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彼女の道 9 領都シンタオ 1

お待たせしております。



 領都までの道は馬車で2日ほどである。


 商都から近いというわけでもなく、距離としては数百キロルは離れている。本来なら馬でも5日はかかるが、そこがシアンの腕の見せ所である。日が落ちたら宿場町に宿を取る方法で5日なので、ありとあらゆる方法で速度と時間の短縮を行ったのだ。進軍は小勢であることを活かして速度の早い馬車であることや、宿場町を無視して1日で可能な限りの移動、途中の村に補給拠点を予め作っておいて夜営の手間を極力省くなど細かな努力が重ねられていた。

 後の世に於いてこれは奇蹟の神速などと言われるだろうが、実際は多くの人の努力が積み重なった結果である。

 そして何より商都から領都へは東部の重要街道であり、かなり道が整備されていた。そのため馬車も相応の速度を出すことが可能であり、大きく距離を稼ぐことに成功した。

 今の俺達の手勢は550ほどだ。セキロたちを加えて多少拡大したが、作戦行動に支障はない。


 チョウリョウなど、商都の主だった兵士はこちらへ帰順を申し出たが、それはこちらが断った。兵士の数は単純な力の増強でもあるが、今回の場合は足を引っ張る原因である。急ぎの行軍に徒歩の歩兵は不向き極まりない。

 それに商都を守る人員も必要である。嬉しい申し出であったが、商都の安全のためといい諦めて貰った。


 そしてチョウリョウであるが、今はこの場にも商都にも不在である。

 それと言うのも彼は昨夜メイファの逆鱗に触れたのである。

 

 彼はかつて天都にあったメイファの屋敷の警備隊長の職にあったが、その彼には妻子があり、特に妻の方は母を早くに亡くしたメイファにとって気さくな彼女は第二の母とも言うべき存在であった。そしてその一人娘は公にはされていないもののメイファの身分を越えた幼馴染の友達でもあった。


 交友のあった二人は今どうしているのか、気になったメイファはチョウリョウに当然訊ねたが、顔面を蒼白にした彼からの返答は、彼女をして絶句させた。


 なんと彼はメイファの屋敷を火に包まれるのを見て全てに絶望し、そのままフラフラと流浪の旅にでたという。当然家族には一度も連絡を取っていない。


 メイファは怒髪点を突く勢いで激怒した。俺が宥めるのを躊躇うほどの怒りを見せてチョウリョウを面罵すると、それでも飽き足らず手元にあった棒金の入った硬い袋を容赦なく投げつけるのだった。


 そして彼女は告げた。いますぐ天都へ取って返し、妻子に詫びて来いと。それを為すまでに我等に加わる事は許さないと有無を言わさぬ声で命令したのだ。

 更に追加で数個の棒金袋を投げつけて、これで誠心誠意詫びて来いと告げ、チョウリョウは商都に残る千人将に業務の引継ぎをしてその日の内に旅立っているからだ。


 



 話を戻す。俺達の行軍にもちろん敵も手をこまねいていたわけではない。領都は最大の敵である敵将ケイトウと太守に成り代わり政治を牛耳るシンカイの根拠地である。こちらから敵地に近づいているので当然妨害も多く受けた。


 特に酷かったのが夜営予定地だった村を焼き討ちにした件だ。こちらはシアンが商都に居る間にその想定もしてあったので手に入れたこちら製アイテムボックスに色々放り込む事で十分に対応できたが、焼け出された村人達は悲惨の一言である。領都の守備兵と思われる兵隊が大挙して押し寄せ、問答無用で村に火をつけたのだという。反抗する者は容赦なく殺され、村長を殺されたという妻が涙ながらにその凶状をメイファに語った。


 敵としてはこちらの足を止めるための処置なのだろうが、完全に悪手だった。メイファは夫を殺された妻の肩に手を置くと、彼女自身も涙を見せて敵討ちの約束と事が成った暁にはこの村に篤く報いると村人達に約束したのだった。

 それを見てこちらの士気は高まる一方である。夜営の準備など例の箱からゲルと呼ばれる北方民族の簡易天幕を用意すれば事足りたし、実は俺の<アイテムボックス>と同じ時間経過無しの箱であったので湯気を立てる出来たての料理がすぐに兵士達に振舞われたからだ。


 住んでいた焼け出された村人達にも当然メイファは分け与え、冬の訪れを感じる寒さを受けて途方に暮れていた村人達を大いに安心させた。このゲルも数に余裕はあるので多くをこの村においていく事になるだろう。



「こいつは豚の肉か!? 話には聞いてたけど始めて喰ったぜ」


 焼いた豚肉に歓声を上げたのは新たにメイファの配下に加わった遊牧騎馬民族のセキロである。隣には参謀のチョウヒもいるが、こちらはシアンからから頼まれた宿題に頭を捻っている。


「そうなのか? こっち(中華)じゃメジャー……ありふれたな肉だと思ったが」


 セキロの驚きの声に答えたのはあれから向こうに帰っていない玲二である。歴史が動くような大事な場面を学院で授業を受けてて見逃すなんて有り得ねぇし、とこちらに居続けている。立ち位置としてはメイファの客人なので扱いは悪くないし、俺と同じことが出来ると知れ渡ってからは水や湯の補給で大いに役立っている。それに俺以外からの酒や甘味を融通できる奴として重宝されているようだ。


「それは中原のハナシだろ? 草原じゃ草だけで生きられる牛や羊ばっかりさ。鳥は何度か捕まえて食ったことあるけど豚は初めてだ。こんなに美味かったんだな。いやあ、飯が日に三度食えるなんて夢のようだぜ。仲間の皆にもひもじい思いをさせちまったからな、姫様には一生頭があがらねぇよ」


 勿体無くてお代わりなんて出来ねぇなと呟くセキロに俺は声をかけた。


「いや、お前達は全員腹一杯食え。それだけの価値があるし、その分の仕事をしているぞ。お前の仲間たちも遠慮なく列に並べよ。新参だからと舐めた事を抜かす奴は俺が張り倒すから心配すんな」


 俺は敢えて周囲にも聞こえるように大声を出した。それを聞いた彼の仲間たちも大挙して夕食の配給の列にならんでゆく。


「そこのユウキ殿の仰るとおり、我らはそれだけの働きをしています。我等の扱いがそれを証明していますし」


 肉の塊に遠慮なくかぶりついたチョウヒが逡巡するセキロを後押ししたが、実際にここまで順調に進軍できた最大の要因は彼等、騎馬民族のおかげである。


 彼らはあまりにも都合が良く、便利すぎる存在だった。俺が彼等と出会ったのは商都の中であったが、セキロは族長と言うだけあって商都の外に彼が面倒を見る同族の者達が数十人待機していたのだ。

 彼等遊牧民族は一族全体で纏まって行動する。女や年寄りなど戦いに不向きなものはいるが、全員が生まれた頃から馬に乗っている熟練者であり、替え馬も個人で数頭持っているほど生粋の騎馬民族だった。


 彼らは俺たちに不足していた騎兵戦力を完全に補ってくれた。騎兵は戦場でも役立つが、一番活躍するのは哨戒である。商都までは敵の裏をかいて行動できたが、これからは敵の勢力圏を行動する事になる。最悪は俺の<マップ>で敵の伏撃などを教えてやらねばならないかと思っていたが、それを彼等に任せることができた。

 それに草原で鍛えられた彼等の視力は俺達などとは比較にならないほど良いし、馬上で狩りもこなせる彼らは騎射もお手のものだった。商都の戦いでラコウが見せた神気を馬に宿らせる”人馬一体”など全員が使いこなすどころか、彼等にとって自慢するほどでもない出来て当然の技術だという。

 特にセキロと彼に従って商都に居た8名は馬術、騎射共に名手であり、全く形状の違うイチイの弓も容易く扱う事ができた。

 今日の昼など所属不明の騎兵部隊がこちらに接近してきたが彼等が弓を射掛けると簡単に蹴散らされてしまった。特に後退しながら後ろ向きに矢を放つ玲二曰くパルティアン何とかの効果は絶大で、あっと言う間に半数を脱落させられた相手はすぐさま逃げ帰ってしまった。

 普通の弓でこれであり、昨日メイファに引き合わせ腕前を見せる時、イチイの弓と鋼鉄の矢を貸し与えられたセキロたちは馬を走らせながら鉄の鎧を簡単に貫いてみせたほどだ。これには俺を含めた全員が驚嘆し、イチイの弓は彼等に下賜された。初対面でのこの厚遇に彼等も驚愕して、これほどの扱いをしてくれたメイファへの忠誠を誓ったのだった。


 そして昼の大活躍により、先ほど行われた軍議にセキロとチョウヒは参加を命じられた。つまり完全な幹部の仲間入りである。それほどの実力と価値を彼らは俺達に見せつけたのだった。



「チョウヒの言うとおりだ。俺もまさかこんな場所で騎馬民族に出会えるとは思わなかったしな。本当はもっと北に居るはずだろ?」


「冬を越す為に結構移動するから実際はそうでもないけどな。そもそも俺達はもう少し違う事情だしな」


 昨日話しただろ、と言葉にせず視線を上げたセキロに玲二も頷いた。ここは東の中央付近で、彼等の活動区域はもっと北方である。彼等がここに流れ着いたのには色々と面倒な事情があるのだ。

 本人は語りたくない屈辱の記憶だが、メイファの配下に加わる時にその事を問われ、仕方無しに口にした。


 彼らは数年前に北方で起きた大飢饉の際、食い詰めて北から南下してきた。セキロは若輩ながら族長として同胞を喰わせる責任があったが、異民族の彼らは満足に働き口がなく、飢えと寒さに苦しんだという。彼は母や妹、歳の離れた甥などと共に何とか糊口を凌いできたが、ある日人買いの集団に寝込みを襲われてしまう。竜人、自由民、奴婢の区分けの中では異民族も奴婢にあたる。捕まえて売り飛ばすのは珍しい事ではなかった。同族の多くが囚われ、彼も何とか妹を助け出せたものの、母や弟同然の甥とは逸れてしまった。

 多くを失った彼は荒み、暴力に溺れた。優れた力を用いて馬賊として暴れまわる日々の中、同じく人買いに売られていた同胞を多く助け出し、勢力を増してゆく中、人買いの下働きであったチョウヒと出会う。

 セキロの並外れた実力を見抜いたチョウヒは彼に殺される寸前、お前の頭脳になってやると持ちかけた。面白い奴と興味を覚えた彼は無知ゆえに騙され続けた日々を思い出し、彼はチョウヒを相棒とし大きく成り上がる事を夢見て仕官先を探していたという。


 かつて馬賊であった経歴が問題視されたが、今の彼の勢力を見れば自らの家族を養う為であり、根は悪に染まっていないとメイファが判断した。騎馬民族にとって略奪は日常風景であることも手伝ったし、レン国の始祖もかつては盗賊の一味であったとメイファが爆弾発言をしたのでその場は収まった。



「今のメイファには宿将がいない。ソウジンはまだ動けるが現役を続ける齢じゃないし、金剛兄弟とお前達は役目が全く違う。上手く行けば相当の地位に食い込めるぜ」


「ああ。こんな好機はまたとない。死んだ気になって張り切るさ。俺と大して歳も変わらないはずなのにあれほどの女傑だ、すっかり呑まれちまったぜ。盆暗なら乗っ取る気もあったが、あれなら忠誠を誓うに足る存在だ」


「ですね。我等の力にすぐ気付いて取り込みました。今の幹部の層の薄さを見ると、危ない橋を渡るよりよほど実入りがありそうです。私は早速面倒事を押し付けられましたけどね」


 シアンから今夜の敵の出方の対策を求められたチョウヒは頭を悩ませているが、その顔は実に楽しそうだ。己の才覚を実戦で試せるのが嬉しくて仕方ないらしい。兵士一人の命を一個の駒として割り切れる非情さはまさしく軍師の才である。シアンがメイファの軍師をいつまで続けるかは不明だから、チョウヒの性格からして彼がメイファの軍で頭角を現すのは間違いないだろう。


「なあ、そこ怪我してないか? 赤くなってるぞ」


 玲二がセキロの二の腕を示すと、確かに外側に切り傷からの出血があった。今日の戦闘は遠距離から矢を射っていただけのはずであるが。


「ああ、これか。ここに来る前に他の馬賊とやりあってな。結構深く切られてまだ治ってないんだ。今日の戦いで傷が開いたんだろう。まあ気にすんなよ」


「いや、駄目だろ。お前が実力を十分に発揮してくれないとメイファが困る。傷を見せろ、よく効く薬がある」


 有無を言わせぬ口調で命じると、仕方ないとばかりにセキロは腕をまくってみせたが……酷い処置をしていた。医者ではない俺だってこれが手当てだとは思わない。ただ雑に縫ってあるだけだ。


「お前、これは治療じゃないぞ」


「怪我に詳しい奴なんていないんだ。しょうがないだろ、それに今までこれで何とかなってたからいいんだよ」


 確かに医者も医療技術もなけりゃそうするしかないんだろうが……傷口を見た玲二が青くなっている通り、壊死を起こしかけている。ここまでひどいと手持ちの通常ポーションじゃ治らないので仕方なく回復魔法を使うことにした。本当に特別だぞと何度も念押ししたが、このままでは腕を切除するほかない。こいつの才をこれで失うのは実に惜しいので本当に特別だ。


「何だこの光は……傷が治ってゆく。何のまじないだこれは!?」


 当然だが始めて見る回復魔法に驚愕するセキロに俺は天の奇跡だとでも思っておけと告げたが、隣のチョウヒが逼迫した声を上げた。


「セキロ。腕を見ろ! 傷跡が……」


 俺の回復魔法は我ながら一級品だ。難しいといわれる傷跡も綺麗に消せるので誰にも言えないが密かな自慢である。どうだ、感謝しろよ、と視線を向けた俺だが、当の二人は突如恐ろしさを覚えるほど真剣な顔になり、そのまま素早く土下座の態勢になった。

 おいおい、そこまで感謝されるほどのもんじゃ……


「このセキロ、生涯一度の頼みがある。これを聞いてくれるなら姫を裏切ってあんたの下に付く。俺の命をあんたに捧げる!」


「一字一句セキロと同じく! どうか、どうかお聞きどけいただきたい!! 私に出来ることなら何でもいたします!!」


 この二人は今日の功労者なので、周囲の目がある。そいつらが土下座してとんでもない事を口走るので周囲がざわついてしまった。お前等なんて事を言いやがる。状況考えろといいたくなるが、それがわからぬ彼等ではない。何か事情がありそうだ。


「大の男がみだりに頭を下げるもんじゃねぇ。特にセキロ、お前の頭はそこまで安くねえだろう。頭を上げて事情を聞かせろ。つうか、周り見ろって。洒落にならねえから」


 気の早い奴は武器を抜いている。メイファを裏切るとか抜かしているから解らんでもないが、それほどの覚悟でもあるのだろう。視界の端にメイファが近づいてくるのを見ながら俺はひたすらに頭を下げる二人に溜息をついた。



 二人に案内された先は、ゲル、騎馬民族が用いる簡易式天幕の一つだった。兵士達の寝泊りにつかうゲルも簡易でありながら十分な断熱と保温を持っており機能と構造を気に入ったシアンが資材を購入し、このように大々的に活用されている。俺もさっき入ってみたのだが、想像以上に暖かい。吹きっさらしの風が吹く草原の冬をやり過ごすためのものであるから、実に良いつくりをしていた。

 やって来たメイファとフェイリンを含めた俺達はそのうちの一つのゲルに近づくが、どうやらここはセキロたち騎馬民族が使うゲルのようである。


「ラン! ランはいるか!?」


「兄さん、このような夜更けにどうされたのです」


 ゲルの中は薄暗い。この中で焚き火は無謀だし蝋燭などは高価なので日が暮れたら寝るのが普通のことであるから驚きはないが、ゲルの中から年若い少女の声が聞こえた。そういえば彼には妹がいると聞いていたな。


「ランよ、我が最愛の妹よ。こちらへ来てほしい。良い話があるのだ」


「兄さん、チョウヒさんのほかにどなたかいらしているのですね? わたしはここでかまいません……」


 ゲルの奥から聞こえる少女の声は強い拒絶を伴っていた。一瞬怯んだセキロであるが、意を決して言葉を続けた。


「お前の苦しみを解き放ってやれるかもしれんのだ。どうか俺を信じてこちらへ来てほしい」


 セキロの言葉にもランと言う妹は頑なに動こうとはしなかった。だがセキロはその妹に怒るどころか、気落ちしてしまっている。


 <夜目>を持っている俺は別に暗闇でも気にならないので、セキロに断ってゲルの中に入れてもらうことにした。


「失礼するぞ。俺はセキロとチョウヒに頼まれて手を貸せと言われた者だ。二人が只ならぬ空気だったんで断るに断れなくてな。事情はある程度聞いた、力になれるかも知れない」


「お引取りを! 私のこの身は既に定めと思い、受け入れております」


「その割には顔さえ見せてくれないじゃないか。受け入れているとはとても思えない」


 ゲルは円形の天幕だが、そう広いわけではない。奥の暗がりとはいえ、数歩歩けばそこに一人の女性がいる事は解った。そして彼女は頭巾を被っている。

 顔を頑なに隠しているということは、大体想像つくけどな。


「妹は……俺が人買い共から妹を救い出す際、賊の刃が妹の顔を……俺の、俺のせいだ。俺がもっとしっかりしていればこんなことには……」


「セキロ。それは違うと何度も言ったはずだ。諸悪の根源は人買いどもであり、お前やセキランに何の非があるというのか!」


 言葉にならないセキロを強い調子てチョウヒが慰めているが、俺の目の前にいるセキランとやらも、静かに嗚咽を漏らしている。

 うーん、しみったれた空気は苦手なので、さっさと終わらせよう。


 俺は座るセキランの頭巾を外す。<夜目>スキルによって暗闇の中でも明瞭な視界を得た俺はセキランの美しい顔に痛々しい刀傷がその鼻梁から頬にかけて走っているのを見た。この傷がなければ大層美しい少女として評判になっていただろう。


「あの事件があってから、妹は人目を避けるようになってしまった。あの誰よりも明るく活発なランは居なくなってしまった。ユウキ殿、どうか、どうかお頼み申します」


「ユウキさんと仰るのですね。私には星詠みとしての力があります。最早この傷では嫁に行く事もかないませんが、皆の助けとなる事は出来ます。どうか私の事は放っておいて……この暖かい光は!?」


「ラン!」


「落ち着け。古い傷だから治す時にちょっと時間がかかっただけだ。ほら、もう終わったぞ」


 痛々しい傷だが、イリシャのものに比べれば規模としては大したことなかった。すぐに治して、これでただの美少女の出来上がりである。


「えっ。治す、とは? それにもう終わった?」


「灯りを出す。いきなり明るくなるから目を閉じていろ」


 俺は<光源>と<アイテムボックス>から手鏡を取り出すとおっかなびっくり目を開けるセキランの前に鏡を出して確認させてやる。


「う、嘘、嘘ですこんな! これは夢? 都合の良い夢を私は見ているの? 星詠みでもこんな事は視えなかったのに……」


「嘘だと思うなら顔を触ってみて傷がない事を確かめるといい。だがこれほどの美人だ、これで明日からは世の男共からの求愛を受けることになるだろうがな」


「ああ、これが夢ならどうか醒めないで」


「ラン! ああ、傷が! 傷が消えている! ユウキ殿、いえユウキ様。本当に、本当に感謝します!」


「ユウキ様、私からも最大の感謝を。セキランの心からの笑顔を見る事はもう出来ないと諦めておりました。このご恩は命に代えても必ずや」


 男泣きに泣くセキロと地に頭をこすりつけるチョウヒだが、男二人の忠誠を俺が貰っても仕方ない。


「別にいい。だが、こんな都合のいい奇跡はそう簡単に起きない。それは解っているな?」


 この事を吹聴するなと言い含めると、命に賭けて守ると約束してくれた。この二人の性格からして容易く漏れることはないと信じたい。


「兄さん、これは夢なの? 弱い私の心が幻影を見せているのね? だって、そうでしょう? こんなこと、こんなことって!」


「ラン! 良かった、本当に良かった! 俺は、俺はもう……」


「兄さん……チョウヒさんも、こんな私を何度も励まして下さって……」


「お前の心映えはこの大地の誰よりも美しい。あの傷があったからこそ、お前は人が持つ本当の優しさを多く持ち得たのだ。傷があろうがなかろうが、お前の美しさに翳りはないと何度も言い続けてきたが……本当に良かった」


 既に邪魔者の俺は玲二やメイファ達の下に戻っていたが、チョウヒの思わぬ言葉に女性陣が大いに興味を示している。ああ、チョウヒはそうなのか。恋の話で女が盛り上がるのは古今東西変わらないようだ。



「待ってくれ!」


 さて、これ以上邪魔しては悪いしと立ち去りかけた俺達だが、それに気付いたセキロとチョウヒがこちらに駆け込んできて俺達に平伏した。


「今回の件はなんと礼を申し上げてよいか……ユウキ様には感謝の言葉もありません」


「今の我らは一介の騎兵に過ぎず、持ち足る財貨もなく、この大恩に報いる術を持ち得ませぬ。しかし、必ずや貴方様の御力になると命をかけて誓います」


 いやいや、俺に忠を誓ってどうする。俺はメイファが領都を手にしたらここを去る予定なのだ。ここで成り上がる予定のこの二人と俺の道は交わることはない。だが言い出したら聞かなそうなので、こうする他なかった。


「二人が俺に何かを返したいと願うなら、それをメイファに向けるといい。彼女に絶対の忠誠を誓い、その命続くまで彼女の覇道を助けろ。それを以って俺への礼としておくさ」


 額を割らんばかりに地に頭を付けた二人は、俺達が去るまでその姿勢を崩す事は決してなかった。



「ここはありがとう、と礼を述べるべきかな?」


「ま、知っての通りあいつらは滅茶苦茶使える。連中もそれを自分で解っているからいずれ全てを手に入れようと思うかもしれない。その時はこの一言が意味を持ってくるだろ」


「簒奪されるなら、それもまだ定めというものだ。己より有能な者が玉座に着くなら笑ってその座を明け渡してやるまで」


 そう笑うメイファは商都でも似たような事を言っていた。近くでメイファを見てきた俺としては彼女が天帝の血を受け継ぐ王女であることに異論はないが、メイファが本物かどうか疑いの目を持つ者もいた。

 だがそんな連中にメイファは笑いながら言い放ったのだ。


「私が偽物であると言うならそれで良い。むしろ他の誰かが正統を名乗るなら、喜んで譲ってやろう。まったく、誰が好き好んでこんな面倒な地位を望むものか。神輿に担がれ、利用価値がなくなれば捨てられ、悪ければ命まで狙われる。本当にこんな厄介、誰かが代わってくれるなら代わってほしいものだ」


 あくまで天帝の血ではなく、メイファと言う一人の少女の純粋な力のみで東部を手に入れるという宣言だった。


 これまで正統の血筋のみに拘る偽者を多く見てきた商都の有力者達は、そう明け透けに言い放ったメイファに逆に本物だという確信を抱いたそうだ。たしかに、名を騙るだけの偽者に帝室の重責など理解できるはずがない。実際に天帝の血を引いているからこそ喜んで捨てると口にできるのだ。




「むしろあのセキランとか言う少女を侍女として召抱えるのもいいな。セキロとしても安全な場所に妹を預けられるし、政治的にも解りやすい表明になる。それに星詠みだっけ? 手元においておくと面白そうじゃないか」


「ああ、実は私も似たような事を考えていた。後でソウテツに相談してみる。それはそうと、今日はあの魔導具を出してくれるのだろうな? 商都の宿は悪くはないが、やはりあの魔導具の館には遠く及ばぬ」


「あれって防犯的にも優れてるよな。出入り口一つだけだからテントの前に一人置いておけばセキュリティとしては完璧だし」



 俺達は明日にも領都に着く事など全く気にせずに今日の移動を終えたのだった。


 どうやら小規模の敵が一度夜襲を仕掛けるべく近くまで寄ってきていたようだが、こちらが野営地の周囲に逆茂木などの簡単な罠を設置したら戦うことなく撤退したらしい。視界の利かない夜に罠を食らえばただ一方的に損害を出すだけである。

 腐っているといわれる東部天軍も、部隊長あたりは現場叩き上げが多くて優秀な者も一定数いるようである。駄目なのは頭だけであるようだ。




 そして翌日の昼ごろ、俺達は遂に領都シンタオを視界に収める距離まで行軍できたのだが、ここで先行していた騎馬民族の斥候からもたらされた報告を聞いて主だった幹部が勢揃いしていた。


「おお、来てくれたかユウキ。話は聞いたか?」


「ああ、妙な事になっているそうだな」


 軍議で最奥に居るメイファが俺を見て声をかけてきた。その顔は厳しいものになっているが、俺も<マップ>で掴んだ事実を知っているので彼女のその表情の理由も理解できる。


「シアン、どう思う?」


 同じく難しい顔をしているシアンに話を向けると、彼女はどこか突き放したかのような口調で話し始めた。


「その可能性はあるとは思っとった。けど、これまでの相手の行動を考えるに、そこまで馬鹿じゃないと踏んどったんや。読みが外れた事は謝罪するけど、ここまで愚かだとは思わへんわ」


 シアンは領都のほうを向き、憎々しげに吐き捨てた。


「まず間違いなく領都内の奴婢や自由民を無理矢理駆り立てて急造の兵士にしたんや。でなければ守備兵が4000しかいない領都で一万を越える軍勢を用意できるはずがないんやから」





楽しんで頂ければ幸いです。


この東部レン朝編は区切りもいいし年内には終了したいものです。


ちなみに作中に出たチョウヒ君はセキロと出会った頃は全てを利用し、どんな手を使ってでも成り上がるつもりでしたが、セキランと出会って全てがどうでも良くなった人物です。



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