集う力 数字屋と書痴 2
お待たせしております。
「見た事がない店構えだな。ここは一体何屋なんだ?」
俺達は次なる相手がいる場所に向かう最中、珍しい店を見つけていた。
これまでは市場を冷やかしてばかりで露店が多く、このように実店舗を構える店を覗くのは珍しかった。
「ここは……なんだろうか。すまない、私にはさっぱりだ。知ってのとおり田舎育ちなのでな」
メイファが少し考えてすぐに匙を投げた。あの村に幼少時からずっと居て、移動もしなかったのは俺も聞いていたので彼女を物知らずとは思わない。書物で様々な事を知ることと、実地で歩いて見聞する事は違うしな。
「ああ、あれは符術屋ですな。道士が魔除けを売るのです。悪霊や病魔退散を願う者が買い求めると聞きます」
フェイリンが指で店先の不思議な文字が書かれた看板を指した。あの良く解らん模様が符術屋の印らしい。しかし、効果を聞くとまるでこちら版の魔導具のようではないか。いくら魔力が薄くて魔法の存在が絵空事のように扱われるとはいえ、神気の存在は魔力の有無をこの地の人々が認識している証明である。その神気のようにこの地の非常に薄い魔力を生かす術を考えているのではないか?
これは興味が出てきたぞ。
「なあ、ちょっと寄り道していいか? そんなに時間は掛けないからさ」
「それは構いませぬが……ここらでは道士など騙りと同義ですよ。効果を信じているものなどごくわずかではないでしょうか」
己の腕一本で生きてきて、神頼みなどした事もなさそうなフェイリンは胡散臭い目でその店を見ているが、効果はともかくとして意外とこういう連中の生き残るための技術は侮れないものだ。
「まあ見るだけ見てみるさ。さっと見るだけだから、つまらなかったらすぐ出るって」
二人の了承を得てその店に入るが、前に玲二と香辛料の店に入ったときと同じようにとても薄暗い。一見なら入るのも躊躇しそうな怪しさだが、店内に明り取りがなければこんなものだ。俺が住んでいるウィスカの”双翼の絆”亭も木窓を開けなければ基本暗いし、寝るときにしか戻らないので気にはしないが。
その店は先ほど訪れた…軍の主計課と同じように木簡がこれでもかと詰まれており、この一つ一つが呪符とやらなのだろうか。周りを見回してみても特段の魔力の反応は感じない。ただの木の板に不思議な文様を書き加えたようにしか見えないな。
これはフェイリンの言うとおり、”騙り”なのかもしれないな。
「おや、珍しい、客かね?」
諦めかけていた俺の前に店の奥から店主の爺さんが現れた。リシュウ老のような思慮深い感じ(メイファに言わせると胡散臭いとなるが)ではなく、好々爺といった風情だ。
「ここが評判の符術屋だと聞いていたんだが、置いてあるのはこういったものばかりなのかい?」
ついさっき知ったばかりなのだが、適当に持ち上げつつ話を振ってみた。すると最後の挑発に乗ってくれたのか、さきほどまでの好々爺の顔が一変、不遜な顔が現れた。
「値の張る逸品は奥にあるわい。こんな店先に高価な品を置く馬鹿がおるか。物の解らん愚物には木屑でも掴ませておけばいいのじゃ。ちっと待っとれ」
そう言って奥に引っ込んだ爺さんが戻った時には彼の手には黒檀で作られたの長方形の鞄があった。
「ここから先は見物するのも金がいるぞい。タダで名品が見れると思っとるのか?」
挑発的に返してきた爺さんに俺は棒金が詰まった袋を置いた。俺の資金はこの都についてから膨れ上がった。盗賊狩りをして元々懐には余裕があったが、この都に巣食っていた屑共を掃除したら呆れるほど溜め込んでいたのだ。その理由を考えると納得もできたが、それを折半しただけでも棒金3000本以上になったので少しの散財なら気にもならない。
まあ、払うかどうかは別だが、と思っていた俺の気分は出された品をみて息を飲んだ。
「どうじゃ、これが本物の符というもんじゃ。特別な製紙を用いて本物の道士が三日三晩精魂籠めて作り上げた神器じゃ。これほどの品は天都にだってありゃせんわ、商都の同業に溢れとるような紛い物とは桁が違うわ」
「ユウキ……これは……」
「主殿、私のような無骨者にもこの品は解ります」
「ほほほ、そうじゃろう、そうじゃろう。お嬢ちゃんがたは物を見る目があるようじゃ。これが本物の符というもんじゃ」
「これを売ってくれ、というわけにはいかんな」
「まあの、いくら金を積んでもこれを売るつもりはないわ。だが、これ以外にもそこそこの品はある。それなら売ってやるわい」
玲二がいつも驚くのだが、どちらの世界も店が偉そう、というか上から来る。こっちはお前に売ってやる必要はないといわんばかりの態度である。特にこういった高価な品を売る店主はより顕著だ。正直、頭に来るけれど、何処もそうなのでいちいち指摘していたら話が進まない。ある程度餌も撒いたし、貰う物だけ貰って帰るか。
しかし符術か。こちらには魔導具がないと思い込んでいたが、まさか魔石の代わりに墨に魔力を送り込んで呪文の代わりに不思議な文様で魔法陣の代用をしているとはな。使用魔力が全く違うので大規模儀式魔法には威力は比べ物にならないが、使い勝手はこちらの方が上だ。
詳しく調べていないので断言は出来ないが、宝珠には出来ない補助や防御魔法をその符を中心に結界のように使うことができるのではないだろうか。
「ここらへんの符でも棒金40枚はするがの。右から50と45ずつで売ってやるぞ」
おいおい、<鑑定>じゃいいとこ金貨2枚なんだが。棒金と金貨は一枚と一本が同価値ではない(金の含有量が棒金のほうが多い)が、いくらなんでも50本出す気はない。どうみてもボリ過ぎだ。
「もう少しなんとかならないのか? その符に価値があるとは思うが、俺は50本もする符とは思えない」
値段交渉はこういった品物では当然だと思ったのだが、俺の一言に老人は露骨に機嫌を悪くした。即金で払うのが粋なのかもしれないが、価値のないものにそこまでの度量を見せる気はない。
というより、この爺さんは根本的に売る気がないのだ。俺に商品を見せたというより収集品を自慢したかったのだろう。値下げに一切応じないとなると売る気がないとしか思えない。まあ、もういいんだけどな。
「わかったよ。仕方ない、俺も手ぶらじゃ帰れないからな。そこらへんにある奴を適当に買って帰るぞ。棒金2本、これでいくら買える?」
「……そこら辺でいいなら10枚持って行け」
結局、適当に見繕ったふりをして8枚の符を買った俺は意気揚々と店を出た。いや、いい買い物だった。これはあっちの学院のセシリア講師など垂涎の品ではないだろうか。雪音は今ちょうど学院か、よしすぐにでも送って……。
「なあ、ユウキ。その、よかったのか? ただの木簡に棒金など……いや、君の世界になかった物だとは思うが」
「そうです、ユウキ殿。貴方らしくもないやり方ではないですか。そのような木の板に大金を支払うなど……」
気を遣ってくる二人にそろそろ種明かしをするか。ここはまだ人通りが多いので、少し外れた場所に移動すると俺は買い求めた呪符の一枚を取り出した。
「メイファじゃ意味がないから……フェイリン、これを持ってみてくれ」
「先ほど買った一枚ですね。主殿では駄目とは一体何をする……ちょっと待て、何をするおつもりか!?」
「君に当てるつもりはない。手を伸ばして符を遠ざけろ」
俺の指弾は岩を穿つ威力を持つのをフェイリンも知っている。俺が懐から小石を取り出すと慌てるが、符を持った腕は伸ばしてくれている。
そして符に向けて放った指弾が、見えない障壁にぶつかって弾け飛んだ。俺の岩をも穿つ指弾が木簡一枚に防がれたのだ。
「こ、これはまさか! 本物の符であるというのか? こんなみすぼらしい木の板が!?」
「ああ、買った符は全部本物だ。どんな理屈なのか知らないが、こいつは使えるぜ」
都合のいい事に符とやらは魔力消費型で俺は<鑑定>で魔力残量が解る。かつての通話石のように魔力切れて突然使えなくなるということもないのは有難い。
「私はユウキから各種の護りをもらっているからな、符術の能力の前に身につけている魔導具が発動していただろう。フェイリンに持たせたのはそのせいか。それでは、あの店にあった芸術品のような符はもっと凄いのだろうか。惜しい事をしたかもしれないな」
「いや、あれはただの紙切れだったぞ。何の魔力も感じなかった、ただ名のある職人が仕上げたであろう美しさがあったけどな。美術品としては価値があるが、それでも棒金一本ってとこだろ」
暗にあの爺さんが盆暗である事を笑ってやる。事実として力のある本物の符を俺に捨て値で売り払い、本人は綺麗な紙切れを逸品と信じているのだから、本職としては失格の烙印以外何物でもないが。
「とりあえずその符はメイファじゃなくフェイリンが持っていろ」
護衛として矢面に立つことが多いであろう彼女に守りの符を持たせたかったのだが、本人から強い反対が出た。
「いや、護衛である私よりも主殿に所持していただきたい。御身の重要性は言うまでもないこと」
「それには及ばん、私にはユウキのご家族から頂戴した様々な守りの道具がある。それに引き換えフェイリンは生身ではないか。ユウキもそれを危惧して渡したのだろう。フェイリンが身につけておくべきものだ」
「何を申されるか。護衛を守ってもあなた様が果ててしまえば全てが終わりです。あなたの御身こそ第一に考えねばなりませぬ」
「今の符は一枚しかないわけじゃないから心配ないぞ。それに君はいざとなればその身を盾にしてメイファを守る気だろうが、君は満足でもメイファは悲しむだろう。それを防ぐためのものだ。持っておけ」
「わ、私如きのために……忝い」
押し頂くように符を受け取ったフェイリンはその古い木の板を宝物のように扱って懐に仕舞いこんだ。
俺は主君のためなら命も投げ出す覚悟の女達が周囲に多いので、こういった連中がどういう思考回路をしているか熟知しているつもりだ。ソフィアのメイドたちも頭の固い頑固者揃いなので、彼女たちを納得させるために苦労したものだ。
「ユウキ、私からも満腔の感謝を。フェイリンのために心を砕いてくれて本当に感謝している」
そしてこういう事をすると本人よりもその主に感謝されるのも解っていたので適当に応えておいた。
「気にするな、俺にとっても同じ釜の飯を食った間柄だ。君を守って死ぬ様など見たくはないしな」
そんなやり取りをしながらも辿り着いたのはとある屋敷の前だ。かなりの規模を誇る屋敷で、俺達の滞在するソウジンの屋敷と同じ位の大きさだが、こちらは街の北側、つまり権力者が多く住む所ではなかった。
ここはとある豪商が住んでいる屋敷なのだった。そして目当ての者もここにいる。
「今度は上手くゆくと良いですね。先程はすげなく断られてしまいましたし」
リュウコウはこちらの誘いも敢え無く袖にされた。きっぱりとした断り方だったし、あっさりとこちらも引き下がったのだが、フェイリンはそれが納得がいかないようだ。
「ユウキ殿も主殿ももう少し粘るべきだったのではありませんか? 私には門外漢過ぎて良く理解できませなんだが、話の内容を考えるにやはり類い稀な才能であった事は確かです。こちらに引き込めば実り多き物となったでしょうに」
ああ、そこを気にしていたのか。フェイリンも解っているかと思ったのだが、俺がちらりと視線を向けるとメイファも腑に落ちたような顔をしている。俺と同じ事を考えていたようなので、説明は彼女にしてもらった。
「フェイリンよ、話は簡単なことだ。まず尋ねるが、我々は何者であるか?」
「そ、それは……主殿を盟主に戴く世直しのための集団でしょうか……」
「うむ、まさしくその通りだ。だが、逆に彼等にとって私達はどう映っただろうか?」
その問いにフェイリンは答えに詰まってしまう。メイファの前の直接的な表現を控えたかったのだろう。
「そなたの思った通り、我らはまだ何も成し遂げておらぬ。彼等にしてみれば大言を吐く怪しげな三人に過ぎぬ。いかに志のある人物であれ、沈みゆく泥船に敢えて乗りこまんとする者はおるまい」
それに俺が聞いたところではリュウコウには養わねばならない身内がいるという。いくら腐敗しきっているとはいえ天軍の後方支援という安定した職を捨ててこちらに乗り換えるにはかなりの決断が必要になるだろう。
それをいきなり現れた得体の知れない三人に全てを賭ける判断をするほうがどうかしている。
「主殿はそのような輩では……」
「その言葉は嬉しいが、事実であろう。そうであるが故に、我らはまず己が何者であるかその身の証を立てねばならない。そうして始めてあの者も我等の事を判断するであろう。その意味ではこれから会うもう一人もこの場では首を縦に降るまい。その程度の見識を持ち合わせていないと、こちらも困ると言うものだが」
「そ、それでは何故、無駄と解って主殿はあの者とお会いになられたのですか?」
「それはもちろんあの者を配下に加えたいからだ。立ち去る前にちゃんと口にしただろう? 次に会う時はセンシュの街であろうとな。決起を知ればあの者も我等の事を理解する、その際にこちらが彼を招いたという事実があればあの者も我等に馳せ参じ易いであろう」
メイファは自信満々にそう告げるが、フェイリンの顔は冴えなかった。彼女には不安があるらしい。
「あのものは本当に殿下の元へ奔るでしょうか。あの男は自分の価値を知っている様子、天軍に居れば少なくとも自分は安泰であるのでは?」
「それはないと思うぞ。あいつは軍の主計部にいるんだ。主計部ってのは軍の血の流れを司るような場所だ。つまり自分達の状況が手に取るように解っているはずだ。しかも数字で客観的にな。皆が言うように天軍が腐っているなら、先のない部署にさっさと見切りをつけるであろう事は間違いないさ」
俺の見立てはそう間違っていないだろう。リュウコウと少し話したが、あいつは身内を養うために働いているのであり、職場に忠誠を誓っているような節はなかった。
それにフェイリンの言葉通り、自分の能力に自信を持っているようでもあった。事実として、いざとなれば何処の商会でも即戦力として働ける数字屋だろう。識字率が一割を切っている様な世界で複雑な計算ができる人材は何処でも食っていけるはずだ。
そしてメイファの進む先には素晴らしい地位と満足の行く俸給が待っているであろう事は間違いない。
「な、なるほど。先に面通しをしておくために会ったのですね。では、この屋敷に住む者も?」
「ああ、そうなる。だが、こちらも相当の変わり者らしい。どうなるかな?」
リシュウ老師は詳しく教えてくれなかったが、彼をしてその智謀はこの天下広しといえど並ぶものなしと言わしめたほどだ。
そんな人物が名を馳せずに屋敷に引き篭もっている。これは相当の難物に違いない。
俺達は期待と不安を同時に抱きながら門番に来訪を告げ、屋敷の門をくぐるのだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
短くてすみません。本当はもう一人追加のはずが時間切れで間に合いませんでした。
続きは次回にして下さい。符術に関してはまたいずれ魔法学院の際にでも触れるつもりです。今は身の守りの道具が増えた程度に考えてもらえればと思います。




