汝等、深淵より来たれり 5
お待たせしております。
新組織の名はクロガネに決まった。何処かで聞いた言葉だと思ったが、よくよく思い出すとジークの通り名だった。
これはあいつが次期頭領就任確定か、と誰もが思うはずだ。俺もあいつに決まってシロマサの親分が後見につく形かなと思ったほどだ。
だが、実際は俺達がゴミ掃除をした際に渡した鉄の棒から取られているらしい。ジラードのイーガルやバイコーンのボストンと話したときに出た俺等を呼ぶ名称は”ブラック・ロッド”だったが、それが変化した名称らしい。
いつまでも「組織」のままじゃ格好がつかないのは確かだ。俺にはあまり関係のない話ではあるが。
俺はシロマサの親分がいるシュウカの彼の屋敷に赴いていた。
そこで彼等の襲名披露と相成るわけだが、大々的に人を呼んで行うような事はない。シロマサの親分が派手な事を嫌ったと聞いたし、やりたい奴等が勝手に盛り上がる酒席は別であるようだ。今日は精々賭場で祝儀の博打が開かれる程度であり、静かな空気の中で新たな組織の発足となるらしい。
ひょんなことから始まった彼等との付き合いもこれで一段落となる。彼等との関係が嫌なわけではないが、責任が果たせないまま俺が頭を張るという不義理をするわけにはいかない。そのためにシロマサの親分を引っ張り出したわけだし、寿命が延びて精力的に動き回っていると聞いているので、親分さんには是非若い奴らの見本となって欲しいものである。
ゼギアスから今日の昼に内輪で集まって親分から盃を貰いますと聞いていたので、そこにお邪魔して見届けとさせてもらうつもりだ。
そう思って屋敷にやってきたのだが、まだ主だった連中は到着していないようだ。時間を聞いていなかったことが原因だが、引き返して時を潰す気もなかった俺は中で待たせてもらうことにした。
「へえ、ここにもボクたちの国と同じような建物があるんですね」
「稀人がかなり昔にやってきたそうだぞ。神棚や正座も伝わっていたしな」
俺の隣にはカオルがついてきていた。俺が居る内は経験を積ませるために色々連れまわす気だったし、カオルも秘密が知られてからというものかなり気安い関係になった。どちらかといえばカオルのほうからぐいぐい来るようになったのだ。
今日も出歩くと話したら後をついてくるようになったが、そのおかげでライカがしつこく理由を尋ねてくるのが面倒ではある。
「あ、ユウキさん! こんにちは。そちらの方は……」
「ボクはオウカ帝国から来たカオルと言います。彼の秘書をしています」
庭で遊んでいたリーナが俺達を見つけたのだが、カオルが変な自己紹介をした。初めは従者と言おうとしたらレイアとユウナに拒否を食らい、じゃあ俺にくっついていてもおかしくない立場と言えば秘書くらいしかないと言う事に落ち着いたのだ。別に何でもいいと思うが、彼女達には強いこだわりがあって俺もおいそれと口出しできないのだ。
「あのオウカ帝国からのお客様ですか!? ウチも帝国風の風習が結構あるんですよ。ユウキさんは他の皆を待ってる感じですか?」
聞けば開始時刻まで後一刻ほどあるという。俺が言い出すまでもなく屋敷に案内されたのでカオル共々邸宅内に上がらせてもらった。
「今日はリーナちゃんもおめかしだな。その服はもしかして」
「はい、リノアおねえちゃんが持ってきてくれたんです。新品なんて凄いですよね!?」
リーナは明らかに見覚えのある縫製の服を身に纏っていた。この世界では機械織りの布などないので見た目で違いが結構分かるのだ。雪音などは逆にそこらで売っている手縫いのキルト生地などが日本などでは珍しいらしくて。こちら以上に高く評価されそうとか言っていたしな。
間違いなくセリカの店からリノアが都合つけたのだろう。高級品しか置いていない店だが、従業員用に普段使いの服も取り揃えていると聞いているから、エドガーさんの娘であるジャンヌが選んだ可能性もある。もちろんジャンヌも親の関係でリーナとは友人だからだ。
「よく似合っているよ。じゃあ、皆が揃うまで待たせてもらっていいかな」
「もちろんです。ジーニ母さんもその準備をしてましたし」
奥に通された俺達は前にお邪魔したときとは違い、応接間に通された。所謂日本家屋だが、来客のためか普通に椅子と机が用意されていた。部屋の景観とは少し違和感があるが、この国で床に直に座るのは品のない行為か金の無い貧乏人とされているのでこれは仕方ない事だ。
「今日は随分と暑いですけど、この家の造りのお陰で大分風通しが良いですね」
これまで殆ど言及してこなかったが、今は夏の月だ。この国は大陸の最南端に位置しているので気温が高いのだが、湿気はほとんどない。日本人達はこんな過ごしやすいならずっとここに居たいというほどだ。気温は30度そこらしかいかないし、何よりも不快な湿気がないとあってはかなり快適なほうだと思う。
「でも風がない今日みたいな日は熱くて熱くて。これから人がいっぱい来ると思うと余計熱く感じちゃいます」
暑さが苦手らしいリーナは辛そうに答えた。じゃあ、ホテルでは試していないが、これの出番かな?
「じゃあこれを使ってみるかい? 冷風が出る魔導具だ。ここを押すと冷たい風が出るよ」
どこからか取り出した一抱えもある大きな魔導具を見て驚いていたリーナだが、その効果を感じ始めるとさらに歓声を上げて喜んだ。
「すごいすごい! 涼しい風がずっと吹き出してくるんですね! どれくらい使えるんですか?」
「一番安い10等級の魔石でも半日は持つね。ダンジョンで見つけたんだが、大昔にはこういった用途の魔導具がいっぱいあったようだ」
冷風の魔導具は金貨40枚の価値を持つ中々高い魔導具だが、サンドワームが出る25層の流砂の下に集まっている宝箱からよく出るのだ。正反対の温風が出る魔導具も数多く見つけることができた。
魔石についても補足しておくか。この世界には1から10等までの魔石の区分がある。10等級が所謂クズ魔石と呼ばれており、そこらへんに生息している弱い魔物から取れる。価値は一つ銅貨5枚と格安だ。この冷風の魔導具は大きな部屋でもちゃんと全体を冷やすので、銅貨5枚で半日持つと考えれば大いに価値があるといえる。
それ以上の魔石はより強いモンスターが持つと思ってもらえば良い。その例外がダンジョンであり、魔力そのもので出来ているダンジョンモンスターは一つ上の等級の魔石をドロップする。
流石に最下級のモンスターが落とすのは10等級だが、この王都にあるリルカのダンジョンはゴブリンが必ず魔石を落とすなど、ダンジョンによって色々な特徴があるようだ。
俺がライカたちとよく修行したウィスカの11層は6等級の魔石を落とす。6等級は金貨8枚もの価値を持つが、ドロップアイテムに加えてこれをボロボロ落とすので金銭的にかなりおいしい敵だった。
なにしろキキョウの活躍によって俺が”緋色の風”の皆に貸与していた装備の金額を既に半額ほど払い終えたほどだ。
5等級の魔石が金貨10枚、4等級が15枚と上がってゆくが、3等級以上は別世界らしいから価値はもっと跳ね上がる。なにしろ2等級は数百枚以上の価値があるという。恐らくはダンジョンでも階層主かボスくらいしか落とさないのではないかと思っている。
「おやまあ、あんたは来る度に面白い物を持って来るねえ」
「どうも”姉御”のジーニさん。こいつはカオル、しばらくは俺について歩くことになります」
「カオルです。ユウキさんの秘書をしています」
「溜息が出るような美人じゃないか。全く、リノアやアイスだけじゃ飽き足らずに色んな綺麗所を揃える趣味でもあるのかい?」
横で見ていたが、カオルは明らかに美人と言う言葉に喜んでいた。本人は姉の男嫌いによって女装を続けさせられていると言い訳してたが、間違いなく本人も好きで続けているに違いない。
「美人に知り合いは多いですが、俺にそこまでの甲斐性はありませんよ。持て余すだけです。それよりジーニさんも今日の式に出られるんですよね?」
「何言ってんだい。旦那は出るけど私は関係ないよ」
「俺としては貴女も幹部になった方がいいと思いますがね。向いてると思いますよ」
俺の言葉は本心だ。正直に言えばシュウカの若頭であるベイツよりもこの人の方が能力はある。旦那より目立っているし、名も知られている。それになにより、ベイツ本人が認めそうな気がする。
「ジーニ母さんも偉くなるの? すごい!」
「リーナに変な事を吹き込むんじゃないよ! 全く」
怒らせてしまったので、侘び代わりに何か出すか。今日は暑いし、最近よく作るあれにしよう。
「そいつは失礼しました。じゃあこいつでも食べます? ミルクアイスです」
暇つぶしに玲二が山ほど作ってくれた氷菓だ。この世界の牛乳を使っているので彼等の知る本家本元とは風味が違っているが、美味しさに変わりはない。
棒に指した形状でアイスコフィンで冷やし固めてあるので持ちやすい利点もある。
「わあ、いいんですか? あ、あまーい!」
「こりゃいいねえ。涼しい部屋で貴重な氷菓を食べるなんて、考えられないよ。まるで貴族様にでもなった気分さ」
アイスの作成には砂糖(正確には違う種類の砂糖らしい)の入手が大きい。水魔法の優れた使い手なら氷も作れるので夏の時期には大きな収入になるが、氷菓には甘さが欠かせないからこれまでは殆ど作られてこなかった。玲二が言うには品種改良もなされていないこの世界の果物は糖度が低いそうだ。
ダンジョンの深度が深まるにつれ、環境層から出るアイテムの品質は上がってゆく。持ち帰る奴が少ないのが欠点だが、おかげで俺が持ち込む果物が甘くて喜ばれるのもそのせいだ。
「リノアおねーちゃんはいつもこんな美味しいもの食べてるのかな? ずるい!」
「いつもってわけでもないけどな。あいつも忙しいから毎日会っているわけでもないし」
「後で顔を出すって話さ。あちら側としてもクロガネと気脈を通じたいだろうしね」
一応形式としてはクロガネの上にリノアの一家があることになっている。あくまで情報共有の範囲であり、実権があるわけではないそうだが。
「あ。もう終わっちゃった……」
名残惜しそうに棒だけを見つめていたリーナは先程食べ始めたカオルのアイスに視線がいっている。
「食べ過ぎるとおなかが冷えるから、そこは気をつけなよ」
「うん!」
あっという間に食べ終えたジーニの姉御の分まで用意した俺は、彼女達と談笑しながら主役達を待つことにした。
その広間には20人近い男たちが集まっていた。示し合わせたのか、皆が黒を基調とした服を身につけており、俺も慌てて似た服に着替えたほどだ。
形式としては集まった男たちがシロマサの親分の元に集い、彼の下に付きたいと願い出る。それを親分が受けて組織が発足するという筋書きにしたようだ。
大仰な事だと思うが、彼等も見栄で飯を食っているようなものだ。彼等なりのやり方があるのなら既に部外者の俺が口を出す義理はない。
それにしても、随分と大きくなったものだ。集う幹部連中なんざ10人にも満たないと思っていたのに倍以上に増えている。一つに纏まるなら俺達も一緒に、と思った輩がいるんだろうが、その考えはいかがなものか。シロマサの親分が一番嫌いそうではあるが、もう俺には関係ない話か。
関係ない話だと思っているものの、俺が座っている位置はシロマサの親分の斜め前、つまり手を付いているザインたちに相対する場所に座らされてしまった。
俺は既に後を託した身だし、部屋の隅のほうがいいと言っても既に席次は決まっていますと告げられて相手にしてもらえなかった。カオルは俺が本来望んだ部屋の隅に追いやられている。羨ましい。
「親分、どうか俺達一党を配下に加えちゃいただけませんか。伏してお願い致します」
「俺でいいなら構わねぇぞ。よろしく頼まぁ」
「へい!」
男たちが揃って頭を下げる。他にも色々やってはいたが、大事な部分はそこだけだ。虚飾を廃したシロマサの親分らしい簡素な儀式だが、中身が伴っていれば他は余計なだけだ。
「こちらこそ何卒よろしくお願いいたします!」
これで儀式は終了だ。隣の部屋で固唾を飲んで見守っていた連中もホッと胸をなでおろしたろうとした矢先、シロマサの親分が予定にない言葉を発した。
「おう、ちぃと聞いてくんな。俺はお前らの上に立つ事に文句はねえが、表立って何かする気も無ぇ。もうお前らの時代だ。老いぼれはここで置物やってるのが性に合ってる。物事はお前らが相談して決めな。俺は高みの見物をさせてもらうからよ」
「そ、それは……御大のお力あってこその組織ですぜ。御大無しじゃ纏まるもんも纏まりませんや」
ゾンダの親爺がそういうのも分かる。俺の不穏な雲行きに首をかしげた。
「元々お前らは独り立ちして立派にやってきたじゃねぇかよ。元々それだけの腕があるんだ、俺がいなくてもやっていけるさ。俺ができるのはせいぜい背後からお前らに睨みを利かせるくれぇさ」
「…………」
ゾンダを始めとする男たちの動揺が伝わってくる。俺も親分を担ぎ上げた手前、これからどうなるのかが気になるが……一瞬親分がこちらに視線を向けた。なにやら猛烈に嫌な予感がするぞ。
「もちろんお前らの言い分もよく解るさ。だからこうしようじゃねえか! ここに居るユウキに相談役の職についてもらう。困ったことがあればこいつに相談しろ、それなら文句ねえだろ?」
「もちろんでさぁ!!」
ザインが歓声を上げたが、俺はそれ所ではなかった。
は? いや、親分なに言ってんですか?
「シロマサの親分さん、俺は貴方に事後をお願いしたと思うのですが……」
「ああ、そのとおりさ。そのときに俺のやりたいようにやらせてもらうと言ったし、お前さんは全て任せると言ってくれたな。だからよ、相談役を受けてくんな。若けぇ連中はどうしてもお前じゃなきゃ嫌だとよ」
あー、言った。確かに言ったわ。シロマサの親分さんに全てお任せすると口にした記憶はある。あるけどさぁ、これはそういう意味じゃねえってわかってるでしょうに。
俺は笑顔を浮かべるザイン、ジーク、ゼギアスと瑞宝を順に見た。道理で彼等が素直に親分に従ったはずだ。
きっと親分が説得したんじゃなくてジークかゼギアスがこの話を提案したに違いない。
「この流れは流石に予想してなかったので驚いてますよ」
「常にここに居ろって訳じゃねえ。たまに顔出して話を聞いてくれる程度で構わねぇからよ、どうでぇ」
さて、どうしたものかと思案に暮れたが、さほど悪い提案には思えない。
もともと彼等と縁を切るつもりはなかった。折角知り合えたのだし、頭となって責任が果たせないことが問題だったのだ。その部分はシロマサの親分がやってくれるといっているし、相談役という役職も外部の人間が片手間に行っても問題ない。
ここまで考えるとやはり誰かの入れ知恵の感があるが……敢えて断るほど嫌でもない。
「わかりましたよ。その相談役とやら、お受けします」
「助かるぜ。これで俺も肩の荷が下りるってもんだ。お前ら! 聞いての通りユウキが今から俺達の相談役だ。序列は俺の直ぐ下だ、文句は聞かねぇからそのつもりでいろ。ユウキ、なんか言ってやんな」
俺の仕事は終わりだといわんばかりに茶を啜り始めた親分に苦笑しながら、俺は相対する20名ほどの男たちに向き直った。ザイン、ジークなど俺の知る9人の男女のほかに見知らぬ奴等が居る。
どのような意図でこの集団に参加したか知らないが、最初にきっちりわからせておく必要がある。
「今、シロマサの親分さんより紹介に与ったユウキだ。相談役を拝命するに当たり、最初に宣言しておく。かつて親分は王都の英雄になった際、手下にしてくれと訪れる連中を前にこう仰った。半端者は要らない、本物の男だけを手下に加えると」
俺は黙って話を聞く全員を睨み据えた。初見の連中は明らかに怯えた様子の奴らもいるが、こういうのは最初が大事だからな。今さっきまでは他人事で済んだが、当事者であると認めた以上は言うべき事は言わせてもらう。
「その偉大な方針を俺達は引き継ぐ。この組織に軟弱者は不要だ。組織に取り入って甘い汁を吸おうとしている屑は見つけ次第始末する。この”クロガネ”は互いに助け合う組織ではない。一人一人が組織に、そして親分に貢献するための組織だ。組織がお前達を助けてくれるのではない、お前達が組織を助けるのだ。甘えは捨てろ、それが出来なかったから余所者が好き勝手に入り込んだのだ」
俺の考えに慣れているザインたちは当然として受け入れているが、新参どもはやはり衝撃を受けている。
数だけ揃えて中身が腐ったんじゃ前の二の舞だ。俺が関わる以上、同じ徹を踏む気はない。
だが俺がここまで厳しくすれば、親分はやりやすくなるだろう。余所者の俺が嫌われ役をやり、親分に求心力を持たせる計算だった。
「そしてお前達は実に運がない。早速数日後には命を張ってもらうぞ。理由は王都の外を見れば解るだろう。自分の故郷を護りたくないなら家の中で震えているがいい。ただし、二度と王都で男を張れると思わないことだ」
「頭、そのお話は今朝王宮から流れてきた情報が事実という事ですか?」
ジークが顔に緊張を貼り付けて口を挟んだ。やはり彼は耳がいい。俺も調査隊の正確な報告を聞いてないので彼から教えてもらおう。親分に視線を向けて許可を得た俺はジークを促した。
「はい、私が掴んだ情報によりますと王都の森に巨大召喚陣が出現し、万を超える規模のモンスターが今すぐにでも現れるとの事。王宮では既に対策が取られているようですが、人手不足は如何ともしがたいと聞いています」
男たちから悲鳴のような呻きが上がる。普通に考えて勝ち目がないからな。だか、ここに居る男たちは立場が違うはずだ。
「忘れるなよ。少なくとも親分の子であるお前達は護られる側じゃない。命を張って民を護る側だぞ。王宮の兵士が少ないなら俺達が代わりに戦ってやる位の気概を見せろ。ま、命令じゃないから逃げてもいいがな」
鉄火場で逃げ出す奴が男稼業などできる筈もないと暗に告げると、ゾンダが威勢のよい声を上げた。
「無論でさぁ。俺たちは王都で生まれて王都で死ぬと決めてます。それに家族もいるんで逃げるわけには行きませんや」
「ちょうど腕が鈍ってた所です。勘を取り戻すには適度な相手でしょう」
ゼギアスが不敵な笑みを浮かべたが、気合を入れているのは彼等くらいなもので、特に新参連中は完全に腰が引けていた。
「解ったよ、お前らの分は残しておいてやる。新組織の格好の御披露目となるだろうさ」
言うべき事は既に話した。ちょっと薬が効きすぎたかもしれないが、後は彼等で話し合うべきだろう。
俺は親分に挨拶を済ませると、カオルを伴って邸宅を辞した。
「とまあこんな風に、初手で相手を呑んで自分の言いたい事を言ってしまう方法もある。お前の容姿を考えれば非現実的な手段だが、こんなやり方もあるって事で」
「勉強になります。でも凄いなあ、あんな大勢の人を前に堂々と自分の意見を言えるなんて」
「自分にあったやり方を見つけるんだな。今はいろんな人にあって経験を積め。自分の中に色んな引き出しを持っておく事は後々役に立つぞ」
カオルとそんな事を話し合っている俺達の背後から、声が掛けられた。
「頭! あいすみません」
ゼギアスがこちらに駆け寄ると、開口一番深く頭を下げた。
「俺達が勝手を致しまして、頭には随分と不快な思いをされたのではないかと愚考しまして、まずはこうして謝罪だけでもと……」
「別に怒ってはいない。お前達の策だろうとは思ったが、俺の都合とお前らの希望を上手く落とし込んだ解決法だったから、受け入れただけだ。さっきのアレは明らかに甘い汁を吸いに新参が群れてたから脅かしてやっただけさ。精々俺を上手く使って親分の立場を固めろ。親分はああ仰っていたから気の抜けた阿呆が沸きかねない。あの人に舐めた口を聞く馬鹿を生かしておくな。お前とジークならできるだろ」
「はい。それとジークの話した召喚されるモンスターの件なのですが」
俺は周囲を窺うと人通りがない事を確認し、小声でゼギアスに呟いた。
「お前が必要だと思う人物に知らせろ。二日後の夜、王都の北側に二万以上だ」
俺の言葉にゼギアスは驚愕するが、俺がその情報をもたらした意味に気付くと不敵な笑みを浮かべた。
「前回の大暴れには参加できませんでしたから、今回は精々気張らせてもらいます。頭なら納得しますが暗黒騎士様やSランク冒険者に全部見せ場を取られちゃ敵いませんから」
差し迫った危機が訪れているのに俺が呑気にしているのだ。聡い彼なら全て心得ているだろう。
「ああ、渡しそびれたんだった。今夜祝儀博打だろ。俺から軍資金だ」
白金貨が詰まった袋を投げ渡すと肝の据わったゼギアスも青い顔をした。
「か、頭! この額は勘弁して下さいよ! 一枚だけ、一枚だけありがたく頂戴しますが、それ以上は俺が親分にお叱りを受けます!」
白金貨袋を突っ返された俺はどうしたものかと悩んでしまう。人にあげたものを戻されても収まりが悪いので困るが、隣にいたカオルに要る? と訊ねても全力で拒否された。
仕方なく魔約定行きとなったが、現金を魔約定に突っ込むとなんか損した気にさせられるんだよな。
その後、冒険者ギルドに立ち寄って召喚陣の新たな情報はないかギルドマスターに確認したが、王宮から降りてきた以上のものはなかった。
この事態でドラセナードさんも心痛が酷いようだが、平然としている俺を見て幾分持ち直したようだ。
「王国からは何か要求があったんですか? 冒険者を戦力として提供せよとか」
「ものを知らぬ馬鹿貴族の一部は叫んだそうだが、運用をする側の騎士団が難色を示したので流れたよ。戦い方も指揮系統も異なる二つの集団を抱え込んでも碌なことにはならないからな。ギルドとして協力は惜しまんが、王国の指揮下に入るという事はない」
「動かせる人数はどれほどなんです?」
俺の問いにドラセナードさんは額に手を当てた。悩みの種だったようだ。
「強制依頼で戦闘に参加させる頭数は約1500だ。その内、Aランクが50人、Bランクが300人、Cランクが残り全てだ。王都の冒険者は低ランクが多いからな。どれほどの強さのモンスターが現れるか予想もつかんが、これまで出没した敵から察するに、Cランクでも歯が立たない可能性が高い」
つまり実際にはAとB、350人が戦力という訳だ。クロガネの連中もザインたちはBランク相当の実力者だが、手下達はいいとこCランク、ほかはDランクだ。
俺も戦力として期待したのでなく、故郷を護る気概を示して欲しかっただけなので気にはしていない。
「こちらはその程度でしかない。ライカ君に期待をかける他ない状況だ。それより君はどうするつもりなのだ?」
ドラセナードさんは意気込んで尋ねるが、どうといわれてもな。
「特に何も。襲ってくるなら倒しますよ。それだけですね」
「何を言っている! 万を越える敵が攻め寄せるのだぞ。カオル嬢、君も彼に何か言ってやってくれたまえ」
「そう言われましても……ユウキさんが大丈夫といっているんですから、何も心配する必要はないのでは?」
心底困った顔で答えるカオルにドラセナードさんは毒気を抜かれてしまったようだ。
「Sランクをもっとも間近で見ている君がそう言うのか」
「ボクや姉程度じゃユウキさんの実力を推し量れないんです。あ、でも昨日の特訓が終った後、ユウキさんの力の一端を見せてもらえました!」
「ほう、差し障り無ければ教えてもらえるかね?」
俺の顔を見て問題ないと判断したカオルは昨日の俺の訓練を口にした。
「皆で森の落ち葉をいっぱい集めて、一斉に宙に放り投げたんです。百枚以上あった落ち葉は一瞬で全部ユウキさんが放った魔法に打ち抜かれたんですよ。凄いですよね!」
実際はその後で”緋色の風”4人も含めてより大量の落ち葉を集めてもらって一度にどれだけ攻撃できるかの特訓をしたのだ。
<並列思考>を最大限に活用して同時に狙いをつけるやり方だが、これまでの最大は95体だが、自分が動かなければ200体は確実に捉えられることが解った。本番はもっと敵の数が多いだろうから、自分が集中すればもっと増やせる事は間違いない。
「一度に100体か。大したものだな」
「それを連続でどんどんこなすんです。ボクたちとは根本的に実力が違いますよ」
「なるほど、数で押す敵は君には格好の餌食、という訳か。そうか、それはいいな」
俺がどのように戦う気なのか想像できたドラセナードさんは安堵の微笑を浮かべた。
「まあ、そういうわけなんで、冒険者の皆さんも無理せず戦ってもらえればいいんじゃないですか?」
彼等の側もいつ襲来するかわからないモンスターの群れを常に警戒するわけにはいかない。ゼギアスたちには教えたが、王都の冒険者ギルドには信頼できる人物がいないため、打ち明ける気は無かった。
俺もギルドの出方が知りたかっただけなので、それ以上突っ込んだ会話はせずホテルに戻ったのだった。
「さて、こちらの面子も揃った事だし、作戦会議といきますか」
その夜、夕食後のホテルの居間には多くの人たちが集まっていた。今日作戦会議をするよと伝えていたので気になる人たちは来るといいと告げてあったのだ。
「で、今回の経緯、私ほとんど知らないんだけど」
参加者の一人、リノアが手を挙げて質問したが、これをそのまま答えたものかは悩みどころだ。
「概要としては何者かが設置した巨大召喚陣から大勢の魔物が溢れてくる。位置的に王都が目標としか思えないってことだけ解ってりゃいい。それ以上はお前には一切関係ない面倒事に首突っ込むが、それでも知りたいか?」
俺はそう言って上を指差した。国の政治が絡むぞと暗に示唆すると唯でさえ仕事が忙しいリノアはこれ以上の面倒は御免だと首を振った。
この場にいる参加者は俺の仲間たちとバーニィ、クロイス卿、リノアにセリカとアインにアイス。そして”緋色の風”とライカたち”蒼い閃光”、そして主役であるアードラーさんの部隊から副隊長であるギーリスが参加している。
このギーリスにはちゃんと意思を確かめている。彼等は皆アードラーさんに心酔しており、奴隷落ちしても従ってついてくるほど彼の事を慕っている。奴隷落ちにより獣王国で失墜したであろう彼等の名誉を回復させるためにもアードラーさんは死を選ぶだろうが、本心からそれを望んでいる者は誰一人としていなかった。
であるので、今日帰還した彼等に俺は話を持ち掛けた。アードラーさんが死ねなくなるような状況を作るので、協力してくれませんかと。
幸いアードラーさんは何故か居るラコンとキャロに困惑し、父親として叱りつけるべきところを久々に会えた父親に大はしゃぎするキャロに手を焼かされていて、こちらに気を向けられる状況ではなかった。
アードラーさんの部下に協力者を募る事は作戦の成否を左右する重要な要素だった。敵の大将に一騎打ちを挑んでもらう必要があり、そのためには俺の援護の元、彼等に敵陣の最奥に突っ込んでもらう必要があるからだ。これがいつまでも外周部でチマチマ敵を倒されていたら本末転倒だ。
部隊に俺達の意を汲んだ人物が必要なのだった。
成功率は高いと踏んでいたものの、こうやって話を持ちかけるまでどのように接触するか悩んでいたからキャロの天真爛漫さに大いに助けられた。
アードラーさんも危ない事をした二人に説教をしたそうだが、パパ、パパ! と嬉しそうにはしゃぐキャロを見て怒るに怒れない状況だ。普段の彼が家族にどのように接しているのか容易く想像できる。
そういえば、彼は恐妻家だという。奥方にも協力願えれば計画は成ったも同然だろう。
ラコンも怒られるのを覚悟していたようだが、あまりに喜ぶキャロのお陰で有耶無耶になりそうな空気だ。ううむ、幼児恐るべし。
「俺の任務は戦士長を敵の首魁と戦わせることと思っていいか?」
「ああ、その通りだ。敵の位置は直に探ってユウナから教える手もあるが、敵が軍勢なら陣容でだいたい把握できそうなもんだがな」
「そうだな。我々も敵地に潜入して秘密裏に敵将を討ち取った経験がある。配置で本陣は掴めるとは思うが、連絡があると助かる。一騎打ちに関しては、戦士長の今の性格なら自分から挑むだろうしな。我が人生最後の敵に相応しいとか言いそうだよ」
クロイス卿から抱き込むならギーリスと言われていたが、二人は相当長い付き合いで公私を超えた関係らしい。それ故に黙ってアードラーさんを死なせるつもりがない事は分かる。
「一騎打ちは運が絡むし、まだ相手もはっきりしないから後は現場判断で行動する。彼の実力からして負けるとは思えないが、支援魔法くらいはこっそり入れるつもりだ。さて、次は現れる軍勢だな」
俺は用意した白板に王都の概略図を書き入れてゆく。
「このように北側に敵勢が現れる。時刻は夜の9刻(9時)に設定した。昼間に来て大混乱が起きても困るが、何かが起きた事が判明しないのも戦略上まずいんでな。同時に結界を発動させて王都を包むから安全ではあるが、魔力持ちにはそれで何か起きたのかは判明するはずだ」
「僕はどこにいればいいんだい? 半分も担当するんだ、大忙しだよ」
やはりバーニィは俺の冗談を本気で捉えていたようだ。それになにより本気で実行する気のようだ。人の事言えた義理ではないが、やっぱこいつもおかしいわ。
「目立ちすぎるなよ。あくまで主役はアードラーさんだ。お前が人気を喰っちまったら意味がないからな。場所は西端を予定している。そこから東へ敵陣を突っ切れ」
「し、師匠、流石にそれは危険なのではありませんか?」
それまで黙って話を聞いていたライカが割り込んできた。確かにこいつの実力を知らないと自殺行為ではある。
「俺も普通の奴にはこんな事を言わない。だが、こいつは俺の同類だ。間違いなく怪我一つ無く突破してくるし、下手をするとうっかり敵の総大将もつい近くにいたからと倒してしまいかねないんだよ」
俺の言葉に冗談の気配を何一つ感じなかったライカはまじまじとバーニィを見ているが、女慣れしてないバーニィは居心地悪そうにしていた。
ライカよ、バーニィは俺のだ。お前にはやらんぞ。
こうして作戦会議を経た俺達は、本番の夜を向かえることになる。
楽しんで頂ければ幸いです。
やはり彼等と縁は切れませんでした。主人公にしても頭以外なら特にいいかなという感じです。
そしてようやく王都でガチンコです。長かった。描きながらいつまでかかるんだと戦慄しました。
次は日曜にお会いできればと思います。