集う力たち 2 民草
お待たせしております。
「こ、こやつめは! まさか!」
「ああ、村長の想像の通り、ここらで悪さをしていた盗賊の首領だ。お前たちもこいつに恨みがあるだろう?」
俺達は捕縛した盗賊の首領を周辺の村まで引きずってきた。どうせ方々でろくでもない事をしてきたのだろうと思えば、案の定だった。
「お、お武家様! こやつめは我等から収穫した野菜や家畜を幾度となく持ち去って……おのれ、おのれこの賊めが!」
「うむ、お前たちも存分に恨みを晴らすが良かろう」
フェイリンが周囲の村人たちに聞こえるように大きな声を出すと、周りで様子を伺っていた村人たちもこぞって盗賊を足蹴にし始めた。
手足を砕かれて身を守ることもできない盗賊は情けない声を上げるだけだった。
俺達は盗賊の集落を叩きつぶした翌朝、被害に遭っていた村々を回ってそれぞれの盗賊の頭を引き渡していた。ここで話を主導していたのはメイファではなくフェイリンだった。いかにもお偉いさんっぽい雰囲気を出すメイファだが、盗賊討伐なら武芸者のフェイリンのほうが話は早いだろうという考えだ。
事実として盗賊の被害に遭っていたこの村の村長はフェイリンの言葉にいたく感じ入っている。
「お武家様、このたびはなんとお礼を申し上げてよいものか」
「いや、民を安んじるのも我等竜種の務め、それも困難な開拓を行っている皆の一助となればと思ったまでのこと。礼には及ばぬ」
「なんと、気高きお言葉! 周辺の天軍の皆様にも見習っていただきたいものですな」
「その事なのだが、村長よ」
そこまで話が及んだ所で、メイファが話に加わった。
「天軍の目的は、辺境の殲滅なのだ」
「な、何を言う。私共は大守さまの呼び掛けに応じた開拓民だぞ? 大守様の配下にある軍が、我らを守りこそすれ、滅ぼすなど……」
「残念ながら、事実だ。その生き証人が私だからな。当然この村も、例外などてはないぞ。この村はやつらの通った道のはずだ。何が心当たりがあるのではないか?」
「よく見ればお前さんは、奥の村の! まさか、そんなことが……だが、確かに連中は獣狩りと言う割には物々しい格好だった。我が村で宿も村娘も求める事なく進んでいった。普段ならあり得ないことだ。だが、それだけで……」
「あのけだものどもがそこまで急ぐとはな。刻限でも決められていたのか? まあ、全ては終わったことだ。村長よ、論より証拠だ。この先にある奥の村の様子を見てくるといい」
「何故、このようなことを……」
明日は我が身だと告げるメイファに村長は白い顔をして震えだした。
「私はこの事を声高に訴えるつもりで、都に向かっている最中なのだ」
「なんと無茶な! 直訴は大罪、どうあっても死罪は免れぬ」
恐ろしいことを言うなとばかりに身を震わせる村長だが、メイファは鼻で笑って応じる。
「故郷も仲間も全て燃やされた私には何の心残りもない。あとはこの身をもって彼奴等の蛮行を訴え、その行いを明らかにするまで」
メイファの瞳の中にある炎を見て取ったのか、それまで恐怖に震えていた村長が毅然とした声を上げた。
「娘さん、あんたはまだ若い。先のある身でそのような短慮はならん。そこまでの決意であるなら止めはせぬが、その役目はワシが引き継ごうではないか」
「何を言われるか! 貴方はこの村を守る大事な役目があるではないか」
「お前さん自身が申しておったではないか。遅かれ早かれワシらは滅ぼされる定めだと。であるのなら、誰が直訴しようと変わるまい。ロジンには昔世話になった事もある。一人娘を死地に追いやるのを見殺しにしたとあれば、冥界で奴に合わせる顔もない」
メイファは村長の決意が固いことを知ると、ふと思いついたように話を切り出した。
「村長、そうまで言ってくれるなら、頼みを聞いてくれないか?」
「おい、村人諸君。憎っくき盗賊に恨みを晴らすのは結構だが、いくら凡百の三下とはいえこやつもそこそこの人数を従える頭であった。どうせ始末するなら街で吊るし首にしたほうがいい。僅かばかりとはいえ盗賊の生け捕りとあらば報奨金もでるだろう」
手足が砕かれ、身動きの取れない盗賊に私刑を加えていた村人たちはフェイリンの言葉にぴたりと動きを止めた。街まで運ぶ手間があるとはいえ、ただの死体を作るか、金になる肉塊にするかでは迷うはずもない。
だが彼等はこちらに視線を向けてくる。俺らがその権利を持っているから、その金をどうするのかと問う視線だった。
ここでは奴隷の地位にある人間の俺が何を言っても話は纏まらないだろうが、俺の隣には腕に覚えがありそうで、更に自らの口でこの地の支配階級である竜人と名乗ったフェイリンがいる。
本人も相当な名家の生まれだというし、その振る舞いもメイファと同じく堂に入ったものだ。実に堂々と宣言した。
「その金はこれまで苦しめられてきた諸君らが受け取るべきだ。そして、我らは賊どもの拠点から色々と取り返してきたから、それもお前たちに返そう」
その言葉を受けて、俺が大きな木箱を彼等の前に置くと、村人たちは歓声を上げてこちらに殺到した。
「これはおらの鍬だ! 盗賊どもに奪われていたもんだ!」「こっちの指輪は母ちゃんの形見だ! あ、ありがてぇ、感謝します、お武家様」「もう戻ってこねぇと諦めていた鉄の斧が! これでまた木こりに戻れる!」
「これは同じく盗賊の被害に遭っていたほかの二つの村でも行ったことだ。多少ではあるが、連中の食い物も奪い返してきた。遠慮なく受け取るがいい」
俺達は盗賊の拠点で得たものを金銭以外は全て返していった。メイファの人気取りの意味もあるが、俺達に必要なものでもないから返却する事に異論はなかった。
だがこれはこの辺りの倣いとしては異例のことらしい。メイファとフェイリンにはその行いに大変な感謝を受けることになった。
金に関しては行商人も来なくなって久しい僻地では腹の足しにもならないので忌避される有様だった。渡した食料の方がよほど喜ばれたので、これは俺達が有効活用してやればよい。
俺の視界の先ではメイファと村長が固い握手を交わしている。あちらもあちらで話がついたようだ。既に他の村でも同じような約束事をしているから、こちらも靡くとは思っていたし驚きはない。
地に頭をこすりつけるようにしてフェイリンに感謝を示す村人たちに手で応えて俺達は村を去るのだった。
「これで3つの村から支持を取り付けることが出来たわけだな」
「実際は明確なものではないがな。せいぜいが消極的な支持といったところか。内容も私が起ったときに賛成の意思を示してほしいと言うものだ。彼等にしてみれば何の誓約もない、空手形に等しい」
「それでいいだろ、何の証も立てていない今の君は唯の自殺志願者と変わらんしな。現状では小さなことを一つ一つ積み重ねていったほうが結果的には近道さ」
「うむ。急いては事を仕損じるというしな。期限が決められているわけでもない、焦らず行くさ」
「民を救い、天を正すという見事な志、このフェイリン、誠に感服しきりである。これぞ義士の鏡! どうか私もその一助とさせていただきたいものだ!」
フェイリンがメイファの道の同道を申し出ている。俺としても願ったりの展開だが、当の本人は渋い顔だ。自分の命を捨ててかかっているメイファにとって、死出の道連れは少ない方がいいからだ。
「その言葉だけでも涙が出るほど有難い。だがフェイリン殿にもお身内があろう。累が及ぶのは忍びない、そのお心だけ有難く頂戴……」
「ご心配召されるな。我が家は既に私のみだ。だからこそ憂いなく諸国漫遊の武者修行に出たのだ。そして義に生きることこそ武人の本懐。私は貴方に真の主の姿を見た。どうか我が槍をお受け取り頂きたい」
片膝ついて差し出されたフェイリンの槍を、メイファは何とも言えない顔で逡巡している。
「何もかも諦め、死を受け入れた先にこのような兵から槍を捧げられるとは……皮肉なものだ。あの時、そなたと出会っていれば……いや詮無き事か」
頭を振って感傷を振り切ったメイファは、差し出された槍を前にフェイリンに問うた。
「私が歩む道は血塗られたものになろう。幾多の苦難と悔恨がその身を焼くことになろう。それでも私と共に来る事を望むか?」
「無論! 我は貴方の敵を貫く槍となり、立ちふさがる全てを打ち払ってご覧に入れる。我が名はフェイリン・ラグン・ソン! 我が主のもっとも鋭き刃とならん!」
「その覚悟、全霊を持ってお受けする。私はそなたに報いるべき何物も持たぬ一介の女の過ぎない。だが、そなたと共に進み、共に死ぬ事だけは約束する。私と共に来るのなら、誓いを果たすまでは煉獄の底まで付き合ってもらう」
「望むところ! 我が槍は主君と共にある」
<おお、これは何とも一世一代の感動的な名シーンじゃね? 凄ぇの見たぞ>
<全くだ。俺の存在を完全に忘れている感じはするがな>
視界を<共有>した玲二と喋りながら二人の女性が主従の契りを交わしている光景を眺めながら、俺はそろそろ傾きつつある太陽の位置を気にしていた。
メイファが村々を回って自分の味方を増やす事は予定通りだが、行く先々での歓待ぶりは予想以上だった。出来れば今日の内にこの嫌になるほど広大な森からおさらばしたかったが、今からではどうあっても間に合いそうにない。今日もこの森で夜営することになりそうだ。
「二人とも。話は済んだか? そろそろ野営地点を探さないと暗闇の中を彷徨う羽目になる」
「あ、ああ。そうだ、その通りだな。間もなく日も暮れる。冬の足音も聞こえている時節だ、急ぐとしよう」
「とはいえ、村での接待を断ればこうなるのも必定。解っていたことではありますが」
俺の言葉にはっとした二人は急いで周囲を見回した。俺の<マップ>でも一見した所、夜営に適した場所はない。村ではもう日も暮れるし泊まって行けと強く勧められたが、とある理由で固辞して先にすすんでいた。
「村の中でアレを広げるわけにもいかないだろ? 村で一夜の宿を貰うならそれも良いが」
「いやいや、アレを味わったら、何が悲しくて村の粗末な床机で眠らねばならんのか。よりよい物があるならそれを使うべきだろう」
すっかり気に入ってしまったメイファとフェイリンは我先にと夜営に適した場所を探しに歩き出している。正直な話をすれば<マップ>がある俺が周囲の索敵もできるのでここで野営したとしても不都合はないのだが、本来であれば夜の森で一夜を明かすのは相当危険な行為である。少人数であれば、背を取られない様に背後に岩や大木がある多少開けた地点を探すか、無理をせず村に宿を求めるべきだった。
これには理由があった。俺が持つ魔導具の中にセラ先生から借り受けた夜営道具がある。これも1度使えば魔力切れになるが、魔力の問題は解決してあるからも普通に使える。
そして大貴族の館のような豪華な部屋はメイファたちに大好評だった。村の歓待の申し出を退け、夜営に拘ったのはそのためである。あちらの精一杯の歓迎も豪華な風呂と食事と床机付きのこちらの前では敵うはずもなかった。
その後何とか野営に適した場所を見つけた俺達は、食事を取る事にした。
「今日の夕餉は何にする?」
「肉だ」「肉だな」
「また肉かよ。お前ら本当に好きだな。俺は魚にしよう」
「満ち足りた生活を送っていた君には解らぬだろうが、庶民にとってあれほどの肉を心ゆくまで食べられるというのは一生に1度もない贅沢の極みだぞ。それを惜しげもなく出してくれるのだ。食べないほうが失礼というもの」
「うむうむ、我が主のお言葉通りだ。今は我が人生で最も満ち足りた食生活を送っている。村人たちの歓待を断るのも心苦しいが、彼等の心尽くしもこの肉には足元にも及ぶまいて」
肉に対する情熱を得々と語る二人の相手をするのも飽きた俺はさっさと要望に応えることにした。二人は肉を食べられるのが相当嬉しいらしく、これまで訪れた村でも一切の歓待を受けず、俺が提供する食事の機会を逃すまいとしている。
焚き火の上に鉄板を置き、熱する時間を待つも面倒なので火魔法で暖める。俺も最近になって彼女たちに料理を振舞う機会が増えてきた事もあり、肉を焼く技術も上がってきた気がする。
取り出すのはオーク肉などではなく、タイラントオックスの分厚い肉である。その肉を見ただけで二人から歓声が上がるのもいつもの事だ。
油を引く事もなく熱された鉄板の上に肉を置くと、そのまま焼いてゆく。かつては王都の腕利き料理人たちにコツなどを聞いたこともあるが、結局上達したいならひたすら焼いて経験を積むしかないと言われた。気をつけるべき事はあるが、その肉にあった焼き方は焼いてみるまでわからないというのが最上級の腕前を持つ彼等の言い分だ。
ステーキを焼いている間、俺は自分の分の準備をする。折角の焚き火なので魚を串焼きにするのも趣があっていいかもしれない。ぶっちゃけると<アイテムボックス>の中には出来立ての料理が4桁近く溜まっている。王都で葬式の時に山ほど作った料理がはけきれておらず、本来ならそれを消化すべきだろう。だが、ここはあえて野外飯を楽しみたい。折角の焚き火なのだ、これを生かさずしてどうするのか。
<完全にキャンプをエンジョイしているねぇ>
<まあ、滅多にできないしな。楽しめる時に楽しみたい>
相棒が溜息と共にそう<念話>を送ってくるが、実際楽しんでいるので否定はしない。メイファは色々と覚悟を決めて行動しているが、俺の立場はあくまで協力者だ。この国に対する責任は取らないし、取れない。フェイリンに何度か力を貸してくれるように頼まれたが、俺は所詮部外者だ。彼女の行く道を見届ける事は出来ても、共に歩くことはない。俺はこの地がこの世界のいずこにあるのかを調べ、自分の足で故郷に帰ることを目的としている事を明確に伝えてある。
フェイリンはまだ諦めてはいなさそうだが、主であるメイファが言葉を重ねることがないため、それ以上言ってくる事はなかった。
今日も大量に肉を平らげた二人は、満足そうな顔で魔導具の屋敷の中に入っていった。これから風呂と寝酒を楽しむらしい。こんな生活を続けたら俺から離れられなくなりそうだとメイファは恐ろしげに呟いたが、じゃあ止めておくかと聞くと絶対に嫌だと断言してそそくさと魔導具が作り出す空間に消えていった。
1度味わった贅沢は簡単には忘れられないんだよな、と思いつつもうら若き女を二人も冷えた大地の上や粗末な床机で眠らせる気にもなれない。俺は早く次の肉を焼いてくれと目を輝かせるビューが、よだれをたらたらと流す中、ロキの分身体への餌付けを続けるのだった。
このレン国の東地域には合計で3つの大都市、8つの街、そして50を越える村が点在している。メイファが”天に訴え出る”と宣言しているのは、この東地域の領都に向かうことを意味している。
国の首都に向かうのではないかと最初は思ったが、内乱で国が乱れたレン国において、既に中央の統制はないも同然だ。広大な国内も既に大小さまざまな勢力が乱立しており、既に首都を国の中心と見る向きはなかった。
村はともかく、街程度の大きさがある場所では中央の力を恃みにせず、自警団や自前の兵力を擁している所も多かった。そういう彼等をメイファは味方につけようと計画していた。
この場所からそこそこ近い街であるセンシュと呼ばれる街に俺達は向かっている。それにはメイファなりの理由があるのだが、今の行程で進み続けるとあと3日はかかりそうである。
行けども行けども森ばかりで、そろそろこの光景も見飽きてきた。俺個人だけならさっさと森を抜けたい所だが、連れがいるとなれば勝手は出来ない。暇を潰すべく色々と画策してはみたが、その全てが足を遅くしてしまうだけの結果であり、もうこれはさっさと森を抜けることだけを考えた方が良さそうだ。
そんなことを考えつつ歩いていた俺達だが、ふと異変を感じて足を止め、道から逸れて森の中へ身を潜めた。
「ユウキ、どうしたのだ?」
怪訝な声を出したメイファだが、行動そのものは俺と同じく森の茂みに身を隠している。何かあったときは俺の指示に従うという約束をきちんと守っているのだ。メイファの後ろにはフェイリンが控えていた。
俺は既に<マップ>で状況を把握していたが、遠眼鏡を出すと異変の先を探りあてた。そのまま背後のメイファに遠眼鏡を差し出すと彼女も一目で状況を理解した。
「また盗賊か。それも商人の馬車を襲っていたようだな」
憤懣やるかたないと言った表情でメイファは嘆く。今日までに俺達は3桁に及ぶ盗賊たちを始末してきた。盗賊が隠れるにはこの森はよほど都合がいいのか、雲霞の如く湧いて出る。
ここから見ただけでは数人の男が馬車を取り囲んでいるだけだが、仲良く会話をしているようには見えなかった。十中八九盗賊だろう。俺達は掃除の意思を固めた。
そうと決まれば行動は早い。こちらが先手を取ったため、不意をつくのも難しくない。盗賊たちは身の潔白を訴えたが、既に彼等は商品の一部を奪い取った後であり、どんな言葉も説得力はない。
街に突き出すほど使えそうな奴のいないのでさっと始末してそれで終わりだった。
「旅の商人の方、お怪我はないか?」
「これはご丁寧に。私どもも一部の商品が奪われましたが、既に取り返しております。皆様は命の恩人……でございます」
盗賊の脅威が去った後でそう挨拶をした俺達は、そう商人を見据えたのだが、何とも商人には見えない男だった。商人というより学士のような、そんな印象を持つもの静かな中年の男だった。
だがこの男こそが、メイファの覇道に大きな貢献をする人物である事など、今の俺達には想像もできないことだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
申し訳ありません、体調不良により日曜更新が出来なかった上、今回も分量が少ないです。重ね重ね申し訳ありません。この話も半分程度の消化しかできておりません、
次回は体調を万全にして増量でお届けしたいも思っております。
日曜予定で頑張ります。何卒見捨てないでくれると嬉しく思います。