集う力 数字屋と書痴 3
お待たせしております。
「まあまあ! お屋敷の司書さんにお会いに? よくぞおいでくださいました」
用向きを伝えて屋敷に案内された俺達は、妙に愛想のいい女中のオバちゃん(まさにこの表現が適当な人だった。おばさんではなくオバちゃんだ)に応接間に通され、茶のもてなしを受けていた。
この異様な厚遇に俺達も驚きを隠せない。これほどの屋敷に出向くのに突然現れるわけにもいかず、リシュウ老師の紹介文を持参してその”司書”さんとやらに会いに来たと告げただけでこれである。
ちなみに司書とは例の人物の自称らしい。本人がそう口にして以降、勝手に広まっていったようだ。
本当なら事の真偽がわかるまで外で待たされても文句は言えないだろう。リシュウ老師の文には余計な事を書くのではないぞとメイファが目を光らせていたので俺も中身は知っている。
持参した人物の素性を彼が保証するという内容に留まっているので、封蝋もない手紙など怪しいといえば限りなく怪しいのだが、女中のオバちゃんは実に楽しげにメイファと会話をしている。
この人、よくいるおしゃべり好きな一面がありそうだ。少しばかり情報を抜かせてもらおうか。
「身元も定かではない自分たちにこのような客扱いをしていただいて恐縮だが、よろしかったのだろうか」
俺の目線を受けて意思が伝わったメイファがオバちゃんに話を向けた。胡乱な顔をするかと思ったオバちゃんだが、逆にその笑みを深くしてこちらに答えた。
「ええ、いいんですよ。大旦那様からそのように触れが出てますから。ウチの司書様へのお客人は最大限のおもてなしをしなさいってね。もちろん皆さん驚かれるんですけども」
そう言いつつ、なんと茶菓子まで出てきた。見たところ干菓子のようだが……こいつはいい。控えめな程よい甘さで後に引かない感じが凄く好みだ。
最近の俺の周りの甘味は甘みが強い物ばかりで、俺は一口で胸やけを起こしかねない代物ばかりだったが、ソフィアやイリシャ、そしてこのメイファも天上の快楽を味わっているような至福の表情で食べているので俺が何か言う事はなかった。
だが、この菓子は俺が始めて良いと思える程よい甘さだった。逆に言えば物足りない甘さであると隣の女二人は顔には出さないものの不満げではあるが、俺に言わせればあれは甘すぎる。よくみんなあれほど腹に収められるなと感心してしまう。
俺がこいつは良いと思わず口にしてしまったのだが、それに機嫌をよくしたオバちゃんが追加を用意してくれるほどの高待遇であった。こちらが気を遣ってしまうほどの扱いに疑問を覚えるが、俺達の疑問が顔に出ていたのか、オバちゃんが訊ねてもいない事を話し始めた。
「実はウチの司書さんはずば抜けて頭の良い人で、幼い頃から神童と呼ばれ、果ては宰相だなんていわれたお人だったんです、ってそれはお訪ねになったお三方もご存知ですよね? そして司書さんを恃みに様々な相談を持ち込まれるんですが、それがまた綺麗に解決してしまうんでその評判は鰻登りになったとか。その余波で本業の商売も司書さんの助言を受けて大きく成長して家格まであがったってんだから、もう大旦那様……ああ、今は家督を息子様に譲られてますので正確には先代様ですけど、先ほどのようなお触れを出したってわけです。これであの司書さんの悪癖さえなかったらもう引く手数多なんでしょうけれど、天は二物を与えずって奴なんですかねぇ」
「ふむ、やはり相当の人物のようだな。あの爺が頭の回転なら自分よりも上だと口にするだけの事はある。使用人の質は……難があるようだが」
「いくらなんても喋りすぎではあったな。俺らが何者かも解ってないのに内部事情を洩らしまくってたし、これも罠の一種と構えるにはいささか無用心に過ぎる」
「それより私はその者の悪癖が気になりましたな。あの女中の言葉が正しいなら、それこそ仕官の道でもいくらでもあったはずです。そしてそれほどの才が世に出ず、限られた人にしか功績が知られていないとなると、この家人たちが隠している可能性もありますな」
女中のオバちゃんがいつまで経ってもやって来ない司書さんとやらに痺れを切らして呼びに立ち去ったあと、俺達は周囲に耳がない事を確認してから雑談をしていた。
それにしても立ち去り際にあのオバちゃんは他の女中に指示を出していた。まさか、あの口の軽さでかなり立場のある人なのか? 全ては演技である気もするが……いや、あの喋り好きは生来のものだと思う。
「まあ、ここまで来てしまったし、後戻りする気もない。爺が認めた天下の才をじっくり見物してやろうではないか。それよりユウキ、良ければ私の分の菓子を渡そうか?」
「いや、そこまでしてもらうほどでも。後で何処でこれを買い求めたのか教えてもらう位さ」
「いやいやそれは大事ではないか。ユウキがここまで興味を示す甘味などこれまでなかったことだ。是非とも数を揃えねば」
俺が甘いものに興味を示す事など滅多にないからみんな興味を示している。さっきから俺を<視て>いたユウナがしきりにこの干菓子をあっちでも複製できないか試すのでひとつ送ってほしいと願い出ているほどだ。いや、そこまでしなくてもいいんだけどな。異国情緒溢れる品を楽しむのも気ままな旅ならではないかと思う。
そんな事を告げながらしばらく待っていると、と奥から人の言い争う声が響いてきた。
「司書さん! いけません、そのような格好で人前に出るなどと!」
この声は先ほどのオバちゃんだ。やはり仕事用の声は先ほどまでの明るい感じとは違ってよく通る硬質なものだった。
「ええやんか。減るものでもなし、今更やん。アタシがこの格好で街を出歩いても誰も何も言わへんし」
ん? この明るい特徴的な訛りはいつか聞いた覚えがある。
「なりません! 良い年をしたお嬢様が化粧も無しに出歩くなど、ありえないことです。お客様にはもう少し待っていただきますから、お召し替えを」
「ええって。爺さんの紹介やから顔を見てやるだけさかいに。ちょいと挨拶したら引っ込むし、余計な手間を掛ける必要なんかないって」
陽気な声がこちらに近づくなか、俺達は顔を見合わせる。この変な訛りの主が俺達の求める天下の偉才の一人、リシュウ老師にして智謀の極みと言わしめた大天才らしいが、声から受ける印象では全くかけ離れている。
「ああッ、お待ちを! シアンお嬢様!!」
「よう、あんたらがアタシに会いにきたって言う物好きやな? アタシの名はシアン、シアン・コセツさ。あんたらは……って、あんたはあの時の兄ちゃん!!」
「やはりまた会ったな」
俺の視界の先にいるのは、櫛も通していないぼさぼさの黒髪に化粧気のない顔だが、不思議と悪くない見てくれの若い女が居た。
彼女は数日前に玲二と共に立ち寄った萬人(こちらで言う冒険者のようなものだ)の組合所で出会った。特に会話を交わしたわけはないが、非常に印象に残る女だった。
そして俺の記憶に鮮烈に焼きついたその強い意思を感じる瞳は俺を真っ直ぐに見つめていた。
「ふむ、ユウキの知り合いであったのか? それならそうと言ってくれればよいものを、水臭い事だ」
「いや、会話を交わしたこともない。ほら、俺らで供養してやった行き倒れの萬人が居ただろう? 仏さんの荷物をその組合に届けに行った際のその場に彼女がいたのさ」
「ああ、あの時の。いやいや、君を疑ったわけではないぞ。知らぬ間にまた新しい女を引っ掛けたなど思っておらぬから安心してほしい」
また人聞きの悪い事を。俺がこっち側に知り合いなんぞいないって解っているだろうに。
「おお! やはり今の話で確信したわ。兄ちゃんたちがあの依頼を完遂してくれたんやな。こちらからも礼を言うで。兄ちゃんたちのお陰でアタシの目的も果たせたんやからな!」
なんのことだと首を傾げる俺達にシアンが説明してくれたのだが、どうやらあの行き倒れに依頼をしていたのはこのシアンという女らしい。
「そう言えば依頼人が帰ってこないことを気にしてあの組合に出向いていたっけな。俺は行き倒れの荷物を渡しただけだが、それが図らずも君の望みを叶えていたようだ」
意図したわけではないが、彼の遺品を届けたことて彼の最後の仕事を完了させたことになったようだ。故人の名誉も損なわれなかったという話らしい。
「そりゃよかった。しかし、いったいそんな依頼品のようなものがあったかな?」
身元を確かめるために荷物を漁った覚えがあるが、これというものはなかったはずだ。
「ああ、それはそうやろ。アタシが依頼していたのはとある旅行者の覚え書きやからね。書き付けにして数枚程度やけど、中身は極上や。万金積んでも知り得ない生の情報が満載やからな」
「そいつは……気きしに勝る本好きだな。司書と呼ばれるだけのことはあるって訳か」
「ははは、言葉を飾らんとってもええで。書痴やってみんな呼んどるんは知ってるさかい。でも、本と活字に狂っとるのは確かやが、世情に疎いつもりはないで。キエン候のお屋敷に厄介になっとるメイファさんやろ? そしてあの屋敷では主人のような扱いを受けているそうやんか」
「随分とよい目と耳を持っているじゃないか」
「そもそもこの都に張り巡らせた網を編んだのはアタシの家なんや。リシュウの爺さんにも使う権利を渡しているけどアタシの家が苦心して作り上げたもんや」
なるほどな。情報網の維持管理に必要な手間と人手を隠居した爺さんがどうしているのか疑問だったが、やはりそういうことか。
俺とシアンが話を続けていると、メイファが勢い込んで切り出した。
「そこまで解っているなら話は早い。シアン嬢よ、我等に力を貸してほしい。私も君と同じで大抵のことは自らの力で為し遂げられると思っていた。だが、これから為す私の野望は一人の力では為せぬ。才ある者の助力がどうしても必要なのだ」
そう言ってメイファは頭を下げた。
「ふうん、どうしたもんやねぇ……」
思案顔の彼女に俺は援護射撃を行った。
「俺達は君に報酬を用意している。それはきっと君を満足させるはずだ」
「へえ、アタシの見た事もない本でも用意してくれはるってのかい? これでもアタシは古今東西、あらゆる本を集めてきたんや。さっき話に出た”網”も元は本の情報を集めるために作ったもんなんやで」
「高価で貴重な本のためとはいえそこまでするのか。筋金入りの本狂いだな」
「アタシが本当に欲しいモンは商人たちが持ち込む希少本とは違うんや。人の生の情報が入った本、感情の感じられる文字の羅列。形はなんだってええ、木簡の落書きだってアタシには価値あるモンのときがあるんや。その意味では君は異国人のようやから、アタシを満足させるものを持っていそうやな?」
こちらを試すような視線を向けるシアン。だが、その目はこちらを面白がっているだけで、当然だが俺達の話を本気で取り合うような節はない。
だからここで勝負手を放つ。というか、これで駄目なら諦める。メイファはこの場でシアンが頷かないだろうとは言っていたが、俺は彼女に関してだけはここで決めるつもりだった。
「俺達と来れば己の才覚で天下に絵を描かせてやる。これに心躍らないなら君とは縁がなかったと思うほかないな」
「……そうくるかい、面白い、面白いやないか」
灯が燈った。シアンの瞳の中に明確な炎がチラついた幻視を見た。恐らくは彼女が幾度となく思い描き、そして断念してきた何かに俺は灯を燈したのだ。
それを証拠に先ほどまでのどこか楽しむかのような彼女の表情は掻き消え、俺を射殺さんばかりの怜悧な視線をこちらに向けてくる。やはりその貌が君の本性か。本好きなのも事実だろうが、その下に隠された智慧者としての貌を覗かせていた。
自らの意思でこの天下を引っ掻き回せる贅沢を味わえるなどそうあるものではない。彼女がその価値に気づかないはずがなかった。
「一度だけ聞くで? アタシでええんやな? アタシは女や。そういうんは男の仕事と相場が決まっとるで」
今までその言葉で何度も退けられてきたのだろう。実感の篭もった言葉であったが、こっちの旗印はこちらの規格外の女、メイファである。彼女も空気を感じ取ったのか、ここが勝負どころであると理解したようだ。
「それを言うなら世直しなど男に任せておけばいいと言われるだろう。だが、君も感じているだろう天の乱れは既にこの国を過つまで激しくなっている。世の男どもがだらしないのなら、女の我等が天を正す他あるまい」
「本気なんやな?」
「無論だ。既に私は後戻りできない所まで来ている。後に引くのは死と同義であり、自殺もこのユウキに許されておらぬのでな。であるなら前に進むほか無いのだ。そしてそこに君という天賦の才の助けがあるならば非常に心強い」
メイファは隣の俺が唸りたくなるほどの堂々たる態度でシアンを口説いている。勧誘を受けたシアンもメイファに感じ入る所があったのか、どこか気圧されているように思える。
「こ、これが王者の相ってやつなんか。天の神さんも長男に与えず四女に与えるなんて罪な事をしよる。いや、これも乱世の証明というわけやな」
呟いたシアンの声は俺にだけ拾えるような小さなものだった。
「ええやろ。決めたわ、アタシはあんたの頭脳になってやろうやないか!」
「おお、本当か!? 感謝するぞ!」
「ただし! それには条件があるで。メイファはんもそれはわかっとるやろうけどな」
「当然だ。言葉でいかに威勢の良い事を言おうとも、中身が伴わねば意味がない。この場でのシアン殿の快諾のお言葉は望外の喜びだが、まずは我等の覚悟をご覧戴こう」
「ええやん。頭のいい人はこれだから助かるわぁ」
シアンとメイファにはこれ以上の言葉は必要ないようだった。互いに口を使わずとも目だけで会話が出来る人種らしい。硬い握手を交わしている二人を尻目に俺とフェイリンは完全に置いてきぼりを食っていた。
「その件とは別な話だがシアン殿。先ほどの話にあった珍しい本なのだが、心当たりがある。何を隠そう私も読書は数少ない趣味でな、本好きの貴殿とはきっと話が合うと思っていたのだ」
「リシュウの爺さんからも話は聞いとるで。せやけどあんさんがどんなお偉い人でもアタシの蒐集品は負けへんでぇ。なにせ天都からの散逸品も金に飽かせて買いしめて……な、なんやそれは!?」
メイファが取り出した黒い装丁のされた一冊の厚い本にシアンの目は釘付けになる。こちらでも高価なのであまり数は見ないものの、本というか巻物、それも紙ではなく竹や木を糸で繋いで巻物状にしてある編簡などが未だ一般的な書物だ。高価な紙の本はごく僅かしか出回っていない中、メイファが取り出した俺が貸した本(いわゆる硬い革を表紙とした立派な装丁のやつ)はまさに青天の霹靂だったらしい。
そりゃ世界が違う本だからな。俺の<アイテムボックス>には仲間たちが暇つぶしのために創造した写真入りの雑誌なんかも入っているが、それを見せたら卒倒しそうである。
「後生や! そ、それを見せてはくれへんやろか?」
拝みこむ勢いでこちらに詰め寄るシアンにメイファは得物が釣れた漁師の顔でにこやかに手渡した。
自他共に認める本狂いのシアンは己の中に作法でもあるのか、本を開かずにまずはその表紙をや背表紙などをじっくりと眺めだした。成程、活字だけじゃなく本の形そのものが好きな奴なんだな。
「なんて見事な造りなんや。これは何の動物の革なんやろか? この褪色して出来た色の味わいの良さと言ったらないで! この手触り、触れているだけでも一日が過ぎてしまいそうや」
「前にユウキが見せてくれたのだが、王家に所蔵されるような本は表紙に宝玉や黄金で装飾を施しているものもある。本そのものに権威を持たせようとしているのだろう。上手い事を考える者がいると私も感心したものだ」
「なんやて!? 本にそないな贅沢を!? ええなあ、あたしも見てみたいなぁ」
露骨にこちらを見ながら言ってくるので、俺は苦笑しながら一冊の本を取り出した。ダンジョンの28層かどこかで手に入れた教会の聖書だ。メイファの言うように過度と思えるほどの装飾が施されていて、俺にはただの金貨の代わりにしか思えない。
「おおお!! なんと神々しい! これは最早芸術品や! この四角い装丁の中にひとつの世界が形作られておるやんか! そうか、異国では本はこのように扱ってくれとるんか……」
なんか感極まって涙ぐんでいるように見えるのは気のせいだろうか。いや、人が情熱を傾けられるものがあると言うのはよいことだろう。特にこのシアンの場合は趣味の本集めのための情報網を拡大して商売に活用して彼女の実家(廻船問屋で、シアンが情報を取り扱うことによって大手の商会に匹敵する規模まで拡大したようだ。彼女の金の掛かる趣味がこうまで認められているのはそのせいもあるらしい)に益をもたらしている。まさに趣味と実益を兼ね備えているというわけだ。
「シアン殿、私がその本を気に入っているのはだな、その内容が物語だからなのだ」
「……!!」
涙を浮かべていたシアンの顔が驚きに染まるのが解る。何をそんなに驚いているのかと俺もメイファにその事を聞いたことがあるのだが、この世界で専ら本と言えば歴史書か農書、礼記など高額の資金を用いてでも書き残す意義のあるものばかりであり、娯楽のために本を作るなど酔狂の極みと考えられているからだ。
それはあちらの世界でも同じなのだが、セリカが異世界の本に触れて娯楽目的で本を作ることを思いつき、彼女の店で売り出したところ、爆発的に売れたと言う。
印刷技術など無いから全て手書きだが<複写>というスキルを取得した雪音にかかれば一冊半刻(30分)足らずで出来上がるし、俺の仲間たちは<共有>でロキの分身体が作れる。<複写>自体は簡単な作業なので分身に手伝わせればあっと言う間に本は量産できるという。
メイファが持っているのは王族に献上するためのしっかりしたつくりの豪華版だが、簡易版でも一冊金貨10枚で取引されているというから驚きだ。高いなと思うが、良家の子女たちも貸し回しするらしいので実際はそこまでの負担ではないとか。
「そんな、本自体が娯楽になる時がくるやて? そんな夢みたいな話が……って、この文字はなんやねん?」
本の文字は当然あちら側のものなので今のシアンにはさっぱりな内容だろう。だが、彼女の隣には二晩で文字を完璧に覚えたメイファという才女がいる。ちなみに俺は簡単な会話でも必死に勉強して三日近くかかったが、彼女は俺に言葉を教えなが片手間で覚えてしまった。
「それはユウキが住む地方の言葉だ。文字は私が教えて差し上げよう」
シアンはメイファ以上の頭脳の持ち主らしいし、もっと早く言葉を覚えるだろう。
「お、おおきに! 持つべき物は本好きのゆ、知り合いやな!」
「私もこうして本の事を話せる友を得られたのは本当に嬉しい」
「そう、そうやな! アタシらトモダチやもんな!!」
こうして話す限りでは積極的に人と関わる事を好むように見えるが、繊細な部分が顔を出して友人を知り合いと言い換えたシアンだが、メイファははっきりと応えた。こういうところは彼女の実に好ましい部分であり、俺には逆立ちしても真似できそうにない。
「それにシアン殿には更に朗報がある。その本は9巻目だぞ」
「こ、この本は続き物なんか!? それに後8巻も! そんなに読めるんか!? 嗚呼、アタシ今日が生涯最後の日でも全然かまへんわ……」
「ははは、シアン殿は大袈裟だな。それに死んでしまっては物語を楽しめぬぞ。なにせこの手の話は他にもかなり数があるそうなのでな」
そうだな? と問うメイファの視線に頷いておいた。この二人なら同じく本好きの雪音とも話はあいそうだし、終いにゃ普通に日本語を覚えて読書を始めそうな勢いである。
「よっし! こうしちゃおれへんで!! ちょっと待っとってな! すぐ支度してくるさかい」
「ああ、待つのは構わないが、何をする気なのだ?」
勢いよく立ち上がったシアンに至極当然の疑問を口にしたメイファだが、次の一言にはさすがに驚かされた。
「そんなの決まっとるやんか! アタシもソウジンはんの屋敷に住むんや! そうすりゃいつでも文字を教えてもらえるし、本を借りられるやろ。こういうのは思い立ったが吉日という奴や!」
「は? いやそれは構わないが、私もあの屋敷では居候の身でな……」
「あの様子、耳に入ってはおりませぬな。しかしおめでとうございます、主殿。見事、シアン殿を臣下に加えられましたな」
話が始まってからは置物と化していたフェイリンが祝辞を述べるが、当のメイファは微妙な顔だ。
「ううむ、本で釣ったような気がしなくもない。本来なら私の志をシアン殿に測って欲しかったのだが」
「まあ、いいんじゃないか? 君が何を考えているかは充分彼女に伝わっただろ。力を貸すと決めた後に本の話をしたんだしさ。本の話題で全部もっていかれたとは思うがね」
みんな手伝ってや! と女中さんを大勢動員して始まった荷造りだが、夕刻までかかる事になる。理由は言う間でもなくシアンがどの本をソウジンの屋敷に持っていくか悩み始めたからだ。女中たちがシアンのために荷造りを行う中、当の本人が巻物や折本の前で唸る様子を俺達は茶を飲みつつ眺める羽目になったが、結局は痺れを切らした俺がマジックバックに全部突っ込んで持っていくことにした。
なんだかんだとあったが、ここに後世に稀代の大軍師と名を馳せる”百眼のシアン”がメイファの陣営に加わったのだった。
「美味ッ! なんやこの肉は!? ずるいわぁ、メイファはんはこんなエエもん毎日食べてるんかいな」
首尾よくリシュウ老の告げた才能を連れ帰った事で屋敷では今日も宴会となった。いやまあメイファがやってきてからこの屋敷は実質お祭り騒ぎであり、毎日食事は宴会状態なのだが今日は特に凄い。
なにせシアンの仲間記念に俺がタイラントオックスの肉、しかも希少部位を惜しげもなく提供したからだ。普段なら美味い美味いと叫ぶフィイリンも言葉を発すると肉の旨みが逃げてゆくとばかりに無言でひたすら肉を口に運んでいる。
「今日はシアン殿が来てくれたから特別だそうだ」
「なんか申し訳ないわぁ。勝手に押しかけて良い部屋貰った上にお風呂や食事までこんな良い思いさせてもろて」
「気にすることはないわい。ほぼ全てはそこの金髪の若いののお陰じゃ。屋敷の者は何もしとらんしの」
俺達と同じ客人の席を与えられたシアンが考えられないほどの厚遇に恐縮していると、酒壷を手にしたリシュウ老が現れた。その顔は赤くなっているが、その目だけは酒精の影響を感じさせないものだった。
「出たな爺め。少しばかり良い部屋を宛がわれたからといって調子に乗っておるな」
メイファが天敵のリシュウ老に悪態をつくが、彼の滞在する部屋はメイファの次に格の高いものだった。それは俺がソウテツさんにお願いした結果である。その他にもリシュウ老にはどんな場所にどんな時でも好きに出入りする権利、メイファがどんなに怒ろうともどんな事でも口出しする権利を特別に与えさせてもらった。
その意図が解らぬ二人ではない。メイファは文句を言いたそうにしていたが、一応俺のすることに文句を言わないように決めているらしく、渋々従ってくれた。そしてそれはリシュウ老も同じだ。本人は面倒だの何だのとブチブチ言ってたが、未来にそれが必要になる時には大きな力となってくれるだろう。
「おお、リシュウの爺さんやんか。爺さんもこっちに来てたんやったな。元気そうやんか」
「シアンの嬢ちゃんも健勝そうじゃな。まさか誘った当日に靡くとは予想しておらなんだが、その若いのが持つ本にでも釣られたかの?」
一発で見抜いてきたリシュウ老の慧眼……でもないか、犬に骨、猫に猫じゃらしと言えるくらいに安易な連想である。
「そんなとこや。それにしても爺さんは根っからの教師なんやな。ここの子供たちに勉強を教えてるんやろ? 前に会った時より若返っているようやないか」
「まあの、あの子供たちは学ぶ事に熱心じゃ。あの熱意、ひたむきさはこれまで会ったどの生徒よりも群を抜いておる。この老骨にも気合が入るというものよ」
今、リシュウ老師はこの屋敷で、俺が拾ってきた孤児のシュウたちに勉強を教えているのだ。自主的に学んでいた子供たちを見た老師が教師役を買って出たそうだが、今ではシュウたちも爺ちゃん先生と大いに慕っているし、老師の方も熱心に教育を行っている。孫以下の年齢の子供たちとの触れ合いは確かに老師の活力となっているようで、確かに若返っているように見えた。
「東方の賢者の教えを受けられる子供たちか。羨ましい話やなぁ」
「ちょうど老師とシアンが揃っているか。メイファ、ちょいと早いが二人にはこれからの予定を話しておきたいんだが」
「わかった。シアン殿に協力を求めるわけにはいかぬが、我等の計画を知っておいて貰いたいのだ」
「そうやね。途中から首突っ込むより、最初から全体像を知っておいたほうがええやろ」
「ふん、まあええじゃろ。聞かせてみい」
「爺に話すつもりはないぞ、シアン殿にだけ聞いて欲しい。我らはこの都で多くの人と出会い、知己を得てきた。そこの爺の言葉に従い、リュウコウなる者とシアン殿の助力も取り付けられた。私としてはこの都で評判の自警団たちも会ってみて打診するつもりだったが、ユウキが駄目だというので諦めた」
「まあ、そりゃアカンやろ。それに会うのはもう物理的に無理やんか」
「なに? 物理的に? それはどういうことなのだ?」
「へ? ああ、やはり本人から聞いとらんのやね。この街の自警団気取りだった三品どもは首脳部を軒並み流れ者に潰されて解散したんよ。話では金髪の若い兄ちゃんがカンウとかいう首領をぶちのめして序列上位陣も一人残らず始末されたって話や。自警団自体は実働部隊とその頭が残っていて治安維持には問題ないらしいけど。そこんとこどう思う? ユウキはん」
「なんと! 私に隠れてまたそのような大立ち回りを。次は私も呼ぶのだぞ? それで、理由は聞かせてもらえるのだろうな」
ええ、飯時にする話題でもないと思うがな……ああ、これは話さないと解放してくれそうにない、俺は諦めてあのときの状況を話すことにした。
「俺がシュウたちを拾ってきた日のことだ。あいつ等は貧民窟で日銭を稼いで暮らしていたんだが、子供たちの稼いだ金の上前を撥ねる屑が居たんでまずはそいつを潰したんだ。で、その屑に色々吐かせるとこいつ等はとある集団らしい。ゴミ掃除の一環でまとめて片付けようとしたらどうやらその集団は都で評判の自警団らしいと来た。そんな奴等がまともなわけないと探ったら、案の定屑の中の屑だったので根こそぎ潰したって話さ」
「その自警団、酔虎会とか言うチンピラなんじゃが、有志の自警団を謳っておきながらこの都の商会という商会から護衛料と言う名目で賄賂をせしめる小悪党じゃ。なまじっか数だけは多いのと首領であるカンウの腕っ節は強いので誰も手出しできんかったのじゃ」
「それをごく短時間で鮮やかに処理してもうたんでその手並みが評判になったんや」
俺としては遭えて言葉にすべき内容とも思えず、黙っていたのだが、メイファは俺が秘密にしていたことに思うことがあったようだ。
「そのようなことがあったのか。ユウキも言ってくれればいいもの」
「君は連中を高く評価してたからな。余計な事で水を差したくなかったけだ」
「話を戻そう。何処まで話したか。そう、これぞという人は得たので、次は行動に移そうと言う話だ。しかし決起の旗揚げはこの都で行うつもりはない」
「ふむふむ。そんで?」
「もとより我らはソウテツと出会わなければセンシュの街へ向かう予定だった。そこですべてを始めるつもりだったのだ」
「なるほど、センシュの街か。つまり金剛兄弟をオトすつもりやったんやな。ええやんか、アタシも今の戦力で始めるならあの二人を手に入れる必要があると思っとったんや」
シアンと同じ考えてあった事に気を良くしたメイファは覚悟を決めた表情で断言した。
「まず始めに我らはセンシュの街を民も我等も誰一人傷つけずに手に入れる! そこで我等の道を満天下に示すこととしよう」
残りの借金額 金貨 14042214枚
ユウキ ゲンイチロウ LV2810
デミ・ヒューマン 男 年齢 75
職業 <プリンセスナイトLV502>
HP 712147/712147
MP 1183586/1183586
STR 96140
AGI 94652
MGI 98510
DEF 96857
DEX 92521
LUK 46236
STM(隠しパラ)5690
SKILL POINT 11350/12490 累計敵討伐数 307510
楽しんで頂ければ幸いです。
申し訳ない。難産で一週間もかかってしまいました。
次から新しい話、というか大筋である国盗りへと話は進みます。
しかし、あまり長い話にするつもりもありません。主人公の性格的に準備に時間を大量にかける分、実行したらあっさりと済ませる主義なので。
次は絶対に日曜でお会いしたいと思います。(約束と言う名の自分縛り)
皆様の反応が私の原動力となっております。閲覧、ポイント、ブックマーク、本当にありがとうございます。これからも頑張ります。




