集う力たち 1 女武芸者
お待たせしております。
「しかし、君はあの時、”国盗り”と言ったが、私はもう少し穏便にだな……」
「まだその事を気にしているのか。君が生きて事を成せば必然的に国を手に入れているって。国に異を唱えるんだ、向こうが”はいそうですね”と受け入れれば話は簡単だが、そうはならんだろ。そしてこのまま突き進むと間違いなく国側と揉める。敵は君を排除しに来るだろうし、それでもなお志を貫くなら、君は全てを手に入れている。ほら、結果的に国盗りだろ?」
あれから3日後、俺達は灰と化した村を出発した。3日の時間を要した理由は単純に仲間の女性陣が難儀な道を選んだメイファに様々な贈り物をしたからだ。魔導具や宝珠は1度使えば魔力切れになってしまうが、逆に一度きりと使用と割り切って考えれば便利であることには違いない。
身の護り系の魔導具は一度効果を発揮すれば壊れる物も多い。そういったものをこれでもかと用意していたら時間がかかってしまった。
俺もその間いつもの日課や様々な準備に費やした。さすがにあれ以上の転移環は出なかったが、他にも旅に役立ちそうな道具も揃えたり創造したりした。
義理堅いメイファはその一つ一つに感謝し、何一つ恩返しができない己を恥じたが、まあそのやり取りは想像にお任せする。最後はみんな”何かあれば俺に言えばいい”という話で締めくくるのはどうかと思う。メイファを見捨てはしないが、この戦いは彼女のものである。
俺も目的地が色んな情報が集まるであろう大きな街なので最終的な行き先は一緒だが、いずれ道は分かたれるだろうし、メイファの性格的にも俺に何もかも頼るような事にはならないだろう。
それとシャオは向こうに残る事になった。初めは俺達と行くと言い張っていたが、3日もあちらで過ごせば簡単に心変わりするだろうと思っていたので、予想通りだ。
それにシャオは俺の娘だ。年齢的には妹だろと皆から突っ込まれたが、俺の中ではシャオは娘と言う事になっている。どうにも妹より娘とよぶほうがしっくり来るのだから仕方ない。
家族である以上、妹でも娘でも大差はない。大人になるまではしっかりと俺と仲間が面倒を見るつもりだ。それにイリシャが”わたしお姉ちゃんだから”ととても張り切っている、その点から見てもシャオをこちらに戻す気はなかった。茨の道を歩くメイファもそれを望んでくれたので、この件は丸く収まった。
「それはそうと、足回りはどうだ? 旅はこれが合わないと大変なことになるからな」
「ああ、沓のことか? これは皆様から頂いた贈り物の中でも群を抜いて素晴らしいな! 足が全く疲れない、一日中でも歩けそうな勢いだぞ」
「それは良かった。だが一応気をつけておけよ、今は良くても一日が終わった辺りで痛み出すかもしれない。慣れない沓とはそういうものだ」
メイファの旅装はうちの女性陣か見立てたものであるから、非常に質が良い。雪音が創造した異世界産のものをふんだんに使っているし、旅装らしく丈夫でありながらも、非常に美しく仕上がっている。
それになにより仕立てた服のおかげでメイファの美貌がより際立ってしまい、セリカの店の女たちが溜息をついたとかなんとか。
確かに化粧気のない彼女だが、防寒用の外套を羽織った姿であっても凛とした美しさは隠し切れない。みなぎる覇気といい、こんな女がただの村人であろうはずがない。
彼女が天を正すなどと気を吐くのも何か関係がありそうである。
そして彼女の靴も異世界産の最高級品質の旅用革靴をこちらの世界用に改造した代物だった。俺もそうだが、異世界産を履いてしまうと二度と昔のものには戻れないと感じるが、彼女も同様らしい。万事手抜かりのない雪音の仕事は、同じ沓を8足用意してあり、俺の<アイテムボックス>に入っている。
なお、マジックバックはこの世界では使えなかった。理屈で考えればあれも魔導具の一種だし、仕方ない面もあるが、おかげで殆どの荷物は俺の<アイテムボックス>に入っている。
別れるつもりはないが、彼女と分断されたら面倒な事になるかもしれない。
「わふ」
「おお、そうか。周囲に不埒者はいないか。ビューは賢いな」
メイファが頭を撫でてやっているのはロキの分身体である。元は転移環を守らせていたので、こちら側に戻った時にその役目を終わらせるはずだったのだが、その姿を一目見たメイファが一瞬で篭絡されてしまった。即座にロキの分身体を撫で回し、こいつの事情を尋ねてきたのだ。
メイファはイリシャの側にいたロキを見ていたはずだが、ロキとは大きさが違っていたからな。今のあいつは番犬だから大型犬くらいの大きさだが、分身体のこいつは力を抑えるために子犬程度の大きさだ。もちろん必要な時にはいくらでも巨大化して敵を引き裂くし、魔法も乱れ打ちするだろう。ロキは俺から直接力を受けているため、この世界の少ない魔力も一切関係ない。
そこらへんの説明をどうしたものかと悩んでいるうちに、メイファがこいつも連れてゆく事を勝手に決めてしまった。異議を唱えようにも、始めて見るほどに喜びはしゃぐ彼女を見ると、それもいいかと思ってしまった。ロキとしても分身体の作成に慣れた今では気にならない程度の負担らしい。
というわけで、旅の道連れが一人増えた。こいつの名前はビュー。如月の命名だから、何か意味があるんじゃないだろうか。主な仕事はメイファの護衛であるが、今は彼女の腕に抱かれているから、どちらが護衛か良く解らない。
メイファは最後に村人たちの墓に一礼して瞑目すると、二度と振り返ることなく村を去った。何かを振り切るかのような強い覚悟を感じたが、俺もかける言葉もなく墓に一礼して後に続いた。
準備に3日かけただけあって、メイファの中でどう行動するべきか予定は決まっていた。昨夜の内に仲間を含めてその腹案を聞いていたので、これからの行動は俺も知っていたが、まずはこの広大な森を抜けねば話にならない。
「しかし、この森がここまで広大だとはな。魔の森と呼ばれるだけの事はあるか」
「俺が飛ばされたのはあの村から500キロルは西だが、それでもまだ西に森は広がっていたしな」
あの大山脈はあの村の人たちも神々の住む地と崇めてきたようだ。恐れ多くて近づくこともできないと言っていたが、そもそも距離がありすぎる話でもある。
「東の太守がここを開拓しようと思ったのも解る話だが、それ故に何故我等を滅ぼそうとしたのか、それが解せん」
「君に心当たりはないのか? あの時敵の隊長の言葉に衝撃を受けていたようだが」
「正直な話、解らんのだ。私の思い過ごしである可能性のほうが高い。君にはいずれ必ず話すから、それまで待っていて欲しい」
真剣な顔でそう言われては、お楽しみはあとに取っておくほかない。
「まあ、それはいいさ。それより、そろそろ例の村だ。速度を落として様子を見よう」
俺達は神気を用いて身体能力を底上げして森を高速移動していた。森が広すぎるので、まともに歩くと一日かけて辿り着く距離を一刻(時間)足らずで到着していたが、これはあちら側で神気の特訓をしていたから出来ることだった。
だが、俺の特訓は難航を極めた。神気を覚えたい仲間と一緒に訓練したのだが、豊富すぎる魔力のせいか丹田での魔力の凝縮と解放がひどく難しかったのだ。手慣れているメイファはあちらの溢れる魔力で神気を大幅に強化して順調だったが、それとは対照的に俺達は神気の発動にさえ手間取る始末だった。
最後には大人しく転移環でこっちに戻ってコツを掴んでから戻るという手段に頼ったものの、何とか全員が神気を取得し、その恩恵に与った。特にレイアとユウナは戦力の倍増を素直に喜び、メイファに礼をいうというよく解らない事をしていた。教えたのは俺なんだが。
「やはりこうなってたか……」
「屑どもめ。連中には武人の魂など一欠片も存在しないようだ」
俺は<マップ>で既に解っていたが、隣村、メイファの村に戦いを仕掛けてきた村は全滅していた。俺が向こうに帰った後で他の部隊が来たのか、村は既に灰になっていた。もちろん生存者などいるはずもない。
村の中央に死体が無造作に転がされている。あの村もそうだったが、恐らく手間を減らすために軍の部隊が村を囲んで村人を中央に集めたのだろう。そして抵抗も逃げる事もできない村人をただ殺すだけの作業が始まったのだ。
死体は殆どが老人と女子供だった。男もいたが、数は少ない。こちら側の襲撃に参加し、そのまま殺され男手がほぼ無くなった時点でこの村の将来は終わったも同然ではあったが、この顛末には溜息しか出ない。
「ユウキ、すまないが力を貸してはもらえないだろうか」
この村人たちはメイファの村を生贄に生き残ろうとしたのだが、メイファにとっては同じ被害者の認識のようだ。
「いいぜ。俺も彼等に恨みがあるわけでもないしな」
土魔法で墓穴を掘る作業はすぐに終わった。メイファのこの村人の名を知っているわけでもないので、彼女の村の埋葬より大分簡素ではあったが、50人近い亡骸を弔い終えるまでに一刻(時間)ほど要した。
俺の心に去来するのは怒りでも悲しみでもない、ひたすらな虚無感だった。メイファは村人たちの冥福を祈りながら怒りに震えているのに、俺の心はどこか鈍くなったかのように何も感じない。義憤の一つでも感じるのが人として正しい行いのはずなんだがな。
「行こう。都にいるであろう何者かにこの蛮行に対する責を負わせるためにも、私は前に進まねばならない」
「ああ、そうだな。この村の他にまだ村はあるんだっけか?」
「大きなものは2つ、小規模な集落は4つほどあるな。一応説明しただろう? わ、私の拙い地図では解らなかったかもしれないが」
文武両道な印象を受け、事実その通りなメイファだが、美術において天は才能を与え忘れたようだった。彼女が書いた森とレン国東部の大まかな地図はなかなか個性的だった。
「いや、ただの確認だよ。俺達の予定にも変更はないしな」
「な、ならば聞くな。私もレイア殿のような絵画の才能が欲しかったぞ……」
そういえばメイファはレイアが描いた大山脈の絵をしきりに賞賛していたな。まあ、それでも他の才能を山ほど貰っているのだから、一つくらいなくても愛嬌というものだ。
破却された村をあとにした俺達は、予定通りに村と村を繋ぐ森の街道に出た。この街道は最初の開拓が行われた時に開かれたものらしく、馬車が通れるほどの広さを持っている。
これまでの獣道ではなく多少は踏み固められた街道に出て、ようやく文明の残滓を感じられたと思ったら、街道には次なる問題が控えていた。
「国が荒れてるなぁ。これまで野盗に出くわす事はあったが、行き倒れまであるとはな」
「全くだ。街で職を失い、辺境にかける食い詰め者がいるとは聞くが、志半ばで倒れるのはこの者も不本意であろう」
街道の側で旅人が息絶えていた。丁度いい場所があるし、少し早いが昼食をと思っていた俺達だが、思わぬ先客に溜息をついた。
俺の流儀だが、行き倒れも弔ってやる。持ち物を漁るが、身の証明になるようなものはなかった。この行き倒れの身内や知人でもいれば遺品など届けてやれればと思ったのだが。
「ああ、その札、それは萬人の証だ。君たちの言う冒険者のような仕事をすると思ってくれ。魔物退治などはないから専ら護衛や何でも屋のようなものだが」
考えてみれば当然だが、やはりこちら側でもそのような仕事の需要はあるようだ。その樹のような石のような不思議な札を手にすると、その萬人を埋葬してやる。もしかしたら仕事の途中かもしれないから少ないが荷物は回収しておいた。萬人の組合は大きな街にでも行けば必ずあるそうだから、そこでこの札と荷物を渡せばいいだろう。
金も多少持っていたが、俺は親切な盗賊の皆さんから大金を頂戴している。メイファによれば棒銀一本で食事一回位らしいから、金にはしばらく困らない上、これから臨時収入もある予定だった。
食事の気分など吹き飛んだ俺達は先に進む事にした。先を急ぐわけでもないが、腹が空けば歩きながらでも食べられる。向こうに戻るのは顔を出すだけの予定なので、特にメイファが聞いたことのないような食事を可能な限り仕入れてきた。その中には片手で摘める物も多い。
街道は僅かではあるが人や馬車の通りもある。だが、荷を運んでいる馬車には武装した男たちが護衛についており、周囲に油断なく視線を配っている。まるで敵地に入ったかのような警戒ぶりである。
それはもちろんこの辺りの治安が悪い事を示している。こんな所に来る行商人は大変だなと思うが、メイファの村などはこの数年行商人さえ寄り付かなくなったと言う。
そういえばメイファから色々教わっている頃に、金などあっても腹は膨れんと皮肉げに笑っていたな。
「急げば今日中に一件目に行けるか?」
「ああ、一つ目はここからかなり近いからそれは問題ない。飯は片付いてからにするか」
「そうだな。む! あれは……また行き倒れか。しかも女とは、なんと哀れな」
「いや、あいつはまだ生きているようだ」
<マップ>の反応で生者である事は解っていた。樹の根元でへたり込んでいたから、メイファが行き倒れと思っても不思議ではない。
俺が何か言う前にメイファは既に駆け出している。俺も死んでいるならともかく、生きているならその救助に異論はない。
「美味いッ!! 五臓六腑に染み渡るとはこの事だ! これほど美味い食事を食べたのは生涯で初めてだ」
「うむ、それは何よりだ。我らも息のある者を見捨てるなど後味が悪かったのでな。気にすることはない」
メイファはしきりにこちらに視線を寄越すが、俺が何も言わないので彼女が行き倒れと話す格好になっている。
「いやいや、天が乱れたこの昨今で赤の他人にここまでの慈悲を与えられるのはなかなか出来ないことだ。天晴れな振る舞い、このフェイリン、感服仕った」
フェイリンと名乗った女はそう深々と頭を下げた。身長は俺より少し高い程度だが、黒い髪をしたまだ若い女だった。活動的な印象を持つなかなかの美女である。
彼女は4日ほど何も口にしていなかったようで、水を口に含ませたら意識を取り戻し、凄まじい勢いで俺が出した料理を平らげ始めた。
その勢いは俺らの食欲を失せさせるほどで、俺の仲間のジュリアとレナに匹敵する健啖家であった。
「困った時はお互い様だ。私も他から似たような恩を受けて、それを君に返したに過ぎん。いつか君も余裕があれば誰かに同じ事をしてやるといい」
「ううむ、なんと徳の高い方なのだ。きっと名のある人物であろう。貴方様の名を存じぬ非才をお許しあれ」
しきりに感じ入っているフェイリンにメイファは戸惑った視線をこちらに向けてくるが、こいつは実に拾い物だそ。是非ともメイファの仲間に加えたい。であるから、メイファが全ての返答を行うべきである。それに人間の俺はこの世界じゃ奴隷扱いだ。見た目的にはこのフェイリンも頭に小さな角が生えているので支配階級の竜人なのだろう。俺とじゃ会話になるまい。
「私はメイファというつまらない旅の女だよ。それより君はその得物といい腕に覚えがありそうだな」
「はい、メイファ殿。私はソン家の係累にあたりますので、槍を得意としております。今は家訓の武者修行の旅の最中でして、ここらで悪さをする盗賊どもの噂を聞き、ここは一つ天に代わって懲らしめてやらねばと思い立った所存ですが、想像以上の森の広さに手持ちの食料が切れ、さらに悪い水に中ってしまったようで……いやはやお恥ずかしい」
「なんと、ソン家の方と申されたか! ソン家といえばかつて中央大将軍をも排出した武門の雄ではないか! その一族の方に対するあまりにも無礼、こちらこそ許されよ」
ふむ、やはりこの女、メイファをはるかに越える手練だと見ていたが、竜人の戦士の一家だったか。
「何を申される。私など傍系も傍系。宗家の方々など私の存在さえご存じないだろう。貴方こそ私の命の恩人、命の借りは命で返すものと相場は決まっている。どうだろう、メイファ殿の旅の目的地があるなら、そこまで護衛を仕ろう」
そこでメイファは確認をとるように俺を見るのだが……君の戦いだぞ、君が決めろって。
「そこの人間は貴方の奴隷だろうか? 主人に対してなんとも態度の大きい事だな」
あんまりにもメイファが俺を見るのでフェイリンも俺に視線を寄越した。こうならないように影に徹していたのだが、仕方ないな。
「彼の名はユウキ。彼は奴隷ではない、私の協力者だ。これは警告だが、彼に不遜な態度は取らない事をお勧めする。世界は広いと学ぶことになるからな」
「なんと! いくら命の恩人と言えど、聞き捨てならぬ言葉だ。私とて幼少の頃より鍛錬を積んできた。人間ごときに遅れなど……ッッ!!!」
唐突にフェイリンがその場を飛びのいた。なかなか反応が良い。よい師に恵まれ、多くの研鑽を積んできたのだろう。ますますフェイリンが欲しくなった。
俺の視線を受けて危険を感じて飛びのいたフェイリンは、自分が何をしたのかさえよくわかっていなかったが、戦士の本能が優秀な証拠でもある。
「ユウキ、あまり無茶は……」
「しねーって。俺をなんだと思ってやがる」
なんだろう、メイファは俺の身内と話してからというもの、俺を手に負えない危険人物のように扱う時がある。断固抗議したいところである。俺は基本的に穏やかな人間だ、相手がまともならば。
「人間の少年、見慣れぬ髪と瞳だが、何処の生まれだ?」
「ランヌ王国のキース伯爵領のキルネ村だ。と言っても解んないよな。俺も探してるんだ。続きの自己紹介はお互い言葉である必要はないだろ?」
そう言って<アイテムボックス>から棍を取り出すと、それだけで更にもう一歩フェイリンは後ずさる。
「おい、得物を取れよ。面倒だな」
動こうとしないフェイリンに仕方なく俺が彼女の武器である槍を投げ渡してやる。掴んだ時にわかったが、彼女の槍も業物だった。それに裏打ちされた充分な実力がある。
槍を受け取った彼女は油断なく構えるが、それに対して俺は構えない。フェイリンからすれば隙だらけに見えるはずだ。誘っているんだが、彼女はなかなか乗ってこない。
「……」
「……」
永遠とも思える時間(実際は数秒)を睨みあった俺達だが、均衡はすぐに崩れた。ただ突っ立っているだけなのに飽きた俺が棍を肩に担いだ瞬間、その隙を狙って踏み込んできたのだ。
いや、正確には踏み込もうとした。フェイリンは踏み込みの姿勢のまま、硬直している。
「どうした? 来ないのか?」
「行こうとした……だが、その瞬間に”死”が襲い掛かってきた……私の負けだ」
がっくりと膝をつくフェイリンにメイファが近寄って肩を叩いている。
「あいつ相手に立ち向かう勇気があるだけ大したものだ。ともかく、自己紹介は済んだだろう」
メイファの手を借りて立ち上がったフェイリンはそのまま俺の前に来ると、深く頭を下げた。
「ユウキ、いやユウキ殿と申されたか。叶うなら稽古を付けていただきたい!」
最近弟子入りの傾向があるなと思いつつ、どうせこの地で情報を得ることに以外にすることがあるわけもない。時間の空いている時なら彼女の鍛錬に付き合ってやることにした。
「メイファ殿の仰った意味が身に染みて理解できました。文字通り手も足も出ないとは……これまでの鍛錬はなんだったのか」
「ユウキは色々特別だからな。あまり気に病まないほうが人生楽だぞ。私もこの数日でそう思うようになった」
地味に酷い事を言われている気がするが、食事一回で万金を積んでも得られないような強力な女武芸者が仲間になったのは大きい。やはりメイファにはそういう星の巡りがあるのではないだろうか。
「そういえば、話の途中であったが、御二人はどちらに向かわれる予定だったのだ? ユウキ殿がおられる今、護衛など恥ずかしくて口に出来ないが、足手まといにはならぬ程度には動けるはずだ」
「どうやら俺達の目的地は君と同じであるようだぞ」
「はて、私と同じ?」
首を傾げるフェイリンに、俺達はまず第一の目的地に案内してやるのだった。
秋の一日が終わり、夜の帳が辺りを包もうとしたころ、野太いおっさんの悲鳴にも似た叫び声が響いた。
「お、お頭ぁ! てぇへんだッ!」
「うるせえぞ! 一体何があったってんだ!」
「て、敵襲でさぁ!!」
「なんだと!? キムの野郎はどうした!? こういう時こそ奴の出番だろうが!」
「真っ先に頭をカチ割られました! それに今は信じられねぇほど強ぇ女が暴れまわってます!」
「くそッ、どうなってやがる。なんで俺らが襲撃を受けるんだよ! それにこのねぐらの場所は誰にも……」
「良い夜だな。屑野郎共」
俺は慌てふためく盗賊の首領に背後から声をかけた。
「て、手前、何もんだ!?」
「ごべッ!」
盗賊の首領の質問に答えず、隣にいた手下の頭を棍で砕き、40がらみの汚いおっさんが大地に血の花を咲かせる。既にこの場所では7輪の汚い花が咲かせており、満開まであと少しと言った所だ。
「お前がここの頭で間違いないな? 嘘は言わなくていい。北と西のお仲間からあんたの情報は吐かせている。頬傷と右手の痣、ソウカイとかいう三下だろ?」
低脳の癖に俺の言葉から他の盗賊の集落の頭がどのような目に遭ったか理解したようで、その目には怒りよりも恐れが透けて見えた。
「お、俺達を殺ったら、虎豹団の連中が黙ってねえぞ! 俺はあそことは義兄弟の間柄で……」
「ああ、それなら問題ない。誰も残ってないから心配ないぞ」
コショウ団とかいういつもクシャミしてそうな連中だったが、ここではそれなりに大きい所帯だったようで、これまでに潰した二つの盗賊の集落でも似たような脅し文句を吐かれた。もう少し別の台詞はないのかと呆れるが、この程度のゴミにそこまでの機転を求めても仕方ない。
俺は素早く両手両足を完全に砕き、物言うミノムシと化した盗賊の頭を引きずってゆく。俺が二人と一匹の元に戻るころには、全てが終わっていた。ここにいた賊は全部で20人ほどで、俺が半分を受け持ち、残りを二人と一匹が始末した。
その気になればビューが一瞬で始末できるが、こいつは護衛に徹するつもりのようで自分からは手を出さなかった。殆どをフェイリンが潰したようだ。
「お、俺の一家が……」
「悪の栄えたためしなし、だ。諦めろ、外道め」
フェイリンが盗賊の頭の頭を踏みつけている間に、おれは穴の中に盗賊をまとめて埋めてゆく。間違っても埋葬ではない、生ゴミを埋めただけなので一瞬で済んだ。
「お、俺をどうするつもりだ。いっそ人思いに殺せ!」
ミノムシ状態で叫ぶ頭に俺は興味なかったが、ご丁寧にメイファが説明してあげていた。
「お前は衆人環視の中、処刑されるだろう。お前たちに多くを奪われた民は歓呼と共にお前を殺すだろう。その瞬間まで悔いて過ごすといい」
口に大きな石を突っ込んであるので自殺も出来ず、俺達は奴を縛り上げてそのあたりに転がした。犬のように首輪に鎖をつけて杭で打ちつけてあるので這って逃げるのも無理だろう。
「まさか一日で3ヵ所も始末するとは。ユウキ殿の索敵能力は素晴らしいな。で、ここもお宝はあったのか?」
「これから向かう。こっちだ」
フェイリンを連れて頭が居た建物に入ってゆく。奥の部屋に大きな木箱が三つ大事そうにしまってあった。
その辺に落ちていた刃物で木箱の一つをこじあけると、金棒と銀棒が溢れ出した。
「おおッ! この盗賊も溜め込んでいたな! 討伐が来ないと思い込んで随分と好き勝手していたようだ。これも入るのだろうか?」
答えの代わりに<アイテムボックス>に木箱を入れるとフェイリンが歓声を上げた。
「何度見ても凄い力だな。旅が格段に楽になるだろう。天は与えるものには二物を与えるのだな」
魔力が少ないので<鑑定>持ちも非常に限られているであろうこっちではスキルもほとんど知られていないようだ。スキル自体はちゃんとあるが、それを知る術は殆ど知られていないようだ。教会にあたる組織もあるとは思うが、メイファもフェイリンも知らなかった。それゆえ、向こうでは隠す能力もこちらではおおっぴらに使っている。不思議な力と言い張ればそんなものかと受け入れてしまう土壌があった。
お宝を回収して皆の所に戻るころには既に暗闇が辺りを支配していた。
メイファはまだ盗賊のお頭に因果を含めていたらしく、何を言われたのか、おっさんは脅えきっている。
「今日は何とか予定だった3箇所を回り終えたな。これは単純にフェイリンの加入によって手が増えたおかげだな」
「なんのなんの。もとより盗賊退治はこちらに訪れた目的だったのだ。こちらこそ力をお借りして助かった。これで周辺の民も安心して眠れるだろう。して、三箇所とも首領を生かしてあるのは当然目的あってのことだな?」
フェイリンの問いにメイファが覚悟を秘めた声で宣言した。
「まずはこの周囲の村を味方につける。彼等の支持を手にしたとき、私の戦いは始まるのだ!」
楽しんで頂ければ幸いです。
どうでも良い設定ですが、こっちの世界での四大主兵も剣、刀、槍、棍です。ただ本場が細い棒を使うのに対し、主人公の棍は相当太いです。重さと威圧感で相手を圧倒します。
これまでの話とはかなり毛色の違う話ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
次回は日曜予定で頑張ります。