冒険者ギルド 8
お待たせしております。
今回の話は前回の閑話から見て前日の話になります。
俺は意識を失ったライカを背負ってホテルに放り込むと、後の事はユウナに任せて事の顛末を報告するためにギルドに戻った。
別にギルドマスターが見届け人というわけでもないから報告する義理もないんだが、彼が俺達の遊びの約束事の証人でもあるのだ。今更負けたほうが奴隷だなんてまともに取り合う件でもないが、話くらいはしておくべきだろうと思った。
「戻りましたよ」
「おお、ユウキが先に戻ったか。おや、ライカ嬢はどうしたのかね? 君の事だから、手違いなどはないと思うが」
「最後は勝手に意識を失ったので、後はユウナに一任してホテルに放り込んできましたよ。勝負は……まあ引き分けという事にしておきますか」
「ふむ、Sランク相手に分けただけでも大したものだね。今調べさせたのだが、彼女は昨日の昼にストラスの港に辿り着いているようだ。そこからここまで一直線に向かってきたようだな」
「は? ストラスっていうとあの右上にある街ですか? 一体どれほど離れていると思って……」
俺は部屋にある王国全土の簡易な地図を指差した。中央にここ王都リーヴが描かれ、その東にウィスカがある。北にこれからソフィアや雪音たちが赴くアルザスがあるのだが、この地図の右上の端にストラスがみえる。この雑な地図でもウィスカと王都間以上の距離があるのはわかる。
俺を狙撃したのが大体昼のだいたい3時程度だから、王都には昼ごろに到着していないといけない計算になるぞ。
「Sランクとなれば余人に秘匿された移動手段でもあるのだろう。だが、それでも早馬で5日は掛かる距離を一日と掛からず到達したことになるな」
もしかして、意識を失ったのは強行軍による疲労もあるのかもしれないな。
やはりこの勝負は引き分けとしておくべきだろう。あんな子供に本気になって勝ちを宣言するなんざ大人気ないにも程がある。
向こうがそれを盾に言い訳を並べようがあっちの勝手だが、元があいつが売った喧嘩だ。最初から万全の態勢で挑めばよい話で、常在戦場を旨とする冒険者にとっては自分の価値を貶めるだけの結果にしかならない。
「しかし結局何だったんですかね、あの女」
俺の根本的な疑問にドラセナードさんは考え込む仕草を見せた。質問の意図がちゃんと伝わっているようで安心した。
最初の剣幕と戦いの終盤での様子には明らかな変化があった。こっちの腕を見抜いたといえばそれまでなのだが、あまりにも感情の起伏が大きすぎる。
あの女は今4人しかいない超有名人で、俺でさえ名前は知っているほどだ。そのひととなりも様々な噂で聞いているが、それで受けた印象は年齢の割に冷静な思慮深い少女、というものだ。
友人の身を案じるにしても、いきなり俺を狙撃で殺そうとする女にはその評判はあまりにもそぐわない。
「ここからは私の想像も多分に含む話だ、そう思って頭に入れておいて欲しい。”蒼穹の神子”は長らく対立関係にある組織がある。原因は彼女側がその組織の既得権に手を出したかららしいが、Sランクをもってしても随分と手を焼いているようだ」
個人が組織に喧嘩を売って持ちこたえているだけでも大したものではあるが、今回はそれに俺が巻き込まれたという話なのか?
「詳しくはユウナに聞くといい。恐らくは内情を含めてあの子の方が詳しいからな」
同じパーティに属するというより、兄であるウィスカのギルドマスタージェイクと馴染みであるからその縁で幼少の頃からユウナを知っているせいか、ユウナにはかなり甘い印象を受けるドラセナードさんだが、これでこの一件の裏で糸を引いたのがスカウトギルドだと判明した。
「連中には警告しておきます。人を気軽に利用するとどうなるか教訓を与えておきますよ」
俺の言葉が自らにも当てはまる自覚があるのだろうドラセナードさんだが、悪びれることなく次の話題に移った。
「話は変わるが、君をこのギルドに留め置いた主な原因は取り除かれたわけだが、君を調査隊の一員に加えるわけにはいかなくなった。ギルド内とは言わんが、王都には必ず滞在するようにしておいてくれ」
「はい? 自分が例の調査隊に参加するのは確定だと思ってましたが? 自分としてもこの件はさっさと解決しなければならないのでね。具体的には何があってもあと10日で終わらせます」
「その10日というのはどこから……なるほど、殿下のご留学の出発日か」
得心したように頷くギルドマスターだが、どんなに引き伸ばしてもあと13日だろう。留学先のアルザスでもこの王都と同じ状況ではあるようだが、雑魚のホーンラビットと強敵のキラーマンティスが同時に現れるような異常事態には陥っていない。恐らく魔法学院に通うような富裕層は護衛を雇って続々と集まっているはず。
今は王宮から出てホテル暮らしなので忘れがちだが、ソフィアは国賓待遇で迎えられているので王宮でお別れの催し物だとか、途中の町での表敬だので予定が詰まっている。それに遅れるわけにはいかないから、さっさと解決しなければならないのだ。
「そういうわけで、何があろうと時期が来れば物理的に”解決”するつもりではいます」
「王国貴族としては誠に心強い言葉だが、ギルドマスターとしては看過できんな。この件は既に王宮を含めた王都の民全てに知れ渡っているのだ。君がその力で解決するのは構わんが、我々は一人の冒険者が良く解らん方法で勝手に解決してくれましたと上に報告するわけにはいかん。君の頭なら理解してくれると思うが、組織とはそういうものだ。なので最低限の体裁は要る。君が指摘したように調査隊に王宮を巻き込んだようにな」
「もちろん解っています。貴方の立場もね。ですがそれと俺の調査隊不参加は何の関係が?」
俺の問いに彼はため息で返した。
「君自身が先程行った結果だぞこれは。王都全域を覆う凄まじい強度の結界、それを見た上層部が狂喜したのだよ。有事の際には是非ともあれを展開して欲しいとね」
ああ、そう来たか。まあそうだわな、王都のすぐ近くまで強大なモンスターがうろつく現在、城壁があるとはいえ民の不安は大きいだろう。だが、透明とはいえ王都が<結界>で覆われた事に気付く魔力持ちの者は多いはずだ。
そしてそれは人々の心に大きな安心を与えるだろう事は間違いない。だが、それにも疑問は残る。
「ですが、それは王宮側にもあるでしょう? どんな国にも王都全域を守る結界が備わっているはずです」
かつて20層ボスのドロップ品である連結型の魔石が出たときにも触れたが、大抵の国の王都には結界が備わっているものだ。その起動のために連結型の魔石が等級の高い魔石の代わりに使えるのだ。
もちろん、そのために解決すべき問題もある。
「君もわかっていて質問するものではない。この一件は王宮ではなく宰相府からの”命令”だ。王宮が民の守護を外部に委託するような無様を晒すかね? 必要とあれば陛下は躊躇いなく決断されるだろうが、それには莫大な費用が掛かる。連結型魔石を手に入れた君ならギルドのオークションでの落札予想価格がいくらになるか聞いているだろう」
ジェイクからおおよその価格を聞いたが、安くても金貨300枚はするだろうとの事だ。個人的にはどこまで高値がつくのか試してみたい気持ちもあるが、毎日倒している上に確定ドロップ品なので、もう数十個溜まっているのだ。
既に本音としてはさっさと売り払いたいのだが、これを求めに世界中から金持ちがこぞってやって来ていると聞くと俺の都合だけではどうにもならない。
ちなみに、ギルド側の競売は秋の30日だから、まだまだ先である。そして公爵家の公に出来ないオークションは16日後である。つまり今は夏の74日となるわけだ(一年は360日で春夏秋冬が90日ずつある暦となっている)。
「宰相府からは一回の発動につき金貨10枚を支払うと約束された。貴族の私としては是非とも受けて欲しい。あんな手軽に強力な<結界>を張れるのだ。数百枚の金貨を用いて古代魔導具を起動させるのはあまりにも馬鹿げていると思っても不思議ではあるまい」
宰相府とはこの国の行政機関だ。王宮が政治を、宰相府が実務を司る。権威で言えば王宮の方が上だが、宰相府はいないと国が回らない。ギルドとしてはどちらも敵に回せるはずもない。
そういうわけで珍しい事にドラセナードさんが頭を下げてきた。受付嬢の失態でも言葉の謝罪だけで頭は下げなかった彼がだ。
つまり、彼も断れない命令だったと。こっちも後先考えず自分の理屈だけで発動させたのだ。今回はギルドに詰めていなくてもいいのだから、それくらいは聞いてやらなければならないな。
「解りました。その件はお受けしますよ。ですが、調査隊の方は急ぎで頼みます」
「無論だ。アードラー君の方は今日にでも先発してもらう。現地にてスペンサーと各ギルドと王宮側の人間を連れて合流する手筈だ。さらに時間短縮をしたいなら一つ頼みを聞いて欲しい」
彼の頼みとは通話石を一組貸し出すことだった。互いに何故俺が持っているなどとどうでもいい問答を省いたので事はすぐに済んだ。
「内臓魔力は満タンです。使い方は……貴方が彼等に教えてください」
「もちろんだ。これは私が王宮から緊急事態で借り受けたことにする。協力に感謝するぞ、これで連絡に時間を取られずにすむ」
取り出した通話石を押し頂くように受け取ると彼は話はこれて終わりとばかりに立ち上がった。俺のここに長居する気はもうないので踵を返した。
「こちらからの連絡は引き続きハクを寄越すつもりだからそのつもりでいてくれ」
「ええ!? またあいつですか? しかしあんな半端者よくギルドが飼っていますね、専属冒険者はもう少しマトモかと思っていましたが」
実は最初のライアンとの一騎打ちのときも何度か攻撃する素振りを見せていた。だが、そのたびに俺の視線を受けて萎縮してしまっている。あいつの妨害があればもう少し盛り上がったかもしれないのに残念だ。本当に何故ギルドがあいつを本部付きにしているのか理解できない。
「ここは王都のギルドだ。貴族との付き合いは他の支部とは比較にならない。となれば家の者をギルドに派遣するという事も珍しくないのだ。彼女は君が一悶着を起こしたゼビオ伯爵家のゆかりの者だ。受付嬢のカリンと共にここへ来たのだが、君との件で彼女は辞めてもらったからハクにはギルドでの居場所がないのだろう。哀れとは思うが、貴族社会という所はこぼれ落ちた者は容赦なく踏み潰されるものだ。これも世の習いだよ」
ハクが何故俺を目の敵にするのかの理屈はわかったが、完全に逆恨みされてるじゃないか。カリンとかいう受付嬢の件はそのゼビオ伯爵から直々の謝罪を受けて済んだ話だし、元々俺に落ち度は欠片も存在しない。
だが、あの子供が俺を憎むのもわからんでもないから困る。今更その伯爵家に戻れないからここにいるんだろうしな。やれやれ、どうしたもんかね。
「気が向いたら相手をしてくれるとこちらも嬉しい。腕はまだ未熟だが、まだ11だ。鍛えればモノになるのではないかと思っている。ユウナ程にまで育つかは疑問だが、君にとって使える手足は多い方がいいだろう」
既に俺に押し付ける気満々のギルドマスターだが、彼の言う言葉にも一理ある。
この王都で俺は嫌でも注目を浴びてしまっている。
初めて王都に来た頃は借金の事もあるので大人しく目立たず過ごそうとしたが、レイアやユウナと知り合ったことにより『力』というものはどれだけ隠そうが嫌でも人を引き付けると理解させられた。借金の方も何とか返済の目処も立ってきたし、なにより借金の付き合い方を理解したからそこまで焦ってはいない。
さっきなんてSランクから喧嘩を売られたんだ。これからも俺の人生がダンジョン攻略による借金返済である事は変わらないが、もっと視野を広くして人生を楽しむにはいろんなことに挑戦してみたい。
レイアとユウナはこれ以上ないほど優秀だが、彼女達は配下だ。俺とスキルを<共有>している時点で運命共同体なのだ。<誓約>で秘密は守られるが、便利に使い倒すほど雑に扱えない。
そして彼女達以外にも使える手駒が欲しいのは事実だ。このギルドでも持て余すなら俺が貰っても構わないだろう。考えてみればあいつはここに居場所がないから俺に付きまとっていたのかもしれない。
「考えてみますよ。じゃあ、俺はこれで」
話は終わりだとギルドを出ようとした俺だが、そうは問屋が卸さなかった。
「よう、ギルマスと話は終わったか? こっちで一杯やろうぜ?」
俺を待ち構えていたかのように黒い門のスペンサーさんが声をかけてきたのだ。
「ええ、いいですよ。特に用事もないですし。おい、ハク。お前は俺預かりとなった。意味は解るな?」
「はい。解りました」
部屋の外で俺を待っていたハクは素直に従った。これまでの態度から見ればもっと不服そうでも良いはずだが、何か心変わりでもあったのか。
「お前はとりあえずユウナにつける。これからどんな人生になるかは知らんが、ユウナに従って素直に実力が伸びれば一生食うに困らない技量は身につくだろう。その後の事はそれから考えるといい」
「あの”氷牙”の! は、はい、分かりました」
既に<念話>でユウナに話は通してある。最初は不服そうにしていたが、彼女も自分の手足となって動く人材は欲しかったようで、受け入れていた。
おっさん達の飲み会に参加させるのは気の毒なので、ハクには先にユウナがいるホテルに向かわせた。あれ? あいつの分の金も俺が出すのか? まあもう一人も二人も変わんないか、すでにSランクも一人連れ込んだ後だしな。
「では、この大いなる出会いに!」
「大いなる出会いに!」「乾杯!」「乾杯!」
スペンサーさん率いる黒い門は総勢9名からなる大所帯だ。前衛が2人、中衛が2人、後衛が5人という典型的な魔法職特化パーティーだが、少なくともウィスカでは最適解の編成である事は確かだ。それは未だにあの鬼畜難易度のウィスカで一度も危機らしい危機に陥ったことがないことが証明している。
だがそれはあの20層ボス、キリングドールの格好の標的たり得るのだが……これを教えたものか悩むな。
「さあ飲んでくれ。ここは俺達の奢りにさせてもらうからよ!」
このパーティでの宴会役らしい前衛のバッカスが既に酒臭い息を吐きかけた。戦いの中では大盾を持つ完全な盾役で彼は10層ボスのサイクロプスの一撃をも凌ぎぎったという逸話を持つAランク冒険者だ。
「バッカスうっさい。ユウキとは私達が話すから。そのほうがお互いに建設的」
「そうそう。この子の魔法には興味が尽きないからね」
「黒の双炎に評価してもらえるのは光栄ですね。お二人のご高名は知れ渡ってますから」
女魔法使い二人、アーシャとエリスは二人で”双炎”と呼ばれる凄腕だ。彼女達に血の繋がりはおろか生まれた場所も歳も違うが、常人には真似できないほどの連携を見せる。特にアーガイル防衛線で見せたという炎魔法を上乗せする<相乗>という複合技はこの世界で彼女達だけが出来るといわれる大技だ。
先程もほろ酔いで原理を説明してくれたのだが、何を言っているかさっぱり分からない。とりあえず言葉は記憶したので魔法学院で勉強してもらう二人に期待しよう。
「ホントにぃ? 今じゃこの界隈だとあんたの噂で持ちきりよ。私達なんか皆忘れたみたいに”嵐”一色だものねぇ」
俺にしだれかかってくる妙齢の女は僧侶のジルダさんだ。他国で大神官を務めていた時期もあるという何故冒険者をやっているのか解らない人だが、その実力はウィスカに潜る回復役では3本の指に入るのは間違いない。日に<ハイヒール>を8回も使用できるのはこの世界で彼女と数人だけだ。
「ジルダさんのサラル疫での活躍は本になってたでしょう? ガキの頃村の助祭さんが毎週読み聞かせてくれましたよ。俺は特に患者が貴方に死を求める場面が好きでね、妹と二人でいつもそこを読んでくれとせがんでましたよ」
正確にはせがんだのはライルだが俺の言葉にジルダさんはそれまで浮かべていた薄笑いを消して、不意に真面目な顔になる。
「あんたは騙りじゃないね。あの本は5年前にサラル疫での教訓を生かすために教会とアタシが自費で出したもんさ。その中であたしは名を出していない。それなのにそれを知っているってことは」
「本当にあんた達の支持者ですって。そんなこと騙っても仕方ないでしょう。ウィスカにいるような有名所は全員頭入ってますよ、皆さん有名人ですし。黙って話を聞いているダンさんが活躍したレンバール水城での潜入作戦でも話しましょうか?」
ここにいる全員が二つ名持ちの有名人だ。そんな連中ばかり集まっているウィスカのダンジョンがいかに規格外な難度を誇るダンジョンであるか解るが、彼等が俺をここまで歓待する理由はもちろん解っている。
「おら、酒が足りないぞ! ガンガン飲めよ。そして使える情報を俺達に漏らすんだ!」
「ああ、こいつ。もう酔っ払ってるじゃないの。誰だよ、この馬鹿にそこまで飲ます事を許したのは」
露骨な事を言うバッカスさんに俺は苦笑するが、素直でよろしい。変に隠されるより俺は口を滑らせるかもしれないな。
冒険者にとって酒盛りは交渉の場でもある。いや、それは貴族間や商人、誰にとっても同じか。
親交を暖める事もあれば、酔い潰して情報を喋らせる事も出来るかもしれない。
普段滅多にギルドに寄り付かない俺を捕まえて何か喋らせる事ができれば、この場の飲み代など些細な事だ。
「もっと楽しい話題になれば、こちらも気分よく喋るかもしれませんよ。相手から一方的っていうのはどっちにとっても不幸です」
「リーダー、やっぱこいつに駆け引きは無理だって。普通に情報交換のほうが話は早そうだぞ」
パーティのスカウトであるダンさんが早々に白旗を上げた。彼は先程からこちらの様子を窺っていたが、そもそも俺は<状態異常無効>のスキルもあるし、服の下で見えないが同じ効果の装飾品も身につけているのだ。必要以上に酔えないし、頭も働けば容易に口も滑らせない。
それにこの世界の酒は不味い。如月が初めの頃は異世界の酒を楽しもうとしていたが、一口で全てを悟った顔になったので、彼が異世界の酒を創造して呑んでみたら、もう駄目だった。
あれ以来、俺はこの世界の酒を呑んでいない。クロイス卿や公爵家の贈り物が増えて、かの家での飲み会が開かれた理由はそこにある。
思えば俺があまり酒に強くないと思っていたのも、消えた記憶にある酒とあまりにも乖離していたからかもしれない。異世界の酒は普通に飲めているからな。
俺は逆に彼等を篭絡すべく、如月オススメの酒を取り出した。
「お互いに腹を割って情報交換と行きましょうや。まあ、こいつを飲んで平常心でいられればの話ですがね」
「それで、この有様か。解っていると思うが、君達は明日の夜明けと共に調査に向かってもらうのだが」
「わ、わかっているさ、ギルドマスター。もちろんそこは弁えている。だが、あれは卑怯だ、あまりにも卑怯だった」
「そんなに恨めしい目で見ないでくださいよ。お互いに酒飲んで騒いだだけじゃないですか」
「あれは酒じゃない。ソーマかアムリタかネクタールだ、そうに違いない。でなければ我等が今まで飲んでいたものはただのゴミ以下になってしまう」
周囲にAランク冒険者が倒れ伏している惨状に呆れ帰っていたドラセナードさんがそこまで言うならと新たに注いでやった酒を口にして目を見開いた。
「な、なんだこの酒は!! この芳醇にして奥深い味わい、そしてこの美しい色合いはどうだ! 確かにこれを口にした後では、他の酒は呑めん」
一応ここも酒場で、そこのマスターが凄い顔をしているのが見えたが、口に出したのは俺ではないからよろしく。
初めの頃は俺から情報を引き出すべく果敢に酒に挑んでいた皆だが、一口飲んだ瞬間に目を見開いて固まり、まじまじと器の中の酒を凝視し、さらに口に運んだ後は皆が一様に酒を呑むだけの機械と化した。
なんとかスペンサーさんとダンさんだけが何とか俺に話しかけてきたが、俺から有用な情報を得る前に倒れ伏してしまい、その惨状を聞いたドラセナードさんも黙って酒を呑む機械に変身した。
「もの自体はランデック商会で売ってますよ。今出した酒が金貨5枚かな? ああでもあそこは今紹介制だな。でも俺の名を出してくれれば割り引くように話は出来ますよ」
「なんだってぇ!!」
俺の言葉に屍たちが起き上がった。多分ジルダさんが回復魔法を使ったのか、既に皆の顔から酒精は消えている。
「この神の酒がたった金貨5枚だと!? 10倍でも喜んで出すのに、さらに割り引いてくれるのか!」
こうしちゃいられないと皆が足早に去っていった。今店のほうには如月がいるのでその話をしておいた。<念話>は距離が関係ないのでこういうとき本当に便利だ。
しかし、金貨5枚を屁とも思っていないとは、流石多くのダンジョンを踏破して莫大な財を築いている彼等だ。ダンジョンには夢と金が詰まっているとはよく言われることであり、成功者がああなるという良い見本である。
「くそ、すっかりお前さんに一本取られしまったな」
この場に残ったのはリーダーのスペンサーさんとスカウトのダンさんの二人だった。
「これも勝負ですって。まあ、後は雑談でもしましょうか」
「やれやれ、すっかりお前のペースだな。見た目どおりではないと散々解っているつもりだが、相対するとつい年下と話している気にさせられちまうよ。で、何が聞きたいんだ?」
情報収集役のダンさんと判断するスペンサーさんがこのチームの頭脳だ。彼等が揃えば問題はない。
「ギルマスも聞いておいてください。この王都の件、ないとは思いますが最悪の展開は集団暴走です。モンスターはいずこから召喚されているはずですし、これまでは敢えて小規模で試している可能性がありますしね」
俺の言葉に三人は頷いた。全員がその可能性を考えていたはずだ。ダンさんが口を開く。
「俺の読みでは王都の戦力は防衛で手一杯だ。騎士団もこの国の実働状態じゃ満足に動けん。周囲の貴族家の騎士団動員では時間が掛かりすぎて王都が蹂躙されるだろうよ。そのためのお前さんの<結界>だろうさ」
「王都で満足に動ける戦力は警邏隊と親衛隊くらいだ。王都周辺の第一騎士団は定員割れが常態化しているし、集合をかけて一度訓練しないと話にならん。第一騎士団の弱体化は王国の方針なので政治的な絡みもあるが、この状況で使えんのは痛いな。恐らく王宮側の戦力は多く見積もっても1000は届かんだろう」
「それに対して記録に残っているスタンピードは最低でも20万以上だ。いずれにしてもスタンピードなら前兆は把握できるので、無いとは思うがありえない線ではないな」
酔いを感じさせない厳しい顔で男4人が顔を寄せ合う。もちろん俺達がしているのは最悪の想像で、実際は大したことない事を祈る他ない。だが、可能性を想定しておく意味はある。
「勝手な予想ですが、その”深遠の淵”とやらには召喚系の魔法陣があるんじゃないかと。そしてそれを守る何者かがいますね」
「相手が組織立って行動しているなら可能性はあるな。もちろん気をつけて行動するさ」
そこでドラセナードさんがスペンサーさんに通話石を渡した。彼の流石の世界を代表する冒険者で通話石の存在も扱いも心得ていた。
「そこのユウキのたっての希望でこの件は10日以内に解決しないといけなくなったのでな。迅速な行動で頼む」
「おいおい、随分と急だな。何か訳があるのか?」
ここで隣国の姫の件を話しても仕方ない。食料に限りがあるとでもしておくか。
「10日を過ぎるとこの王都から食材が枯渇し始めます。その前にケリをつけたいですね」
「つまり、この飯はお前が供給しているということだな。ってことはこれが例の17層の環境層からの収穫か。道理で味が良いと思ったぜ」
ダンさんが提供されている料理を見つめて呟いた。俺はこの機に気になっていた事を口にしてみた。
「そちらの探索状況はどんなもんなんです? 16層に前線基地を作ったのは知っていますが」
スペンサーさんとダンさんは顔を見合わせた後、ため息と共に口を開いた。
「これは俺達と協定を組んだ奴等以外には秘密なんだが、お前じゃ意味がないしな。気になるなら教えてやる。今は16層を4分割して虱潰しに探している最中だ。俺らが抜けて探索効率は下がる一方だからこのままいけはあと半年は掛かるだろうな」
彼等にも頂点にいる冒険者としての意地がある。気軽に俺に訊ねるわけにはいかないのだろう。
冒険者の序列で考えればSランクが頂点というのは間違っていないが、彼等も間違いなく世界最上級の冒険者だ。むしろSランクがあの体たらくなので、彼等の戦いぶりを間近で目にしているだけ俺としてはこちらの方が評価は高いかもしれない。
あのライカもパーティになればまた違った戦いをするのだろうが、先走って俺に喧嘩を売った時点で能力の底が知れてしまったが。
「こりゃまた難儀なことで。これから頑張ってもらうんだ、助言を一つ。階段に行くには地面は遠回りです。ああ、言いすぎたかな」
うん、大判振る舞い過ぎたわ。事情を知っていればこれで大分特定はしやすくなっただろう。事実としてダンさんの顔が見たこともないほど真剣になっている。
「ああ、この情報はあの連中で分け合ってくださいね。あなた方が先走ってもいいですけど、どうせ9人も固まって動いたら他の一流所が見逃さないでしょうし、俺もあなた方もダンジョンで不必要な恨みを買いたくないでしょう?」
「それは約束しよう。だが、いいのか? 今の言葉で大分特定できたぞ、これまで頑なに沈黙を守っていたお前らしくもない。いや、この言葉が罠だとしても怒りはしないが」
スペンサーさんの顔には探るような色がある。俺もうっかりしたなという意識はあるし、彼の言う事はもっともなんだが、俺自身は彼等があの20層のボスを超えられるとは思えないのだ。
もし倒せる事があっても、後衛は全滅していそうなんだよな。あのジルダさんや”双炎”の二人が物言わぬ死体になるのは……少し嫌だった。
「俺自身、言いすぎた感はありますけどね。ですが、16層を超えれば一日で20層までいくのは簡単です。そうそう、もし望むならボス戦は金貨一枚でお手伝いしますよ」
我ながら意味不明な言葉だ。彼等にとっても侮辱に値する発言だが、嘘偽り無く俺なりの誠意だ。俺の気持ちが伝わったのか、二人は困惑を顔に出している。
「それはあまりにも冒険者の流儀に反するし、お前さんが知らないとも思えないが……そんなにか?」
「清清しいほど完全に初見殺しなんで、ただのお節介です。顔見知り程度ならともかく、一度酒を交わした相手なんでね。不快に思われたなら忘れてください。俺としては皆でさっさと21層からの地獄を楽しんで欲しいんで。ダンジョンの製作者がどんな神かは知りませんが、なかなか性格悪いですよ」
「今でも十分根性悪いぜ。それ以上なのかよ」
ダンさんの言葉に、ギルド側が意外と情報を漏らしていないのだと驚く。確か彼等の担当はヘレナさんだ。あの適当が服を着ているような性格でありながら仕事はきっちりこなすという不思議な人物だが、懇意にしているだろう黒い門に情報を提供していないのは意外だった。
「まあとにかく、全てはこの異変を片付けてからですが。全てはあなた方の調査に掛かっています。是非ともよろしくお願いします」
俺はそう言って頭を下げた。期限を迎えれば力ずくで解決するが、多分ギルドマスターを敵に回すだろう。彼は敵にすると面倒臭そうなので、スペンサーさんに頑張ってもらうしかない。
ここはそうだな、餌でもちらつかせるか。
「もし二日以内に詳細な報告をしてくれたら、自分からも追加報酬を出しましょう。これなんていかがです?」
俺が出したとある物に2人の目が釘付けになる。ドラセナードさんもこれが何かすぐに解っただろう。
「ま、まさか! ウィスカのダンジョンの帰還石か!? これがどれだけ貴重なものか、知らんはずはないな?」
転移門と転移環で帰っている俺にはあまり関係ないが、今の所限定品だし彼等には大変価値のあるものだろう。
「そりゃあもう。現状で一日最大10個しか手に入らない超貴重品です。これが多いか少ないかの判断は人によると思いますが」
俺の問いにスペンサーさんは断言した。
「少ない! 少なすぎる。検証結果には我々も参加したからな。効果範囲は周囲5メートルだが、命の危機を感じる瞬間に備えて各自揃えておきたいし、誰かが使えばその時点で探索は終了だ。一人欠けてバランスが崩れただけで即戦線崩壊するからな。保険を兼ねて各自二つは欲しい。そうするといくらあっても足りん。だが安全が金で買えるというのはそれだけで価値がある」
歴戦の冒険者が語る危機管理には説得力しかない。
だが問題はギルド側が帰還石を金貨100枚で売り出していることだった。
その額を聞いた瞬間、俺は呑んでいた酒を噴き出しだほどだ。俺がギルドに卸している額が金貨20枚だからだ。
足元を見ているにも程があるが、一番問題なのがそれを高いと思いつつも払えてしまう冒険者側にあると思う。それだけの財力がウィスカに集う冒険者にはあるのだった。
とりあえず、俺は価格交渉をギルド側と行う事を決めた。金貨80枚くらい要求しても罰は当たるまい。
「じゃあ、こいつはギルドマスターに預けておくんで。皆さんの成果に期待しますよ」
「任せておいてくれ。さっさと終わらせて俺達も20層のボスに挑むとするさ」
自信にあふれたスペンサーさんの顔を見て、俺はギルドを後にした。
「おそい」
「悪かったよ。知り合いに捕まってな、相手をしないわけにもいかなかったんだ」
ホテルに戻ったのは夜も更けた時間で、俺を待っていたイリシャはすっかりご機嫌斜めだ。ユウナには遅くなる旨の連絡を入れていたが、彼女にしてみればそういう問題ではないのだ。
大分元気になったとはいえ、まだ出会って2週間程度だ。失った体力もようやく戻り始めたばかりで、俺の帰りを待って無理に起きていたらしいイリシャの瞼は既にくっつきそうだ。
「ほら、歯磨きして寝る時間だぞ。もう磨いたのか?」
「つれてって」
「はいはい」
両腕を俺に突き出して甘えてくる眠そうな妹を抱えて寝室に連れてゆく。夜に眠る際は誰かが見てやらねば不安で寝付けないというから、イリシャの負った心の傷の深さが窺い知れる。
一応彼女の故郷も人を使って探させてはいるが、ユウナをタダでさえこき使っているのだ。ハクという新たな手足は彼女の労力の低減に貢献してくれるといいのだが。
「あしたもおでかけなの?」
「いや、今日で一旦終わりだ。あしたは明日で用事がある。お前も一応関係者だし、顔だけ出すか?」
「……兄ちゃんがきめていい」
その後で何か言葉にしようとしてもごもご言っていたが、言葉にならずに眠りに落ちた。健やかな寝顔を眺めて心が癒されるのを感じていると、音も無くレイアが現れた。その背後にはユウナもいる。
「我が君よ、なんでもSランク冒険者と刃を交えたとか。Sランクといえばどれもユニークスキルの持ち主と言う話だが、我が君の敵ではなかったようだな」
「やあ、おかえり。弱くは無かったが、そこまで強くもないという印象だな。あれがAランクなら納得だが、Sランクと言われると物足りないのは事実だな。あの女も色々と不調だったようだがね」
「あの痴れ者はまだ目を覚ましません。必要なら無理矢理覚醒させますが」
冷たい声のユウナがそう言い放った。元々俺に敵対する輩には辛辣ではあるが、今は特に冷たさを感じられた。
「自分で戦いを挑んでおきながら、ユウキ様に背負われて帰ってくるなど言語道断です。そのまま放置してもユウキ様には何の非もありませんのに」
ユウナの話を聞いたレイアもなんとまあと呆れているが、俺はギルドマスターからの色々情報を得ているので少しは同情的だ。
「何か訳アリっぽいからそんなに怒ってやるな。手合わせしてわかったが、中身はまだまだ子供だ。大の大人が目を吊り上げて激怒するほどの価値はまだないな」
「ユウキ様がそう仰るならば、これ以上は申しませんが」
今また顔を見てきたが、いまだ目覚める気配はない。俺の攻撃で意識を失ったから心配ではあるものの、よくよく見ればこれまで寝てないからその分の睡眠を取っているような気がするが……起きてから話を聞けばいいか。
「そういえば我が君よ、ギルドに詰める話は今日で仕舞いなのか? もしよければ明日は私に付き合って欲しいのだが」
「ああ、すまん。それは明後日でもいいか? 本当は俺も調査隊に加わるつもりだったから言ってなかったが、明日は元々用事があるんだ」
「気乗りしない用事ということか……成程、葬儀が明日であったか」
「ああ、俺はあくまで外部の人間で、ゾンダの親爺さんが中心になって進めた話だったから金だけ出して知らんふりを決め込む予定だったが。そうも行かなくなった。任務があればそれを断る口実にできたが、それもなくては参加せざるを得ない」
俺が発起人として既に知れ渡っているのだ。弔う気がないわけではないので、顔を出すのが嫌な訳ではない。
そして翌日、よく晴れた日に葬儀が行われることになった。目を覚ましたライカの相手もそこそこに俺はイリシャを連れて神殿に向かうことにした。
残りの借金額 金貨 14763615枚
ユウキ ゲンイチロウ LV1278
デミ・ヒューマン 男 年齢 75
職業 <村人LV1415>
HP 113571/113571
MP 184710/184710
STR 16451
AGI 16245
MGI 17151
DEF 16705
DEX 16495
LUK 9341
STM(隠しパラ)4295
SKILL POINT 5095/5920 累計敵討伐数 132511
楽しんで頂ければ幸いです。
まさかこの状況で調査に同行しないのは私の予想外でした。始めのプロットでは参加してたんですが、話の展開的に参加できなくなりました。
うーん不思議だ(アホ)。
次は日曜予定で参ります。
恒例の謝辞になりますが、読んでいただいている皆様のおかげで私も執筆を続けていられます。
冗談抜きで読んでもらっているという実感が続きを書かねばという意欲に繋がるからです。
やる気のない自分のケツを蹴り上げてくれるのは本当にありがたいです。ブクマ、評価、感想、閲覧も全て私のやる気になります。
これからもよろしくお願いします。




