車の窓の部分が開いた。なんと窓の奥は御簾になっており、中に乗っている人物の顔は解らなかった。だが、御簾の奥から聞こえてきたのは優しげな男の声だった。


「手間を取らせてすまぬな。ただ私は一人の兄として妹の恩人に礼を言いに来たのだ。話は聞いている。金の髪の天の遣いよ、この度は世話になったな」


「これはこれはご丁寧に。お言葉を頂戴できて光栄です」


 俺の答えに中の人物は苦笑したようだ。


「堅苦しくする必要はない。目的は先ほど言ったとおり、礼を言いに来たのだ。幾度も妹を救ってくれたと聞いた。兄として心から感謝する。何か望みはないか? 朕に出来る事は何でも叶えよう」


「礼を求めて行動したわけではないのですがね」


「それでもだ。我等が家族の命の礼なのだ。安く上げられては困る、それにこれからこちらから出向くのだ。この話をした際に何もしてやれぬとあれば、あれから叱られるであろう。知ってのとおり、兄にも容赦のない奴なのだ」

 

 御簾の向こう側の人物の妹を語る口調は穏やかなものだった。しかし、話から察するとこの国の最高権力者が直々に東に向かって妹に会いに行くのか? 手紙じゃ来いって呼びつけてなかったか?


 だがこれは何か言わないと解放してくれそういない。何か適当に金銀財宝でも、といいかけた俺の脳裏に閃くものがあった。

 ああ、これなら申し分ないのではないか? 2人にとってはどうだか知らんが、少なくとも安全に辿り着けるのは間違いない。


「それでは畏れながら申し上げます。どうかこの親子を東部の領都までお連れいただけませんでしょうか。それを以って褒美として頂戴したい」



 いきなり話を振られた親子は目を白黒させているが、口を挟もうものなら周囲の危険人物どもが一斉に刃を抜きかねない。この状況じゃ普通に無礼討ちが成立するだろうからな。


 だが考えようによってはこれ以上ない護衛戦力になるはずだ。萬人に依頼するよりも確実に二人を送ってくれるだろう。それにあちらさんにも大きな利益がある。


「そのようなことでいいのか? 我等としてはこんな簡単なことで礼としてよいのか疑問なのだが」


 御簾の中の人物は戸惑っているようだが、メイファが大層気にかけている召使いにして占い師のセキランの家族を無事に再会させる功績は大きい。


「もちろん私の願いをお聞きどけいただかなくても構いません。しかしもし聞いていただけたら貴方は間違いなく東部太守から深く深く感謝されるでしょう。二人は彼女への最高の土産になりますから。それは絶対に断言できます」


 メイファも父母と多く死に別れているから、生き別れた親子の感動の再会を手伝ったら絶対に感謝するだろう。そしてもし二人を見捨てることがあれば、妹から絶対に恨まれるだろう。


 そう俺が自身たっぷりに断言すると、御簾の中の人物も興味深そうに頷いた。


「わかった。汝の願いを聞き届けよう。妹の命の礼、僅かではあるが確かに返したぞ」


「ご配慮に感謝します。貴方に天の加護のあらん事を」



 バタバタと周囲が動き出す中、御簾の中の人物に想像がついた2人は未だ顔を上げる事ができていない。それは周りの連中も同じだ。先ほどまで威張り散らしていた連中などは借りてきた猫のように大人しく縮こまっている。


 

「へ? え、なにが……一体何があったんだよ、兄ちゃん!」


 あまりの事態に驚き、慌てふためく二人を尻目に、俺はこの国で一番安心できる護衛を見つけたと告げたのだ。


 その後、風の噂で聞いたのだが、どうやら東の領都で天帝と北帝が顔を合わせたなんて話があったらしい。メイファのために集まるのかよとその話を聞いた時は半信半疑だったが、どうやら本当だったと知るのはかなり後になってからだった。




 思わぬ出会いを得た俺は心機一転、西へ向かった。そして西で出会ったとある国と俺は衝突することになる。




楽しんで頂ければ幸いです。


申し訳ない、一週間もかかってしまいました。

書きたい事の取捨選択してたら半分位消してました。おまけなんで適当に終わるかと思ったら長くなってしまいました。


次話より新展開になります。


なるはやでお届けしたいです。



もし皆様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のやる気に俄然繋がります。

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