彼女の道 6 商都ナーキン 下
お待たせしております。
「なあ、集合場所って”西の橋”だったよな? ってことは天都の西の柳譲大橋のことだよな?」
「えっ? 俺達は皆”岸の端”に行きましたよ? そこで停泊中の水軍の船に乗せてまずは北へ逃れたんです。殿下は追っ手を警戒する為に別の方法で脱出されたそうですが……回ってきた文には西の橋って書いてましたっけ? 正直、詳細な記憶が曖昧なんですが」
「……いや、俺はあの時忙しくて他の奴から口頭で聞いただけだったんだ。それがまさかこんなことになろうとはな。ああ、この思い悩んだ十年は何だったんだ……」
「ま、まあ、いいじゃないですか。商都で偉い地位についてたからこそ、こうやって事が順調に進んだわけですしそう悪いことばかりではなかったってことで」
俺の視界の端でチョウリョウとかつて彼の部下であった男が会話をしているが、話を聞くに単純な行き違いであったようだ。確認しなかったのかと思うが、皇位継承の混乱に乗じて天都(このレン朝の王都だ)は様々な勢力が跳梁する魔窟と化していて、昼間から暗闘が繰り広げられるキナ臭い場所となっていたらしい。
更にメイファの命を狙う勢力の存在が判明して、ソウジンとソウテツは自らの手でメイファが住む屋敷に自ら火をつけて逃走を図るという豪気な真似をしてのけたと言う。
「まさか自分の手で屋敷を燃やすとは誰も考え付かないでしょう。敵対勢力のどこかが手を下したと考えるはず、事実として殿下の含めて我らは追っ手の気配もなく無事に逃げ延びました」
理解していた事とはいえ、彼も相当に胆力のある男である。
俺達は今ナーキンの政庁舎に向かって行軍中である。先導は商都の守備隊が行っているので、戦いの趨勢がどのようになったのかは一目瞭然である。
メイファはこの商都の占領に興味を示さなかったし、俺達の時間を取られるだけだと思って同行を拒みたかったが、チョウリョウがどうしても紹介したい人物がいるのだという。
それにいくら俺達の手勢が少数の500人とはいえ一同に会するには相応の場所が要る。政庁舎前の広場が一番近いと言われればこちらも頷かざるを得ない。
大通りを整列して歩く俺達を多くの民衆が不安げな眼差しで見ている。守備隊が敗北した事は理解しているようだが、俺達が散々呼びかけたからか侵略者に脅えるような気配がないのは救いではある。
その途中で……認めたくはないが俺が引き起こした暴動の現場に出くわした。既に鎮圧されて周囲は沈静化しているが、その周囲には多くのけが人が呻いている有様だった。何処かの馬鹿が火付けもしたようで焦げ臭い匂いまでしている始末である。
この騒動に焚き付けたのは俺だ。それは認めるが、ここまで派手に燃え広がったのには参加した連中が自分で油をまいたようなもんじゃないか。俺の責任を問われても首を縦には振りたくないな。
「うっわ。なんやこれ! 一体何をしたらあんな短時間でこんな怪我人が出るん?」
「報告では開かずの金庫から金が出たとの情報が広がったとのこと。金にうるさい商都の民がそれを逃すまいと殺到し大混雑になり、後はご覧の有様です」
こちらの警備に向かわされた千人将の一人が不満げに俺達に答えた。その顔には暗にお前達が引き起こした騒ぎだろうが、と書いてある。
彼等にしてみれば警備に借り出されたら残りの連中が負けていた状態なので俺達と一悶着あったが、チョウリョウのとりなしで場は収まった。
彼の口からメイファの素性が明らかになると全員が平伏した。彼の言葉を疑う者が一人としていなかったというのは彼が守備隊を完全に掌握している証である。王族であるメイファの屋敷の警備隊長ということは近衛に類する組織の人間と言うことであるからやはり有能である事は間違いない。
「へえ、じゃあ”開かずの大金庫”には金銀財宝がザックザクだったわけやな。なんて羨ましい」
「捕らえた者達の手にあったのは見慣れぬ丸い貨幣でしたが、銀と銅であったのは間違いありません。金や棒金などはなかったようです。もちろん大金庫が空いた瞬間に棒金だけ持ち去った可能性はありますが」
「ほう、丸い貨幣か」
メイファの視線がこちらを向くが、説明は俺達だけになったらな。関係ない奴が大勢居る今、色んな土産話をここでする気にはならない。
それに俺はここでやっておくべきことがあった。話を聞くに欲の突っ張った連中がこの金は俺のだと喧嘩しただけらしいので責任を感じる義理はないはずだが、後味が悪いからな。
俺はこっそりと<アイテムボックス>を上空に移動させ、数百倍に希釈したポーションを霧雨のように上から降らせた。品質としては普通以上の出来の良い奴を希釈したので打ち身や打撲、骨折程度の怪我なら
これで直るだろう。
「痛ててて。こりゃ骨までいってるかもしれ……痛みが消えた!?」「あんた、怪我は? さっきまであった青痣が消えてるよ!?」「なんてこった。持病の腰痛まで痛みが消えてるぞ!」
後方で巻き起こる騒ぎを無視して俺達は進む。シアンとメイファが何か言いたそうにこちらを見てくるが、この件について俺は何も口を開く気はなかった。ちなみに同じ事を既に両軍の負傷者にも行っている。共に怪我人は多数出たものの、死者は奇跡的に少なく、両軍合わせて30名に満たなかった。
これはこちらの手加減(刃に覆いをつけるなどなるべく殺さないように努力した)と相手の士気が低くすぐに崩れたことが要因である。
治療も含めてこれらはすべてメイファの慈悲であるとソウジンが声高に宣言すると敵側の守備隊からもメイファに平伏する者が続出した。
暴動の鎮圧に当たっていた者達もメイファの姿を見て平伏してしまうあたり、彼女の威厳は高まっているようである。
「私は特に何もしていないぞ。普段どおりではないか」
「何を申されるか、我が主よ。貴方様が身の証を立てられてからというもの、その覇気は溢れんばかりです。御覚悟を召されたからでしょうか、気配そのものが変化されました。今や主をただの小娘と侮る愚か者はおりますまい。浅学の身ではありますが、生まれながらの王者の気配とはかくあるものかと驚嘆しておりますぞ」
フェイリンの誉め言葉にもメイファは渋い顔をするばかりだ。
「そんなに面変わりしたのか? ユウキ、君はどう思う?」
「覚悟が決まって気配が変わったのは事実だが、俺にとって君はあの村で出会った時から只者じゃないと思ってたからな。いつも通りだよ」
気にするなと伝えたつもりだが、メイファは別のことが気になったようだ。
「なに!? 何の変哲もない村娘であった私の正体に見当がついていたとでもいうのか! 馬鹿な、村では誰も私にそのような事を告げる者はいなかったぞ。いつ気付いたというのだ」
ええ? アレを気付かないわけないだろう。周囲の村人も気を遣っていたんじゃないか、と答えても納得してくれなかったので俺はいくつかの事柄を指摘した。
既に燃え尽きて存在しないあの村で、メイファが俺にこの世界の知識を教えてくれた頃、一回の村娘では知りえないような知識や情報を多く持っていたこと。村人には高価な上、持っていても仕方ないような本を何冊も所持していたこと。
そして極めつけは体調を悪くした彼女を連れてアルザスの屋敷に戻った時、王女であるソフィアにメイファが礼節を守った挨拶を行った際、その所作は勿論の事、彼女の礼の角度がメイファの地位を表していた。
王家の者に対する礼の角度はそのものの地位に応じて変わるものだが、メイファはソフィアに目礼程度に軽く頭を下げただけだった。俺に対して礼を言う時はちゃんと深く頭を下げたので、メイファがそれを知らぬはずがない。
つまり、彼女は貴種に対する礼をあの挨拶しか知らないのだ。それは彼女の教育担当が貴人に対する挨拶を教えなかったと見るべきである。王女であるメイファが目上に対する深い角度の礼をする必要がないのだから。
そういうわけで俺とその仲間たちは早々にメイファが偉いさんだと見当をつけていた。そのあたりは前にも述べたか。それらを掻い摘んで話すとメイファは衝撃を受けていた。全く気付いていなかったようである。
「全体、整列!」
ラカンの号令と共に政庁舎前の広場に500人弱が整列する。寄せ集めだから当然だが、各部隊の錬度は全く違う。金剛兄弟の配下は一糸乱れぬ整列をするが、軍隊のとしての行動経験がないソウジンの配下はいまいち、エイセイ率いるあらくれどもはそもそも期待していない。一人ひとりの意識が高いので纏まりがないということにはなっていないが、これで行軍をすると酷い事になっただろう。
シアンが馬車を手配してまとめて輸送する方法をとったのはまず第一に時間を優先した為だが、この意味でも良策だった。
「あ、彼がコウソンです! 前に話した商都を一人で差配する私の上位互換ですよ。あれで私より少しだけ年上っていうんだから嫌になってしまいますよ」
リュウコウが指し示す先、政庁舎の入り口には一人の男が立っていた。リュウコウが少し年上と言うだけあってまだ30もいっていない若い男に見えるが、彼の異名が”一人宰相”と呼ばれるだけあって見かけどおりではない。
彼はこの商都の政務を一人で切り盛りする鉄人である。異常な実務能力に判断力を兼ね備えた男であるのは間違いないが、東部天軍の会計を3人で切り回していたリュウコウとは決定的に違う点がある。
リュウコウは人を減らされて、それでも仕事を回すために己の能力を高めたが、目の前のコウソンと言う男は仕事の遅い連中に煩わされる位なら自分ひとりで全てを回した方が早いと考える人物だという。
その噂を裏付けるように整った顔でありながら人間味のない怜悧な目を持つ男であった。
「メイファ殿下に御目通りが叶い、恐悦至極に存じます。お初にお目にかかります、私はコウソンと申す者。このナーキンで政務を取り仕切っております。お見知りおきを」
そう言って平伏もせず腰を折ったコウソンに対し、不敬であるとソウジンが声を上げかけたが、そんな事を気にするメイファではない。彼を手で抑えて乗っていた輿から降りると彼に話しかけた。
「メイファだ。貴殿の名は聞いている。この巨大な商都を一人で切り回す才、実に素晴らしい。貴殿のような男がいるとはまだ世は捨てたものではないな! 既に聞いているやも知れぬが、我らはこの商都に迷惑をかけるつもりはない。兵たちの疲れを癒せばすぐに出てゆくからこの地の民にも安心するように伝えて欲しい。ああ、それと我が配下の者に愚か者はおらぬ。乱暴狼藉を働く者はこの地の法で裁いてくれてかまわない。それは守備隊にも申し伝えておく」
それではな、と踵を返したメイファにコウソンの方が慌てて声をかける始末だった。
「そ、それだけなのですか? ナーキンに対する要求はないのですか? 当方に可能な事は出来る限り配慮するつもりですが……」
征服者として当然の要求があると思っていたコウソンの驚きは至極当然ではあるが、それに対するメイファの返答もまた当然の者だった。
「我等の目的は商都にあらず、領都シンタオである。あそこを陥落させ奸臣を討ち果たすことが何よりも肝要だ。莫大な富を生むナーキンは素晴らしい都だが、領都を落として東部を手にすればナーキンも自然と我が手に入る。詳しい話は全てが終わってからで良かろう。仕事の邪魔をしてしまったな、戻られるがよかろう」
メイファは言いたい事だけ言うとそのままこちらに戻ってしまった。呆然としているコウソンにもう目もくれる事はなかった。
解る、解るぞコウソン。あんたはきっとメイファに召抱えられると思ってたんだろう。若いし有能だし、普通なら声をかけないはずがないからな。
だが気にすることはない。メイファはあんたが気に入らなかったわけではなく、領都を落とせば自動的に全部手に入ると思っているから既に自分の元で働くものだと思っているだけだ。
俺はそっとリュウコウに目配せをした。彼は自分はメイファ直々に誘われたぞと言う自負を覗かせながら彼に近づいていった。きっと上手く話してくれるに違いない。メイファの扱いは適当だったが、コウソンが必要な人材である事は明らかだ。
何しろ人物を見る目も確かなのは間違いない。メイファが死んだと思い、やけになって流浪していたチョウリョウを拾い上げてこの巨大な商都の防衛責任者にしたのは彼なのだから。
メイファは整列した兵たちに向かって声をかけていた。
「我が兵たちよ、倍の守備隊を相手によく戦ってくれた! 己が命を顧みぬお前たちの行動により商都は我等に門を開いた。残る大きな障害は領都シンタオのみである! シンタオはこれまで以上に厳しい戦いになるだろう。だが我等に大義がある限り、各々の心に燃え盛る炎が消えぬ限り、我等に敗北はない!」
メイファの檄に500人足らずの男たちから発せられたとは思えない熱量で歓声が轟いた。俺達を遠巻きに見守っている守備隊が思わず後ずさるほどの覇気をこちらの一人一人が発しているのだ。
己の言葉一つで兵隊に自分の命を賭けさせてしまう。これが出来るのが名将と呼ばれる条件だと俺は思うが、メイファは生まれ持った才覚でそれを成し遂げていた。
その後はラカンから全員にこれからの予定が話された。俺達はこの商都で2泊し、英気を養った後に領都シンタオに向かう。羽目を外しすぎた者は容赦なく処罰すると告げ、軍紀を守らせる事を徹底させた。
そして兵隊ひとりひとりに棒金2本が配られると、兵たちから歓声が上がる。棒金1本でもこの商都で3日は遊べる額だからだ。これを配る前に主だった者から本当にいいのかと何度も聞かれたが、大丈夫である。今の俺は棒金千本程度、気にならないのだ。本当に。
俺の言動を見て取った聡い者はこの原資が何処から来ているのか察したようで、それ以上口を開く事はなかった。
「殿下、お疲れのところ申し訳ございません。ご逗留なされる殿下に相応しい宿をご用意しておりますので、少々お待ちください」
守将というこの都の顔役である地位にあるチョウリョウがメイファに頭を下げるが、その顔は少し曇っている、もしかして難航しているのだろうか。
「失礼、チョウリョウ殿。メイファ殿下に相応しい宿をお探しいただいているのだろうか?」
「その通りだ。ソウテツ殿に相談し、都一番の宿を確保せんと動いておるのだが、先方が難色を示している。殿下を御泊めできるなどこの上ない名誉だと何故理解出来んのだ!」
顔役としてそれなりに融通の利く立場であると自負していた彼にとって宿ひとつ確保できないと言うのは面目丸つぶれなのだろう。かなりその宿に対して怒りを見せていた。
そのときソウテツがメイファの前に現れた。どうやらその宿に出向いて確認をしていたようだ。
「殿下、申し訳ありませぬ。どうやら宿が貸し切られておるようです。横入りは天帝陛下でもご遠慮いただくとのこと。すぐに代わりの宿を手配しますゆえ……」
「ははあ、その強気な姿勢、さては”白桂楼”ですか。東部一の宿と謳われるだけはありますね。値段も東部一らしいですが」
いやあ、一度泊まってみたいものですな、と羨ましがっているリュウコウとは別にメイファは手を振った。
「戦ってくれた兵たちが宿で休めれば私は何処でも構わぬ。むしろ夜営の方が良い、そんな顔をするなチョウリョウ。このユウキが持つ夜営道具の素晴らしさを知ればその宿でも霞むほどだ。なあフェイリン?」
「まさにその通りでございます。あのような贅沢を野外で楽しめるなど実際に経験せねば誰も納得しないでしょうが」
護衛のフェイリンも同意するが、ソウテツの顔は冴えない。メイファが夜営しているなどと知られたらどんな噂が立つか。もう一度宿と掛け合ってくると踵を返しかけた彼を俺は制止した。
「ソウテツ殿。その白桂楼と言う宿は大通りに面した5階建ての建物ですか? 入り口に白い桂が飾られている?」
「はい、そのとおりでございます。何かご存知で?」
「ああ、すまん皆。俺が仲間と一緒に借り切ってた。もちろん俺だけじゃなく皆の為に宿を確保してたんだ」
犯人はお前かい! と言う空気が流れたのはご愛嬌である。
「お、おかえり。戦いは凄かったな。ここからでも会戦は見えたぜ」
「おお! これは玲二殿に如月殿まで! その節は大変御世話になりました。妹御もご一緒でしたか、御久しぶりだ。兄上を独占してしまって申し訳なく思っている」
宿に着いた俺は支配人に経緯を説明した。というか、大勢が泊まるから部屋を確保して欲しいと告げて棒金を100本ほど置いただけなんだが、まさか貸し切っているとは思わなかった。
支配人はメイファに対して平伏した後、心からの謝罪を行ってこちらがこれを許して落着を見た。彼等の覚悟は大したものだが、本物の王侯貴族には向かうのは無謀だろう。宿に居た玲二達に事情を話して場所を移動願うなどの対応をすればいいのにと考えるのは素人考えだろうか。歴史や伝統のある老舗だとそうもいかないものなのか。
そんな事を考えていた俺は玲二や如月にメイファが頭を下げた事に背後の連中がざわついているのに気付いた。今のメイファは彼等が敬うべき存在であり、その頭は消して軽くないはずだ。
「殿下……」
ソウテツが何か口にする前に俺が介入した方がいいか。ソウテツも俺の仲間とメイファの関係は詳しく聞いてないはずだからな。
「メイファ、そう軽々しく」
「何を言うのか。君の仲間は等しく私の恩人ではないか。皆様の暖かいご温情を私は生涯忘れる事はない。感謝を告げ、頭を垂れるのは当然の事であり、例え私が至高の座に付いても考えを変えることはないだろう。皆もそう心得よ」
「ははっ、承知いたしました」
「お、おねえちゃん……」
イリシャの背後で小さな声を発したのはシャオである。普段であれば誰よりも先に駆け寄って抱きついているであろう娘だが、今は沢山の大人に傅かれるメイファを見て萎縮してしまっている。
「おお。シャオ、我が妹よ。息災であったか。ほら、どうした?」
両腕を広げて待ち構える姉に逡巡する妹の姿に俺が手を貸してやる。小さなシャオを抱き上げるとそのままメイファに渡してやる。
「おお、少し重くなったか? ユウキのところで幸せに暮らしているようで何よりだ」
「お、おねえちゃん、おひめさまなの?」
「ああ、生まれた家がそうだったのだ。それは変えられぬ事実だ。お前が変わらず私の妹であると言う事もな」
そうしてメイファは配下の者達にはっきりと宣言した。
「皆にも紹介しておく。このものは私の妹にしてユウキの娘であるシャオだ。私と血の繋がりはないが、幾年月を共に過ごした今となってはただ一人の家族である」
「おねえちゃん!」
喜色を浮かべて姉に抱きつくシャオであるが、皆の視線は俺に説明を求めている。メイファの説明はこの上ない事実であるが、聞いただけでは納得できないだろう。メイファの妹で俺の娘ってなんだよ。間違ってないけど。
その後は俺が色々と説明をする羽目になった。面倒な説明をしてくれたメイファはシャオや俺の仲間たちとの歓談に夢中でこちらを見る気はなさそうである。
「ではあのシャオちゃんに帝位継承権はないんやな? ここは大事な点やからしっかり聞いとくで」
「ああ。血の繋がりはないし、何より俺が娘として育てるつもりだ。帝室と縁は作らせない。今までこの道に同道させなかった時点でそれは明らかだろ?」
「そうは言うてもな。殿下が認めれば嘘でも誠になるもんや。文書にしたためて証拠を作っておかんと悪智慧の働く誰かが唆しかねんのや」
あんな小さい子にこんな事したくないんやけどな、と言うシアンの言葉は正しい。だが明日にもここから仲間と共に去るシャオにそこまで心配することはないと思う。
シャオの扱いであるが、このまま俺が育てるつもりだ。東部を手に入れるであろうメイファの今後は間違いなく忙しくなる。シャオが満ち足りた環境で幸せに過ごせるかは微妙な所であるし、メイファ自身もシャオは俺と共に生きるべきだと言ってくれた。
その言葉は共に道を歩めぬ己の代わりに妹だけでも側にと言う気持ちの表れである気がする。
最大の問題はその点をまだシャオに告げていない点にあるのだが。なんて言えばいいのか悩むところである。
「ソフィアおねえちゃんにフィーリアちゃんとエリちゃん、おねえちゃんもだなんて。おひめさまいっぱい!」
「ははは、そうか。ソフィア様はお元気か? 私の代わりに宜しくお伝えしておいてくれ」
あの二人を引き離してよいものか。だがあまり残された時間は多くない。
この白桂楼をすべて借り切っただけあって、兵隊以外のすべての人員を宿に収容することが出来た。思いがけぬ幸運で最高級の宿に宿泊する事がでいたリュウコウとその家族は大喜びで宛がわれた部屋に向かっていく。今夜は祝勝会を開く予定であるが、その前に色々と報告をすべきことが山済みである。
「おお。酒神殿! ご無沙汰しておりますじゃ!」
「その呼び方は何とかなりませんか? 私はただの生産者にすぎません」
子供たちを部屋に送り届けていたリシュウ老師がこちらにやってくると如月に駆け寄って開口一番にその言葉である。如月は苦笑して遠慮するが、老師はその呼び方を変える気はなさそうだ。
「老師、如月との会話は後にしていただきたい。色々とお知恵を拝借したいのです」
「なんじゃ、そんなもん。そっちが後にせい……と言いたいが、確かにこちらも気になる事はあるの」
「そうやそうや。アタシも色々聞きたいことがいっぱいや。もう仲間だけやし、聞いてもええんやろ?」
シアンやメイファ、金剛兄弟にソウテツなど、戻ってきたリュウコウやエイセイなど幹部が勢揃いした所で俺もようやく落ち着いて話を始められる状況になった。
俺は珈琲で喉を潤しながら、どれから話し始めようか悩む。
「なあなあ、結局”開かずの大金庫”には何が入ってたん? 丸い貨幣って話が出てたけどそれは何なんや?」
「そこから話していくか。まず例の大金庫だが、結論から先に言うと中身は手付かずで金銀財宝の山があった。今ブツを出していくからちょっと待ってくれ」
俺の目の前にある大卓に金の延べ棒を次々に出してゆく。正確な重さを測ったわけではないが5斤はありそうなずっしりと重い金の延べ棒が計340本綺麗に並べて積まれていた。
「おお、なんと眩い。天帝の秘宝は確かにあったのですな」
黄金の妖しい輝きに魅せられたようなリュウコウが呆けたような呟きをした。
「このほかに棒金が約3万本、それに玉と呼ばれる翡翠の宝石が数百個、あとは宝石箱やら宝剣やらなんやらだ」
次々に現れるお宝の数々に一同は息を呑む。俺も金庫を空けて明りを点けた時、眩い光に同じ反応を示したものだ。これを見て棒金千本くれてやることに問題を感じなかった理由である。
「ちょ、ちょっと待っていただきたい。現実が追いつきません」
家宰としてこれらを管理する義務を負うソウテツが立ちくらみを起こしたかのように壁に手を付いた。豪傑である金剛兄弟も大量の御宝に呆けたように言葉を失っている。
「大したものだな。ひとまずこれはシアンのご実家に回したいと思う。皆も思うところはあると思うが、ここは従ってほしい」
「異論ありません。額が桁違いすぎて冗談のようですが」
リュウコウも顔をひくつかせながら同意するが、当の本人はこの決定に反論した。
「いや、今回の投資はアタシの実家がその価値があると判断して行ったことや。殿下に勝算を見て勝負に出ただけであって、事が成ればこちらの利益も膨大や。それをこのような過分な報酬を受けるわけには」
「それでもシアンの実家には世話になっている。何も返せずに心苦しいと思っていたところだ。何とか受け取ってもらえないだろうか」
シアンの実家はフギンの都を代表する廻船問屋だが、それでも今回の支出は金蔵を空にするほどの大出費だろう。シアンの言うとおりメイファが東部を握れば充分に回収できるとは思うが、少しでも返しておきたいというメイファの意向も理解できた。
「行軍は予定通りに行っとる。本来ならここは一泊するだけの予定やったけど、領都はここから徒歩で4日の距離や、馬車なら余裕で辿り着けるから日程的にも余裕や。ウチの実家の心配よりこの陣営の財布を気にするべきなんやないの?」
今はともかく領都に財が残っているのか怪しい所である。領都に巣食う連中が権力に飽かせて食い荒らしている事は想像に難くない。
「実は金の当てはある。それを用いても良いが……」
「ここは商都ですからな。殿下が東部太守の座に着けば御用商人は総入れ替えになるかと。そうなれば今の内に我等と誼を通じたいと思う商人がいくらでもおることでしょう。我らはその中で最良の相手と話をすれは良いかと」
メイファの当てとは俺が見つけた金床のことだろう。これの商人に権利を売れば莫大な金になるだろうが、それよりも太守の事業として全部を握った方が最終的な実入りは大きい。ソウテツさんもそれを見越しているに違いない。
その話を続ける間にも俺は次々にお宝を出してゆく。俺は莫大な借金持ちだが、このお宝を利用して返済をする気はあまりない。多少は俺の懐に入れるが、俺の方針がダンジョンでひたすら稼ぐことである事は変わらない。
「そんで、さっき出た丸い貨幣はどっから出たんや? アタシも一枚見せてもらったけど見た事もないシロモンやったで」
「ああ、あれか。あれは俺が用意したんだ。金庫の中にあったお宝を全部頂戴した後、必要のない銀貨と銅貨をばら蒔いたのさ」
俺が代わりに置いたのはダンジョンの宝箱に入っているハズレのお宝である。30層を目指して活動している頃溜まりに溜まった使えない銀貨と銅貨が文字通り山ほど溜まったのだ。
ダンジョンで手に入る貨幣は様々なものがある。金貨銀貨銅貨であるのは確かだが、鋳造した国、時代、景気において大きさ、含有量はさまざまに変化するの事は前に触れたことがあると思う。
問題は俺の借金返済に使っている重要スキル<等価交換>は現在流通していない貨幣を”価値なし”と判断してしまうのだ。つまり買い取り拒否である。
一応銀貨じゃんか、と思うが買い取ってくれないのは仕方ないが、もちろんギルドの方も買い叩く。本当に唖然とするほど安く買い叩くので買い取りに出すのも億劫になってしまい、随分と溜め込んでしまった。なにしろ大きな宝箱いっぱいに使えない銀貨や銅貨が満載になっているのだ。
間違いなくダンジョンの嫌がらせだろう。<アイテムボックス>がある俺は癪なので全部持ち帰っているが、それぞれ数万枚になるまで溜め込んでしまった。
それをちょうどいいとばかりに放出したのだ。あっちで買い取り拒否の銀貨とはいえ銀であることには変わりない。お宝の代わりになるといいなと置いたら、暴動が起こるこどの騒ぎとなってのは想定外だったが。
「はあ~、そういうことやったんやね。でもそれ、もったいなくないんか」
「いや別に。今更屑銀貨なんて大した価値ないしな。こっちも金貨を置いたわけではないし、不用品の処分みたいなもんだから」
「とうとうユウキの金銭感覚が完全にぶっ壊れ始めたな」
「これはもう手遅れかもしれないね……」
外野はうるさいぞ。
「で、今までは大したことなくて、本題はここからなんだ」
「あの財宝を見て大したことないって……いやなんでも」
フェイリンの呆れ声を封殺した俺はようやく一番の話題を口にする。
「老師にもお出で願ったのはこれを見てほしかったからなんです。大金庫にあった品なんですが……」
俺は一抱えもある桐の箱を取り出した。見た限り何の変哲もない箱なんだが、この品とんでもない代物である。その解析を先ほどまで仲間達に依頼していたのだが、結局彼等も良く解らずじまいだった。
「なんじゃ? 箱の蓋の部分に符が貼りついておるようじゃな。それが一体何じゃというんじゃ」
俺は軽く深呼吸をして気分を落ち着けるとこの非常識の塊を指差した。
「まだ詳しく調べていないんですが、どうもこいつはこの大きさの数百倍の容量を持っている符術の箱のようです」
魔力のほぼ存在しない世界で文字通りの<アイテムボックス>が存在する事実を俺は告げるのだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
謎の箱の件は長続きしません。
さっさと片付けてこの話を進めたいと思います。
最近行っていなかった謝辞を。
皆様のおかげで何とか執筆を続けて来れております。
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励みと成っております。これからもよろしくお願いします。




