彼女の道 7 刺客
お待たせしております。
符術というのはやはり俺の知る魔法技術とは全く異なる系統のようだ。
魔導具がその殆どが魔石を、或いは魔力を帯びた何かを利用しているが、符はそれ自体で事を為しているように見える。
魔法学院のセリシア講師にここで手に入れた符を送って調べてもらっているが、ろくな進展はない。というより、符と言う全く新しい技術の構造解析に寝食を忘れて夢中になり、俺への授業をすっぽかすほどのめりこんでいるそうだが、まだ表面的な研究に留まり、詳しい事は手をつけていないそうだ。この商都でもう数枚手に入れれば壊すのを覚悟で調べられると思うが。
俺の言葉に驚いた皆が箱に群がるが、それを一喝して止めるものがいた。
「待てぃ! 不用意に触れるでない! いたずらに触れば符の効果が切れるやもしれぬぞ。伝説の”龍燐箱”は富と破滅を同時にもたらすというからな」
箱に触れそうになっていたシアンが慌てて手を引っ込めるが、それでも他に何が出来るわけでもない。
俺としても符が何らかの力をもたらしていると思うが、原理を理解したわけでもない。今は使えても明日は効果切れです、何て事も十分あり得る。なにしろ開かずの大金庫に数百年も眠っていた品だ。それとこの箱も空であったわけではない。中には大量の木管が入っていた。中身は今あちらにいる俺の仲間達が検分中であるが、その中で興味深い事実が解ってきた。
それはさておき、この箱であるが……誰も符という専門家ではないので、使えるならいいか、という反応に落ち着いた。
今はそれどころではない大博打の最中であるし、この商都には居るという符術師を呼びつけて話を聞くほどの事ではないとの意見でまとまった。
とりあえず物は沢山入るぞ、と俺が今まで出したお宝をしまってゆくと、明らかに箱の容量以上の物が入る事を皆が理解した。
「おお、あれほどの品がすべて入ってしまうとは! 商人どもがこれを知れば目の色を変えるでしょうな」
「我等、それは戦人も同様だがな。これがあれば小荷駄が不要となる。足の遅い小荷駄がどれ程行軍の妨げになったか」
ラカンが感に堪えぬと言った素振りで頷いているが、実際は彼が言うほど楽にはならんだろう。
今回は500という小勢を活かして補給を途中の村に準備しておく方法がとられたが、これが数千の兵もいたら無理な方策である。村に収められる限界を越えているからだ。
大軍が動くと言うのはそれだけで物資の一大移動である。物資を満載した足の遅い小荷駄が長蛇の列を為し、それに合わせて部隊は移動しなくてはならないからだ。古来より敵地に糧を求める戦法が評価されるのはそのためであるが、それに対抗して毒を混ぜるなど略奪対策も多く練られており、万能の策ではない。
ラカンはこれがなくなると大きいと言うが、そこまで単純ではない。物資の集積が1ヶ所しかないということは、その受け渡しにも相応に時間がかかる。万を越す軍勢になれば夕刻前に野営の準備を初めても、夜半を越えてもまだ列が消えない何て事も充分にあり得る。結局は他の小荷駄も合わせて使うことになるだろう。
もし戦争に活用されても、”まあまあ便利な道具”程度で終わると思う。まともな指揮官なら、他にも色んな方法を考えるだろう。まあそれでも、大幅に安上がりにはなるだろうけれど。
皆はいくらでも入る箱に唖然としていたお陰で、そもそも俺がどこからこれら大量のお宝を取り出したのかを気にする余裕もないようだ。フギンの都まで共に旅をした者達以外は<アイテムボックス>の存在も知らないはずだが、まあそういう奴と思われているのだろう。
そしてお宝をしまった箱なのだが、その扱いも面倒なことになった。資産の管理はソウテツの管轄と思っていたが、彼が受け取りに難色を示したのだ。
「これは私めの職域であることに間違いはないのですが、移動中の今はいささか管理に不安がございます。よろしければユウキ殿にそのままお持ちいただくことはできますでしょうか?」
要は額が大きすぎ、かつ盗難が怖いのでお前が持っててくれない? という話である。皆も異論はなさそうなので自分で出した箱を自分でしまう羽目になってしまった。
皆が知りたい事を大体語り終えた後はそれぞれに棒金を100本程度渡してこの場はお開きとなった。俺も仲間たちと共に改めて商都へ繰り出したいし、シアンやソウジンなどはむしろこれからが忙しい。上の地位にいる連中は下が休んでいる時にこそ働くものだからだ。
その後の宴会では如月が祝勝の祝いとして、秘蔵の酒を出したもんだから皆が深酒をしてしまい、各々が酩酊状態になるまで酔っ払ってしまう有様になった。
そしてその夜、事件が起こる。
絹を引き裂いたかのような悲鳴が、深夜の白桂楼に響き渡った。
「く、曲者!! ええい、貴様! この御方をどなたか知っての狼藉か!」
「おわっ! 何だ何だ!? 何の騒ぎだ!?」
フェイリンの逼迫した叫びが事態の重さを感じさせる中、俺は暗闇で慌てる仲間達にその場に留まるように言い、メイファの部屋に急ぐ。
そこには血に塗れた女の死体があった。当然だがメイファではない。まだ若い女中の格好をした女であったが、その手には不似合いな刃が握られており、更には毒まで塗られている。刺客以外の何者でもなかった。
「メイファ、怪我はないな?」
「ああ。ビューが守ってくれた。私もフェイリンも気付かなかった刺客の存在にいち早く気付き、警告の声を上げてくれたのだ」
メイファの前で低く唸りながら仁王立ちしているビューは今までのだらけきった雰囲気は消え去り、主に害為す存在を見逃さぬとばかりに物騒な気配を発散している。これまで間メイファの愛玩犬と見做されたコイツだが、本来この程度は朝飯前にやってのける。俺としては当然の行為なので誉めるほどのことではない。
「お嬢様! ご無事でありますか!? こ、この者は!? まさか敵の刺客が……」
慌てたソウテツがメイファの部屋の外から声をかけ、許しを得て中に入ると物言わぬ刺客を見つけて言葉を失う。部屋の外には主だった者達が既に集まっており、メイファは彼等に入室を許した。
「刺客の進入を許すとは……何たる不覚!」「宿の主を呼べ! この者の身元を洗う必要がある」「ご無事で何よりでございます、殿下」「さあ姫様、このような血生臭い場所は一刻も早く移動いたしましょう」
「ふむ。敵も私を脅威と認めたということか。皆、騒ぐことはない。この道を進むと決めたときから覚悟をしていたことだ」
三者三様の反応を見せる中、メイファは今しがた命を狙われたとは思えない堂々とした態度を見せた。その姿に配下のものが逆に安堵するほどだったが、俺の興味は既に別のことに移っていた。
「な、何ということだ。我が宿でこのようなことが起きるとは……殿下、このたびの不始末、どうか我が命で収めて頂く事は叶いませんでしょうか。どうか、どうか他の者の命ばかりは……」
「支配人、この者はそなたも知る相手か?」
メイファの指差す刺客の顔を恐る恐る覗き込んだ支配人は、驚きを顔に浮かべなから否定した。
「も、申し訳ございません。知らぬ顔でございます。我が宿の女中の服を着ておりますが、いずこから服を手に入れ忍び込んだものかと。むろん、責を逃れる為の言い逃れではございませぬ」
深夜とはいえここまでの騒ぎになれば他の従業員もやってくる。支配人の命で刺客の女の顔を検めた者達も知らぬ顔だと口を揃えた。
「であるならそなたも被害者であろう。責めを負わせる気は毛頭ない。私の面倒事に巻き込んで済まなかったな」
すまなそうに告げるメイファに呆然とする支配人。天上人に謝罪の言葉を告げられるとは夢にも思わなかったのだろう。良くて店の取り潰し、果てには従業員全員の処刑まであると考えていた彼はメイファの言葉に感涙せんばかりに感謝していた。
皆も休めとメイファは告げたが、その言葉に従う者は誰一人としておらず、不寝番を立てることに決めたようだった。
誰が不寝番に立つのかと騒がしい中で俺は一人、震える従業員達に近づくと一人の女中に声をかけた。
「先手は失敗したようだが、あんたはどう動くつもりだ?」
「な、何を言って……くっ!!」
俺は無造作に手にしたナイフを彼女に滑らせた。するとその女中は驚くべき動きで俺の刃をかわし、距離をとるが、その動きは明らかに女中とはかけ離れている。
自分の命を守る動きが逆に己の正体を明かす手助けをしてしまった格好であり、ここにいる者たちはそれを見逃すほど愚かではない。
「新たな刺客だ!!」「逃すな! 逃げ道となる全てを塞げ!」「殺すなよ。情報を吐かせる!」
「くっ、我が隠形をこうも容易く見破るとは、貴様、只者ではないな」
いずこかから取り出した暗殺用の黒い刃が鈍く光るが、御託を聞いてやるほど俺は優しくない。逃げを打とうとしていた女暗殺者の素っ首を片手で捕らえると、そのまま窒息しない程度に締め上げた。
「ぐうっ。い、いつの間に」
己の技量に自信を持っていたのか、容易く捕らえられた事に驚愕しながら首の拘束を解こうとするが、神気を練り上げ硬化した俺の腕は刃さえ突き立てられない。女暗殺者は自らの首をを締め上げる俺の手を振りほどこうとするので精一杯だ。
「答えろ。いくらで雇われた?」
「こ、殺せ……」
「別に依頼者を吐けなんざ言わねえよ。幾らで引き受けた? 答えろ」
僅かに<威圧>をかけ、凄みを利かせて訊ねると、その女の口から数字がこぼれ落ちた。
「なんだと!? 金50だと!? 聞こえたかメイファ? 君の命の値段は棒金50本だそうだ」
「なんと! たかだか小娘一人に随分と気張ったものだな」
この点でメイファと俺は全く違う感想を抱いたようである。
「この女が金50で殺れると思ったか!? 腕利きが安い仕事に尻尾振りやがって。それでも”龍門”か!」
俺の言葉に周囲の者が息を飲む。俺は<鑑定>で知ったのだが龍門とはこの国で名を馳せた暗殺者の異名らしい。事実として血だまりに沈んだ先ほどの刺客とは天と地ほどの力の差があった。
俺は首を捉えていたその龍門とやらを適当に投げ捨てる。受け身もとれずに床に投げ出された龍門の前に<アイテムボックス>から取り出した棒金の入った袋を数個投げ渡した。
「金150ある。そいつで依頼者の首を狩って来い。いいな!」
龍門は俺の目をしばらく凝視した後、金を拾って霞のように消えた。あいつも俺の事を化物のような目で見やがったぞ。失礼な奴だ。
「ユウキはん。その、あれで良かったんか? あれじゃ泥棒に追い銭やるようなもんやんか」
龍門が去ったというか、俺が逃がしたような形なので実は微妙な空気の中、シアンがおずおずと口を開けた。
「シアンはあいつが帰ってこないと思うか? 俺は戻ってくると見ているぜ」
「私も同感だ。あの者からは研ぎ澄ませた己が技に誇りを見出しているように感じられた。ユウキによって傷ついた誇りを取り戻す為にも、やってくる気がする」
メイファに続きフェイリンも同意を示したのでシアンもこれ以上何も言わなかった。俺の行動に不満を示した者もいたが、あの龍門とやらはメイファに直接刃を向けたわけでもないので不問にすると彼女自身が口にすればこれ以上抗弁する者もいなかった。
「しかし、相手の手が意外と早いな。商都を落としてすぐこれか」
血に汚れた部屋にいるわけにもいかず、仲間がいるので自然と大部屋を使っていた俺のところにメイファたちは移動してきた。側には青ざめた侍女のシュンメイ、思いつめた顔のシアンもいる。
既に俺達もこのまま就寝と言う空気ではない。如月と玲二が女性陣に軽いものを出してやっていた。こういうマメな所が女が勝手に寄ってくる一因なんだろうなと思う。
イリシャとシャオは未だ夢の中だ。こうなる事は予想していたので二人を起こさないように<消音>をかけている。ふたりは血生臭い事件など知らない方がいい。
「確かにユウキはんから警告されとったし、今日の祝勝会で皆大いに羽目を外しとった。狙い目といえば狙い目やったけど……実際に刺客が送り込まれるだけと簡単に考えた自分を殺したくなるわ」
「私も半信半疑でした。軍師殿の計画は見事の一言で、この商都も瞬く間に陥としてしまわれました。ですがその当日に刺客が狙ってくるとは……ビューがいなかったら殿下の身に危険が及んでいたやも知れません」
シアンとフェイリンが深刻そうな顔をつき合わせ、シュンメイはメイファに縋りついているが、襲われた当の本人と俺は呑気なものだった。
メイファには身を守る魔導具をこれでもかと持たせている。多くは魔法効果のある衣服だが、常時身につけられる指輪型は不用意に誰かが近づくと無意識に障壁を張るものや、痛みを発して所有者を覚醒させるものもある。メイファはそれで気付いただろうし、何よりロキの分身体であるビューがいる。ビューの実力は既にメイファに見せてあるし、肉の盾として使ってもすぐにまた分身体を作れる事を見て知っているので恐れる事はなかった。
それを見せたその日は分身体を数匹に囲まれてご機嫌なメイファだった。
そしてこの刺客たちも半ば俺達が招き寄せたものだ。商都の滞在を一日伸ばしたのもそれが狙いである。
もし俺が敵ならいつ刺客を送り込むか。確実を期すなら油断しきっている時、それが一番だ。
そう考えると神速の行軍で最大の障害だった商都を数刻(時間)で陥落させた。領都は守備兵の数は多いものの、商都を落として後方の憂いを消し何もかもが上手くいっている今、この時だ。
おあつらえ向きに祝勝会で全員が深酒をしている。これはもう狙うしかないだろう。一日位は様子見するかと思う部分もあるが、好機に逸った愚か者が屍を晒したわけである。
龍門はそこは上手く隠していた。あいつもまずは他の誰かにやらせてこちらの手の内を探るつもりだったのだろう。
この国最高の技量と謳われるだけあって、リノアほどではないにせよ、相当の腕前を誇っていた。だが<鑑定>する以前の問題で、明らかに凄腕の人物が女中をやっていれば怪しいと勘ぐる。<穏行>や<夜目>持ちの女中なんざいるか、と言う話である。
「シアンやメイファはどうも敵を過小評価しているきらいがあるんじゃないか?」
「そ、それは、そうかもしれん。シンカイとケイトウなるものの噂しか耳にしていないが、どちらも評判の悪い男としか聞かん。自然と下に見ているといわれれば否定できない」
「大将軍になったケイトウは上司への追従だけで出世したと言われとるし、シンカイも賄賂と競争相手を陥れて太守に座に着いたと専らの評判や」
「そういった連中の政治的生存本能を侮るべきじゃないな。やつらはそうやってこれまでそれぞれの場所で生き抜いてきたんだ。シアンの策は軍を出し抜く事を主眼に置いて、そしてそれに成功してきた。向こうもナーキンを落とされて大いに動揺しただろう。だがこれからは向こうも手を打ってくる。それは早速刺客を送り込んできたことでも明らかだ」
俺の言葉にシアンが顔を上げた。軍略にせよなんにせよ、戦いになれば相手がいる。相手が全てこちらの思い通りに踊ってくれる保証などない。俺もこれまで幾つかの謀をしたが、そのほとんどが自分の予想を超えた事態に陥っている。つくづく俺は陰謀を廻らせるのに向いてないと思い知らされている。
「ちょっと計画の見直しをした方が良さそうや。妨害が入ると面倒な箇所が幾つかあるわ」
「軍は動かせなくても個人単位の小細工はやり放題だろうしな」
何しろ俺達はこれからその敵がいる領都に向かうのだ。何か仕掛けるにせよ距離的には向こうのほうが近くてやりやすいだろう。
「祝勝会の場でも言うたけど、ここからの状況は結構流動的や。アタシの読みでは各地の軍は様子見に入るとみとるけど、どこかの撥ねっ返りが暴発する可能性は拭えんし、散発的な戦闘は有り得るとみとる。それに相手の妨害も予想しておかんとあかんね」
「手伝える事があったら言ってくれ。できる範囲で協力はする。っと、あの女、仕事速いな」
<マップ>上に先ほどの女暗殺者がこちらに向かってやって来ているのを把握した。
この都に詳しいチョウリョウにその女が持参した3つの生首を検分してもらうと、いずれもシンカイやケイトウに非常に近い人物である事がわかった。やはり敵もこちらが思うほど無能ではない。
そしてそのまま”龍門”こと女暗殺者カリファは第二の人生としてメイファの侍女になることになった。当代一と噂されるその実力はこれから先の未来、メイファに襲い来る幾つもの暗殺の刃を防ぐ事になる。あと、決して俺が強制したわけではない事は付け加えておく。どうせ生きるなら楽しく生きろよと、勧誘したのは事実だが、当の本人は経緯を決して周囲に語らなかったそうだ。
そんな刺客騒ぎのあった翌朝、朝食の席でメイファと顔を合わせた俺は溜息と共に本日の予定を決めた。
「メイファ、君も今日の予定は決まっていなかったよな?」
「ああ、そうだ。商人たちの面会希望は後を絶たないらしいが、すべて断っている。細々とした仕事はあるのだろうが、予定はないと言っていいだろう」
「よし、じゃあ出掛けるぞ」
「なるほど、そうやってお前さんも一緒に戻ってきたというわけか」
「ええ、さっきまで彼女の顔には貴方と同じ、中々取れないこびり付いた疲労が溜まってましたんで。まあ息抜きは大事ですよ? クロイス卿は休めてますか?」
「領地の拝領も近いのに休めるわけないだろ。ここさえ乗り切ればなんとかなるんだろうが、今が一番忙しいんだよ!」
俺は転移環でランヌ王国に戻っていた。もちろん俺一人ではなく、仕事がある如月や神殿に戻らなければならないイリシャも一緒であるが、なによりメイファたちも一緒に息抜きさせるためだ。
旗揚げした当初から感じていたが、メイファは色々と抱え込んでしまう性格だ。本人我慢強いので誰にも気付かれる事はないのか、それとも天帝の血を継ぐ定めと割り切っているのか、周囲もそれを理解しつつその解決策を提示する事はなかった。
そして昨夜の刺客の件を経て、とうとう看過できぬほどにメイファは余裕を失っているように見えた。ああいう奴は一度気晴らしをさせてやらないと暴発しかねない。
家宰のソウテツもその事を薄々理解しいたので俺の提案をこれ幸いと受け入れ、渋るメイファとフェイリン、こちらの世界に興味津々だったシュンメイも連れて一緒に戻ってきたというわけだ。
メイファは俺の提案に事を為すまでは戻らぬと心に決めたのだと大層嫌がったが、あれはまだ彼女が何者でもなかった頃の話であり、もう既に決起している状況では迷いもクソもないだろうと押し切って連れて来た。
「その王女様はいまどちらに? 俺はまだ会ってないんだよな」
「そりゃ忙しいクロイス卿に紹介する時間はなかったですから。今は護衛の女性と一緒にダンジョンで気晴らししているはずです。ユウナをつけていますので問題はないかと」
ユウナは今ダンジョン11層にいるという。メイファは宝珠で、フェイリンは神気を用いて大暴れしていると連絡があった。侍女のシュンメイは如月の店で甘味に溺れている。
俺といえばこうして公爵邸にお邪魔している。言及してこなかったが、こちら側に戻った時にクロイス卿やバーニィ、ダンジョンや神殿などにも顔を出しているので久々という感じはしない。
「しかし、見知らぬ場所で出会った初めての女が隠棲したその国の王女で、それを旗印に叛乱を起こしてるなんてどういう状況だよ。幾らなんても波乱万丈すぎだろ。俺の冒険者時代だってもう少し大人しかったぞ」
呆れたようなクロイス卿だが、これは俺が意図した結果ではないのだ。俺に言われても困る。
「導きのようなものがあったとは思いますがね。とはいえ俺の問題は何一つ片付いていないんで、そのことで話を聞きにお邪魔したんですけどね」
と言い、俺はとなりに据わるラコンとラナの獣人二人に目を向けた。ひとりはぬいぐるみであるが。
「なあ、二人とも。知っていたら教えてほしいんだが、前にキャロに話をせがまれて話した獣王国に伝わる昔話の中に、”猛き黄金の国”という名前が出てきたことがあったと思うのだが」
「あ、はい。確かにありますね。ボクたちの国のずっと西にはそう呼ばれたことのある国が存在していました。大昔に滅びた国なので今では伝承にしか残ってませんけど」
「どんな国だったんだ? 情報は残っているのか?」
「ええと、私は御伽話ていどです。ラコン君は何か知っているの?」
「そうですね。生みの親から少しだけ話を聞いたことがある気がします。なんでも砂の海が広がっている国だとか。でもそれがどうかしたんですか?」
砂の海、砂漠か。これは間違いなさそうだ。
この話を持ち出したのは、昨日手に入れた箱の中に入っていた木管のひとつが原因だ。
大量の木簡の中に何か手掛かりがないか、仲間達に確認してもらっていたら、その”猛き黄金の国”と交易をしていたという記録がでてきたのだ。
これまで何一つ手掛かりさえなかったこの世界に関する事柄だが、ここに来てようやく聞き覚えのある国とつながりを掴んだのだ。
”開かずの大金庫”の発端となった北方蛮族の襲来は500年以上昔の話だと聞いているし、件の国も遠い昔に消え去った国らしいが、この事実は大きい。
交易を実現可能とする距離でこちらの知る国が存在したのだ。あのレン国が一体何処に位置しているのか、初めてそのおぼろげな輪郭が見えてきた。
ラコンが知る”黄金の国”とやらは完全な内陸国家であり、海と面してはいなかったという。
そこから導き出せる事実を俺は口にした。
「どうも俺、今新大陸にいるみたいです」
楽しんで頂ければ幸いです。
随分と引っ張りましたが、この章は新大陸編でした。まあ、新大陸がユーラシア大陸の倍はでかいのでここからまだ色々あります。
次は水曜か木曜の朝にお会いできればと思います。
朝にあげるのは書き終えると同時に力つきて寝オチするからです。(愚か者)




