老侠 1
お待たせしております。
葬式と銘打ったところで別に泣くわけでも悲しみに暮れるわけでもない。
何しろ25体もの死体があっても彼等の性格も名前も解らずじまいなのだ。バイコーンとジラードから各2人ずつ身元が判明したものの、残りの21人は名無しの権兵衛として供養する他ない。
<鑑定>ではただの死体としか表示されず、情報はなかった。それに蘇生魔法を使って甦らせる程の義理もなかった。
そもそも蘇生魔法の定義か途轍もなく怪しい。
死者を甦らせるという意味不明な効果にまず突っ込み所満載だが、死体の状態にも色々ある。五体満足であればともかく、損壊が激しいものや、白骨化した死体に効果があるのか疑問である。
俺がかつてグレンデルの騒動の時にシルヴィアのメイドであるアンジェラに施したのも蘇生魔法ではあるが、状況があまりにも違いすぎる。
あのときは蘇生というよりも回復魔法に近い。致命傷を負った段階で発動するようにしていたからだ。死人が甦るというより死ぬような一撃から回復したというのが正解だ。
腐乱死体や、バラバラ死体に蘇生魔法をかけても効果があるのかは謎だ。まさか失った下半身がにょっきり生えてきたり、失った心臓がいきなり再生して鼓動を始めるのだろうか。
魔法に理屈を言い出すときりはないのだが、現象における理解度の高さが魔法の効果の上昇において重要な役目を果たすため、十全に使いこなすには大事な事だったりする。
流石に彼等で実験するほど外道ではないし、俺以外にも気になって試しているやつは必ずいるはずだ。文献でも残っていれば見てみたいものだ。
そもそも蘇生魔法を扱える術者が殆どいないという事実は置いておくとして。
「んん? なんだこりゃ!?」
「人がいっぱい」
イリシャの手を引いて会場となる万物の神殿に向かった俺はそこにあふれる人だかりを見て驚いた。
今日は平日、その昼間から神殿の周りには人、人、人で溢れかえっているのだ。俺の知る限り、神殿はよく言えば静謐、悪く言えば閑散としている印象だ。こんなに人で溢れるならどの神殿も困窮などするまい。この万物の神殿は王都で一番の規模を誇るから、俺もここで祭儀を行うことにしたのだ。
集まった人々は家族連れから年寄りまで、構成もバラバラで統一感はない。これが俺達の葬儀に出席する人々でないのは確かだ。
派手に見送ってやろうと思うから、組織の構成員は事件の責任の一端として全員参加しろとは伝えてあるが、この人だかりの中には若い女の子や子供まで含まれている。
俺らの服装も葬儀に相応しいものではなく、いつもの普段着だ。悼むためでも悲しむためでもないからな。本当に見送りに来たのだ。
その普段着なので、目立つことなく神殿の勝手知ったる勝手口から中に入った。
「あ、ユウキさんじゃないですか。お早いですね」
俺に声をかけてきたのは、神殿の見習い巫女であるコニーだ。巫女とは名ばかりの下働きの雑用役であるが、神殿や教会に入信する者はみな誰もが通る道なので巫女か神官の差でしかない。
と言ってもすっかり寂れたこの神殿では、新たな見習いは増える気配がなく、入れ替わることなくこのコニーとその同期がずっと下働きな事を嘆いている。
その彼女達とはなんというか”臭い仲”である。変な意味ではないが、そのお陰で仲間の一人と思われているようで、こうして気安い関係だ。
”臭い仲”というのは文字通りの意味である。かつて俺の<アイテムボックス>で安置していた亡骸をこの神殿で清めたのだ。
中には腐敗していた亡骸もあって、経験のない年若い彼女たちは半泣きになりながら清めていたのだが、あまりにも雑な扱いに俺が激怒して叱り飛ばした。
こういうものは自分の身内だと思って扱うように強く言い、俺が手本を見せてやった。
少なくない手間賃を払っていたはずの俺が一番仕事したような気もするが……まあそれはいい。最後には一回り成長した彼女達に風呂と甘いものを奢ってやったら懐かれて、このような関係になった。
「正門前は凄い人だな。慌ててこちらから入ってきたよ」
「ええ、今日の”送りの儀”のことは、私達としても久々の大仕事ですからね。皆さん気合入れてますよ、それにどうやらその後の事も噂になっているらしくて」
「本当かよ。別に隠したいわけじゃないか、今のままじゃ近隣の住民にも迷惑だろうに」
「そうなんですけど、散ってくださいとも言えなくて。あら、そちらは妹さんですか? 可愛い子ですね、それになんて綺麗な銀髪」
「う、こ、こんにちは」
「妹のイリシャだ。今日の式に無関係じゃないので一応な」
俺の後ろに隠れてしまった妹だが、誉められて嬉しかったのかちゃんと挨拶をした。出会ったときはくすんでいた銀髪も、うちの女達により毎日手入れされることにより光り輝き、神秘性まで感じるほどになった。
本人もとても気に入っているようであり、毎日姿見の前で念入りに整えているのを知っている。本人の前で指摘すると誤魔化すけど。
「大神官様方は既に?」
「はい、皆様到着されてます。今さっきこの儀式の主催者の皆さんもお見えになりましたよ。ユウキさんも上役に当たるんですよね」
「正確には違うが、まあそんなもんだ」
このコニーという見習い巫女は俺が死体を持ち込んだことから彼等との関係をそう認識していた。訂正するのも面倒だし、傍から見ればそう見えるだろう。
「主催の方のご希望で儀式そのものは短時間で終わると思いますから、イリシャちゃんも退屈しないと思います」
「長引かせたら正門前の連中が暴動を起こしかねないしな」
俺は指で今か今かと待ち構えている連中を指すと、コニーもさにあらんと頷いた。そして思い出したように俺に尋ねる。
「小耳に挟んだのですけど、私達も参加を許されているとの噂なんですけど、何か聞いてません?」
「街の連中が呼んでもいないのに勝手に集まっているのに、君達を除外する理由が無いだろ。上の人に怒られない程度で好きにすればいい」
「やったぁ。最近は気前の良い寄進があったりして何とか持ち直しているみたいですけど、やっぱり厳しいんですよね。いただけるものは残さず頂いておかないと」
今日の葬式そのものは至極あっさりと終わる予定だ。なにしろ名前さえ解らない人々だ。身元が判った四人はそれぞれの遺族と共に別の日にしめやかに執り行われるらしいが、今日は盛大に見送ってやる為の日だ。
この式も俺の個人的な宗教観、死生観に基づくものであって、他人に強制するものではない。
もし俺が何処かで野たれ死んだとしても、それまでに俺が出会った死者を手厚く葬っていれば俺も見知らぬ誰かに弔ってもらえるかもしれない。
少なくともそう期待することができる。全くの希望的観測だが、そう信じる事ができるというのは大事だと思う。行く先々で見捨てていれば俺も見捨てられて当然と思っているだろう。
なのでこの件は完全に俺の趣味なのだ。だから精々騒いで派手に送ってやろうとは思っている。
そのため、今日は振舞い飯に振る舞い酒がこれでもかと用意されている。
リノアの店やザイン達の店、女衆はもちろん組織の動ける人を総動員してすさまじい量の食い物が用意されているし、酒も安酒を大量に用意した。王都中から酒を買い占めると大変なので、スキルを使って用意した。
異世界の安酒を薄めて薄めて更に嵩増しした物を試飲させたが、こんな上等な酒を出していいのかと恐縮されてしまった。
俺と如月が顔を見合わせてため息をついたのは言うまでもない。
口にすればわかるが、普通の居酒屋で酸化した酸っぱいワインが銀貨一枚て売られている有様なのだ。保管状況や温度管理で大分マシにはなるんだろうが、酒は酔えればそれでよいという認識の奴が多すぎる。
如月が本物の酒飲みを育成してやると意気込んでいるのはそのせいだ。
良い物を知らずして悪しき物の判断が出来るはずはないからな。
それにしても人が多すぎないか? 参加する連中はゾロゾロ集まってもあれだから直前に集合するように命令している。なのでこれから集まってくるはずで、ここにいる一般人は予想数に入っていない。
俺としては関係者と組織の人間、多くても500人程度と見ていたが、これはどうなるか解らないな。今このときも玲二や他の料理人が山ほど料理を作り続けているが、果たして足りるだろうか。
「これは、頭! お伝えくださればこちらからお迎えに参りましたものを」
俺はコニーに案内されて儀式の行われる聖堂に足を運ぶと、俺に気付いたジークが駆け寄ってきた。
「頼んだわけでもない。気にするな」
「気が回らず失礼致しました」
そこで隣から慌てた声が俺達を遮った。
「え、えっと、お、お頭さん? あのユウキさんが?」
「気のせいだ。気にするな」
「ええっ!」
説明が面倒だ、これで押し通そう。それにそろそろお役御免だしな。
俺達の会話が聞こえたのか、皆が集まってきた。いつもの5人に幹部というか俺の仲間のような立場のエドガーさんと”ジラード”のイーガルに”バイコーン”のボストンもいる。
この二人が参加するとは思わなかったが、この裏街の顔役の一人として義理を通しにきたようだ。
「頭、このたびはご足労願いまして申し訳ありません。後ほど各神殿の大神官様たちが頭にご挨拶をと」
「俺が前面に立つ必要はないだろう。お前達で顔合わせすれば問題ないさ」
「いやいや頭、神官様は大口の寄進をした頭に会いたがってるんです。俺らじゃ意味がないですって」
ゼギアスの言葉に俺は顔を顰めた。面倒を頼んだので金は弾んだが、俺は都合の良い財布のつもりはない。これに味を占めて調子に乗るようなら一度はっきりと分からせてやる必要があるな。
「ユウキさん。ここは穏便に願いますよ。神殿関係の雑事は全てこちらで引き受けますので、ユウキさんは向こうの言葉に頷いてくださるだけで結構です」
俺の機嫌が急降下したのを理解したエドガーさんがとりなすように言ってくる。俺もここまで準備してもらって自分の一言でそれをぶち壊しにする気はない。仕方ない、会うだけは会うか。
「分かった。後で会おう。それより、二人とも来てくれたんだな」
頭を切り替えた俺はボストンとイーガルに声をかけた。二人は何故かぎこちなく緊張している。
「あ、ああ。この件はあいつらに好き勝手させすぎた俺達の手落ちでもあると思ってるからな。それに今度のイベントの話し合いをするにも丁度いい場なんで、こうしてボストンの旦那と一緒に来たってわけだ。しかし、マジで全員を従えてんだな……頭では解っちゃいたが、こうして目にするとすげえ眺めだよ」
「ああ、全くだ。特にあのゾンダが心服して従っているなど、夢でも見ている気分だ」
「うるせえぞ、ボストン! 頭のデカさが分からねぇお前達のほうが哀れだぜ! お前が後になって吠え面かくのが楽しみだぜ」
ゾンダとボストンが険悪にいがみ合うのを見た俺は処置なしと首を振るエドガーさんに視線を向ける。
「ああ、この二人は昔からこうなのです。この7年で多少は落ち着いたかと思ったのですが、全く変わってないようですな。水と油と申しますか、性格が全く合わないのですよ。昔から仲裁は私の仕事でした」
「兄弟! 頭に余計な事をふきこむんじゃねえ!」「エドガーの兄弟、私は特にこの男に何も思ってはいない」
エドガーさんはゾンダとボストン、二人とも兄弟分らしい。そういえば3人とも元は”シュウカ”の幹部だったな。
同時にそう答えを返す二人に俺達は苦笑するも、この場所で続けるには相応しい態度ではない。
「そこまでにしておけ。今日は生者は脇役だ、儀式が終わるまでは大人しくしておけ」
「お頭の言うとおりです。大の大人がいがみ合ってはこの子も怯えてしまいますわ」
イリシャを抱き上げながら瑞宝が妖艶に微笑む。イリシャとはこの子の目を治した時の縁から良く懐いているようで、瑞宝の方もよくホテルに遊びに来ている仲だった。
「頭、その子供はまさかあの時の? こりゃ見違えましたぜ!」
ザインの驚く声には俺も同意だ。最初に出会った時は痩せすぎていて少年だと思っていたイリシャだが、こうして着飾って髪も整えてやればどこへ出しても恥ずかしくない美少女の出来上がりだ。
「別に覚えなくてもいいが、妹のイリシャだ。この場は退屈かもしれんが、一応関係者だから連れて来た」
「ちょっと待て、妹だと? 俺の調べでは王都にお前の血縁はいないはずだが……」
「血の繋がりだけが身内の定義じゃないだろうに。他人がどう思おうが俺とこいつが家族だと思えばそれでいいんだよ」
つまらない事を言うイーガルの焦った声に俺は冷笑で返した。王都で敵に回してはいけない人物がどこにどれだけいるのか解らない事実と自分の掴んでいない情報に焦りを覚えたのだと思うが。
そのとき、視界の端に仰々しい祭服を身にまとった集団が現れた。歳のいった年配が多いから、彼等が先程話に出た神官長たちかもしれない。
「これは皆々様。こちらにお集まりでしたか。間もなく刻限です。”送りの儀”を始めると致しましょう」
「……生は喜びですが、死は安らぎでもあります。この静寂が支配する大いなる海の中で死者の魂が永久に安らがん事を祈ります。精霊の導きのままに彷徨える魂たちが偉大なる精霊王の御許に辿り着ける事を願って止みません」
小柄な老女が柔らかな口調で祈りの言葉を並べる中、俺は眠気と戦っていた。隣に座っているイリシャは既に船を漕いでいる。
<状態異常無効>を持つ俺でもこの有様なので、この抗いがたい睡魔の力は本物である。
説教というのはどうしてこう相手に伝える努力を怠るのか。明らかにありがたい言葉を並べて自己陶酔に浸っているようにしか聞こえん。
俺はこの恐ろしい睡魔に対抗するため、色々な事を考える。周囲に視線を配ると祭壇の上には各神殿の偉いさんが揃っているのだが、よくよく見てみると興味深い事実が見えてくる。
お偉いさん達も俺らと同じように席が設けられているのだが、席次による序列がはっきりと見て取れる。先程一応紹介を受けたのだが、一人を除いて全く印象に残らなかった。
唯一俺の目に止まった老女、時の神殿の大神官だというその人が最上段、つまり序列一位の席に座っている。
つまり、この王都で衰えながらも最大勢力だという万物の神殿の大神官を押しのけてあの人が神官たちの中で序列一位だということになる。
だが見れば明らかなほど内包する魔力に差があるし、その立ち振る舞いを見ても隙が無い。恐らくは戦いに身を置いた事さえあるだろう。神殿内で権力闘争に勝ち抜いてのし上がった連中とはモノが違いすぎた。
大神官たちはそれぞれの神殿の意匠が入った祭服を身に纏っているが、この場にいるほとんどの女性はその頭に頭巾やコルネットと呼ばれる鍔つき帽子を身につけているので顔の判別がしにくい。そのお陰もあり魔力の強弱で判断したため、彼女がひとり際立っている。
彼女と知り合えた事だけが今日の収穫だなと思って耐えていると、ようやく儀式は終了を迎えた。
これでも一番短くやってくれと念押ししたのだが、半刻(30分)近く時間がたっている。俺達の背後に立っている各組織の男たち487人はともかく、外にいる食い意地張った連中のまだかまだかという気配は破裂せんばかりだ。
これからその振る舞い品を広げる場所を作らないといけないんだが……あいつら絶対解ってないな。
「頭、お疲れ様でございやす。これから場所を変えますが、まずはあの不作法な連中を蹴散らしますんで少々お待ち下せえ」
ザインが手下を連れて神殿の外に出ると、集まった群衆を文字通り蹴散らし始めた。あんまりな扱いではあるが、元々がタダ飯とタダ酒にありつこうとしている連中だ。大怪我でもしなければそれでいい。
ハラハラと神官たちが見守る中、実力で無理矢理空間を空けた男達は広い庭はおろか、周辺の道にまで次々と机を設置し始めた。
最初は彼等の蛮行に文句を言っていた連中も意味ある行動だと知って黙り込む。頭の回る奴は近くから椅子と机を調達してきたりして手伝いをしてくれた。
俺らは大神官たちの飲食場所を作るために準備するが、見習い含めて総勢で40人もいないのですぐに準備を終了する。それを待ち構えていたかのように大型馬車が次々と庭に乗り付けられ、山ほどの料理が運ばれてくるのを見て皆が歓声を上げた。
「にいちゃん、おなかすいた」
「ちょっとまってな。準備はすぐ終わる」
俺はマジックバッグから俺達用の食事を次々と取り出す。異世界の料理も最近は玲二が山ほど作ってくれているのでこちらの代わり映えのしない食事に比べると範囲が広くてとても面白い。一応俺達の食事はいろんな意味で特別製だ。レイジの作でもあり、異世界の料理ばかりが並んでいる。
酒もそこまで高価ではないが、ちゃんとした物を揃えている。
特に神殿関係は食事も色々と制限があって用意する方も苦労する。だが、なんでも異世界には肉を一切使わない料理や、肉料理に見えるものの使っているのは野菜であるなど趣向を凝らしたものが多いから助かった。
コニーが前に代わり映えしない食事に飽きているような事を言っていたので楽しんでくれればいいのだが。
大樽が幾つも運び込まれ、酒が皆の手に行き渡るとその熱気は最高潮になる。だが、最初は俺達だけで行うので、周囲の連中には指を咥えて見ていてもらう他ない。
振る舞い品を貰う方が最初から要求しちゃいけないだろう。
「頭、どうか一言お願いします。頭のお言葉で始まった一件ですぜ、頭じゃないと場が締まりませんや」
ザインの言葉に俺は嫌な顔をするが、逃げ道をふさがれては致し方ない。仕方なく立ち上がるが、最近は皆が俺の扱い方を学んできた気がするな。
俺と幹部連中は少し離れた神官たちと同じ席にいたが、そこからでは全体が見えないので多くの男たち、そしてその家族が集う庭まで歩いてゆく。数百、数千もの視線が俺に集中するが、あまり緊張のようなものは感じられない。
王都で”ゴミ掃除”したときも思ったが、消えた俺の記憶の中にはこういった経験があるのかもしれないな。
「今日は安息日でもないのに良く集まってくれた。そしてこの件に協力してくれた全ての者に感謝する。俺はただ命令しただけだが、ここまで見事に準備を整えてくれるとは思わなかった。
今日という日は非業の死を遂げた者たちへの追悼の場ではある。だが、湿っぽいのは俺の性に合わないし、盛大に送り出してやることにした。なので、今日は腹一杯飲んで騒いで、死んだ奴が生き返って参加したくなるほど楽しんでくれ。ただし、やりすぎて警邏の厄介にはなるなよ。その時は他人の振りするからな」
俺の冗談に周囲から少しばかり笑いがおきた。
「長話すると外の連中から恨まれそうだから、ここまでにしておく。心配しなくても今日は酒も食い物もたらふく用意したからなくなることはない。では、今日は大いに楽しんでくれ」
「よっしゃあ! 生者と死者に乾杯だぁ!!」
「うおおお、大将にも乾杯だぜぇ!!」
怒号のような叫び声が響くと共に組織の男たちとその家族は一斉に杯を干した。酒が苦手なものは適度に薄めた果実水を用意したし、各種の茶もふんだんに用意している。なくなる事は……無いと思う。たぶん。
「う、うめえ!! 何だこの酒はぁ!! こんな酒が飲めていいのかよ! 俺は頭に一生ついていくぜぇ!!」
「父ちゃん、このあまいのも美味しいよ! もっと飲みたい」
「おお、好きなだけ飲め。今日は頭が全て用意してくださったんだぞ。ちゃんと頭にありがとうって言えるか? ミーナは良い子だから、ちゃんとお礼は言えるもんな?」
「うん、かしら、ありがとう!」
むず痒くなるようなやり取りの後、イリシャより幼い女の子が俺に礼を言ってくるので、手で応えて席に戻る。その頃には新たな料理と酒がまた届いて、周りの連中にも行き渡り始めて本来の意味での振舞い品が始まった。
「えっと、兄ちゃん、ありがとう?」
先程のやり取りを聞いていたのか、イリシャが遠慮がちに聞いてきたので頭を撫でてやる。えへへとはにかむ彼女を見ると天使の実在を確信したくなる。
「頭、有難うございました。すいません、無理を聞いていただきまして」
「いや、元はこっちが頼んだ話だから、挨拶くらいはしないとな。それにしても、ここまで人が集まるとは思わなかった。別に隠してはいなかったが、広めてもいなかったよな」
俺としては仲間内で精々派手にと思っていただけにこれほど人が集まるのは想定外だった。
「私の店の子から聞いたのですが、どうやら料理屋経由で漏れたようです。可能な限り多くの店に発注しましたから、そこから予想された見たいですけど……食材こちら持ちで手間賃のみでも総額金貨50枚相当ですもの。予想されても仕方ない面もありますわ」
「やりすぎたか。加減を弁えなかったな」
「なんですと!?」
俺達の会話に一人の神官が口を挟んだ。この万物の神殿の担当者で神官側の唯一の男性だが、神官の中での序列は最下位だ。それもそのはず、彼は事務長なのだった。神殿業務の中で大事な位置を占めるが、神官中心の世界で地位は高いはずがない。今も周囲の神官長たちの冷たい視線のなんのその、ひとり酒を口にして絶賛の言葉を繰り返している。
万物の神殿が彼を代表者としたのは、現在大神官の地位が空位だからである。だから彼が代表としてこの場にいるし、その実務能力は確かに高かった。全ての神殿との調整を瞬く間に終え、この段取りも彼の仕切りである。
なによりゾンダが話を持ち込んだのが彼で、他の神殿との兼ね合いに気を配ったのも彼なのだ。
既に赤ら顔だが、この件では一番の功労者だと思う。
「なんと豪気な。今回でどれほどの金貨を使われたのか! お若いのに大したものだ。是非とも我等の支援をお願いしたいものですな」
「支援にはそれ相応の介入がある事をお忘れなく。私としては神殿のような公共機関は数多い民の支持の元に存続すべきだと思っています。一人の大口支援者によってその意義が歪められるようなことがあってはならないと考えます」
俺の意見は要約すると人気が無くなるほど落ちぶれたあんたらが悪い。俺が金を出すならその分の口も出すし、不要な奴等は切り捨てるぞ、という事だ。
俺を都合の良い金蔓と見ていた感のある事務長、マドックはその言葉に冷や水を浴びせられたように押し黙った。
ゾンダがマドックに凄い顔をしている。別に彼に怒ったわけではないから気にするなよ。
「そのご意見には全面的に同意します。元々は我等の力不足が今の事態を引き起こしたようなもの。外部に理由を求めるより、内部で変化を起こして時代に合わせた神殿を作ってゆくべきでしょう。マドック事務長もそれを理解して今回も色々な施策を施しているのです」
そこで俺の一押し大神官、時の神殿のアイラさんが口を開いた。彼女の言うとおり、見習い神官のコニーから今日のために色々な催しを企画していると聞いている。信仰に重きをおき過ぎていないマドックさんだからこそ取れる作戦だが、他の神殿関係者は眉を顰める輩も多いという。
だが、信仰重視で食うものに事欠いては意味がないと思う。ある程度は自活できねば話にならない。
「それについては別の機会に時間を頂きたい。有意義な提案ができると思います」
「あ」
最近は箸に挑戦しているイリシャがてんぷらを落としかけた。ぽとりとイリシャの拙い箸からこぼれ落ちるカボチャ(もちろん異世界産)のてんぷらが、ゆっくりと空中で止まった。それをなんとかイリシャの箸が掴み取る。
「無理しないでフォーク使えばいいじゃないか、また落とすぞ。それにさっきからてんぷらばっかりだな、他のも食べればいいのに」
「がんばる。それにてんぷらすきだから」
「その子の言うとおりですぜ、この料理は大したもんだ。野菜と衣だけだってのにこんなに美味い。酒がとまらねえですぜ」
少し前に大量に作ったものだが、<アイテムボックス>の時間停止能力のお陰で出来たてのサクサクのてんぷらを頬張る。これは紫蘇か、僅かな苦味と衣の味わい、そして天つゆの甘みが絶妙だ。
「確かに美味いよな。ここに出したものは神殿の皆様用に食材を選別してありますが、もし肉が大丈夫でしたらあちらに用意してありますので」
俺の気遣いに神官たちが軽く頭を下げる。酒が駄目な彼女達には皆がお茶だが、各種茶葉は雪音が用意してくれた。なんでもウーロンにプーアルにジャスミンにウバにセイロンにダージリンだの魔法の呪文のような言葉を聞き流していたが、皆それぞれに楽しんでくれているようだ。
お茶は酒よりも高級な嗜好品だからまともに買えば酒の10倍以上金が掛かるが、雪音のスキル品だから懐は痛まない。神官様たち用に持ち帰りの贈り物としての茶葉も用意している。
「ジーク、今日のために各所に付け届けはしているんだよな」
「もちろんです。これほどの規模は想定外でしたが、不足なく対処しています」
「じゃあ、何しに来たんだか。今近くに連中が来ている」
俺の視線の先には警邏隊のガレス隊長が数人の部下と共にやってきていた。この葬式の件は彼等も関係者だし、この話をしていてあちらからも人を出すと聞いている。絶対に飲みすぎてやらかす馬鹿もでるだろうから、大目に見てもらうように話をつけたと聞いている。そのために結構な額を包んだしな。
普段は横柄そのものの彼もここに居る大神官たちに不遜な態度は取れないようで、珍しく畏まっている。
「ようお前達、また派手にやってるな。神殿の皆様もご機嫌麗しく」
「あれ? ガレス隊長、こっちに来ちまったんですかい?」
「ん? どういう意味だよザイン? 俺がここに来ちゃまずい事でもあるのか?」
「いやなに、今頃は本部の詰め所に酒と食いものが届いているはずですぜ。そのように手配しましたから、行き違いでしたかね?」
なんだと? よし、お前確認して俺らの分を確保して来い、と部下の一人に指示を出すと空いている席に座った。普段の彼ならそのまま勝手に酒を飲みだす所だが、神官たちの手前行儀良くしている。こちらの酒の誘いも断ったほどだ。
「ここに寄らせてもらったのは、死者への手向けと例の件の打ち合わせだよ。全員集まっているだろうから都合いいしな」
俺は例の件という言葉に眉を顰めた。その件に心当たりがあったのだが、内心は呆れ帰っていた。
「お前達、まさかあの馬鹿話、本気で進めていたのか?」
俺の本気の声にザインが慌てて言い訳し始めた。
「か、頭ぁ。そうは仰いますが、諸々の解決策としてはこれ以上ないですぜ。みんなも賛成してくれてますし」
「ジークにゼギアス! お前たちが付いていながらなんてザマだ。こんな話を聞いたら真っ先に潰すのがお前らの仕事だろうが」
「御尤もです。それについては弁解のしようもございません。ですが、やはり幾つもの組織が一つに纏まるにはこのような場を設ける意義があると思われます」
「ジークの言葉に私も同意しました。一度はやっておく意味はあるかと。馬鹿じゃないのかといわれれればそれまでなんですが」
組織の頭脳として頼みとしていた二人に裏切られた俺は最後の砦である瑞宝に視線を向けた。
「瑞宝、この薄ら馬鹿どもに何か言ってやれ。人間の頭には物を考える機能がついてんだぞってな」
「お頭、男という生き物は口で言っても理解しないものです。一度は思い切り馬鹿をやらせてみるのも手ですわ。それで結束が深まるのなら良いではありませんか」
ああだめだ、こいつら全員話にならない。俺は望みをかけてガレス隊長に尋ねた。
「隊長はもちろん反対の意思を伝えにこちらへ来てくれたんですね?」
俺の希望はあっけなく砕かれる事になる。
「いや、王都の警邏隊としてはお前達裏組織が一枚岩で纏まってくれた方が都合がいい。話をする窓口がひとつでいいし、表の俺達と裏のお前らがしっかり役割分担してまとめて行かないとロクでもないことになるのはウロボロスの件で経験済みだしな」
なんてこった。あのあほ過ぎる提案がまかり通ろうとしているのか? 本気で? ありえないだろう。
「何やら不穏な空気ですな。王都の平穏に繋がるなら当方としても協力は惜しみませんが……」
「神殿の皆様にお聞かせできるような話ではありませんよ。聞いた瞬間に頭が悪くなります」
誰が聞いたって馬鹿げていると答えるだろう。俺も初めて聞いた時は思わず馬ッ鹿じゃねーの!? と三回くらい真顔で返したものだ。
どこの世界に組織が一つにまとまるための通過儀礼として全員参加の大喧嘩大会を開催するなんて馬鹿を思いつくんだ?
楽しんで頂ければ幸いです。
王都の異変が襲っている最中ですが、深刻に考えているのは冒険者ギルドと権力側そして騎士団くらいなもので、民が騒ぎ出すのは市場から食べ物の値上げが酷くなってくるころです。
今はそこまでの状況ではないのでこんな感じです。
本来はもう少し話が進む予定でしたが時間切れなのでここまでにします。
水曜日はもうちょっと話が進むかと思います。