汝等、深淵より来たれり 6
おまたせしております。
さて、そろそろ時刻だな。
俺は王都の北側の城壁の上にいた。辺りは既に夜の帳が降りているが、月明りがあるので視界は開けている。暗闇でも戦える俺にあまり明るさは意味がないし、そもそも俺達は白兵戦を想定していないので関係ない話だ。バーニィは色々と常識外なので放っておくに限る。
それに、恐らくあちらさんが勝手に用意するのではないかと思っている。
俺達は高所から敵を見下ろしつつ、遠距離攻撃で敵を叩き続ける計画だ。
当然ながら、全ての参加人員が飛び道具を持っているわけではない。”緋色の風”で言えば戦士のモミジや僧侶のスイレン、ライカのパーティーは彼女以外は攻撃手段がないので、山ほど宝珠を貸与している。
この作戦を考えてからずっと宝珠を集め続けているので今では3桁近くの個数を集めている。籠められた魔法を使いきるとただの宝石になってしまうが、そこは豊富な魔力を持つ俺の仲間達が魔法を補充するので、まずこの戦闘中は矢玉に不足することはないだろう。
「これから二万を越える敵が現れるんだよな。うわぁ、緊張してきた」
どこか楽しそうな口調で隣の玲二が誰ともなく呟いた。
俺の作戦が遠距離から一方的に殴り続けるものであるため、命のやり取りであるという意識が全くないのだ。
俺は彼に殺し合いなどという殺伐とした世界を味あわせるつもりは欠片もなかったので、もとから玲二は誘うつもりはなかった。
貴族であるバーニィは国のために戦うのは仕方ないし、クロイス卿も参加は義務だ。俺に勝手に主役にされたアードラーさんも助太刀を買って出てくれたし、ライカ達も作戦の成功のために必要だった。
しかし、異世界人のみんなは関係ない話だ。彼らの日本は相当平和な世界のようで、武器を持って戦う事など皆無だという。
リリィがよく見ている動画じゃ飽きもせず殺し合いをしているが、あれは空想上の産物だ。
だが、俺達が悪巧みしているのを見ていたらしく、なんか手伝わせろとしつこく言ってきたのだ。なんでこんな血生臭い事に首を突っ込みたがるのか知らんが、俺と能力を<共有>する彼等はどんな場所でも活躍できるので、有り難く魔力倉庫になってもらった。
これで誰もが好き放題に魔法を撃ちまくれる寸法だ。
俺の隣には玲二と如月がいて、すぐ後ろにレイアとユウナが控えている。少し離れた場所にライカ達とスイレン達が敵の出現を今か今かと待っている。
雪音はホテルにいるが、もし宝珠に魔力を補充する手が足りなくなったら手伝ってもらう手筈だ。だが、彼女はホテルにいる皆の護りと考えている。リリィも不参加でソフィアと共に明日からの留学の準備をしている。妖精の彼女にどんな準備があるかは知らないが。
イリシャは既に夢の中だ。彼女の能力は未来を視ることができるが、特に今夜の言及は無かった。気にすることはないが、必要なら言えと伝えてあるものの、なんにも言って来ないから大したことは起こらないのだろう。
既にバーニィは夜の見回りということで王都の外にいた。もしあいつが大活躍しても彼はここ数日見回りに出て実績を作っているので、唐突に言い出したわけではないと衛兵も証言してくれるだろう。
クロイス卿はアードラーさん達と共に公爵邸にいる。情報は全て渡してあるが、あくまで彼等は危急の報せを受けて知った体でいなくてはならないしな。
俺達が居る城壁は、公爵家の御墨付きを貰ってここに居る。非常事態が宣言されてすぐの頃は衛兵たちも緊張感を持ってやっていたそうだが、今ではすっかりだらけている。
いくら公爵家の許可があるとはいえ、見知らぬ連中が居るというのに兵隊一人張り付けていないのがいい証拠だ。こちらとしては大いに助かるが。
いざ始まればこの城壁の上から更に土魔法で櫓のような物見台を作るつもりだ。
夜間とはいえ月明かりはあるし、それぞれに渡してある望遠鏡は暗視機能もある。大軍だし、これで見失うことはないだろう。
さあ、戦争の時間だ。
「来たぞっ!」
玲二の叫びが示す通り、森の中から広範囲に光が上がっている。城壁の上から見下ろしているからわかるが、巨大な円の形の光だ。
ある程度場所を指定できるとはいえ、俺の想定より森の奥の方で召喚は行われたようだ。ここからでは最前列が森の外周部に僅かに見える程度だ。
俺は魔方陣は全くの素人だが、これは相当に高度なものではないかと思う。出現場所を任意で指定できるなど、そもそも”陣”の意味がないと思うが。
だがその研究はいずれ王国の学者達がやってくれるだろう。俺がなすべきなのは、こうして湧いたモンスターの掃除である。
俺が呼んだのはオークの軍勢25000だ。オークと言えば豚面の魔物である。平野に現れることはほぼないが、その大きな体躯と怪力で対峙する冒険者にとっては強敵のひとりだ。脅威度はCランクだが、旺盛な精力と粗末な棍棒を振り回すだけでも平均的な冒険者は壊滅する。あと女性は絶対に近づけてはいけない。
防具など身に付けなくてもぶ厚い皮下脂肪は矢を筋肉まで通さないし、真正面から挑めるのはBランク冒険者くらいからと言われている。
そんなオーク達が数多く召喚……あれ?
「あいつらなにか着込込んでないか? 俺の知るオークはそこまで武装していないはず……」
俺の呟きを拾ったユウナが手にしていた望遠鏡を覗きこみ、驚きの声を上げた。
「ユウキ様! あれはハイオークです! オークの上位種にあたり、かなり知恵の回るBランクモンスターです」
「Bランクということは、こっちの冒険者たちは……」
「はい、頭数の多いCランク冒険者では皆無に等しい戦果と引き換えにこちらの死体が積み上がるだけでしょう」
ほぼ全て俺等の手の者で始末をつける予定だが、数百匹はザイン達や騎士団、そして冒険者にあてがうつもりだ。彼等もそのための準備をしてきたわけだし、勝利を味わわなくては勝利の凱歌も上げにくい。ひいては他人の大手柄を気持ちよく吹聴しないだろう。
こりゃ先に<結界>だな。通常より強化してこちらからの出入りも出来なくさせよう。何処で余計な恨みを買うか分かったもんじゃないので無駄な人死には減らしておくに限る。ただでさえ安い強制依頼で徴兵されているんだ。Cランクあたりは戦意旺盛とは言いがたいだろう。
俺は既に準備を整えてあった広域結界を発動させる。これによって王都の魔力持ちに緊急事態の発生を理解させただろう。
俺としては戦闘が始まった辺りで<結界>を起動するつもりだったが、思わぬ敵の強化で前倒しになった格好だ。オークだと召喚陣の<鑑定>ではあったのだが、上位種オークのお出ましとは予想外である。
だがどれほど緻密な考えをめぐらせても相手が存在し考える頭を持っている以上、全て想像通りに行く作戦など存在しない。戦争は生き物とはいえ既に動き出した作戦は止めようがないし、状況に応じて僅かな修正を加えつつ対応してゆくほかないのだ。
それでは始めるとしようか。まずは足場を作るとしよう。
俺達は高い城壁の上に居るとはいえ、これでも全域を見渡すには高さが足りない。土魔法で城壁の上に大きな物見台を作り上げる。城壁の上に俺達全員が充分に動き回れるほどの広さを持った建造物を作るのはかなりの大作業だが、城壁をさらに補強する形で昨日から何度か作っているので最適な形の台を即座に作り上げられた。
この物見台は<結界>の外側に位置している。そうしないと自分達の攻撃が<結界>に阻まれてしまうからだ。こちらの攻撃だけを通過させる<結界>も作れないことはないが、そこまで高性能な<結界>を他人の衆目に晒す利点が思いつけなかったのでやっていない。
自分への名声は今は必要ない。借金の問題が片付けば、と思うこともあるが……いくら偽名で行動しているとはいえ故郷の家族に知られると対応が面倒だ。この件も主役はアードラーさん、脇役は”緋色の風”の4人とライカたち”蒼い閃光”だし、数年経って色々状況が変わればともかく、今はいいな。
「ライカ、キキョウ、シズカ。状況を開始する。始めろ」
俺の声に頷いた遠距離攻撃特化の三人はそれぞれに攻撃を始めた。他の皆はまだ敵との距離が300メトル以上離れているので手控えている。宝珠による魔法攻撃の有効射程距離はいいとこ50メトルだ。いくら皆が頑張ってもいずれ数で押し切られるが、そのための冒険者や騎士団、ザインたち街の有志だし、彼等が戦うのは数百程度だろう。そうなるように俺が処理するしな。
「ユウキはまだ攻撃しないのか? 数は聞いちゃいたが、こうして見ると25000は圧巻の数だな」
「向こうもいきなり呼ばれて混乱してたみたいだけど、すぐに偵察の騎兵を出したようだね。思った以上にちゃんとした軍隊だよ。三人の攻撃を受けてもさほど混乱していないし」
<暗視>が使える二人は月明かりしかない夜でも敵の動きがはっきり見えるようだ。そもそも<マップ>で敵の位置は把握できるしな。
攻撃中の三人は暗視装置付きの望遠鏡を覗き込んで狙撃している。ちょっと面倒だが、この遠距離から安全且つ確実に敵を仕留められる便利さを前に一手間を惜しむ素人はここには居ない。
ライカはユニークスキルを使えば必ず当たるので狙いさえつける必要はないが、彼女とキキョウにとっては俺からの最後の試練でもあるのでちゃんと相手の弱点を狙って一撃で仕留めている。今はいいが長丁場でもいかに集中を切らさずに攻撃を続けられるかが肝だな。
俺は主に後方の部隊から順に始末してく予定だった。この敵勢はどんな状況で呼ばれたのか知らないが、何故か既に陣形を整えていた。先手勢、右翼左翼、中衛、本軍と手堅い印象だ。数は先手が3000、両翼が5000ずつ、中衛4000と本軍10000といった感じだ。森の中に呼ばれたから陣形は多少崩れているが、戦闘行動に支障はなさそうだ。
それにしても王都に向けて進軍体制で呼ばれるとは面倒な。都合良く行けば総大将が孤立している状況もありえただろうに……いや、俺の運の悪さを考えれば妥当か。まあいいや。
そういえば2000ほど敵が増えているが、誤差の範囲内だろう。どういう基準で召喚されたか知らんし、ちょうど良い相手が選ばれたのだろうか? 召喚の理屈が良く分からんし俺は専門家でもない。いずれ国の正式な調査団があの遺跡に送り込まれるだろう。
たかだが2000程度、あっという間に駆逐できるから気にもならない。
「俺が動き始めるのはアードラーさんたちが敵に浸透を始める頃だ。いきなり後方で殲滅を始めたら相手の思いがけない反応を呼び込むかもしれないしな。彼等は今公爵の屋敷から……ってお互い<マップ>で分かる話か」
そう言いつつ、俺はこの作戦の要である広域魔力回復剤、エーテリオンの準備をする。効果時間が約半日という出鱈目な能力を持つこのアイテムのお陰で3人はひたすら固定砲台として敵を叩き続けられる。
これでこちらの準備は整った。後はアードラーさん、いや副隊長のギーリスが上手く彼を誘導してくれればこちらの作戦は成ったようなものだ。
「始まったわね」
<結界>を感じて駆けつけたのだろうリノアが俺の横にやってきていた。彼女も仕事上、夜目は常人の数倍以上を誇るが、それ故に敵の姿を見て衝撃を受けている。
「あれってただのオークじゃないわね。連中がちゃんとした防具を装備しているなんて聞いたことないもの」
「ユウナによればハイオークだそうだ。上位種が来ちまったようだな」
「ちょっと勘弁してよ。ウチの男たちでも下手をすれば遅れを取りかねない相手じゃない! 少しはクロガネの奴等にも流すんでしょ? 死屍累々になるわよ。既に教会や神殿の使い手が支援魔法を掛けおえているし、これ以上味方は強くなれないわよ?」
リノアの言葉通り、有事の際は王都中の使い手が集って回復魔法や支援魔法を戦士達に使ってくれる計画であり、既に一部は行われているようだ。
だが支援魔法はあくまで本人の能力を少し上昇させる程度だ。実力が隔絶した相手に多少力が上がってもほとんど意味はないだろう。それに……
「やっぱり相手は相当まともな軍隊だね。周囲の状況把握に騎兵を出したし、相手も支援魔法を使い始めてる」
如月の指摘どおり、ハイオークの先手勢が仲間に支援魔法を使い始めた。これで能力差は更に広がる事になる。
「どうするの? 少し不満が出てもあんたが全部やっちゃったほうが結果としてはマシなんじゃない?」
リノアの言葉ももっともだが、王都の民がこの戦いに参加したという事実がこれから先に意味を持つのだ。俺達が全て片付けちまうと色々と不都合がある。敢えて面倒を増やした感はあるが、これほど都合のいい状況は滅多にないので、できることなら何とか活用したいのだ。
「手はあるさ。これ以上味方を強く出来ないなら敵を弱くすればいいだけだ」
「バフとデバフは基本中の基本だよな」
玲二がしきりに頷いているが、意味が分からない俺に如月が苦笑しながら味方の強化と相手の弱体化だと教えてくれた。
「リノア、相手の強さを弱める魔法を使うから前に出すぎないように戦えと伝えてくれ。範囲指定の魔法だから下手をすると自分達まで弱くなるぞ」
体格が全く違うオーク相手に切り結ぶ戦いをする奴は少ないと思うが、そこまでは面倒を見切れない。ひたすら飛び道具で叩く俺達には有効な戦術だが、他のやつらは無理なら逃げてくれ。一人前以上であるCランク冒険者なら勇気と蛮勇の違いは弁えていて当然であるし、蛮勇に与えられるのは嘲笑だけだ。
「伝えてくるわ」
去ったリノアと入れ替わりでクロイス卿がこちらに上がってきた。彼は騎士団の指揮権などないので引退したが冒険者の指揮を取る事になっている。もともと<天眼>というスキル名と同名の二つ名を持つ彼はこのような大規模クエストで真価を発揮する人だ。なにしろ俺の<マップ>と大体同じことができるのだから、戦争では非常に役立つスキルだろう。
彼はギルドに向かう前にこちらに来たようだ。向こうに行ってしまえば彼が総指揮官だろうから、そこに詰めたきりになってしまうだろうしな。
「状況は!?」
「敵は27000、オークじゃなくて上位種のハイオークでした。こっちの作戦に変更はないですが、そちらは相当上手く戦わないと冒険者の死体の山が出来ますね」
俺の報告を聞いたクロイス卿は顔を露骨に顰めた。数の多いCランクでは太刀打ちできない相手だと知っているのだろう。
「確かにオークといわれればオークだがよ、まさかハイオークとはな。これじゃBランク以上しか前に出せないな。ハイオーク相手じゃ肉の盾にさえならん」
「既に相手も支援魔法を使って強化しています。こっちも弱体化魔法を使いますが、くれぐれも突出は避けるように言って下さい。そちらにはこちらの打ち洩らしが向かう予定です。迎撃の規模から考えて200体ってとこでしょうか?」
「ったく。悩ましいとこだな。英雄誕生の証人のために実際に戦う必要があるとはいえ、敵が想定よりも強すぎたな。被害を抑えつつ確実に勝つには確かにその程度の数が現実的だろう。こっちはいいが、本命の作戦はどんな感じだ? アードラーたちは俺が何か言う前に戦いの空気を感じて飛び出して行ったぞ」
俺の隣に立って上から戦場を見渡すクロイス卿。敵はまだ状況を見定めていないのか、隊列を保ったまま前進はしてこないので、ライカ達の前に被害を続出させている。といっても3人なのでまだ数十人程度の戦果だが。
相手が即座に攻撃に移らない理由もなんとなく分かる。可哀想に、いきなり戦場に放り込まれるだけならまだしも、目の前が王都だからな。明らかに包囲戦、あるいは攻城戦を行うような状況に放り込まれたのだ。
この逡巡を見ても敵が知性のある敵だと分かるが、彼等は明らかに野戦を目的とした編成だった。
城や町を攻めるなら、相応の道具が必要になる。包囲するにせよ城攻めするにせよ、圧倒的に準備が足りない。状況を把握するために偵察騎兵(今更だが当然ハイオークの騎兵だ。馬ではなく巨体のオークが乗れる魔物に騎乗している)を派遣したようだが、先手勢は攻撃を受けているし、俺が敵の指揮官なら頭を抱えている所だ。敵ながらご愁傷様である。恨むなら召喚陣を設置した奴を恨んでくれ、こっちも被害者なんだ。
「すでにバーニィが始めていますよ。敵右翼が大混乱です、公爵邸の位置から見てもギーリスがここから敵本陣に浸透できると提案するでしょう」
ここからでも右翼の悲鳴と怒号が耳に入るほどバーニィが大暴れしている。既に切り伏せた敵はこの短時間で300を越えているし、あの混乱状況から見て恐らく真っ先に右翼の敵将を討ち取ったのだろう。
予想通りの働きぶりだが、あいつにはやりすぎるなと注意してはいる。本当に総大将まで討ち取りかねない素早さであるからだ。
主役を奪ってもらっては困るし、何よりも失敗はアードラーさんの死に繋がるのだ。公爵邸にいるラナやラコンたちの父親だし、なによりもシルヴィアの大切なお友達である。そしてシルヴィアを自分の命より大事に思っているアンジェラがいる。全てが上手く行けばラナが喜び、シルヴィアが喜び、彼の大好きなアンジェラも喜ぶ。周りまわって自分の利益になっているので彼もこの作戦にかける意気込みは相当なものだった。
「うわ、始まってすぐでこれかよ。あいつも敵に回したくねぇな。とにかく状況は理解した。俺はギルドへ向かうとするさ。分かっていると思うが俺は立場上アードラーの助力はできない。この件で俺と無関係を装えば奴の評価は更に上がるからな。何度も頼っちまって悪いが、奴を頼む」
そう言って平民の俺に頭を下げる高位貴族のクロイス卿の顔は真剣極まるものだった。彼にとってアードラーさんが命の恩人以上の存在である事はなんとなく理解していたので、俺の彼の誠意に最大限応えることにした。
「彼に死なれると子供達と仲の良いイリシャが悲しむんでね、まあ上手くやりますよ」
俺の軽口に不敵な笑みを浮かべた彼は、風のように去っていった。互いが互いの仕事をこなすとしよう。
「敵が動き出したね。笛に合わせて行進してくるなんて、まるで戦列歩兵だね」
如月の指摘どおり、敵が角笛のような楽器を吹くと先手勢がこちらに向かって行進を始めた。その様子を見て俺は舌打ちを隠せなかった。
分かってはいたが、敵の士気と錬度は相当なものだ。バーニィに敵将を討たれた右翼はともかく、混乱からの立ち直りが早い。精兵である事は間違いないな、なにしろライカたちに一方的に撃たれていても崩れなかった敵なのだ。なんでこんな精強な連中が呼ばれるんだと文句を付けたくなる。
行進にしてもそうだ。恐らく突撃開始線に至るまでこれを続けるのだろうが、知能のあるハイオークとはいえ無軌道に襲ってこない分、恐ろしくある。こりゃまともにやりあう冒険者達は大変だな。
とはいえ、俺もそろそろ行動を開始しよう。アードラーさんたちは上手く混乱した敵右翼を浸透突破した。今彼等の側にはユウナがついていて、俺からの指示というか敵の大将の位置を伝える役目を持っている。既に<マップ>でその位置も露見している。やはり本軍の中央、そこにひっきりなしに伝令が行き交っているからそこが本陣で間違いないだろう。そしてそこまでの道を切り開くのが俺の役目なのだった。
「玲二、如月、始めるからあと宜しく」
極度の集中が必要というわけでもないが、意識は<マップ>に注がねばならないので身の回りの事は二人に頼んでおいた。彼等は自前の魔法もあるし、玲二が考え出した<アイテムボックス>に魔法を溜め込む方法も各属性5万発はあるので、どれほど使っても弾切れの心配はないだろう。
「さて……」
俺は意識を集中させると、空中に魔力球を生み出した。透明な魔力球なので目立つようなことはないが、魔力を持つものが見ればどれほどの力が籠められているか一目瞭然だろう。
「なんて魔力なのかしら……さらに凝縮されていっている、いったいどこまで」
手持ち無沙汰なスイレンの呟きが聞こえたが、集中する俺は聞き流している。この魔力球は行ってみれば燃料槽だ。これから放つ大量の魔法に使う分をあらかじめ貯めておき、矢継ぎ早に連続して魔法を放てるようになるのだ。手数という点においてはこれが一番効率が良い。ダンジョンでやらないのは常に移動するので魔力球を連れて歩く手間が面倒だからだ。
だがこうして立ち止まって魔法を放つ際にはとても便利な方法である。
「さて、運の無いオークたちよ。お前らは俺達が美味しく再利用してやるから、成仏してくれよ」
俺は膨大な魔力を籠めた球を上空に浮かせると死に行く彼等の冥福を祈った。
「何と見事な魔力だ。我が君よ。その素晴らしき御技の名は?」
「名前なんか無いっての。名をつけた瞬間に技は死ぬ。俺の性格を知っているだろう?」
技は敵を倒すための手段であって目的ではない。大仰な呼称は本質を曇らせるだけだ。精々区別のために一号二号くらいで十分だ。
「我が君はこれだから。主の偉大さを喧伝するのも従者の務めだというのに。玲二達も我が君に何か言ってほしいものだ」
「他人の信条に口を挟む趣味はないんだけどね」「同感。レイアさんの立場には同情するけど」
戦闘中でも平常運転な仲間たちに内心溜息をつくと、俺は上空の球から魔力を解放する。
終末はこうして始まった。
敵の本軍の最後尾、味方への支援を主に担当するハイオークプリースト達は総勢200名、幾多の戦場で味方を援護してきた名高き精鋭たちだった。
だが、その彼等の人(豚)生の最後は実に呆気ないものだった。上空から飛来した数多の白い光の矢が彼等の右目を貫き、そのまま頭蓋を打ち抜いてその生命活動を終わらせたのだ。
戦場で流れ弾に当たる事は不運ではあるが名のある多くの戦士達が敵兵の刃ではなく誰を狙ったかも分からぬ流れ矢で命を失う事はよくある話だ。被害が彼一人で済んだのならば。
損害は支援部隊全体に及んでいた。これまで多くの戦場を歩んできた歴戦の彼等は一瞬にして命運を絶たれた。彼等が展開していた味方を強化する支援魔法はこの瞬間に途切れた。
多くの者は自分のみに何が起こったのかさえ理解できずにこの世界との別れを告げていた。
そして悪い事に、彼等は全体の最後尾だった。つまり、彼等の被害を本営が知るのは取り返しがつかないほど多くの命が失われた後になるのだった。
上空にある魔力球から光の糸が伸びるたび、200名を越すハイオークの命が消えていった。恐るべき事にこの光の糸は一息つく間もなく連続で光の糸を放ち、同数以上のハイオークたちを屠ってゆく。
彼等は悲鳴の一つも上げられぬまま倒れ伏して死んでいった。前線の喧騒とは裏腹に後方は命を絶たれたハイオークたちが倒れ伏す音だけが響く有様だった。
総大将がいる本営がその異変に気付くころには損害は6000名を越え、その数は一微(秒)ごとに増え続けていた。彼等が実態を把握した頃には軍の崩壊さえ考えられる致命的な損害になっていた。
「本軍と左翼は今はこんなもんでいいか。あとはいかにアードラーさんが一騎打ちに持っていけるかだが……」
俺は担当する敵の9割以上を数寸(分)で始末すると、バーニィが喰い残した敵右翼の残りを殲滅しつつ、主役たちの動向を見守っていた。
「すごい……! まるで流星雨みたいだ」
呆けた顔で俺の攻撃を見ているカオルが興奮した口調で呟いた。その姉も何か言いたそうな顔をしていたが、彼女たちは試験の真っ最中だから一瞬だけ視線を寄越した後はすぐさまオークたちの掃討に戻っている。先手勢は間もなく突撃開始線だ。恐らく号令と共に一気呵成に攻め込んでくるだろう。
正直、<結界>と城壁をどうやって攻略するのか分からないが。まさか、力押しで殴るのか? 確かにそれしか選択肢はなさそうだが、オークの怪力なら城壁はともかく<結界>は無謀だぞ。
「カオル嬢、いい響きだな。それを頂戴しよう。我が君の今の御技は流星雨と命名する。我が君の偉大さを後世に残すのも従者の務めさ」
俺の趣味ではないが、他人が勝手に命名するのを止める気はない。こういうのは二つ名と同じで勝手に呼ばれていくものだからだ、
何かに書き付けているレイアを横目で見ながら俺は状況を確認する。バーニィは現在右翼を突っ切って先手勢の背後から敵を切りまくっている。既に千体近くは倒しているのではないだろうか。このまま先手勢を倒し続けてくれればこっちの戦力が相手をする数が減るのでこのまま頑張ってほしいものだ。
アードラーさんたちは本陣に向かって急行中だ。俺が本軍を壊乱状態にさせたので、指揮系統が混乱していて彼等を補足できていない。もとより彼等は夜の闇に溶け込むかのように黒色の装備が多かった。これも上手く作用してくれているようだ。
だが敵も流石の精兵だ。すぐに体勢を立て直すと敵であるアードラーさんを見つけて警告の叫びを上げている。
彼等を囲もうとする前に俺が魔法で始末して彼等の道を作ってゆく。上空から打ち下ろしているが途中で軌道を替えて確実に眼窩から頭を破壊している。
これならオークだろうがハイオークだろうが確実に死ぬ。特にハイオークは全ての兵が急所を鋼の防具で覆っているが、目まで護っている奴は居ない。見えなくなるから当然だがむき出しの急所を狙わない理由もない。貫通させれば脳味噌まで破壊できるから確実に倒せるのだ。
というわけでライカ達にも眼を狙えと言ってある。小さくて狙いにくい的だが、当たれば確実だ。意外とシズカが狙撃に類い稀な才を持っているようで、かなりの数を一撃で倒していた。
「しっかしさあ、理屈じゃ出来るとわかっても実践するのは中々骨が折れるぞこれ。<マップ>で相手の位置を確認して超遠距離狙撃なんて普通考えられないっての」
「慣れれば出来なくないって。都合よく相手の体格もほぼ同じだしな。位置さえつかめれば眼を狙って狙撃も可能だ」
「いや、無茶苦茶言ってるって。どうやってもできる気がしないわ」
ぼやく玲二だが、こんな曲芸を覚えても使う機会なんざ……悪事にしか思いつかない。こっそり敵を暗殺とかできそうじゃないか。よし、封印だな。できると思われた段階で俺が無意味に疑われる。
「それよりお前達の仕事の時間だぞ。敵が突っ込んでくる、ここである程度減らしておかないと安心して街の連中に手柄を渡せないからな」
バーニィが半壊した左翼に目標を変更した為、数は2000程度まで減らされたものの戦意旺盛なハイオークの戦列がこちらに向けて一斉に突撃を開始した。こいつを迎撃して相手の出端を挫いた後で王都の戦力を追撃に回すつもりなのだろう。北門の前に集まっている大勢の兵や冒険者達を見て俺は対応を予想する。
長々と時間をかけても仕方ない、一撃で終わらせるか。
「撃ち方はじめ」
俺が生み出した200近い光の矢が蛮声を上げて迫り来るハイオーク達の右目に命中する。その後は皆の魔法や宝珠が火を吹いた。いくら精強なハイオーク兵とはいえ、魔法の乱れうちの前には無力だ。戦列歩兵として一列に並んでいたのもよくなかった。これではただの的以外の何者でもなかった。
しばらくは魔法の光が辺りを覆い尽すほどの物量がハイオークたちに叩きつけられた。
仲間達の魔法がハイオークたちを次々に打ち倒す。俺ももう一回だけ光の矢を生み出して諦めることなく突撃を敢行しようとした連中を地獄に送ると、そこには哀れなほど数を減らし傷を負ったハイオーク達の姿があった。
「かかれぇッ!! 追い首だ! 追撃をかけろ!」
そのとき狙いしましたような時期の良さで王都側から騎士団と冒険者達が飛び出した。いくら地力に大きな開きがあるとはいえ、既に敵の支援魔法は消えている俺の弱体化魔法と仲間の魔法で大いに傷ついているハイオークたちは為す術なく倒されていった。
勝利の凱歌を挙げる彼等を尻目に、俺はライカに指示を出した。
「ライカ、見えるか? 一番奥に偉そうな鎧を着ている奴がいるだろ。あれが指揮官のジェネラル・ハイオークだ。討ち取って手柄としろ」
俺は残りの中衛を光の矢で殲滅しつつ、指揮個体であるジェネラルを指差した。望遠鏡を覗き込んだライカは俺の示した敵に気付き、無言で狙撃してあっという間に強敵を仕留めた。
「よくやった。後で奴を回収してくるんだな。Sランクとして分かりやすい手柄は必要だろう」
「お気遣いいただいてありがとうございます。これで方々に言い訳が立ちます」
俺の言葉に嬉しそうに頷くライカだった。彼女も頑張ったが、遠距離の精密射撃では明らかにシズカに分があった。戦果では倍近い差がついていたので気にしていたようだ。
「今の敵将、他にも居る?」
眼下では既に掃討も一段落して余裕が出来たのか、モミジがほかにも手柄があるか聞いて来た。言われて<マップ>で捜すものの……あいつめ。
「中衛に後一人だけ残ってる。本当は全ての軍に居たんだが、右翼と左翼はバーニィが既に始末している。急がないと無くなっちまうな」
本軍には総大将の他に部隊の指揮を取るジェネラルもいたが、既に始末済みだ。
「手柄の独り占めは許されない。今すぐ仕留めてくる」
そう言い残すと仲間が止めるのも聞かずモミジは物見台から飛び降りてしまった。空中で身を翻し、城壁で一旦勢いを殺すとそのまま地面に着地して森の中に走り去っていった。
「モミジ! もう、一人で突っ込むなんて。いくら実力がついたからといっても油断は禁物よ」
スイレンの制止も聞かずに突っ込んでいったモミジを追うべく、他の3人も急いで降りていこうとするが面倒なので地上までの滑り台を作ってやった。モミジは無茶をしたが、最近の彼女の著しい成長はキキョウをも凌ぐものがあった。武器の相性もあるのだろうが、手甲を装備した彼女の動きは見違えるほどよくなったし、最近渡した変異種のドロップアイテムとの親和性は最高だった。
敵に肉薄して打撃を胴体に与えた直後に魔法を発動させるとどんな敵も一撃で仕留められるのだ。全身鎧を身に着けた相手でも鎧の上から易々と貫通する超威力の魔法を放てれば倒れない敵は居ないだろう。
あのジェネラルも殆ど抵抗できずに打ち倒される予感しかしない。
他の三人も援護に行ったしジェネラルの護衛数匹はまだ生かしてある。協力すれば今の彼女たちなら簡単に倒せるだろう。
大体の敵は片付いたので、後の目立つ敵は本営付近にいる僅かな守備兵と戦闘開始前に周囲に散らせた偵察騎兵を残すのみとなっている。
散った騎兵は冒険者たちに任せるとして、本題のアードラーさんたちの方だ。既に本営に突撃して一騎打ちにまで持ち込めたとユウナから報告を受けていたが、既に彼女は俺のところに戻っている。指示がないから戻ったそうだが、ずっと貼り付けておくべきだったと反省している。
こちらから確認に行こうと俺も仲間たちと地上に降りて物見台を崩した頃、不意にマップに変動があった。
あれ? 一騎打ちが終わったのか? それにしては変だな。さっきより敵の総大将が強くなってないか?
「ユウキ! なあこれって!?」
「分からん。行ってみるしかないな」
幸いアードラーさんたちが戦い始めた場所よりかなりこちらか側に移動をしているので、現場に到着するのは容易いだろう。
俺が急いで夜の森の中を駆けていると、バーニィがこちらへ向かってきた。あれほどの大活躍をしたというのに、怪我はおろか息切れどころか返り血すらついていない有様だった。予想通りである。
「よう、お疲れ」
「ユウキの魔法は相変わらずとんでもないね。あれだけいた敵がすぐに消えていったよ。おかげでほとんど疲れずに終わったし楽でいいよね。でも、それより何があったんだろうね」
「いきなり敵が強くなったような感じを受けた。行ってみるまでは分かんないが、最悪な予想の場合は覚悟を決める必要がありそうだな」
俺の予想を裏付けるように、俺の眼前に黒い物体が吹き飛んできて目の前の大木に強かに打ちつけられた。
「ぐうッ。何たる豪腕。先程までとは完全に別人だな」
ふらつきながらも立ち上がったアードラーさんは気合を入れると得物である大斧を手に再び挑みかかった。俺の視線の先に見事な体躯のハイオークがいる。
あれが敵の総大将か。なんとまあ、大した敵じゃないか。
「戦士長!」「助太刀致す!」「我等が敵の動きを止めます」
「ならぬ。これは一騎打ちぞ! 我が生涯最後にして最大の強敵だ。これほど心躍る話があるものか!」
「我は構わぬ。戦士よ、いくらでも仲間を呼ぶがよい。それらを全て打ち倒してこそ我が武威はより高まるのだ」
黒い毛皮なので見にくいが、恐らくアードラーさんは様々な場所を負傷しているはずだ。
何故ならそれくらいの力の差がある相手だった。
俺が行った<鑑定>の結果はこう出た。
狂武真王 サラトガ オーク種
ハイオークキングが進化したハイオークロードになり、更に変異種に進化した姿。オーク族に備わる全ての能力が桁違いに強化され、たとえオークロードが束になって挑んでも傷一つつけられずに敗北する力を持つ。鋼鐵のような皮膚はあらゆる剣を通さず、弱点であった魔法防御能力も大幅に強化され、その外皮は弱い魔法なら簡単に弾いてしまうほどの強度を持つ。
下位種は力任せの戦いをするが、オークキング程度になると自己流の剣技を用い、進化によってその技量は更に増す。オークロードになると剣の達人に引けを取らない冴えを見せることも。
HP 5247/5510 MP 100/100 経験値 80000
さあ、どうしたもんかな。
楽しんで頂ければ幸いです。
地味に主人公が一番追い込まれている場面でもあります。ここの予定が崩れると全てが狂うので。
オークの皆さんは焼肉として美味しく頂かれる事になります。
次で戦いは終わり、王都編のまま魔法学院に向かえると、いいなぁ(願望)。
次は水曜日にお会いできればと思います。