特訓! 3
お待たせしております。
ギルドマスターの執務室は重苦しい緊張感に包まれていた。階下の冒険者ギルドはこの異変の影響で様々なモンスターが討伐され活気づいているのとは対照的だった。
その部屋には部屋の主であるドラセナードさんの他にクロイス卿とユウナ、そして位の高そうな中年の太った男がソファに座っていた。
「来ましたよ、調査隊から報告があったようですね」
「よく来てくれた。予想外に早かったな、流石の君も気になると見える」
「すぐ近くにいたんですよ。開店した例の子爵家の邸宅にいたもんで」
俺の言葉にクロイス卿が反応した。
「あそこかよ! やっぱりあの店はお前の仕業か。今じゃ入店するために予約が必要な有様らしいじゃないか!」
「俺は手は出してません、ほぼ無関係ですよ。付き添いしてたんでこれ幸いと逃げてきたんですが……その顔を見ると状況は芳しくなさそうですね」
冴えないドラセナードさんの顔を見る限り、朗報は望めそうにない。
「まあ座ってくれ。話すこちらも心の準備が必要な話なのだ」
見たことのある受付嬢がそれぞれの前に茶(薬草茶だった。あんまり美味くないがこれでももてなしという意味では十分合格である)を置いて行くと、ドラセナードさんは深刻さを窺わせる声音で話し始めた。
「ここには王宮からの使者でもあるリッペン伯爵もおられる事だし、知っていることもあるだろうが、順を追って話させてもらう。この異変が最初に察知されたのは半月ほど前、王都のすぐ近くに銀甲殻虫が現れた事だ。この周囲では最低のEランクモンスターしか居ないはずだが、このBランクモンスターが出現した事でギルドは大騒ぎになった。発見した冒険者が腕利きだったので討伐して事なきを得たが、違和感が強く残る事件だった」
「補足するぞ。この虫は集団行動を主とする敵で群れるとAランクモンスターでも上位の強さになるが、そのときは単独で平原に現れた。やつらの生息地域は山間部だし、皆知ってのとおり王都の周囲に山はない。そして解体してわかったことだが、モンスターの胃は空だった。つまり奴はほとんど何も食っていないことになる」
クロイス卿の言葉に頷いたドラセナードさんは続けた。
「異変を感じた私は王国全てのギルドに情報の共有と提供を呼びかけた。すると王都周辺のギルドで似たような奇妙な事件が頻発していた。共通点は生息域を外れたモンスターが前触れも無く現れること。事態を重く見た私は腕の良い冒険者達に怪しいと思われる箇所の捜索を依頼した。その後、詳細は省くが王宮や各ギルドの応援を得て異変の原因と思われる場所”深遠の淵”に専門家を交えた調査団を送り込み、その結果が今先程届いたというわけだ」
ここまでは俺も知っている話だ。そして本題はここからだろう。
「それで、その召喚陣があったと言う話でよいのか? であるならそれを破壊すれば問題ないではないか!」
俺の近くに座っている太った男が口を挟んだ。この男が先程話に出た王宮からの使者なのだろう。伯爵だということだが、典型的な豪華と威厳を履き違えている男に見えるな。自分に誇れるものが無いから装飾品で身を固めてその財力で己を誇示している哀れな奴だ。
”見せ金”は重要ではあるが、やりすぎると滑稽なだけだということに気付いてないんだろうな。そしてそれを忠告する友人も居ないというわけだ。この男の程度が見えた瞬間だった。
「召喚陣の破壊は危険なのです、閣下。約半分の確率で陣が暴走してモンスターが溢れ出します。その規模によりますが、失敗した場合は召喚に成功したときよりも大量のモンスターが無秩序に暴れ出るというのが我々の常識です」
「場所が場所だ。今不用意に手を出して王都に被害が出たら責任問題になるぜ。むしろそちらが嬉々として取り上げるだろうな」
「ふん、王都も守れぬギルドに意味などない。やれやれ、公爵家の人間でありながら義務も果たさず遊んでばかりいた輩には貴族としての神聖な任務は理解できないようだな」
それに対するクロイス卿の返答は酷く悪意のある冷笑だった。
一気に空気が険悪になるが、俺には関係のない話だ。それにしてもこの王都でクロイス卿、いやウォーレン公爵家にここまで真正面から喧嘩を売るという事実から考えてこの伯爵は例の北部貴族の一員なのだろう。正直、状況解っているのかと言いたくなるが、貴族にとっては権力闘争こそが本業だ。危機の対処と敵の攻撃を同時にやって当たり前なのだろう。
それでどちらも失敗したら目も当てられないが。
「話を続けてください。それで、ギルドマスターがそんな顔をするというのは召喚陣だけの問題ではないんですね?」
火花を散らしあう二人を無視して問いかける俺にはやりあっていた二人も毒気を抜かれたようだが、ドラセナードさんの顔はここからが本題だと告げていた。
「ああ、調査隊は”深遠の淵”にある古代遺跡に入り込み、召喚陣の前で守護者たるブロンズゴーレムを打倒して本格的な調査を開始した。そして最悪な現実が明らかになった」
彼は茶を一口飲むと、息を整えた。彼の顔は呪いを口にしているかのようだった。
「遺跡の最奥にあった召喚陣は全体の一つにすぎないそうだ。調査の結果、遺跡全体が召喚陣としての効果を発揮すると言ってきた。向こうの声も震えていたよ」
「遺跡全体が召喚陣だと!? ちょっと待ってくれ、召喚陣は大きさによって呼べる規模が変わるんだよな!?」
クロイス卿の言葉も衝撃に掠れている。彼の敵である伯爵も顔面蒼白だ。
「ああ、その通りだ。一般に想像されるような一部屋程度の召喚陣で数十匹程度が呼べるとされている。報告では遺跡の大きさは王城の倍近くあるそうだ」
ドラセナードさんは頭を抱えている。彼の考えが正しければ……。
「万に届く数のモンスターが溢れ出すぞ。遺跡の位置から考えて王都がその直撃を受けるのは間違いない」
クロイス卿の言葉に俺も<マップ>で確認したが、その”深遠の淵”と呼ばれる遺跡があるのは王都の北側、場所で言うと俺がソフィアを狙った暗殺者共を皆殺しにした森のずっと北方にある。だが、この位置は確かに王都が直撃を受けてもおかしくない。この周囲で一番近くて大きい街は王都だけだ。
「あ、俺は用事を思い出したんでこのへんで……」
と腰を浮かせかけた俺に冷たい視線が突き刺さった。いやまったく、場を和ませる軽い冗談じゃないか。
「嘘ですって。王都には知り合いが一杯居ますからね、見捨てるわけにはいきませんが……これもうギルドで対応する範疇じゃないですね。完全に国が統括する案件でしょう」
俺の言葉にクロイス卿とドラセナードさんはナントカ伯爵を見るが、彼が何故自分が注目されているのか理解出来ていない感じがする。
「な、何がどうしたというのだ!」
「国はこの事態にどのような対応をされるのかお聞きしたい。まさか我等の一報が来るまで静観していた訳ではありますまい」
「そ、それは……直ちに情報を持ち帰り、精査するつもりだ。これにて失礼する」
その肥満体からは想像できない素早さで風のように立ち去った伯爵を無言で見送った俺達は現実的な選択肢を考えるべく話し合うことにした。
「さて、邪魔者が居なくなったわけですし、もう少し真面目な話をしますか。今こちら側が取れる手は何があるんですか?」
俺の言葉に最初に答えたのはドラセナードさんだった。
「一番現実的な選択肢は召喚陣の再封印だ。元々封印されていた遺跡の召喚陣がどういうわけかほんのわずか起動してしまったと言うのが今までの異変の原因のようだと調査隊は言っている。王宮から派遣されたレスター卿はこの国でも最高峰の魔法学の権威だ。彼の言葉を疑うつもりはないが、この方法も問題が山ほどある」
「封印と一言で言ってもいろんな種類があるからな。一番労力が少ないのは全く同じ封印を施す事だが、誰がかけた封印なのかもわからんのだ。そこから始めたら時間がいくらあっても足りないな」
「王宮には既に一報を伝えてあるし、向こうでも様々な書庫を当たって情報を探してもらってはいるが、出てきた情報は”深遠の淵”が忌み地として王家の直轄地となり管理されてきたと言う事実だけだ。だが、今回の件ではっきりした。あそこは魔族の遺産だったのだ。だからこそ昔の王家は隔離して誰も近づけないようにしたのだ」
聞きなれない単語を耳にした俺は首をかしげた。
「なんです? そのレガシーとやらは?」
俺の言葉に顔を見合わせた二人は互いに説明役を譲り合っていたようだが、クロイス卿が口を開いた。
「これから変な事を言うが気にせず聞けよ、実はこの大陸は昔魔族が支配していたみたいなんだ」
「は? いきなり何を言っているんです?」
俺の脳裏にレイアの姿が浮かんだが、顔には出さずクロイス卿の言葉を待った。
「だから気にせず聞けって。お前の言い分も分かる、俺も世界を回るまではただの与太話だと思ってた。だがな、そうとしか思えないこのような遺跡が大陸の各地にあるんだ。人間の規模では為し得ないような巨大建造物や魔法陣が遺棄されているのを見るとその説に信憑性が出てくるんだよ。そんで周りの偉いやつに聞いてみたらそれは公然の秘密らしい。他の国でも似たような置き土産が動き出して甚大な被害を出したケースがあったそうだ」
「はあ……じゃあその魔族の遺跡とやらがあるすぐ近くに王都をうっかり作ってしまったと。そういうわけですね」
「そう言うなよ。森の中にある遺跡が魔族のものだなんて誰も知らなかったんだ。それに港がすぐ近くにあって水運を使えるリーヴが王都になるのは当然の理屈だろ。北部の連中はそれが納得できないようだが」
「我が国は大陸の南端だからな。大陸中央に近ければ近いほど価値があるという理屈も頷けなくはない。だが、貿易による利益を知れば誰もがこちらを押すと思うがね。まあそれはいい、話を戻そう。ユウキ、君の直感でいいがこの件に魔族が係わっていると思うか?」
何故俺にその話を振るのか疑問だ。彼はレイアと知り合っても居ないはずだし、彼女は素性を明かす失策を犯すとも思えない。もちろんその疑問を俺が顔に出すことはない。
「ないんじゃないですか? その魔族とやらがこの件を企んだとしたら時間と手間を掛けすぎでしょう。事実、こうして俺達に原因を突き止められて対策を取られようとしている。普通なら兆候さえ感づかせずに一気に召喚すべきでしょう。もっとも、どうやってその巨大な召喚陣を起動させるのか予想もつきませんが」
通常、魔法陣は大きさによって消費魔力が変わってくる。遺跡全体に及ぶような超巨大魔法陣であればどれほどの魔力が必要なのか。
「まさか召喚に必要な魔力が溜まったのが今なのか? こればかりは後の調査待ちだが、今は対策を講じるべき時だな」
頭を抱えているドラセナードさんだが、俺の反応は冷ややかだった。
「そうは言いますが、対策なんてあるんですかね。多分戦うか逃げるかの二択しかないのでは? そしてその判断をするのは俺達じゃないだろうし。王宮はこれからずっと会議が続くだろうから、しばらく決まらないんじゃないですか?」
王宮でどれだけ話し合われるか知らないが、絶対に長引くだろう。王都を放棄するのが一番被害が小さそうだが、避難先といえる都市は近くにはほぼないし、移動中にモンスターに襲われるのがオチだ。
それでいて徹底抗戦も意味があるのかどうか。篭城は援軍が来るのが大前提だが、周辺領主が騎士団を派遣するのに何日かかるか。即応部隊じゃないだろうからある程度訓練するだろうし、更に時間がかかるなこれは。
そもそも援軍が来れば勝てる相手……だといいな、という問題でもある。
「それは解っている。だがそれまで何もせずに手をこまねいているわけにもいかんだろう」
「そこでだ、俺達でも対応できそうな再封印の方法を考えているわけだが、お前あの御方に伺いを立てられないか? レスター卿は優れた見識を持つ方だが、グラン・セラは桁の違う存在だからな、なんとか手掛かりが得られないかと思ってな」
俺はクロイス卿の言葉に頭を振った。
「望み薄ですよ。俺がシルヴィアの件であの人を呼べたのはそれに相応しい土産を用意できたからです。あの人が満足しそうな礼を用意できるのであれば話は通しますが、そうでないならお断りします」
「そう都合よく動いてはくれないか……いや、悪かったな」
「俺も掛け合ってはみますがね。基本的に頼み事を聞いてくれる人だとは思わない方がいいです。自分を便利使いされるのが分かるとすぐに機嫌が悪くなる人なんで」
元々気難しい人だとは言われていたので、これ以上藪をつつく事は得策でないと判断したようだ。あの人が何故この国にいるのかは知らないが、どうせ別の国にも拠点を持っているだろう、気に入らない事があればすぐに姿を消してもおかしくないのだ。
結局、召喚陣の情報は伏せたままこちらで動かせる冒険者達を極力王都に留まらせるということで話は進んだ。新たな情報が来るまで何も出来ないに等しいが、既に一ギルドで対処すべき問題を超えている。
正直に全てを話せば王都中が大混乱になる。貴族などは護衛を雇えばこの状況でも夜逃げしても生きていけるだろうが、有事に逃げ出した奴が二度と王都に返り咲く事は出来ないだろう。
はてさて、この件どうなるか。
「ちなみに聞いておきたいのだが、前に君が口にしていた”物理的に解決する”という手段を参考までに教えてくれないか?」
話し合うべきことも終わったので、ユウナを連れて引き上げようとした最中、ドラセナードさんがそんな事を聞いていた。
あの時の俺はここまで大事になるとは思っていなかったが、俺のすべき事は何一つ変わらない。
「何があろうと根元を叩き潰します。今だって許されるならその召喚陣を破壊して現れる敵を殲滅すればそれで終わりだと思いますが、そちらにも都合があるようなので自重してますよ」
「やれやれ、無茶を言うものではない」
ドラセナードさんは俺の言葉に呆れているが、クロイス卿は黙ったままだ。彼は俺と一緒にウィスカのダンジョンで何度も資金稼ぎを行っているので、魔法を使った俺の殲滅力がどれほどのものか知っている。あのダンジョンの数の暴力に慣れた俺であれば、数万程度なら難なく対応できる事を知っているからだ。
「また何かあれば情報をください」
「わかった、連絡しよう。それとこの話を”蒼穹の神子”にも伝えておいてくれ。彼女も欠かせない戦力になるからな」
「そういえば一戦やらかしたんだったな。どうだった、人類が誇る最強戦力は? 少しは歯ごたえがあったか?」
俺の力を知るクロイス卿は勝敗は尋ねる意味さえないようだ。
「まだまだ未熟ですが、鍛えれば大いに伸びます。そうですね、この異変の解決には彼女にも活躍してもらいます。その頃には別人のように強くなったライカをお見せできるかと思いますよ」
「ま、まさか……彼女がこの部屋でそんな話をしていたが、本気で君に弟子入りしたのか?」
ドラセナードさんが腰を浮かせているが、そんな驚く話だろうか。
「ええ、面倒ではありますがね。ただ王都にいる間は時間がありますし、手合わせして俺にも教えられることがありましたんで引き受けました」
「Sランク冒険者がEランクに弟子入りか! こりゃいい、後でそっちに顔を出すわ」
「笑い事じゃないぞクロイス。いくらライカが言い出したとはいえオウカとの関係悪化に繋がりかねん。ユウキ、くれぐれも丁重に頼むぞ。彼女はまだ若いが世界に覇を唱えるオウカ帝国が誇る12将家の当主なのだからな」
なんだ? また聞きなれない単語が出てきたな、12将家?
「なんですその四天王みたいな括りは?」
「お、さすが稀人だな、今の言葉は当たらずとも遠からずだぞ。オウカ帝国には政治と軍事を司る100の家があるんだよ。八卦衆、12将家、20本槍、24師、36葉の順で多くの家が力を競ってるのさ。詳しくは本人に聞くといい。平たく言えばオウカの貴族ってことだ」
へえ、オウカ帝国は実力主義と聞いてたが、ライカやキキョウ達が貪欲までに力を求めるのはそこらへんも関係あるのかもしれないな。だが、丁重という意味ではもう遅いな。
「ああ、手遅れですね。既に今朝からビシバシやってます。女だから流石に血反吐吐くまでとは言いませんが、それに近い事はするつもりです。楽に修行して強くなれるなんてただの詐欺ですよ」
あくまで俺の持論だが、訓練は地獄の苦しみであるべきだ。苦しければ苦しいほど本番が楽だと思うようになり自分の力を存分に発揮できるようになる。そういう経験の積み重ねが本人の肥やしとなってちょっとやそっとでは失われない自信に繋がってゆくと思う。
ライカは手にしたスキルが強すぎてそういった経験がまるで無かった。だから俺にあっさり負けた後は心を折られて二度と立ち向かう気をなくしてしまった。師匠に従順であることは悪いとは言わないが、再戦を挑むくらいの負けん気も欲しい所である。
まだ何か言いたげなギルドマスターを放り出して俺はギルドを去った。背後にはユウナとハクがついて来ている。まだソフィアや相棒はあの店に居るようなので、丁度良かった。
とある用があり俺達はホテルに戻ることにしたからだ。
俺の意思を汲んだユウナがハクに何事か言いつけてこの場を下がらせた。ハクは最初の頃の敵意は完全に消え、今ではユウナに喜んで付き従っているように見える。
「ユウナからみてハクはどうだ。見所はありそうか?」
「今まで暗殺者としての訓練しか受けていなかったようで、今はスカウトとしてはまるで駄目ですが才能はかなりのものです。これから順調に伸びればAランクに届く優秀なスカウトになるかと」
ユウナが他人を率直に評価するのはかなり珍しい。ギルドマスターも推していたし、もともと光るものはあったのだろう。スカウトとしての経験を積ませるには”緋色の風”と組ませて見ても面白いかもしれないな。
「さて、レイア。君の意見が聞きたい。今回の件をどう思っている?」
「はい、我が君。まずは弁解をさせてほしい。この件には私は一切の関わりを……」
「そりゃ解ってる。君を疑った事などないよ。もし裏切るなら俺の従者になる必要なんて無いからな」
俺とユウナは転移環でセラ先生の店に跳ぶと仕事中のレイアに話を聞いていた。
俺の顔を見た瞬間に畏まった事を見るとユウナから情報は得ていたのかもしれない。<共有>は便利な、いや便利すぎる能力で、必要なら脳内情報さえ<共有>できる滅茶苦茶なスキルだ。
俺以外の皆は個人情報などは当然流さないようにしているが、俺自身は特に隠す事もないのでそのままだ。知ろうと思えば俺の考えさえも筒抜けである。
だが俺にとっては<共有>保有者は運命共同体であるとの認識から敢えて隠す必要を感じていない。
それになにより従者の二人には<誓約>を課している。秘密の暴露、俺にとっての過度の不利益は問答無用で死を与える<誓約>だ。だから裏切る際には彼女は命を失っているし、二心があるならそもそも従者になる事を嫌がるはずだ。
だから俺はレイアの事を何一つ疑っていない。ただ悠久の時を生きる魔族として何か知らないかと訊ねているだけだ。
そのことが伝わったのか、露骨に安堵した顔をした彼女を俺は近くの椅子に座らせた。
「やれやれ、他人様の店で剣呑な空気を出すんじゃないよ」
「ユウ、あ、いやユウキだっけ。レイアに酷い事するんじゃないわよ!」
セラ先生と姉弟子が俺達の様子を見かねたのか口を出してきた。剣呑な空気を出していたのは専らレイアの方で俺はただ話を聞きたかっただけなんだが。名前も別にどちらでも構わない。呼び名など記号に過ぎない、俺という本質を掴んでいれば何とでも呼んでくれていい。
「俺はただレイアに知っていることがあれば聞きたかっただけですよ。セラ先生も例の遺跡の事はご存知でしょう?」
「ああ、あの魔族の遺産かの? この数百年大人しかったものが不意に活性化しておるようじゃの」
やはり当然のように状況を把握していたセラ先生に俺は駄目元で尋ねてみた。
「一番最良の手は再封印を行うことらしいですが、先生の御知恵になにかありませんか?」
俺の言葉に先生は露骨に顔を顰めてみせた。
「年寄りを気軽に使おうとするな。封印といっても幾千もの種類がある、それを再封印などと簡単に口にするものではないわい。現地に飛んでものを見ねば皆目見当もつかんの」
「ま、ふつうそうですね。俺も今居る調査隊の連中が帰還したら現地に飛んでみるつもりです。さて、レイア。何が知っていることはないか?」
俺は先程までいた如月の店から色々拝借していた甘味を並べながら訊ねた。姉弟子とユウナは既に茶を入れるべく席を立っている。
「心当たりが一つだけ。私も先生のお話を聞いた後で知ったのだが、転移とは一度行った場所以外には上手く跳べないようなのだ。それなのに我が君と出会った夜、あの痴れ者は地下空間に正確に転移を行った。ということはつまり、あの男はこの国に何度か来た事があるということになる」
俺が先生を見るとさもありなんと頷いていた。
「考えてもみぃ。見知らぬ場所にどのように転移するのじゃ。転移とは座標と座標を繋げる技術じゃ、行き先が解らなければ転移は失敗する。地図でも用いてあそこらへんと指定する事は出来るが、精度など期待できるものではない。それはそうと、前に持ってきた羊羹と緑茶はあるかの? あれは良いものじゃ」
先生の求めに応じるまま品を渡すと、蜂蜜の時など比べ物にならない笑顔を浮かべた。
「ほんに稀人は大したもんじゃのう。これほどの菓子を生み出せるとは、長い時間を生きてきたが初めての経験じゃ。あの三人によく伝えておくのじゃぞ、困った事があれば何でも相談せいとな」
ご機嫌の先生の姿を見て仲間の三人は大きな財産を得たと思ったが、今の本題はそこじゃない。
「分かりました。話を戻しますが、精度の高い転移をするには何度も行き来して勝手知ったる場所である必要があるというわけですね」
セラ先生から同意を得るとレイアに向き合う。先程の彼女の話をまとめると、既に記憶からも消えている魔族の男がこの国に何度も訪れていたということだ。つまり……。
「じゃああの野郎がこの件の糸を引いていたってのか?」
「それははっきりとは断言できない。あの痴れ者は自分の力に驕る男で、このような策を弄する手段は好まなんだ。故に私の感覚で語るなら関与はないと思われるが」
この異変の元凶は俺が始末したあの男ではないかと一瞬焦ったが、レイアの意見では違うようだ。だが彼女もこの国へ来たのはあの時の転移が初めてだというし、本人も例の遺跡の存在は知らなかったようだ。便利に使いまわされていたようではあるが、個人的信用は得ていなかったようだな。
「当然であろう。誰があのような下衆の信用など! そんなものこちらから願い下げだ。私が真に忠誠を誓うのは我が君が最初にして最後だよ。常にそのように振舞っていたから向こうも重要な事は口にしなかった事は後悔している。我が君が使えるような情報は得ておくべきだった」
「べつにいいさ。やはり現地に飛んで確認したほうが早そうだ。今は調査隊の面々がいるから彼等が帰還した後で確認に行こう。その時は君も手伝ってくれ」
「無論だ。必ずや我が君の力になってみせる」
仕事中にお邪魔した事を詫びると俺はホテルに戻ったが、ユウナは詳細を兄であるウィスカのギルドマスターに報告に行くという。丁度いいので各種の賄賂満載したマジックバックを彼女に持たせた。
あちらに顔を出さなくなってしばらく経つから、色々と鼻薬の効果も切れてきた頃合だろう。何度か同じ事を繰り返しているとはいえ、付け届けというものは切らなさいマメさが大事である。
それから数日の間は普段通りに過ごした。変わったことといえばキキョウがライカの訓練に付いてくるようになったことか。
カエデたちの説得に成功した彼女は嬉々としてモンスターを倒してドロップアイテムを手に入れている。今のキキョウは俺の助言を得て格段に魔法というものを理解しており、俺と同じように弓矢の如く長く尖らせた風魔法を巧みに操って溢れる敵を次々と倒してゆく。
一時はライカの修行の妨げになるかとも思ったが、ライカはライカで負けん気を発揮して修行に熱が入るようになり思わぬ相乗効果を生んでいた。
だが、ここに来て思うのはライカの持って生まれた才能の豊かさである。初日はひいこら言っていたこの鍛錬も今では余裕でこなせるようになっている。
ちゃんと襲い来る敵に優先順位をつけて周囲の状況を把握して戦っている。一夜寝たら頭の方が勝手に情報を処理して適応したようで今ではキキョウと軽口を叩き合いながら敵を殲滅している。
俺としてはもう少しかかると思っていたが、予想以上の上達ぶりである。
これなら初歩の初歩は早い内に卒業できそうである。
これからがようやく初級の鍛錬に入る。今は2つの光の矢を同時に操っているが、それを増やすこともしたいし、今は背を壁にしているがこれからは背後から奇襲を受ける状況も視野に入れる。
他にも今は初級の敵なのでただ近づく敵を一瞬で判断して倒し続けるだけだが、これからは敵の脅威度、つまり21層のブラックイーグルなど真っ先に倒すべき敵を判断していかに効率的に敵を殲滅し続けるかも教えなくてはならない。
それになによりこれからは自分も動き回って攻撃を行う事を覚えるべきだ。今は本当に初歩なので足を止めて戦っているが、本来戦闘中に足を止めたら良い的でしかない。動き回る敵に攻撃を当てる難しさは彼女もこれまでの修行で思い知っているだろうが、自分が動くことで更にその難易度は跳ね上がる。
だが、ここまでやってようやく一段落といえるだろう。
「これで終わり! 師匠! 今回は私の勝ちですよね!?」
「いえ、ライカさん、数でいえば私のほうが勝っているはず。そうですよね、お師様」
仲良く張り合う二人にため息を付いた俺は呆れと共に口を開いた。
「いや、今回は53体で二人とも同数だ。もう初級は十分だろう? さっさと中級へ行くぞ」
だが、俺の言葉に二人は露骨に動揺した。
「え、ええっと、もうちょっと初級で頑張りたいかなって。そうですよね、キキョウさん」
「そ、そうです。せめてあと一回はこの初級で戦わせてください。お願いします!」
そう言って頭を下げる二人の魂胆は分かっている。
初級を11層、中級を1層に設定した影響で、中級の実入りは非常に悪いのだ。報酬を用意した俺が悪い面もあるが、中級は大変な割に手に入るものが少ないので二人は出来ればこの11層で稼ぎたいのだ。
「駄目だ、お前ら何しに来てんだよ、時間は有効に使え」
「はあい」
「うう、マナポーションのストックを二桁にしておきたかったです」
渋々と俺の言葉に従う二人だが、キキョウの言葉にふと思うことがあった。
「今更マナポーションが要るのか? あのダブルポーションを結構渡しただろう?」
「はい、頂いたダブルポーションなのですが、ギルドマスターから不用意な使用は控えるように言い含められています。なので他人の目がある場所ではやはりマナポーションを使う必要があります。それにやはりマナポーションには大きな需要があって、他の冒険者達との交渉でも優位になりますので」
キキョウの言葉にやはり本職の冒険者は俺とは発想が違うなと感心させられた。
彼女達にとってマナポーションはクソ不味い魔力回復薬であると同時にその希少性から交渉の道具になるのだ。俺にとっては勉強になる話でもあるが、その前に聞いておきたいこともあった。
「ダブルポーションは何か不都合でもあるのか? 使い辛いなら言ってくれ。出来るだけ改善するからな」
「いえ、お師様から頂いたものに何の不備もこざいません。ただギルドマスターからそれは薬師ギルドとの共同製作品だから、向こうが売り出すまでは大々的に使うのは待ってほしいといわれただけです」
セラ先生が処方箋をギルドに売り渡したのは大分前だし、俺も先生経由で魔力水を卸してから大分経つ。そろそろ時期的にも売り出しても良いはずだが、何を手間取っているのだろうか。
それにユウナとレイアに調べさせていた件も大分進んでいる。この異変が片付いたら次は連中を締め上げてやるのも良いかもしれない。
「二人だけで何の話ですか? 可愛い弟子を置いてきぼりで話し込むなんて」
駄々をこねるライカにもダブルポーションをくれてやる。あれから更に作ったのでかなり数は増えている。終いにはガラス瓶が無くなって液体そのものを<アイテムボックス>に収納している有様だ。
「これで体力と魔力を同時に回復させるんですか!? それって大発見なんじゃ」
「ええ、そうですよ。しかも価格はマナポーションの半額以下という話ですから、薬師の世界に激震が走る事は間違いないです」
「凄い! 師匠って何でもできるんですね!?」
ライカは最近俺の事を万能の人間だと思っている節がある。とてもじゃないが好き好んで借金を背負っている馬鹿はそんな大層な人間ではない。
「考え付いたのは俺の魔法の師匠だ。俺はそのあとで作ってみただけに過ぎない。それにこの薬の供給もあまり大規模には出来ないだろう。魔力水の確保が難題だからな」
前にも少し述べたが、魔力水とはダンジョンに流れるすべての水を指すが、その濃度は地下に行けば行くほど濃くなってゆく。そして冒険者達は苦労してダンジョンを降りて水を汲んで帰ってくるという安い依頼を受ける奴は殆どいないだろう。
安価で作れる事を目指した結果だが、そのせいで魔力水にかけられる経費は非常に低い。誰が苦労して重く嵩張る水を安い値段で汲んで帰ってくるのか。俺ならその水の容量をモンスターのドロップアイテム品に使うと思う。
そういうわけでダブルポーションは便利ではあるものの、あまり普及はしないのではないかと思っている。
ぶつくさ言う弟子二人を訓練を終えてホテルに戻った俺達はひとっ風呂浴びて汗を流した後でエドガーさん率いるランデック商会に向かった。
”緋色の風”の残り三人がいまあそこで護衛任務の最中だからである。
キキョウが俺と訓練する事を他のメンバーが快諾した最大の理由は王都内で行える仕事が見つかったからである。
その仕事とは女性貴族の護衛任務だ。戦える護衛の女性というものは少なく、周囲にむさ苦しい男の護衛が侍る事を嫌がる女貴族は多い。この国での権力者と繋がる機会を得る事は彼女達にとっても有益でキキョウ一人が抜けても問題ないことから、護衛任務中はキキョウの訓練参加の許可が出たというわけだ。
キキョウを送り届けつつ、あちらにいる雪音と玲二、そして如月と昼飯でも食べようかなと思って歩いていた矢先、甲高い声が俺達のゆく手を阻んだ。
「姉さん!!!」
楽しんで頂ければ幸いです。
改めてこの場を借りて謝辞を。
拙作にありがたい評価、ブックマークを頂戴し誠に感謝しております。
非常に大変な状況が続く昨今ですが、私も他の皆様の作品を読んで元気や創作意欲を頂戴しています。
誤字脱字の多さは申し訳ないです。見つけ次第直してまいります。
次は水曜から木曜の朝にかけてなんとか頑張ります。