汝等、深淵より来たれり 7
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アードラーさんと敵の首魁たるオークロードの変異種、武王サラトガとやらが派手に武器を打ち合わせていた。
「おおっ!」
「なんとッ!」
二人は示し合わせたかのように幾合も刃を交えているが、ここに居る腕の立つ男達にはそれがサラトガが敢えてアードラーさんに合わせているだけだとわかってしまう。
「アードラーさんも優れた遣い手だけど、あのオークロードと比べると大人と子供だね」
バーニィの誰に言ったものでもない呟きが全てを現していた。
「ここまで上をいかれるとはな。衝撃を通り越して楽しくなってきたぞ」
「戦士よ、全ての力を惜しみなく使うといい。そうでなくては、吾を越えることなど能わぬぞ」
「応、委細承知!」
応じたアードラーさんの体から、赤い湯気のようなものが吹き出した。近くにいた彼の部下の一人が烈火と呟くのが聞こえた。
あの現象の名前だろうか。
「行くぞ、受けよ我が全身全霊!」
そう叫んでサラトガに突っ込んだアードラーさんの速度は今までの倍以上になっている。恐らく速度だけでなく、腕力や反応速度も倍近くまで上がっているのだろうが……。
「見事な一撃だ。これ程の敵に見えた幸運を感謝するとしよう。優れた部下を数多く失ったが、その全ての犠牲に代わる力を我は手に入れた」
アードラーさんの渾身の一撃はサラトガに容易く受け止められている。
俺はその光景に驚きを覚えない。彼等の間にはそれほどに隔絶たる力の差があるのだ。アードラーさんの実力が倍になっても大して縮まっていないのも当然なのだった。
さて、この状況をどうすべきかな。
俺があのハイオークロードを倒すのは容易い。例え奴がどれ程強かろうが俺にとっては大差ない。
だが、この作戦の勝利条件は大前提としてアードラーさんが一騎打ちで勝つことが必要なのだ。
その後で彼を英雄にすべくどれほど綿密に小細工を弄したところで、彼が勝たねば意味がない。
そして俺が手助けをするのも駄目だろう。あの人の性格からして一騎打ちの手伝いなどしたらこっちが怨まれるし、それで勝っても自分が英雄となることを絶対に認めないだろう。
だからこそ彼に一人で敵の首魁を打ち倒してもらう必要があるのだが……。
まさかこんな信じられないほど強い敵が現れるなんて、想像もしなかった。
アードラーさんだってそこらのAランク冒険者が束になっても敵わない程の強者だ。だからこそこの作戦は彼が一騎討ちを始めた段階で成ったも同然だったのだが、世の中うまく行かないものだ。
俺はここで何をすべきか考える。
だがあまり時間はないだろう。今はサラトガが遊んでいるので戦いになっているが、このままではアードラーさんが倒れるのは時間の問題だ。
一番いいのはこの場は諦めて次の機会を待つことだ。こいつは俺が倒せばいいし、王都の危機自体は既に収束したと考えていい。残りのハイオークたちは冒険者や王国の兵士達に任せても大丈夫だ。数も数百程度に落ちているし、彼等も活躍の場が欲しいだろう。冒険者の中には黒い門や周辺の調査に参加した実力者達も含まれている。ここまで数を減らせば遅れを取るような事にはならない。
だが問題は次の機会がアードラーさんたちが帰国するまでに起こり得るかという点に尽きる。彼を追い込むべく既に準備万端で待ち構えているであろう獣王国で汚名を着ている状態のアードラーさんが大逆転する状況を作り出せる自信はない。今回は地元のランヌ王国ということでクロイス卿という国の中枢に顔の効く協力者が存在するお陰で完璧に近いお膳立てが出来たのだが、最後の詰めで全ての計画が破綻する状況になってしまった。
諦めるのは容易いが、挽回は非常に難しい。であるならここで何としても成功させるべきだが、真正面からでは百回戦っても敵わないほどの力の差だ。
となれば他の方法を考えるしかないが、彼の性格からして搦め手は嫌がるだろう。最初に伝えていたならともかく、既に一騎打ちは始まっている。誇りを賭けた戦いで横槍入れるなんてさっきも言ったが俺が一生恨まれかねないし、作られた英雄役などラナやラコンの説得でも引き受けてはくれないだろう
この作戦は彼が誰憚ることなく大殊勲を上げ、彼自身がそれを受け取ることが肝要なのだ。
戦いは続いているが、アードラーさんの劣勢は明らかだ。”烈火”とやらは体内の何らかの力を消費して行うようで、既にその湯気は消えかけている。そしてサラトガはいまだ無傷、いやあらかじめ負っていたのだろう古傷がある程度だ。
俺は情報を収集すべく周囲で一騎打ちを見守っているギーリスに近づいた。自分達の戦士長が明らかに窮地に陥っているのに獣人たちの顔にそこまで悲壮感はない。
これは彼等の実に困った文化のひとつで、一騎打ちによる生死はともかくとしてそれ自体はとても尊い事とされていて、その結果としての死も尊ばれることなのだ。つまり、奴隷落ちして不名誉を濯ぐための死よりもこの戦いで敗死したほうが彼のためには良い事とされている。
つまり彼等の助力は一切当てに出来ない。俺は彼等の文化は興味深く思うが、このままでは父を失うと泣くラナたち家族のためにこの件に関わっており、彼等の名誉回復は得られる結果の副次的効果の一つに過ぎない。
「どこからあんな化物が現れたんですか? 始まった頃にはあんな奴いませんでしたよ?」
獣人内で唯一詳しい事情を知る彼にだけ聞こえるように声を顰めた俺にギーリスは視線を動かさず答えた。
「俺達は混乱に乗じて本営に強襲した。僅かに残っていた近衛を倒すと敵の大将が一騎打ちを申し来み、あいつが受けた。開始当初はあいつが圧倒していたが、突如敵が覚醒してあんな感じだ。その直前、あいつが何か喋っていたようだがここからでは聞き取れなかった」
計画ではこちらから一騎打ちを持ちかける予定だったが、向こうから言い出したのか。本陣の護衛を消しすぎたせいかもしれないが、結局は上手く運んだようだ。
そして戦っていたら命の危機に瀕して変異種に進化したのか。くそ、物語の主役じゃないんだから、そういうのは他でやってくれよな。
「アードラーが倒れたら我等が続く。止めてくれるなよ、奴とは冥府まで共にすると決めているのだ」
こっちはそうなる前に手を討たなきゃならんのだ。死ねば済むと思っている輩はこれだから困る。あんたらの討ち死にを誰が残された家族に伝えると思っているのだ。
悲嘆に暮れる彼女たちを前に生前の最後の勇姿を伝えるなど、そんな役は二度と御免だからな。
疲労の色が濃いアードラーさんに対し、サラトガは充分に余裕を残している。こりゃ本当に時間がないな。この状況で彼が勝利するには俺の助力が絶対に必要だが、作戦の成功のためには彼に気付かれずに俺が手助けし、その結果として彼があの強大なサラトガを打倒しなくてはならない。
考えただけで無理と言いたくなる。だが、俺が無理でも俺は一人ではない。こっちには<念話>で繋がる頼れる仲間がいるのだ。
<みんな知恵をくれ! 状況は把握しているか?>
俺は念話で現在の状況を大まかに説明した。
<今確認したけどさぁ。どうすんのこれ? 詰んでない? 逆立ちしても勝てないじゃん>
ソフィアたちと共にいるリリィが諦めが混じった声で返してくる。だからそれを相談したいんだっての。
<この場合の勝利条件が厳しすぎないか? あのアードラーさんに気付かれずに手助けってのがほぼ無理だろ。あれくらいの猛者だとボスの動きを少し止めたくらいでも違和感に感づきそうだし>
<諦めるならラナたちに”今回は無理だから、次頑張るわ”と伝える役目を担ってもらうからな>
<あ、はい。じゃあここで無い頭捻った方が百倍いいわ>
次の機会を狙う方がマシなんじゃ? と言い出す玲二に告げると彼はあっさりと手のひらを返した。
<ふむ、現実的な選択肢となると、彼の強化だが……出来る限り自然にとなると厳しいな>
<そうですね。支援魔法も明らかに体に変化が出ますからまず気付かれるでしょう。こっそり強化というわけにもいきませんし>
<スキルによる支援が一番自然でしょうか。私たちにして下さったように<共有>で能力の底上げは気付かれるでしょうが>
レイア、雪音、ユウナが色々な意見を出してくれる。そうか、スキルはいいかもしれない。俺の仲間の証のような<共有>だが、この戦闘限定で使うのは悪くない案だ。俺が持つ全てのスキルを<共有>できるが、使用可能かどうかはこっちで選別できる。こうすれば必要なスキルだけ彼に渡す事も可能だ。
さっき吹き飛んできた彼を助け起こしたこともあるので、発動に必要な対象に触れることも難しくないしな。
困ったときのスキル頼みではあるが、俺の人生いつもそんなもんだから気にしても仕方ない。
だが、さすが俺の仲間だ。是非ともこういう感じで頼む。
<といっても効果がはっきり分かるスキルは危険だね。いきなり怪我が治ったり力が数倍に上がったら異変に気付かれる。もっと地味な効果だけど逆転できる便利なスキルが欲しいね>
如月の言うとおりだ。スキルポイントを使ってレベルを上げ効果が強すぎる奴、重症でも一瞬で完治する<HP急速回復>とかは目立ちすぎるな。であるならレベルを上げていないもの、あるいは新規取得で活路を見出すべきだな。
<相棒、取得可能スキル一覧を皆にも見えるように出してくれ>
<はいよー。皆にも見えるようにしといたよ。しっかし今回ユウはやらかしたねえ。普通に最初のゴブリンにしとけばよかったのに、オークにしちゃうからこんな面倒な事態になっちゃったし>
相棒、要らん事言わなくてよろしい。黙っていればみんな幸せな話なのだ。
<えっ、なになに? どういうことだよ、今回のオークの軍勢の話か?>
<気にするな。この膨大なスキル一覧から使えそうな奴を探す必要があるんだ。余計なことを考えている暇はないぞ>
俺の露骨な話題逸らしは成功しなかった。仲間たちはみんな先程のリリィの言葉が気になって仕方ないようだ。ええい、相棒に隠し事が出来ないと言うのはこういうとき面倒だな。
<いやね、ユウが最初にあの遺跡で召喚陣を<鑑定>したときには、呼ばれたのはゴブリン3000体だったみたいなの。それじゃ少ないなと思ったユウが召喚陣を書き換えた上、魔力を補充してオーク25000体が呼ばれるように細工したのよ>
<はあ!? な、なにしてんだよユウキ! なんで敵を増やすかなぁ!>
玲二が非常に驚いているが、俺にも言い分はある。
<雑魚のゴブリン3000じゃパッとしないだろ? そこでゴブリンキング倒してもしばらく酒場のネタで騒がれて終わりだよ。国中がその話題でもちきりになるほどの大手柄を立てて大英雄になってもらうんだから、敵もそれ相応の奴じゃなきゃ話が盛り上がらないだろ。どうせなら数は多い方がいいし、5万や10万程度でも殲滅する時間が変わるだけで大差ない事はもう証明したろ。総大将が変異種に進化するなんて想定外すぎるが、それでも今何とかしようとしてるんだからさ>
<まあ、話題性が大事ってのは分からんでもないけど……>
<私たちは芸能関係の学校にいましたので、新人の同級生が売れる為の仕掛けをするのを何度も見てきましたし、そこまで気にしませんが>
<ああ、ふたりは黎泉にいたんだっけ。木澤さんの手引きか、一度会ったことがあるよ。惜しい人を亡くしたよね>
<それより玲、急ぎなさいよ! そんな余裕のある状況だと思ってるの? ここで失敗するとラナさんやキャロちゃんが父親を失う事になるのよ!>
<わ、分かってるって、ユキ>
<いやーゴメンゴメン。余計なことを言っちゃったかな。じゃあお詫びにこんなんどうかな>
リリィが提示してきたのは<起死回生>というスキルだ。窮地に追い込まれるほど強くなるというもので、今の状況にぴったりのスキルだ。採用。消費は70Pだった。
<こういう感じのやつを数個渡せば逆転の芽があるだろう。火事場の馬鹿力みたいな奴で勝ったということになれば説得力もあるしな>
<それじゃこれなんていいんじゃないかな>
続いて如月からもたらされたスキルに、俺は勝利の笑みを浮かべたのだった。
戦いは続いている。既に戦いが始まってかなりの時間が経っているが、勝負は未だついていない。いや、サラトガが敢えて勝負をつけていない、と言うべきだろう。
既に森を抜けて平原での戦いに移っている。森は遮蔽物が多く、大きな体を持つ二人には適さない決闘場だった。だがそれはより巨体であるサラトガが自由に行動できると言う事実であり、二人の実力は更に広がったと見るべきだった。
速度は何とかアードラーさんが上回っているものの、それ以外の全てはサラトガに軍配があがるのだ。
俺の周囲には異変に気付いて駆けつけたライカたちや他の冒険者達も集まってきているが、俺達が一騎打ちである事を知らせると黙って周囲の輪に加わった。
俺ら以外の観客も揃った。後はアードラーさんが勝利すれば全て解決なのだが、それが一番の難問だった。
既に満身創痍の体となったアードラーさんがこちらに吹き飛ばされてきた。すぐに立ち上がれないほどの傷を負っているが、その瞳に燃えさかる戦意に些かの衰えも見えない。彼はまだまだやる気だった。
「随分とお疲れのようですね」
「ユウキ殿か。無様な所を見せているが、助太刀は無用だ。これは一騎打ちだ、武運拙くここで倒れてもそれは戦士の本懐、獣神ライガルの御許に送られるだけのこと。我等にとっては誉れである」
既に覚悟を固めている彼に言葉は力を持たない。であるなら俺はそれ以外で彼の気を引くだけだ。
「腹が減って力が出ないだけでは? ちゃんと飯を食べましたか?」
「むう、それは……だが、一騎打ちを受けた以上、それはいい訳に過ぎん」
俺としてはこの敗色濃厚な空気を変える会話のきっかけだったのだが、思わぬ広がりを見せることになった。
「腹が減っては戦は出来ぬ。飯を食すがいい。先程は吾が情けを受けた。これで貸し借り無しとしよう」
え? もしかしてそれが原因で変異種に進化したとかじゃないよな。今更だが文句の一つも言いたくなる。
忝い、と断って俺が差し出した最高級部位のヒレ肉のステーキをかぶりついた彼の顔が変わる。
そりゃそうだ。俺の仲間や身内たちにしか出していない本当に一番美味い部位なのである。俺なりの援護の一つだった。ちなみにロキは普通のロインの方が食いでがあって好きらしい。
「最後の晩餐は済んだか? それでは、そろそろ終わりにするか。この次は我が部下を大層狩ってくれた魔法使いを殺さねばならんのでな」
「これで、全ての未練は消えた。だが、それは勝ちを諦めたわけではないぞ!」
獣人にある種の肉が増強効果をもたらすのを何度も見てきた。だからアードラーさんに断られる可能性も考えていたし、本当の目的である<共有>によるスキル授受にも成功している。
肉そのものは彼の出血を止める効果で収まったようだ。急激に力が増すわけではないので彼も受け入れたのかもしれない。
「ふむ、やはり変わり映えせぬ攻撃だ。戦士よ、これで終わりにしよう。我が覚醒に貢献してくれたこと、忘れはせぬ」
不意にサラトガの攻撃が変わった。これまでの数段上の一撃が放たれ、防御が間に合わなかったアードラーさんは大きく吹き飛ばされたが、何とか踏みとどまった。
俺のそばに居たバーニィも驚いている。彼の眼を持ってしてもこれで絶命すると思われたほどの強烈な一撃だったのだ。
まず間違いなく<起死回生>が発動しているのだろう。先程までの彼なら命を落としていたはずだ。
「ほう、完全に終わらせるための一撃であったが、よく耐えたものよ。褒美だ、我が奥義によって冥府に送ってやろう」
サラトガは俺が目にする限り、始めた構えらしきものを取ると大きく大剣を振りかぶった。そのまま奴の圧が急激に増してゆく。この大仰さは確かに奥義と呼ぶに足るものである。
「受けよ、奥義、重撃崩壊撃!!」
大地に叩き付けられた大剣が、放射状になって広範囲にその岩盤ごと押し潰されてゆく。広がりを見せる破壊の波がこちらに襲い掛かってきたので消し飛ばしておいた。
俺はなんとでもなるが、アードラーさんはこの攻撃をまともに受けたようだ。もうもうと土煙が立ち込める中、俺は彼がいた辺りに視線を投げる。もしあのままなら命はないだろうが……。
「さらばだ。勇敢なる獣人の戦士よ。貴公は命をかけて戦うに値する猛者だったぞ」
己の勝利を疑っていないサラトガは戦士の礼として既に死したと思っているアードラーさんに目礼すると、自分の奥義を受け止めた俺に視線を向けてきた。
「ほう、我が奥義を受け止めて平然とする者がおるとは。かの戦士より楽しめそうではないか。これより我はあの都を攻め落とすのだ。手始めに貴様から血祭りにあげてくれるわ」
アードラーさんには敬意をもって接していたようだが、俺にはこんな扱いである。
無性に腹が立ってきた。こちとらお前のせいでこんな面倒になってんだぞ。
「調子に乗るなよ、この豚野郎」
「なに?」
「一騎打ちの最中だってのに相手の生死も確認せずに余計なこと考えているからそんな目に遭うんだ。そこそこ出来るかと思ったが、ただの豚だったか」
俺の言葉が終わらぬうちに、サラトガの絶叫が当たりに響き渡った。
絶好の機会を逃さず、奴の首にアードラーさんの持つ大斧が深く深く抉りこんだのだ。
如月が選んだスキルは<潜在能力解放>というものだ。本人が意識さえしていないような体の奥底に眠る本当の力を顕現させるスキルである。これなら本人もいつ手助けを受けたのか気付かないし、明らかに劣勢の中新たな力に目覚めたという非常に解りやすい理由付けになる。
最大の問題は潜在能力がなかった場合と、有ってもサラトガに有効でなかった場合だが……そこは賭けだった。無理なら最悪アードラーさんから憎まれたとしても俺が手を下すことを考えていたが、何とか賭けに勝ったようだ。
それにしてもアードラーさんの潜在能力はなんだったのだろう。見た感じ、あの奥義とやらを受ける以前と傷が増えているようには見えないから、回避系かな。
既に戦いの趨勢は決まった。いかに大きな実力差があろうと首の半分を切り裂かれている状態では戦えるほうがどうかしている。
そのどうかしている状態でサラトガは数回打ち合ったが、最後は力が入らずそのまま仰向けに倒れこんでしまった。これで決着だな。
「最早これまで。倒れた配下達の分まで暴れるつもりだったが……これも戦場の倣いだ」
二人は背後からの攻撃が卑怯だなどと馬鹿げた事は口にしなかった。全てをかけた一騎打ちで相手から視線を逸らす方が愚かなだけだ。口にすること自体が己の不見識を晒すだけである。
「戦士よ、吾に勝利した強き戦士よ、最後に名を聞かせよ。我はハイオークの王である。王であるからには名も知れぬ雑兵に討たれるわけには行かぬ」
「我が名は戦士アードラー、獣王陛下の臣」
「そうか。では戦士アードラーよ、吾を倒した強き戦士よ、吾を越えたお主は吾の代わりに生きて戦い続けてもらう。それが戦士の業よ」
「……無論だ」
「であるならば、アードラーよ。我が首を以ってその誉れとするがいい!」
そう告げるとサラトガは手にした小さな刃で己が首を掻き切った。
こうして、一騎打ちはアードラーさんの勝利に終わり、稀代の王国の英雄は誕生した。
「アードラー!! 無事か!?」
ギルドでの仕事を一段落させてこちらに急行して来たクロイス卿が見たのものは、周囲を部下や冒険者に囲まれながらも体中に傷を負った友人の姿だった。特に防御できなかった一撃を受けた右胸には深い裂傷があり、黒い毛皮の上からでも重傷であることがわかる。既に俺が回復魔法をかけていて傷跡も消せるのだが、やはり刃を交えて敬意を抱きあった関係なのか、サラトガが存在した証明を残したいとこのままにするようだ。
「おう、クロイスか。存外に骨が折れたが、見事敵総大将を討ち取ったぞ」
「お前ならやってくれると信じていたが……途中で変異種に進化したと聞いて肝を冷やしたぜ」
「ああ、わが生涯の中でも最強の敵だった。幸運が味方して勝利することが出来たが、もし次があれば負けるのは私だな」
その言葉を聞いたクロイス卿は俺を見るので、俺は頷いておいた。俺もまさかこんな強敵が現れるなんて予想外でしたって。でも、これ以上ないほどの英雄譚が出来上がったのは間違いない。
それはこの周囲を見ても明らかだ。今は首無しの躯となっているサラトガが放った奥義とやらの影響で周囲の平原は大穴が開いたりと明らかな破壊の後が残っている。どれほどの激闘が繰り広げられたのか、明日の朝になれば王都の全ての民が目撃することになるだろう。
そして王都から出てきた多くの騎士や冒険者がその激闘の目撃者だ。彼等は口々に彼の名を讃え、英雄の誕生を喜んでいる。
この熱気と臨場感は心からそう思っていないと出来ないものだ。俺の仕込みじゃできない芸当である。
「クロイス、少し良いか。ユウキ殿の先程の質問に答えよう」
熱気冷めやらぬ空気の中、アードラーさんが俺の隣で作戦の成功を喜んでいるクロイス卿を呼んでいる。
俺がさっきあのサラトガの奥義をどのようにやり過ごしたのか尋ねたのだが、それはクロイス卿が到着したら教えてくれるとはぐらかされていたのだ。
一瞬だけ<鑑定>をしたのだが、俺が与えた2種のスキルのほかに追加されているものはなく、謎になっていたのだ。
「ユウキ、なにがどういうことなんだ?」
「いや、この破壊をもたらした敵の攻撃をアードラーさんがどうやって防いだのか気になりまして。あの時の彼は立っているだけで精一杯だったはずなので、どうしたのだろうとね」
アードラーさんは俺に答えず、周囲の喧騒から少し距離をとった。余人を交えずに話したいのだろうと思い、俺達は黙ってついていった。
「あの時、最早これまでと覚悟したものだが、奴の攻撃がやってくる寸前、いきなり体が硬質化したのだ。あれほどの威力の技を完全に凌ぎきる変化、間違いなく<鋼体功>だった。クロイスよ、これは私の腕の中で息絶えたリッケルトが残してくれたとしか思えん」
<鋼体功>とはその名のとおり、自分の体を硬くして攻撃を無効化するスキルだ。たしか僧侶か習うスキルの一種だと思ったが、彼等の中では違った意味を持つ名前のようだ。
「あ、あの野郎。死んでまでお節介な野郎だ。そうか、あいつがお前を助けてくれたんだな、考えてみれば当然だ。命の恩人の危機なんだ、あの馬鹿が出しゃばらない訳がない」
声を震わせたクロイス卿は天を仰いだ。その理由を問うほど俺も気が回らない男ではない。
二人はここにいない誰かを想っている。既にアードラーさんの<共有>は解除している、邪魔者はさっさと引っ込むとしよう。
「師匠! 終わったんですね」
「ああ、終わったよ。ライカたちもお疲れ。俺はもう戻るが、皆は後片付けに参加するかどうかは好きにしろ」
二人からはなれた俺はこちらに向けて駆け寄ってくる弟子たちに向けて告げた。俺はもうこれ以上この件に関わる気はなかったので今日はこれでお終いだ。後一刻もすれば日も変わる、帰って寝るとしよう。
「私たちは参加します。ここを逃すのはもったいないですし」
「そうか。明日の朝に会えないかもしれないし、そうなると次に会うのは5日後くらいになるな」
「はい、師匠もお気をつけて」
敵将を討ち取って上機嫌の”緋色の風”も片付けに参加するようだ。4人に挨拶して俺は王都へ戻るが、その最中に武装したアイン達が駆け寄ってきた。
「頭、お疲れ様でございます。神にも等しい頭の御力、しかと眼に焼き付けました」
「敵を倒したのはSランク冒険者だ。お前がどう思おうが勝手だが、周囲にはそれで通せよ。面倒は御免だ」
「へい、心得ておりやす」
俺の性格をだいぶ熟知してきたザインは俺の言葉に頷いた。抗弁が無意味だと知っているのだ。
「それと、敵が多すぎて片付けが大変だ。明日は大混乱になるだろう、お前らがある程度道筋作っておけよ。そのために夜明け前までに色々調べておくといい」
「へい、有難く頂戴いたしやす」
言うだけ言った俺は頭を下げるザインたちに手を振って別れたが、ここの集団全てが彼の手下ではなかったようで、露骨に不満を抱く奴もいた。
「へっ、片付けは手下にやらせて御自分はさっさと退散かよ、お偉いこった」
俺は聞き流していたが、ザインが即座にその中年男を殴り飛ばした。だから俺は、その後でこんな会話がされていたことも知らない。
「ザ、ザイン、何しやがる」
「お前、レントンのとこの衆だな。今日はもう帰っていいぞ」
「ひ、人をいきなり殴りつけておいて何を言っていやがる!」
「お前のような頭の足りない糞馬鹿のために説明してやる。先程頭は数多くのオークを倒した。お前もあの光の雨を見ただろう。あれらは森の奥に降っていった。つまり森の奥に大量のオークが居るってことになる」
「それがどうしたってんだ。その片付けに行くんだろが」
「ここまで言っても解らねえか。さっきギルドで説明があっただろ。相手はハイオークだ、持っている魔石は7等級、金貨二枚もの価値がある。それに奴等が身につけていた武器防具は全て鋼鉄製だし、連中の巨体に合わせた大きなもんだ。それにハイオーク自体も素材として価値がある物が多い、肉はもちろん睾丸なんかも高い買取だ」
「ま、まさかそれが……全部?」
「頭は俺達に仕事を振る際、必ず美味い話を持ってくる。今回だってそうだ。森の中には金貨が落ちてんだぞ、明日になればこのありえないほどのおいしい事態を知った王都の民が森に押し寄せてくる。その際の大混乱を少しでも抑えろとのご命令だ。もちろんその前に俺達が森に入って状況を検分する必要がある。その際に役得があってもいいだろう?」
「ああ、なんてこった。お、俺は頭になんて口を……」
「わかりゃあ良いんだよ。さあお前ら、今日は徹夜だぞ。頭からの直々のご命令だ、しくじるわけにはいかねえからな!」
27000ものハイオークの躯は十万枚近い金貨に化けると思われる。俺はサラトガの親衛隊(実にヤバイ奴等だった。こいつらは6等級の魔石を持っていた)は<アイテムボックス>に回収したが、それ以外は放置したので、しばらくは王都では嬉しい悲鳴が轟くことになるだろう。ユウナに調べさせた所、王都ギルドは相当額の金貨を溜め込んでいるのを知っていたので、金貨不足になることはあるまい。
腐る肉はともかく、魔石はいつでも換金できる。手元においておく奴も居るだろうしな。
これで王都の一番の懸案は片付いた。アードラーさんは誰もが認める救国の英雄だし、ライカと”緋色の風”は数多くのオークを討ち取った殊勲者だ。みんな面目が保てたといえるのではないだろうか。
獣王国内での問題は向こうに行ってから対処を考えるとして、こちらで行える必要な準備は終えたといっていい。
そういうわけで、その翌朝俺は良い気分で学術都市アルザスに向けて出発する馬車の中にいたのだった。
残りの借金額 金貨 14496520枚
ユウキ ゲンイチロウ LV1852
デミ・ヒューマン 男 年齢 75
職業 <村人LV2003>
HP 165841/165841
MP 251981/251982
STR 21025
AGI 21421
MGI 22516
DEF 22895
DEX 22566
LUK 12100
STM(隠しパラ)4460
SKILL POINT 7890/8840 累計敵討伐数 174898
楽しんで頂ければ幸いです。
随分と前から話があった王都の異変編は解決しました。原因調査はこれからですが、脅威は去ったという事で。
次はちょっとだけ魔法学院編です(後にがっつりやりますが今は入学程度です)。
その後は王都の最後の用事であるオークションをやってウィスカ30層を目指すことになるかと。
まだ長いなあ。気長にお付き合いいただければ幸いです。
これからもよろしくお願いいたします。次は日曜にお会いできればと思います。