新たなる世界 3
お待たせしております。
俺は独り、森のなかを散策している。
この森は、やはり俺の知るどの森とも違うものだった。
まず何よりも植生が全く違う。見た事もないような草や樹が生えているが、鬱蒼としているような感じはなく、気温も手伝ってか何処か寒々しい印象を与えた。
先程俺に強い衝撃を与えたあの山脈に万年雪が見えたように、ここの気温はかなり低かった。俺は<適温調整>があるので普通の格好で問題ないが、この森を旅するならきっちりと防寒具を持っていた方がいいだろう。時間で言えばまだ昼を回った辺りだが、空気はかなり冷たくなっている。外気を考えると底冷えしてもおかしくない。
ウィスカではこの格好では汗ばむほどだったことを考えるとその違いは明らかだった。
ランヌ王国がある大陸南方(南大陸という意味ではない)はかなり温暖だと聞いているが、それらを勘案しても相当の距離を跳ばされたと見ていいだろう。
「グルルル……」
そんなことを考えていると視界に数匹の狼が現れた。その風貌は痩せており、まさに餓狼と呼ぶにふさわしい。
「ここは食い物がないのかね。土地も痩せてそうな感じだし」
<マップ>でこいつらの接近はわかっていたが、この大地での生物初遭遇なので敢えて避けることもなく出くわしてみた。これまで色々確認しつつ進んでいたが、特に生物が極端なまでに少ない。俺の記憶はこの世界に来てからのものなので異世界との比較は出来ないが、それにしても鳥の囀りや虫がもっと居てもいいはずだ。やはりこの異様に少ない魔力が関係しているのだろうか。
おっと、考え事は後にしてお客さんの対応をするか。だがこいつらもあまりに覇気がない。俺を囲むだけで襲い掛かってくる気配も見せないが、飢えすぎてそんな力も残っていないのか?
ごく僅かな<威圧>を掛けるとキャインと鳴いて跳び下がってしまい、そのまますごすごと俺に背を向けてしまう。
なんだかな。あまりに呆気ないというより、あいつらに哀れみを覚えるほどだ。不意に情が湧いた俺は<アイテムボックス>で腐るほどある(実際は腐らないが)オーク肉の塊を取り出すと、狼たちの辺りに放り投げた。
その音で振り向いた狼達は突如現れた肉の塊に夢中になってかぶり付いている。
我先にと肉と格闘を始めたあいつらにもう俺の姿は目に入っていないだろう。飢えた獣を殺しても俺に大して得るものがあるわけでもない、肉をくれてやったのは気まぐれだったが、まあ狼達には幸運な日だったと言う事で。
それからしばらく森を探索しつつ進んだ。特に変わった事と言えば、この森に生えている薬草だろうか。薬草の有無は乏しい魔力反応ですぐ解るのだが、分布しているそれらにも大きな特徴があった。
薬草としての効能が非常に強いものと弱いものの差がとても顕著なのだった。魔力の強い薬草はこれまで見たことないほどのものだったし、弱いほうは一見しただけではただの雑草と思っても不思議はない。
その様子を<共有>で見ていたレイアは大地から魔力を吸い上げる力が薬草によって違う事を指摘してくれたが、ためしに採取して彼女の元へ送ってみると、予想外に食いついてきたのがセラ先生だった。
<我が君、導師がそれらの薬草をもっと送るようにと仰せなのだが……その、頼めるだろうか? 導師がここまで乗り気なのは始めて見るのだ>
<そりゃ珍しいな。別にそこまで手間ってわけでもないし、構わないぞ>
いつもダンジョンでアイテムを回収するように<範囲指定移動>で周囲の薬草全てを<アイテムボックス>に突っ込むだけの作業だ。これが俺の住む近く森なら取り尽くすと来年の生育に悪影響を及ぼすのである程度残すのが通例だが、こんな誰も来ないような大樹海で気にする事ではない。遠慮なく根こそぎ回収した。
何が先生の気を引いたのかいつか教えてくれればいいと思っていたが、その答えはすぐに聞かせてもらうことができた。
なんと魔力の濃い薬草は御伽話の産物であるエリクシールの原料として使えるらしい。エリクシールと言えば死人さえ復活させるという触れ込みの神話の産物だが、俺でも知っているくらいの知名度と共に人々には与太話として受け止められている。
レイアが言うにはエリクシールの処方箋自体は昔から残っていたらしい。だがこれまで幾度となく挑戦し、その全てで失敗してきた。その理由が薬草の魔力不足らしく、先生が言うにはこんな魔力を帯びた薬草は見たことがないという。
魔力の非常に少ないこの地でこんな薬草があるのは不自然だが、専門家の先生に言わせれば魔力が少ないからこそそれを吸収しようとする力が生まれるとか。砂漠地帯に生息する植物が僅かな水分を逃すまいとするようなものか。
そしてそれが出来なかったのが魔力の弱い薬草なのだが、むしろ先生はこちらの方に食いついたようだ。エリクシールは神話の世界の産物だが、この薬草一つでできるものではない。他にも様々な貴重な材料を必要とするらしく、別に急いで作成を始めるような話でもないみたいである。
だが魔力の少ない薬草には別の使い道があるらしい。
これは俺も聞いたことがあるのだが、体の弱った老人や赤子にとってポーションや薬湯などは効力が強すぎて使うことが出来ないのは有名な話だ。庶民の味方である安価な薬草類が使えないとなると回復魔法の出番となるが、魔法の料金は総じて庶民には手が出せないほど高価だ。
老人たちは家族にそこまでの出費をさせる事を厭って運命を受け入れるし、幼くして儚くなった子供を抱いて泣き崩れる母親を見たことだってある。治癒師ギルドは守銭奴で有名だが、彼等にしても誰彼構わず癒しを与えていては本当に必要な時に使えなくなるから敢えて高めの料金設定をしていると抗弁している。もちろんその理屈を頭から信じている奴など居ない。子供心に治癒師になれば金持ちになれるという印象は最早覆せないほど浸透している。
話が逸れたが、ここまで魔力の弱い薬草ならそういった老人や幼子にも悪影響を及ぼさない薬湯やポーションを作り出せるのだという。こことは違い、魔力が豊富なあちらでは薬草が生育する段階である程度の魔力を嫌でも持って育ってしまうのでこんな魔力の少ない薬草は考えられないそうだ。
この話を聞いて、俺はセラ先生が想像以上に薬師として意識の高い方なのだと思い改めた。正直に言って最近の先生は俺に大金を吹っかけてくる事しかしていなかったので、すっかり金にがめつい人だなぁと思っていた。もちろん、先生が金を取れる所から毟り取る主義なのは知っていた。考えて見れば、俺が先生に出会った、まだ先の見通せなかった頃は相場よりかなり安い価格でポーションを売ってもらっていたし、時には無料でもらった事も多かった。今は金を唸るほど持っているのだから、高値で存分に売りつけてやる、という訳なんだろう。
先生は商売人だなぁ、とは思ってもここまで人々の為に役立つ事を成そうとしていたとは思わなかった。
そんなわけで近場にある薬草の群生地を探して周っていたら、すっかり日が落ちてしまった。本当は今日の内に一番近くの集落まで近づく予定だったのだが、つい森の探索に時間をかけてしまった。
だが先生の要望にこたえて薬草は強弱あわせて相当集めることが出来た。先ほど<アイテムボックス>を確認したらそれぞれ5000束は確保しており、老人や幼子にも有効なポーションが生み出されるのはそう先の話ではないだろう。
俺は薄暗い中で夜営の準備をしている。夜営は仲間と共にダンジョンでテントを張った事はあるが、それ以外ではソフィアと出会った商隊護衛以来になるのか。あの時は周囲に相棒や同時に雇われた冒険者達が居たが、今は俺一人だけだ。
静寂の中、焚き火の薪が爆ぜる音だけが静かに響いてゆく。
うーん、良い。良いぞ、これ! 最近なかった静寂の時間だ。別に一人が殊更好きなわけでもないが、相棒や仲間が常に側にいる時間が長かったので新鮮な感じだ。
夜営といっても簡単なものだ。就寝は土の上ではなく木に登ってするつもりだからテントを張る必要もない。夜の森は獣達の時間だから警戒はしているが、<マップ>を見る限りではこの森の生物は本当に少ない。一番近くでここから30キロルほど東に獣の集団が居るが、こちらに向かっているわけでもない。
油断せずに夜間の間は<結界>を張るが、そもそも生き物が少ないので向こうほど夜の森の警戒は必要なさそうだ。
いつか使う機会もあるだろうと集めておいた薪を使って焚き火を起こし、火力が弱まってきたらウィスカの25層でうんざりするほど溜め込んである砂を放り込んで火勢を増す。
普通なら砂を掛ければ消火しそうなものだが、ダンジョン産で魔力を含んだ砂は逆にその属性に応じて威力を増すのだ。砂交じりの水とか意味不明なので実用的なのは火だけだが、それでも充分に有用だ。この砂もスキルで買い取れるので本来は売るために本当に大量、25層の全ての砂を回収する勢いで集めたのだがセリカに涙目でやめてと懇願されたので諦め、<アイテムボックス>の肥やしとなっている。
だがこうやって焚き火やリノアや知り合いの店の料理の火に使われて好評を得ている。まあ、追加の薪がほぼ要らないから薪代の節約になるしな。
焚き火を見ながら珈琲を飲んでいた俺は、そろそろ何か腹に入れようかと思い立ち、折角だし出来合いではなく焚き火を使って何か焼くかな、と思って<アイテムボックス>を漁っていると、玲二から念話が入った。
<おーい、ユウキ。報告と相談。今いいか?>
<ああ、いいけど。何だよ改まって>
俺は妙に他人行儀な玲二に違和感を覚えたが、これは俺が原因だった。この見知らぬ土地に飛ばされて俺は実に楽しんでいる。それを<共有>で理解していた仲間たちは俺の深層にある本心、”誰にも邪魔されずに探検したい”というものをどうやら汲んでくれたようだ。声に出さなくても伝わる<念話>と<共有>だが、逆に口に出さなくても良い本心まで勝手に読み取ってしまっていたようだ。
確かに考えてみればユウナが俺に何も助言をしてこない。普段ならもっとあれこれ気付いた事を言ってくるはずだ。狙ったわけではないとはいえ、悪い事をしたな。
<いや、転移環の魔力切れの問題の目処が立ったぜ>
<本当か!? もう使えないってわけじゃないよな?>
あれほど使える魔導具がたった一回で使えなくなってしまったのだ。この世界の魔力の少なさが原因だとは思うが、もし直らなかったらあまりにも大きな損失だからな。キリング・ドールをあれだけ倒して数を揃えているが、レアドロップだから確率という意味で簡単に手に入るものではない。
<ああ、ユウキの見立てどおり、そっちの魔力の少なさが原因だった。如月さんとも検証してみたけど。二時間ほど放置して再度使ってみたら普通に転移できた。その時の<鑑定>結果がこれ。俺のスマホをボックスに突っ込んだから見てみてくれ>
玲二の言葉通りに彼の”すまほ”を起動して写真を見てみると、<鑑定>結果を撮ったもののようだ。地味にスキルの鑑定結果は写真に写るんだと、どうでもいい事に感心したが本題はそこではない。
かつて<鑑定>した内容と同じ文章が書かれていたが、一番最後の部分に変わった一文が追加されていた。
”残存魔力 17000/100000”
<これは……そっちに戻すと魔力が回復すると見ていいのか?>
<ああ、正解だ。この写真はもう5時間前くらいに撮ったやつだから今は6万ちょっとまで回復してる。時間から考えて半日くらいで全快するとみていいんじゃないの? 実際はまた明日にでもこの転移環で本当に使えるのか試す必要はあるけどな>
玲二からもたらされた朗報に俺は口元を綻ばせた。個人用の簡易版だと書かれていたから壊れたとは思わないにしても、変な安全装置が働いて使えなくなったらどうしようと思っていたのだ。
<そいつは有難てぇ。壊れたから諦めようと思うにはもったいない魔導具だしな>
<ああ、これでこっちも一安心だよ。何かあった時、最悪今からでもここからそちらに行く事も可能だしな>
<ん? 後半日は使えないんじゃないのか?>
俺は玲二の言葉に違和感を覚えた。彼の言葉では今すぐにでも転移可能な事を言っているからだ。
<いやいや、考えてみれば普通に出来るって。色んな場所にある転移環を新しく紐付けしてユウキにそこへ設置してもらえばいいんだし。魔力補給中でもこっちじゃ普通に使えるんだぜ? それをアルザスの屋敷や如月さんの部屋の転移に使えばいいだけだろ?>
ああ、そっか。そういうことか。各地に設置した転移環を今だけ外して俺がここに置けばいいと。そしてここで使って魔力切れの転移環は補充完了するまでは他の場所で使えるようにするのか。確かにそれなら転移環の数だけ転移できるか。異世界人は相変わらず頭柔らかいな、いや俺が固いだけかな。
そう感心していると、玲二が不意に真剣な声でこちらに告げてきた。
<そういうわけだから、ユウキはこっちに戻ってこれるのは理解してもらえたと思う。そんで、こっからが相談なんだが戻ってきてソフィア姫様とイリシャを宥めてくんない? 俺達がいくら無事だといってもユウキの顔見なきゃ納得しないって>
玲二が何故今になって連絡をしてきたか、その理由がわかった。本当は俺の邪魔をしないためにこちらから声を掛けるまでは遠慮していたのだ。転移環の件をすぐには連絡しなかったのはそのためだろう。
そしてこの時間……もうかなり遅い時間だが、イリシャがこちらに戻って俺の不在に気付いたというわけか。ソフィアはともかく、イリシャは多分泣いてる気がするな。
説明もなしに兄貴が消えればそりゃ心配もするか。これは戻らなきゃ駄目だな。
<悪い、戻って説明するわ。転移環を入れてくれ>
<了解。今日一個手に入ってホント良かったわ。一度紐付け解かないといけないから遠距離にある奴は無理だったからさ。余分があってよかった>
玲二の言う方法を行うとするとちょっと面倒なのは確かだ。紐付けを切ると転移環はまた他の物と設定をすることが出来るが同じ場所に戻す際には<共有>持ちが<アイテムボックス>を経由して設置しないとまた遠距離を移動することになるからだ。今回の転移環は秘密の隠れ家に置いてあった物を使ったので再設置はかなり楽だった。あれも王都とウィスカをつないているが、同じ路線がウィスカのホテルと王都の如月の私室もあるからだ。
それに今回は先ほどリリィが利用した転移環と俺が今日手に入れたものを紐付けするので設置の手間が少ない事を喜んでいるのだ。
今はまだ無理だがいずれここが何処か解れば仲間達もここに来たいと言い出すだろう。その時はその方法をこちらにやってくるのではないだろうか。
<跳ぶ輪っかをお持ちしましたワン>
「は!? ロキ? どうやって現れたんだお前?」
気付けば飼い犬のロキがすぐ側に来ており、転移環を置いていた。普段はイリシャの直衛を命じており、時の神殿で神狼として崇められているなんて話を聞いたが、実際はイリシャの横で食っちゃ寝しているだけである。そんな事をしていたら偽者だと思われてつまみ出させるのがオチだが、こいつは初対面の時に本来の大きさに戻ってあの直接頭に話しかける方法を用いて神官たちの度肝を抜いた。
そんな神狼を従えるイリシャの格が上がったのはいいことだが、本人は惰眠を貪れるいい機会を得たと思っているあたり、既に駄犬である。
<ワン? 普通に転移で着ましたワン。ご主人サマの気配と魔力はどこにいても良く解りますワン。輪っかは二つ持ってくるように言われました>
ああ、俺の帰還用と再度戻るときに使うためか。やはり色々と面倒だな。
俺は周囲に最高硬度の<結界>を張った。何しろ強い風が吹いて少しでもズレただけで転移環は起動しなくなる。その場合は無駄に転移環を捨てることになるのでそんな愚は冒せなかった。
俺はロキに褒美の肉を与えると、至福の表情を浮かべる駄犬を尻目に転移環を起動させた。
「に、に゛い゛ぢゃーん!」
生活の拠点となっているアルザスの屋敷に戻ると横手からイリシャの突撃を食らった。大分体重が戻ったとはいえ華奢な妹の突撃で体勢を崩すわけもなく、俺は妹を抱き上げた。
「兄様! よくぞご無事で……いえ、きっとお戻りになると信じてました!」
抱き上げたイリシャの反対側からソフィアの突撃を受けた俺は、これにはたまらずよろめいてしまった。ソフィアにしては珍しい行動だが、俺が連絡を入れたきりだったから心配を掛けたのも無理はない。
「ふたりとも、心配をかけて悪かったな。特にソフィアは不安にさせてしまったな。いきなり通話が切れたら心配にもなるよな」
片手でイリシャを抱いた俺は反対の手でソフィアを抱き上げた。彼女にするのは多分初めてだが、ソフィアは躊躇うことなく俺の首筋に縋りついた。
「心配しました。兄様に何かあったと思って玲二さんたちのところに走ったら、あの二人は便利なスキルのお陰で兄様といつでもお話できるんですもの。これほど羨ましく思った事はありません」
暗にソフィアも仲間に、<共有>させて欲しいと言われるが、こればかりは簡単に頷けない。従者二人はともかく、稀人はこの世界に身よりも頼れるものもない状態で俺が誑しこんだようなものだ。何度も念押ししたから選んだのは向こうだし、俺にも相手にも益があると思っているが、一国の王女様であるソフィアはさすがに無理である。
既に幾度かされているお願いなのだが、これを聞き入れるわけにはいかない。単純に与える影響が大きすぎて面倒を見きれないからだ。縋りついて来るソフィアを軽く抱きしめて降ろすと次はイリシャに向き直った、
「この事は視えなかった……いや、知ってたら泣くほど慌てないか」
俺を放すまいとしがみついてくる妹だが、彼女によると俺が森を歩いている光景は視えていたようだが、その理由がダンジョンの罠でいきなり飛ばされたことだとは思わなかったようだ。俺もこの事態は全くの予想外だったしな。
「もうかえってこないかとおもった」
えぐえぐと泣いている妹をあやしながら俺は仲間やセリカ達にも顔を見せた。セリカは普段ウィスカのホテルにいるが、俺の状況を知ってこっちに移動してくれたようだ。
「また面倒なことになってるようね」
「今は面倒よりも楽しさのほうが今は大きいけどな。聞いたと思うがしばらく戻らないつもりだ。こうやって顔を出す事は出来るが、基本は向こうに居ることになる」
「こっちはあんたと連絡さえ付けば大丈夫だし。まあ、楽しくやんなさいよ」
セリカは俺が向こうで冒険する事を聞いているのか、何処か呆れたような顔をしているが、返済が一日でも長引けばそっちには多くの金貨が入ってくることになるから歓迎するはずだ。
もし魔力の少ない向こうで魔導具の一種である魔約定がちゃんと機能するかは未知数なのだが。
必要な面子に挨拶を終えた俺はすぐに転移環で森へ戻った。そのころには泣き止んでいたイリシャはロキと共に神殿へ戻ったしソフィアはもっとここにいてほしいと告げたが、野外に転移環を置き続ける危うさは彼女も知っている。近いうちにまた戻る事を約束させられたが、渋々納得してくれた。
その点で仲間たちはあっさりとしたものだ。俺と繋がっているから遠く離れていても安心感のような物があるし、会話は<念話>でいつでもできる。レイアとユウナは今も周辺にあの絵を見せて心当たりはないか聞いて周ってくれているようだ。
誰か知っている人がいるといいのだが。
翌朝、蓑虫のように木からぶら下がっている状態で目を覚ました俺は、早速行動を開始した。
この睡眠の仕方に仲間からは心配する声があったが、結構便利なのだ。地上にいないから森の獣からの夜襲を受けないからな。本当は木登りの要領で枝にでも座って寝るつもりだったのだが、それに適した木がなかったので諦めた。広葉樹と違って針葉樹はそういう寝方が出来ないのだった。
起床した俺は腹ごしらえもそこそこに移動を開始した。
近くの集落へ向かってみることに決めたのだが昨日は薬草探しに時間を割き過ぎてあまり進めていなかったのだ。色々探索していた事もあるが、このままで行くと到着まで4日ほどかかってしまう計算だ。
少し急ぐとしようか……なんて思っていた事もありました。
いや、あまりにも代わり映えしない景色に俺が根を上げたのだ。
永遠に続くかのような針葉樹林にまばらにしか出てこない痩せ衰えた獣たち。時折見つかる謎の果実の味は微妙極まる。ダンジョンの環境層の味が良すぎるだけなのだろうが、口にした瞬間に酸っぱさしか感じられないってのはどうなんだ。同じ酸っぱさなら檸檬を齧った方がよほど楽しめる。
あっちは酸味と共に甘みも感じるが、この謎のアマリエという果実(鑑定した)は、なんというか……無表情になる味というか、そんな感じである。
そんな状態が半日続くと俺の我慢も限界を迎えた。森がつまらないというより生命体がいるであろう集落を早く見ていたいという欲求に逆らえなくなったのだ。
最近よく使うようになった自分が飛ばされる移動方法はここでは無謀である。あまりにも魔力の消費が多く、途中で燃料切れを起こすだろう。昨日の内に検証したのだが、今の俺は<魔力急速回復>を使っても10秒で一割ほどしか魔力が回復しないようだ。
これまでは8秒で全快していた事を考えるとかなりの低下だが、こんな使い方でもしない限り問題はないだろう。
そして今回採用した移動方法はかつて王都から帰還する時に使った自分が投擲した物体に捕まって移動するというものだった。それを見た玲二が桃白白先生の柱乗りだとかどうとか騒いでいたが、恐らく先駆者がいたのだろう。
今日の朝の時点で450キロルほど離れていたのだが、この移動方法を用いて昼前には集落の近くに辿り着くことができた。
現地住民との最初の接触は大事である。第一印象はその後の関係を決定付けるからな。そもそも二足歩行する生物なのかどうかも疑問ではあるが、そこは出たとこ勝負である。
俺はその村とも言えないいくつかの建物に近づいてゆくが、不意に違和感を感じて木を盾にして身を隠した。
あの集落、歩哨を立ててるのか? 何故こんな辺鄙な場所で見張りが必要なんだ?
俺がその疑問に答えを出すより早く、奥から女のものと思える悲痛な叫び声が聞こえてきた。俺が聞こえたのだから、あの見張り連中にも聞こえていないはずがないが、奴らに反応はない。
あの声を聞いて何故反応しない? そりゃ声を上げた理由を知っているからだろう。何故知っている? そりゃあいつらの仲間がやっているからだろう。
となると、こいつら野盗だな。なるほど、あれがそうなのか。確かに粗野な格好をしている。ウィスカや王都周辺では見かけなかったからここで始めての遭遇だ。
敵の存在を把握した俺は、友好的手段で関係を築くのを止めた。剣を佩いているが、<アイテムボックス>から武器である藍色の棍を取り出すと、無言のまま見張りの二人に襲い掛かった。
『な、なんだてめえは!!』
見張りの一人が何事が叫んでいるが、よく聞き取れなかった。そのくせ言いたい事ははっきりと理解出来ている。<異世界言語理解>が働いていると思われるが、ということは言葉は通じないと見ていいだろう。
俺は何も答えずに接近すると、見張りその一の脛を棍で強かに打ち据えた。
むさ苦しい男の絶叫が周囲に響き渡るが、俺は全く力を入れていない。むしろ少しでも力を入れれば奴の足は砕け散っているだろう。
『こ、このガキ、一体何をしや、ぎゃあああッ!!』
同じく野太い悲鳴を上げさせたあと、しっかりと頭蓋を砕いてトドメをさす。俺は極力無駄な殺しは避けるが、盗賊の類いは見かけたら掃除することにしている。これまでもそうだったが、あいつらは人間じゃないので俺の中では人殺しの範疇に入らない。
俺は見張りを始末したあと、ゆっくりとした足取りで集落の中に入ってゆく。<マップ>は周囲の地形と人数しか把握できないので理解が遅くなったが、どうやらここは盗賊団の拠点だったようだ。
広場では40人近い男たちと、その奥に狼藉を受けていたと思われる女性が数人見えた。
俺が静かに敵を始末せず、見張りに大声をあげさせた後でゆっくりと現れたのは敵に準備をさせるためだ。強襲をかけて敵が隠れていたりしたら皆殺すのに面倒だしな。
ゴミ掃除の基本はいつだって同じである。ゴミは一箇所にまとめて一気に掃除、これが一番楽なのは間違いない。
中央に陣取った強面のおっさんが声を張り上げた。
『おう、そこのガキ! ここが虎豹団の塒と知ってのことだろうな! 生きて帰れると思うなよ!!』
俺は答えない。盗賊と会話しても仕方ないし、<異世界言語理解>の弊害を面倒に思ったのだ。玲二達が来たときにも話したが、このスキルは使えるようで微妙だからだ。
聞くほうはまだしも話すほうは相手に意味さえ伝われば言い方はなんだっていいと判断しているようでかなり適当なのだ。
そのとき、盗賊の一人が気になる事を口走った。
『親方、このチビ、もしかすると人間じゃねえですか?』
『なにぃ!? 奴婢の分際で竜人である俺達に楯突こうってのかぁ!? 上等だ、格の違いってもんをその弱っちい体にしっかりと教え込んでやらねぇとな!』
奴婢だって? 確か奴隷の呼び名の一つだったような。それにしても、人間全体を当てはめるような口振りだった。まさか、人間が全員奴隷階級とかとそういう事なのか? それに奴らは自らを竜人と名乗っていた。
これはどういうことなのか。色々気になる点は多いが、それはあそこにいるおっさん達から情報を頂くとしよう。
見張りは笑えるほど弱かったが、こいつらは少しは骨のある敵であるといいんだが。
俺は獰猛に口を歪めると殺気を隠す事無く撒き散らしながら、魔法の棍を盗賊たちに叩きつけるのだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
話があまり進まなかった。転移環辺りで文章が増えすぎました。
あそこらへんは解りにくいかもしれません。色々使って対応しました、という認識でOKです。
次で話はさくさく進めたらなと思います。
それでは次回は水曜日辺りでお会いできればと思います。