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彼女の道 16 領都シンタオ 8

お待たせしております。


「ケイトウッ!! この薄汚い下種めが! 貴様だけは生かしておけぬわ!」


 俺が止める間もなくラコウがケイトウを全力で殴りつけた。軍人とは思えぬひ弱な体つきのケイトウは顔面を殴りつけられて大地に倒れた。


「貴様という存在のせいでどれほどの血が流れた!? どれほどの命が失われた!? 貴様の魂魄一欠片さえ残さず滅殺してくれるぞ!」


 ラカンも続いて倒れたケイトウを何度も足蹴にする。敬愛する叔父を失って間もない彼等の激情は凄まじく、俺も割って入るのに躊躇うほどだ。しかしラコウが腰の剣に手を掛けたので、そこまで許すつもりは無かった。


「二人の気持ちは解るが、一旦落ち着いてくれ」


「何故止めるのだ!? この屑のせいで叔父御がどれほどの……」


「ここで殺すとこいつから情報が抜けないからだ。それにメイファにとっても育ての親の仇のはずだ。二人だけで始末をつけるわけにはいかんだろう」


 俺の言葉に主君の存在を思い出し、何度か逡巡をした挙句、手にした剣を大地に叩き付けるようにして突き刺した。その行動一つにも彼等の苦悩、堪えきれぬ怒りが窺い知れる。


 元々彼等二人はこの夜間の探索にも参加する気でいたのだが、今夜は盛大に祝勝の宴が開かれている。二人も良く戦ってくれた部下を酒宴でねぎらうのは上官の義務であると理解していた為、不承不承酒宴に参加した。上官が呑まずして部下も呑めないので酒も相当呑んだはずだが、俺が事前にかつて商都でも使った状態異常を治す魔導具を渡してあったので、ケイトウ発見の報を耳にしてすぐにこちらへ駆けつけたのだった。


「き、貴様等。禁軍で少しばかり手柄を立てたからといって大将軍である私になんと言う狼藉を! 思い上がるでないわ」


 己が立場を理解していない言葉に兄弟の殺気が膨れ上がるが、、まだ現実が見えてないようだ。


「ったく、御託だけは一丁前だな。まあいい。よく見ておけ二人とも。知ってのとおり、俺は怪我を癒せる。こんな風にな」


 後ろ手に縛られたケイトウを助け起こすようにその手を握った俺は、そのまま手を握り潰した。骨が砕ける音と中年男の無様な絶叫が暗闇に響き渡る。


「あがッ、あがが。手が、私の手……あ?」


 見る見るうちに治っても元通りになるケイトウの手を見せた二人に見せた俺は口の端を歪ませた。


「俺は直せる、即死さえさせなければ。心の臓さえ動いていれば、両の手足を砕こうが、なますに切り刻もうが、こいつが殺してくれと哀願しても、何度でも、何百回でも治せる」


 後は解るな、と二人に視線を向けるとそこには復讐という喜悦に歪む鬼の顔があった。




「で、ケイトウを捕縛したとの知らせが私の耳に入ったのは今朝なのだが」


 翌朝、名実共にこの領都の主となったメイファが朝食の席で俺に非難めいた顔を向けてきた。


「メイファは酒宴で仕事が多かっただろう。こちらの奴に色々聞きたかったこともあるだろうし、時間がかかるのは解ってたからな。報告は後回しにした」


 俺はこの地に似つかわしくないパンを口に運んでいる。俺との別れが近いと知ったメイファが三食を俺の用意したものが食べたいと言い出したのだ。フギンの都にいたときからそうなのだが、本職の料理人の矜持を傷つける行為なので本当はしたくない(それに俺はこちらの料理が食べたい)のだが、席に着いた皆が是非ともと口を揃えるので仕方なくそうしている。

 今、俺達の前に並んでいるのは柔らかいパンと目玉焼き、そして数種類の肉の腸詰めと塩漬け肉をカリカリに焼いたものだ。飲み物は珈琲であるが、他の者は紅茶や果実を絞った物など種類は多岐に渡る。


「中華の国でアメリカンスタイルの朝飯とか、世界観狂うなあ」


 そう隣でボヤく玲二が食事の用意に一番貢献してくれたのだが。ここにはメイファや金剛兄弟を除く幹部たちが勢揃いしているので、量が膨大だったのだ。メイファの背後に控えているシュンメイや侍女に新たに加わったセキロの妹セキランなど彼女たちの分はもちろん、リュウコウの子供達や元孤児のシュウたちの分まであるからな。特にメイファとフェイリンは良く食うのでその分も見越しての量だ。


「卵をこんなにも沢山食べるなど、信じられぬ事だ。いや、もちろん最高ですが」


 右手に腸詰め、左手にパンを持っているフェイリンが喜びの声を上げるが、宮殿でその作法は如何なものか。事実リュウコウの奥方が凄い目で彼女を見ているが、それは言わぬが華か。


「して、ケイトウはいずこにいるのだ? 奴には問い質さねばならぬことがある」


「今はラコウとラカンが見ている。自殺するような状態じゃないって言ったのだが念のためな」


「それは大丈夫なのか? 昨日の二人はこの世の全てを破壊せんとばかりに怒り狂っていたが……」


 メイファの顔に不安の色が浮かぶが、それも昨夜の内に解決済みである。




「……ユウキ。君は一体何をやったのだ? 人とは一晩でここまで変わるものなのか?」


「何を人聞きの悪い。ちゃんと五体満足で生きてるだろ。それにちゃんと喋れる。何も問題はない」


「私が聞いた報告では、ケイトウなる者は黒髪だと聞いている。何故()()でこんなに頬がこけているのだ?」


 金剛兄弟によって連行されたケイトウを見てメイファはその美しい鼻梁に皺を寄せた。なんだよ、生きてるなら良いじゃないか。さっきも言ったとおり、手足がくっついてて喋れればあとはどうでもいいだろう。


「己の罪深さを理解したのだろうさ」


「君に聞いても無駄だとは解った。二人とも、その……大丈夫か?」


 メイファは気遣わしげに金剛兄弟に声をかけた。彼等も昨夜からは大分雰囲気が変わっている。


「はっ、ご心配には及びませぬ。復讐など空しいだけだと痛感致しました」


「兄と同じく。人は過去に生きるのではなく、未来を見て生きるものにございますれば」


「お、おお、そうか。二人の気が晴れたのならばそれで良い。ユウキが何をしたのかは深く聞かないで置くことにしよう」


 どこか達観したような顔の二人にメイファは俺のほうをしきりに見てくるが、先ほど言ったとおり奴は五体満足でここにいる、それが全てだ。


 言い換えれば、それ以外は全てやったということだが、これはメイファが知る必要の無い事だ。

 ただ時折、金剛兄弟からこいつやっぱヤベー奴という視線を受ける位である。ああ、それと回復魔法の新しい可能性を見つけたか。あまりのご……尋問に精神がどこかへ逃避してしまっても、回復魔法でこちら側に戻せると解ったのは収穫だった。それがケイトウにとって良かったことなのかどうかは俺の知ったことではない。


「とりあえず、こいつから事の全貌を話させる。本当にこいつが諸悪の根源だった」


 俺がケイトウを足で蹴って促すと、嫌に澄み切った瞳をした中年男は澱みなく話し始めた。




 ちゃんと()()()治したはずなのだが、こいつの話は纏まりがなかったので、俺が補足しつつ整理しておく。



 ことの始まりは二年前ほど前のことだ。シキョウ大将軍を追い落とす機会を窺っていたケイトウは千載一遇の機会を手にする。

 当時の東部は流行り病が蔓延っており、シキョウ大将軍の奥方とその孫が罹患してしまう。特に孫の容態は悪化の一途を辿っており、どんな医者や薬も効果はなかったという。

 彼は藁にも縋る思いで都一の祈祷師に祈願を依頼する。最後の手段が祈祷かよと思うが、瀉血が一番の治療法であり、悪い血を出せば病は治ると考えられるような世界だ。祈祷もそこまで荒唐無稽と言う話ではない。


 問題はその時だった。その祈祷師は手癖と人品の悪い男であり、ケイトウと繋がっていた。祈祷の話を聞きつけた彼の命で大将軍の弱味となるような話を掴んでくるように依頼され、三日三晩にわたる祈祷の最中に、目を盗んで将軍の日記を目にする機会があったという。


 そこに書かれていたのは品行方正な彼に相応しい内容ばかりだったが、一つだけ不用意に扱うととてつもない惨事を巻き起こす事実が書かれていた。


 死んだと思われていたメイファ第4王女の生存である。彼はソウジンの頼みで東方に脱出する彼女の手助けをしたのだった。


 これは使えるとケイトウは判断した。その事実を仄めかすと彼は非常に狼狽し、他言は無用だときつくケイトウに言い渡した。その態度を見て天都にまつわる噂は事実だったと確信する。


 先帝はメイファの才能を高く評価しており、叶うことなら彼女に帝位を譲りたいと考えていた。


 もちろん先帝には三人の皇子がおり、既に立太子の議も済ませているからそれを押しのけて帝位を奪うのは無理筋の極みであり、先帝も戯れのつもりだったはずだ。もし強行すれば間違いなく国が割れるだろう。


 だが、その噂を真実にする事で得をする者がいた。第二皇子である。

 幼い頃から武芸に励み武人として頭角を現していた第二皇子は、当然帝位に野望を抱いていた。しかし兄は既に次期天帝の座を確かなものとしている。ここに割って入るのはけして不可能ではないが、大義名分がない。大儀なき簒奪は国全てが敵に回る。四方を太守に任せ、その上に絶対的権力者として君臨する天帝だが直轄の軍事力としては禁軍のみであり、最強の兵力であるが内乱では決して第二皇子には靡かない。他の手を考える必要があった。


 そこでメイファの帝位という話を担ぎ出したのだ。先帝の意思がどうだと話を持ち出せば皇太子の立場も揺れる。過去には皇太子が天帝の逆鱗に触れ、太子の座を弟に奪われたと言う前例もあるからだ。


 もちろん一番の迷惑を蒙ったのはメイファである。当時5歳の彼女は才気溌剌として帝室の教師を勤めていたリシュウ老はもちろん、周囲の大人たちもこれはもしや、と気色ばんだが当の本人は自分のせいで兄弟が争うのは嫌だと誰にも波風が立たないように接していたというのは当のリシュウ老師から聞いた話だ。


 そして面倒な事に先帝はその問題を解決する前に急逝してしまった。そうなれば一気にキナ臭くなるのは当然であり、ソウジンとソウテツがリシュウ老師と相談の上に一計を講じて自ら屋敷に火をかけるという荒業で逃げ切ったのだ。


 メイファが生きているという話は現在反乱中の第二皇子に勢いを与える話であり、先帝に忠誠を誓っていたシキョウ大将軍としては決して表に出してはならぬ話だった。



 ケイトウはシキョウの決定的な弱みを握り、彼は大将軍の地位を彼に譲らざるを得なくなった。

 彼を恐れたケイトウは徹底的にシキョウを封じ込めた。天軍の地位と共に多くの影響力を奪われた彼に出来た事はいつか遠くない日に備えて自分の甥を東部辺境の街に置く事だった。

 周囲には天狗になった甥を懲罰すると言えば、明らかに格上の禁軍を僻む東部の者たちは嘲笑と共にそれを受け入れることになった。

  

 ケイトウの専横は軍部だけに収まらず、東部前太守の病状悪化につけこみ、シンカイを唆した。太守の死亡が明るみにでなければ、代理の座はシンカイのものになる。いずれは代理が本物になる事だって夢ではないと言葉巧みにシンカイを操り、東部を己のものにすることに成功した。


 そして中央へと更なる栄達を望むケイトウは天帝の土産としてメイファを始末する事を考えた。国が割れる原因となった存在を消せば中央の覚えも良いだろうと安易に考えた彼は極秘の任務として東部辺境を襲撃させた。太守代理シンカイの印を用いて作られた命令書はケイトウの執務室にまだ残されていた。


 と、あとは俺達が知るとおり、襲い掛かってきた天軍を張り倒して、逆にこっちがやり返したわけだが、話は後一つ残っている。


 メイファの決起を知ったケイトウは焦った。殺し損ねたばかりか、王者として覚醒したメイファは商都を瞬く間に陥落せしめたのだ。彼が命じたわけではないが、暗殺さえも跳ね除けた彼は恐怖した。

 最終の標的は間違いなく自分であろう。そう恐れたケイトウは最後の手段に出る。


 それが民の徴兵とシキョウ大将軍の孫を誘拐し、彼を意のままに操る事である。


 シキョウ将軍があそこで死に場所を求めていたのは、自分が原因で東部辺境に多くの犠牲を出した事を悔やんだからだと言う。彼のせいではないと思うが、朝の内に会ってきた彼の奥方はシキョウ大将軍の遺書を携えており、そのような彼の心情が書かれていた。



 ケイトウがそのように全てを語ったわけではないが、状況をまとめるとそのような感じになる。



「やはりこの男が全ての原因か……」


 かつてケイトウと呼ばれていた残骸を憎々しげに睨んでメイファは吐き捨てた。


「どうする? この場で首を落とすか? ラコウとラカンはメイファに任せるそうだ」


「……この男は万民の前で断罪する。こやつの為に苦しんだのは私や金剛兄弟だけではない。昨日もこやつを追い詰める為に多くの情報が寄せられた。悪が潰える事を天下に示すのも長たる者の務めだ」


「そうか。君の言葉の通りにする」


 ラコウに視線を向けるとケイトウは無言で引っ立てられていった。どうせなら昨夜のようにメイファに悪態の一つでも垂れた方がこちらも気兼ねなく始末できるのだが、壊しすぎたかな。


「だが、これで養父に報告が出来る。ロジンの魂も安らぎが得られるだろう」


 声の最後の方は涙で掠れがちだった。俺は懐からこういう時の為に常備してある絹布を手渡すと、静かにこの場所を去った。女の涙は嬉し涙以外は見たくないからだ。




 しばらくして俺が宮殿内を歩いていると、子供達の喧騒が聞こえた。この声は、シュウたちだな。元孤児たちのほかにリュウコウの家族もいるので、今では結構な数になっている。


 どうやら彼らは小庭であそんでいるようだが、なにやら白いものを投げ合っている。もし石だとしたら危ないな。大人は居ないのだろうか。


「おいおいお前達、石を投げあって遊んじゃダメだろ。怪我したら大変だろう?」


「あ、ユウキの兄ちゃん! 大丈夫だよ、この石軽いんだ、当たっても痛くないし」


 渡された石を持ってみると確かに軽い。まるで軽石のようだが、軽石なら細かい穴が沢山開いているはずだ。それによく見れば庭の隅に小山のようになって積まれているではないか。

 小さいとはいえここはれっきとした宮殿の庭園の一つである。資材置き場として使っているとは思えないが、なんだろうこの石。


 ふときになって<鑑定>した白い石を見た俺は目を疑うことになる。


  神白石   価値 金貨400枚


 魔力を溜め込み、魔石として使用可能な神器。太古の時代の先史文明によって作られた失われた秘宝の一つ。石の大きさによって溜め込める魔力量が変化する。魔力が空であれば白い石だが、本来は濃い紫の光沢を持つ。一度使い切っても再充填可能。耐用年数、回数共に無限の神の領域に至った神器。

 この大きさでは5等級の魔石に相当する。



「はあ!?」


 子供達がなにやってんのこの人という視線を向けてくるが、俺はそれどころではない。ええ、ナニコレ。ありえないだろこの機能。は? なんだこれ? え? ちょっと待てよ、この小石で5等級だと? 目の前にはもっと大きい握り拳みたいな奴が山ほどあるんだけど! 数百個は確実にあるんだけど!


「兄ちゃん、かえしてよ!」


 シュウが手を出してくるが、俺の思考回路は停止したままだ。え、コレ魔石要らなくなるじゃん。そもそもなんでこんな魔力のない世界にあるんだ? どうやっても使えないじゃん。


「兄ちゃんってば!」


「ああ、悪い。こんな石よりこれで遊べよ。こっちの方が面白いぜ」


 前に玲二が創ったゴム製のめちゃくちゃ跳ねる球を渡してやる。シュウは何これと眺めていたが、地面に投げてみると信じられないほど弾んだゴム球にすぐに夢中になった。もちろん全員に渡してやる。


「うわ、なにこれ! 凄い、凄いよ!」


 いや、凄いのはこっちだから。何回でも使える魔石って、こんなのが広まったら魔石の価値が暴落する……いや、数百個ならそうでもないか。ってそんなこと考えてる場合じゃない!


<玲二! 皆見てるか! とんでもないのが見つかったぞ!>



楽しんで頂ければ幸いです。


すみません、お宝ネタ突っ込んだら終わりませんでした。

明日にはこの後編をやり、明後日に後始末でこの章は終わるはずです。


ではまた明日お会いできればと思います。


もし皆様の興味を引けましたら評価、ブックマークなど入れていただけましたならこれに勝る喜びはございません。

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