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彼女の道 2 忠誠の誓い

おまたせしております。



「主殿、いや殿下。御見事なお言葉でございました。このフェイリン、これほど心揺さぶられることなど、これまでの生涯で一度もありませなんだ!」


 メイファの一世一代の大演説が終わり、感涙に咽いでいるフェイリンを宥めつつ俺達は屋敷の奥に戻った。


「ううむ、私の言葉はあの場にいた皆に伝わったのだろうか……」


 代官の屋敷の前で演説を終えたメイファは思案顔だ。元々言葉を考えていたわけでもなく、己が心の声をそのまま口に出すと前々から言っていたのでそのようにしたようだが、聴衆の反応が気になるようだ。


「そんなのアレを聞けば一発でわかるだろ?」


 俺が背後を指差す先から、というか何枚もの扉を抜けた先からでさえ怒号のように響いてくる大歓声が全てを物語っている。

 彼女の言葉はどうあれ、ここセンシュの民にメイファの意思が受け入れられた証だ。たぶん、きっと。


「そんなもん、伝わったわけあるまい。あそこに居たほとんどの平民は学のない下賎の民じゃぞ? 小難しい言葉を重ねおって。あれでは大多数の奴には何を語ったかわかるまいて」


「くッ、出たな爺め」


 俺達を待ち構えていたかのようにリシュウ老が辛辣な評価を下した。メイファも自分で語りながら、これでは意味が伝わるかな? と不安になっていたようだが、勢いに任せて喋りきってしまったようだ。


「じ、爺ちゃん先生! 失礼だって! こちらの御方は帝妹殿下でいらっしゃるんだよ!? ああ、殿下、知らぬこととはいえ大変なご無礼を。咎はどうか僕、いえ私一人でお許しいただきたく」


 老師と一緒に居た元孤児で今は彼の生徒でもあるシュウがメイファを見て慌てて跪いた。


「なに、心配など要らぬ。その程度の無礼で首が飛ぶなら、あの世でその程度の器であったかと笑いとばしてやるだけよ。それにの、前に話してやったじゃろう。儂はかつてさるお偉いさんの家庭教師をしておったと」


「ええっ、あの話って本当だったの!? だってあのときもべろべろに酔っ払ってたじゃないか。みんな与太話だって誰も本気にしてなかったのに! じゃあ、本当に天帝一家の?」


「そうじゃぞ。ほれほれ、儂を敬う気になったかの?」


 胸を反らしてこれ以上ないドヤ顔をかましている老師にシュウは尊敬の眼差しを向けている。その光景をメイファは苦々しく見ている。


「馬鹿馬鹿しい。爺め、過去の自慢話はそこまでにしておくのだな。シュウよ、そうかしこまる必要はない。前にも言ったが、我らは共にこのユウキに助けられた間柄だ。これまでどおりにしてくれると私は嬉しい。ユウキ、行くぞ。話ではラカンの手の者が開拓村の襲撃に関わった連中を拘束しているそうだ」


「俺は老師に話がある。先に言ってくれ。フェイリン、ビューはまだこっちにつけている。言うまでもないが気を抜くなよ」


「委細承知」


 部屋の外には老師の孫娘でありながら先ほど主従の誓いを果たし、正式な侍女となったシュンメイが背後についていった。彼女も老師やシュウたちと同じく馬車の中でずっと待機していた。俺達はフギンの都で待っていてくれと言いたかったが、彼等の意思は固く、翻意させる事はできなかった。安全のためビューをこちらにつけていたため先ほどのメイファは一人で赴く事になったのだ。

 警護というか……傍目には遊ばれているだけのような気もするが、怠けたら食事は干し肉だと告げてあるのでビューはやる気一杯だ。




「老師もメイファの言葉に思うところがあったようですね」


「ふん、何を言っておる。あんな青臭い小娘の檄で誰が心動かされるものか」


「あれ、でもさっき涙ぐんでたじゃな……いてっ」


 余計な事を言わんでよろしいと拳骨を貰ったシュウだが、その時の様子を俺に語ってくれた所によると、老師は儂の目に狂いはなかったと感涙に耽っていたとか。よく見れば今でも目の周囲が赤い気がする。


「煩いわい。それで、若いのは何の用なんじゃ?」


「さっきメイファが気にしていた答えを教えてやって下さいよ。殆どの連中があの言葉を理解してなくても構わない理由を」


「全く、お主だって解っておろうに。あの場に集った殆どの民は満足に己の名さえ文字で書く事もできぬ輩じゃろう。だが、あそこにいたであろう極一部は確実に殿下、いや嬢ちゃんの魂は伝わった。それでいいんじゃ。そのごく一部が学を納めたこの街の有力者と呼ばれる者どもじゃからな。彼奴等をこちら側に引き込めれば目的は達成したようなものじゃ」


 メイファの言葉を理解できなかった大衆も、あの偉い誰々さんがあんなに感激しているんだ、きっと凄い事を言っているに違いない、程度の認識であそこまで盛り上がっているというわけだ。

 あっちの世界でも似たようなもんだが、人を集められるような周囲に影響力を持つ奴に話を理解させれば後は勝手に人はついてくるという奴だ。もちろんあそこで一席ぶったのはなによりメイファの顔を皆に周知させる為だが。

 この満天下に隠すことなく顔を名を晒し、己の意を通してゆくという宣言を大々的に行う意味があったというわけだ。

 メイファはその人の上に立つ者として必要な条件を感覚で理解していたようだが、理屈で解っていたわけではないので不安を感じていたのだろう。それを老師が諭してやって欲しかったのだが。


「それはもう儂の仕事ではない。今の嬢ちゃんには隣に相応しい才能がいるではないか。今の儂はこいつ等を一人前にする方がよほど楽しいしの。さあ、小僧どもよ。勉学は場所を選ばんもの。やる気さえあれば青空の下だってできるものじゃ。授業を続けるぞい」


「わかった。皆を呼んでくる。一日も早く一人前になってメイファ様のお役に立つんだ!」



 成長著しい子供達を見る老師の眼差しはこの上なく優しい。俺は良く彼と飲んでいるのでこの子供達の才能について聞かせられているのだが、数字に強い子が三人、記憶に優れているのが二人、常人にはないような発想をするのが二人と中々有望であるという。

 シュウはその中でも突出した物が何一つないという評価だが、老師は彼を一番買っているという。


 何でも彼は宮殿で一番必要な能力、非常に顔が広く、友人が多く、何処からでも情報を持ってくるという稀有な才能があるという。確かに俺と出会ったのもシュウだったな。

 その時の老師の弁がこうだ。


「陰謀渦巻く宮廷では多種多様な情報が流れるもの。それらをつぶさに集め、精査し、正しい判断を主人にもたらす役目というのは本当に難しいのじゃ。儂も長らく権力の宮におったが、権勢を誇った寵臣が佞臣に陥れられるなど常じゃが、最終的にその決断を下すのは佞臣ではなく権力者じゃからの。そして権力の頂にある者は、そういった事情に疎いものじゃ。シュウは嬢ちゃんに絶対不可欠な人材になるじゃろう。それは宮廷の安寧という意味では尚書や大司馬よりも必要じゃ」


 そんなあいつが偶然俺にスリを働き、その縁でメイファの出会うというのも彼の持っている星の導きなのかもしれないな。





「わ、私は命令に従っただけなのです。我等も断腸の思いでございました。それに殿下がいらっしゃるなど露とも思わず……」


「寝言を申すな! 楽な仕事だったと妄言を吐いておったのをしかと聞いたぞ! この天軍の恥さらしが! 貴様と同類など思われるなど末代までの恥だ! 殿下、この人の皮を被った悪鬼に慈悲など必要ありませぬ。今すぐ処断を!」


 俺がメイファたちに追いついた時には天軍の部隊が拘束され、縄を打たれていた。彼女のすぐ側にはやはり老師たちとついてきていたシアンが側に居た。彼女が先ほどの説明をしてくれたと思う。


 メイファは厳しい顔で隊長と思しき頬面を付けた男に尋問していた。


「貴様等は誰に指示を受けた? 代官は知らぬと言っていた。貴様等現地の部隊が独断で行えるとは思えぬ」


「め、命令は領都シンタオから派遣された行政官であります。シ、シンカイ大将軍の名で命令書が出されておりました」


「その命令書は?」


 メイファの冷たい声に隊長の男は声を顰める。


「その行政官が持ち去りました……」


「馬鹿な!? 軍は軍令を以って行動するのだぞ! 命令書はその正当性の担保であり、部隊の指揮官は必ず持参せねばならぬものだ! その程度の基本さえ東部の天軍は心得ておらんのか! 貴様、それでも軍人のつもりか!?」


 金剛兄弟の兄、ラカンが口角飛ばしてそう痛罵するが、隊長の男も負けじと言い返した。


「シンタオからの行政官に食って掛かる事などできるはずもないだろう。悪いのは私ではない!」


「ならばそれを口実に命令拒否も出来たはずだ。だが、それをしなかった。それが全てだ」


 口を挟んだ俺の言葉に隊長の男は口を噤んだ。襲撃の実行犯は二つの小隊で、一つは俺が完全に潰したから、こいつ等で最後になる。


「そ、そうだ! 罪ならば我等だけではない。命令を受けた部隊はもう一つあるのだ。そいつらも……」


「そいつらは永遠に帰ってこない。随分と捜索していたようだが、もう何処にもいないのだから探した所で見つかるはずがないのさ」


「ば、馬鹿な。あいつは東部でも有数の神気の使い手……このような辺境でやつに勝る使い手が……」


 俺は証明とばかりにあの男が使っていた武器と防具一式(軍の装備を売り払うみたいな簡単に足がつく迂闊な真似はしていない)を放り出すとその隊長も言葉を失った。


「片方は既に誅滅しておる。残りは貴様のみだ。あの村には戦えぬ女子供の骸ばかりであった。貴様等の悪行は悪鬼にも劣る、愚劣極まりないものだ。断じて許す事などできぬ!」


「ああ。御慈悲を……我等も命令されて仕方なく……」


「屑め! 命令が免罪符になると思うてか。誰も見回ることのない辺境の開拓村など、貴様等に天軍の誇りが一欠片でもあれば如何様にでも命令を解釈できたはずだ。その悪行を悔いて死ぬがいい! 殿下、どうぞ裁可を!」


 メイファは冷然と片手を上げた。その手が振り下ろされる意味を解らぬ者などいない。


 が、その手が中々下ろされない。よく見れば僅かに手が震えている。


 甘いか? いやまあ、これくらいはやっても惰弱の謗りは受けないだろう。



 次の瞬間、隊長の首は宙に舞っていた。そして拘束されていた残りの部下達の首も残らず後を追った。

 俺が<アイテムボックス>から取り出した連中の剣(玲二が中国刀だと言っていた。柳刃刀とかいう直刀だ)で残らず首を飛ばしてやった。開拓村の彼等の思うと苦しめてから殺すべきだと思うが、メイファの心情を思ってさっさと始末してやった。


「ユウキ、余計な世話だぞ。お前は私に甘すぎるのではないか? この程度の決断、こなせぬようではこれから先やってはおれんのだ」


 メイファが口ではそう非難してくるものの、顔は安堵している。解ってはいたが、メイファはまだ人を殺した事がない。為政者たる者、いつかは通る道ではあるだろうが、それはここではない。

 それにこんなこと、好き好んで経験すべきではない。どうせなら俺のように既に汚れ切っている輩が更に手を汚したところで何の痛痒も感じない奴がやるほうがいいだろう。何しろこちらの世界にやってきて既にあっちの数倍はあの世に送っている。俺が自重していないのと出会う屑が多すぎるのが原因である。

 ここで本当ならそんな血に汚れた手で妹や娘を抱き上げる資格があるのかと自問すべきなんだろうが……一切気にならないんだよなぁ。やはり俺は異常者なんだろう。気に病むほど繊細な性格をしていないだけかもしれん。



「メイファ、いつか君にも手を汚さなければならない日が来るだろうが、それは今じゃない。こんな屑、道端で野犬に喰われているのがお似合いだ。君が手を汚す価値などないよ」


「それは君にも同じ事が言えるが? 君の大いなる技はこの程度のゴミに使われるものではない。もっと大きなものにこそ使われるべきだ」


 隣のフェイリンも大きく頷いているが、どう答えたものか。ああ、あれがあったな。


「悪いな。ゴミをみたら片付けたくなる性分なんだ。こればかりはどうにもな」


 俺の言葉に鼻を鳴らしたメイファだが、最後の一言は俺にだけ聞こえる小さなものだった。


「まったく。だが、ありがとう」




「殿下、誠に申し訳ありませんでした。自らの怒りに任せ殿下の裁可を乞う余り、殿下を追い詰めていた事に気がつけませなんだ。まさに汗顔の至りにございます」


 血生臭い場所から離れて、開拓民達の件がひとまずの処断を終えた後、ラカンがメイファに深々と頭を下げている。


「いや、ラカン殿の判断は正しいものだ。あそこで私が蔑ろにされては後で一言話さねばならぬ所だった。全ては私の覚悟が足りぬ事が原因に過ぎぬ」


 もう何も言うなとメイファが手で制した所で、弟のラコウが合流した。彼は部下を率いてこのセンシュの街を回っていた。メイファの演説を受けた民の動揺を抑える為であったが、意外さを覚えるほど民は落ち着いているという。


「やはり殿下のご威光の賜物でございましょう。なにより尊きお立場でありながら民の目線に合わせて言葉を発して下さったことがなによりも民の心を打った模様です。先ほどから殿下のために戦わせてくれと押しかける者が後を絶ちませぬぞ」


「この街の民には私の我儘で迷惑をかけている。何か報いてやりたいと思うが、如何してやるべきか」


 メイファの言葉は飾らないものであったが、帝の血を引く帝族がそのような言葉を発するのは珍しいのだろう。二人は瞠目した後、改めて拱手して臣下の礼を取った。


「殿下、どうか改めて我等の剣を受けては下さいませんでしょうか。我等兄弟、殿下の見据える未来の御為命をとして働きまする! どうか忠誠を誓わせていただきたいのです!」


「御願い致す! 殿下の下で剣を振るえるのはこの上ない名誉にございます!」


 その言葉にメイファは面食らってしまう。俺から見ても今更そこで怖気づくのかと疑問に思ったほどだが、彼女にしてみれば大願を成就する為にラカンとラコウに協力を求めたのであり、向こうから忠を尽すといわれるのは予想外だったらしい。

 本気かよ、と怪訝な顔をした俺だが、メイファが不安げに俺とシアンを見てくるのでどうやら本当らしい。らしいというか、なんというか。


「お二人さん、抜け駆けはあかんで! アタシも殿下にこの知識の全てを捧げるつもりなんや! 順番からしてあたしが先やん?」


「いやいや、順序で言えばこのフェイリンが一番槍です。何せもう既に槍を捧げておりますからな」


 フェイリンが混ぜっ返したところで、こんな場所ではなく、もっと格式のある場所でやらないかという俺の言葉に皆が従った。

 どの道、俺達はこの屋敷の会議室のような広間に向かうつもりだった。そこで他の皆が待っているはずなのである。




「こ、これは殿下!! 知らぬこととはいえ殿下に大変なご無礼をいたしました! 平にご容赦を! いえ、せめて家族だけはお許し下されますよう、切にお願い申し上げます!」


 食堂にも使われていたであろう集合場所に出向いた俺達を迎えたのはリュウコウの完璧な土下座だった。そういえば彼は一度メイファの勧誘を蹴っている。彼の立場にしてみれば袖にした相手が自分達の運命を簡単に変えられるとんでもない大物だったというわけか。土下座の理由も頷けるが、もちろんメイファがそんなことで怒る筈もない。


「リュウコウ殿、顔を上げてくれ。名乗りを上げる前の私はただの村娘に過ぎぬし、あの場で誰とも知れぬ我等に容易く協力を約する方が怪しいというものだ。もちろん、力を貸して欲しいと願ったそなたを罰するはずがないではないか。もちろん、場所を選んでくれるならこれまでのように話してくれて構わんぞ」


「め、滅相もございません。先帝陛下の第4女であられられるメイファ様といえば音に聞こえた麒麟児。齢4つにして四書に親しみ、先帝をして皇女殿下が男であれば国を新たに割って任せても良いとまで言わしめたという天に愛された御仁と伺っております。思えば御教を勤めたリシュウ老師からの紹介とお話をされた時点で気付くべきでございました。己の浅慮に恥じいるばかりでおります」


「全ては過ぎたことだ。私たちは現在を生き、未来に何かを残すべく立ち上がったのだ。大事なのはこれからではないか。さあ、立って私にその力を貸してくれ」


「な、なんという勿体ない御言葉! このリュウコウ、非才の身でございますが、身命を賭して殿下に御仕えいたします!」


「ぬう、兄者よ。これはまた先を越されたのではないか」


「せやな。あれはちゃっかり忠誠を誓われたで。アタシらの方が先約やっちゅうのに」


「順番などささいなことではないか。我らは共に同じ夢を抱く同心なのだ」


 メイファはそう言って宥めたが、王朝に生きるものにとって忠誠の誓いはそんな軽いものではないらしい。

 結局、兄弟が槍を、シアンが羽扇(鳥の羽がついた扇。如月が軍師の必需品だといって渡してくれ、シアン本人も一目で気に入ったという謎の代物だ)、リュウコウが筆をそれぞれ捧げて、メイファに永久の忠誠を誓った。


「汝等の忠誠、誠に大儀である。私はいまだ何も為しておらぬただ生まれの良い女に過ぎぬ。大言を吐いただけの妄想狂で終わる事もあるだろう。だが、そなたらが忠を尽してくれる限り、私は初心を忘れぬ今の私であり続ける事を天に誓う」


「民を守る盾となり、主の敵を討つ矛となる事を誓います」

「弱きものへの寛容と、強き者へ勇敢を誓います」

「この知の全てを殿下に捧げます」

「殿下に天の恩寵のあらん事を」


 

「ううむ、私もあそこに混じりたいものですな。役者が揃うとこれほど見栄えがするとは!」


 傍で成り行きを見守っていたフェイリンの呟きに完全に同意だ。俺と<共有>して見ている仲間たちも滅多に見られない荘厳な光景に興奮しきりだ。ユウナとレイアが私たちも同じ事をしようかと本気で協議しているのは勘弁して欲しいものだ。


「君が誓いを立てたときも決して劣ってはいなかったがね」


「そうでしょうか。しかし皆様見事な御覚悟、殿下についていけばお家再興の目があるかと考えていた自分が恥ずかしい限りです。このような不遜な者が御側に居るわけには……」


 フェイリンの身内が絶えている事が諸国漫遊の旅の理由でもあったので、その目的も前に聞いていたから驚きはない。むしろ武芸者がその腕で仕官の道を探るのは基本中の基本であり、疚しい事はないはずだ。


「メイファの身の回りを守れるのは君しかいないぞ。何を弱気な事を言っているんだ。それにこれから忙しくなる、余計な事に気を回している暇はないと思ったほうがいいぞ」


「そうでした。このような弱気こそ殿下への誓いを違えるというもの。ユウキ殿、忝い」


 俺の言葉に元気付けられたような顔を見せたフェイリンは気合を入れる。そしてそれと同時にソウジンとソウテツが部屋に入ってきた。この部屋で神聖な何かが行われたことを雰囲気で察したのか、彼等は居住まいを正した。


「皆様、私はお嬢様、メイファ殿下の家宰を勤めておりますソウテツと申します。以後お見知りおきを。この場に皆様にお集まりいただきましたのはこれからの事を話し合う為にございますが、その前に片付けておかねばならぬ案件が今出来ました」


「隊長! おっとこれは殿下までいらしたとは失礼いたしました!」


「ソンブ、何かあったのか?」


 金剛兄弟の部下であるソンブという部隊の取り纏め役の一人が息せき切って走りこんできて、メイファの存在に慌てて膝をつくが、ラカンの質問が飛んだ。


「殿下のお姿を一目拝見したいと街中の民衆が押しかけてきています。モウカクさんが募集兵の取り纏めをしていますが、全く追いついてない様子です。これは手を打たないと暴動になる恐れがありますぜ」


「殿下に対してなんと不敬な。お目通りなど望めば叶うものではあるまいに!」


 ラコウが憤慨するが、<マップ>で見る限り本当にこの屋敷を十重二十重に民衆が包み込みつつある。その数は減るどころか増える一方で何らかの手を打ったほうがよいのは確かだ。



「さて、軍師様。ここはどうすべきかな?」


 俺は挑発的にシアンに言ってやる。彼女も俺の煽りに余裕の笑みで応えた。


「そんなん決まっとるやん。殿下、お願いしたい儀がございます。そしてユウキはん、あんたにも手ぇ貸してもらうで。ま、実際借りるのは手やないけどな」



 軍師という職業は存外に軍では立場が低い。一発逆転の秘策を常に持っているように思われるが、その秘策を披露するには諸将の間で開陳するだけの総大将の信頼を勝ち得ているのが大前提だし、なにより”誰が戦場を知らぬお前の指示になどに従うか!”という現場叩き上げの将は絶対に言うからだ。


 女性であったシアンは女の身でそういった将軍たちとやりあう覚悟を既に決めていたものの、その道は険しいといわざるを得ない。元々軍師と呼ばれるような人種はまず第一に前線で血と汗を流して信頼を勝ち取る事から始めないといけないからだ。

 書物だけで実際の戦場を知った気になっている青二才の言葉に本心から従う将など存在しない。この場合メイファの命で彼等が頷く事はあっても、今現在の状況でシアンの策に彼等が信じて命を張る事は難しいだろう。実際に戦い、命を懸けるのは彼等だからだ。信用の置けないものの言葉を容れる筈がない。


 であるなら今のうちに彼女の能力を金剛兄弟に知ってもらう必要があった。俺が彼女に話を振ったのはそのためである。




「ふう、酔うた酔うた。これほどまで強い酒は久方振りじゃ」


「ラコウ! ほどほどにせよと申したであろう。この後で会議であると伝えてあったであろうに」


「そうは言うがな兄者、俺が飲まねば下の者も気後れして気持ち良く呑めんというものよ。兄者の分まで俺が飲む必要があったのだ。そこは兄者も了承しておったではないか」


 シアンがとった策とは実際にメイファが顔を見せて、ただ宴会を行うことであったが、予想以上の効果を及ぼした。俺達が馬車に積み込んでいた物資や資金を提供して民を巻き込んで祝いの宴を開いたら、メイファを支持する声しか聞こえなくなった。


 特に兄弟の部隊の兵士には勝利の証として酒を振舞った。如月が失敗作として大量に残した酒が山ほどあるのでそれを出したのだが、聞こえて来る言葉は殿下万歳やメイファのために命を捨てるだの気合の入った声ばかりになった。

 ちなみにラカンは下戸らしいのでその分も弟のラコウが飲んだという話である。


 今の時刻は夜の帳が下りた後である。あれから数刻が経過している。宴会を開いたのだから時間が過ぎるのは当たり前だが、この話し合いは早急に済ませる必要があった。



「とりあえず酔い覚ましだ。酔った頭で話をするわけにもいかん。こいつは効くぞ?」


 なにしろ状態異常回復ポーションだ。酔い覚ましに使うような物じゃないが、今はこれが必要だった。


「な、なんだこの水は! あれほどの酒精が吹き飛んだぞ。これはいい、他にもないものか」


 ラコウからの質問を遮り、俺はメイファとシアンに頷く。ここには主だった全ての者が顔を揃えていた。内容はこれからどのように行動するのかである。

 シアンを交えた幾度かの話し合いで大筋は決まっているが、実際に部隊の運用を行う彼等に話を聞いていてほしかった。


「それじゃあ、会議を始めるで。内容はもちろんアタシらのこれからの計画や。まず第一にアタシらの最終目標は領都シンタオや。天都に向かおうとしてると思うとる人がおるやもしれんけど、そこは勘違いせえへんでな?」


「なるほど、主敵を東の太守にすることで天帝への反逆という大罪を免れるというわけですな」


「そもそも天帝にさからっとるわけでもないからな。目的はあくまで東の太守や。殿下と天帝陛下にこちらから骨肉の争いをさせるわけにはいかへんし」


 そしてシアンは誰もが驚くような内容を口にした。


「叛いたアタシらに時間は敵や。そういうわけで領都シンタオを今から10日で陥落させるで」



 


楽しんで頂ければ幸いです。


あれ、意外と話が進まない(汗)

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