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彼女の道 11 領都シンタオ 3

お待たせしております。



 俺はこちら側に来てから、いくつかの誓約を己に課していた。


 俺はここではどう繕っても余所者であるので、基本は傍観者に徹すること。

 新大陸に銀が流出して大変なことになったので、こちらでのお宝、金銀を極力借金の返済に用いない事。


 そして最も大きな点が、攻撃魔法を用いない事だ。


 元々がダンジョン攻略のために有り得ないほどのスキルポイントをつぎ込んで強化してきた魔法はあらゆる点で過剰殺戮だし、ここは魔力のほぼない世界である。魔力の回復こそ遅いが魔法はガンガン使えるのだが、なんというか卑怯な気がしてこれまで煮炊きの火や風呂の湯位しか使ってこなかった。


 相手が話の通じない魔物でもないし、郷に入りては郷に従えというか……まあ、この予期せぬ()()を楽しむ為に敢えて縛ったようなものだ。


 だが、ここに来て事情は変わった。相手の用いた手段があまりにも下衆だった。相手がこちらに憤り、最後の一人まで抵抗すると言うのなら話は別だが、戦う術を持たない者を脅して戦場に出し、更にその死を以ってこちらを貶めんとするその手口はひどく俺の癇に触った。


 いや、そういう話ではないか。俺はただ単に下衆な屑が死ぬほど嫌いなのだ。こそこそと這い回る○キと同じくらい、見かけたら潰す以外の選択肢はない。


 そしてここにいる皆はメイファに感化されただけあって、根が善良だ。軍師のシアンやチョウヒはともかく、卑劣な策にも正道を持って対応するような素晴らしい連中だ。戦場で隣にいて欲しい者達である。


 だが俺は違う。相手が汚い手口を用いたら、もっとド汚い手口でやり返す性格である。そしてそれを相手が泣いて謝っても決して手を緩めることはない。


<だよなー。ユウキってそういうとこあるよなー>


 俺の考えを読んだ玲二が<念話>で口を挟んできた。彼は今騎馬民族の連中と敵の偵察に出ている。正直に言って乗馬の経験はあっても調教を受けてない野生の馬相手だと玲二は足手まといだと思うが、彼が彼等を発見しメイファに取り次いだ形なので玲二は彼等から下にも置かない扱いを受けている。

 そして玲二は今、ケツが痛いと泣いている真っ最中だ。もちろんナニを突っ込まれたわけではなく、馬の乗りすぎで尻の皮が剥けたのだ。


 馬術は貴族の嗜みの一つであり、尻の皮が厚くない貴族は馬鹿にされるという。学院で水浴びの際に貴族生徒からそのような物言いをつけられたそうなので、玲二は今奮闘しているのだ。回復魔法を使うと皮は厚くならないので痛くとも自然治癒に任せるほかない。


 実は俺も少し羨ましかったりする。故郷の馬は農耕用であり乗馬など勿体無くてする機会はなかったのだ。俺も機会があれば尻の皮を厚くしたいものだ。

 風呂に入っていると尻の皮が厚い連中に負けた気にさせられるのだ。相手も自慢げなので見せびらかしているのは間違いない。今の俺はケツの青いガキということであり、玲二はその脱却を目指している。



<まあな。それは否定はしない。俺は根っからの悪党だしな>


<知ってる。無力な善人よか百兆倍良いけどな。俺もそうなるって決めてるし。それより、派手にやるんだろ?>


<ああ。良かったら都合のいい場所を見繕ってくれないか? <マップ>だけじゃよくわからないし>


<わかった。伝説になりそうな所を探してくるぜ!>



「ユウキ、その、良いのか?」


 玲二との<念話>を終えた俺にメイファが遠慮がちに尋ねてくる。彼女には旗揚げの際から俺は傍観者に徹すると話してある。簡単な手助け位はするが、これは彼女とその仲間たちが自らの意思で戦うことに意義があるので戦争には手を貸さないと決めており、メイファも当然であると受け入れていた。


 それを俺自ら破るというのだ。メイファの顔は苦汁に満ちているようで、どこか救われたような色もある。

 誰だって何の罪もない民草を虐殺する真似などしたくない。


「ああ、向こうが先に反則しやがったからな。反則には反則で返すまでだ」


「そうか、すまない、恩に着る。このままでは大義の為に無辜の民を殺めねばならぬところであった」


 そう言ってメイファが俺に深く頭を下げだ。今の俺はメイファと同格の協力者という立場だが、それはかなり危ういものだ。なにも知らない新参が殿下の側に居るあの奴婢は何者だ!? と騒ぎになったのも一度や二度ではない。


 そんな中でメイファが俺に頭を下げた事で周囲の兵はざわつくが、当の本人は先程までの暗い顔はどこへやら、晴々とした爽快さに溢れている。



「よし! ユウキが手を貸してくれるとあれば、もうなにも心配することはない。さあ、進軍だ。あの卑劣漢の首を叩き落としてくれる!」


「待て待て。まだ何も話しちゃいないだろうが。俺が何するのか解ってるのか?」


「これでも君と長い付き合いなのだぞ。どうせとんでもないことをして、全てをひっくり返してしまうのであろう? 君の得意技だと聞いているぞ」


……その通りなので否定できない。


 俺が押し黙ってしまうと、ここへきて初めてメイファの頬が緩んだ。


「ふふふ、そんな顔をしないでくれ。私は嬉しいのだ。君が己の禁を破ってまで私に力を貸してくれることがな。皆も聞け、他に策が無いのならユウキの考えで行く。異論はないな?」


 いきなり話が決まってしまい、どうするよ、と互いが顔を見合わせるなか、シアンが意を決した顔で進言した。


「殿下、宜しいのやな? ユウキはんが言い出したこととは言え、しくじれば全ての責が殿下に降りかかりますよってからに」


「これは私が命じたこと、責も当然私に帰結するものである。なに、シアンよ。楽しみにしておけ、きっととんでもないことになるぞ」


「はあ、愚策は無策に勝ると言いますし、力押ししか思い付けないアタシよりマシかと」


 密かに酷い事言われた気もするが、他の皆も他に意見はないというか、途端に機嫌が良くなった主君に驚いて戸惑っているようだ。


「俺の企みも、ただやるんじゃ効果は低い。それを一層活かすにはメイファや皆の力添えが居る」


 そうして俺は単純なこの思いつきを皆に話すのだった。




 そうして俺達は領都の前に布陣した。敵勢は全く動いていない。いや、動けないのだろう。ただ集められただけの者達を縦横無尽に移動させる事は不可能に近い。ああしてまとめて置いておくくらいが関の山だ。


 そしてこちらも敵主力を会戦で撃滅することが敵首脳部の打倒という目標達成に必要なことだ。

 

 理路整然と横列を組む味方の士気は高い。先程まではメイファ達の狼狽が伝播しかけたが、軍議が終わる頃には皆が必勝の気合いをみなぎらせており、兵たちも不安を吹き飛ばした。



 布陣した俺たちはまず物見台を作ることにした。この周囲は開けた平原で、高所から周囲を見渡せる場所がなかったからだ。

 作るといっても1から作るのではなく、箱の中にすでに完成品があるのでそれを出すだけの話である。


「敵の布陣は、やはり民を盾にする気か。恥知らずどもめ」


「で、殿下、奥の守備兵を御覧ください! あやつらが肩にかけている武器、あれは禁軍でも僅かに配備が始まったばかりの最新兵器にございますぞ!」


 ラカンが民の奥に居る守備隊を指さすと、確かに珍しいものを手にしている。というか、やっぱり魔法がない世界じゃアレが生まれるんだな。人類の歴史においても当然の流れか。


「な、なんなのだ、あの奇っ怪な棒は? 果たしてあれは武器なのか?」


「黒い魔法の粉を用いて鉛玉を凄まじい勢いで飛ばす鉄砲と呼ばれるものにございます!」


「鉄砲やて!? 禁軍でも数百しかないと言われとる秘密兵器やんか! よくぞそんなものを用意できたやん」


 驚くシアンだが、メイファはその名を聞いたらあまり驚く事はなくなった。


「ユウキ、あれがよく出た銃とやらか?」


「ああ。あれは最初期の代物だな。それでも近寄れば鉄鎧でも貫通するから油断は出来ないが」


 と言っても神気でおおわれた体を貫ける威力とは思えない。通常の兵士用といったところか。


 メイファが驚いていないのはあっち側で時間を過ごす時、仲間達と共に様々な映像作品を鑑賞しており、その中で銃が山ほど出てきたからだ。映像の中の話だが、そのように使われるのかは理解している。


「ふん、その程度か。それならば距離を取れば恐れるものではない。皆も必要以上に恐れるな。何より、あれは我らを狙うものではない」


「せやね。あの位置からすると、こっちを狙う前に逃げる民を撃つために配置されとるんや。とことん腐っとるな」


「ふん、ではあの恥知らずどもに説教のひとつでもくれてやろうではないか! 出るぞ!」


「ビュー、離れるなよ」


 メイファが開戦前の口上のために一人で前に出て行くので、護衛としてビューを張り付けた。今のあいつは成犬どころか人よりも大きな姿形をしており、誰もがその威容に息を飲むほどだ。忘れてたけどそういえばあいつ神狼とかいう話だったな。



 口上合戦は戦における作法のひとつであり、やらなくてもいいっちゃいいんだが、言われっぱなしで引き下がっては士気が駄々下がりだし、口上の使者を射殺そうものなら周囲からの笑い者になる。名誉を重んじる古き良き作法だが、俺は嫌いではない。殺伐と殺し会うより仁と礼を弁えた方が物事は何かと上手く回るしな。

 そして頭の回るメイファは口上に滅法強いときた。



「己が何者かさえ忘れた愚か者どもに告ぐ! 今すぐ軍を解散し、領都を我等に明け渡すのだ。さすれば上役の首だけで事を収めてやろう。欠片でも天軍の録を食んでいる事を自覚するなら、民に隠れずに前に出てこい、この臆病者ども!」


 メイファの声にこちら側から大歓声が上がるが、それに応じるように敵側からも騎馬が出てきた。


「シンカイではないな。あの風体からして守備隊の将セイランであろう」


 ソウジンの呟きの通り、あちらからも口上があった。


「畏れ多くも天帝の血脈を継ぐなどど妄言を吐く痴れ者に答える舌など持たぬわ! 女よ、貴様だけは絶対に許さぬ! 八つ裂きにして磔にしてくれるぞ!」


「許さぬだと! それはこちらの台詞だ! 貴様らはその本分を忘れ、民を省みる事なく力に溺れた! 民の怨嗟の声は天に轟き、天の怒りが我等を遣わしたのだ。これは神意である! 伏してその身に罰を受けるがいい!!」


「何が天だ、神意だ! 笑わせおる。天など人になにもしてくれぬではないか! 下らぬ世迷い言を口にする辺り、ものを知らぬ孺子(小娘)であるな!」


 気配が変わった。


 俺からはメイファの背中しか見えないが、敵の言葉に確かに笑ったように感じられた。きっと彼女は獰猛な笑みを浮かべているに違いない。


「そうか、天意を信じぬか。ならば後学のためにご覧に入れようではないか。見よ、これが天罰である」


 そう言ってメイファが手を翳した。彼女のあまりの自信に身構えた敵将だが、何も起こらないのを見て嘲笑をあげた。


「お、驚かせおって。何も起きぬではないか! ええい、これ以上の問答は無用だ。者ども、一斉に押し潰……」


 その瞬間、世界から音が消え去った。



楽しんで頂ければ幸いです。


あ、明日は年末棚卸し……更新できんかったらすみませぬ。


何とか頑張るつもりですが、その場合はお許しを。



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