彼女の道 後日譚
お待たせしております。
今回は後日譚とは銘打っておりますが、時系列としては前話の直後、三人称にてお送りします。
「行きはりました?」
背後から民衆の歓呼の声が届く中、太守就任式典から戻ったメイファにすぐ側で見守っていたシアンが声をかけてきた。
誰が、と問うほどメイファは鈍くない。
「ああ。行ったよ。先ほど目が合ったが、その後は一度も振り返らなかった。あいつらしいと言うか、なんというか」
「そんなに言うんやら、泣いて縋ればよろしいやんか。あの人、メイファはんにはダダ甘やったし、結構な確率でここにいてくれたかも知れへんで?」
「何を今更だ。それにあいつと私は生きる世界が違うし、あちらには帰りを待つ家族がいる。私の一存で引き止める事などできぬさ」
妹御にはシアンも会った事があっただろう? 他にも私など及びもつかぬ絶世の美女達が彼の帰りを待っていると告げるとシアンは胡乱げな顔をする。
「ほんまかいな。確かにあの銀髪の妹はんはこの世のものとは思えん儚さやったけど」
「本当だ、なあ、ビューよ」
「わふ」
式典の最中も子犬となってメイファの側に控えていたビューが顔を上げて答えた。ビューは引き続き彼女の警護をすることになった。ユウキが去ることによってビューともお別れかと内心覚悟を決めていたメイファにとっては望外の喜びであり、ビューとしても非常に甘く優しい主人である彼女の元に居られるのは満足すべき状況であった。ただ一つ己の主から、どうせ死なないんだから命を捨ててメイファを守れときつく言い含められているので責任はこれまで以上に重大であった。
二人の歩む先には家宰のソウテツが控えていた。
「お疲れ様でございます。これからはなんとお呼びすればよろしいでしょうか、太守様、でよろしゅうございますか?」
「好きに呼べ。なんでも構わぬ」
「それではお嬢様と。長年そのようにお呼びしておりますからな」
ソウテツにとってメイファはいつまでもお嬢様であったから、この呼び方が一番自然だという。
「みんな殿下呼びやったからなぁ。アタシもそうしたほうがいいやろか?」
「余人を交えぬ時は普通に話してくれ、シアンは友なのだからな。もちろん場所は弁えてもらうが」
これまで軍師として振舞ってきたシアンだが、それも領都を手にする時までと決めていた。天軍は女の入る隙間のないもほど男社会であり、動乱の終わった東部に於いて戦場で光を放つ才能は必要が無くなる。しかし、僅かな手勢で商都を陥落せしめ、旗揚げから僅か10日で東部を手に入れた事実は決して消えぬ勲章である。軍師シアンの才はこの満天下に示された。レン国の歴史でも稀有な出来事として永遠に名が残るだろう。
それにこれからは気の置けない友として、そして新太守の相談役として宮殿で本に溺れる生活を送れると本人は至って満足気である。なにせ彼女にはユウキから譲り受けた本が大量にあるのだ。とてつもなく高価なはずだが、代金について口にされた事は一度もなかった。
あの男にとっては大したことではないのだろうと思って、有難く受け取る事にしたシアンである。
「お嬢様、そして一つご報告がございます」
「火急か? 広間で皆が待っているのは知っておるだろう」
この先の予定など家宰の彼が知らぬはずもないが、それを遮ってまでする話なのかと疑問を抱いた。
「ユウキ殿の置き土産がございます。いささか処理に困り、お嬢様のご判断を仰ぎたくございます」
「置き土産、かぁ。考えてみればあのお節介焼きがふらっと消えると言うのも妙な話やもんねぇ。何があるんやろ、楽しみなような、怖いような」
シアンが、さもありなんと頷いている横で、やはりか、という思いをメイファも抱いた。
家宰としてある程度どころかかなりの決定権を与えてあるソウテツがここまでこちらに投げてくるのは珍しいが、あの男の置き土産という言葉に納得しつつ、シアンと同じく期待と言いようの無い不安が押し寄せてくるメイファであった。
その置き土産は、なんとメイファの私室にあったらしい。部屋の掃除をすべく中に入った侍女の一人がそれを見つけ、相談を受けたソウテツが皆が揃う広間に移動させている最中だという。
淑女の部屋に無断で入るなどと怒る者と、天の遣いはそれほど気安い関係であったと思う者はいたが、その置き土産を見たメイファは、あいつは自分の部屋こそが最も適当だと判断したのだなと理解した。
「これは殿下! 太守ご就任、祝着至極にございます」
「祝着に」「殿下万歳!」「これで東部、ひいては御国も安泰にございます!」
広間には主だった幹部が揃い、老師や元孤児のシュウたちや金剛兄弟の配下であるモウカクにソンブたちもおり、旗揚げ時の仲間が勢揃いしていた。
皆、今日というメイファの晴れ舞台のために礼服を身に纏っている。着慣れているものや、明らかに今日のために気張ってくれたことがわかる者まで、各々が彼女の善き日に祝福をくれていた。
ここに居ない幹部は先ほど仲間を集めにいったセキロとチョウヒ、未だ戻らぬチョウリョウとそしてあの男だけだ。
「何とか今日という日を迎えることができた。これも皆の力添えの賜物である。至らぬ私であるが、これからも力を貸して欲しい」
頭を下げるメイファに臣下たちは更に深く答礼した。
「何を申されますか。この命は既に殿下にお預けしております。如何様に使い捨てていただいて結構」
「同じく。この老骨も微力を尽くす所存でございます」
それぞれが希望に満ちた瞳でこちらに向けてくる中、ソウテツが現れた。彼は手押し車を押しており、その台車には見覚えのある箱が鎮座している。
「殿下、その箱は確か商都でユウキ殿が手に入れた例の……」
先だっての人事で尚書の地位に就いたリュウコウが声を上げた。地位については商都を一人で切り回すコウソンのほうが向いていると最初は遠慮したのだが、あの男をこちらにつけると商都が機能不全に陥るので却下となった。リュウコウの方が出世した形であるが、他人を生かそうとせず己一人で全てこなしていたコウソンと周囲と手分けして少人数で膨大な量の仕事を効率的に当たっていたリュウコウの方が評価された形である。
後にそれを知ったコウソンは怒り狂ったと言うが、太守となったメイファの”部下に仕事を任せる事を知らぬ者に大業は任せられぬ。偉業とは一人で為すものではない、おぬしが去った後の商都はどうなる、それを考えた事はあるのか? 己さえよければ後は知らぬと断ずるものに公の仕事は出来ぬと知れ”と諌められ、部下を教育する事を始めたのだが、それは別の話である。
「ああ、あいつめ。置き土産として残していったそうだ。中身を見れば明らかに皆への物も含まれていたようでな、酒宴で酔う前に渡しておいた方がいいだろう」
近頃は慶事が多すぎて三日とおかずに酒宴を開いていたが、これで一区切りとなる。むしろこれまではユウキのおかげで最高の酒と食事を楽しめていた彼等であるが、その提供者が居なくなるとどうなるのか、戦々恐々の面持ちの者達がいたという。
「私も話を聞いただけなのだが、ソウテツよ。中身は検めたのか?」
「はい、お嬢様。ですがあの方のすることなので……」
「最後まで加減を知らぬ奴であったか。まったくあいつは……」
怒っているようで笑顔を浮かべるメイファである。用意の良い事に箱の中に目録があったらしく、ソウテツがそれを見ながら皆の前に出して行くようだ。
まさに宝箱を開ける寸前のような熱気に溢れた様相を呈している。
「最初は、これは皆様商都でもご覧になりましたな。金塊でございます」
ゴトゴトと重い音を立てて置かれる純金の塊に一同が息を呑む。しかしそれがいつまでも続くと驚きを通り越して呆れて物が言えなくなる。
「要らぬと言ったのに。あの借金持ちめ、余計な気を使いおって」
「本当に340本もある……あの言葉は事実だったのか」
人を容易に狂わせる金色の輝きに皆が圧倒されるなか、冷静なソウテツの声が彼等の意識を現実に立ち返らせた。
「合計340本、確かに確認いたしました。続いて棒金が3万4540本ですが、置ききれませんので希望の方は後で仰って下さい」
ソウテツの声にラコンが口を開いた。
「希望者、とはどういうことですかな? まるで望めば頂戴できるかのように聞こえますが……」
「もちろんその通りです。国庫に入れる前に皆と相談して欲しいと置き手紙には書いてありますゆえ」
全員が盛大な溜息をついた。どうかしていると口にした者はもちろん一人ではない。
「純金は使いようがなかろうが、棒金に関しては皆で分けるといい。この私戦で散った者に報いてやるのも当然だし、エイセイの配下たちは名誉よりも金銭の方が喜ぶ者も多いだろう」
「そうは仰いますが、こちらもあまり金を使ってこなかったのです。なにしろ街で金を払って飲み食いするより、よほど上手い食事と酒がこちらにありましたので。商都で戴いた棒金も家族に渡す為とっておいた者のほうが多かったくらいです」
エイセイは市井に戻る道を選んだ。武峡としてメイファの志に賛同して同行したのであり、官位を欲したわけではないとの弁である。
エイセイの才能はユウキが太鼓判を押していたし、行儀が良いとはお世辞にも言えぬ荒くれどもを問題なく統率していた彼の才はソウジンやラコウたちも非常に高く評価していた。是非とも幕下で力を発揮して欲しい人材だが、本人の意思は固かった。
彼女としてはその分厚く報いてやりたいが、敢えて何も得ずにその心意気を示す方が彼等にとって勲章になるのはわかっていた。
だからせめて金銭位は奮発したいところであったメイファだが、これもエイセイの一言で封じられた。
「元よりユウキ殿の舎弟として殿下に与力した身であります。過度な金を得てはユウキ殿に再会したときに我等の信念を疑われますのでどうかご勘弁を。むろんのこと、殿下への忠誠を違える訳ではありません。市井において平民の視線でこそ出来る事もありますので、そこで必ずやお役に立ってご覧に入れます」
その言葉通り、既に領都の裏町を支配下に置いてシュウのような孤児が食い物にされることが無いように力を尽くしている。それは治安維持や将来有望な才能の発掘に繋がり、積もり積もってメイファの大きな力になるだろう。彼としても太守の自由な私兵として動くつもりであり、完全にメイファと関係を絶つつもりはない。彼もまたメイファの意思に忠誠を誓い、命を賭けてもいいと思った一人である。
「その忠義、忘れぬぞ。だが、欲しがるものには遠慮なく与える。世間がお前たちを安く使ったなどといわれてはお前たちの誇りにも傷がつこう」
もちろん全ての荒くれが市井に戻るわけではない。戦いを通して天軍のほうに向いていると思った者が50人ほどおり、軍に入隊することになっている。
「将軍達も遠慮をすることはない。特にラコウとラカンはこれからすぐ東部周辺の平定に向かってもらわねばならん。二人には優先的に割り振るぞ」
ソウジンとラコウ、ラカンは将軍の職についた。ソウジンが次期大将軍となり、その下に右将軍と左将軍のふたりがつく。彼等の配下のモウカクが五千人将、ハクキとソンブが千人将の位に就いた。
誰もがこの戦いでの功績を考えれば充分にこなせる実力を持っている。ソウジンの大将軍位はあくまで暫定であり、これを最後の奉公としていた彼は実質的に軍を退く。年齢的に当然ではあるので、兄弟のどちらかが次の大将軍位を継ぐ事になるだろう。
「エイセイの言うとおり、ユウキ殿が我等に配った棒金も大して使っておりませんので、お気遣いなく。それになにより、ユウキ殿の置き土産はこれだけではありますまい。彼の性格からして他にも色々とあると思われますが」
皆からの視線を向けられたソウテツは優雅に一礼した。ラカンの言うとおり、ここまではユウキがかつて商都を掌握した時の会議で口にした内容だ。無駄を嫌うソウテツが無意味な事をするはずが無かった。
「ご明察でございます。前回からの品で申し上げておりますので、この順番になりました。他に商都の開かずの間に収められていたのは宝飾類が434点、芸術品が23点となります。芸術品はいくらか貰ってゆくと書き残してございます」
「では、あいつ自身が残した土産がまだ残っていると言う訳か。その箱だけで国の至宝と言えるのだがな」
横目で見た目録がその5分の1もまだ終わっていない事を確認したメイファは溜息をついた。
「時間もあまりございませんので急ぎます。各種肉がそれぞれ150ずつ、あの希少部位も40ございます」
「やはりそうか! 殿下、もし褒美をいただけるのなら、金銭などよりそちらの方がありがたいですな」
下戸のラカンが身を乗り出すが、隣のラコウがその肩を抑えた。
「落ち着け兄者。ソウテツ殿、あの極上の肉があると言う事はもちろん他にも……ユウキ殿のことだ、手抜かりはありますまいて」
「はい、酒が合計で500樽ございます。内訳は葡萄酒100に最上級葡萄酒が20、米酒200に上級40、純米と申しましたか、あの極上酒が40ございます。他に麦酒の樽が100ですな」
「殿下! 何卒」「嬢ちゃん、わかっておるな?」「殿下、金などよりこちらのほうがよほど!」
酒飲み共が一斉に声を上げた。彼等としては今日の酒宴で極上の酒は呑み納めかと泣く泣く諦めていたところにこの朗報である。盛り上がらぬはずが無かった。
「ええい、この呑み助共め、少しは落ち着かぬか。どうして私の私室にユウキがこの箱を置いたのか、その理由が理解できたわ。もし誰もが手を伸ばせる場所にあれば、即座に消えてしまったであろうからな」
これまで黙っていたリシュウが猛然と口を開いた。
「当然じゃ! あの芳醇な香りとまろやかな風味、こちらで幾ら棒金をはたいても手に入るものではない! 金で代えぬ価値とはまさにこの事じゃ。あやつめ、挨拶もそこそこに消えるとは水臭いと思っておったが、やはり残していきおったか。それでこそあやつじゃ」
然り然り、と頷いている飲兵衛どもを冷ややかな視線で見据えたメイファはリシュウに向けて口を開いた。
「黙れ爺め。貴様がユウキからの訪問を受けた事は聞いておる。あいつは爺を異常なほど高く買っていたからな。あいつのことだ、必ずや手土産を持参したに違いない、そうであろう?」
虚を突かれたリシュウは普段ならば幾らでも取り繕える鉄面皮を崩してしまった。
「し、知らんのう、何の事じゃ?」
「シュンメイ、後で祖父の部屋をよぅく掃除してやるといい。よぅく、隅々までな」
「畏まりました」
ひぃ、と小さく悲鳴を上げた老師は急用を思い出したとそそくさと広間を出た。きっと渡された酒を隠しにいったのだろう。
「まったく。皆も聞け。酒は私預かりとする。むろん独り占めする気はない。褒美や祝いの席で出せば良かろう」
「で、殿下のお言葉とあれば」「功績を上げればよろしいのですね」
闘志に燃えている者達を尻目に酒を嗜まない者は冷たい視線を送っている。
「次に参ります。これは殿下のほうがお詳しいですかな? 菓子類です。数は……とにかく沢山ございます。この箱は時間経過が無い特別品ですので、肉や生鮮食品も問題なく保存可能な模様です」
「ほう、それは素晴らしい」「すごいや!」「……!!!」「(コクコク)!!」
この言葉に子供たちや女性陣が声にならぬ大歓声を上げている。数が一々おかしい気もするが、考えてみればユウキは限度というものを知らぬ男であったと思い直したメイファである。
「あとは傷薬でございます。例の水薬ですな。こちらの数が100ほどになります」
「ほう、ユウキは奮発してくれたようだ。こちらの世界では貴重な薬だ。これも私のほうで預からせてもらう。必要な時には与えるゆえ、遠慮なく申し出るがいい」
「あの傷がたちどころに治る素晴らしい水薬ですか! あの薬のお陰で手足を失わずに済んだ兵士たちが敵味方問わず大勢おります。最前線で血を流す兵たちにとっては福音となることでしょう」
「うむ、実にありがたいことだ。私はあいつにろくに返せなかったというのに。してソウテツ、これが全てか?」
皆も満足気な表情を浮かべているが、こんなものは序の口だと思い知らされることになる。
この後は個人向けの置き土産となった。
まずは侍女たち向けに各種の便利な魔導具が送られた。魔導コンロと魔法の水瓶は侍女達を泣くほど喜ばせたが、価値を理解できない者たちは顔に疑問符を浮かべていたのでメイファが説明をしてやった。
「これで毎日熱い風呂に幾らでも入れるということだ」
「ほう、それは素晴らしい!」
「恐れながら、殿下。このような品を動かす為には特別な石が必要と聞いておりましたが」
メイファの背後で控えていたセキロの妹のセキランが遠慮がちに口を開いた。
「ああ、魔石と呼ばれる特殊な道具が必要だ。しかしあいつそれを忘れるとは思えんが、どうだソウテツ?」
「はい、起動用の石が50個、共に入っております」
メイファはかつて魔石一つで約半年保つと聞いていたから。10年以上は両方使えると教えてやると侍女たちから歓声があがる。
「ほう、これは素晴らしい逸品ですな。この滑らかな書き味、筆とは全く違いますな」
リュウコウやシアンなど、文官たち宛には万年筆が贈られた。
「この篭手は軽いのに非常に頑丈なようだ。更に神気に反応して更に硬くなるのか! これは大したものだ!」
武官たちには魔法効果のある武具が贈られた。
「おや、これは彼が使っていた書き付けをより使い易くした物でしょうか? ほう、これは便利です、重宝させていただきます」
家宰のソウテツには紙のメモ帳が贈られた。嵩張る木簡しかないこれまでは必要事項は全て頭に叩き込んできたが、万年筆とメモ帳があれば更に捗るのは間違いのないことだ。もちろん予備も沢山ある。
「これは、印章ですね! 数からして私の配下に配るために用意してくださったのでしょう。あの方が直々に選んで下さった揃いの印章、有難くて泣けてきそうですよ」
エイセイとその配下たちには肩につける印章が贈られた。メイファと共に苦楽を共にしたと言う解り易い勲章は誇りに生きる彼等にとってなによりの報酬となった。
「その、殿下の分が見当たらないのですか……」
「ああ、構わぬ。間違いなく皆の為の置き土産だ。私は既に十分貰っているのでな、只でさえろくに返せなんだというのに、これ以上貰っては気が引けるというもの」
昨夜の内に予備の護りの魔導具を追加で貰っていたが、それを口に出す事はしなかった。
「しかし、彼は何者であったのでしょうな。あれほどまでに強く、そして懐の深い人物、これまで名が知られておらぬはずがないと思うのですが。やはり天から遣わされたのか……」
ソウジンの呟きは誰かに発されたものではなかった。しかし、その場に居たすべての者の心に共通する思いでもあった。
帰り道を探しているという触れ込みの見た事のない金色の髪の男。まったく異質な存在であったからこそ天の遣いなどという異名が違和感なく受け入れられていたし、その男から出てくる品は彼等の想像を超えていた。
事実、天の遣いとされても容易く信じてしまいそうである。
「ただの迷い人だ。天の遣いでもなんでもない。我等と変わらぬ己の人生を歩む、ひとりの人間に過ぎぬ」
ユウキを神格化して統治に使う気はなかった。何から何まで彼の世話になっては、いつまで立ってもその隣に立つことなどできはしないからだ。
「それに近い将来、必ずやあの男は帰り道を見つけこの地に戻ってくるぞ。その時までに我等はこの荒れた東部を立て直さねばならぬ。忙しくなるぞ。皆、覚悟は出来ておるな」
メイファが信を置く配下たちは即座に拱手の礼をとり、主に答えた。
「無論であります。我等、殿下の恩為、天帝の御世の為、粉骨砕身する所存でございます」
「宜しい。あいつが戻ってくる時には見違えた東部を見せてやることにしよう」
応、と声を揃える配下たちを頼もしく思いながら、これからの忙しい日々を前に気合を入れるメイファであった。
ユウキよ、次に会った時こそ必ず、君の側に立つ女になってみせる。そのときまで、誰のものにもなるではないぞ。
そしてしばらくして西からこの世を煉獄に変えたという金色の魔神の噂が流れてくるのだが……その話を聞いた誰もが、とある男の姿を思い浮かべるのだが、それはまた別の話である。
楽しんで頂ければ幸いです。
次話は新たな話……ではなく、少しだけレン国を観光します。といっても通過するだけですが。
その後で新たな話、中篇程度をお送りする予定です。
もし皆様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のやる気に俄然繋がります。




