閑話 7 ギルドオークションとグラン・マスター 1
お待たせしております。
セインガルド王国首都、ハイデルン。
ここには冒険者ギルドの総本部がある。そこで年に一度、秋の月に世界各地から冒険者達が集めた珍しい品が一堂に会しオークションにかけられるのだ。
俺はそのオークションに出るためにこのハイデルンにいた。セインガルドは俺の生活するランヌ王国から見て遥か北にある国だ。
いや、これは俺の言い方が悪いか。ランヌ王国はこのでかいガーランド大陸の南端にあるかなり大きな国なので他国は全て北の国になるからだ。
ソフィアの故郷であるライカールがランヌ王国から見て北西に、今俺がいるセインガルドはそのライカールから山脈を挟んで更に北側にある。そのとなりがレイルガルド聖皇国で名前が似ているのは元が同じ国だからだ。
その辺も話すと長くなるので別の機会にする。何せ聞いた俺がまだ話が続くのか? と投げたほどだ。ちなみにその話をしてくれたのは該当国の王女様たちだ。仲間たちとは学院で同じ学級なので結果的に俺と顔を会わせる事があるし、彼女達が催す夜会にソフィアの護衛として出向いているので面識があり、一席設けたことがあるのだ。王女達とは他の縁もあったりするのだが。
オークションといえば夏の終わりに王都で行われたものは表立っては行えない非公式なものだった。なので俺だけで行く事になったのだが、当然仲間からは非難を受けた。
要は”お前だけ楽しそうな所へ出かけてズルいぞ、俺達も連れてけよ”と言う話であるが、場所が場所だけに叶えてやる事が出来ず、その代わり冒険者ギルドのオークションは皆で行こうと安易に約束してしまった。
その後、ユウナから会場であるギルド総本部がどこにあるのか聞いた俺は自分の馬鹿さ加減に頭を抱える羽目になる。
ほぼ毎日ダンジョンの探索をしている上、学院での聴講生としての講義もあるというのに隣国どころかそれよりも遠い国に出掛けようと言うのだ。
普通なら”ごめん、無理だった”と頭を下げる場面だが、俺ならなんとかできてしまうのがより面倒な話になっている。
俺がどんな方法であれセインガルドに辿り着きさえすれば、後は転移環で仲間を呼べば良いのだから。
俺が取った作戦は非常に雑なものだが、有り余る力というものは大抵の問題を無理矢理解決できる。
俺は幾度となく使うせいで最近はコツを掴んできた感のある風魔法を使っての移動を行ったのだ。
はじめの頃は飛ぶというより吹き飛ばされるようなもので二度とやるかと思ったものだが、なんだかんだ言って高速移動手段は便利なので何度となく使っている。
その内<結界>で覆えば風の影響を極力抑えられると解ってからは安定飛行ができるようになり、魔力の消耗を考えなければ速度も天井知らずで上がる事が解って、便利さは更に向上した。実は<結界>で覆うと空気を遮断するので直ぐに酸欠に陥るのだが、かつて25層の階段を見つける際に流砂に飲まれる羽目になりそのときに空気を吸入する方法を幾つか得ていたので俺一人なら何も問題はなかった。
手持ちの転移環でセインガルドに一番近いのはアルザスなので、そこの郊外から俺は移動を開始した。
<マップ>は知らない場所も大まかではあるが位置を示してくれる。詳細は自分の目で確認すると細かく加えられていくが、一国の王都くらいなら場所は解るので、後はその方向にひたすら飛ばすだけだ。弟子のライカが持つ飛翔の魔導具を借りる方法もあったのだが、俺の飛行魔法(?)の方が速度は圧倒的に上だし、何に使うのか説明を求められたら面倒なので借りる事は無かった。
あいつの性格的に絶対に俺に同行したがるし、冒険者ギルドの本部にSランクが出向いたら注目を集めないはずがない。
ハイデルンには日も落ちた頃から旅立って、夜明けぐらいに辿り着くことができた。
玲二が言うには直線距離で5千キロほどあったようだが、なんとか人目が増える夜明け前に到着することができた。
途中でこのままじゃ到着が昼過ぎになると気付き、相当速度をあげた結果だがその代償で魔力の消費が激しかった。それに夜間飛行は見るものも少ない。周囲は闇に覆われているし、僅かな月明かりだけが光源では夜景鑑賞も冴えないものになる。ただただ飛ぶだけの退屈な時間で楽しいものではなかった。
普段なら使いきれないほどの回復量を誇る<MP急速回復>が追い付かない程に魔力を浪費し、音速の壁にぶち当たる程に加速してなんとかこの時間に間に合った。
飛行魔法は便利だが魔力持ちにはどえらい何かがぶっ飛んでくるのが分かるらしく、速度を上げるほど隠蔽は難しくなる。せめて夜間移動をすることで目撃者を減らしたかったのだが、目論見通りに行ったかは不明だな。やはり易々と使える方法ではない。
仲間は転移環で行き来するが、貴重な転移環を使い捨てるわけにも行かないのて俺は帰りもこの方法だ。帰りは最初から十分に加速して短い時間にしたいものだが、レイアやユウナは俺が移動する際の膨大な魔力放出に気付いていたらしいから、あまり派手にしないほうがいいかもしれない。ここは一国の王都であると同時に腕利きの冒険者が集う冒険者ギルド総本部、更には年に一度のオークション開催日だ。世界中から色んな奴が集まってくるし、ウィスカほどではないとはいえ世界有数の実力者もちらほら窺えるからだ。
「ここにするか」
俺は朝一で街一番を争う大きな宿に部屋を取り、転移環で仲間を呼ぶ準備をする。
既に何度も行っている作業なのでこの作業も慣れたものだが、この魔導具は本当に繊細で僅かでも地面と接地していない面があると起動しないのだ。転移という意味不明なほど便利な力を使うせいか、安全装置がこれでもかと用意されている。
転移といえば絶賛難航中のウィスカのダンジョン29層だが、こちらの転移とは大違いだ。あちらはたとえ指先でも転移の光に触れれば全身で跳んでしまう。ダンジョンという不可思議極まる存在が繰り出す罠の性質を考えれば当然だと思うし、怖くて検証してないが、転移先がもし被ってしまったらどうなるのだろうか? 今の所は起きていないが、仲間内ではもし転移先が壁の中だったりしたらどう対応しようかと話し合った事もある。
相棒が突如『いしのなかにいる』とか言い出したのには驚いたが、如月と玲二が笑っていたので何か意味があるのだろうか。
そんな事故もないとは言い切れないので転移環は様々な制限がかけられているのだろう。<鑑定>では個人用の簡易量産品ということらしいのだが高級品を見たことが無いので比較など出来ない。それ以前に離れた場所を瞬時に結ぶだけでもとんでもない能力だが。
設置面の問題も対策済みだ。最初の内は置き方や場所に拘っていたが、いつだったか雪音か誰かが唐突に呟いた一言で簡単に解決した。
単に平行な台を用意してその上に転移環を置けばいいのだ。かなり大きいものを使う必要があるので、これを常に行えるのは口の大きなマジックバッグ持ちか<アイテムボックス>でもないと無理だろうが。
<念話>で設置が完了したことを教えると仲間達が次々とこちらに移動してきた。今回は珍しい事に商人の血が騒ぐと言うことであまり外を出歩きたがらないセリカと護衛のアインとアイスもこっちに来た。
今回のギルドオークションは不特定多数が参加できる建前ではあるものの、実際は商人ギルドに加入するような大商人たちが金と力に任せて買い漁る場である。ギルド側もそんな形で半ば商人ギルドに貸しを作る利益供与の場と認識しており、俺自身もそんな八百長に顔を出す気は更々なかった。
精々が出品した品がいくらで売れたのかさえ解ればどうでもよかったし、他の理由もあって近寄りたくはなかった。
しかし、こんな事情で急遽参加する羽目になってしまったが、それでも交わした約束は守らねばならない。
「ここがセインガルド王国か。転移環で来ると一瞬過ぎて感慨がないな」
「そりゃあ悪かったな。じゃあ玲二は戻って歩いて来るといいさ。お前の今の力なら10日も走れば辿り着くだろ」
「うそうそ、冗談だって。ユウキには感謝してるさ。俺たちじゃどうやっても半日でこの国まで来れないしさ」
玲二と軽口を叩き合う内に皆がこちらに移動を完了した。総勢で10人を越える大所帯になったがそれを見越して宿側には大部屋を一つ借り切っている。突如として大勢の人間が部屋から出てきたら不思議がられるだろうが、その為に一番大きな宿を使ったのだ。大きいだけあって人通りのそれなりにあり、玲二達が部屋から出てもそこまで目立たないだろう。
「ユウキ様。オークション開始時刻はまだありますが、私は会場入りの手配などいくつか些事がありますので先に処理をしてまいります」
「今回も頼って悪いな。色々と面倒だが、宜しく頼む」
頭を下げてユウナが部屋を出て行った。ギルドオークションは誰でも参加は可能の建前だが、その際にギルドカードの提示が求められる。普段異国にいる人間がいきなりここに現れたら絶対に騒がれるのでユウナに手を打ってもらうのだ。何かやらかさない限り細かなことまで一々調べるほどギルドも暇ではないと思うが、こういったことで秘密は漏れるものだ。
俺はどんな小さなことでも絶対に手を抜かない主義なのだ。
「ぬう。後輩にどんどん点数を稼がれてゆくな。座して見ていては筆頭従者としての立場が……」
人間のオークションに興味を示してきたレイアがユウナの活躍に焦りを感じているが、元々凄腕のスカウトで現役ギルド職員の彼女と魔族の男に無理矢理従わされていたレイアでは得意分野が違いすぎる。そして雑事にはユウナの高い処理能力は重宝するのでつい頼んでしまうのだ。
レイアは要らぬ心配をしているが、俺にとっては二人とも押しかけ従者だからどちらが優れていようがいまいが、俺の扱いが変わることはない。
「んじゃ、俺は帰って寝る。皆は観光でもするんだっけ?」
「ああ、せっかくだし異国の王都見物としゃれこむさ。この日のためにセインガルドのフィーリア王女から観光名所も聞き出しておいたんだぜ」
妙に乗り気の玲二は肩に相棒を乗せて既にレイルガルド観光をする気満々のようだ。わざわざ学院を休んでまでここにいるからその熱意は相当なものだ。普通に学院に向かった雪音とは違い、ソフィアはこちらに来たがっていた。しかし一国の王女様が不意に休むと要らん噂を生むというので泣く泣く断念、というかアンナとサリナに連行されていった。オークションは夜なのでそれにはお忍びで参加するそうだ。
如月も夜には合流するが今は不参加だし、イリシャは異国の王都よりも友達と遊ぶ方が良いに決まっている。もう間もなくの神殿入りはあの子にとって自由を手放すのと同意語だからか、名残惜しむように護衛のロキを連れて毎日遊びに出掛けている。
ぞろぞろと部屋を出て行く玲二、レイア、セリカと双子騎士達を見送った俺は、そこまで睡魔が襲ってこなかったこともあり仮眠をとる前に日課のダンジョンボス廻りをすることにした。
<あーっ!!今日は休みにするって昨日言ってたじゃん!>
<ボスだけ倒してから寝ることにするよ。なんとか転移環を集めないといけないし、一日一回だけってのもある意味不便だな>
俺のことなど何でもお見通しの相棒が休みの予定を覆してダンジョンへ行く俺を責めるが、こちとらあと3つ転移環を見つけないといけないのだ。一日とてその機会を無駄にするわけには行かない。
王都に滞在していた頃にやっていた行程なら2刻(時間)もあれば楽に終われるから、仮眠はそのあとでいいだろう。
俺は欠伸を噛み殺しながらダンジョンへ向かうのだった。
「で、これが今日の収穫か。だが、確かにこりゃ美味いな」
「おっちゃん、おかわり!」
「キャロ、誰も取りゃしないから落ち着いて食べろって。あーあー、頭からかぶりつくから顔の回りベトベトだぞお前」
「だって、こんな美味しいの、早く食べないと無くなっちゃうの!」
キャロの答えはまるで大家族の食事風景のようだ。キャロ自身も獣王国の3王家とやらの血が流れているはずだし、アードラーさんの家も王の近習を代々務める家だから相当の名家のはずだ。
急いで食べないと自分の分が無くなっちゃうなんて、貧農のライルの実家みたいな事を言っているので、当の家族のラナは顔を赤くしている。芸の細かいぬいぐるみである。
俺は今日の収穫で環境層から果物を手に入れた。16層が野菜が主で19層が果樹園なのだが、果樹にならない果物が出ることもある。今日がその日であり、今日の野菜は大きなメロンだった。
スキルを駆使して思う存分手に入れたら、4桁を越える数になっていたのでいつも通りにお裾分けに来て、その第一陣がいつもイリシャが世話になっている公爵邸というわけだ。
俺が現れた途端に飛び付いてきたキャロを抱えながらおやつの時間となっている。
シルヴィアはまたも習い事の時間なので、それが終わればお付きのアンジェラ共々こっちに来るだろう。
「しかし、こんな果実見たことも聞いたこともないぞ。稀人の玲二達は知っているようだが」
「ええ、見せたらすぐにメロンだと解って喜んでましたよ」
何故ダンジョンに異世界人しか知らない果物があるのか、疑問だがどうせ答えは出ないだろう。如月は大きさから明らかに”えふいち種”じゃないかと不思議がっていたが、何のことかは聞いていない。
探索終了後に仮眠を取ってこちらにやってきたので、時間としてはかなり経っている。そういう事情もあってこれらの果実を冷やして持って来れたので、とても美味く食うことが出来た。
その際には時間経過の早まるマジックバッグが活躍した。一番時間経過がゆっくりなものでも大量の氷水と共に入れておけばたった半刻(30分)でも半日以上冷やされたことになる。物は使いようではあるが、本当に便利な品だ。王都ギルドの連中がなんでこんな使えるものを役立たずの烙印を押していたのか理解できない。
とはいえ俺自身も一見した限りではハズレアイテムだと思っていたから如月の慧眼には恐れ入るばかりだ。魔法があることが当たり前になっている俺達とは価値を見出す観点が全く違うのだろう。
「イリシャ、そんなに食べて大丈夫か? おなか痛くなっても知らないぞ」
先ほどから俺の横で言葉を発さず一心不乱にメロンを食べ続けている妹に俺は心配の視線と言葉を投げた。痩せ過ぎだった妹も大分健康的になってきたが、小さな体で大きなメロンを既に半分近く食べているのだ。
もともと小食気味だったイリシャなので、沢山食べる事は喜ばしい事だが物には限度というものがある。だがメロンの中には詳しくないが、収穫したものの中には様々な種類があるようで表皮が網目状のもの、果肉が橙色に近い色合いを見せるものなど様々なものがあり、メロンを気に入った妹は全種制覇を目標にしてしまったようだ。
「だいじょうぶ。おなかいたくなったらポーションのむから」
ポーションは整腸剤じゃないぞと思うものの、なんだかんだ妹に甘い俺は新たな一切れに挑む妹を見守った。隣ではキャロがラコンにメロンの種を除いてもらっている。
「お兄ちゃん、種とって」
「キャロ、もう小さくないんだから自分の事は自分でやらなきゃ駄目だろ」
文句を言いつつ妹の世話をしてやるラコンを見ると、俺と同類の匂いがする。ラナもそんな歳の離れた兄妹を慈愛の眼差しで眺めていた。
「それよりダンジョン帰りって事は一晩でセインガルドまで辿り着いたってことかよ? あの方法は聞いてたが、そこまで速度が出るものなんだな」
「相当無茶しましたけどね。ついた頃には魔力が底をついてましたよ。途中で何でこんな思いまでして行く必要があるんだと何度も思いましたがね。そういえばクロイス卿はセインガルドというかギルド総本部には?」
「新大陸に向かう前に一度だけ足を向けた事があるな。ただ総本部を一度覗いただけですぐに通過しちまったよ。総本部があるだけで冒険者にとっては特に旨みのある地じゃないからな。交通の要衝だけあって隊商の護衛依頼は事欠かないらしいが」
クロイス卿の言葉通り、セインガルド王国は各国に繋がる街道の中継所として繁栄している国だ。それゆえに問題も山ほど抱えており、それ故にレイルガルド聖皇国と分割された事も無関係ではないが、それはさておくとして野生のモンスターが大量に現れるわけでもダンジョンがあるわけでもない首都ハイデルンはそこまで冒険者の魅力を引く場所ではない。精々が総本部を一度くらい見てみるかという程度のものだ。
無論のこと、今は違う。年に一度のオークション開催日だし、他の理由もあって今のハイデルンには強者が集っており、それが俺を憂鬱にさせるのだ。本当に買えもしないオークションなんか何故皆行きたがるのだろう。
「そうだった、今年は会議の年でもあるのか。言うまでもないと思うが、一応気をつけておけよ。お前の事を気にしている奴は大勢いると思うぞ」
「本当に面倒臭いですよ。年長者の如月にその場を任せて俺はホテルに引っ込んでおくかと思うくらいです」
「やれやれ、一緒について行ってやろうか? 実は俺もギルドオークションは初めてでな、興味はあるんだ」
クロイス卿は助け舟を出してくれているが、隣のキャロが何か楽しそうな話をしていると聞き耳を立てている。あの子には悪いが、オークションが子供の興味を引くとは思えないから連れてゆく気はないからな。今ここに寄ったのはイリシャに公爵邸で待っていてもらうようにお願いするためでもあるのだ。
「クロイス卿は有名人でしょうに。ただでさえ人目を引くのに、貴族の貴方がいきなり現れたらいつ現地入りしたのか憶測を呼びますよ?」
”天眼”の二つ名を持ち幾つも大規模クエストで勇名を馳せた超有名冒険者だった彼だが、祖国の貴族に戻ったことでその知名度は更に上がったとユウナに聞いていた。参加すれば騒ぎになり、調べれは昨日までランヌ王国にいた事はすぐに露見する。
「そこは変装するさ。実は総本部にはスキルによる変装看破の魔導具があるんだが、だからか逆に普通の変装には驚くほど甘いらしい。お前も人目が気になるならやってみるといいぞ」
そこまで言って彼もキャロがわくわくした目でこちらを見ていることに気付いたようで、これ以上参加を口にする事は無かった。あの子が行きたいと言い出せば芋蔓式にイリシャや果てはシルヴィアまで連れて行く事になりかねないからだ。
クロイス卿の参加は諦めてくれたが、隣に座る妹はしっかりと俺の服の裾を掴んでおり、これ以上ないほどの意思表示をしていた。妹が見ても特に面白いものはないぞと小声で告げてもその意見は変わることが無かった。
冒険者ギルド総本部は首都の中央、何と王宮のすぐ近くにある。国の顔とも言える王宮に見劣りしない威容を誇っているだけでギルドがこの国でどのような位置にあるか窺い知る事ができる。
俺は頑としてついてくる意見を曲げなかった妹を連れてギルド総本部の前に居た。玲二達はすぐ近くの店で時間を潰しているらしいので、俺もそこに向かおうと思ったのだがイリシャが総本部を飽きることなく見上げているのでそれに付き合っているのだ。
「どうした? なにか気になる事でもあったか? 確かに王宮に匹敵するような凄い建物だけどさ」
「ううん、もういい。気のせいだったかも」
何か”視た”のか、しばらく建物というより虚空を眺めていた妹だが、不意に視線を俺に戻した。何か視えても別に言う必要はないと普段から告げており、それでも妹が口にするのはよっぽどの事になる。
同じ巫女としての力を持つラナから様々な話を聞いているイリシャは、不可思議な力が人を幸福にも不幸にもすることをちゃんと理解している。イリシャが”未来を口にして不幸を防いた未来”というものは結果的に”なにも起こらなかった未来”と同じことになり、傍から見ればよく解らない事を喚いている気持ち悪い奴ということになる。
そして人間は都合の悪い事は蓋をしてみなかったことにする生き物であり、事件が起きた際には下手をすれば元凶扱いで迫害までされるだろう。この場合は正しさよりも不安から目を背けるために皆にとって都合のいい犯人をでっち上げるため、言葉で対抗すること自体に意味がない。正しかろうか間違っていようが人を糾弾できればそれでいいのだ。
俺と出会う前のイリシャは正にこれであり、俺としても妹をそんな目に遭わせるつもりはないので、たとえ悲劇的な未来が見えてもそれを口にするのは俺だけにするように言ってある。
たとえ”視えた”からといってそれを当事者としてイリシャが解決しなくてはならない理由になどなるはずもない。
巫女としての経験談なのだろうラナから色んな話を聞いて勉強しているイリシャが神殿に入るのはもう間もなくだが、今はまだこちらの準備が整っていないので保留としている。俺としては遅らせたいのだが、イリシャは一日でも早く神殿に入りたいらしく、ラナや祖母のアイラさんから様々な話を聞いて勉強を重ねる日々を送っている。
俺としてはイリシャの自主性を尊重してやりたいが、妹として暮らし始めてまだ一月(90)日も経っていないのにもう離れることになるとは思わなかった。幸い準備にはまだ時間がかかるので精々引き伸ばしてやる事にする。
「あ、ユウキ! こっちだこっち!」
ある店に入ると俺を見つけた玲二が手招きをしていた。イリシャを連れてその席に向かうと既に準備を終えたユウナも座っていた。さすがの有能さだ、仕事が速い。
「ユウキ様、ご下命の件は全て片付けております」
「ありがとう。面倒を掛けたな。問題はなかったか?」
俺は抜群の速さで仕事を追えた従者を労いながら話を先に聞くことにした。玲二達も何かいいたそうだが、優先度はこちらが上だ。
「今回は私が複数用意してあるダミーの名前で準備を行いましたので、露見の恐れはないかと。オークション会場でよほど目立つ動きをなさらなければ滞りなく終えられるかと思われます」
俺が彼女に頼んだのは、転移環で移動する事による不利益の解消だった。俺はどこにでもいるDランク冒険者だが、嫌が上にも名前は売れ始めている。ただでさえ今日出品する目玉アイテムは俺の出品なのだ。
出す品はゴーレムの起動核に加え溜まりに溜まったキリング・ドールの魔石群に13層のスケルトン・ウィザードのレアドロップ品である魔神の骨という高級触媒だ。この魔神の骨とやらは普通にギルドの買取に出していたのだが、職員の方から非常に貴重なので数を集めてオークションに出したほうがはるかに儲かると知らされたので150個ほど纏めて出品している。その事を教えてくれた職員には落札額から各種税金手数料を引いた額の二割を贈呈する約束になっており、それを知った他の職員もより大金を得るために俺に効率的な方法を教えてくれるという好循環になっている。
不利益についてだが、俺が出品者として壇上で大々的に紹介されるようなことはないはずだが、俺の競争相手は名も売れて顔も広い世界最高級の冒険者達だ。彼等の口で俺の容姿が伝えられ、この世界から人が集まる総本部で共有されていない保証はない。
少し前の俺なら自意識過剰だと笑っていたが、先ほどもクロイス卿から忠告を受けたようにどうも俺の名前と姿は色んな奴から注目を集めているらしい。情報に疎いと思われるSランク冒険者のライカも俺の二つ名を知っていたほどだ。そう考えると、よほど無能でもなければ情報共有されているはずだ。
こんなしょうもないことで超常技術の結晶である転移環の存在が公になり提供(売却では絶対にない)させられるなど御免蒙る。
そういう理屈でユウナに各種の隠蔽を頼んでいたのだ。そしてもう一つの理由で俺はそもそもこのオークションに参加するのさえ渋っていのだが、<共有>で俺が何を嫌がっていたかを知られた玲二によってユウナに対策をするように依頼がなされ、俺の抵抗はあえなく潰されたのだった。
「解った。君の仕事を疑う趣味はない。全幅の信頼を置いている」
俺は細部を聞くことなく了解した。彼女の行った細工で無理なら俺でも無理だ。疑ったとしてもユウナを上回る隠蔽などできないなら、信じた方がマシである。
「あ、有難うございます。ですが、今日は最上位の実力者が集まっております。彼等の目からすれば完璧な処置でない事はご承知置き下さい」
冒険者以外にもその実力者連中がいるから来たくなかったのだが、それを今更言っても始まらない。稀人たちと俺はクロイス卿の助言を受けて変装するつもりだがそれ以上はなるようにしかならん。
「それで、玲二達は楽しかったか? まあ、顔を見れば予想はつくけどな」
俺の仲間たちは椅子に座りながらも憮然としている。あまり楽しめなかったのは確かなようだ。
「どこへ行っても飯が不味いんだよ。見る物は中々良かったけど、旅先で飯時が一番悲しくなってくるってのはホント絶望的だよな」
「それは仕方ないよな。俺たちの舌が肥えすぎて起きた弊害を、こっちの店のせいにするわけにもいかないだろうしさ」
かなり高そうなレストランでもその有り様だったようで、憮然とした顔で店を出て、近くの広場で口直しをしたようだ。
「それは災難だったな。まあ、メロンでも食えよ。大量にあるからさ」
「メロンだって!? 流石ダンジョンだ、何でもアリだなぁ。どうせユウキのことだから山ほど採って……4桁こえてるとかどんだけ取ってんだよ」
張り切って収穫しすぎた俺を呆れ顔で笑う玲二に俺は反論した。
「どうぜ明日には切り替わってるんだ。俺の他に取る奴が居ないなら全部取らなきゃ勿体ないだろ? それに次いつ手にはいるかわからないしな」
環境層の収穫物には明らかな偏りがある。普段使いするようなありふれた野菜は頻繁に出るが、今日のメロンは既に100回は収穫しているが初めてお目にかかった。
アプルや葡萄は果樹層からよく見かけるが野菜層で果物はなかなか見られない。残らず回収するのも当然だと思う。
「何て甘さなの! この一切れだけでも大銀貨が取れるわよ!」
商人らしい感想を述べているセリカだが、彼女は今日のオークションに参加する腹らしい。どの品も大商会の手付けになっているはずだが、セリカに勝算はあるのだろうか。
俺達はしばらく談笑して時間を潰していたが、その最中に通話石が俺を呼び出した。この石はソフィアからだな。
「兄様、今全ての講義が終わりましたので、そちらに向かって良いですか?」
「ああ、解った。合流しようか」
別にこのオークションは誰もが楽しめる場所ではないと思うが、来たいと言われて駄目と答える話でもない。雪音や如月も共に来るようだ。ここでもやはり身内が勢揃いしてしまう流れだな。
俺はソフィア達を迎えに席を立つのだった。
オークション会場は総本部の催事場で行われる。総本部と名乗るだけあって非常に大きな建物であり、この他にも大会議室や巨大倉庫や一個騎士団が丸々入れそうな訓練場など、この国の王宮に匹敵する大きさの建物なだけはある。ランヌ王国の王都ギルドも大した規模だったが、これと比べると屋敷と小屋位の違いがある。
そんな催事場はかなり変わった形をしている。雪音と如月が説明してくれたが馬蹄形? とか言う馬の蹄のような形をしていた。
「ヨーロッパのオペラハウスみたいだね。いや、ここも異世界とはいえヨーロッパ風なんだけども」
「ボックス席がないだけで後はほとんど同じですね。用途を考えれば形が似ていくのはわかりますが」
「なあ、玲二。二人は何の事を話しているんだ?」
「えっと、ちょっと待ってな。っと、これこれ。こんな感じの劇場があるのさ。形が似てるだろ?」
玲二が”すまほ”で見せてくれた画像は異世界の劇場の内部写真だった。確かに形は似ているな。写真のほうが洗練された印象を受けるが。
「へえ、これが劇場なのね。このボックス席なんかいかにも貴族が喜びそうじゃない」
俺の隣で覗き込んでいたセリカが驚きの声を上げているが、店を始める前の暇なころ散々”すまほ”で色々見聞きしていたと思うが劇場はその中になかったのか。
そんな会場の二階席、それもオークションが行われる舞台の正面の位置に俺達は陣取った。一番良い席は一階席の前方である事は間違いないが、そこは既に大商会の番頭や商会長が予約しているだろう。
それに割って入ってわざわざ軋轢を作る必要もない。ここを選んだのはユウナだが、流石の選択だ。
「やってるとこ、みえない……」
「ちょっと距離があるか、そういうときはこれを使えばいいのさ」
二階席から身を乗り出して階下を見ている妹の体を支えていたが、確かに舞台までは相当距離がある。ここからでは出品されるものの輪郭さえはっきりと見えないかもしれないが、玲二にはそれを克服する道具を取り出したにだった。
そしてそれを見た如月が声を上げた。
「へえ、洒落たオペラグラスだね、でも良くこんなものがあったね」
「いや、イリシャのカラーコンタクト作っている最中に”眼鏡”で創造したらこれが出てきたんですよ。便利だしなにかに使えるかなと思って」
玲二が取り出したのは取っ手付きの双眼鏡だった。俺がかつて弟子達と共に手に入れた暗視機能つきの遠眼鏡に比べると圧倒的に小さいが逆に機能的に見える。無骨ささえ感じる遠眼鏡とは逆に着飾った女性陣の手の中にあると優雅ささえ感じる逸品だった。
雪音の<アイテムクリエイト>は一つ作り出すだけでもその文字数でありえないほどの魔力を要求される。しかし同時に二つ作ろうとすると消費魔力は倍ではなくたったの”1”で済むという意味不明な機能がある。
相棒がこのガバガバ具合がまさしくユニークスキルの真骨頂と笑っていた記憶があるが、その仕様のお陰で大抵の品は数百個一気に作っている。今の俺達の魔力回復速度は一秒間に約75000ほどなので、数千個作っても1秒以下の差でしかない。
そういうわけで”おぺらぐらす”とやらは皆の手に行きわたった。
「あ、軽いし見やすい。前にユウキが手に入れてきた魔導具とは全然違うわ。機能はないけど舞台を見るにはこれで十分ね」
セリカのお眼鏡にも適ったようで何よりである。
そういえば言及していなかったが、この場にいる皆は全員が多少変装している。稀人の特徴である黒髪を隠した玲二達。そして世界中から人が集まっている冒険者ギルド総本部なのでソフィアの顔を知る奴がいてもおかしくないから、彼女も髪の色を変え、帽子を被って印象を変えている。かくいう俺も最近顔と名が売れ始めているようだから、最低限の変装はした。
ソフィアの蒼い髪も異世界の髪染め液の力で金髪になっているし、俺も灰色の髪に染めたのだが、特にソフィアはこれまでどんな事をしても髪が染まらなかった(蒼い髪はライカール王家の象徴なのでこちらの世界ではどうやっても染色できなかったらしい。だからランヌに来る逃避行の際には同じ髪色のレナを身代わりに立てる作戦が有効だった)から、念願だったという金髪になれてご満悦だし、アンナとサリナは髪への後遺症を心配していたが、雪音に言わせると全く心配ないらしい。
だがこれによってソフィアの変装回数が増えそうな予感がする。俺と初めて出会った時は深夜に<隠密>で抜け出していたほどお転婆なのだ。これまで大人しかったのはその髪が嫌でも目立つので自重していただけに過ぎない。
俺と同じ事を考えたのか、護衛担当のジュリアも不安な顔をしている。縋るような目でこちらを見てくるが、こればかりはどうにもならんだろう。
「ほっほっほ。楽しげな一行がおるのう。若いの、ちょいと邪魔するぞい」
開始時間まで色々つまみながら談笑していた俺たちだが、横から声が掛けられた。声がするほうを見ればいかにも好々爺といった風情の老人がこちらに歩み寄ってきていた。
<我が君!><ユウキ様、この方は!!>
<解ってる。そっちも顔に出すなよ>
レイアとユウナからの警告に応じた俺は仲間達にも落ち着くように<念話>で告げた。ユウナからくれぐれも気をつけるようにとは聞いていたが、まさか向こうから本人直々に現れるとはな。
「やあ、爺さん。何か用かい? こっちも時間を潰しているんだ。話し相手になってくれるなら歓迎するぞ」
俺は空いていた隣の椅子を引きながらその爺さんに椅子を勧める。こちらに歩み寄る足取りからして並の爺さんではない事は明らかだ。
流石は元Sランク冒険者である。
「おお、嬉しい事を言ってくれるのう。最近の若いのにしては見上げた心意気じゃ。それではお言葉に甘えようかのう。儂の名はドーソン、ギルドの仕事をしておる爺じゃ。お主は最近名を上げておる<嵐>じゃろう?」
簡単にとはいえ変装している俺、普通に考えればこの地にいるはずのない俺の二つ名をあっさりと口にしてくるとは、この爺さん、やはり本物か。
そうして伝説的存在であり、世界に冠たる冒険者ギルドの総ギルド長こと、元Sランク冒険者にして<古今無双>の二つ名を持つ”世界最強”と呼ばれた男は不敵に笑うのだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
本当に日が開いてしまい申し訳ありません。
更に閑話のくせに続きものとか……長くなりそうなのでここで切りました。
色々と言い訳はあるのですが、全ては私の未熟によるものです。
誠に申し訳ありません。
閑話は私に向いていないようです。他のエピソードを書いては止め書いては止めで時間ばかり過ぎました。
まだやらなければならない話はあるのですが、次話でさらっと終わらせてさっさと本筋行きたいと思います。
次こそ日曜お会いするつもりでかんばります。皆さんの評価が私の萎えそうな気持ちに喝を入れてもらえました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。