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戦う理由

遅くなりました。


「おい、どこへ行くんだ? こんな時間だぞ」


 俺を呼び止めたのはスカウトのナダルだ。別にスキルを使用して席を立ったわけではないが、説明が面倒だからこっそり移動していた俺に気付くとはさすが本職だ。


「少し心当たりがありまして、情報を抜いてこようかと」


「ああ、あの行商人だろ? それは俺も気付いてた。末端(エダ)だろうし、たいしたネタ持ってないと踏んで放置してるよ」


 やはり彼も気付いていたか、〈マップ〉で敵味方を判断する俺と違って彼はスカウトとしての技術と能力で見抜いているようだ。この人本当にCランクなのか? ちょっと凄すぎないか?


「少しでも答え合わせができればと思いまして」


 こっちは毒草売りつけられたのだ。きっちり落とし前をつける必要がある。俺が言っても引かないと解ったのか、ナダルはやりすぎるなよとだけ告げて皆の所に戻った。ついて来るかもと思ったが、意外だった。こっちを信用したのか、仲間と離れるのを不安に思ったのかは解らない。

 

 相棒は王女とのお話に夢中だったから呼ぶのはやめておいた。俺が知る限りリリィの姿を認識できて会話までできたのはあの王女だけだから、初めての友達ということになる。邪魔するもの悪いから一人で行くことにしよう。それに、リリィが側にない方がこっちはやりやすい。なんだかんだで善良で優しい彼女には見せられない光景だろうからな。ちなみに俺たちは心のどこかで繋がっていて相手が何をしているか理解できるのだが、隠そうと思えば遮断できる。だが、それはすなわち疚しいことをしている証明でもあるのでやったことはない。だが、今回はそれをするつもりである。俺の勝手な考えだが、相棒には人間の醜い感情を目の当たりにさせたくはなかった。



 敵が泊まっている宿は俺たちの宿のから正反対の位置にあった。うん、俺たちの出入りを確認するには文句なしの立地だった。敵は俺たちの後から到着したに違いない。敵を出し抜けているのは確かなようだ。

 宿の中には人間が十人ほどいるが敵性反応は奥の部屋に三つ固まっている。俺が会った行商人のほかに二人いるようだ。運よく宿の扉が開いたので〈忍び足〉で入り込み、入り口に置いてある宿の台帳を覗き込む。宿泊客は4組いて、例の行商人は3人組だなと当たりをつけた。ここから<消音>と<隠密>も使用して件の部屋の前に立つ。こんなに沢山のスキルを併用するの初めてだ。迷宮探索に必要ないと思っていたがリリィがいつの間にか取得していたのだ。相棒は俺がこういう活動をすると知っていたのだろうか。

 近寄っていくと話し声が聞こえたのでとりあえず<盗み聞き>スキルで中を窺ってみる。


「定時連絡は?」


「ああ、鳥を出した。至急報は昼間の内に出したから石は今日はもう無理だ。対象は動かず」


「しかし連中は一体どんな手を使ってここまで来たんだ? ありえん速さだぞ、例の商人が足止めを行っているはずだろう?」


「所詮は商人だ、確かな契約を結んだわけでもない。我が身可愛さに適当に放り出したのだろう。頭からの連絡はあったか?」


「いや、この国の王都は発ったようだが。こちらへいつ到着されるかまではわからん」


「くそっ! このままでは本隊が到着する前に対象が王都に到着しかねん……いっそ我らだけで仕掛けるか?」


「二班の報告を忘れたか。我等三人では返り討ちに遭うだけだ」


「だが、このままでは目星をつけた襲撃地点はおろか、最悪王都や王城で仕掛ける羽目になりかねんぞ。成果なしに国へ帰ることなど出来んのだからな」


 

「へえ、そっちも大変そうだな」


「何者だ!?」


 いきなり部屋に押し入った俺に三人が揃って武器を構えるが、そのまま固まった。良く見れば三人とも目の焦点が合っていない。これが〈洗脳〉か……とんでもなく危ないスキルだな。いきなり部屋全体に効果を及ぼすのかよ。

 どういう経緯で取得したのかは忘れたが、確か他のスキルを取ったら現れた複合スキルか何かだった。名称がいかにも危険な香りがしたので強く印象に残っていたのだが……。取得したリリィがなんか変なの取っちゃった!と騒いでた。使うのも躊躇ったが、こいつらで実験をすることにした。


「まあ座れよ。俺は敵じゃない」


 それだけで三人は寝台や椅子に腰掛け、手にしていた武器を置いた。言葉だけで相手を操れるようだ。一人ずつしか効かないと思ったが部屋にいる全員を一気に洗脳状態にしている。滅茶苦茶なスキルだ、後で何か絶対に不都合が出るに違いない。今も口が半開きだし、後遺症とか残りそうだな。


「お前たちの所属と目的を言え」


「俺たちはロッソの手の者だ。仕事でこの国に来ている」


「何人で来ている?」


「ここには三人、ほかの村に九人散っている。本隊が四十二人、王都近くで展開中だ」


 全部で五十四人かよ! 思った以上の大所帯だな。話を聞けば動ける一族総出でこっちに出張っているらしい。やはり失敗したら皇太后とやらに皆殺しされるようだ。こいつらも難儀な商売だな、同情などしないが。


「どんな得物を持ってきているんだ?」


「いつもの道具は使えない。この国との協定で盗賊に扮して攻める事しか行えないと聞いている」


 王都にある暗殺者ギルドとの約束のようだ。大手を振って他国の人間が活動するのは困るらしいからこういう設定で行くようだ。 


 そのほかにこいつらの根城とか襲撃予定地点とか聞くべき事は聞いたので、俺と会ったことはすべて忘れさせて部屋を出る。変わった連絡手段など中々良い話が聞けた。しかしまいったな、相手の規模があまりに多い。俺はせいぜい二十人ほどの集団だと思っていたのだが、実際はその倍以上を送り込んでくるとはな。一族存亡の危機ならば仕方ないのか? これは皆に相談する必要が出てきたぞ。


 あ、毒草突っ返すの忘れてた。借金持ちに銅貨三枚は貴重なんだぞ! 



 思案顔で宿に戻った俺を待っていたのは上機嫌な相棒のお願いだった。


「あ、ユウが帰ってきた! ねえ、お風呂作ってよ!」


 王女は湯浴みをご希望らしい。確かに人目を忍んだ馬車の旅じゃ満足に風呂も入れないわな。たいした手間でもないので宿の主人に断って庭に風呂を造った。五人は余裕で入れるように大きめにしたので最早大浴場みたいだな。替え湯用の湯船をもう一つ作ったから湯が足りなくなることはないだろう。

 あとは宿の主人にでかい布を借りて仕切りを作れば完成である。”ヴァレンシュタイン”の女性陣にも頷いてやると歓声を上げて向かっていった。冒険者稼業もこういった長期の依頼じゃ体を拭くくらいしかできないから大変だなぁ。日帰り迷宮行しかしてない俺とは生きてる世界が違うけれど。


 

「失礼、冒険者殿。少し時間をいただけないか?」


 彼女たちを見送った俺は残った男達と先ほど手に入れた情報を相談しようとしたのだが、女騎士に呼び止められてしまった。どうもここでは話しにくいようで場所を変えることになった。


「改めて自己紹介をさせてもらう。私はジュリア・ペンドライト、ライカール王国の準騎士だ。このたびは殿下へのご助力に感謝したい」


 宿の外、敵から見て死角になる方向に移動した俺たちは月明かりの下、向かい合っている。 

 改めてみるとこの女騎士、ジュリアは肩までの藍色の髪をした美少女だった。馬上にあると大人びて見えたが、年は俺の二つ上の十七らしい。だが俺には他に気になることがあった。


「準騎士、ですか? 王国の正騎士ではなく?」


 国から任命された正騎士が護衛についていたとばかり思っていた俺は驚いた。普通無役の準騎士に任務は下されないはず。ということは彼女は自らの意思で王女についてきたことになる。


「ああ、殿下と私は従姉妹にあたるのだ。母親が姉妹なのさ」


 ジュリアの家の家格が他の側妃に比べて低いせいでソフィアの王宮暮らしは苦労の連続だったようで、逃げる様にジュリアの家に滞在した期間も長く、二人は姉妹のような関係らしい。

 ソフィアがライカールにおいて身の危険を強く感じるようになると脱出の手配を整えたもの彼女の実家のようだった。そしてジュリアは本人の強い希望で同行を主張した事までは聞くことができた。


「お話は理解しましたが、私に用件があるのでは?」


 俺の質問にジュリアは意を決したように跪いた。おい、何を……


「どうかお願いする、これから先、私の代わりに殿下、妹のソフィアを護ってはくれないだろうか!?」


「断る」


「な、待ってほしい。最早、貴方のほかに頼れる方はいないのだ」


「何故自分なんだ? 貴方も騎士ならば最後まで主君を守るべきだろう」


「あの女は部下の失敗を決して許さない。祖国で出し抜いてここまで来れたが、故に相手は死兵となって襲い掛かってくるだろう。私の力では暗殺者たちの盾になるのが精一杯だ」


 ジュリアはこれから起こるであろう未来を粛々と受け入れているようだ。


「死ぬ気なのか?」


「ソフィアの母君、ヒルデ様に拾って頂いたこの命だ。あの娘のために使うのは惜しくない。だが、この襲撃を乗り越えた所でまた別の敵が襲ってくるだろう。そのときにあの娘を守ってくれる方が必要なのだ。

それが、貴方ほどの神に選ばれた大英雄ならばどれほど心強いか!」

 

 この女、今何と言った? 無意識の内に彼女を背後の樹に突き飛ばし、自分の腕を相手の首に押し付け圧迫していた。


「何の話だ?」


 自分でも驚くほどに声が低く冷たくなっていく。腕で気管を圧迫している形だから彼女の顔が紅潮する。多少苦しいかもしれんがそこまで強くしてはいないはずだが。


「わ、私は生まれついての〈鑑定〉持ちだ。失礼だとは思ったが初日に〈鑑定〉をさせてもらった。全てが隠されていたが貴方ほど多種多様なスキルの持ち主を見たことがない。まるで神話に現れる勇者のようではないか」


 〈隠蔽〉が効いていないのか? いや、今この女は隠されていると言ったから、効果そのものは出ているのだろう。もう少し情報を得るか。


「見えてないのに何故言い切れる。料理や裁縫のスキルかもしれないぞ?」


「ふふ、私は子供の頃からソフィアについて王城に出ていたのだ。そこで場内の様々な人間を〈鑑定〉するのが趣味だったのだ。武勇で鳴らした騎士団長でもスキルは5つ、魔法を統べる宮廷魔術師長でさえスキルは8つしか所持していないのだよ。昨日初めて君を見た私の興奮は生涯忘れえぬ、貴方こそ我が主に相応しい」



 そこからはジュリアのスキル講座が始まってしまった。基本スキルというのは技能を極めた者が取得するものらしい。王城に勤めるメイドでも清掃や料理のスキルを得ているものはごく僅か、メイド長くらいしか所持していないようだ。つまり、達人の証としてスキルが表示されるようだ。更にスキルはレベルによって強弱があり、技能の習熟によってレベルが上昇するらしい。自分とほとんど歳が変わらない俺が様々なスキルを取得しているのがありえないほど凄いのだと力説されてしまった。

 スキルポイントなどという訳のわからないもので取れましたなんて言えない空気だな。

 

 そして昼間の魔法や先ほどの風呂を造った事を見て俺がその大英雄(笑)だと確信したらしい。



「ふふふ、神に等しい存在とはいえどこか抜けている所はあるものなんだな」

 

 ジュリアの表情は幾分和らいだものになっている。あんな思いつめた顔で喋られてもこっちも困るからマシではあるが。


「俺の常識では初対面の人間を鑑定するのは非常に無礼なものだと思っている」


 無論、正体不明の相手や明確な敵は別だが。


「そ、それは非常に申し訳ないと思っている。だが、護衛の中に敵の手の者が潜んでいる可能性が捨てきれないのだ。暗殺者本人でなくても冒険者が金で雇われた協力者になりうる事もあるのだ」


 ジュリアの言い分もわからんでもないから黙って聞いておいてやる。


「そ、それで、先ほどの話は再考願えないだろうか。謝礼は……こ、この身でも」


「だから断るって」


「な、何故だ! わ、私はこれでも祖国では縁談の話が引きも切れぬほど……」

 

 そっちじゃない!! 何なんだこの女。ちょっと面白くなってきたじゃないか。


「こっちも訳有りなんだ。事情があって一つの場所に留まるつもりはない」


 日給で金貨五百枚出してくれるなら考えるが………いや、返済も考えると千枚だな。


「そこを曲げて頼む。貴方の力を妹に貸してほしいのだ」


 ジュリアも引く気はないようだ。俺個人としてはこのジュリアを気に入ってきた所だ。彼女はやろうと思えば立場を利用して敵を殲滅して来いと言えるのだが、それをしなかった。それどころか自分が力尽きた後のことを頼んできている。彼女なりの筋を通したわけで誠実さを感じられたからだ。


 だが、彼女は一つ忘れていることがある。


「じゃあ、条件だ。王女にそのことをちゃんと伝えて来い」


「そ、それは、あの娘は王族としては優しすぎるから、きっと受け容れないだろう……」

  

 ジュリアは傷ついたように目を伏せた。わかっていても目を背けていたんだろう。


「ならば他のやり方を探すんだな」


「そんなものがあればとうにやっている! 祖国で身代わりを立てる必要も、こんな形で入国する必要もなかった。あの娘がそれでどれだけ悲しんだと」

 

 おいおい、まさか身代わりに暗殺者を襲わせて時間を稼いだのか。さっきの発言は敵の目を逸らすだけだと思ってたぜ。

 こりゃ、まいったな、仕方ないや。


「一人でやれとは言ってない。俺も考えてやる、それでいいだろう?」


 ジュリアの表情が暗闇の中で輝いた。


「いや、ただでさえ私たちの事情に巻き込んでいるのだ。ライカールの事はライカールの人間で決着をつけねば」

 

 そんな嬉しそうな顔で言われても説得力がないぜ。それにさっきと言ってること違うじゃないか。


「今更だな。今日は余計なこと考えずにさっさと風呂に入って寝ちまえ」


 それだけ言い捨てると俺は宿に戻った。ジュリアは何も返さなかったが、深く頭を下げているのは気配でわかった。




 その後、俺は男三人の無言の圧力に負けて男用の風呂も造る羽目になった。まあ、元々俺も入るつもりだったから構わない。途中、女湯から湯の追加を求められた。リリィは自分が俺と同じ魔法を使えるのを忘れていないだろうか。〈共有〉によって俺ができることはリリィもできるはずなんだが……。


 男四人で風呂に入ったわけだが、相談をするには丁度いい。


「騎士様と密談は楽しかったか?」


 ナダルがからかってくるが、内容を思い出すと軽口の一つも浮かばない。


「自分が死んだら姫様を頼むっていう楽しくもない話でしたよ」


「あー、そうか。そいつは悪かったな。それで、何か解ったのか?」


 ばつが悪そうな顔をして話題を変えたナダルに俺もようやく本題を話すことにした。


「敵の人数ですね。全部で五十四人も動員したようです」


「なんだと? 確かなのか」


「そうか……」


「むう」


 三者三様の反応を返す中、ザックスが顔をこちらに向けた。


「ユウはどうしたい? 昼間も言ったが俺たちの依頼の中に君の面倒を見ることも含まれている。今となっては逆に世話になっているくらいだが、一応聞いておきたい。返答によって何かを強いることはないから安心してくれ」


 このザックスという冒険者はあまりに誠実すぎやしないか。もうちょっとズルく生きてもバチはあたらないと思うな。

「正直、流れに任せるかな、と。俺はどうとでもなりますが、そっちこそどうするんです?」


 俺が聞きたかったのは”ヴァレンシュタイン”の動向だった。個人としての立場の俺は最悪相棒を懐に入れて逃げればいいと思っている。リリィが同意するかどうかは別問題だが。

 だが彼らはパーティだ、そうも行かないだろう。このまま行けば戦って勝ちました、だけで済む話ではなくなっている。ある意味でライカール王国の内紛に巻き込まれているのだ。優秀な彼らがその事に気づいていないはずは無い。


「俺たちは……」


「仲間に相談する……そういう決まりだ……」


 狩人のジキルが静かな、しかし決意を秘めた声で断言した。


「解りました、決まったら教えてください。俺のオススメは『関わらずに商隊護衛の方へ戻る』ですけど」


 言うべきことを言ったので俺は風呂を出た。女湯の方からは華やかな歓声がまだ聞こえてくる。まだ入っているのか、女は長風呂が好きだな。



 風呂は女性陣に大好評だった。長らく湯浴みはおろか湯で体を拭くだけで過ごさなければならなかった彼女たちにえらく感謝されてしまった。魔法使いのマリーさんに師匠と呼ばれ弟子入り志願されたのにはほとほと困ったが。

 仕方なく俺の師匠であるセラ先生を紹介したが、どうやら先生は魔法界では超大物らしく”偉大なる”セラと呼ばれるグランドマスターらしい。あの世界の序列はわからんが、とにかく凄いらしく俺の魔法も芋蔓式で納得されるほどだった。双子メイドの片割れも魔法の心得があるようで、セラ先生の名に驚いていた。何でそんな凄い人があんな街の片隅でマジックアイテム売っているんだか。

 いつか機会があれば尋ねてみるのもいいのかもしれないな。


 賑やかな中、皆それぞれの部屋に戻り、体を休めることにした。特にジュリアは憑き物が落ちたような顔で皆に接して周囲が驚いているほどだ。いや、まだ何も解決してないからな。




 俺の〈マップ〉スキルは様々な効果を有している。リリィがつぎ込めるだけポイントをつぎ込んだだけあって高低差まである詳細な縮尺自在の地図、点在する人物の有無や敵意に反応する能力など様々だ。元々は迷宮探索に利用するための〈マッピング〉スキルだったがレベルが上がると共に機能が追加されていった。

 その一つに周囲の温度変化を視覚化できるものがある。リリィがサーモグラフィーとか言っていたが、要は目を開かなくても色で人間やモンスターを判断できる能力だ。ウィスカの暗闇でもあんまり効果なかったし、正直な所〈気配察知〉があるので気にも留めなかったのだが、今日初めて効果を実感した。


 時刻が深夜を回り、皆が寝静まっているような頃、人の動く気配があった。敵ではないことを確認したが、俺は気になって起き出した。彼女の傍らには俺の相棒もいるはずだが、あいつは一度寝るとなかなか起きないから仕方ないな。



「眠れないのですか?」


「ええ、少し夜風に当たりたくて」


 そう声をかけると彼女は驚きもせずに答えた。気配でわかったようだ。

 ソフィア王女は湖のほとりに座り込んでいる。俺は王女の言葉を心ここにあらずの有様で眼前の絶景に言葉を失っていた。


「蒼月湖の由来は聞いていたのですが、これは想像以上です」


「月の光を反射して湖が光輝くなんて、こんなことがあるのか」


「湖底に藍銅の層が広がっていて、初夏にかけて月の魔力に反応するらしいです」


「博識ですね」


「屋敷で本を読むくらいしかできなかったもので」


 うーん、そっけない。昼間とは印象が全く違うな。


「あまり過ぎると体に障りますよ。お気をつけください」


「ありがとうございます。それにしてもよく気付かれましたね。私こうしてよく抜け出しますのに、誰にも気付かれたことないんですよ」

 

 彼女のスキル欄に〈隠密〉があるのを見て取った。俺も取っているから知っているが、〈隠密〉はありとあらゆる気配を消して移動することができる。〈マップ〉すらも欺かれたから間違いない。俺が気付けたのはサーモで人型の物体が移動しているのを見たからだ。

 王女の地位にある彼女が何故、どのようにしてスキルに昇華するまで〈隠密〉が必要だったのかを想像すると、腹の奥底が冷え切っていくのを感じる。


「私は色々と普通ではないもので」


「ええ、ジュリア姉様が絶賛されておりました。姉様は自分にも他人にも厳しい方ですが、本当はとても優しい人なのです」

 

 まあ、貴方を守るために命を投げ出す気満々なのは確かだな。




「聞かないんですね」


「私は貴方ほど波乱万丈な人生を送っていないもので、訊ねても碌なことを言えそうにないです」


 俺のつれない言い方が気に入ったのか、王女は軽く微笑んだ。その時彼女はこちらに顔を向けたのだが、その時俺は本気で後悔した。


「貴方のような方は、今まで私の周りにはいらっしゃいませんでした」


「王宮内でこんな接し方をしていれば出世などできないででしょうからね」


「リリィの言うとおり、変わった方なのですね」


 うちの相棒は俺のことをなんと評しているのだろうか……そこはかとなく不安だ。


「最後によいものが見れました。さて、冒険者さん。小耳に挟んだのですが、この街に私を狙う手の者がいるとか?」


「随分と耳の早いことで。確かに先ほど接触しました、たいした情報を持っていませんでしたが」


「お手数ですが、その方のところまで案内願えますか? それで全て終わりにいたします」


 何を真夜中に悟ったような顔で湖見てるかと思えば、この王女め。もう取り繕うのは止めだ、止め。

 俺は彼女の横に乱暴に座り込むと、横顔を覗き込んだ。その顔は凄絶な程に透き通って見えた。

 

 生きる事を諦めた者の貌だった。


「俺は今さっき貴方の騎士から自分が死んだ後は頼むと言われたばかりなんだがな」


「ジュリア姉さまの言いそうなことです。家族をこれ以上失って私に生きて行けと仰るのかしら」


「あちらも全く同じことを言いそうではあるが」


「じゃあ、どうすればいいのですか!? わたし、レナが身代わりになるなんて聞いていなかった! あの子、少し遅れると笑いながらこの国で落ち合おうと言っていたのに! あの子はまだ8才だったのよ!」


 皆居なくなってしまった、と王女は血を吐くような声で呟いた。


「あんたが一言口を開くだけでこっちの考えも変わるがね」


「これ以上誰も巻き込まないと決めているから……」


 王女の瞳から涙が一筋流れ落ちた。月光を反射して映し出された彼女は言葉に出来ないほど美しかった。

 その表情が何か癇に障った。前世の記憶など欠片もないが、俺の空虚な心のどこかで、得体の知れない何かが絶叫している。俺にこんな顔を見せるなと叫んでいる。心臓が締め付けられるように痛んだ。


 こりゃダメだな。

 俺は溜息をつくと王女の肩を強引に抱き寄せた。驚きで固まっている少女に顔を近づける。


「今なら誰も見てないし聞こえない。本心を言え」


「……………お願い、助けて……もう誰もいなくなってほしくないの……」


「ああ、任せておけ」


 まったく、強情な姫様だ。泣き言一つも簡単に洩らせないってのは面倒な立場だな。


 胸に秘めた言葉を吐露した影響か、王女はしばらく涙を流し続けた。それが収まっても彼女は俺にくっついたままだった。


「レナを失ってから決して涙を見せないと誓っていたのに……こんなに容易く……」


「誰も見ちゃいないさ」


 隠すように胸の中に引き込むと、彼女は身を縮こまらせた。


「暖かい……兄様がいたらこんな感じなのでしょうか」


「国王陛下は実の兄上だろう」


「陛下は……歳が離れすぎていて。こんな私にも良くして頂きましたれど」


 一回り以上離れた妹か、言われてみれば確かに妹よりも娘のような感じなのかもな。



 ひとしきり泣いて多少気が晴れたのか、王女は宿に戻るそうなので俺もそれに続くのだが、視界の先に双子のメイドが待ち構えていた。


「姫様、こっち」


 あまり喋らない方のメイドが王女を連れて戻ってゆくが、もう一人はそこに佇んだままだ。


「姫様のお心を解いてくださって感謝します。あの方はあの一件以来、誰かを失うことを極端に恐れておいででしたので」


 柔和な微笑を浮かべてはいるが、こちらを完全に警戒しているな。見えないように隠しているが手には得物を握っているし。


「一つ聞きたい。レナという人物はあんたたちにとってどういう存在だった?」


「レナは姫様と年も背格好も近く、初めからそういった用途で用いられる予定の子でもありました。勘違いをしてほしくないのですが、私たちの妹は立派に任務を果たしました。あの娘の働きがあったからこそ敵の目を欺き、海路でこの国に辿りつくことが出来ました。レナは私たちの誇りです」

 

 次は私たちの番です、と告げるメイド、サリナの意思は固いようだ。まったく本当にどいつもこいつも……。


「あんた達の篤い忠誠心はわかったよ。」


「もとより我らに命を惜しむ者はおりません。殿下のため、そして母君であるヒルデ様に頂いた命をお返しするだけなのですから」


 いきなり現れた俺という人間を警戒しているんだろうが……面倒くさい奴らだ、そろそろ腹が立ってきた。


「全員笑って王都で暮らせるようにしてやるから、ガタガタ抜かさず黙って手ぇ貸せ」


「な、何を……」


「分かったな」


「は、はい」


 腕を掴んで凄んでみせたら、メイドはおとなしく手を引かれてついてきた。


 全くどいつもこいつも簡単に死ぬ死ぬ言いやがって。きつい環境だったのかもしれんがもう少し前向きにだな……。あの屑ども(暗殺者)め、女子供をここまで追い詰めやがって……。生まれてきたことを後悔させてやる。


 俺は最初から王女たちに力を貸す気だった。


 第一、王女はリリィの友達になってくれた。相棒は普段は強気で元気だが人見知りで寂しがり屋だ。初めて出来た友人を失うわけにはいかない、それだけで王女を助ける理由は十分すぎる。

 大体、あまりにも理不尽な理由で命を狙われる少女を、関わるのが面倒だからと見捨てたら俺はただのクソ野郎じゃないか。


 

 宿に戻ると、夜も更けたというのに”ヴァレンシュタイン”のメンバーが勢揃いしていた。俺が王女を追って宿を出たときには寝静まっていたから、これは俺が皆を起こした形かもしれないな。


「なんか皆寝付けなくてな……だが、腹は決まったよ。俺たちは王女殿下をお助けする」


「それはまた……そろいも揃って馬鹿ばかりですね。皆さんもう少し頭の良い方たちだと思ったのですが」


「こっちも事情はあるんだよ。それに、馬鹿はお互い様だろ?」


「違いないですね。それじゃあ、皆で馬鹿をやるとしますか」


 宿の中は場違いなほど和やかな空気に包まれた。ザックスたちも残るのではないかと薄々感じてはいたのだが、全員が生きて王都へたどり着けるかは微妙な所だな。俺一人なら〈マップ〉を見ながら闇討ちでも何でもすれば楽勝だと思っていたのだが。

 馬鹿正直にぶつかれば数で押し切られるのは目に見えている。これは手管を考える必要がありそうだ。




 残りの借金額  金貨 15000894枚  銀貨7枚


 ユウキ ゲンイチロウ  LV113


 デミ・ヒューマン  男  年齢 75

 職業 <村人LV129〉

  HP  1912/1912

  MP  1329/1329


  STR 320

  AGI 294

  MGI 311

  DEF 279

  DEX 246

  LUK 190

  STM(隠しパラ)532


  SKILL POINT  455/470     累計敵討伐数 4321



 付録 若干ネタバレあり


 王女一行の〈鑑定〉結果



 ソフィア・アドラント・ライカール lv13


 ヒューマン 女  年齢 13

 職業 〈王女lv1〉 称号 ライカール王国第一王女

 

 HP 35/35 MP62/62

 スキル <妖精の眼><隠密><忍び足><火魔法LV2〉<水魔法lv3><風魔法lv2><土魔法lv2><魔法の心得>


 ジュリア・ペンドライト lv25


 ヒューマン 女  年齢 17

 職業 〈戦士LV40〉 称号 ライカール王国準騎士・ペンドライト子爵家次女

  

 HP 125/125 MP45/45

 スキル <戦士LV3><鑑定><火魔法LV1>



 アンナ  lv31

 

 ヒューマン 女  年齢 17 

 職業 <メイド> 称号 魔法メイド


 HP 73/73 MP92/92

 スキル <火魔法lv3><水魔法lv3><風魔法lv2><料理LV6><裁縫LV5><掃除lv4><洗濯lv3>



 サリナ  lv32


 ヒューマン 女 年齢 17

 職業 <メイド> 称号 暗殺メイド


 HP 105/105 MP35/35

 スキル <暗殺術><ナイフ><料理LV3><裁縫LV5><掃除lv6><洗濯lv6><水魔法lv1>



 

楽しんでいただければ幸いです。


ここで補足させてください。


レベルのあるスキルですが、レベル1で素養あり、3で一流、5で超一流、7で伝説クラスという設定です。それ以降は存在したことないので世間では7が最高とされています。双子メイドはチート級のメイドです。

 主人公はスキルポイントで一気に取得したのでどれがレベル10なのかよくわかってません。そもそも本人が取ったのはほんの数個であとは相棒任せです。ちなみにレベルが途中で止まっているのは消費ポイントが3桁になるので、2桁で取れる最大まで取っておくリリィの方針です。

 複合スキルは特定のスキルを取得すると変化して生まれる新たなスキルです。変化前の上位版という能力ですが、また一からスキルポイントを振り直さなければならない鬼畜スキルです。

 派生スキルも同じです。一番の問題はとあるレベルまで一気に上げないと生まれないというクソ仕様のお陰で存在が埋もれてました。レベルをカンガン上げて沢山のスキルポイントを一気に投入しないと出ないというわけです。現状でスキルポイントを弄れるのはまだリリィだけなのでほぼ死にスキルとなってます。(続きかんばります)

 また王女一行のパラメーターは乗せてません。どんぐりの背比べなんで。一般人一桁、一流が50前後、3桁いくのは変態か馬鹿です。主人公は<STRアップLV10(重複)>とかで補正値込みで上昇しているだけです。それ以前に彼はまだ職業村人ですし。職業は能力の補正が掛かります。どういう生き方をするかによってそれに応じた職業が決まりますが、主人公は今は借金返すことしか考えていないので村人のままです。アルが健在なら順当に戦士だったと思いますが。

 リリィが指摘するのを忘れているせいでもあります。彼女はかなりポンコツ設定です。

 転職も出来ますが、それをするのは相当先の話です。

 主人公は自分でスキルを確認できないのでそこら辺良く解ってません。彼は現地人なので所謂ステータスオープンができません。紙に書き写しているわけでもないのでステータスを把握してないです。生きるのに不足ないから特に気にしてない感じです。


 あと一つだけ、通貨単位の件を。

銅貨一枚百円 銀貨一枚千円 大銀貨一枚1万 金貨一枚約二十万 白金貨 一枚2千万で大体考えていただけると助かります。大銀貨はまだ新規の鋳造で含有量の問題で王都を中心に出回り始めたばかりという設定です。千円の次の単位が二十万は不便すぎるからという理由で生まれました。ただ銀を十倍使えばいいという話でもなかったので(重過ぎる)難航した設定です。


 色々と付け足してすみません。本編では触れられない話だったのでこちらで書きました。

 次も急ぎます。

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