遥か遠き30層 3
お待たせしております。
俺達は屋敷の居間でカード遊びをしながらあのくそったれな29層についての感想を述べ合った。
カードは玲二が創り出した異世界産だ。こちらにも賭場で札を使った遊びはあるが、そこまで主流ではない。ここらで賭けといえばサイコロかルーレットだ。あとは単純な賭け試合くらいか。
賭け試合も種類は様々だ。闘鶏はもちろん、闘牛やモンスターを飼い慣らして闘わせるもの、そして人同士が闘うものまで多様だ。
俺の手下でもあるサイン達が行ってきたのは主にサイコロとルーレット賭博らしいが、それはまあいいか。
俺達がやっているのは簡単なポーカーだ。俺の知らないテキサスなんちゃらとかいうルールを如月に教えてもらいながら楽しんでいる。賭けちゃいるが、今更仲間内で金を賭けても仕方ないので相手の好きな品物を創ってやることで落ち着いた。長文字のアイテムは面倒で自分では創りにくいからな。
遊んじゃいるが、会話の内容は29層についてである。作戦会議ではなく雑感を言い合うだけの場ではあるが、気分転換にはなる。
「えっと、29層って具体的にどんな層なんだっけ?」
<共有>で視覚情報は得ているものの、罠の極悪さくらいしか知らない玲二が質問してきた。こればかりは実地で経験しないと理解しにくいしな。
「基本的には26層から続く階層と同じだ。黒っぽい石畳のダンジョンで、大きさは隅々まで見れてないが大分広い。28層が既に地図情報で言えば一層の5倍近い広さだから、同様の広さと見ていいだろう。俺が隅々まで全力で走り回っても一刻はかかる広さと思ってくれ。出現する敵は一種類だけ、インペリアル・モスキートとかいう手のひら位のデカイ蚊だ。とんでもない数の群れで押し寄せて刺されると猛毒と高熱が襲うらしい。通常ドロップアイテムは羽で銀貨15枚、レアアイテムが無痛針とかで金貨3枚だ。群れというか蚊柱みたいに固まって襲ってくるから結果的にそこそこ稼げるが、儲かる敵とは言えないな」
俺は三枚の同じカードを揃えて勝負に出た。悪くない手札だったが、俺の出した数字が4だったのに対し、レイアが同じスリーカードでも数字は6だった。この場合は俺の負けである。負けとはいえ役にさえならなかった奴も居るので俺の一人負けではないが。
硝子の器に入った琥珀色の酒をちびりとやりながら話を続ける。
「こいつの一番の特徴は、例の罠に引っかからないことだ。空を飛んでいるからって訳じゃなくて、小さくて転移の罠の判定に引っかからないらしい。そうじゃなきゃ罠がいつでも発動してることになるしな」
「あれ、ちょっと待ってくれ。転移されるのは落とし穴の罠だって話だよな。空中に居る敵に意味があるのか?」
俺の言葉に疑問を持った玲二が口を挟むが、俺の隣のレイアが答えを口にした。
「いや、あの転移の罠は落とし穴に嵌って発動するわけではないようだ。どうやら見ていなかったようだが、我が君が4度目の挑戦の時は他の罠を避けようと大きく跳躍中に勝手に発動して3層に飛ばされたからな」
「あれを見る限り自動ドアみたいに何らかのセンサーが働いていると見るべきだね。転移魔法陣の上を何らかの対象が通ると蓋代わりの石畳ごと即発動するみたいだ。それに体の一部分でも転移門の光に触れると転移してしまう。そのときも体半分は転移門の外にあったけど容赦なく跳んでたしね」
レイアの言葉に如月が補足してくれた。29層の罠は転移魔法陣だけではない。普通の毒矢の雨や壁から刃が生えたりなど5種類ほどある。それはこれまでも同じだし、<魔力操作>で罠の有無や位置は最初に把握している。物によっては罠を発動させて無力化したり発動させると後々面倒なので敢えて放置したりと対処は様々だ。
だが、この転移魔法陣の罠は<魔力操作>で階層を探査したあとでも位置が変化するのが最悪に厄介だ。一々立ち止まってこの先が安全なのか探りながら進むなど効率が悪いし、そんな事をしていればすぐに敵がやってきて戦闘になる。俺が走りながらダンジョンを攻略している一番の理由は効率のためだ。日帰りで探索するから成果を求めるし、敵が次から次へと現れるこのダンジョンでちんたら戦っているとすぐに増援がやってくる。敵のドロップアイテム狙いで稼ぐならともかく、階層の攻略をするには素早く倒してさっさと移動するのが基本だ。
それに日を跨ぐと階段の位置が変わるので必要以上に時間をかけていられない。相棒の時間制限の問題もあるが、それは帰還石があるし既にリリィは転移が使えるので勝手に帰還できる気がする。なんとなく聞けていないが。
そしてその状況において罠の位置が常に変化するのは最悪の一言だ。それに今の所、罠自体の対処法も見つかっていない。おそらく転移魔法陣は現れる敵モンスター以上の大きさで勝手に発動するようになっているのだろう。敵よりも僅かに大きいリリィも俺と一緒に飛ばされたので、恐らく間違っていないはずだ。
そして一度発動した魔法陣を回避する術はない。これまでの仕様を考えても絶対に何か攻略法があると思うのだが、まず28層の攻略が面倒で29層に辿り着けた回数が少なくて試せていないのが現実だった。
もちろん行くだけなら方法はある。初めから29層目当てで他の全てを無視して突き進めばいい。今は下に降りると上に戻る階段が消えるせいで、充分に稼いでから下に降りているのでどうしても途中で時間を食っている。
例えば一度下に降りて階段が近くにあればちょっと上に戻って簡単に儲かる敵で一稼ぎする、といった行動が取れないのだ。そのせいで今日は28層の途中で時間切れだし、29層に至っては転移魔法陣で上層に戻される。どこに飛ばされるのかは完全に規則性がなく、上層というだけだ。俺はまだ転移門があるので10層や20層から25層へ跳べるが、これが使えないほかの冒険者は探索を続ける気力を打ち砕かれるだろう。
侵入者を阻むダンジョンの造りとしては正しいのだろうが、非常に不愉快である。
だが、この転移魔法陣は一つだけ利点がある。上層に飛ばされることによって帰還石を使うことなく地上に戻れるからだ。まだ数回しか経験していないが、一桁台の層に飛ばされているからここまで来れるパーティーなら難なく帰還できるだろう。何らかの理由で帰還石を無くしても戻れる救済措置の一環だろうが、ここまでえげつない罠にしなくても良いのではないか。回避不可能で空中に居ても即時発動する転移の罠なんてどう対処せいというのか?
「これまでに判明した事実では些か攻略に難があります。もう少し情報を得たいですね」
俺の正反対の位置に居るユウナがそう告げてくる。彼女の言う事も尤もだが、これが一番面倒だ。これまで29層に辿り着くのはいつも午後の遅い時間だった。俺の探索の第一義は金を稼ぐことであって、ダンジョン攻略は金策の効率化という副次的目的にすぎない。
26層はこれまでにない大金をもたらしたが、であるなら30層以降はどれほど儲かるのかという欲望が俺の行動原理だ。そのために多少の我慢は出来るが、金が稼げなくては根本的に意味がない。
であるからこそ稼げる層で毎日きっちり稼いでおく必要がある。25層まで転移門で跳べるとはいえ、29層はその意味で一番遠い場所にある。28層で難儀すれば今日のように辿り着くことなく帰還する羽目になり、時間と労力だけ浪費して終わってしまう。
そんな思いをするならばいっそのこと26層で延々と稼いでしまえばいいと言う意見も俺の中にはある。ボス巡りをして後は26層で常に戦えば多分毎日金貨5000枚は固い。誘引香を使ってモンスターを引き寄せればもっと稼げるだろう。上手くすれば7000枚だって狙えるかもしれない。
これを続ければ10年経たずして完済も不可能ではない。こうまで先が見えないと安定して稼げればもうそれで良いのでは? と弱気な俺が囁くが、もう一人の強気な俺が冒険者が冒険しなくてどうするんだと叱咤する。
俺は冒険者だ。その道を選んだのはライルだが、俺も大いに乗り気だった。未知を拓き、先へ進むもの。未踏の地を目指し、恐れを知らず突き進むもの。
俺が目指しているものはそれだ。俺がなりたいものはそれだ。俺は今度こそ俺の意思でやりたいようにやる。誰が何と言おうともそれをやり通したい。
であるならば、26層で金を稼ぐ機械となるべきか? いや、それは違うだろう。これで喜ぶのはセリカの後ろにいる黒幕連中だけだ。連中には思うところもあるが、現状はそこまで腹が立っていない。この借金を背負わなければこんなダンジョンに挑もうとは思わなかったし、そもそもライルが死ぬ事もなかった。
あいつには悪いが、この異世界で新たな生を得たのはあの借金のお陰とも言える。黒幕連中にはいずれきっちり痛い目を見てもらうが、恨みつらみというものはない。
そんな俺が10年近く金を稼ぐ機械になるか、29層という難関を乗り越えて30層のボスに挑む大冒険をするか。
そんなもの選ぶまでもない。俺はEランクとはいえ冒険者だ。危険な困難に挑んでナンボだ。
よし、やるか。そうと決まれば話は早い。色々と準備を……。
「あ、悪い。考え込んでた」
仲間の視線が俺に集中していたのに気付かずに考えに耽ってしまった。
「いや、良いんじゃないか? それでこそ俺達の知ってるユウキだと思うし」
「我が君はそうでなくてはな」
「無難に生きるなんてユウキらしくないよ。好きな事を好きなだけやって好きなように生きるって言ってたのは君だろう?」
玲二、レイア、如月がそう口々に言ってくるが……あ、そうか。<共有>で考えが読めるんだっけか。隠す事も出来るが、大法螺は吹いても仲間に隠し事はしない主義なのでそのままにしてある。別に知られて困ることがあるわけでもなし、逆に言葉足らずにならなくて良いと思うがやっているのは俺だけだ。
「すべてユウキ様のなさりたいように。我ら従者はお支えするのみです。ですが一つだけ、ユウキ様はすでにDランクに上がっています。サラトガ事変の際にランクアップしています」
「へ、そうなのか? いや、目標の一つは王都にいる間にDランクになることだったが」
俺だけでなく雪音や玲二もDランクになっていたらしい。ウィスカのギルドで話が出なかったのは王都ギルドが判断したかららしい。こういったランクアップの査定は結構曖昧で、先ほどシメたあの3馬鹿のように明らかに実力が伴っていなくても上がってしまう事がある。ギルドカードにはランクアップを担当した支部が記載されているため彼等も面子にかけて厳格に審査はするが、こういうことはある。
俺はまあ活躍した自覚はあるが、玲二や雪音は何かしたか? と考えたが彼等は事変後に後方支援で大活躍したらしい。俺が冒険者達用に数百匹残したハイオークと遣り合って被害が出たというし、それ以前に召喚されたモンスターはまだまだ残っている。
確かにあの騒ぎでポーション納品のクエスト一つだけでも貢献は大だった。俺がソフィアをアルザスに送っている間、雪音は主にそれを、玲二はユウナとハクを手伝っていたしな。
それにDランクはそこまで大したランクではない。コツコツと依頼を達成していれば勝手に上がる最後のランクだ。Cランクになると昇格試験があったり強制依頼という存在のために絶対にこれ以上上がるつもりはないし、それは仲間にも強く言い含めてある。
ギルドカードの更新はいつでも出来るそうなので、せっかくなのでここアルザスの冒険者ギルドで
やってみるのもいいだろう。
「そういえば如月はまだギルド員じゃなかったな。俺達が更新する際に一緒に登録しようか?」
「別に冒険者になるつもりはないんだけど……」
「それは俺達も同じですよ。でも、いざという時わかりやすい身分証と思えば取っておいたほうがいいんじゃないですか? 少なくとも俺とユキはそういわれて納得しました」
渋る如月に玲二が口添えして、彼も納得した。この世界で戸籍もない彼等には身分証明の一つとしてギルドは有効だろう。都市部は人口が多いのであんまり聞かないが、村くらいなら人別帳があって、どこの村には誰が居る、くらいの管理はされている。その目的は税の取り立てと戦争時の人足の提供が主だが、ライルの父親がその取り纏め役だったので覚えていたのだ。
「アルザスは魔法学院がある関係上、触媒や魔石の買取が相場より高めです。納品クエストでは有利に働くでしょう」
内部事情に詳しいユウナがそう教えてくれた。少なくとも卒業までの三年はこのアルザスに滞在するはずなので、腕の良い料理人や職人など色々と穴場を発見してみたいものだ。
王都は広すぎて発掘とは行かなかったから、ここではやってみていいかもな。ウィスカは……あれ? ウィスカが全然思いつかない。まずい、宿とダンジョン、後はギルドか先生の店くらいしか往復してないせいかろくに歩いていないぞ。
アルザスとウィスカを同時に攻略してゆくとしようか。そう考えると俺も余裕が出来てきたな。ダンジョンに挑み始めた頃は利息の返済さえ不可能だったというのに、今じゃ金を稼ぐ機械になることに抵抗感を感じているくらいだ。この体を得てまだ半年程度とはいえ、色々変わってきたものだ。
「話が逸れたが、ダンジョン攻略に話を戻そう。皆も知ったと思うが、俺は腰を据えて29層を攻略する。そのために色々と準備が必要だと思う」
俺一人(相棒も居るが)で行動するので口に出して説明する必要はないのだが、こうすると皆の機嫌がよくなるので説明する事にしている。何でも頼られている感があるらしい、実際に第三者の視点は非常に有難いので俺も助かっている。
「身も蓋もない話をすれば、運さえ良ければ罠の問題を解決する前に30層に行けそうだけどな」
玲二がチョコ菓子を口に放り込みながら、ユウキは運が悪いから無理か、と笑った。
ほっとけ、と返したが、彼の言葉は真理を突いているし、俺も内心でそれを僅かに狙っている点は否めない。
ウィスカのダンジョンは毎日階段の位置が変わるのは述べたとおりだが、それはすなわち上の階層から降りた階段のすぐ隣にまた階段がある可能性だってあるのだ。実際に見える位置に下り階段があるときも結構ある。完全な運だが、それがあればこんな罠に悩まされる事なく30層へ、そしてボスを打倒すればその先にあるはずの転移門で30層へ跳べる筈だ。つまり29層に悩まされる必要はなくなる。
これまでの俺の運の悪さを鑑みれば希望的観測以外の何者でもないが、可能性はある。
だが、それに頼るつもりは殆どない。なにしろ29層に辿り着くだけで一苦労だ。25層を突破してすでに半月(45日)以上が経つが、王都滞在期間があるとはいえ未だ4回しか行けていないのがいい証拠だ。
試行錯誤が少なすぎて得られる情報が足りなさ過ぎるのだ。まずはそれを何とかしないといけない。
「となると、やはりまずは29層に辿り着く事が先決となろう。より正しくは一切稼がずに迅速に下へ降りる事が大事となるな」
「だけど、そうなると本質から外れるね。僕たちは稼ぐことが第一だ。優先順位を間違えずに目的を達成するためには、稼ぐ日と探索する日で分けるべきかもね」
レイアと如月が俺の考えを代弁してくれた。頼りになる従者と仲間である。
「俺もそのつもりだ。暫くは帰還石と金を稼ぎ、充分態勢が整ったら29層の罠の調査に入るつもりだ。調査の際は皆にも協力を頼みたい。俺と相棒だけじゃ見えてこない事もあるしな」
俺の言葉に皆は頷いた。セリカと話している最中の雪音もこちらを見て頷いてくれているが、玲二と雪音は一応学業があるからそちらを優先してくれて良いからな。
「いやいや、そっちの方が大事だろ。学院の眠くなる退屈な授業なんてどうでもいいって」
うーん、さてはこいつ、学院で習った事を俺に教える約束を完全に忘れているな? 座学については雪音が張り切って教えてくれるので構わないが、実技の方は玲二頼みにしてるんだが。まあいいや。
「それにしても上り階段が消えるのが本当に厄介ですね。階段が近くにある日は絶好の調査日和になるでしょうに、それを確かめる術がないとは」
ユウナが悔しげに言うが、全くもって同感だ。上層に飛ばされるとはいえ、25層まで跳べる俺としては降りる階段が近場にあれば何度も検証が出来る。降りてみないと階段の位置が解らないので稼ぐと決めて26層以降に降りない日が実は階段が近い絶好の調査日和というのも有り得る話だ。
もうこれはいっそのこと分身体が使えるロキを連れて消える階段の検証もすべきかもしれない。消える階段は俺達が降り切って少し離れると霞のように消えてしまう。だが、以前も考えたがそこに人や物を置いて居たらどうなるのだろう。階段は維持されるのか、それとも消えてしまうのか。無機物や生物だと状況は変わるのか、調べてみるのも悪くない。
仲間を実験に使うわけにはいかないが、いくらでも分身体を作れるロキならば痛くも痒くもないだろう。
「ロキにも近々働いてもらうつもりだ」
俺は足元で丸くなっているロキに声をかけた。これまでは公爵邸でお世話になっていたが、王都を離れた際にこっちに引き取った。ロキがお気に入りだったシルヴィアお嬢様は大層残念がったが、今日もイリシャと共に向かわせたし、今のお嬢様の周囲には友達が沢山いるから悲しむ事はなかった。
了承の意思を受けた俺はいまだ俺の膝の上で眠りこけるイリシャを寝台で寝かしつけるべく立ち上がった。
カードの勝敗は全体の4位で何とか最下位を免れた。それまでは俺がドベだったが、最後の最後で如月を逆転して終了した。俺達は特にほしいものはなかったが、如月は女性陣から装飾品の注文を受けていたようだ。
そのあとは、玲二と雪音から今日の学院での報告というか、まあ楽しく過ごしていることの話を聞いた。途中から合流したソフィアやジュリア、レナも交えて色々と状況を話してもらった。
玲二は初日から悪目立ちしまくっているので良くも悪くも波乱万丈だ。俺も図に乗った貴族家を虐めたし他人の事は言えないが、早速玲二を頭とする派閥ができているらしい。
それはソフィアや雪音も同じだが、状況は少し違う。なんといっても4人も他国の王子王女が入学したのだ。学院中で貴族は8割近くを占めるらしいので、それぞれの王家に関係がある生徒たちがそれぞれ派閥を作っているという。国家的な後ろ盾がほとんどないソフィアには少々辛いかと思えばそうでもないらしい。
「今の姫様はライカールの代表としてなんら遜色のない実力を誇っていますから、祖国とつながりのある貴族家が姫を十重二十重ととりまいています。それに雪音も居てくれますから、陣営としては他の姫君達よりも優位です」
そうジュリアが嬉しげに報告してきた。祖国では散々な扱いを受けてきたソフィアがこの国で厚遇されているのは俺も純粋に嬉しい。それはもちろんソフィアの実力が伴っているからである。
入学時に行われた魔力測定は堂々の二位。一位はやらかした玲二なのでほぼ除外でいい。
「なんか俺の扱いが雑じゃね?」
「4回も測定用の水晶を壊した奴は黙ってろ。水晶は一個金貨150枚の請求書が来たぞ、即金で支払ってやったけどな」
「いや、だってさ。初回で舐められないようにするのは大事だろ? ユウキだってそう言ってたじゃんか」
玲二の言葉はある意味で事実だ。悪目立ちしたからこそ彼は入学早々に多くの生徒たちの中で序列が決まり、余計な手出しもされなくなった。グラ王国の王子からは頻繁に声をかけられているそうだが、その事実がどこにでもいる貴族主義の馬鹿どもを黙らせている。
彼等の基準では魔力こそ力だからだ。
測定用の水晶はその光の色によって魔力の総量を見る。低い順に暗色から明色で判断できると思っていいし、ほんのり明るく光るだけでも貴族としては充分に自慢できる。
そんな中でソフィアは誰もが目も眩むような光を放ち、流石は魔法王国の姫と大いに面目を施した。彼女の噂を知る者はライカールが敢えて”出来損ないの姫”と間違った噂を流したのかと疑ったほどだ。
アンナサリナなどは涙ぐんで俺に礼を言ってきたし、ソフィアの輝くような笑顔が俺の心を明るくした。
そして玲二は魔力を籠めて水晶を破裂させた。俺といろいろ<共有>してるし、今の魔力じゃそうなるぞとちゃんと告げたにも関わらずやらかした。
一度はいい。周囲の度肝を抜く目的もわかる。だが、4回も壊す必要はないだろうに。
「いやあ、つい楽しくて……」
全く反省してない顔で謝る玲二とそれを見て完全に他人の振りをした雪音は全体の8位で通過した。どう見ても双子なので他人の振りは無理があると思うし、その美貌は周囲の視線を集めたが、本人はどこ吹く風で一切を無視している。
最近はソフィア達の他にも席の近い平民の女子生徒と少し話をするようになったそうだ。彼女は学び舎に苦手意識を持っているようだが、是非とも良い思い出を沢山作って欲しいものだ。
如月は喫茶店の方は完全に手が離れた。従業員が育ち切り、彼なしでも店が回せるようになったのだ。今はこの世界の材料を使った酒造りと、秘密の会員制の酒場を作るべくエドガーさんと場所の選定中だという。彼の”すまほ”で見せてもらったが、目指す酒場は誰もここにあると思わないようなひっそりとした隠れ家的なもので、限られた仲間だけが集まって厳選された酒を味わう空間だ。
秘密基地のようでとても楽しそうだし、今も定期的に開いている公爵を交えた飲み会の新たな場としても面白いと思う。毎度毎度公爵邸というのも新鮮味に欠けるしな。
まだ計画は始まったばかりで場所さえも決まっていないが、後援が公爵だし、俺には”クロガネ”の人脈もある。穴場を探すのも楽しそうだ。
そして一番の変化は、俺の膝で眠る妹だろう。
イリシャは時の神殿へ入る事になった。俺の心情としては複雑極まりないが、イリシャには俺以外にも保護者が居た方がいいし、それが祖母であるアイラさんなら何の文句もない。
その事を言い出したのはイリシャ本人だったが、その言いようが少し違和感を感じるものだった。
「巫女になってにいちゃんのやくにたつ」
要約するとこういう事になる。妹がここにいることに意味など求めてないし、どうも言わされているような節があったので緊急家族会議を開催した。
するとソフィアや雪音、ユウナあたりから俺の側に居続けたいなら俺の役に立つ人間で有り続けないといけないと言われたそうだ。
仲間や身内にそこまで打算的なものを求めていないんだが、逆に何も求めないから不安にさせてしまったらしい。
俺と冒険者ギルドのように何かを提供するからこそ相互的な関係が生まれる事もある。雪音が俺に大量の金貨をくれたのもその一環だろう。俺の役に立つ人材であれば嫌われたとしても切られる事はないと。
対価を払っている間は利用価値がある、それで得られる安心もある。その考えを否定するつもりはない。言葉は時に無力だし、行動こそが全てを覆す事もある。
俺としては思うところはあるものの、妹の決断を尊重してやる他ない。無理はするなよと伝えるのが関の山だ。
だが遅かれ早かれこうなっていただろう。イリシャは時の巫女の称号を持っていた(称号が何を意味するかはさっぱりわからんが)から、その素質と能力を最大限に活かせるのは時の神殿を置いて他にない。後見人は実の祖母であるアイラさんだ。これほど安心できる後ろ盾もない。
そしてイリシャを連れて挨拶に行ったときにある程度は事実を伝えておいた。
もし俺が死んだ後、彼女こそ次に頼るべき大人だと。
俺のその言葉に嫌だと泣き叫んだイリシャだが、彼女も凄惨な体験をしてきた身だ。楽園のような素晴らしき日々も一瞬にして失われることがあると身をもって理解している。
最後は涙を見せながらもアイラさんにきちんと挨拶をしていたし、彼女は愛孫を強く抱きしめていた。実際に神殿に入るのはもう少し先だが、既にラナと言う先輩巫女に色々話を聞いているみたいだし、未来視という巫女の能力を既に発現している妹は見習いどころか現職の巫女待遇で神殿入りするという。
俺も色々不安なので助力はするつもりだが、わずか七歳で独り立ちする道を選ぶとは思いもしなかった。せめて神殿入りするまでは甘やかしてやろう。
あどけない寝顔を見せる妹を抱きしめながら、俺はそう決意するのだった。
その翌日からは29層に向けての攻略の下準備を始めた。下準備といっても大層なものではない、ひたすらに稼いで稼いで稼ぎまくるだけである。29層の攻略を行う際には王都滞在時のように一日千枚程度の収入で終わってしまうだろう。それを補うようにできるだけ帰還石と金を稼ぐのだ。
26層でモンスターを引き寄せる誘引香を使った狩りは想像以上の効果を発揮した。シルバーマンとゴールドマンが現れるわ現れるわ、かなり遅くまで粘ったとはいえ一日で8000枚以上を稼ぎ出したのだ。
それを5日ほど続け、なんと累計4万枚を稼ぎだした。誘引香は金貨1枚で買える消費型の魔導具だが、儲かる敵に使うとここまで効果を発揮するとは思わなかった。
落とす金塊銀塊はギルド的には全く美味しくないので魔約定行きである。他国の金貨や昔の金貨が出れば換金でギルド員にも多少の美味しい思いが出来るが、この塊は役所に流すだけで一切職員の利益にならないからだ。純金で買い物をする奴は……いないだろうし、凄く目立つだろうな。
精々俺がロッテ嬢に依頼したように装飾品を作ってもらうくらいだろうが、自分達で額をちょろまかすのと違い、色々と小細工が要るからよほど追い込まれないとやらないと思う。
彼等には転移魔法陣で飛ばされた後の脱出行で手に入るアイテムで我慢してもらおう。
そうして準備を万端に整えた後、29層への攻略を開始したのだが、当然難航した。解っていた事だが、色々試すだけで時間を食う。これが有効か? と実験して失敗し、上層へ飛ばされる。その後で帰還石で戻ったり、近くに転移門があればそこまで移動して25層へ跳び、また29層へ戻るのだ。本当に時間がかかるがこれ以外に方法が思いつかない。
唯一の救いはロキを使った実験により、生物が階段に留まった場合は階段が消えないことがわかった。その場合はこれまで安全地帯として有効だった階段周辺に敵が現れるようになるが、ロキはいくらでも分身体を作って迎撃できる。それにあいつの力は俺から流れ込んでいるからその強さはまさに敵なしだ。
分身体も研鑽を重ねている事により落としたドロップアイテムをマジックバックに集めるなんて芸当もこなすようになった。これには俺も感嘆し、ご褒美に16層へ連れて行ってやった。倒せば倒すだけ肉が現れる夢のような空間にロキは狂喜して暴れ周り、俺は他の冒険者達が作った居留地から遠く離れた場所で誘引香を使い大量の肉を補給した。その日はロキへの褒美なので半日ほど潰れたが、何とその日だけで各種の肉が4桁を越えてしまった。もちろんそれを食べるのはロキだけである。
ロキが俺への永遠の忠誠を改めて誓ったのは言うまでもない。忠誠の対象が肉である気がしないでもなかったが。
29層の調査は思った以上に時間を食った。長引けばその分準備に時間をかけたので仕方ないのだが40日以上もの日時をかけてしまった。
もちろんその間に色々な事があった。イリシャが神殿に入り、ソフィアがアルザスの屋敷で夜会を開き、成功裏に終わったものの一悶着が起きたし、学院でのお目当てである公聴授業にも出て、幾人かの教授の知己を得た。セリカはウィスカでついにエステサロンを開き、最初の客はヘレナさんとシリルさんだった。
随分と調査に時間をかけたので、ギルドの皆にも29層がえらく大変な層だと情報が出回ったし、攻略している他の冒険者パーティーに至っては俺がいきなり転移した先で探索を行っていたこともある。
その時は正直に罠を食らって転移したと話したので、彼等もこの先にどんな罠があるのかと情報交換をした。そのときの相手は温厚で有名なパーティ”白い疾風”だったので有意義な話し合いが出来たし、その後で帰還石で戻る際には金を貰って一緒に帰り、酒席を共にした。
これも詳しく話せば長くなるのでまたの機会としたい。
だが時間をかけた甲斐あって、この層を攻略する目処が立った。必要な道具も手に入れたし、そろそろ30層のボスにお目にかかりたいものである。
月日は流れて秋の月73日、俺は決意を秘めてダンジョンに挑む。今日こそ29層を突破し30層にある転移門で帰還してみせるつもりだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
この話で酷く時間が進みましたが、その間の話はこれが終われば一つ一つやるつもりです。
戦闘バンバンやるよりもこういった話を進めていく方が個人的には好きだったりします。
今回は説明で終わってしまいましたので次はちゃんと29層、そして30層へ行くつもりです。
次は日曜予定で頑張ります。