閑話 5 野郎だけの飲み会
お待たせしております。
「おう、こっちだこっち」
俺が王都のとある店に入ると、上のほうから聞き慣れた声がかかった。声の先に視線を向けるとクロイス卿が手招きをしている。
「顔を合わせるのはしばらくぶりになりますね。バーニィも忙しそうだったしな」
「そうだね。サラトガ事変の騒動の後片付けが思った以上に長引いたし、僕たちそれぞれもこなさないといけない仕事が山ほどある中であの事件だったから」
そうなのだ。俺もあの事件の翌日にはソフィアを連れてアルザスに旅立ったし、その後も色々あったお陰で通話石での会話はあってもこうして直に三人で顔を合わせるのはあれから始めてだったりする。
「王都は上も下も大混乱だ。下のほうの混乱はオークの大軍の処理に関するものだから、嬉しい悲鳴って奴だが、上の方はもう目も当てられないほどの狼狽ぶりでな。陛下や宰相を中心とした中枢はサラトガ襲来を事実として受け止めていたから対応が早かったがそれ以外の貴族どもは寝言としか受け止めていなかった奴も多くてな。早速責任問題さ」
「僕もそれに巻き込まれて大忙しだよ、ってこれはもう話していたよね」
そりゃあ話す度にあの貴族がどうだのと聞かされていたからな。こいつもこれからそういった貴族間の付き合いが増えるのだから今のうちから慣れておけよと話してはいたが、性格的に合わないものは仕方ない。
「だがそれもようやく一段落さ。アードラーの件も何とか目処が立ったし、一安心ってわけだ」
そういうわけで時間を合わせて飯か酒でもという話になり、今日に至るわけだ。
「ご注文は?」
そこに無愛想な男の店員が現れる。俺達の座る卓を見るとまだ何も置かれていない。彼等も俺のすぐ前にこの店に着いたらしい。
「食い物と酒、どちらに重きをおきます? 俺はどちらでも構いませんが」
二人の顔を見ると、たまりかねたようにクロイス卿が口を開いた。
「出来れば飯がいいな。今日は朝だけでそれから何も腹に入れてないんだ」
既に日も暮れようとしている時刻だ。さぞかし空腹だろうし、多分彼は肉が食いたいのだろう。ここは相当融通の利く店なのでこちらの申し出は通用するはずだ。だからこの店を今日の飲み会に選んだのだ。
「とりあえず肉を焼いてくれ。例の奴な。酒も奥から取ってくるように店長に言ってくれ」
俺の注文に怪訝な顔をする無愛想な店員。接客の仕事はまだ日が浅いのかもしれない。
「お客さん、ちょっと何を言っているか……」
「店長のキールに言えば分かる。俺の連れは猛烈に腹が減っているんだ。どうせ新人だろう? ここで問答をしていないでさっさと伝えろ。これ以上言葉を重ねると後悔するのはあんただぞ」
納得の行かない顔をして無愛想な店員は引き下がった。ここは限られた客しか入れない二階席なのだが、あんな態度の店員を配置しているとはな。下に見える一般の席ではかわいい女の店員が縦横無尽に動き回っているのを見るとこっちは適当な感じを受けるな。
おかしい、二階席は貴賓席だと聞いていたのだが。更にこの奥にある個室は魔導具を使った完全防音であらゆる密談を可能にした特別貴賓室のはずだが、それにしては配置される店員の質がアレだな。
「この店もあのミリアさんの一族が経営しているんだっけ?」
「ああ、お前も参加したあの大掃除で潰したゴミ組織の持ち物だったのを大幅改装したって話だ。貴族だってお忍びで来れるようにこの二階席や奥には個室もある。まあ、その分の席料は取られるけどな」
もちろん俺は全て無料だ。何せそれ以上に値の張る肉や如月の作った酒や異世界の酒も卸しているからだ。特に酒類の売り上げは凄まじいらしい。オーク襲来のお陰で小金持ちになった庶民が日頃手が出ないような額の酒を買えるようになったもんだから飛ぶように売れているらしい。単純に総売り上げが倍になったという。
調理する時間を食う料理と違い、冷やしてある酒を出すだけなので時間効率がどうとか力説されたが、そういうのは玲二とやってくれ。
肉はともかく酒は完全に如月のお陰である。本人はイマイチな出来の酒を売るのに拒否反応があったが、捨てるなんてもったいないと押し切られ売り始めたら大金に化けたのだ。
その金を元手に新たな酒を仕込むべくエドガーさんの商会が酒の素材を買い集め始めていると聞く。ある意味この世界を一番堪能しているのは如月かもしれない。喫茶店運営に酒造り、今度はバーの設計と次々と手をつけているし、これが金になると分かっているエドガーさんもついているから行動が迅速なのだ。
「今度の飲み会もここでやるのもいいかもな。毎度ウチじゃ芸がないしな」
さすがに護衛が必要だから無理じゃないかと思うが、聞けば公爵も若い頃は変装して頻繁に出歩いていたらしい。その血がクロイス卿に流れているのではと問うと、公爵も自覚はしていたらしく苦笑したという。
「飲み会といえばそろそろ再開しますかね? 一段落したらしいですし、こっちも如月の作っている秘密の酒場が大体完成したそうなんで、彼もお披露目したがってましたよ」
「いいねぇ。俺も本格的に忙しくなる前に王都で派手に遊んでおきたいな。ここを離れるとそう簡単に来れはしないだろうし」
俺の転移環を使えば行き来は一瞬だが、現在転移環は枯渇中だ。最初の頃はかなりの数が手に入ったものの、最近はさっぱりだ。とはいえ10個以上手に入れてはいるのだが、番いで対応しなくてはいけないから実際は半分の数だ。それにとある事情で予約分が2揃い必要になっていて彼が得る領地に設置するには相当先になるだろう。これでも毎日ボスを倒しているのだが、魔石やミスリルは出ても転移環はさっぱりだ。
ちなみに現在稼動している転移環だが、
俺が寝泊りするウィスカの”双翼の絆”亭とバーニィの屋敷を繋いだもの。
ウィスカのホテル”紺碧の泉”と王都のランデック商会の如月の私室をつないだもの。
如月の私室とアルザスの屋敷をつないだもの。
仲間は知っているがウィスカの秘密部屋と王都の秘密部屋を繋いだ隠し通路。これはいざという時の逃走用で、仲間以外には存在を教えていない。
の4路線と、セラ先生に献上した一揃いで計10個だ。今手元にはあと一つだけ転移環があるが、一つじゃただの輪っかなので意味はない。
既に秘密の部屋の意味があるのかと疑問もあるがそれはそれだ。せっかく隠し部屋を買ったのだし、危機に備えておくのは意味のあることだと思う。
クロイス卿の叙爵の事を口にする前に料理がやってきた。分厚く切られたでかいステーキとキンキンに冷やされたラガーだ。これだよ、これ、と喜色を浮かべるクロイス卿だが、俺は料理を持ってきた店員に文句をつけた。
「さっき来た奴はなんなんだ? あんなのにお偉方の接客をさせる気か?」
「うっさいわね。もともと二階席の営業をする気はまだ無かったのよ。それをあんたが無理矢理ねじ込んでくるから研修中の新人を入れるしかなかったの!」
俺の文句に答えたのは今やこの南地区はおろか、王都全体に深い根を張りつつある一家の頭であるリノアだった。
彼女からこの店が開店すると聞いて、じゃあそこで野郎連中で集まって飲むから場所を貸せという話になったのだ。
「予約は基本的に受け付けないんだから、あんただけ特別なのよ。そこんとこ解ってる?」
「それはわかってるさ。その分貢献してるだろ? 帰り際にいろいろ置いていってやるから後で欲しい一覧寄越せ」
「おいおい、話は後にしろよ。肉の最高の瞬間が逃げて行くぞ」
焦りを隠そうともしないクロイス卿の声に頷いた俺は<アイテムボックス>から様々なソースを取り出してゆく。このタイラントオックスの肉は塩で焼いただけでも最高に美味いが、途中でソースを掛けるとその表情をさまざまに変えてゆく。二人もそれを知っているのでなにも言わずに分厚い肉を切り分けてゆく。
「じゃあ、後でリストを持ってくるわ。それとこのソースちょうだい」
俺の言葉を聞いて、さっきまでの怒りはどこへやら、玲二が創りだした和風ソースを上機嫌で持ち去って階段を下りて行くリノアを尻目に俺達は焼きたてのステーキに挑みかかった。
「いやぁ、こいつはいつ食っても最高だな。それに冷えたラガーとの相性も申し分ない」
ひたすら肉を貪って腹のくちくなった俺達は酒を片手にとりとめもない事を色々と話してゆく。
俺はアルザスで出会った他国の王子王女の話を、二人からはアードラーさんたちの王宮での話や、オーク連中の後始末の話を聞いている。29層の話を二人は聞きたがったが、飯のまずくなる話題なのでここではしないことにする。ああ、思い出すだけで腹がたつ。今日は27層で魔剣を手に入れたので結果的にはよい日なのだが、今日も階段までの距離が長くて29層の探索は殆どできなかった。
「アードラーはこっちの目論見通り、王国の救世主になった。陛下から獣王国への親書も書いてもらえる確約を得たし、王都での人気もあんな感じだ」
クロイス卿が階下を指差すと、その先には複数の吟遊詩人が彼の英雄譚を奏でている。比較的長い曲のようだが、それが終わると銀貨の雨と共に再演奏の依頼が止む事はない。
「こりゃ凄い。吟遊詩人達も書き入れ時だな。最初はこっちで色々画策したが、もうそんなことしなくても勝手に広まるだろうな」
アードラーさんに英雄になってもらう事は確定事項だが、それを広く知ってもらうためには彼等に謳ってもらう事が一番だ。娯楽の少ないこの世界では歌や大道芸には人が多く集まる。新大陸に戻る前にこちらで覆せないほどの評価を固めておけば、もしあちらで最悪の展開になってもこの国に逃げ帰る選択肢が生まれるだろう。
「夜会の誘いもひとまずは落ち着いたが、あいつの部下ともども暫くは王都から離れてもらっている。宮廷のくだらない雑音を聞き流せるようなら問題ないがあいつの性格じゃ無理だからな。むしろ今までラコンの為によく耐えたよ」
異変の調査の時のように、北の森で夜営をしているそうだ。獣人の彼等にとって王都などよりあそこが一番安らぐ空間だろうしな。
「どのみち新大陸への船がやってくるのはまだ先でしょう。年明けごろでしたっけ?」
季節風の関係でラコンたちがやって来れたように新大陸からこちらに来るのは容易だが、向こうへ行くのはかなり難儀するという。急ぐ時は風魔法使いを雇ってマストに無理矢理風を当てて速力を稼がないといけないらしい。
「予定ではな。俺もついていってやりたいが、叙爵の時期がちょうど重なるから流石に同行するわけにはいかないんだ。まあそれはバーニィも同じだがな」
「へえ、バーニィもとうとう爵位を継ぐ日取りが決まったのか」
新たなリットナー伯爵家の門出を祝おうかとグラスを傾けたが、当の本人の顔はあまりにも暗かった。
「ああ、今から気が重いよ。クロイス卿のお側で色々勉強させてもらっているけど、とても自分に出来るとは思えないよ」
「まあ、やる前からそんなに決め付けるなよ。家宰もいるんだろ? 最悪その人に全て任せてしまう手もある。フェンデルさんも教団の高司祭があるから家の管理は殆ど任せ切りだったらしいじゃないか」
バーニィは最近爵位を継ぐ関係でその仕事に忙殺されていた。そのお陰か解らないがサラトガ事変では憂さ晴らしのためか大暴れしていた。半刻(30分)足らずの間に2000近いオークを殲滅しており、その戦果の中には2体のジェネラルオークも含まれていた。Sランク冒険者であるライカを前面に押し立てる計画のため日の目を見なかったが、単純な撃破数では俺に次ぐ数だ。
バーニィの実家であるリットナー伯爵家は王国の祭祀を司るだけでなく、家格は王国の序列8位で伯爵家筆頭の地位にある。もちろん広大な領地を任されており、その管理も仕事に含まれる。これまでは代官を置いて大事無く統治してきたが、その仕事量の多さに始まる前から悲嘆にくれているというわけだ。
戦いになると死を恐れないのかと思うほど勇敢なんだが、平時の彼はいつもこんな感じだ。もうこれは治らない性格なんだろう。
「そっちも大変だろうが、こっちはもっと悲惨だぞ。領地で使う手勢は集めつつあるが、準備の途中でサラトガ襲来だからな。予定が全部吹き飛んだ」
「でもそう悪い事ばかりではないでしょう? クロイス卿が冒険者を率いて数多くの敵を倒した事は王都の民に知れ渡っています。吟遊詩人の歌にも名前が出てるって聞きましたよ?」
サラトガ事変の初動を任されたクロイス卿は騎士団の指揮権こそ与えられなかったが、実力者揃いの冒険者を指揮して多くの戦果を上げた。それに英雄であるアードラーさんの友人である事は英雄譚に謳われていて、彼の偉業の手助けをしたと王都の民はみんな知っている。災い転じて福となったはずだ。
「それ込みで要らんやっかみも多いぜ。もっと根回しして味方を増やしておくんだったぜ。だが25000のオークが来襲なんて誰も信じなかっただろうがな。俺もお前と共に現場にいないととても信じなかっただろうさ」
その言葉でそれまで暗い顔で酒をちびりとやってきたバーニィが顔を上げた。
「そういえば玲二が変な事を言ってたんだけど。ユウキがわざと敵を水増しして事を大きくしたって」
「なんだと!? どういうことだそれは!?」
冗談の通じなさそうな顔のクロイス卿にさっさと白旗を上げた俺は、声を顰めて事情をかいつまんで話す事にした。そして口の軽い玲二に<念話>で文句も忘れない。
「そりゃしょうがないでしょう? 最初はゴブリン3000でした。王都の城壁を使えば騎士団の兵力でも十分対応可能でした。城壁の外のスラム街は地獄絵図でしょうが、許容できる被害と偉いさんは受け止めるでしょう。そんな状況でアードラーさんが活躍したってすぐ忘れ去られますよ。だから事を大きくして誰もが忘れないような大英雄になってもらったんです」
「お前のいいたい事は解るが、王都の民を危険に晒したのは事実だぞ」
「正直王都の心配よりもラナやラコンたちのほうが優先度は上でしたし、どの道3000でも25000でも大した差はなかったでしょう? それに味方の殆どいない獣王国で立ち回るより色々手が回せるこの国で出来る事はやっておきたかったんです。ただサラトガの変異には驚かされましたが」
俺の言葉にクロイス卿はまだ納得いかなそうだが、結果としては最上の物を得られたので多くは言わなかった。
「それより聞きたかったんですが、最後に人払いして話した中で人の名前があったでしょう?」
俺の言葉に彼はどこか遠くを見つめて話しだした。
「ああ、リッケルトの件か。別に隠すような話でもないし、どのみち獣王国では知られた名前だから、向こうに行ったら嫌でも聞くだろうから先に言っておくか。リッケルトは俺の、俺達の仲間だった男だ。この大陸で出会って意気投合してな、新大陸でもう一人仲間を集めて長いこと共に冒険していた。だがあるダンジョンで探索に失敗して瀕死の重傷を負った俺達に輸魂の秘術を行い、奴は俺達に命を分け与えて死んだ。そんであいつは修道士でな、得意技が<鋼体功>だったのさ。だからアードラーが口にしたんだ。実にお節介な野郎だったから、冥府から助けに来たんだろうさ。そして俺達の苦境を知ったアードラーが駆けつけたときには既に輸魂の秘術を使い終えた後だった。最後の言葉をアードラーに残して奴はこの世を去った」
過去の傷跡を話すクロイス卿の顔はなんとも名状しがたい表情をしていた。苦しんでいるような、懐かしんでいるような、誇らしげでもあり、苦悩しているようでもあった。
「それは、すみません。気軽に聞いて良い話題ではなかったですね」
「いや、それは構わないさ。獣王国じゃ有名な話しだし、獣人達の性質を知ってるだろ? あっちじゃあいつは英雄扱いさ。それに輸魂で俺は貴族として死んだような扱いになったが、全く後悔しちゃいない。何よりこの跡があいつと今も共に生きているような実感を抱かせるのさ」
二の腕をまくって輸魂の跡を見せる彼の顔はどこか嬉しそうだった。それだけでその仲間がいかに彼にとってかけがえのない存在だったかを理解させた。
「だが、やはり奴の死は残った俺達二人に大きな影を残した。あいつは新たな仲間を募ろうと言って来たが、俺はどうにもそんな気になれなかった。仲間を失った事が初めてだったし、奴以外の仲間を入れて冒険する気もなくなってた。そうなると自然、あいつとも衝突が増えてな」
仲間とぶつかった事を悔いているのだろう、先ほどまでは見せることの無かった苦い顔を見せる彼に俺はさらっと爆弾を放り込んだ。
「その”紅眼”の事が忘れられないから、妻を娶らないんですか?」
「な!? 何を言って……さてはアードラーだな!?」
滅多に見せないクロイス卿の狼狽した顔を見て、俺は自分の想像が当たっていた事を知る。飲みの席でクロイス卿が席を外した際に、必ずといっていいほど公爵が彼の結婚話を口にするのだ。
あの馬鹿息子は誰か心に決めた娘がいるのだろうかと、そしてその詳細を俺に探るように頼んできたのだった。この件は既にアードラーさんから情報を得て公爵にも報告済みだが、これは公爵が親馬鹿を発揮しているわけではなくもっと深刻な問題だった。
クロイス卿はもう間もなく爵位と共に領地を賜る。その場所は公爵の政敵どころか国王にさえ何かと反抗的な北部公爵の縄張りである。この叙爵は国王の肝煎りで撤回される事は絶対に無く、クロイス卿も覚悟を決めて挑んでいるし俺も何かと手助けしているが、ここでひとつ問題があった。
クロイス卿がいまだ独身なのである。
貴族にとって婚姻は政治的な意味合いが強い。いやそのような意味合いしかない。もし万が一、北部貴族の娘にクロイス卿が惚れて結婚でもしようものなら全ての計画が破綻するだろう。
彼もその程度の事を解っていないとは思えないが、国王も公爵も何かにつけて彼を結婚させようとしてきたし、彼は町を歩くだけで女が振り向くほどの美丈夫である。血筋がどうあれ公爵家の係累である彼は、下級貴族の娘達から寄せられる縁談話は引きも切らないという。
そもそも彼は既に30代後半になろうかという男で、貴族世界で見れば結婚していない方がどうかしている。新大陸での行動から後に明確に否定されたが、性的不能者なのではないかという噂さえ立っていたほどだ。
本人は輸魂の秘術で貴族としては死んだ事を理由に縁談を断っているようだが、その”紅眼”に未練があるのは明らかだった。
「惚れてるなら迎えに行けばいい話じゃないですか。いくら時間がないとは言え新領地を貰う前に身を固めると言う話なら誰もが諸手を挙げて歓迎するはずです」
詳しい人となりまでは仁義に反するのでアードラーさんから聞いていないが、たとえ平民でも抜け道はいくらでもある。とはいえ二つ名持ちの冒険者は貴族の血が入っていることが多い。貴族は魔力総量が多いので活躍しやすい素養があるからだ。なので身分的にはあまり心配していない。
「いや、そういう話じゃなくてだな……」
なんとも煮え切らない彼をバーニィと共に強い酒で酔わせて事情を聞きだすことに成功したのだが、なんとクロイス卿はその”紅眼”に別れを告げずにこちらの大陸に戻ってきたらしい。
「いや、置き手紙はしたぞ。だが、兄貴たちの訃報を聞いて居ても立ってもいられなくなってな。リッケルトを亡くして冒険者稼業に見切りをつけていた時期だったが、あいつはまだやる気だったはずだ。揉めるくらいならいっそだな」
「判決を下します。クロイス被告、有罪」
「いや、俺だって言いたい事はあるぞ。まあ、俺が悪いのは確かだが」
俺の無慈悲な宣告に彼は憮然としたが、自分もやらかした事は自覚しているらしい。それでもまだ未練を引きずっているんだからなんともはやである。
ここに女性が一人でもいれば大糾弾大会になったのだろうが、ここには幸いなことに野郎どもしかいない。男の立場になれば踏ん切りがつかないのもわかる。
「確かに今更関係を修復したいとは言い出しづらいですね。俺も同じ立場なら悩みますよ。でもこの件は早めに片付けないと公爵や、下手すれば王命で無理矢理結婚させられちゃいますよ」
「それは、そうなんだが……」
「ちなみにラコンに聞いた話ですが、今”紅眼”はセレナさんでしたっけ? ラナのお袋さんと共にいるようです。アードラーさんとラナの一件が伝わって微妙な立場になった彼女を助けているようです」
「あいつが? そうか……実にあいつらしいぜ」
ラコンがクロイス卿には黙っておいて欲しいと言われたのだが、彼の様子を見れば情報を与えた方がいいのは明らかだ。今も仲間の行動を誇らしげに受け止めている。
公爵には機会があれば他の娘と一緒になる道を諭して欲しいといわれていたが、こりゃ無理だろ。
大人しく俺がさっさと獣王国に行ってそこから転移環で無理矢理二人きりにしたほうが話が早そうだ。
俺は最近全く転移環を出さないキリング・ドールをせっせと倒す日々を続けるのだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
去年はこの時期毎日更新していたのですが、文字数的には一日3000文字と同じ分量なのでこのペースを維持させて下さい。そのうちしれっと毎日更新するも知れませんが。
閑話が続いておりますが、もうちょい書きたいことがあるので続きます。どうかお付き合いいただけると幸いです。この話にある新大陸編はちょっと変則的なやり方で導入する予定です。
皆様の閲覧、評価ポイント、ブックマーク本当にありがたく感謝しております。これからも頑張ってまいりますので何卒よろしくお願いします。