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彼女の道 1 金剛兄弟

お待たせしております。



「兄者、聞いたか?」


「捜索隊の話か? またも空振りであったそうだな。あののろまどもめ、仲間さえ満足に探すことが出来ぬと見える。獣でさえ群れからはぐれても己の巣穴に戻ってくるというのに、それ以下ではないか」


 自分より二つ年上の兄が、自らの状況的にかなり際どい発言をした。その事に慌てた弟が周囲を見回し、他に誰もいないことを確認すると、胸を撫で下ろした。

 普段ならば、弟である彼こそが不用意な言葉が多く、兄にたしなめられる事が多いのだが、最近ではそれが逆になっている。

 常に思慮深い行動を心掛けている彼がこのような言葉を発するのにも理由があり、弟もそれを理解してはいたがここで迂闊な言葉を発すれば面倒なことになるのはわかりきっていた。


「兄者……」


「ラコウ、我が弟よ。私は天軍にほとほと愛想が尽きた。無辜の民を殺して回るなど、正気の沙汰ではない。命令を出す方もだが、受ける方もどうかしている。天帝の兵としての気概が一欠片でもあるならば、誇りに掛けて命令を拒否すべきだろうに」


「叛徒が群れていると報告があったと行う話ではないか」


「食うのが精一杯の開拓途中の辺境だぞ!? お前も見たことがあろうが。叛徒が紛れているにせよ、あそこでは生きるだけで必死であろう。あの有り様で謀反など起こせるはずもない」


 産みの親と育ての親から至極真っ当な養育を受けてきた二人にとって、栄えある天軍が守るべき民を殺すなどあり得ないことだった


「ではどうすると言うのだ、兄者よ。共にこの駐屯地の屑共を根絶やしにするか? 俺も喜んで付き合うし我が兵共もここの屑どもには辟易している、始末自体は容易であろう。して、その後は? 天に向かって叛くつもりか?」


「それは……」


「それに叔父御にどう説明する気だ? 我等の任務を忘れたのか、兄者よ」


 彼等は大恩ある叔父から直々にこの任務を言い渡されていた。正直な話、彼等にしてみれば左遷以外の何者でもないこの任務であったが、叔父からの厳命であれは否応はなかった。しかし不満が消えるわけでもなく、鬱屈が溜まる一方なのは兄弟共に同じだった。普段ならば弟こそが自らの境遇に不満を兄にぶちまけているのが常なのだ。

 このように兄の方が不平を周囲に構わず洩らす方が珍しい。


「それに我等の行動如何で天都の叔父御に迷惑がかかるだろう。例の件であの人の影響力も衰えているだろうし、ケイトウめの手の者がここに入り込んでいるやも知れぬ、言動に気をつけろと常々言っているのは兄者ではないか」


「うぬ……」


「御曹司、幸いここには自分達以外にはおりません」


「然り」「ラカン殿が声を荒げるとは珍しい」


 兄弟がいた部屋に三人の男が入ってきた。未だ30代前半の兄弟とは対照的に一人は老境に差し掛かった古強者の印象を与える小男、それ以外の二人は兄弟よりも年若い青年たちだった。


「モウカクか、それにハクキとソンブまで。そうか、刻限か……」


「任務の時間です、御曹司」


「その御曹司は止めいというに、今の我らは一介の兵士に過ぎん」


 尊敬する叔父が二人に付けてくれた古兵(ヴェテラン)であり、決して自分達が見捨てられたわけではないという証明のような男ではあるが、兄弟が初陣の時から見知っているので三十路も越えた今でも昔の呼び名を使ってくるのが玉に瑕である。しかしその戦歴はレン朝全てを見渡しても最上位にはいるであろう歴戦の古兵は軽々しくなど扱えず、彼等の中でも独特な地位にいる男だった。


 そしてハクキとソンブに至ってはかなり面倒な立場の男たちだった。

 ラカンとラコウの兄弟は共に天都にて大隊を与えられていた将校なのだが、この任務を与えられた際、勝手に二人についてきたのだ。しかもそれぞれ100人近い兵が二人を慕ってこの東の僻地に従ってきているという、周囲から見ても奇異な集団だった。

 ハクキとソンブはその集団の最上位者として二人の信頼厚い将校であり、本当なら彼等の変わりに天都で天帝の守護の一翼を担う存在である。しかし好き好んでこの二人についてきた変わり者だ。


「隊長、そろそろ……」


「わかっている」


 寡黙なソンブがそう急かすと交代まであまり時間はないようだ。二人は溜息をつきつつも立ち上がった。


「そんなに嫌なら止めちまって天都に帰還しちまえばいいじゃないですか。俺等は何処でも付き合いますよ?」


 軽い性格のハクキが茶化すが、二人の顔は険しくなるばかりだ。


「我等の叔父御から直々に命じられた任務だ。下らぬ任務だが、名誉に悖るわけではない。天軍の誇りを失ったかのような命令を受けるより()()さ」


「ああ、アレですか。殺しを楽しんでいるような連中ですからね、性質の悪い野犬と変わりませんや。そもそも徴募で無理矢理連れて来られたような半端な奴等です。俺達と同じ人種にされるのも迷惑ですよ。身の程を教えてやってもいいですかね?」


 兄弟二人と内心は同じだと示すような部下の態度を受けて、兄のラカンは上官の俺がこのような態度では部下に示しがつかぬと己を戒めた。自分達を慕ってくれるのは有難いが、忠誠心が強すぎて命令以上の事をしでかさないか不安になるほどだった、弟のラコウは非常に顔に出やすい性質なので、その意を汲んだ弟の部下が何度かここの弱兵共と諍いになった事もあり、仲は険悪だった。


「我慢せい。お主らが勝手についてきたのだ。喧嘩沙汰に責任は持たぬぞ」


「今日の仕事は昼の二刻から閉門の夜8刻までとなってます」


 こちらが問わなくても先回りして望む答えをいつも教えるモウカクに最初の頃は驚いたものの、大将軍の従兵も務めたことがあると言う経験豊かな下士官の助言はいつだって全て正しい。彼等は黙って従うのが正解だと思い知っている。


 そして彼等は今日も仕事に立つ。いつも通りの不快な時間が過ぎると思っていた彼等の前に一人の少女が現れるのは、この2刻後である。






 このセンシュの街は数ある東部の町でも特に名の知れた存在ではない。だが、俺達は最初にこの街を目指して移動していた。出発した村から近かった事もあるし、なによりとある兄弟が目当てだった。


 聞けばセンシュの街にはとんでもない門番がいるらしい。優れた体格をした兄弟二人らしいが、その異名が金剛兄弟というから凄い。なんでも門番という職に飽き足らず周囲の匪賊たちを討伐して回ったり、私腹を肥やしている商人に証拠を集めて懲らしめたりと、本当に門番なのか? と疑問に思うような行動をしているらしい。

 どういうことなのかと思って調べていたのはメイファが俺達の仲間と共に休息を取っていた頃だ。すでにメイファの強固な意思を確認して説得が無理と解り、無為に死なすには惜しいこの少女を何とか生き延びさせてやりたいなと考えて色々画策していた時期だ。


 結局はフェイリンとソウテツとの出会いによってメイファも短慮を自制したことにより、彼女が天軍の駐屯地に単身で突撃を仕掛けるような事態は避けられたが、いつか必要になると思って情報は探らせていた。


 彼等に関するより詳細な情報を持ってきたのはフギンの街で俺というかメイファに従ったエイセイである。あいつは日陰に生きる人間だけあって、このような情報を得る手段に長けていた。リシュウ老やシアンが持つ情報網を使えばより確実なのだろうが、これは彼等の手を借りず行うことに意味がある。エイセイの件は向こうから話を持ってきたので別ということにしてある。


 金剛兄弟だが、兄のラカンと弟のラコウは共に身の丈2メトルに達しようかという大男だ。二人とも武芸に秀でて並みの兵士など10人いても蹴散らしてしまうほどの猛者らしい。武勇に優れ、性格は実直であり、信義に厚いという天軍に失望しているメイファなどはそんな奴がいるはずないと一言で切って捨てるほどの人物だという。

 そしてこの二人、天都における名家中の名家、シンラ家の直系一門というとんでもない情報がもたらされた。幼い頃から武芸に親しんでおり、神気なども当たり前のように使いこなすそうだが、何故こんな辺境の街の門番なんぞをやっているのか不思議で仕方ない。


 エイセイの部下が集めた情報ではこの二人はかつて天都で部隊を率いていた将校であるらしく、恐らく何かやらかして都落ちしたのではないかと判断していたし、俺もそうなのではないかと見ている。

 だが、その人望は相当なもので、彼等の周りにはかつての部下が勝手にこっちまでついてきてしまっているらしい。その数200人というからまさに驚きである。

 その元部下を使って周囲の匪賊討伐を進めるなど功績は大きいが、元からここにいた部隊との仲は悪いらしい。


 この世界に限らず、長期間やれている盗賊などというものは大抵官憲と繋がっているのが相場である。これは俺達の要る世界でもあることなのでまず間違いないだろうが、この兄弟が率いる部隊は外様であるからか、名家のお坊ちゃんであるからなのか、辺境のしきたりを全てブチ壊して盗賊という盗賊を吊るしまくったので民からの評判は良いが、賄賂を受け取る兵士たちには酷く恨みを買っているという。

 しかし数では劣るが実力は大きな差があるので衝突までは至っていないらしいが、それも時間の問題

ではないかと報告に来たエイセイとその部下は言っていた。

 彼とその部下には報酬として袋に詰まった棒金を渡すともう一仕事を頼んでいる。それがシアンに出会う数日前だ。


 そうしてメイファが大見得切って彼等の前に立ち塞がったのだが、早速盛大にやらかしている。


「そこの二人が金剛兄弟だな? その偉丈夫、そう渾名されるのも頷けるが、その図体は見掛け倒しか!?」


 門番をしていた兄弟の前にメイファが歩み出て彼等を見上げたかと思うと、なんと二人をいきなり罵倒し始めたのだ。俺の予想ではもう少し穏便にゆくと思っていたので驚いた。喧嘩を売ってどうする……いや、一つの手ではあるが。博打に過ぎる気もするがもう始めてしまったので仕方ない、俺はフェイリンと共に少し離れた場所でソウテツ、ソウジンたちと共に商人の一団に扮している。

 全てがどうしようもなくなった時はメイファを掻っ攫って撤退するためである。俺だけでもいいとは思うが、彼等としても固唾を飲んで見守っているというか、いきなり喧嘩を売っているので数人の顔色は白くなっている。



「なッ……」


 唖然としている(当然である)巨漢二人に一切構わずメイファはその口火を切った。


「天は既に乱れ、地の民は苦しみに喘いでいる。二人は中々動いているようではあるが、根本が成っておらん! 貴様等二人ほどの力を有していながら、このような僻地で門番などに身をやつし、周囲の盗賊を捕らえた程度で己の立場を満足させている。汝ら二人の力はそのような些事のために振るわれるものではない!」


「天がため、民のために力を振るうのが天軍の努めではないのか! この地の天軍は既にその高潔な誓いを投げ捨て、餓狼の集団と成り果てた。これより東の森では何の罪もない民が貴様等天軍の凶行により多くの命とその財貨が燃やされた。既に天軍に天意なし! 貴様等二人は見所があると周囲は言うが、私に言わせればその力の遣い所を間違えた愚か者に過ぎん!」


「こ、この小娘! 言わせておけばいい気になりおって!」


 兜を被っている兄弟の見分け方は髪が兜から出ているのが兄でそうじゃないのが弟だ。それ以外は似たような装飾の揃いの真紅の鎧(どう見ても値打ちもので門番の装備じゃない。多分家に伝わる家宝の鎧とかなんかだろう)なので見分けられない。

 言いたい放題言われていた弟の方が激昂してメイファにその矛の切っ先を向けたが、流石は俺の見込んだ女だけあって眼前に突きつけられた鋭利な刃に小揺るぎもしなかった。

 あいつ、肝が据わると本当に傑物だわ。こっちじゃ今にも飛び出しそうなフェイリンとソウジンを抑えつつ、既にメイファはあの兄弟二人を呑みかけている。弟、ラコウだったかはとりあえず威嚇のために矛を突き出して見せたものの、メイファの眼光に押されているのがこの距離からでも解る。


「己の所業が天に恥じぬものであると確信するならば、その矛で我が首を搔き切るがいい。どうした!? その豪腕はこれまで多くの武芸者を打ち据えてきた無双の武、この細首など容易いであろう」


 あの馬鹿! メイファは事もあろうに刃を自ら首に当てて押し込んで見せた。あの矛も制式装備なのではなく彼の自慢の相方なのだろう、押しただけでも鮮血が流れているのが見える。

 やりすぎだ。フェイリンは今にも俺を押しのけて飛び出そうとしている。


「こ、小娘……正気か!?」


「何を躊躇うことがある。己が正義に従うだけではないか。無辜の民を大勢殺し、我が村を焼き払った天軍の一員である貴様等ならば、女一人の命など塵芥に等しいだろう」


「お主……あの凶事の生き残りか……」


 それまで沈黙を守っていた兄のラカンが重い口を開いた。その言葉には深い悔恨が籠められている。


「然り。東端の村の村長が娘、メイファである。さあ、どうした、その刃を引けば己が罪を認めるようなものぞ。さあやれ、私を故郷の皆の元へ送ってくれ」


「うぬ、なんという気魄! 小娘、いやメイファと申したか、お主、只者ではないな」


 引くに引けなくなっているラコウが逡巡しているものの、あれはもう完全にメイファに呑まれている。とりあえずは安心していいだろう。いつの間にか刃を下ろしているのがその証拠だ。

 問題は兄のラカンの方だ。今さっき、一人の従兵らしき男が彼の近くにより何事か囁いた。口元を隠していたので何を告げたのかは判然としないが、その瞬間にラカンの気配が変わった。


 さて、どうなるか。俺の予測ではメイファの意気に二人が感銘を受ければ勝機はあると見ていたが、弟のラコウはともかくラカンの豹変が気になるところだ。


 メイファの言葉は続く。


「二人とも、聞けば名のある家の出だというではないか。そのような二人がこの地でつまらぬ仕事に従事させられながらもその気概を失わなかったことは誉めてやる。だが、そなたらの力は何のためにある? それを考えた事があるのか?」


 完全に黙ってしまった兄に代わり弟が答えた。


「それは、天軍の兵として天帝とこの地の民のために力を尽すこと……」


「そこまで理解しておりながら何故この状況に座している。天がそなたらに与えた力の意味は周辺の盗賊を滅する事でも、小悪党を懲らしめる事ではない。天下の為、(おほやけ)の為にあるのだ。意に添わぬ任務をさせられ、国が堕ちてゆくのをただ見ているだけでよいのか!」


「わ、我等に叛けと言うのか。勝算もなく、ただ義のために命を燃やすのは容易いこと。だが、お主の言うとおり我等が叛けば周囲の諸侯も続くであろうが、それは義によるものではなく己が欲を満たす為だ。欲に塗れた俗物どもを誰かが纏めねばそれは大火となって徒にこの国を焼き尽くす事になるやもしれぬ。ただ叛くだけではいかんのだ。それでは大儀に悖るというもの」


 俺の調べでは弟のラコウはかなりの直情型だということだが、今の言葉を見るに相当考えているようだ。そして当然だが、真っ当な感性を持つ彼等であれば、この国の現状など俺らに説教されるまでもなく理解しているはずだ。それでも動かなかった、いや動けなかったのだろう。


「もし、二人に一欠片でもこの国を想う気持ちが残っているのなら私に力を貸して欲しい。なに、二人が加わってくれれば勝算はある」


 そう告げてメイファは深く頭を下げた。兄弟が動揺しているのが伝わってくるのがわかるが、その間に騒ぎを聞きつけたのか、周囲に兵士たちが集まってきた。その中でも二人を慕ってついてきた連中は一目でわかる。兵隊としての錬度と出来がまるで違う。この駐屯地にいる徴募された連中とは大人と子供以上の開きがあるが、これは少しまずいか。部下や周囲の目があれば彼等の振る舞いも変わってくるだろう。

 特に兵隊の中でも先ほどラカンに何事か囁いた初老の男と二人居る若い男は別格だ。あの三人がどういう行動を取るかで状況は一変するだろう。

 こうなるまでに押し切りたかったが、万事上手く行く保証などないしな。


「娘、いやメイファ殿と申したな。まずは落ち着いてそちらの話を聞こうではないか」


 弟のラコウが周囲の目もあって、仕切り直しをしようと提案してくるが、それはまずい。先ほどのメイファの勧誘は後一押しで二人はオチる寸前だった。今は彼等の部下や、仲の悪い連中の目もあって冷静になろうとしているが、この後では今ほど心を揺さぶる事は出来ないだろう。


 これはメイファの戦いだと重々承知しているが、これくらいの援護は許されるだろう。

 俺は彼女のとなりに駆け寄ると、周囲を睥睨して腹から声を出した。



「これより俺達はこのメイファを旗印に、この国をひっくり返す! その際にあんたたちも加えてやろうと言っている。天軍に家族を殺されたメイファは憎いはずのあんたらに頭まで下げたってのに、その態度は何だ! 女ひとりに重荷背負わせて自分達は知らん振りか。それでも男か! お前たちの股座の玉は飾りか!」


「な、なんだ小僧、唐突に現れよって! その姿、まさか奴婢か!?」

 

 あ、帽子被ってなかった。耳が露になっているが、まあいいか。俺が誰で何者かなど今はどうでもいい。この場で大事なのは勢いだ。



「ガタガタ喧しい! 黙って聞け! 二人に言いたい事はこれだけだ。俺達と来てデカい夢を見るか、ここで門番として生涯を終えるか、どちらか選べ! この辺境の町で不満抱えて安穏と生きるのが男の生涯で構わねぇってんならその武器で俺らを殺すがいい! だが、現状を憂い、立ち上がってこの国を変えたいと願うならこのメイファの元へ集え! 見ての通り、この女は二人と居ねぇとんでもねぇ女だ! お前たちを誰一人として退屈させねぇだろうさ!」


 俺の叫びは静まり返った周囲に響き渡る。隣のメイファがなんて事をいっているんだと驚愕した顔でこちらを見ているが、俺は嘘をついたつもりはない。それにそんなに心配する必要はない。どうせ駄目なら彼女を抱えて逃げ帰ればいいだけだ。俺達の立てた計画は狂うが、そんなのまた練り直せばいい。このメイファさえ居ればなんとでもなる。



「う、うおおおおおおおお!!!!」


 まず俺の檄に応えたのはやはり弟のラコウだった。腹の底から響くような咆哮を上げるとその武器である矛を大地に突き立てた。この場で武器を手放す意味は問うまでもない。


「ラコウよ」


「止めてくれるな兄者! 女子や人間にここまでいわれて奮い立たぬなど竜人の男ではない! 兄者が止めても俺一人だけでもゆくぞ。領都に押し入って叔父御を前面に立てれば前途は開けるはずだ!」


 そうまくし立てる弟の言葉に兄のラカンは首を振った。


「そういうことではない。我等が成すべき事はまず、これだろう?」


 そう告げると彼は懐から懐剣を取り出して軽い調子で投げつけた。恐るべき勢いで飛んだその先には一人の男がおり、その眉間に突き立った。


「必ず殺してやろうと思っていた。このケイトウの狗めが!」


 そして周囲の部下たちに頷くと、歓声を上げた部下たちが周囲の兵士に嬉々として踊りかかった。険悪な仲と聞いていたが、それだけではないようだ。彼等は武器を持って切り殺しているものまでいる。殺されているのは村の襲撃に加担した連中だろう。


「兄者!」


「ラコウよ、即行動に移すのはお前の美点でもあるが、順序を考えよ。叛意を示す前に邪魔者を片付けて置くのが常道だ。あの獣どもを始末できるし、これで私も心置きなく叛けるというものだ」


「おお、兄者も共に来てくれれば百人力ぞ!」




「そ、それでは、二人が合力してくれるのか! おお、百万の味方を得たようだ」


 とりえあずメイファの首の流血を癒すが、なんと本人は怪我に気付いていなかったようだ。いくら見にくい部分だとはいえ……いや、それだけ夢中だったということか。

 それに何とか二人をこちらに引き込むことに成功したようだ。元より現状に不満を持っている事は彼の部下からも聞き出してはいたので可能性は高いと踏んでいたが、気掛かりなのは彼等ほどの人物が何故この場で門番などをしていたかだ。本来ならこの国の首都で出世街道を驀進中の二人である。実際、俺の調べでは二人は順調に首都でその位階を上げていて、将軍の地位も視界に入っていたほどだし、そもそも彼等の家は国の守護を司るような超名家だ。黙っていても将軍になれるほどの権勢を今現在も誇っている。

 彼等には嫌な話だろうが後で経緯を聞いてみたいものだ。


「おう、メイファ殿。我等もそなたの道に加えてくれい。この力、天を正すために存分に振るってくれるわ!」


「忝い。ラコウ殿、先ほどの無礼を許されよ。あなた方が高潔な武人であると知りながら、怒りに任せて心無い言葉を口にしてしまった」


「そなたの言葉は正しいものであり、我らは何も言い返せぬ。あの蛮行を知りながら怒りに震えるだけで何も行動に移せなんだ。だが、そなたとその者の言葉は俺の迷いを吹き飛ばしてくれたわ。最早俺の心に一点の曇りもない! それに兄者まで加わってくれるとあらば、最早敵などおらぬ。なあ、兄者、兄者? 何を!?」


 兄であるラカンが突如メイファに跪き、臣下の礼である拱手をしたのだ。これには俺もラコウも当のメイファも驚いた。俺らの立場は同志であり、主従ではないはずだ。


「我等がこの地で門番を命じられた意味、理不尽と感じておりましたが、今理解いたしました。全ては貴方様にお会いするためであったのです。私を覚えておいででしょうか、殿()()


「兄者? 一体どうしたというのだ」


「控えよラコウ。殿下に対して不敬であるぞ!」


 兄の言葉の強さにただならぬものを感じた弟も彼と同じ拱手の礼を取った。豪放磊落で知られた彼であるが、やはり名家の出である。そこで受けた教育の賜物か、それは意外さを思えるほど実に洗練された所作だった。



「まさか私を覚えているというのか? シキョウ大将軍に連れられていたそなたと出会った頃の私はまだ4つにもならぬ。見た目が違いすぎるであろう」


 メイファの言葉を受けた兄弟の体が衝撃に震える。二人とも下げた頭を一段と深くした。特に彼女に刃を突きつけたラコウは自刃しかねない顔色だ。メイファは気にしない性格だと思うがそれを慮れる空気ではない。


「この上なく美しくご成長あそばされましたが、その王者の気配、そして我等を前にしてもいささかも衰えぬ瞳の力。まさしく私の記憶にある殿下そのものでございます! よ、よくぞご無事で!」


 最後は言葉にならなくなっているラカンに周囲の彼等の部下が不審げに集まってくる。僻地に飛ばされた彼を追ってきただけあってどいつもこいつも一癖ありそうな精鋭中の精鋭だ。これほどの男たちはリノア一家の連中以来である。これは拾い物だな。


「貴様等、頭が高い! 控えよ、殿下の御前である!」


 その言葉に彼等も迷いなく拱手の礼をとるが、礼を捧げられた本人は困り顔だ。確かに話は進まない。


「そなたら、ここでこうしていても仕方ないであろう。二人を仲間に加えたことで目的自体は果たしたが、私はこの地で全てを始めるつもりだ。できればそれをこの地の民にも知ってもらいたい。私の身の証は街の中央で行うこととしたい」


「はッ、これは失礼いたしました。痴れ者どもは全て掃除いたしますので、殿下は我等の後にお続き下さい。よいな皆の者、散れ!」


 覇気のある声に応じた彼の兵が周囲に散ってゆく。その速さはこれまでの比ではない。彼等は自分達の大将が日陰の身であっても必ず返り咲くと信じて耐えて待ってきた。その全てが報われようとしている。



「おお、これがセンシュの街か。村にいた頃はいつかこの街に行ってみたいと夢想したものだ」


 門を空けて街に一歩踏み入れたメイファは感慨深げだ。フギンの都に入った時とは比べ物にならないほどの感情の変化だが、己の意思で歩み始めた彼女の道はここから始まるのだ。


「殿下におかれましては大変な苦労をなされたご様子。我等の知らぬこととはいえ力不足をお詫びいたします」


「何を言う。今でこそこのような大層な服を着させてもらっているが、つい先ほどまで私は土いじりをして生きていたのだ。あの襲撃さえなければ今もその生活を続けていただろう」


「なんと! そのような日々を送られていたとは、なんとおいたわしい」


 別に苦でもなかったのだがと告げようとしたメイファだが背後から突撃したフェイリンにその言葉は掻き消された。


「主殿! このフェイリン、見事志を果たされると信じておりましたぞ! それにしてもなんと言う無茶をされるのか! 次の機会があるならばぜひとも私をおそばにおいて頂きたい」


「おお、フェイリン。すまぬ、つい熱が入ってしまった。最初はユウキに言われたとおり冷静にゆくつもりが、ついな」


「おい、見てるこっちは生きた心地がしなかったぞ。いくら最初は自分ひとりでやる必要があるという言葉に押されたから認めたが、次は一人ではさせないからな」


 やはり俺達が側につくべきだったか。だが、女一人で立ち向かうからこの兄弟の心に刺さるのだというメイファの言葉に納得されられたのも事実だ。


「おお、そちらは護衛の方ですかな? 我らの為に御身一人でおいで下さったと! お心遣いに感謝致します」


 フェイリンの紹介が終わる頃には後ろに控えていた皆がこちらに追いついてきた。その顔には一様に安堵が張り付いている。彼等の顔には二度とこんな危ない真似はさせないと語っているが同感である。


「御主ら、久しぶりじゃのう。殿下の志を理解してくれて感謝する。お主らならきっと力になると信じておったぞ」


「あなたは、ソウジン元将軍!?」


 金剛兄弟に声をかけていたソウジンだが、兄弟の思わぬ反応に俺の興味を引かれた。将軍だって!? そういえば天軍で結構な地位までいったらしいが。将軍位まで上ったとは予想外だ。


「そういえば将軍の生家は家宰の一族でしたな。なるほど、その縁で」


「うむ、積もる話は後じゃ。まずは殿下の身の証を立てていただくのが先決。全てはそこから始まるのでな」



「お嬢様、輿を用意しました。どうぞご利用下さい」


「いや、このまま足で向かうとする。全てを忘れぬ為にこの地を両の足で踏みしめて始めたいのでな」


「御意にございます」


 ソウテツが用意した輿を断り、金剛兄弟が先導する中をメイファを先頭に俺達は歩く。センシュの街の住民の反応が気になるところだが、不躾な視線は感じないどころか、多くの民が俺達の行動を見守っているように感じる。

 これは仕込みが効いたな。やっておいて正解だった。


「メイファ様、ご報告申し上げます」


 そのとき、メイファの前に一人の男が歩み出て跪いた。その男は俺が先にこの街に忍ばせていたエイセイだった。手下が平民ばかりの彼はこのような潜入作戦に向いており、俺は先だってこの街の情報の収集とその自分達に好意的になるようにその操作を頼んでいたのだ。

 この地の民には俺達が圧制からの解放者のように見えていることだろう。実際はどうあれ、旗揚げには大勢の証人が必要だ。


「代官の屋敷は既に包囲が完了しております。後はメイファ様が一声かけていただくだけで簡単に片がつきます」


「うむ。エイセイ、良い仕事だ。感謝する」


「も、もったいないお言葉です」


 恐縮して立ち去るエイセイを見た兄弟は、感嘆の声を漏らした。


「今のは、中々見所のある男でしたな。流石は殿下、すでに目端の利く者を配下に加えておいででしたか」


「連れて来たのも忠を誓っているのも私ではなくユウキのようだがな」


 既に面倒な俺の説明は終わっているが、金剛兄弟が一々こちらを見て来るので厄介だ。最初こそ俺だけを見ていたが、メイファと話をしてからは彼女の器に惚れ込んでいるのは明らかだが、肝心の彼女はそういった認識に無頓着なので理解していないのが難点だな。



 そして代官の屋敷の前で俺らを待っていたのがもう一人。


「やあやあお嬢さん、待ってたよ。本当にあの金剛兄弟を仲間にしてしまうとはね。俺の目に狂いはなかったか」


「あなたは、リュウコウ殿! ここでの事が終わったら再度訪問をしようと思っていたが、そちらから出むいて下さるとは!」


 そこに居たのはフギンの街で俺達の勧誘を蹴った凄腕の数字屋であるリュウコウだった。口では断ったものの、この街で俺達を待っていたという事は、その意思は言わずと知れている。


「どうせ先のない職場なら、あんたたちに賭けたほうが分があるしな」


「そうであるなら、この一団に加わって欲しい。貴方には是非とも聞いていただきたい」


「喜んで。こちらこそよろしく頼みますよ」


 

 エイセイの部下が既に代官の屋敷を制圧していたので、俺達は何の障害もなく代官に会うことが出来た。この街の代官は40台位の神経質な細い男だった。いかにも官吏といった風情の酷薄そうな印象がある。


「お前たち! 自分が何をしているか理解しているのか!? 反乱だぞ!?」


「無論だ。許されざる罪である事も承知の上だ」


「恐れ多くも天帝に対する反逆であるぞ! なんたる不敬! 痴れ者め! 天に唾する行為をお許しになるはずがない!」


「官吏如きが天帝を語るか! 卑しくも代官ならこの地を治めるのが天帝陛下ではなく東部の太守である事など承知であろう。それを知りつつ天帝陛下を口に出すか! どちらが痴れ者だ」


 代官の言葉にメイファが激昂した。


「こ、小娘が。天罰が下るぞ」


「愚かな。天は人を罰しない。天とはただ悠久にあって永久に変わりないもの。矮小な人の都合で動いてなどくれぬ。貴様の方が天をより穢しておる。連れて行けと言いたいが、その前にひとつ尋ねる」


「な、なんだ?」


「この街の天軍の部隊が、東の開拓民の集落を焼き払った。当事者からの言葉では上からの指示だと言う。命令は貴様が出したものか?」


 嘘を決して許さない顔で問うメイファに代官は顔を青くして首を横に振った。


「し、知らない。私は関係ない! 私の上から指令が下りてきたのだ。何も知らぬぞ!」


 この街の代官でも無関係となると、やはりその上からか。予想はしたが恐らく領都まで行かないと最終的な事はわからないだろう。


 小さく嘆息したメイファは代官を連れ出すように命じる。そして彼女は俺達ひとりひとりを見回した。


 ここで宣言を始めるともう後戻りは出来ない。それを望んでいるような、嫌がっているよう微妙な顔している、しかし、ここまで来て立ち止まる選択肢は始めから用意されていない。


 代官の屋敷を出ると周囲には大勢の民衆がメイファの登場を今か今かと待ち望んでいた。



 彼女は俺を一度だけ見やると、全てを振り払うかのように彼女に注目する民衆に向け声を張り上げた。



「かつて先帝の崩御から幾年月が流れ、天は乱れに乱れた。天帝から国を任された四方の太守はその本分を忘れ、政治を(ほしいまま)にし、民を顧みる事をしない。天帝は自らの正しさを証明する為に兄弟と骨肉の争いを演じ、更に国は乱れ、民の怨嗟の声が天下に木霊している。その最中、東の太守は開拓民に謀反ありと事実無根の罪を作り上げ、前太守の命令によって応じた罪なき開拓民を虐殺する始末だ。

 私はここに至り、太守の横暴を糺すため兵を上げる事にした。だがこれは天帝に対する反逆ではない。道をたがえたのは太守であり、その罪を問う為に我らは起ったのだ」


「志在る者よ、我等に集え! 国を憂う国士よ、我等に集え! 我等と共に来る者は皆、官軍である。何故ならば、私が居るからだ!」


 そうして、彼女は己の道を歩み始めた。


「我が名はメイファ・レン・ソルヒン! レン朝第12代皇帝エイラクの4女にして現天帝の妹なり! 我が兄に代わって東の太守の不遜を糺す! 我こそはと思う者は、我等が旗に集うがいい!!」






楽しんで頂ければ幸いです。


またも遅れてしまいました。(ジャンピング土下座)


全て私の不徳と致す所であります。

文量多いから勘弁ねがいます……難産であったというか、仕事が忙しく、さらに書きたいことが上手くまとまりませんでした。


次こそは急ぎたいと思います。


難産が続くと時折全てを投げ出したくなる衝動に駆られますが、皆様の反応で非常に救われて執筆意欲が湧いてきます。誠にありがとうございます。


頑張ってまいりますのでこれからも何卒よろしくお願いいたします。

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