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彼女の道 8 新大陸

お待たせしております。



 新大陸はデカい。それはもうとてつもなくデカい。新大陸関係でよく聞く話ではあるのだが、俺はそれを嫌というほど味わっている最中だ。


 何しろメイファが手にいれようとしている東部だけでもランヌ王国はおろか周辺国まですっぽり入ってもまだ余裕がある。そしてそれはあの大樹海を除いているというのだから堪らない。


 目の前にいるラナやラコン達の住む獣王国は新大陸の3分の1を占める大国であるが、それはあくまで人類領域の中での話である。


 新大陸は人類未踏の地ばかりで、いったいどれ程の大きさなのか、把握している者等いないという。

 それゆえ数多の冒険者を惹き付け、毎日のように新たな発見がもたらされているそうだ。目の前に居るクロイス卿も新大陸で大きく名を上げた冒険者の一人だが、それでも全体像の把握は全く出来ないほど広大で様々な要害があるという。


 海のような巨大な湖、底が全く見通せない深遠な峡谷、見渡す限りの大湿地、迷いこんだら二度と出てこれない大森林など俺の冒険心に火を付ける人を寄せ付けぬ難所が人々の領域拡大を阻んでいると聞く。




「ええっ! 新大陸にいるって、本当ですか!?」


「マジか!? あそこが未踏の地の”大陸深部”だってのか!? 報告すれば歴史的大偉業だぞ!?」


 深部ってほど深くはなさそうである。俺がいる場所はレン国の東部地方だし、更にその奥には様々な国があると聞いている。それに報告といっても証拠がない。運よく帰還したとしても二度と行けないような場所では証明にならない。幾らでも嘘がつけるような話では誰も認めやしないだろう。証明の為に恐らく証人と共にもう一度行かされるのではないかと思う。



「ラコンのさっきの言葉で確信に変わりましたよ。今居る国がかつてその国と交易していたようだ。海のない国なんだろ?」


「伝説ではそう聞いてます。ああ、だから同じ大陸という判断なんですね」


 聡明なラコンが自分で納得してくれたが、もし海洋交易なら他の大陸も十分に有り得たが、内陸国ならほぼ陸路、つまり同じ大陸である可能性は高いだろう。

 だが、しかし…………



「獣王国から見て西の国なんだっけ?」


「はい。というか、我が国は大陸の東端にあたるので他の国は全部西ですけどね」


「だから獣王国は新大陸の玄関口の扱いなのさ。冒険者はほぼ間違いなくそこから新大陸に入って行く事になる。でも、そうかぁ、西かぁ」


 クロイス卿の溜息は俺と同じ考えに至ったのだろう。


 もし今俺達の居るレン国が獣王国から見て遥かな西にあるとしよう。そうなると途中にとある障害物が聳え立っているのだ。


 あのとんでもない大山脈の向こう側なんてことは……ない。あるはずがない、あってたまるか。


 俺は自分に言い聞かせるように断言した。ただよくよく考えればあの山頂が見えないほどの神々の霊峰が大地を分かっている可能性は高い。魔力が異常なほど少ないのもあの山脈が全てを分断しているからと言われれば納得できる。できてしまう。


「ええ? あれを越えるんですか?」


 ここにいる皆にもレイアが描写したあの天を分かつような山脈を見せているのでラコンが信じられないものを見るような目でこちらを見てくるが、それはこちらも御免被る。天気の良い日でさえ山頂がかすんで見えないほどの大山脈を越える? これから冬になろうと言う時期に? 冗談じゃないぜ。


「もし本当に獣王国が今の場所から東にあるなら何とか他の方法を探すつもりだ。流石にあれを登山するのは勘弁だからな」


 俺の言葉に皆は同意を示す視線をくれた。魔力で幾らでも身体強化できるこちら側と違い、神気を使ってもその回復が間に合わず魔力切れになるだろう。あの絶壁を越えるのはちょっとナシで考えよう、と言うか絶対に嫌だ。


「あの場所が解れば海路で帰ろうとと考えてたんだが、その様子じゃ新大陸の周辺の航路事情は期待できそうにないですね」


 世界は海でつながっている。いくら超巨大大陸とはいえ海上航路があれば現在位置の把握位はできると思っていた。南部には海に面しているらしいし東部のド辺境じゃ無理でも、商都くらいの大都市なら情報のひとつもあっていいと考えていたが……交流が盛んな獣王国側でも一切の情報がないとなると期待薄だろうか。


「はい、僕は詳しくないんですが、新大陸の周辺海域は危険が一杯らしいです」


 頷くラコンにクロイス卿が補足してくれた。


「新大陸の全貌を明らかにしようとこれまで多くの船団が組織され、全てが失敗したそうだ。生き残った連中の話では、大型水棲生物の溜まり場だったとか、謎の霧が何日も消えないとか、方向感覚が狂わされるとか、まあ色々だ。さっき言った通り、獣王国周辺が唯一穏やかな海域で交易可能なただひとつの玄関口って訳なのさ」


「そうだろうなと思いましたよ。でもかつては何らかの方法で交易してたらしいですし、それを探すとしますよ。交易品担いであの馬鹿げた山脈を越えたとは思えませんし」


「あれは人の力で越えられるとは思えません。絵から見ただけでも明らかな神意を感じますし」


 イリシャの件で大変御世話になった巫女のラナがそう付け加えると、誰もがあの山はないわと口を揃えた。なにしろ今朝も、空が澄んでいれば商都からでも普通に眺める事ができる大きさなのだ。

 正直俺も仲間達から交易の事実を聞かされたとき、あの山の向こうかも、と思ったのは事実だ。しかし俺の理性があの山を越える事を拒絶したし、今も何とか他の方法で帰還しようと検討中である。

 そもそも最初にあっち側に飛ばされた際、忌避して意識的に山脈の反対側に向かおうと考えた節がある。あの山を越えようと思う選択肢を始めから絶っていたし、俺の仲間もあれはないな、と口を揃えたほどである。とまあ現実逃避したくなるほどの大山脈なのだ。



「とーちゃん!!」


 横から重い衝撃が襲ってくるが、それを予期していた俺は突撃してくるシャオをそのまま抱き上げた。続いて先ほどまで一緒に公爵邸の温室で綺麗な色の蝶を追い掛け回していたキャロも飛び込んでくる。


「わーい!」


 小さいキャロは”ぽすっ”とした感触だが、幼女とはいえここでの豊かな生活でそれなりに目方が増えた我が娘は遠慮なく突撃してくるのでなかなか大変だ。何度もやめるように言ったのだが、まるで改める気配はない。

 それでもこの突撃を行うのは俺と仲間達だけで、逆に言えば絶対に受け止めてくれるという信頼の現れである。娘にあまり構ってやれない父親としては受け止めてやりたいところだ。


「キャロ! 危ないからやめなさいって何度も言ってるだろ」


「そうだぞシャオ。キャロが真似して怪我でもしたら可愛そうだろ。外では止めなさい」


「うん。わかった!」


 いわゆる返事だけは一人前、という全く解っていなさそうな満面の笑顔で頷いたシャオはそのまま俺の胸に顔を埋めた。先ほどまで走り回っていたので汗ばむ娘からは日向のような匂いがして、俺の心がたとえようのない安心感に包まれる。妹とこの子の望むことなら何だってしてやりたくなる気持ちになるから不思議なものだ。



 そのときユウナから<念話>が入った。メイファとフェイリンがひとまず満足したらしい。ダンジョンの転移門の鍵は俺でないと開かないので迎えに行く必要がある。


「とりあえず今の件も後数日で片付くので、その後は帰還に向けて行動します。あそこが本当に新大陸であれば向こうでラコンたちと合流するのも手ですね。出航は年明けでしたっけ?」


「ああ、今やアードラーは国の大英雄だ。公爵家だけでなく、このランヌ王国全体の話になっちまってな。王家所有の御料船を出してくださることになった。本当なら時期的に向かい風が強くてこちら側から向かうのには適してないんだが、なんと風属性の魔法使いを何人も準備して下さるそうだ」


 当の本人はパーティー周りに嫌気が差して今は部下と共に王都のダンジョンで憂さ晴らし中だという。凶悪な罠である最終ボスさえ事前の情報を得ていれば彼等の実力なら問題ないだろう。


「えっ。ユウキさん、一緒に来てくれないんですか?」


 不安そうなラコンの顔には船旅への恐怖が見て取れる。彼にとっての初航海が密航で船室の隅っこに何日も隠れていたようだからな。


「出航までに帰れれば一緒に行くけどさ、時期的に向こうで待ってても同じだろ」


「それはそうですけど……」


「ラコン、安心しろよ。最高の特等客室で優雅な船旅だぞ。それに風魔法で昼夜問わず爆走だ。なにせ王家のメンツもかかってる。安全に数日で新大陸に着いてるさ」


 本当は俺も付いて行ってやりたいんだけどな、とこぼすクロイス卿だが、彼には大仕事が待っている。俺が新大陸から戻って、30層のカラクリを解き明かしたら彼の手伝いをしてやろうと思う。


 遊び疲れて半分眠っているシャオをつれて公爵邸を去り、ウィスカのダンジョンに向かう。こっちに着いてすぐギルドの面々とセラ先生には顔を出している。色々といわれたが、特筆すべきような事はなかった。せいぜいが例の弱い魔力の薬草をもっと持ってくるように言われたくらいで、こちらは既にシアンを通じて萬人組合に依頼済みだ。こちらのポーション一本と弱い薬草10束と交換するらしいので、価格で言えば完全に逆転しているが、幼児や老人に効くポーションはこっちでは作れないからそれくらいの価値はある。



 シャオを抱いたままダンジョン内でメイファ達と合流した。好きなだけ暴れて多少は溜飲が下がったのが、今朝の顔より大分精気と覇気が戻っていた。人間(竜人だが)適度の息抜きが大事って事だな。


「よう、大分発散できたようだな。顔に元気が戻ってきたぞ」


「心配をかけたようだが、すっかり元通りだ。この宝珠とやらは本当に面白いな。私のような才無き者でも魔力溢れる世界ではこのように飛び道具を操れるとは」


 最近見なかった笑顔が戻ってきたメイファに俺も一安心だが、それ以上にはしゃいでいたのがフェイリンである。


「ユウキ殿! こちら側は素晴らしいですね! このように魔力が潤沢であれば神気が長時間使えます。敵をバタバタとなぎ倒すのはこの上なく楽しいです!」


 俺達と出会った事は当然ながらメイファの話すこちら側の世界の存在を疑っていた彼女だが、この顔を見れば楽しんでもらえたようである。実際はユウナが各種の守りの魔法をかけていたそうなので、実際以上に楽勝だったはずだが、これは鍛錬ではなく娯楽だ。

 幾らでも湧いてくる醜悪なダンジョンモンスターを幾らでも安全に薙ぎ倒せるというのはこの上なく楽しい遊びであり、メイファとフェイリンは存分に楽しんでもらえたようだ。



 竜人の特徴である側頭部の角も帽子で隠してしまえば誰もが振り向く美人二人だ。俺が完全に見劣りしてしまい、周囲から付き人のように思われているであろうが、最早それは諦めている。あっち側でも人間である事も手伝ってそう思われていたし、メイファは怒ってくれたが面倒を嫌がって俺もそれで通しているからあまり気にしていない。


 つれてきた最後の一人、リシュウ老師の孫娘にして侍女のシュンメイは王都の”美の館”で感涙に咽びながらか如月特製の甘味を今も味わっていると如月本人から<念話>で連絡を受けているのでそちらに向かう。女性陣二人はあっちに戻るまでこのまま”えすて”を楽しむと聞いているから、その前にやっておく事がある。


「メイファ様!! あ、これは、じ、自分だけ申し訳ありません!」


 至福の表情でチョコ菓子を頬張っていたシュンメイだが、主人の姿を見て慌ててこちらけ駆け寄ってきた。


「なに、戻るまではお前も休みだ。私に気を遣うことはない。して、それは何だ。随分と美味しそうではないか」


「はい。ちょこれーとけーきというらしいです。あちらの方が出してくれたのですが、もうほっぺたが落ちるほど美味しくて美味しくて。夢のようです」


 シュンメイが手で指し示した先には如月と、イリシャがいた。妹よ、君は神殿はいいのかい?


「今は瞑想の時間、誰も入って来れないから大丈夫」


 シュンメイの”ちょこれーとけーき”の言葉で意識を覚醒させた食い意地の張る我が娘がイリシャの手で俺から移されると、早速如月へ突撃している。ちなみに背の高い如月には肩車を望むことが多いようだ。くそう、ライルの体よ、成長期はまだか。肉か? 肉が足らんのか?


「いや、これ以上背は伸びないんじゃないの? あの家も皆身長そこまで大きくなかったし」


 ふわりと俺の肩に乗ったリリィが俺の心に突き刺さる現実を叩き込んでくる。久方振りの相棒、というわけでもない。俺達は繋がっているので距離が離れていても互いに大体何しているか解るし、言葉を用いなくても意思疎通が出来る。薄い魔力の関係で向こう側には来れないが、俺達がどう言う状況がは説明しなくてもリリィは解っていた。


「希望を捨てては駄目だ。玲二達も睡眠や食事に気を遣えば背は伸びると言っていたし俺は諦めんぞ。シャオから肩車をせがまれる男になってやる」


「あっそう」


 相棒はつれない返事と共に指定席の懐へ入った。最近ではあまりなかったことなのでちょっと新鮮である。



「シアンさんも来れば良かったのに。勿体無いなぁ、4人でもあの輪っかに何とか入れたでしょう」


「シアンはそれだけ今回に賭けているのだ。知っているだろう? あの本好きが事が成るまではと本断ちまでして臨んでいるのだ。彼女の決意を尊重してやりたい。土産を存分に用意すれば構わんだろう」


 そう言ってこちらをチラ見してくるメイファに頷いた俺は、さっさとやるべき事を済ませてしまおう。


「さて、ユウナ。二人が手に入れたものを出してくれ」


「はい。こちらになります」


 俺は甘味を楽しんでいる三人に向かってユウナに命じると、彼女は<アイテムボックス>から大量のドロップアイテムを近くの卓の上に取り出した。俺のスキル効果をユウナが<共有>しているおかげで敵から多くのアイテムを手に入れていたのだ。


「なんと! このような数になっていたとは! 落とすそばからユウナ殿が回収して下さったので良く見ていなかったが、こんなにも溜まっていたのか!」


「君達が手に入れたものだから、二人が所有権を持ってる。渡しておくぞ」


「いやいや、何を言うか。元々我らは気晴らしで行ったこと。ユウキやユウナ殿の懐に収めてほしい」


「主の言うとおりです。このような大金の元を受け取るわけには参りません」


 とまあ、二人ならそういうと思っていたので、それならばと別の方法で金額分を補填することにした。


「じゃあ、相応額の魔導具や魔法の武具を渡しておくか。ユウナ、総額としては幾らだった?」


「はい。金貨にして324枚となります。なお魔石を含めるともう248枚分加算されます」


 棒金とこちらの金貨では棒金のほうが金の含有量が多い。大体5割り増しとみていいので、約棒金380本と告げると三人は絶句している。


「な、なるほ……ユウキの金銭感覚がおかしいと前々から思っていたが、あれほどの短時間でこうも稼いではそうもなるか」


「棒金380本……二刻も経っていないのに……日々の鍛錬時間以下で棒金380本……」


 二人が驚いて話が進まないので、こっちが先に話を続ける事にする。


「メイファは昨夜の件を踏まえて指輪型の魔導具を追加で用意したし、フェイリンは……その槍は家宝だったよな?」


「はい、先祖代々受け継がれてきたものです。銘は”遠雷”といいます」


 充分な業物であるし、このより良い魔法の槍を使えとは言いづらい空気なので別の方向から攻めることにした。


「君にはこの魔法の篭手を使うといい。布と革製だが、本人の魔力を感知して鋼鐵よりも硬くなるし必要に応じて幅広に変形する。盾代わりとしても使えるはずだ」


 フェイリンが実際に使ってみると、こちらでいうカイト・シールド(凧状の盾)ほどの大きさになった。おお、俺は<鑑定>で見ただけで実際には使っていなかったが、これなら護衛対象のメイファまで入りきるだろう。一応このダンジョンの27層で出たお宝なので()()は良い筈だ。


「こ、こんな素晴らしい武具をいただくわけには……」


「金額でいえばこっちの方が得しているから気にするな。護衛は自分の身を盾にしないといけないが、前に与えた符と併せて自分の身も大事にしてやれよ」


「ユ、ユウキ殿。感謝致す」


 メイファは護りの魔導具をシュンメイに渡したようで、3人から強い感謝を受けたが、これでも俺のほうに入ってくる金貨のほうが圧倒的に多いのだ。これくらいはして当然である。

 結局、魔石のいくつかと11層の敵であるコブリンアーチャーのドロップアイテムである鋼鉄の矢とイチイの弓は彼女が持つ事になった。鋼鉄製の矢は何処でも重宝するだろうし、名弓であるイチイの弓は功績を上げた部下への褒美に適しているとのことだ。

 後はひとつずつマナポーションを欲したくらいだ。魔法がほぼ使えない世界でもマナポーションがあれば神気の持続時間の向上に繋がる。マナポーションのあまりの不味さに一瓶だけで充分だと口を揃えたのは少し笑ってしまった。口直しはそこの甘味ですると良いさ。



「さて、君たちが”えすて”を堪能したら戻るとしようか。皆も首を長くして君の帰還を待っているだろうしな」


「わ、我が主よ、そのえすてとやらは御身に危険が及ばないのでしょうか? 私は護衛として……」


「この世界で誰が私を知るというのか。ほら、フェイリンもシュンメイも硬くなるな。髪と肌を磨いてシャン夫人を悔しがらせてやろうではないか」


 シャン夫人とはリュウコウの奥方の名で、メイファと侍女とシュンメイの教育係も同時に行っている。今朝から元暗殺者のカリファも加わっているので、彼女はそちらの対応をしているはずだ。


「しかし、我等を待つ間、君は暇ではないのか? どうだ、私達と共にえすてを受けてみるか? あれは天上の悦楽だぞ」


 ”えすて”へ向かう3人を見送っていた俺はメイファからそのような提案を受ける。玲二や如月も受けたと言っていたし、なかなか面白かったそうだが、俺にはこれから大事な使命があるので同行は不可能だ。


「これから予定があるんだ。またあとでな」


 何しろ俺はこれからアルザスに向かい、最近仲間外れにされてばかりですっかりご機嫌斜めのソフィアの相手をするという大事な仕事があるのだ。

 

 どうして私だけそちらに行ってはいけないのかと憤慨していたソフィアなので、これから大仕事の気配を感じる。ダンジョンボス攻略よりもはるかに難易度の高い任務を控え、俺は覚悟を決めてアルザスの屋敷に転移するのだった。




「兄様、兄様。もう行かれてしまうのですか?」


 最初は拗ねていたソフィアを膝の上に乗せてあやす事一刻ほど、何とか機嫌を直してくれたソフィアだが、今度は俺があちら側に戻ることを何とか阻止しようと俺を離すまいと首に手を回している。


「ああ。あちらでやるべき事を終わらせないとな。それが結果として早くこちらへ戻ることになる」


 甘えてくるソフィアをそう宥めるが、彼女も一国の王女の身だ。我儘をいってもどうにもならない事はあると知っている。名残惜しそうに俺の膝から降りると、そのまま頬に唇を当ててきた。


「一日も早いお戻りをお待ちしています。寂しいですけれど、兄様の第一の妹として相応しい行動を取らないとイリシャやシャオにお姉さんであると言えませんから」


「なるべく早く戻るつもりだ。()()はもう充分に楽しんだからな」



 寂しそうに微笑むソフィアの頬を撫でると、輝くような肌をしている三人の元へ行く。


「あ、ユウキさん。凄い、凄いですよ! 見てください、この殿下の艶やかな髪といったらもう! 皆さんから手順は教わってきたので、これから毎日殿下の御髪を御手入れさせていただきます!」


 必要な道具も受け取ってきました、と自信に溢れた顔で告げるシュンメイとは対照的にフェイリンは呆然としている。


「鍛錬に明け暮れ、潤いなどと縁のなかった私の肌が、こんなに変わるとは……世の女性が虜になると仰った我が主の言葉は正しかったのですね」


「それもこれも雪音殿の御力の賜物だ。皆、彼女に礼を言うのだぞ」


 学院から戻った雪音もこの場に居る。逆に玲二は向こう側に居るので、彼に転移環を準備してもらう手筈は整っている。後は戻るだけだ。


「ユウキさんのお仲間であるなら、私にとっても大切な仲間ですから。当然の事をしたまでです」


「今日は私の不手際によりユウキや皆様に多大な御世話をかけた。この場を借りて謝罪と御礼申し上げる。先ごろの大恩も満足にお返しできぬ中、更に温情を頂き、まこと感謝に耐えません」


 一同を代表してメイファが俺の仲間たちに頭を下げるが、それに対する雪音の対応は素っ気無いものだった。


「お気になさらず。ユウキさんが貴方の為に動いていると言う事実があれば、私たちが力を貸す全ての理由になります。ユウキさんにまとめて返してもらいますので、皆様は本当にお気になさらないで下さい」


 ええっと、何か俺に重いものを約束されられた気分だが、雪音が何かして欲しいと口にするのはとても貴重だ。俺に出来る事はなんでもするつもりである。


 そうしてただのメイファでいられた最後の休日はこうして終わりを告げた。後は変装の魔導具を渡してあるので、護衛のフェイリンでも誘ってお忍びで気晴らしするように。

 メイファが自分から言い出すとは思えないので、フェイリンやシュンメイがから言い出すようにといい含めておいた。




「お帰りなさいませ、お嬢様。そのお顔を拝見する限り、良い時を過ごされましたようで何よりでございます」


「ソウテツか。今回は面倒を掛けたな。何か変わった事は起きたか?」


 帰還した俺達を家宰のソウテツが出迎えた。家宰はもし主が不在の際には彼が判断を下せる権限を持っている。実質的な代行としてメイファの名代を勤めていたはずだが、特に報告すべき事は無かったようだ。

 メイファへの面会を求める者、俺達の手勢が少ないと知って仕官を求める腕自慢は大挙してこの宿に押し寄せていたが、彼女が事を為すまではとすべて断っているそうだ。



 唯一の例外として玲二が面白い人材を見つけてきたという。


「ユウキユウキ、待ってたぜ。ちょっと見てほしい奴等が居るんだよ」


「玲二がこんなに乗り気なのは珍しいな」


 是非とも会ってみてくれと本当に珍しく俺に言ってくるので、興味を引かれた俺はメイファ達と別れて宿の裏口から外に出た。正面入り口は面会や士官を求める連中で埋め尽くされており、まともな通行は不可能らしい。誰とも会わないと宣言しているものの、僅かな望みをかけて周辺に留まっている者の多いこと多いこと。無頼の輩と大差ない連中も多く、憤慨したソウジンの手で叩きのめされた者もいるという。



 玲二が案内する先は町の外れに向かっているようだ。次第に建物はすくなくなり、代わりに天幕がおおくなってゆく。ここは商隊や何やらが集まる区画のようだ。


「あ、いたいた。おーい、話の通じる奴を連れて来たぞ!」


 玲二がとある集団に向けて叫んだ。十数人の集まりのようだが、その内の二人がこちらへやって来た。


「あ、あんたがレン国の姫の関係者なのか? 髪の色といい、ここの奴じゃないようだか」


 俺に向けて口を開いたのは二人の内の一人、背が高くがっしりとした体つきのまだ若い男だった。少年と言い替えてもいい、俺や玲二達と幾つも変わらない気がする。


「それはお互い様だろう? お前の風俗もここらじゃ見ない」


<玲二! でかした!>


<だろ? こいつら他の連中と一緒に士官の口を探して宿の前にいたんだけど、他の奴等と折り合いが悪かったみたいでイジメにあってたんだよ。それを見た俺が割って入ったんだが、こいつら間違いなくアレだよな?>


 俺は<念話>で大殊勲をあげた玲二を褒め称えた。こいつらはメイファに必要不可欠な連中だ。なんとしても配下に加えたい。今回は作戦の性質上、出番はほぼないだろうし居なくても何とかなるが、居れば絶対に便利である。これからを考えると今のうちに囲っておく価値は充分にある。他人に取られるならこっちの手元においておきたい。


「その格好、お前等どこからやって来たんだ?」


 俺の質問に答えたのはもう一人、こちらは齢は同じ位だが線の細い少年だった。


「北から食い詰めてやって来た。俺達を使いこなせるような主君を探している。今のところ盆暗しかみていないが」


 どこか拗ねたような口調の男だが、その眼は彼の知性を表している。この二人といい、奥の8人といい、よくぞこれほどの逸材を見つけてくれたもんだ。


「お前等異民族って奴か。ああ、悪い意味で聞いたんじゃない、その格好は民族の伝統なのか?」


 彼等が通常のボロではあるがの上に毛皮をなめした肩掛けのようなものを身に纏っており、とても目立つ。その格好は俺の想像するとある民族とよく似ているのだった。


「ああ。俺達は風と草原の大地からやって来た。馬の扱いならこの中原のどんな奴よりも負けやしない。俺の仲間たちの全員が馬術の達人だ。生まれたときから馬に乗っている奴等ばかりだからな」


「俺達はこの地の民からトウコと呼ばれている。蔑称さ、昔は自らを風の民と呼んでいたそうだが。それで、俺達をこの国の姫に紹介してくれると聞いて待ってたんだが」


 自分達の価値を理解しているんだろう、挑むような視線を見せてくる細身の男とは対照的に、集団の頭領であるらしい大柄な男は相方の態度にハラハラしている。


<なあ、ユウキ。こいつら使えるよな?>


<もちろん。今すぐは無理でも、近い将来絶対に大成する。手放すなんてありえない>


<だよな。中華でこいつらが脅威にならなかったことなんて一度もなかったらしいし。それが向こうから寄ってきたんだ。配下に加えるべきだろ>



「もちろん即採用だ。全員今すぐ俺の後について来い。姫の都合がどれだけ悪くても必ず会わせるから心配するな」


 そう断言する俺に向こうの二人の方が面食らっているが、俺は考えを変える気はない。



 その後、宿に戻った俺はメイファを呼んで彼等にに引き合わせ、すべての幹部の承認を経てこの集団を加える事を決定した。


 大柄な男はその名をセキロといい、北方の異民族でとある一族の族長の地位にあったこと、もう一人はこちらの出身だが、セキロと組んで色んな謀を成功させてきたチョウヒと呼ばれる参謀だった。


 こうして俺達は中華圏における真の最強戦力、遊牧騎馬民族を配下に加える事に成功し、意気揚々と領都シンタオに向かって進軍するのだった。




楽しんで頂ければ幸いです。


申し訳ない。水曜のつもりが一週間かかってしまいました。

年末の関係で時間が取れず、申し訳ないです。


仕事はこれで一段落なので次は本当に水曜日目当てで頑張ります。


内容としてはチート民族を手に入れて領都に突っ込みます。間もなく世直し編はこれで終幕に向かう予定です。


実際の年末は逆に時間が取れそうなので、ストック作りたいです(フラグ)。

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