遥か遠き30層 1
お待たせしております。
ウィスカに戻って既に5日ほど過ぎたが、俺は30層への足掛かりさえ掴めていない状況だった。
理由はいくつかある。長期の依頼でウィスカを離れていたので冒険者ギルドのご機嫌取りに各種の納品依頼をこなしていた。まだギルドに顔を出していない(俺は転移環で帰ったが、本来なら王都とウィスカの行き来には5日ほどかかるので怪しまれないためだ)ので、ユウナから情報を得て色々なアイテムを集めていた。
その中に25層のサンドウォームのドロップアイテムがあり、当然<等価交換>よりも高値で買い取ってくれたが、21層から25層までは転移門など小細工なしで踏破しなくてはならないので手間がかかったこと。
最近日課をこなすばかりで最低限の稼ぎで我慢していたので、しばらくは充分に稼いでおこうと26層の探索に精を出したこと。
玲二が入学早々問題を起こして、保護者として俺が呼び出しを食ったこと。これは玲二が平民を苛める貴族を殴ったらしいので、大勢の教職員がいるなかでよくやったと誉めてやった。
そんなクズを見かけたら次は殴るだけじゃなく、半殺しにしてやれと言い切り、激怒した相手貴族の家に乗り込んで散々説教してやった。はじめの内は下賎な平民がなんだかんだと喚いていたが、俺たちの後ろ楯がウォーレン公爵家だと知ると途端に大人しくなった。
こうして権力の使い方を玲二に教えていたことも理由のひとつだ。
だが最大の理由は、この28層が頭に来るほど攻略に手間と時間のかかる階層であるからだった。
「くそ、また外れだ。これで何回目だよ、全く!」
「7回目だね、階段候補はあと8つ。いや、ほんと面倒くさいねこの階」
相棒がどこか諦めたように呟いた。
俺達は<共有>がなくてもお互いの考えがだいたいわかるので、おれがどれほど怒り心頭か理解しているから、あえて感情を入れずに返事をしているのだ。
リリィの気遣いに感謝する余裕も失いかけるほど頭に来ていた俺だが、更なる罵倒の言葉を出す前に<時計>の時報が鳴った。
「今日はここまで。帰るよユウ。この層だけで3刻も使って階段は発見できず、か。嫌になっちゃうね。でも、切り替えてこ? そんな顔でイリシャを迎えに行く気なの?」
「そうだな……リリィ、ありがとう。やはり持つべきものは相棒だな」
「そりゃとーぜんよ、私がいなきゃユウは何も出来ないんだから。それが解ったらこれからはもっと私を大事にむぎゅっ」
何か言っている相棒を懐に突っ込むと、俺は今日手に入れた転移石に手を伸ばした。これから先30層を目指す日々の中で帰還方法は帰還石の使用のみとなる。厳密には裏技も見つけたが、それが使えるのは29層だけであり、今日は29層へ辿り着く階段さえ見つけられず時間切れだ。
大量に金銀が手に入る26層や毎日一つ消費する帰還石を手に入れるため各層の宝箱と階層主を探し出しているため時間を浪費した事も理由に含まれるが、正直ここまで手間のかかる層だとは思わなかった。
「ある程度帰還石を溜め込んだら、攻略のために朝からここを抜けるしかないか?」
日帰りに拘っている点が一番の問題ではあるが、それは棚上げした。俺は毎日仲間と妹たちの顔が見たいのだ。
俺はふよふよと蠢く忌ま忌ましい敵を蹴り飛ばすと、溜息と共に帰還した。
「あ、にいちゃん来た!」
「ただいま、イリシャ。いい子にしてたか? みなさんにご迷惑をおかけしなかったか?」
たたた、とこちらへ走ってくるイリシャを抱き上げる。ようやくしっかりとした重さを感じられるようになり、俺もひと安心だ。これまでは軽すぎて空恐ろしさを覚えるほどだったからな。
「わたしはちゃんとしてた。あばれたのはキャロのほう」
妹の視線の先には、俺に向かって全力で走ってくる黒い物体があった。そのまま速度を落とすことなくぴょんと跳び跳ねて、イリシャの反対側の腕に捕まった。
「おかえりなさーい!」
俺の胸に顔を埋めて、ふんすふんすとやっているのは、黒兎の獣人のキャロだ。天真爛漫なこの子は今日も元気一杯である。
遠くでキャロを呼んでいるのは義理の姉であり、未だぬいぐるみの姿であるラナと、実の兄であるラコンだ。
「ユウキさん、妹がいつもすみません。何度もやめなさいと言っているのですが……」
ラコンが恐縮しながらこちらへやって来た。真面目な彼は勉学に励んでいたのか、先程までいた卓の上には書物があった。
「怒ることはないさ。俺も嫌ではないし、アードラーさんがいなくて遊べないんだろう」
アードラーさんはクロイス卿と共に色々な貴族の集まりに顔を出しているそうだ。本人はそのような貴族の集まりは苦手としているが、ラコンの将来のためとこれから厳しい戦いに挑む友人であるクロイス卿のために頑張っている。クロイス卿のほうも救国の英雄と深い繋がりがあるのは他の貴族との付き合いで有利に働くだろう。
俺は自分の腕というか、腋辺りにぐいぐいと顔を突っ込んでいるキャロの好きなようにさせたまま、この屋敷の主たちに挨拶した。
「閣下、毎日お邪魔させていただいて申し訳ありません」
「いや、全く構わぬ。見よ、孫もあんなに喜んでおる。儂の方が感謝せねばならんほどだ。同世代の友というのは代えがたい価値があると知ってはいても、あの子を思うと如何なる悪意からも遠ざけてしまいたいと思う。孫馬鹿と笑ってくれ」
「今や私も妹がいる身です。お気持ちは痛いほど解るつもりです、この子を一日置いてダンジョンへ潜るのも最初は躊躇しました。公爵家の皆様に面倒を見ていただいて本当に有り難く思っています」
俺の服か腋(?)の匂いでも嗅ぎたかったのかと疑問に思うほどグイグイ頭を押し付けてくるキャロを下ろして引き取りに来たラコンに渡す。満足したのか(?)やりきった顔をしているキャロが兄に運ばれて行くなか、イリシャは公爵令嬢シルヴィアやラナとまた明日ね、と挨拶を交わしていた。
近いうちに公爵家へお泊まり会をすると告げる妹の顔はとても楽しそうだ。それを見るだけでも今日の散々な探索でささくれだった心が癒されてゆく。
妹は偉大である(真理)。
「私は!?」
仲間はずれにされたと感じたのか、リリィが俺の髪を引っ張るなか俺達はウィスカに戻るのだった。
「あ、お帰りー、今日も……顔を見れば解るか」
「兄様、おかえりなさいませ、イリシャも」
ホテルに戻るとそこには玲二がソファで寛いでいた。広間の方ではソフィア達が学院の課題らしきものをこなしていた。
玲二もここに居るし、大金で借り上げたアルザスの屋敷には戻らないらしい。多分こうなるだろうな、とは思っていたので金が勿体無いとは思うが、他国の王族が屋敷を借りているのにソフィアだけ寮生活では釣り合いが取れない。たとえ殆ど居ることがない屋敷とはいえ見栄というのは大事である。
主がみすぼらしい生活をしていればその配下や使用人も周囲から軽く見られるから、見せ金として屋敷を借りる意味はあった。当の本人は早速こっち、ウィスカのホテル<紺碧の泉>に移動してきているが。
ちなみに王都のホテルは引き払った。生活の基盤がウィスカに移ったので当然だが、セリカはともかくとして如月は王都の店舗に自分の部屋を持っているのでそこで生活をしている。食事はみんな揃って摂るし、<念話>で会話するので寂しさなどは一切感じない。
転移環をその店のもうひとつの部屋に置いているので部外者は立ち入らないし、行き来はそこで行っている。
雪音は学院に籍を置いているので店舗の運営から離れたが、もともと商品の納入程度しか関わっていなかったので混乱は少ない。
品物が必要になればセリカやエドガーさんから注文が入り、主に雪音が、手が足りなければ俺達が手伝って創造して対応している。
同じく王都のホテルに泊まっていたライカやキキョウ達は変わらずサウザンプトンに宿泊している。正直なところ金の無駄だった最上階の層ではなく普通の部屋を借りているが、それでも充分に広く快適な部屋だという。”緋色の風”は無事Aランク昇格が決まったようで、その昇進のための手続きにしばらくこの王都に滞在するようだ。ライカ達”蒼い閃光”もそれに合わせて帰国するらしいか……。
「やっぱりこっちの方が落ち着くわ。ソファーもいいやつだし、向こうはなんか寒々しいんだよな」
ずいぶんとまったりしているが、玲二は課題をやらなくていいのだろうか、と思うがその判断を含めて彼の好きにさせている。その結果放校になるならそれもよし、危機感を覚えたら自分で始めるだろう。
玲二は大事な仲間だが、俺はあいつの親ではない。歳も16を数えたら立派な大人だ。自分の事は自分で面倒を見るくらいの自立心は持っていて当然である。
<マップ>で探ると雪音は学院の図書館、如月はもちろん王都の店舗だ。如月のほうは既に仕事は店員に移譲し、今は渡したマジックバッグに夢中だ。エドガーさんと組んでこの世界の素材で酒造りを始めているのだ。既に試作品はいくつか出来上がっており、反応は上々だが、如月にしてみればまだまだ失敗作らしい。さらに研鑽を続けている。
個人的にはラガービールは日本産に匹敵する美味さに仕上がっていると思うが、彼は意外と凝り性なので満足するまで改良を続けるようだ。
「玲二さん、そうは仰いますがいずれはあの屋敷で姫様が夜会を開く事もありましょう。私どもとしてはなるべく早くあの屋敷の隅々を把握しておかねばならないのですが……」
俺のところに来てしまったソフィアについているサリナが苦言を呈した。あの夜に会った王女の一人が既に夜会を開催する知らせが届いており、姫であるソフィアは参加が義務のようなものだ。そして誰かが開いたならこちらも夜会を、となるのは必然であり、社交のためにも開催は必須らしい。
「そうなら拠点をアルザスにするか? このホテルはそのまま借りたままにしてさ。部屋数も充分足りているし、移動もそこまで気にしなくていいしな」
現在、転移環が設置してある場所は5箇所だ。”双翼の絆”亭の俺の自室、如月が住む王都の店舗、ウィスカのダンジョン20層、アルザスの屋敷、そして王都にある隠れ家に一つ置いてある。寮生活をしている玲二は門限があるはずだが、今の彼の身体能力なら玄関ではなく3階にある彼の自室の窓から出入りするから門限などあってない様なものらしい。だからアルザスの屋敷からこちらに移動しているのだった。
「どうしたもんかな。あの屋敷は借りたばかりだから仕方ないけど、家具も少ないし暮らしにくいんだよな。王都で家具でも買い求めるか、あるいは自分で創るかしたほうがいいな。他の王族の人たちはそれなり以上の荷物を持ち込んだらしいけど、ソフィアはそうじゃないだろ?」
「あ、それはいいですね。私、異世界産の家具にとても興味があります」
始めのころはあの屋敷で生活する気がなかったので気にも留めてなかったが、借り上げたばかりのあの屋敷は現在がらんどうに近い。あるのは寝台とチェストくらいなもので、当たり前だが後は自分で揃えろと言うことなのだろう。
「じゃあ色々創ってみるとするか。玲二のユニークスキルのレベルが上がって長文字も大分作りやすくなったし、食事までに色々やってみるか」
仕事中のレイアと学院にいる雪音にも手伝ってもらって生活に必要な家具から、客人を迎えるために必要な応接用の品まで揃える頃にはとっぷりと日が暮れてしまっていた。
本業が家具職人である如月の協力も得たのは言うまでもない。
「ああ、この素晴らしい食器棚に相応しいカトラリーを揃えなければ……」
「ベネチアングラスっていうんですか? なんて綺麗な装飾なんでしょう。こんなの王宮にだってありませんよ。このクリスタルグラスなんて宝石のように綺麗です」
「スターリングシルバーの食器。これを手入れできるのは筆頭執事だけ。すごい」
如月を交えて本気を出した結果、メイド三人が陶酔の境地から帰ってこなくなった。
ソフィアも先程如月が作り出したシャンデリア(”明り”ガチャでシャンデリアを引き当てた如月の幸運には脱帽するしかない)が放つあまりにも美しい光の反射は俺を含め皆が口を上げて圧倒されたほどだ。
商魂逞しいセリカはやってくるなりこのシャンデリアを誰に売りつけるか算段していたが。
足りない家具はまた明日作るとして、俺達は食事のためにウィスカに戻った。皆は食事の席に着いたが、俺は冒険者ギルドに呼ばれていたのでユウナと共にギルドに向かうこととした。
「おおッ、来たな!?」
俺がいつもの通りギルドの裏口から内部に入ると、それを待ち構えていたらしギルドマスターのジェイクがそこにいた。いつもはギルマスの執務室にいるのに珍しい事だ。
「こりゃ珍しい。待っていてくれたのですか?」
「当たり前だろ。王都を救った英雄の凱旋だぞ? みんな首を長くして待ってたんだ」
なあ、とジェイクが周囲の職員に顔を向けると、同意の歓声が上がる。
「俺は何もしていませんよ。殊勲者は獣王国とオウカ帝国からの助っ人です。それは知っているでしょう?」
俺はそう事実を告げたがジェイクは取り合わなかった。ユウナは特に事情を話していないと聞いているから、これはドラセナードさんがある程度話したか?
「隠すな隠すな、俺は派遣した冒険者がどんな活躍をしたか確認する権利がある。だからまた王都で色々暴れた事は聞いているぞ。到着当日に受付嬢と揉めたと聞いたときには幾らなんでも問題起こすのが早すぎるだろと呆れたもんだが」
アレは俺のせいじゃないと抗弁したかったが、その前に併設する酒場”栄光の傷跡”亭に連れて行かれた。今日は帰任の挨拶と簡単な報告だけで済ませてさっさと退散するつもりだったが、そこでは既に宴会が始まっていた。
俺は諦めて<念話>でホテルの食事は必要ないと告げるのだった。
「あ、来た来た! ユウキさん、遅いですよ!!」
既に酒精の影響を多分に受けた後らしいシリルさんが手を振っている。その側には他の三人の受付嬢が……ランカさんの姿が見えないがそれ以外の皆は揃っていた。ランカさんが受付か? とそちらを見ると”本日の業務は終了しました”との文字が受付にかかっている。
いくら暇なウィスカのギルドとはいえ夜にだって依頼達成の報告に来る冒険者は来るだろうに。いいのだろうかと思う反面、話を聞く彼女達がすでに出来上がっているので今更仕事に戻るのは無理か。
一応受付業務も出来るユウナだが、今更彼女に働いてもらう意味もない。酒場には彼女達のほかにも職員達が既に飲み食いを開始しており、俺達はそれに加わるのだった。
「おかえりなさい、ユウキさん。王都では大活躍だったそうですね!?」
席に座った俺の隣にキャシーさんが寄ってきた。何か頼むかと思う前にエールが置かれた。目の前には久々に会うマスターである”雷光のウォルト”さんが居た。
「随分と腕を上げたようだな。前に会った時とは別人のようだ」
前ギルドマスターでもあり、二つ名持ちの冒険者であった彼の眼光は鋭い。そういえばダンジョン攻略を開始する前に珍しいコインを借りていたな。
「ご無沙汰しています。俺はまだ目的を達成していません。なのでお借りしていたコインはまだ返すことが出来ません」
「構わん。だが、生きて帰って必ず返しに来い。お前の30層突破の報告を楽しみしている」
寡黙で知られる彼が多くを語るのは珍しいらしく、酒の入った受付嬢たちも固唾を飲んで見守っていたが、俺達が知り合いだったと知って食いついてきた。
「えええっ! ユウキさん、ウォルトさんから”受け取った人”なんですか? 流石ですね! ここでは他に”悠久の風”や”大地の鎚”とか、超一流の人たちしか貰ってないそうですよ。でも実力を考えてみれば当然ですよね」
一番年上だが一番幼い見かけ(禁句)のアンジーさんが驚いているが、一人で納得していた。俺は出されたので仕方なくエールに口をつけるが……一日も早くこの世界の酒を変革しないとな。奢りの酒に文句をつけるなんて事はしたくない。いくら微妙でも残すわけにはいかないし。
「さて、何から聞いていこっかな? でもやっぱりあれよね、あれ」
仕事終わりで完全にだらけているヘレナさんが俺の方に顎を乗せながら酒臭い息を吐きかけてきた。既に酔っているとはいえ距離近いなこの人。ユウナは既にこの人に関しては諦めているのか何も言ってこない。ユウナを諦めさせるとは……恐ろしい人だ。
「お前が”蒼穹の神子”を降して弟子にしたって話さ。俺達の間じゃ嘘かホントか半々ってとこだな。お前ならありそうだが、流石にデマだろといわれても頷けるんで、戻ったら聞こうと思ってたのさ」
ジェイクがグラスを片手に楽しげな顔で声をかけてきた。彼の持つグラスは俺が賄賂に送った奴で、彼は事あるごとにそれを周囲に自慢している。こちらも贈り物が喜ばれるのは嬉しいものだ。
「ライカが俺に弟子入りしたのは事実ですが、経緯は勘弁して下さい。あいつだけでなく他人の事情もある話なので」
隠しても仕方ないし、王都ギルドではライカは人目のあるところでも常に俺を師匠と呼んでいたので知る奴は多い。だが”緋色の風”の奴隷落ちの件も関わるので俺は声を顰めたが、周囲の皆は喜びの歓声を上げてしまった。
「マジかよ! Sランクを弟子にするって前代未聞だろ!? これって歴史に残る偉業じゃね?」
「ユウさんはそれくらいの事を難なくやる人だと思ってましたよ。だってウィスカの未踏破層を一人で攻略する人ですよ?」
「また他の支部に自慢できることが増えたぜ。マジでユウが来てから激動すぎるだろ」
皆口々に盛り上がっている。ギルド専属冒険者は職員にとっては身内に等しいため、俺の手柄は彼等の手柄と同意語なのだ。それは失態も同じことではあるが。
「お弟子さんって言う事はランカ・センジュインもこのウィスカに来るのかな? もうすぐアリシアも帰ってくるから、うちのギルドはそうなればSランク冒険者が二人も居ることになるかも!」
ランヌ王国が誇るSランク冒険者、”悠久の風”のアリシア・レンフィールドは指名依頼で長らく外国に派遣されていたという。俺もまだ会ったことがないが、友人らしいランカに言わせると色々危なっかしい子らしいが、お前がそれを言うか? と思ったのは秘密だ。
キャシーさんは彼女の担当らしく、”悠久の風”について色々情報を持っているがそろそろ帰ってくるのは予想外だった。帰国をあれこれ言い訳して先延ばしにしているライカにとっては理由が一つ増えたかな。
「師弟関係は王都にいる間だけという話でしたので、もう解消してます。向こうも向こうで立場があるし、あまり大っぴらにはしないでやって下さいよ。それにあいつはもともと充分強かったです。Sランクを張れるほどの実力はありましたし、俺に教えられることがあったから弟子入りしただけです」
「でも正々堂々と一騎打ちで勝ったんでしょう? ライカの性格は有名だから自分より強い人じゃないと素直に聞かなそうだし」
Sランク冒険者は有名だけあって色々知られている。ライカの性格まで会ったことないキャシーさんに言い当てられてしまい、俺はそれを認めることになった。
「ユウキさんの実力をもってすれば当然の結果でした。ライカ・センジュインも不調だったようですが、彼女も自分の非力を認めて土下座して彼に弟子入りを頼んでいました」
「凄ぇ。あのライカが土下座して弟子入りとか。ユウ以外じゃ寝言吐いてんじゃねえと笑われる所だな」
ジェイクのグラスが空なので新たな酒を……と思ったら全ての酒樽が空だった。それどころか皆の卓の上に何も残っていない有様だ。
ウォルトさんの姿は見えないし、皆が無言で俺の行動をじっと見ている。
これは、そういうことなんだろうな。まあいいけど。
俺はせめて何か言わせようと未だに俺の方に顎を乗せているほろ酔いのヘレナさんに視線を向けた。
「えっとねー、なんかちょーだい?」
妹のイリシャが言うならば何でも与えたくなるが、妙齢の美人が満面の笑顔で言ってくるとあざといのを通り越して笑えてくる。
だが、こういうのは笑ったら負けだ。笑っちまったらこちらは白旗を上げるしかない。
それにこうなる展開も少しは予想していた。それくらい俺は彼等に色々ばら撒いて来たし、向こうがそれを予想していても不思議ではない。
「オーク肉の干し肉です。特殊な調味液で味付けしてあるんで分厚いままでもかなり美味いです。甘い奴より酒にはこっちの方がいいでしょう」
ほかにも色々な食い物を出してゆくが、女性陣の視線に根負けしてチョコレイトを各種提供させられた。おかしいな、彼女達には一月(3ヶ月)は保つ量の菓子を置いていったはずだが。
「そんなもの20日で食べ尽くしたわよ。それからはユウナさんが時折置いて来てくれる差し入れだけが心の支えで」
「それに今の王都じゃ色んな珍しいお菓子が溢れているそうじゃないの。特に冷たい氷菓なんて最近になっていきなり数が増えたとか」
暗に貴方が関係してるんでしょと言わんばかりのシリルさんに既に抵抗する気力をなくした俺は彼女達に言われるまま様々な氷菓を出してゆく。女性陣に好評だったのは玲二特製のジェラードだが、特にチョコ味の氷菓は皆に食い尽くされてしまった。
「ああ、しあわせぇ。暑い日に冷たい氷菓、これ以上の組み合わせはないわ」
至福の表情で俺からせしめたチョコ味のジェラードをパクついている女性陣を尻目に、男たちは俺が出した干し肉に齧りついている。
「これが例の王都を襲ったっていうオークか。なんでもただのオークじゃなくて上位種のハイオークだったそうだな。そんな強敵が2万5千以上もいたってんだから驚きだが、それを短時間で殲滅しちまった凄腕がいるらしいな」
ジェイクが意味ありげにこちらを見てくるが、無視だ無視。
「流石はSランク冒険者といった所ですね。俺は連中の首魁に驚きましたよ、まさかオークロードの変異種が出てくるとは思いませんでした」
今思い出してもアードラーさんとサラトガの戦いは綱渡りの連続だった。上手く行ったからいいものの、あまりにも分の悪い賭けだった。戦いの最中に変異種に進化するなんて想定外すぎるだろう。
「お前が前面に立たないだろうなとは思ってたが、そこは獣人の戦士に感謝だな。早々他にも聞きたいことが山ほどあるんだぜ。リルカのダンジョン踏破の件や、あのシロマサ親分が復活して王都の組織が一つに纏まったとか、漏れてきた話じゃ違法奴隷の摘発があったらしいしな」
我ながら色々やったもんだなと思い返しながら、俺はジェイクのグラスに取り出した新たな酒を注いでやるのだった。
「なんだと、27層は鉱山層だってのか!? 環境層に加えて鉱山層まであるとなればトリプルダンジョン申請できるじゃねぇか!」
「金が取れるのは間違いないみたいですが、リルカの15層のように大々的な採掘は不可能ですけどね。モンスターの再出現の速度はいつも通りなんで、採掘中に囲まれて終わりです」
俺は随分と酒の回ったジェイクや他の皆を交えて攻略状況を説明していた。別に報告義務があるわけではないが、俺も今日の頭にくる探索を誰かと共有したかったのだ。
26層は既に述べたが非常に儲かる素晴らしい層だ。金塊と銀塊を落とす敵のお陰で短時間で4桁の金貨を稼ぎ出すことが可能だ。その際に27層が逆にいまいちとも触れたが、それはそこが鉱山層だからだった。
これが通常のダンジョンであれば何としても炭鉱夫を送り込んで採掘を始める所だが、ウィスカ名物の異常に再出現が早くて数が多い敵と27層という深さが関係してかなり微妙な層になっている。
出現する敵はロックビートルという岩石体を持つ甲虫だ。強さは突出したものはないが、数で攻めてくる相手なので悠長に採掘をしている暇はない。
俺としてもツルハシもって壁を掘るより26層で敵を倒していた方が圧倒的に効率がよい。そんなわけで長らく27層には足を向けていなかったのだが、真面目に30層を突破せんと企んだので金塊たちに後ろ髪を引かれながらも28層へと足を向けた。27層は鉱山層以外に特筆すべき事はなく、いつも通り簡単に突破できた。
問題は28層である。この層は本当に製作者の悪意で溢れている。だが、構造がおかしいわけではない、ただここに現れるモンスターが唯一にして最大の問題なのだ。
28層はスライムの巣窟だった。冒険者なら顔を顰めて戦いを回避する難敵である。強さと言うよりもあらゆる物理攻撃を無効化するので魔法職か魔法剣でないと満足な損害を与えることが出来ないのだ。
更にここで現れるスライムの種類は優に10種を超えた。それぞれ対応する属性で攻撃しないと倒せないので一匹一匹に弱点属性で攻撃する必要があり、非常に面倒臭い。
初めの頃は丁寧に処理していたが、今日は手間に呆れて実体弾の土魔法でスライムの弱点である核を潰す方法を取ったらえらい早かった。始めからこうするべきだった。
スライムは難敵だが、それだけではここまで手間取らない。
問題はこのスライムの奇妙な習性にあった。彼等は手近な何故か穴に入り込もうとするのだ。そしてダンジョンにある一番特徴的な穴とは地下への階段に他ならない。
そうなのだ。28層の敵であるスライムが階段を埋め尽くしている関係で、<魔力操作>で地下への階段を探している俺はスライムが階段探索を邪魔しているのだ。スライムがたむろしているだけで階段の位置はわかるのではないかと最初は思ったのだが、魔法生物であるスライムと<魔力操作>は非常に相性が悪かった。
スライムに触れると伸ばした魔力の糸が消えてしまうのだ。自分が居る層の形状くらいなら把握できるが、階段の位置となると途端にあやふやになる。
正確に言えばそのようなスライム溜りが大体20個くらい毎日出来上がっており、そのどれか一つに階段がある。結局はそれを一つ一つ探さねばならないのだ。
ただでさえ面倒なのにスライムのドロップ品は核のみという不親切の極み。稀に出るレアモンスターであるレインボースライムの通常ドロップアイテムが金貨15枚の価値があったが、こいつは狙って戦えるような相手ではない。
つまり28層は道中全く稼げない敵を倒しながら階段を自分で探す羽目になるのだ。
楽しんで頂ければ幸いです。
今回から30層への挑戦です。今の主人公を阻むのは敵ではなくギミックです。28層も相当アレですが、29層はもっと酷いです。それは次話に御話できるかと思います。
次は水曜日予定でかんばります。