新たなる世界 1
お待たせしております。
今回から新展開です。
「ようこそ時の神殿へ。お祈りをされますか?」
俺を見つけた見習い巫女の一人が声を掛けてきた。パタパタと忙しく動き回っていたが来訪者にはちゃんと声を掛けてくるから、新人への教育はきちんと為されているようだ。
まだ幼い見かけの金髪の見習い巫女が俺を見つめている。この子は始めて見る顔だな。
「いや、そういうわけじゃない。ちょっと用事があったんだが、コニーかセレン、あるいはネートはいるかな?」
俺はこの神殿に居る知り合いの巫女の名を出して尋ねたが、帰ってきたのは警戒の視線だった。
「コニー先輩、いえ、コニー筆頭侍女ですか? 今は奥におりますが、お約束はございますか?」
最近この神殿も活気が出てきて新たな巫女見習いも大量に入ってきたと聞いた。この子もそうなんだろうが、それは良い事ばかりではなく不届き者もチラホラ現れるそうで、これまで寂れていた神殿には無かった問題が起きている。
「いや、勝手に押しかけた格好だが……まあ不審者だな。これは出直すべきか悩むな」
最近忙しくなっている彼女達を呼び出してもらうのも気が引ける。大事な用件だと俺は思っているがあちらはそう思ってないかもしれない。ここは約束を取り付けるだけにして一度帰るか。
「いや、悪かったな。正式な約束を取り付けてまた来……」
「ユウキさん!? まあ、お出で下さっていたのですね! こら、サリー、すぐにお通ししなくては駄目ではないですか」
「先輩!? いえ、それはまだ来訪の目的も伺っておりませんし、最近は何かと物騒だとコニー先輩も仰っていたでは」
俺達のやり取りが聞こえていたのか、神殿の奥から見知った顔の少女が出てきて、新人巫女見習いを叱っている。
今のコニーは前にあったときとは違い、銀糸の刺繍が施された美しい衣装を身に纏っている。
「サリー。貴方はこのままでは今日の軽食は抜きです。それだけの事をしているんですよ?」
「そ、そんな! 私に何か落ち度がありましたでしょうか」
二人は俺をそっちのけで会話している。いや、話の中心は俺じゃないのか?
「彼がユウキさんよ。彼が来た時は誰よりも丁重にお迎えしなさいと通達が出ているでしょう?」
「えっ、この方が!? じゃ、じゃあ巫女様のお兄様で私達にいつも差し入れを下さっているという」
えーと、俺はいつまでこうして居ればいいんだ? なんか恥ずかしくなってきたんだが、もう帰ろうかな。
「そんな人を帰してしまったらあなたの分のおやつが無くなってしまっても仕方ないでしょう。ああッ! ユウキさん、待って! 帰らないでください!!」
時の神殿に背を向けた俺をコニーが必死で引き止めた。そりゃ本人の前で要らん事をああだこうだ言えば居たたまれなくなるだろう。
「いや、邪魔かなって思って」
「そんな事はありません! ユウキさんに限ってそんな事を言う人は誰もいませんから! ささ、奥へどうぞ」
ひたすら頭を下げ続けている新人見習い巫女に気にするなと手で答えて俺は奥の間、更には神官たちの居住空間にまで案内されるのだった。
ここで説明をしておきたい。巫女や神官の呼び名に関することだ。どういうわけかちょっと複雑な事になっているので解説だ。
神殿の最高位は名目上は巫女である。アイラさんによれば殆どの神殿で巫女の位は空位でその下に巫女を支える神官の長である大神官がつく。この王都ではこの時の神殿を除いて大神官が神殿を治めている。
次いで実権で言えば実務を司る事務長(庶務長とも)になり、その後に神官たちが続き、最後に見習い巫女となるわけだ。
基本的に神殿は女世界だ。だから新人が見習い”巫女”と呼ばれ、見習い”神官”は教会が僅かに使っているだけだ。
女ばかりになるのは高ランク冒険者に女の比率が高くなるのと同じ理屈で、貴重で強力なスキルを持って生まれる確率が女性が多いからである。前に王都全ての神殿を巻き込んで行った葬式で出会った万物の神殿のマドック事務長のような男性は本当に稀だ。彼は万物の神殿の大神官が空位なのとその庶務能力の非凡さで周囲の雑音を黙らせたのでその地位を磐石にしているが、普通は女性の神官が頭を取るものだ。
そして神殿は巫女を奉じる組織だが、巫女ひとりだけでは組織は回らない。そこで”神官”の登場となるのだが、名称が変わるだけで外部から他人を入れるわけではない。単に見習い巫女が成長すると神官になるだけである。まるで性別が変わるように聞こえるが、実際はそれだけである。
順番としては見習い巫女、神官、大神官、巫女と言う風に序列が上がるので、途中で巫女と神官が交じり合う事になるから説明をしておいたのだ。
イリシャも本来なら見習い巫女から始めるべきなんだろうが、時の巫女の象徴的技能である未来視を既に発現しているので最上位の巫女待遇で神殿入りした。
これには周囲の軋轢もあるのではと俺は不安になったが、もともと神殿の修行というものは巫女の能力を発現させるためのものであり、いまさら見習いから始めさせる意味はないのと、非公式ではあるが神殿の世界では知らぬ者が居ないほど有名なアイラさんの実の孫であること(アイラさんが帽子を取ってイリシャと並ぶと虹彩異色である事も含め血縁である事は一目で解るほどだ)。そしてなによりイリシャがその力を実際に見せてみせる事で周囲を黙らせたのだ。
その日に起きる出来事を予め紙に書いておき、それを朝の内に封蝋しておいてアイラさんに渡し、夜になったら答え合わせをしたようだが、その的中率に半信半疑だった者も納得したという。
かつては悪魔、魔女の力だと忌み嫌われた者が所変われば神託の巫女だと持て囃されるのだ。イリシャも思うところはあるだろうが、何しろこの俺を説得して全て納得ずくで神殿入りしたのだ。そこは割り切っていると思う。
ここ最近は全ての巫女の頂点に立つんだと息巻いている、そしてその世界で天下を取ったら全部俺にくれるんだそうだ。
え、別に要らないんだけど、と普通に口にしかけたが、妹が決意に燃えている顔をしているので曖昧にうなずいておいた。大体戦いを仕掛けるわけでもなし、どうやって勝つのか疑問だが、イリシャが自分でやりたい事を見つけ、それに邁進しているのだ。
兄としては無理させない程度に応援してやるほか無い。
俺が時の神殿を訪れたのは定期的に差し入れをしているためだ。かつては困窮していた各神殿だが、シロマサの大親分率いる”クロガネ”が神殿の復興に力を入れているため、経済的にも大分持ち直してきたと聞いている。
それで充分だと彼女達は口々に言うが、俺は彼女達の食生活がかなり質素なものだと知っている。神殿が質素倹約を旨としているのもあるが、育ち盛りの彼女達にはお腹一杯になるまで食べて欲しいという思いがあるのだ。
「いつもいつもありがとうございます。みんな本当に喜んでいますよ。さっきのサリーだってユウキさんの差し入れの桃が大好物なんですもの」
俺はマジックバッグから日持ちのする食材を次々に取り出して神殿の台所に補充していく。ダンジョンの環境層から手に入る品は俺の貧乏性のせいで毎日欠かさず収穫している。一時期は王都全域に食材を供給していたためかなりの速度で備蓄が減っていたが、それも終わった今はまた増える一方だ。
リノアたちがやっている店に今も大量に卸してはいるものの、あの時は王都数十万人の胃袋を実質俺一人で支えていたほどの量だ。今や<アイテムボックス>には芋だけで数百万本くらい普通にある。そして野菜は芋だけではないから、もう総数は把握するのをやめたのだが、それでも毎日収穫はやめないのだから最早俺も病気の域である。
そして神殿にも当然のようにお裾分け、こちらでいう喜捨をしているわけだ。
「皆が喜んでくれればそれでいいさ。それでこっちが例のやつな」
俺は声を顰めてかなり小さなマジックバッグを差し出した。コニーは極力表情を変えずに自分の持っていた同じようなマジックバックと交換した。交換といっても両方とも俺の私物だが。
「ありがとうございます。本当に本当にありがとうございます。貴方になんてお礼申し上げればよいのでしょうか。精霊様、この素晴らしき導きに感謝いたします」
「やめろって、誰が見てるか解らんぞ」
毎度の事ではあるが、涙を浮かべて俺と精霊に祈りを捧げ始めるので慌てて止めさせた。
「でも、この喜びと感謝をこのほかにどうやって表せば良いのでしょう。私のような非才の身に巫女様の御側付きというこの上ない栄誉を頂いただけでなくこんな贈り物まで……」
「コニーには妹が世話になっているからな。それにこれくらいの役得があったっていいだろ? 疚しい事をしているわけではないんだし、上手くやれよ」
俺が始めて会った頃のコニーは見習い巫女であったが、今は巫女であるイリシャの側付き、侍女のような役割を担っている。神殿内の序列で言えば大神官のすぐ下辺りに位置するから大出世といっていい。
当時最年少で下っ端の彼女が一気に出世したのはイリシャが彼女を側付きに指名したからだ。葬式の際に仲良くなっていたのは知っていたし、人見知りの妹がコニーを指名するのは不思議ではない。
コニーはアイラさんを慕って俺達の滞在するホテルについてきたほどだ。最後にはアイラさんがその人柄を良く知っていたのでイリシャの意見は容れられて、コニーは筆頭侍女の地位に就いた。
そして俺が今彼女に渡したのは各種の甘味である。時間停止型のマジックバッグではないので大多数は果物、そしてクッキーや甘いクリームの入ったパンなどであるが、今日明日食べるようにケーキやプリンなども入れてある。
何故俺がコニーにこんな事をするかといえば、彼女の立場が微妙なので、自分の地位を確立するための賄賂として使ってもらうためだ。
イリシャの鶴の一声でコニーが大出世したわけだが、それを快く思わない人間は当然いる。これまで彼女を顎で使っていた上役にしてみればいきなり彼女が上に行ったのだ。
表面上はアイラさんの目もあって平穏に見えるが、裏では相当に陰惨な事になっているはずだ。この手の感情は男よりも女の方が大変だと言うのが通り相場だしな。
もちろんコニーがイリシャに泣きついた訳でもない。イリシャも具体的に未来視で何か見たわけではない。だが俺はこの手の悪意には誰よりも敏感であるという全く根拠のない自信があった。
だが、甘味の入った袋を携え、周りの人間に上手く使えと諭すとコニーは大粒の涙を流し始めたから俺の考えは間違っていなかったのだろう。
そしてコニーは俺の考えの通りに動いた。先ほどの新人見習いがコニーを慕っているような空気だったのでそれは上手くいっているとみていいだろう。
年若い女の子にとって貴重で高級品である甘味を持ってきてくれる先輩を厭う事は難しい。そうして自分の勢力を作り上げると同時に敵対する相手を懐柔するのだ。地位は既に磐石なのだから、あとは地盤を固めれば彼女の精神も大分安らぐだろう。
そうすればイリシャも一安心だし、イリシャが喜ぶ事は俺も嬉しい。コニーの手助けをする事は俺の利益にもなっているのだ。
「それじゃ用は済んだし、帰るわ」
「そんな! 巫女様にお会いなられないのですか!? もう随分と巫女様と会われていないはずでしょう。今は瞑想のお時間ですが、後半刻ほどで終わりますのでその後なら……」
「いや、このあと予定があってね。今日寄ったのは本当にそれを渡しに来ただけなんだよ。イリシャにはアイラさんや君がいてくれるし、何の心配もしていない」
「あ、ありがとうございます。必ずや巫女様とユウキさんのご期待に応えてみせます!」
並々ならぬ決意でそう答えてくれるコニーを見ていると、とても口にはできないが……。
実はイリシャとは普通に毎日会っている。というか、神殿の食事は量が少ないそうなのでこっちに来て毎食食べているし、さっきコニーが言った瞑想の時間は部屋に篭もりっきりになるのでその間に俺達のほうに来ているのだ。実際、さっきまで俺とイリシャは一緒に居たりする。その際もコニーに差し入れしてくると告げてアルザスの屋敷を出てきたし、その時イリシャはソファーで本を読んでいた。
それもこれも転移環が用意できたお陰である。イリシャの神殿入りの前に何とか数を揃えられた、いや違うか。転移環が揃うまで神殿入りを先延ばしにしていたのだ。
さすがにあれだけの大きな輪を俺が後で男子禁制の巫女の私室に持ち込むのは不可能なので、イリシャに設置してもらった。そもそも俺が神殿入りを許可する条件が転移環を使っていつでも会える状況を作ることだった。
神殿の巫女といえば外界との接触を断つような印象を持つので、もう会えなくなるのではないかと危惧した俺が弄した策だが、それが一日の半分近くを占める瞑想や修行時間のお陰で俺達と合う時間はちゃんと作れていた。
あとは本当に質素倹約だった食事が不安要素だな。アイラさんは本当に大した人格者で俺が時の神殿に行った個人的な援助を全ての神殿に平等に分け与えてしまったのだ。
私心の無い素晴らしい行為だが、俺は時の神殿のイリシャやコニーに美味い食事を提供したいのであって、正直他の神殿の皆は”クロガネ”の支援が行っているだろうから興味はない。
だがアイラさんがそれを見透かしたように自分達に行われる寄付を全体に行き渡らせてしまうので、結果的にイリシャやコニーが受ける恩恵は減っていた。
一度だけ俺は貴方達にだけ援助したいんだと真正面から告げた事があったが、アイラさんはそのことについて深い感謝を口にした後、苦しんできたのは全ての神殿が同じなので自分達だけが良い思いをするわけにはいかないと拒絶されてしまった。
その結果、彼女達が口に出来る食べ物は多少増えただけとなってしまった。これでも随分と感謝はされたのだが全く俺の本意ではないので、今日のようにこっそりと物資を勝手に差し入れに来ているのだ。
間違いなくアイラさんはこの事を知っているはずだが、ここまですればあちらも何も言ってこなかった。
そして時の神殿の皆が口に出来る食事は何とか増えてきた。それまではいつもお腹を空かせていたというコニーの呟きがいつまでも耳に残っている。俺は腹をすかせている子供を見ると食い物を口に詰め込んでやりたくなる性分なので、”クロガネ”によって神殿の景気が良くなるまではこれを続けてやろうと思う。
コニーはしきりにイリシャに会って行けとせがんだが、うちの妹はまだアルザスの屋敷にいるので物理的に会えないし、むしろそろそろ瞑想の時間が終わってバレてしまうからさっさと神殿に戻れとたまたま屋敷にいたユウナを通じて伝えると神殿を辞した。
神殿の周りには色とりどりの花壇が花を咲かせており、通行人が足を止めて談笑している。
これも復興策のひとつだ。神殿に人が集まるに足る理由を色々作って実践している。こういうのは”クロガネ”の大幹部であるゼギアスが得意で、実に細かい所まで気が回る。たぶんあいつが主導してるのだろう。
さて、用事も済んだしダンジョンへ向かうとしよう。一昨日、遂に念願の30層へ到着した。ボスといえるのか不明な微妙な連中を倒して転移門の起動を確認して帰還したのだが、その後は中々大変だった。
なんと昨日までぶっ続けで祝賀会が開かれていたのだ。当事者である俺や仲間たちは一昨日の夜に既に終わらせていたのだが、翌日にはウィスカの冒険者達が次々に押し寄せてきた。俺もここで長く居るので”黒い門”や”白銀の戦槍”、そしてSランク冒険者のアリシア・レンフィールドが所属する”悠久の風”らが次々に押し寄せて俺達を祝福(?)していった。
多分にやっかみや嫉妬が混じっていたし、俺から情報を吸い上げようという気配も感じたがそれはいつもの事だ。内心を押し殺して俺を祝いに来てくれた連中に対してこちらはギルドで職員達と共に美食と美酒でもてなした。
そして全員こちらへの敵意が消え去るほど酔い潰したのだが、まさかそれだけで一日潰れるとは思わなかった。あちらも俺を潰して意趣返しでもしようとしたのか相当しつこかったが、やはり酒は人間の本性を炙りだす。素面なら決して吐かないような台詞を山ほど口にした彼等の新たな一面を垣間見る事が出来て中々有意義だったと思う。
そういうわけで30層に飛ぶのは初踏破後最初になる。30層に関してはボスの存在などいろいろ調べる事が多く謎も残っている。20層のキリング・ドールを考えれば雑魚が数匹出ただけのあれが30層を守るボスとは考えにくいが……今日また行ってみれば答えが出るだろう。
ウィスカのダンジョン前で転移してきたリリィと合流した俺は日課であるボス巡りから始める事にした。昨日は夜遅くまで冒険者達の相手をしていたため早朝に日課をこなす事ができなかったからだ。
「今日から31層の攻略かぁ。意外と時間がかかったよね。あ、でもその前に30層ボスの確認だね」
「まあな、それに29層に関しては攻略法を確立するまでに結構時間食ったし、攻撃手段を集めるのも手間だったしな。ただ普通のパーティならもっと時間をかけずに対応できたかもしれないが」
俺が時間を食ったのは準備を万端にするためでもあったし、全てを一人でこなさなければならないのでその分の手間も勘定に入れていたからである。これが5、6人パーティであればもっと役割分担が出来て迅速に事は進んだだろうが、そもそも魔法学院で講義を聞いたりアルザスで遊んだり、オークションに他国へ出向いたりとダンジョン攻略以外の時間も相当あったので当然ではあるのだが。
いつも通りのボス巡りを終えたら、なんと今日もまた転移環をドロップした。
「最近は良く落とすなぁ。出ないときは全く出なかったのに」
「これぞ物欲センサーって奴だね、必要なくなると途端に出始めるし」
リリィがしたり顔でよく解らない事を口走っているが、玲二達と出会って変な知識を大量に仕入れているせいだろう。最早気にする事もなくなった。
最近躍起になって欲しがっていた転移環だが、一つは先ほど触れたようにイリシャが神殿入りした後も俺達とこっそり会うために必要だった。兄馬鹿と言われればそれまでだが、出会って一月(90日)足らずで離れ離れになるのは嫌だったし、イリシャも俺なら何とかしてくれるという予想があったらしい。転移環の事に触れると当然のように受け入れていた。
イリシャは未だに一人では眠れない夜がある。そのためにも巫女の私室に転移環を置いて駆けつけられる状況を作っておく必要はあった。
そしてもう一組がライカたちオウカ帝国組だった。
元はと言えば俺がサラトガ事変の前に弟子達に卒業試験を告げた際、ライカが合格時の褒美を強請ったことによる。俺に出来る事なら何とかと答えたが、なんとあの馬鹿弟子は転移環を要求してきたのだった。ちなみにもう一人の弟子のキキョウは通話石だったので完全に示し合わせてきている。確認したわけではないが、むしろこの件の黒幕はキキョウである可能性も高かった。
これには俺も絶句しかけ、ライカじゃ言っても解らないのでカオルに懇々と説教をする事になった。
Sランクは言うまでもなく世界最強戦力の一角であり、一個の戦力を超え政治的存在である。そんな彼女達が国を気軽に越えられるような品を欲したらどうなるか、感性で生きている姉よりもしっかり者のカオルならそれを理解していないはずもなかったが、カオルの答えは簡潔だった。
「”えすて”の店をオウカ帝国に作ってくれるなら受け入れますが、今のままなら転移環がないと来れないじゃないですか。あとこれならユウキさんにいつでも会えますしね。僕も姉さんもユウキさんに教わりたい事が沢山ありますし、姉さんもたまには冴えてるなと思いましたよ」
そう朗らかな顔で告げるカオル。まさかの自分達の影響を一切考えていない欲望丸出し発言だった。もう少し現実みろよと諭したが、二言目には”えすて”に来れないだとか俺に会えなくなるから嫌だと言い出す始末。
セリカにオウカ帝国への出店を聞いても、国内ならともかく国外はすぐには無理と言われたし、終いには”緋色の風”の皆も揃ってお願いしてくるのでこちらが折れるほか無かった。
扱いについては厳重な規則を設けたし、彼女達がこちらに転移する時以外は常に俺がもう一つの転移環を<アイテムボックス>内に保存する事などを約束させて渡し、ライカたちはオウカ帝国へ帰国の途に着いた。”緋色の風”はまだこの地に居て転移環の起動と共に向こうに帰る算段のようだった。
ライカはその決断に羨ましがっていたが、そのころには本国から帰還の矢の催促を受けていたので渋々従って帰国し、10日後に転移環を使ってこちらにやってきた。そんなわけで30層突破の祝賀会に彼女達も参加することができたのだった。
「さて、30層に来たわけだが……やっぱりボス部屋の扉は空いてるな」
転移門で30層へと転移した俺達は出口側からボス部屋を見るが、前回と同じくボスが居ると閉まっているはずの扉は開いたままだった。これはつまりボスが存在しない事を示している。今日もそうだが、10層20層のボス扉はきちんと閉まっている。
「やっぱりボスが居ないのかなぁ。変なの、前回は中央付近で敵が現れたけど」
あのときはボスとも思えない雑魚が数匹湧いていたが、今回はそれもなかった。まさか本当にあいつ等がボスなのか? だがそれもどうだろう、これまでのボスは毎日復活するのに30層ではそれがないなんて事がありえるのだろうか。
一応ギルマスのジェイクには前回同様30層に転移門で来て貰っているので俺が虚偽報告したわけではない事を理解してくれている。その上でボスが存在しないボス部屋なんてあるのかを各国の情報を集めてもらっている。だがその調査は始まったばかりだし、昨日は全員盛大に潰れていたから実際の調査は今日からかもしれない。
別に急ぐ話ではないので、ゆっくりやってもらっても構わないが。
「まあ30層はこれからおいおい調べてゆくとして、今日のところは31層行ってみるか!」
「これまでの流れからして10層ずつの区切りだからね、大幅に変わっていると見るべきだよ、慎重に行こう」
相棒の思慮深い声に気持ちを落ち着かせて俺達は階段に近づいてゆく。そして万が一に備えて準備を整えてから階段を下りてゆくのだった。
「さてさて31層はどんな層なのかな? 20階層は全体的に嫌がらせ階層が多かったからストレス貯まったよねえ」
「このダンジョンの製作者が俺並みに根性が腐っている事は理解したよ。次からは流れが変わってくれるといいんだかね」
あんまり期待できないなと声に出さずに続けたが、相棒にはしっかりと伝わっている。諦観のような気持ちを抱きながら階段を折り続けた時、それは起こった。
俺の周囲に光が集ったのである。そしてこの光は最近嫌になるほど経験した転移の光だった。
「ここで転移だと!? そんな! 油断した。魔法無効の指輪をつけてない!!」
「えっ! 転移!? ここは階段の最中だよ? 階段途中で罠が作動するはずが……」
ああくそ、完全に油断していた。俺達はここ最近毎日浴びていてすっかり慣れっこになっていた転移の光に巻き込まれた。こんなことなら魔法無効の指輪をはめておくんだったぜ。
だがまたすぐに戻ればいい話だ。なにしろ30層の転送門は既に起動している。ちょっと時間はかかるにせよすぐに戻ってこれる。指輪を嵌めて再度挑戦だなと思っている頃に転移が完了した。
転移は、完了した、のだが……なんだここ?
「おいおいここは何層だよ? こんな森が存在したかね?」
「…………」
相棒が絶句して答えないので俺は周囲を見回した。視界には樹木が生い茂る森が広がっていた。これまでの環境層にこんなものはなかった。19層は果樹園層だが、あそこは果樹が均等に生い茂っていてこんな鬱蒼とした森ではない。
「ユウ、<マップ>見て……」
見たことのない場所だった。もしや31層以降の地下に飛ばされたのかと思い、相棒の言葉通り<マップ>を確認した俺は思わず固まった。あまりの衝撃に言葉を失いながら、ああこれを見て相棒は絶句したのかとどうでもいい事を考えた。
「おいおい、普通転移の罠って同じダンジョン内に跳ばすよな? どこだよここ」
「どういうこと? そもそも階段は安全圏のはず。罠があること自体がおかしいのに。どうしてこんなことになるの?」
俺の言葉に相棒は答えずに自問している。本当に珍しいがこの状況ではやむを得ない。俺も隣に相棒がいなければ叫びだしていたかもしれない。
俺は再度<マップ>を確認した。<マップ>の機能自体はちゃんと働いており、現在地点を示しだしていたが、それが最大の問題だった。
俺達は眩暈がするほど巨大な森の中に居るようだ。しかし、この森が何処の森なのかがさっぱりわからない。<マップ>には縮尺機能もあるので全体像を把握するために縮小を重ねてみるのだが、地形が明らかになってもここがいったい何処なのか、皆目見当もつかない。
<マップ>がちゃんと使えることからもダンジョンの中ではない事は確かだ。そして今の<マップ>の大きさは俺達が活動するランヌ王国の半分ほどが入るほどに縮小しているが、それら全てが森だった。正に大樹海と呼ぶべき大きさだ。
「まったく、俺達は一体何処に飛ばされたんだよ」
俺は強い困惑を感じながらも、突如出現した新たなる冒険に自然と心が躍るのを感じていた。
楽しんで頂ければ幸いです。
いきなり転移で飛ばされましたが、これは明確なルール違反になります。階段の中は絶対安全圏でありその中の彼等に力を行使できるのは唯一つの存在だけです。
さて、主人公たちはどこに飛ばされたのか?
戻ってくる事は出来るのか?
そんなことより未知が俺らを待ってるぜ、さあ大冒険だ! でお送りします。
短くてもいいから明日にでも投稿したい気分でありますが、明日月末で忙しいんでどうなるかは未定です。