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閑話 3 転職  

お待たせしております。




 その店は学院から徒歩数寸(分)の距離にあった。立地が示すとおり、往時には多くの学院の関係者が利用した人気店だったという。



 だがそれにしては外観がいささかおかしい。ここもこの街に時折見かける明らかに店舗には見えない民家のような作りになっている。これじゃ新規の客など期待できないのではないかと思ったが、どうも秘密主義の気がある学院の生徒や私塾に通うもの達にとっては知る人ぞ知る隠された店というのが大変お気に入りらしい。


 誰も知らないような店の存在が綿々と口伝として受け継がれてゆく。あの店は教授の研修室御用達の店とか、学生寮の生徒には合言葉を言えば特別な割引をしてくれる定食屋など、選ばれた人間だけが受けられる学問を修めているという自信をくすぐられるらしい。


 この店もかつてはそんな店だった。何しろ店の入り口が通りに面していない。通りにあるのは木窓だけで出入口はそこから横に入った場所にあるという完全に事情を知らねば入る気も湧かない店だ。


 俺がこの店の存在を知ったのは、前に協力を取り付けた喫茶店”アカシアの止まり木”の女主人からの情報提供だった。今ではほぼ完全に俺達専用の店と化しているあの喫茶店で俺はほかにもこんな隠れ家的な店を探していると口にしたのだ。


 イヴァンナという女主人に話をした理由は所謂『名店は名店を知る』理論でその彼女も認める店があれば他にも行きつけにしたかったからだ。そして俺達が入り浸れるような寂れた店であればなお良しという結構な無茶振りだったが、こんな秘密の店が色々あるアルザスでは結構問題を抱えている店もあるという。

 この店もかつては賑わいを見せていたが、店主が数年前に死亡し、懇意にしていた学院の教授が現場を離れると一気に客が離れていった。限られた層をガッチリ掴む商売はうまく行っているうちは安泰だが、その層が離れると容易には挽回できない負の面もある。


 だから商人としては不特定多数と商売を行い、常に新規開拓を心掛けてゆく必要があるのだと前に酒の席でエドガーさんがしみじみ語っていた。ランデック商会も一時期はアルザスに支店を構えていたが、彼の受難で店は畳まざるを得なかった。再起を期すべく今は物件を探しているようで、王都の商売が完全に軌道に乗ったので彼とその部下達は今屋敷に泊まって生活しているのだ。


 イヴァンナも自分の同業他社を紹介する気は無かったようで、喫茶店ではなく料理店の名を教えてくれたのだが、実際に行って見ると確かに大問題を抱えていた。だが、他人の俺が簡単に俺が解決できる類いの件だったのでその恩を盾にこちらが店の権利を買い取り、店主を雇いという形にして玲二の協力を得て俺達だけの店が完成したのだ。


 文字通り店舗は俺達だけの契約としたので他の客が入ってくることはない。そもそも存在を知らねば入り方も解らないような店だし、外装も手を加えて客商売をしている店には見えなくなっている。ここに飛び入りで入る客は居ないだろう。



「よう、入るぞ。ちっと早いが、もうやれるかい?」


「客か? 悪いがウチはもう客相手の商売は……ってオーナーかよ。予定より早いじゃねーか。仕込みはすんでるから始めようと思えばいつでも出来るぜ」


 扉を空けて入店した店内に居たのはまだ若い男だった。その手にはこの世界ではありえない有色の雑誌があり彼はそれを読み込んでいるようだった。もちろん俺達が渡した異世界の料理の雑誌である。こちら側に取り込む際に玲二が色々渡していたのを思い出した。


「ちょっと予定が狂って大勢で押しかけたが、問題ないか?」


「ああ、これ一本に絞ったお陰で大量オーダーにも最少人数で対応可能よ。始めに聞いたときはどうなる事かと思ったが、凄ぇ効率的だわこれ」


「ちょっとセディ! オーナーさんをご案内もしないでなにやってんだい! ささ、どうぞオーナー。今皆さんのお席をお作りしますからね。まあ、なんて綺麗なお嬢様方なんでしょう!」


 店の奥から出てきたのは中年のオバちゃんだ。この店の元店主のセディの母親で俺がこの店を買い取る時に渋る息子を叱りつけて、俺に譲るように説教してくれた人だ。名はナディアさんといい、周囲に名の通った肝っ玉母ちゃんだ。

 横にも大きい丸っこいオバちゃんなんだが、長年客商売をしていただけあって客あしらいはお手の物だ。



「じゃあいつものでいいか? といってもウチはこれしかねえけどよ」


「最初は基本でやってくれ。変り種は後でやってくれればいいさ。とりあえず15食な」


 ここにいる面子はソフィア、ジュリアとメイド3人、雪音に招待したセシリア講師の俺を含めて計8人だが、倍近い食数を注文した。もともとこの話をしていたから後で玲二も来るだろうし、1食で終わるはずの無い奴が二人居るからだ。相棒は講義中から今も俺の懐で爆睡中だが皆が食べ始めたら起き出してくるに決まっている。


 事前に沢山食う奴が居ると伝えていたので数にも驚きを見せなかったセディは厨房で準備を始めた。

 片手鍋を幾つも並べ、魔導具のコンロで火にかけてゆく。この調理器具も全てこちらで準備した。準備といっても金を掛けたわけではなく手持ちの魔導具と<アイテムクリエイト>で玲二が作り出したスキレットとかいう手鍋を大量に作って渡しただけだ。

 スキレット以外大した手間ではないのだが、ナディアさんには大層感謝されてしまった。


「あれほどの器具を一から集めてくださって、本当に感謝してますわ。あのロクデナシがあれほど真剣に仕事に取り掛かったのは何年振りでしょうか」


「もともと才能があったのは解ってましたから。それに何より私たちは彼の才能に投資したんです。そのせいでそちらにも随分とご迷惑をお掛けしたはずですし、礼を言われる事など」


「何を言いますの! あの馬鹿がろくでもない事をしでかしたのを救ってくださったのはオーナーですよ。これで恩を感じないようではアルザスの男として生きてはいけませんし、何より私が許しません」


 バツの悪い顔でその会話を聞いているセディだがその腕は絶え間なく動いている。コンロの口が9つなので同時にそれだけの数が作れる事になる。人数的にもちょうどいいはずだ。玲二はいまだ授業中なので終わったらこちらにやってくると<念話>があった。


 セディの手際は見事なものだった。こちらからは手元は見えないが、9つのスキレットを同時に調理しつつも他の準備も行っている。冷静に考えれば一人で15食もの数を突然に言われては無理と言いたくもなるが、彼はそれをできると思ってなにも言わずに厨房へ立った。己の腕に自信を持っているのだろう。




「これは……一体」


 程なく俺達の前に提供された皿の上にはなんとも形容しがたいものが置いてあった。俺は知っているのだが、言葉にすると……ちょっとあれだ。楕円形の具材の混ざった飯の上に同じ形の卵焼きが乗っかっている。

 飯と卵が二段重ねになっている状態で出てきたのだが、これが完成形ではない。料理人のセディは既に次に取り掛かってしまっている。ある意味演出なんだが、ここは俺がやれということなんだろう。


 俺は卓の上にあったカトラリーのナイフを取るとまずは客たるセシリア講師の側に立った。そして彼女の前に置かれている皿の上にある卵焼きを横一線に切り裂いた。


「あッ……凄い」


 切り裂かれた卵は完全な半熟でその中身が皿一杯に広がった。やはりセディはいい腕をしている。玲二が結構回数をこなしたといってたが、本番でこうまで美しく半熟に仕上げてくるのは見事だ。俺がやった時には火を通しすぎてしまい完全に中身が固まってしまった。<料理LV7>のスキルが完全に死んでいるが、こればかりは毎日仕事として料理をしている人と同じはずもない。セディが<料理LV4>なのはこの際置いておく。


「兄様、ここはオムライス専門店なんですね!? すごいわ、動画でしか見たことなかったのオムライスに出会えるなんて!」


「ああ、玲二がこの店をそうすると決めたらしい。最初は一番基本の”おむらいす”だが、他にも色んなソースがあるから試して見るといい。その分一つ一つはかなり小さめに作ってもらったから」


 これは絶対に外せないと玲二が言い切った赤いソース(トマトソースではないらしい)の他にも数種類のソースが用意されている。


 下の具材が混ざった飯にもいろんな種類があるそうで、セディはいずれはそちらにも手を広げたいと言っていた。大変じゃないかと訊ねるも、以前やっていた料理屋のほうが品数は多かったらしいのでこの程度は全然平気らしい。


 皆のおむらいすを切り開いて笑顔で口に運んでいる中、じゃあ俺もそろそろと思い始めた時、


「おかわり下さいな」「私も頂こう!」


 レナとジュリアの元気な声が店に響いた。分かっちゃいたが早いな! 俺はまだ手をつけてさえいないんだが。やはり二人用は大盛りにしてもらうべきだったか。

 だが前にそんな話をしたら、皿に載せる卵を更に巨大化させねばならず、スキレットに入りきらないから無理という話で落ち着いたのだが、ここまで素早く完食されると大盛りも必要な気がしてきた。


 とりあえずセディの準備はまだ出来ていないのでまだ起きてこない相棒用の一つと手のついていない俺の皿を二人にくれてやった。

 これを見越して15食と告げていたが、もう15食ほど追加した方がよさそうだ。



 一応セディには毎日30食分は作る様に頼んでいる。店舗だけでなく食材も全てこっち持ちの上、その日に余った食材は料理して勝手に売って良いと契約を交わしているので、毎月の俸給を保証した上に自分で調理した料理の利益は彼のものとなる。俺達は入り浸れる都合のいい場所が欲しかったので互いに良い取引となった。


 ちなみに沢山作ってもらったのは食べる奴がこの場に居るものたちだけではないからだ。セラ先生の店で勤務しているレイアや先生に姉弟子、今はウィスカのギルドに居るユウナ、更には公爵邸で遊んでいるイリシャや子供達の分まで確保してこの量である。

 仕込みさえ終わってしまえは後はひたすら卵を焼くだけだし、セディは同時に9つまで一気に焼けるのでそこまで手間ではないようだ。

 最初は苦労したといっていたが、火加減をそれぞれ変えることで焦げ付かせることなく同時焼成を可能としているらしい。やはり職人とは大したものだ。


「いかがです? 講師の口に合いましたか?」


「こんな贅沢で楽しい食卓は初めてです。ソフィア姫のお噂は耳にしていました。ですがこれほど明るい方だとは思いませんでしたが、それは貴方が居たからだったのですね。姫様はとても幸運な方です。世の誰しもが絶望の底にあって手を差し伸べてくれる訳ではありませんから」


 そう答える講師の顔はどこか暗い影が見えた。


「自分が特に何をしたわけではないと思いますが……」


「いえ、私のこれまでの不運は兄様に出会うために必要な事だったのだと今は確信しています。もしあの時、兄様の慈悲に縋れていなければ、私の命は無かったでしょう。今の私は世界一幸福な女ですと胸を張って言えますわ」


 ソフィアの顔は自信に満ちており、心からそう思っていると他人にも理解できた、その顔を見たセシリア講師は隠しきれない羨望の表情をしていた。

 いかんな、昼食に招待してなんでこんな暗い空気になっているんだ。



「ちょっと待ってください、その言葉はどうかと」


 おお、雪音がこの空気を察したのか助け舟を出してくれた。ありがたいぞ。


「世界一幸福な女は私だと思います。ソフィアさんはセリカさんと同率二位くらいではないでしょうか?」


 いや、それはどうでも良いよな? 今は暗い顔になっているセシリア講師を元気付ける流れだろうに。


「セシリア講師、身内が阿呆な話ばかりで申し訳ない。ここの店主には話をしておきますので、もしお気に召されたらいつでもこの店を訪ねるといい。その際はいくらでもご馳走する」


「本当ですか? それは嬉しいです、どうもありがとうございます」


 なんとか彼女の顔に笑顔が戻ったが、今度はソフィアと雪音が不機嫌になってしまった。どうすりゃいいってんだよ。





「お、やってるな。セディの旦那、調子はどうだい?」


 ようやく授業の終わった玲二がこの店にやってきた。既にこちらは食事を食べ終わって茶を飲みながら食休みの真っ最中だった。


「よう玲二、お嬢様方にも評判は上々だぜ。俺もこれを食った瞬間に衝撃が走ったからな。間違いなく売れるぜ」


 俺の近くの席に座った玲二は出来上がったばかりのおむらいすを受け取った。今日はこれが最後の品になる。材料自体は沢山あるので作ろうと思えば作れるが、仕込みから始めるので相当の時間がかかる。

 それでも俺の<アイテムボックス>には仲間やその周囲の人たち向けのおむらいすが収納してある。

 一報は入れてあるのでそれぞれの食事の時間になれば受け取るだろう。イリシャたちのほうにはユウナが渡してくれる手筈だ。


「売るんなら弁当方式になるだろうが、出来れば学生に売ってやって欲しいな。寮の食事は正直アレだからさ」


 専門店の考案者とその当事者の会話は続く。


「学生さん相手ならそう高値にもできねぇな。うーん、銀貨一枚(千円)ってところか?」


 それまで黙って話を聞いていた店舗責任者(俺が任命した)のナディアさんが慌てて静止した。


「何を馬鹿な事を言ってるんだい! 貴重な卵をこれでもかとふんだんに使ったこの料理がそんな安値で売るわけにはいかないだろうに! オーナーさんの温情に唾吐くような真似はアタシゃ許さないよ!」


「い、いや、だがよお袋。玲二の言うとおり学院の学生相手に高値商売しても仕方ないだろう。ここは利益度外視で」


「そんな事をしてるから店を左前にするんだよ。死んだ父ちゃんもあんたに料理の腕だけじゃなく金勘定も教え込むべきだったね。似たのは博打好きなとこだけじゃないか! こちとら慈善じゃなくて商売してるんだよ、世の中オーナーさんのような素晴らしい方ばかりじゃないんだ」


 ナディアさんの剣幕に息子のセディもたじたじだ。この男、料理人としての腕は玲二も認めるほど申し分ないが、料理人としては合格でも経営者としての才能は皆無に等しかった。


 値段を問わず最高の食材を揃えるのはいいが、この額じゃ売れないと平然と安値で提供してしまう。もちろん残るのは借金ばかり。そのくせ借金は博打で取り返して見せると賭場に行き、借金を更に増やしてしまう有様だった。


 俺がこの店に玲二と共に初めて寄った時も借金取りが店に押しかけている最中だった。


 だが俺は借金取りが世界で一番嫌いな男である。ガタガタ抜かす屑どもを追い払うと二人に店舗契約を持ちかけたのだった。

 普段なら一蹴されて終わるような内容だが、この親子にだけには魅力的な提案だった。借金の金額的に店の設備はおろか店全体が差し押さえを食らいそうな額であり、店舗が俺の物になれば少なくとも借金取りがこの店を狙う事はなくなる。そして何より契約期間はソフィア達が卒業するまでとしたので、彼等としてみれば数年間店の権利を渡すだけで相応の額が手に入ることになるのだ。


 一国一城の主として一度は俺の提案を渋ったセディだが、ナディアさんの一喝で素直に折れた。元が完全な彼の失敗なので母親の怒声に逆らえるはずも無かったが。


 そして手付けとして金貨100枚を渡すとナディアさんはまず息子の借金を清算しようとした。

 だが屑の生態に詳しい俺が割って入り、まずはその借金取りを調べてみたら案の定相当性質の悪い屑どもだった。

 始め金貨5枚だった借金額もあれよあれよと増え続け、逆転のために博打(既にそこが間違っているが)をした賭場もグルだった。


 ちゃんと計算すれば借金の総額は金貨50枚ほどだが、彼等は金貨100枚を要求してきたという。ここにいたり屑に遠慮をする気は無かったので()便()()話し合いをした結果、円満に解決する事ができたというわけだ。

 もちろん借金自体は無かった事にはならないので払うべき額はきちんと支払った。もちろんあちらは頭が悪いので諦めも悪かったが、その場にいた全員の手足が逆に折れ曲がる事態になると、とても素直になってくれた。

 やはり人間素直が一番である。



 そうして俺は皆で来れる隠れ家的店舗をまた一つ手に入れ、彼等は誰にも脅かされる事なく最高の料理を作ることが出来るようになった。最近また環境層の食材が溜まり始めたから消費も出来て一石二鳥、互いに得のある良い話である。



「話は変わるけどさ、旦那の方でもこれと似た様な話はあるかい? この店もいいが、毎日オムライスって訳にも行かないしさ」


「そんな! 玲二さん、私は毎日オムライスとか最高なんですけど!!」


 この他にもいくつか店舗を発掘したい俺達はセディにも尋ねてみたのだが、その言葉を聞いたレナが立ち上がって猛抗議を始めた。彼女の頬にはごはん粒がくっついており、ちょっと間が抜けていてかわいい。だがレナよ。雪音が小さなおむらいす一つで満足した理由を知っているか? こいつはとても太りやすいらしいぞ。


「レナ、控える」


 同じメイドであるアンナが彼女を座らせ、頬のごはん粒を取ってやっていた。その姿はとてもジュリアと二人でそれぞれ5回おかわりした恐るべき胃袋を持つとはとても思えない年相応の幼さだった。


「そっちだって毎日俺達が来ちゃ儲かんないだろ? どこか良い店知らないか?」


「そういうことなら心当たりがある。親父の代から続く名店で、お前達の住む屋敷の近くに鮮魚を使った店がある。これまたウチみたいに表立って看板を出してないお前達向きの店だ」


 今の言葉に引っかかる点があったが、玲二も気付いたようだ。


「鮮魚!? この近くに海はおろか川もないアルザスで?」


「ああ、あの店を知る者はみんな不思議がっていたが、確かに鮮魚だった。聞いた話じゃ締め方を工夫して鮮度を保っているとか言ってたが、流石に限界があるだろう。それはいいとして、今は色々ヤバいのは確かだ」


 何か特殊な方法を用いているんだろうな。この学術都市アルザスだから懇意にしていた学院関係者がいてもおかしくない。


「まあそれは今はいいや。何がヤバいのか詳しく聞けるか? 同業の仁義があるなら深くは聞かないが」


 俺の言葉にセディは首を横に振った。彼はどこかバツが悪そうに口を開いた。


「あそこの店主、リーガンというんだが、あいつは俺以上の博打狂いだ。賭場で聞いた話じゃ店も既に博打のカタに入れちまったらしい……」


「この街の店主は博打に入れ込んでなきゃいけない規則でもあるのかよ!」


 思わず叫んでしまったが、呆れてものが言えないとはこの事だ。博打に入れ込んでいる事はもうどうでもいい。このセディもまだ賭場通いをしていると聞いている。

 娯楽の少ない世界だし、もし身を持ち崩しても俺が店舗を買い取ったことで住む場所や生活の基盤を奪われる事は無くなった。

 もし俺が博打を止めろと命令してたとする。暫くは大人しくしても、結局彼は賭場へ行くだろう。人の性格とはそういうものだし、この世界の男は”呑む打つ買う”ができて一人前というような価値観がある。

 この場合、頭が悪いのは賭場側だ。こういった定職を持つ馬鹿は生かさず殺さずで長期間金を吸い取るのが正解で、大負けさせて破滅させてはそれ以降金を吸えなくなる。ある程度で止めさせるほうが賭場として正しい判断なのだと、実際に賭場をシノギとしていたザインに聞いたことがあり、なるほど確かに経営する側の理屈だと感心した覚えがある。



 だが間違っているのが賭場だとしても実際に借金をしているのは事実だ。もう既に手遅れかもしれないが、もし人がいれば戯れにどうやって鮮魚を提供し続けいるのか聞いてみるのもいいだろう。


 俺は皆を学院に送り届けた後、午後の授業が無いらしい玲二を伴ってその店に出向いてみることにした。




「屋敷から見て北側で、壁が青色だからすぐ見分けがつくらしいが……」


「でも屋敷がある方向って、あんまり店が無いよね、大きい建物は教会くらいなもんだし」


 俺についてきてくれるのは玲二とリリィだ。当然のように昼食中に目が覚めたリリィはこれまでの遅れを取り戻さんと猛烈におむらいすに戦いを挑んだ。既にレナもジュリアも満足していたので誰も取りゃしないんだが。


 この街の教会は実に立派な建物だ。一番大きな物は魔法学院の校舎だが、掛かっている金では教会に軍配が上がるだろう。色取り取りのステンドグラスや壁の装飾は掛けている時間と金を容易に想像させた。


 王都での教会はとんと縁がなかったし、ウィスカには小さな教会しかなくて気にも留めてなかったのだが、教会に入ってゆく人物を見ると明らかに冒険者と見られるものたちの出入りがあったのだ。

 特権階級が教会を、その他の平民が神殿を多く利用するものだと思っていただけに冒険者が教会に出入りする光景に違和感を感じた。意外と敬虔な信者で祈りを捧げるために通っているのだろうか。



「教会に冒険者が行く理由? そんなの転職をするために決まってんじゃん! って、ああ!」


 転職? なんだそれ、聞いたことないな。


「えっと、その顔はやっぱマジで知らなかったっぽいな。てっきり敢えてそのままにしていると思ってたぜ」


「いやー、だってさぁ、村人も結構便利なんだよ。均等にステータス補正がかかるから尖った能力値にならないバランス型でさ。魔法前面で戦っているとはいえ、他のステもあったほうがいいし、誰も困ってないからつい放置してた」


「そういうことだったのか。俺はてっきり最強の村人プレイ中なのかと思ってたが、ユウキはそんなこと拘る性格じゃないし、隠しているような感じでもなかったがマジで知らずに放置してたのか」


 二人で俺の知らない事を延々と話しているので、俺にも分かるように説明してくれ。


「えっとねー、どこから説明したもんかなぁ」


「俺? うーん、自分の言葉が正しいか自信がないんだよな。この世界、ゲーム風に見せかけてあるけど絶対ゲームじゃねーし、俺の知識で語ると落とし穴がありそうだ」


 二人がどうしたもんかと唸っていると、天の助けが背後から現れた。


「ユウキ様、差し出がましいようですが、私がご説明いたします」


「おお、ユウナか! 始めから君に聞けばよかった話だな。冒険者の事は冒険者に聞くに限る」


 屋敷の転移環でこちらに移動してきたユウナが俺と合流したのだ。彼女は実際に見たほうが早いと告げると教会の中に連れて行こうとしたが、一応俺達は店を探すという用事がある。それを話すとユウナは既にその店の存在を知っており、先に案内してくれたのだが今現在は店の主人も外しているようで、また後で来るとして俺達は教会の中に入った。



「あちらをご覧ください。あそこの司祭が冒険者に祝福を与え、望みの職を与えます。転職自体も有料ですが、別途料金を支払うと本人の能力値から適した職を提示してもらうことが可能です」


 へー。そんなことが可能なのか。だが、彼女は根本的な事を説明していない。そもそも”転職”って何だよ。


 俺の視線を受けて合点がいったのか、一人で大いに納得した顔をしたユウナはリリィに顔を向けた。


「ああ、やはり概念そのものをご存じなかったのですね。流石はユウキ様です、貴方はこの世界の枠組みを超越した我が主に相応しい御方です。ですがリリィ、これは貴方がお伝えするべきことでは?」


「どうせ始めたばっかりの頃は転職代も払えない有様だったし。返済が軌道に乗ったころはもうとんでもないステータスだったから必要ないかなとは思ってたんだよ。でもユウに伝え忘れたのは事実だから、それはゴメン」


 そう謝ってくるリリィだが別に困ってないし、これからも必要だとは思わないが、どういうことなのか説明は欲しいな。


「そうですね。ユウキ様は私がどのような職に就いていると思われます?」


「え? そりゃスカウトだろ? お前がそれ以外の職に就くとは思えない」


 職業なんて自分がなりたいものになるのが普通だろうに。何故教会でそれを行う必要が……ってあれ? 話の流れから察するに、もしかして教会で職に”就く”必要があるのか?


「はい、実際はその最上級職の<ハイ・レンジャー>に就いています。スカウト系職業は俊敏や器用さなどにレベルが上がると成長する能力に職に応じて様々な補正入るのですが、今そのようにお答えいただいたようにその人にはより適した職業があります。それをこの教会で行うのですが……ユウキ様はそれを一切行わずにここまで来てしまいました。それはそれで素晴らしいことなのですが、現在のユウキ様の職業は<村人>です」


「はあ? 村人? そりゃまあ俺のと言うかライルの生まれはキルネという村だから、村人でも間違っては居ないが。その職業<村人>とやらは何か特別な効果があるのか?」


 俺の言葉にユウナは首を振るだけだ。


「いえ、何一つありません。村で生まれた者が得る初期スキルですから。これが街なら町民になりますが、内容は同じです。強いて言うなら突出したものがない平均的な能力値になります」


「それはそれで意味はあるな。俺は実際それでやってきたし」


「ユウキ様の場合はお一人ですべてをこなしているので実感しにくいかもしれませんが、通常の冒険者達はパーティを組んで互いの長所を生かし、弱点を補います。そこで突出した者がないとよく言えば全体のバランサーに、悪く言えば器用貧乏です。パーティー募集してもあまり集まらないかと。それに誰もがユウキ様のような偉人ではありません。己の適した道を見つけ、職を得るのが強者への第一歩です」


 ユウナがそう熱弁を振るっていたが、俺はいまいちピンと来ない。職業なんて別になくてもこれまでやってこれたし、聞けば能力値補正が変わるとか言われても、今の馬鹿げた能力値に補正は入った所で何が変わるのかと思う。


「でも村人レベルが2000越えてんのはユウキだけだろうな。良くここまで上げたと驚かれるぜ、きっと」


 玲二が褒めてるのか貶しているのかよく分からん感想を言う。でも確かに傍目から見ればずっと村人ってなんだろうと思うよな。それは従者であるレイアとユウナはより強く思ったことだろう。


「ユウナ、君は俺が新たな職を得るべきだと思うか? 君の意見を聞きたい」


 同じ事を<念話>でレイアにも聞いた。レイアも俺があえて村人のままにしていると思っていたらしい。

普通は金を貯めたらすぐ転職するようだ。そりゃまあ魔法使い希望の奴が魔力に補正のある職業を速く選びたいと思うのは当然だろう。それに転職は冒険者に限った話ではない。ソフィアやジュリアもそれに応じた職を持っていたな。いくら自分じゃステータス画面を見れないからって気にしなさすぎにも程があった。


「私如きがユウキ様の意思を妨げることがあってはなりません。ですが、従者といたしましては主人には偉大なる存在であり続けて欲しいと願っております。いえ、これは私の願望です、お聞き流し下さい」


<私も同意見だ。我が君には偉大な人でいて欲しいが、それは従者から願うものではない。<鑑定>でもしなければ露見すること無い話だ。我が君のなさりたいようにすればよい>


 ふむ、つまり本心は村人から変えて欲しいということか。それが二人の望みなら叶えてやるのもやぶさかではない。



「じゃあ、転職するか。戦士か魔法使いでいいかな? そうだ、玲二も一緒に転職するか?」


「俺は職業欄が召還者なんだよ。これはこれでレア感があっていいんだよな。それにユキや如月さんにも聞いた方がいい話しだし、ちょっと待つよ」


「お待ち下さい! ユウキ様ほどのお方であればきっとそれに相応しい特殊職業があるはずです。我が主なればただの戦士や魔法使い程度の器ではあるはずがございません。ちょうどあそこに何に転職可能なのかを調べる魔導具がありますので、まずはそれをお使いになられてはいかがでしょう?」



 俺なら伝説に残るような偉大なジョブがあるはずだと意気込むユウナに連れられて俺はその魔導具に近づいた。

 普段万事控えめなユウナはここまで興奮するのは珍しいが、俺がどんな職を選ぶのか知りたいレイアも一旦仕事を抜けてこちらに来るらしい。

 

 やはり俺の行動は二人に不満を抱かせていたようだ。こいつらも我慢せずに言えばいいのに。黙っていられちゃ相手のことなんか解るはずがないのだ。だから俺は余計な揉め事を減らすために仲間に隠し事はしないし、必要な事は口にして確認を取る主義なのだ。

 相手はわかってくれているはず、というのは幻想だという事を俺は多分身に染みて知っているのだろう。我ながら病的だと思うが恐らく覚えていない前世で何かあったんだろうな。



 大銀貨一枚を支払い、不思議な魔導具の前に手のひらを翳す。こうすると転職可能な職業一覧が翳した手のひらに転写される仕組みだ。随分と特殊な魔導具だが、これを持っているのは教会だけで、これが彼等のいくつかある強みの一つだという。


 そうして俺の手のひらに書かれた6つの職業を見た俺は言葉を失った。横で覗いていた玲二とユウナも同様らしい。


「とりあえず、帰って皆と相談しようか。ここで急いで決める意味もないし」


 俺の手のひらにはこのように書かれていた。


 <大賢者><プリンセスナイト><大親分><迷宮開拓者><借金王><超村人>




楽しんで頂ければ幸いです。


180話もやってきて今更転職話ですが、主人公が全く必要性を感じていないためずっと無視されてきました。そもそも教会のみでおこなえる<転職>は主人公の所持スキルにあったりするので普通に出来たりします。

 今回も二人が喜ぶならまあやるか、程度の認識です。


 そして多分詳しくは作中で表記しないと思いますので補正について補足します。

基本的にステータスはレベルアップと共に上昇します。職業レベルはその補正値を徐々に上げてゆくものだと思ってくだされば問題ないかと。

 つまり2000以上まで上げた主人公の村人レベルも恩恵は特にないです。レベルが1であるなら各ステータス値に20近い差が生まれますが、他の職ならもっと伸びます。

 そもそも主人公は<経験値アップLV6>で普段より16倍多く経験値を貰っているのとひたすら数で押すダンジョンで戦っているのでバカスカレベルが上がっていますが、本当は必要なステータスを伸ばす為にちょこちょこ転職を繰り返すのが最強パラメーターを作り出す秘訣です。

 仲間のユニークスキルでもうどうでも良くなってますが。


最後に私事ではございますが、評価ポイントが1500を超えました。この程度で何を喜んでいるのかといわれる方もおられるでしょうが私には大歓喜であります。なにせ一旦エタってますので、この作品を応援いただき誠にありがとうございます。本当に感謝しております。

これからも頑張ってまいりますので、何卒よろしくお願いいたします。


次回は水曜でお会いできればと思います。

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