メイファという少女 2
お待たせしております。
事の起こりは些細な揉め事だという。
相手は隣村で、俺が次に向かう予定だった村だ。
これまでは似たような揉め事があっても、この魔の森で同じ開拓をする同志であるから、なんだかんだ持ちつ持たれつでやってきたそうだ。こんな僻地で村同士が揉めたら下手をしなくても共倒れになるだろう。
互いにそれを理解していたから、厳しい日々の中でも何とかうまく付き合ってきたはずの隣村の態度が、突如として高圧的になったそうだ。
村長のロジンやその娘のメイファはあまりにも無礼な振る舞いをする相手に何とか対応してきたが、彼女が知らぬ間に村人が大怪我をさせられて、こちらがその報復を苛烈に行ったおかげで、平和的な解決は不可能になった。
とはいえ、元は交流があった相手である。村としては没交渉になったとしても、個人的な関係は絶えた訳ではない。
メイファは相手村の若者から、一体何が起きたのか尋ねたのだが、その返答は辛辣な罵倒だった。
彼女達の村が隠し畑を大量につくっているとか、有望な鉱脈を見つけたが報告せずに私腹を肥やしているとか、身に覚えのない事を散々言われ、自分の身の安全も不安になる程の怒りをぶつけられた彼女は、その場は引き下がる他なかった。
しかし、その相手は去り際に、衝撃的な一言を放った。
なんでもこの村を滅ぼすために傭兵を雇ったというのだ。
んな阿呆な、と誰もが思った。喰うにも事欠く死に体の村が、どうすれば高額の傭兵を雇えるのか。
最初は誰もが鼻で笑ったが、狩人の経験を持つ村人の一人が相手の村を偵察に出掛けると、明らかに堅気ではない男達の姿を目にしたという。
村は一気に緊迫した。村の回りには獣避けの簡単な柵しかない。戦いなど全く想定していないし、開拓村には他に優先すべき事が山ほどあったからだ。
しかし、このまま座して死を待つわけにもいかない。村人達はメイファの指示の元で村の守りを固めたのだが、無理に無理を重ねただけあっていろいろと破綻している。
その最たるものが労働力を防衛に回したせいで、このままでは年を越せるだけの食糧がないことだった。
その問題は相手の村からの戦利品で賄うことで村人達を納得させたそうだが、なかなか苦しい言い訳である事は本人も解っているようだ。俺が村を訪れた時に感じた、全体に漂う逼迫感は、数日後に襲われて死ぬか少しだけ先に飢えて死ぬかの二択を苦渋の末に受け入れた村人達が発するものだったのだ。
「む、村が燃えているだと……なんてことだ」
樹から降りてメイファにそう報告すると、当然彼女は血相を変えた。即座に立ち上がると荷物を纏め始めた。
「おい、いきなりどこに行くつもりだ?」
「村に戻るに決まっている! 君はすまないがシャオを見ておいてくれないか? 我が村の事情に巻き込むつもりはないが、この子を抱いて戻るのはあまりにも危険なのでな」
「おい、待てって」
メイファには悪いがもう手遅れだ。<マップ>で状況を鑑みるに、人間を示す点が幾つか減り始めている。彼女が帰り着くころには何もかも終わっているだろう。
だが、あっという間に支度を整えた彼女は焚き火の始末もせずに村の方角に向けて走り出した。
「夜の森を走って移動する気か? ああ、言わんこっちゃない……」
俺達が通ってきたのは森の中の道ではない。岩や足場の悪い森の中を掻き分けて薬草の群生地にやってきたのだ。そんなところを暗闇で走り出そうとすれば、案の定メイファは木の根に足を取られて派手に転倒した。
「痛っ! だが、これしきの事で……くうっ」
<暗視>を持つ俺は夜目が利くので良く見えたが、メイファは転倒の際に足を手酷く捻っていた。立ち上がるだけで激痛が走るはずなのに、構わず走り出そうとする。だが、その速度はあまりにも遅く、彼女を突き動かしているのは強い決意だけだ。
「まったく。世話の焼ける奴だな」
あの村の皆には悪いが、この状況は大体想像がついていた。不幸中の幸いで、あの村の中で見殺しにしたら気分が悪いなと思える人物は二人ともすぐ側にいる。
ここまで数刻(時間)かけて日のある中を移動してきたのだが、夜間の森を走って帰るとなると普通なら倍近い時間を見る必要がある。
そもそも森の夜間移動は避けるべきではある。森は最初から人間の領域ではないが、夜はそれがより顕著だ。
だが、こちらを気にする余裕もないメイファを愚かと断じるつもりもない。俺もあの場に仲間たちがいると思えば同じ事をしただろう。それは間に合う、間に合わないと言う問題ではない。
俺は火の始末をして荷物を<アイテムボックス>にしまうと、俺の腕の中で眠りこけるシャオに<睡眠>の魔法をかける。これから向かう村では幼いシャオには見せたくない光景が広がっているだろう。この魔法は解除しないと約半日ほど眠り続けるから、次に目を覚ました時には全てが片付いているはずだ。
俺は足を引きずりながらも村を目指すメイファに追いつくと、彼女を後ろから抱え上げた。それなりに鍛えている体ではあったが、食事の量が少ないのだろう。全体的に軽い印象を受けた。
「な、何を!」
「その足じゃどうせ間に合わん。運んでやるからとりあえず足を治せ」
メイファを抱えている手の指の間にポーションを挟んでいる。俺のポーションの効果を知っているメイファは礼の言葉と共にポーションを飲み干した。
「ありがとう。だが、これは村の皆に与えるべき品だったかもしれない」
「急ぐ。君には信じられん速度を出すから、舌を噛むなよ」
死体にポーションは不要だという言葉の代わりに俺は闇夜を疾走した。
強化されたステータスのおかげで両手に幼女と少女を抱えながらも俺の速度は相当なものだ。驚いたメイファが案の定舌を噛んだが、先ほどのポーションの効能がまだ残っていたようで、傷はすぐに癒えたという。
「ああ、なんということだ……村が……」
木が爆ぜる音と火事がもたらす風の中、俺達は村のすぐ近くにまで到着した。俺は村には近寄らず、メイファを降ろすと近くの木陰に身を潜めた。
「な、何をしているのだ? 村に急ぐべきだろう」
メイファの言葉は至極もっともだ。俺の足でもって半刻(30分)とかからず到着したが、予想通りに全ては片付いている。今にも飛び出しそうな彼女を俺は無理に抑えており、自由になろうともがいているが彼女の力ではどうにもならない。
俺は打ち壊されている村の門から双眼鏡を取り出して村の中を窺った。業火に包まれている村は暗闇とは無縁であるから、内部の様子を確認するのに不具合はなかった。
「やっぱりな。あれが傭兵? それにしては装備が統一されているぜ」
村の家を破壊して周っている傭兵? たちを確認した俺は双眼鏡をメイファに手渡す。始めて見る品のはずだが、俺の真似した彼女の声は驚愕に震えていた。
「あの姿はレン朝の軍兵ではないか!? 何故天軍がこのような狼藉を!?」
俺の目には長槍に鎧兜一式を身に纏った同様の装備の男たちが村に火をつけ、破壊して回っている。あくまで俺の認識だが傭兵とは個人で装備を自弁するためそれぞれが異なっているはずだ。
兵士に制式装備を与えられるのはいつだって権力側だろうと思ったが、やはりその通りのようだ。
しかし、キナ臭い話だ。この3日滞在したが、あの村が叛乱を企んだとか、暗黒教団を信仰していたなどという素振りもなかった。メイファたちの話ではいきなり相手村が喧嘩を売ってきたと困惑しているほどだ。
だがやってきたのは国軍だという。さて、この件はどう転ぶかな。
「このまま突っ込んでいい相手か?」
「良くはない。良くはないが、そんな問答をしている時間もない!」
こう答えるや否やメイファは燃え盛る村の中に走り出して行った。魔法で眠るシャオの周囲に厳重に<結界>を張ると俺は後ろからついて行った。彼女と距離を開けたほうが色々とやりやすいだろう。
「私はこの村の長の娘であるメイファだ。この部隊の指揮官殿とお見受けする! 何故このような無体をされるのか、理由を伺いたい。我等が何をしたというのだ!」
無残にも殺された村人達を無感動に見つめていた俺はメイファの声に視線を向けた。その先には数人のこの国の兵隊たちと騎乗した男がいた。メイファの見立てどおり、あれが指揮官で間違いないだろう。兜に面頬をつけているので人相は解らない。
「ちっ。やはり生き残りがいたか。爺め、適当を吹きおって、何が村人は全員だ。やはり駆逐すべきゴミだったな」
メイファの視線は村の広場に夥しい数が転がっている村人の死体に向けられたあと、一層の激情に駆られて指揮官に食って掛かった。
「質問に答えられよ! 我が父と村人達に何の咎があってこのような虐殺を行うのか!?」
「この備えが理由だ。開拓民たちの私闘は禁じられている。これを叛乱と見做して殲滅した、満足したか? ふむ、良く見ればこの村如きにはもったいない器量ではないか。我等の伽をするならその間だけは生かしておいてやってもいいぞ」
「戯言を!! 何が叛乱だ! 先に因縁をつけてきたのも手を出したのも向こうの村だ! 裁きを受けるべきは我等ではない」
「低脳な村娘の癖に一端の弁が立つではないか。たまには賢しらな女を嬲るのも一興か……む? どうした!?」
指揮官の背後で喧騒が起きた。そのすぐあとに縄を打たれた男が連行されてきた。
「隊長、申し訳ございません。協力者の男が逃走を図りまして」
「き、貴様は隣村のソンカ村長!! これは一体どういうことだ!?」
隣村の村長だという男はメイファには目もくれず、指揮官の男に懇願した。
「隊長様! 何故我が村の衆まで手にかけられるのです!? この村を生贄に差し出せば我等は目こぼし下さるとお約束いただいたではありませんか!」
「そういうことか……なんと卑劣な」
メイファは呪殺しかねない目つきで村長と隊長を睨みつけた。彼等の言葉を総合するとこの諍いの発端は国軍が仕組んで隣村がこの村を生贄の羊にする為に実行に移したようだが、それだと必要な情報が足りないな。
「ソンカ村長よ、これは計画の一環なのだ。村人には残念な事になったが、ここはこらえてほしい」
「男衆を全て殺されて村が立ち行きましょうか!? これでは我等も破滅でございます!」
縄を打たれながらも村長は鬼気迫る勢いで隊長に迫るが、その返答は簡潔なものだった。
「心配するな。我らは慈悲深い。この村だけでなく貴様の村の全員も後を追うことになる」
その直後、馬上の隊長から振るわれた剣が村長を袈裟切りにし、彼は鮮血を撒き散らしながら倒れ伏した。
「貴様っ! 一体何が目的なのだ!? 我らは太守の命で開拓に応じた者達である! 我等を害する行為は天に背くものではないかっ!?」
「女如きが天道を語るか! この女郎めが! 貴様は大人しく部下たちの猛りを静めておれはよいのだ。来い、今宵は久方振りに殺しをして気が立っておる!」
動こうとしないメイファに周囲の兵隊が彼女の腕を取ろうをしたが、なんと彼女はうまく体をかわすとそのまま兵士を投げ飛ばしたのだ。あれは柔か? 武道の心得があるなとは思ったが、やるもんだな。
「女ぁ! 抵抗するか!」
「貴様ら下郎に容易く触れられると思うな。たとえ敵わぬまでも、命ある限り抵抗してくれる!」
豪気にもそう宣言するとメイファは周囲の兵士たちに掴みかかると、なんと八面六臂の活躍を始めたのだ。先ほど投げ飛ばした兵士から槍を拾うと次々と兵士たちを倒してゆく。あの細腕で金属鎧を身に着けた兵士を鎧の上から打ち倒している。
良く見れば鎧の部分が明らかに変形しているが、彼女の膂力で可能な芸当だろうか?
「我と村民たちの怒りを思い知るがいい!!」
「貴様ら、何をしている! いくら腕に覚えのある小娘とはいえ、遅れを取るほどではあるまい」
憤慨と言うより呆れている指揮官に兵士の一人が戸惑ったような声を上げる。
「しかし、隊長。あれなるは女とはいえ一端の”使い手”。未熟な我等が挑んでは簡単に殺してしまいます」
「確かにあれほどの上玉だ。飽きた後は街で売るのも良いか。お前たちでは手加減が効かんか。一理ある、手伝ってやろう。ただし、当然一番手は私だぞ!」
更に兵士を一人吹き飛ばした後で、ようやく指揮官が立ちふさがった。部隊を纏めるだけあって実力もそこそこありそうで、メイファも相手を警戒して攻勢を止めた。
しかし、彼女の攻撃は豪快ではあったが兵隊を気絶させたり戦闘不能にさせるには威力が足りなかったようで、倒された兵隊も次々に復活している。変だとは思っていたが、妙に強靭だなこいつら。
「女、メイファとかいったな。女だてらに悪くない”使い手”ではないか。どこで”気”を習った? こんな僻地では”使い手”などおらんだろう?」
「もはや問答無用! 参る!」
猛然と打ちかかるメイファだが、指揮官の男とは隔絶した実力差があった。何しろまったく防御せずに彼女の攻撃を受け止め、そのまま槍を奪い取ったのだ。
「足りんな。浅い、何もかもが」
「おのれ、貴様のような外道などに。あっ」
指揮官にのみ注意を向けていたメイファは囲まれていた事を失念していたのか、背後から槍の石突を受けて倒れこんだ。たちまち周囲の兵隊にメイファは取り押さえられてしまう。
「おいおい、手荒な真似はよせ。女をいたぶるのは寝台の上と決めているのだぞ」
悪趣味に笑う指揮官を見て殺意に燃えるメイファの瞳だが、眼前に刃物が突き立てられるのを見ると小さく悲鳴を上げた。
「女、貴様の仕事は我等に楯突いた己の愚かさ悔やみながら媚を売り、哀願する事だ。さあ、言ってみろ。わたしはあなた様に奉仕するのが至上の喜びです、とな」
「死ね、下郎」
「ククッ、まずは躾からかな? 夜は長いのだ、なかなか楽しめそうじゃないか」
「まあなんだ。楽しむのは一人でやってくれ、地獄でな」
俺はメイファを取り押さえていた兵士たち4人の頭蓋を棍の刺突で叩き割った。俺の予想で頭が吹き飛ぶ威力だったが、やはり頑丈なのか頭蓋は原形を留めている。それでも即死なのは間違いないが。
「ユウキ!」
まるで俺がいる事を忘れたかのようにメイファが喜びの声を上げた。本当に俺の事を忘れていたっぽいな。さては頭に血が上ると周りが見えなくなる人種か?
「き、貴様、何者……その姿、まさか奴婢である人間か?」
「随分とお楽しみじゃないか。俺も混ぜろよ」
俺の姿を見て人間だと驚くあたり、やはりこいつらは違う種族なのだろう。メイファの角といい、体の頑丈さといい、明らかに俺の知る人類のそれではない。
とはいえ普通に叩けば死ぬ。それは変わらないし、それだけ解っていれば後はいつも通りだ。
「奴婢如きが我等竜人に対等な口を利くとは。その思い上がりを正さねばならん。人間は下を向いて我等の機嫌を伺う下等生物だ。その事を存分に重い知らせてくれるわッ」
先ほどから感じている疑念を検証するため、最初の一撃を敢えて受けたが、想像以上に重い一撃だった。既に<鑑定>済みだがこいつに目立ったスキルはなかったし、これほどの一撃を叩き込める力もなかったはずだ。ステータスの改竄でもしていない限り、何かのカラクリがあるのだろう。
とりあえず男と近距離で力比べをする気はない。俺が力で弾き飛ばして距離をとりつつ周囲の兵隊の頭蓋を砕いてゆく。これで残りの兵隊は13人か。
「ユウキ! 油断するな。その男は、かなりの”神気”使いだ!」
「神気? なんだそりゃ?」
自由を取り戻したメイファだが、先ほどの一撃は効いているのか、その動きは遅い。近くの兵隊が彼女を捕らえようとするが、その都度頭を砕いてやると数回で諦めたようだ。
「”神気”とはこの国の支配階級の戦士が得意とする自己強化法だ。己の体内に神気を取り入れ、肉体を活性化しその力を数十倍に高めるのだ。あの男、性格は屑だが神気はそうとうやるようだ」
メイファが俺の背後を守りながらそう教えてくれるが、そもそも神気って何だよ、と言う話である。気になったので俺が弾き飛ばした男を良く観察すると、奴を中心に魔力が活性化しているのが解る。
「ああ! ああなるほど、この地の少ない魔力をそうやって活用しているのか! へえ、やっぱり土地が違うと着眼点も違うんだな。いやいや勉強になる」
「ユ、ユウキ?」
いきなり大声を出した俺にメイファが訝しんでいるが、俺は世紀の大発見をした気分だった。
彼等がやっている”神気”は俺達でいうならば魔力の身体強化の最大効率版だ。この地の乏しい魔力を逃すまいと放出せずに体内に溜め込み、徹底的に凝縮する。そしてそれを体内に循環させる事によって大幅な身体強化を図っているのだ。
これは凄い技術だぞ。俺も最近色々と勉強を重ねているが、魔力による身体強化には限界があると思っていた。俺達の使う強化とは筋力以上の力を魔力で補助するものだが、彼等のものは体を魔力で覆うことによって体自体を強化しており、その恩恵は全身に及ぶのだ。
簡単に言えば俺らがひどく効率の悪い身体強化を行っているのに対し、彼等は最高効率でそれを行い、しかも各能力の上限値は神気のほうが遥かに上だ。
魔力が豊富にある俺達の世界では身体強化の魔力使用など気にも留めない些事だが、彼等はそれを突き詰めて理想的な武術体系を作り出したのだ。
「お、おのれ、奴婢如きが竜人の我より力で上回るなど、あってはならんことだ」
やはり神気で身体強化をすると耐久力も強化されるのだろう、暫くは起き上がってこないかと思われた指揮官はふらつきながらも立ち上がった。
こいつは頑丈だ。ちょうどいい、神気の勉強をさせてもらおう。
いくら強力な身体強化をしていても俺のぶっ壊れたステータスに敵うものではない。幾度か襲い掛かってきた指揮官を観察しながら相手をしてやると、次第に相手に焦りが浮かんできた。どうやら神気は長時間の使用を想定していないらしい。まあ、こんな魔力の少ない土地だ。いくら溜め込んでも消費する方が大きいだろうな。
「き、貴様……何者だ? 奴婢である人間とは思えぬその力と異質な姿、この地の者ではないな」
「答える義務はない。それより神気はどうした? もう打ち止めか? お偉い竜人サマが人間程度に負けるわけにはいかないよなぁ?」
「人間風情が調子に乗りおって! 神気の深淵を見せてくれるわ!」
それまで大分魔力を消費して神気も衰えてきたが、突如その量を爆発させてこちらに飛び掛ってきた。これまでにない速度と威力だが、正直バーニィの10分の1以下の速度と威力だ。あいつの一撃はこちらに命の危険を感じさせるものだが、俺の興味はこの指揮官の神気の使い方にしかなかった。
やはり一番神気を凝縮させているのはヘソの下か。丹田ってやつはどこでも重要なんだな。つまり凝縮した魔力を丹田に集中させて、その圧力のまま体全体を覆うようにするのか。呼吸も重要だな、効率よく循環させるには呼吸に合わせてやるのが一番効率がいい。
見よう見まねだが、魔力の扱いには自信のある俺だ。試しにやってみると、何とか形になったみたいだ。まだまだ荒削りで洗練させるには修練が必須だが、この時点で嬉しい発見が幾つもあった。
いや、この技術、とんでもないぞ。今までステータスがどれだけ上がっても自分が扱えるのは数値で言うと50程度だった。それ以上は体の制御が追いつかないからだが、これほどまでに繊細に自分の力を扱えるならその倍は優に使いこなせそうだ。
「ユ、ユウキ……まさか、それは神気か? なんと、この僅かな時間て開眼するとは! 竜人以外では万人に一人といわれる確率なのだが……君には当てはまるはずもないか」
俺が習得した神気による高揚感に酔っていると、敵である指揮官は呆然とこちらを見た後、即座に逃げを打った。敵わぬと見れば即座に撤退を選ぶのは無能ではないが、部下を見捨てて逃げる指揮官がどこにいる。それにここまで好き放題やらかして逃げられると思っているとしたら、頭がおめでたい野郎だ。
神気による身体強化で既に神気切れの相手を捕まえると、地面に引き倒した。兜を脱がすとまだ20台のような青年の顔が現れた。メイファと同じ位置に似たような角があるから彼女もやはり竜人なのだろうか。もっとも、こいつの角は小さく、メイファの長い角とは比べ物にならないが。
しかしこいつの面構えが気に入らない。あれほどの殺しをしておいて己の行動に何の疑問も抱いていない傲慢な顔だ。この時点でもともと少なかったこいつに対する慈悲は欠片もなくなった。
「お前と部下には色々と情報を吐いてもらわないといかん。何故こんな辺境の村を軍隊出してまで潰す必要があるのか、お前の体に聞くとしよう」
非業の死を遂げた村人たちを思うと、この場の敵は一人として生かして帰す気はない。
指揮官の敗北に呆然としている兵隊の頭蓋を容赦なく砕くうち、傲慢な顔が真っ青に歪んでゆくが、こいつはこんなものでは済まさない。
「お、俺は殺せば天軍10万が黙っておらぬぞ! 天軍は誇りにかけて貴様らを血祭りに上げるだろう! だから、ここは穏便にだな」
「たった10万程度かよ。自称ならその5倍は連れて来いっての」
俺が鼻で笑うと、いよいよ己の運命を悟って命乞いを始めた指揮官に対し、メイファは手にした棒でその額を厳しく打ち据えた。
「無辜の民を虐殺した貴様が何を言うか! 言え! 何の目的があって辺境を国軍が蹂躙する?」
「し、知らない、俺が受けた命令は辺境を攻撃することだけだ。お前たちと他の村との諍いも効率化の一環であって、それ以上の意味はない。本当だ! 信じてくれ」
「何故国が辺境を害する? 中央にとっては塵芥にも等しいだろうに」
「ほ、本当に知らないのだ! 俺が司令官から受けた命令は辺境の民を皆殺しにするだけだ。閣下はそれで目的が達成されると仰った」
「な、なんだと……」
その言葉にメイファは衝撃を受けたように黙り込んでしまう。俺には無意味な行動に思えるが、彼女は何か情報を持っているのだろうか。まあそれは後回しでもいい、こいつの処理が先だ。
他にも色々聞いたが、実行犯に与える情報など多くはなかったか。大したことは知らなかった。
ということで、この指揮官を生かしておく意味はなくなった。
「俺が知っている事はそれが全てだ。俺を解放してくれれば俺は何も喋らない。軍からも脱走する、だから見逃してくれ!」
調子のいい事をほざいている指揮官の始末をどうするか当事者のメイファに視線を向けるも、彼女は未だに衝撃から立ち直っていない。ここはおれがやるとするか。
「俺自身は異邦人だ。この村に恩があるわけでもないし、解放しても良いが、一つだけ条件がある」
「な、何だ!? 金ならいくらでも用立てる」
俺は指揮官の髪を掴んでこちらを向かせると、その瞳を覗き込んだ。俺と目が会うとその瞳孔が開き、体が震え始める。何故か世の悪党共は俺と眼が会うと皆この世の終わりのような反応をする、お前らほど外道じゃないつもりだが。
「俺の要求は一つだけだ。村人全員を生き返らせてくれ。それができるなら構わんぞ」
「そ、それは……」
俺の視界の隅には物言わぬ躯が転がっている。その一つにわが子を守って息絶えた親子が居た。シャオ以外の子供はこの村で一人しかいない。俺がこの村に滞在を決めるきっかけとなった腹を空かせた子供だった。俺の心を虚無が支配し、消して消えることのない黒い炎が灯されるのがわかった。
「おいおいどうした。自分は大勢殺したのに、殺されるのは嫌だってのか? それはあまりに道理に合わないだろう?」
俺の優しげな諭す声に、ついに指揮官はみっともなく泣き出した。大の男の不細工な鳴き声など耳に入れたくない、さっさと頭蓋を砕いて始末を終えた。
全ての処理を終えたのは、朝方になってからだった。まずは俺の魔法で消火を行い、火を消し止めた。魔法の使用に何か言われるかと思ったが、メイファは先ほどの衝撃から立ち直っていなかった。
次に敵兵の死体を集めて穴を掘って纏めて埋めた。こいつらは軍隊であり、上官の命令で作戦行動をしていた。全員始末しても何れ事態は発覚するが、死体が見つからなければ状況把握には時間を要するだろう。俺としてはまったく柵のないこの世界で好き勝手に暴れても誰にも迷惑はかからないし気にもならないが、最初くらいは時間を稼ぐとするか。
一応武器と防具は剥ぎ取っておく。これは<アイテムボックス>の機能で簡単に行える。嫌な話だが王都の大掃除などで死体を放り込むのには慣れている。簡単に行うことができたし、軍隊の制式装備だから、それなりに良品だった。国が乱れていると聞いているが、末端の装備品まで影響はでていないのだろう。
敵兵を穴に埋めている最中にメイファがようやく現実に帰ってきた。
まず彼女は俺に命を助けられたことに感謝の言葉を述べ、次にシャオの無事を尋ねた。<結界>で守られているとはいえあの子を迎えに行きたかったが、まずはここで息絶えた死者の魂を慰めてやらねばならない。
その後、メイファと二人で村人の埋葬を行った。俺がここに来る前に<マップ>で見た人間の数は150近かった。この村の人数は100もいないとのことで、残りの50は兵隊と、そして隣村の男衆だろう。彼等は軍隊の力を借りてこの村を襲うために来たのだろうが、この村の住民を始末したあと、返す刀で自分達も始末されてしまった。
彼等もまた被害者である。このまま野ざらしでは餓狼の餌食になるだけだから、簡素はあるが埋葬を行った。
二人で100人以上の埋葬は手間に思えるが、穴掘りは俺の土魔法で行えるので数刻(時間)で完了した。主に時間がかかったのは簡単な墓碑を作ったからだ。俺もこの数日で顔見知りになった相手が物言わぬ躯となっていることに何も感じないわけではない。
助ける事はできなかったが、最後の義理くらいは果たして冥福を祈ってやるくらいはしたかった。
特に時間をかけたのはメイファの父であるロジンの埋葬だ。色々と思う事はあるが、メイファは父を丁重に送り出した。俺も彼の魂の安らぎを祈り、この村の弔いを終えた。
「ユウキ、すまなかったな。ここまで手伝わせてしまって。私の命の恩人であることいい、なんと礼を言えばいいか」
「乗りかかった船だ。それに、まったく知らん仲ではない死体を放置するのは俺の流儀に反するしな」
「そうか、感謝……」
そう言い掛けたメイファの体が不意に力を失った。慌てて駆け寄り、その体を支えると彼女が高熱を発している事が解った。
これまで様々な苦難を耐えてきた彼女が全ての終わりを悟り、緊張の糸が切れてしまったのか。
これまで先のない戦いを強いられ、昨夜から一睡もせず埋葬を続けては体調を崩しても無理はないが、ここで介抱は……できない。かつてあった住宅は全て破壊されて燃やされてしまった。
とりあえず苦しげな息をするメイファを抱き上げていまだ眠るシャオも回収したが……これはもうしょうがないか。
一旦帰還することにしよう。俺はともかく、メイファには休息が必要だ。
楽しんで頂ければ幸いです。
次回は一度あちら側に戻ります。すぐにまた向こうに出かけますが。
次回は日曜予定で頑張ります。
恒例の謝辞になります。
拙作にお付き合いいただきまして誠にありがとうございます。
至らない自分ではございますが、皆様の閲覧、ブックマーク、評価が作者の大きな力となっています。
これからも頑張ってまいりますので、何卒よろしくお願いします。