閑話 Sランク冒険者
お待たせしております。
今回は閑話となります。
私は光を感じて意識を取り戻した。
最近はここまで深い眠りについたことなど記憶になく、爽快感と共になにか大事な事を忘れているような言い知れない焦燥感を味わった。
だけど、思い出せない。私は何をしていたのだっけ?
意識は覚醒したものの、まだ微睡みの中にいた私は目蓋を開ける。すると、見たこともないような豪華な調度品に囲まれた部屋で眠っていたようだ。
何故私はここに? カオルは? タイチに、シズカの姿は何処に……と思った所で不意に記憶が蘇った。
そうだ、戦闘! 私はあの男と戦闘をしていたのだ!
そして脳裏によみがえる敗北の記憶……最後には破壊力がありすぎて使い道がないとまでいわれた奥義さえあっさりと防がれて、反撃の一発の衝撃波で意識を失ったのだった。
あまりにも不様すぎる。死にたくなるほどの羞恥心に身悶えしたくなる。
こっちから喧嘩を売って手も足も出ずに返り討ち。しかも自分に有利なルールまで用意されながら、手加減されて負けたのだ。
そう、手加減。あの男は全く本気を出していなかった。攻撃も私の矢を相殺するばかりで向こうからの攻撃は数えるほどしかなかった。
それでいて完全に後出しの攻撃で、余波さえ残さず相殺しきるのだ。間違いなく私の一撃の威力、速度と角度を見切ってから反撃を準備して間に合わせているんだろう。
化物だ。格なんてもんじゃない、次元が違う。
どうしてあんな神懸かった圧倒的強者に戦いを挑んでしまったのか。私はただ、みんなの事が心配で……。
「あ」
子供の声に顔を上げると、その先には私と同じ銀色の髪を持つ女の子が立っていた。その手にはまるで故郷の遺跡図書館にあるような小さな書籍がある。
この大きな屋敷の子供かしら? そもそも何故私はここで目覚める事になったのだろう。
あの子にそれを訊ねてみようとしたが、その子は私を見るなり駆け出して行ってしまった。
「兄ちゃん、お姉ちゃんおきた」
その声を聞いて友人の”緋色の風”の皆が駆け寄ってくる。私が目覚めなくて心配したらしい。なんでも私は一昼夜眠ったままだったようだ。
目に涙を浮かべて心配してくれるので、この国に着いてから王都まで一睡もいていなくて、ただ睡眠不足を解消しただけとは言い辛い。
どうしたものかと悩む私に忘れられない男の声が耳に届いた。
「ああ、起きたか。まあ、とりあえず風呂と飯でも食え。積もる話はそれからだな」
それだけ言うとあとは興味ないとばかりに歩き去っていってしまった。
なんて返事をすればと考える間もない出来事に唖然とするが、確かにお風呂があるなら入りたい。洗浄の魔導具は使ったが、船のなかでは一瞬たりとも気が抜けないので、六日近くも体を洗っていない。
私は”緋色の風”の皆と共にまずはお風呂に入ることにした。
天上の悦楽というものは実在する。
私は今それをはっきりと味わっている。10人は余裕で入れるような大きな湯船に浸かりながら私は他人には聞かれたくないような声をあげていた。
「やっぱりその声、出るわよね」
スイレンさんが私の形容しがたい声を聞いて苦笑するも、気持ちは同じはずだ。
湯船、湯船なのだ。ここ最近はよくてバスタブだった私達にとってこの足を伸ばせる湯船は有難すぎた。ここのお屋敷、実によく解っている。特にお湯がいい。
乳白色に濁っているが、私達オウカの者には解る、これは温泉だ! 故郷にもボリベツという所にこのような白く濁った有名な温泉所がある。このお屋敷、本当に良く解っている。花丸をあげよう。
「でも皆、ここに宿泊を? 初めてにしては色々詳しそうですね?」
彼女達は奴隷のはずだ。そう聞いて私は居ても立ってもいられずに帰国したばかりで飛び出したのだ。先程全裸(オウカの民は風呂の際に何も身につけないのが普通だ)を確認したが、あると思われた奴隷紋も見当たらなかった。あの男との衝突の前にある程度事情は聞いていたし、酷い扱いにはないと知ってはいたが……。
「その通り。ユウキさんが全額出してくれた。あの人は神」
「私達もこのホテルに滞在させてもらっています。本当に彼には頭が上がりません」
「師匠は器の大きな方ですから。ライカさんがこうして無事でいることも含めて、お優しい方ですよ」
リーダーのスイレンさんを除く皆が答えてくれた。特にカエデさんとキキョウさんの言葉には耳を疑った。カエデさんは私と同じで大の男嫌い、この世界から男が死に絶えてくれた方が良いと信じている人だった。武器が同じ弓であることとその認識が元で私達と仲良くなったのだから間違いない。
その彼女がここまで友好的に男を評するので驚いたが、キキョウさんの師匠という言葉にも驚いた。
なんでも魔法の真理を伝授してもらったとこの上なく嬉しそうに語ってくれたが、確かにあの男は優れた魔法使いだ。私のユニークスキル連打にも魔法で対抗してきた……というか、圧倒された。私が光の矢を生み出し、狙いをつけて放つと同時に彼も同威力の魔法を打ち出して相殺してきたのだ。
結果として私が息切れして負けた。いい訳は山ほどある。仲間の不在、不眠不休でここまで来た事、相手の実力を探らずに喧嘩を売ったことなどいくらでも頭に浮かぶが、それを口に出した時点で私は二度とSランク冒険者を名乗れなくなる。
そこまで考えて気付いた。私、あの男の前で気絶したんだった。もし何かをされていても文句は言えない立場だが、不安は尽きない。
慌てて体をまさぐる私に、スイレンさんが安心するように言った。
「ユウキさんはすぐに貴方を抱えてこのホテルに戻られました。不埒な真似はしていませんよ、何より彼の側にはリリィさんがいるのだから、もし何かしようものなら彼女が止めてます」
そもそも私達が無事なので、そこは安心していましたと続ける彼女を見て納得した。リリィなる人物がどこにいたのかは知らないが、名前からして女性だろう。同性が襲われる事態を見過ごすとは思いにくいし、奴隷としてあの男に買われた4人が無事だというのだから、一応は紳士なのかもしれない。
「そういえば、ここホテルなんですか? あんまりに豪華だからてっきり大貴族のお屋敷かと。有名なウォーレン公爵家とか」
「ライカさんも知ってる最高級ホテル、サウザンプトンのエクゼクティブ・スィートですよ。ウォーレン公爵家のお屋敷は豪華さは同じくらいでもっと広いですけど、三階建てなので高さは低いですね」
「は? ホテルサウザンプトン!? ここが、あの!? どんなに安くても一泊金貨5枚はするっていう?」
私の言葉に皆が頷く。ええと、彼女達は奴隷だったはず。奴隷が超高級ホテルのスイートに泊まる? 頭がおかしくなりそうだった。
「そういう方なんです。”嵐”は噂では色々言われすぎてどれも嘘だろうと思ってましたが、逆にほとんど事実でしたよ。間違いなくいえるのは金銭感覚がおかしいことですね、私達には大いに助かっていますけど」
その言葉の正しさはお風呂を出た後のラウンジの食事で証明された。普段ならば稼いでいる私だって躊躇しそうな額であろう豪勢な食事がこれでもかと出てくるのだ。
逡巡する私を尻目にみんなはどんどん料理を口に運んでいく。
「少し前の自分達を見ているようですが、食べないと損ですよ。何しろ全て料金に入っているそうですから、食べても食べなくてもお金は変わらないそうです」
そこまで聞くと食べなくてはもったいない。口に入れた瞬間に芳醇な味のハーモニーに私の意識は飛んだ。間違いなく最高の食材を最高の料理人が最高の技術で作り上げた最高の料理だ。オウカの宮廷で口にした時も同じような感想を抱いたけど、あの時は緊張であまり味を覚えていないからこっちの方がより鮮明に感じた。
あまりの美味しさに箸が止まらない。ランヌ王国で箸を使うという奇妙さに気付くころには大方の料理を平らげた後だった。最近は船の中で保存食を口にしただけの私には破壊的な美味しさだった。
だけど、本当のはじまりはこれからだった。
”緋色の風”の4人があまり食が進んでいないと感じたのは、このせいだったのだ。
私達の目の前には色とりどりのスイーツが並んでいるのだ。オウカではあまり見ないクリームをふんだんに使ったケーキはもちろんのこと、貴重な蜂蜜をこれでもかとかけたパンケーキ、感じたことのないような不思議な触感のプティングなど、私を堕落させるに十分なデザートが豊富にならんでいた。
「こ、これは、事件だわ! もうこれは大変だわ! もうどうすればいいの!?」
「おすすめ。全てを諦めて受け入れる。わたしはそうした。なんというか、凄すぎるから」
モミジさんのぼそりとした声に全面同意した私は覚悟を決めて眼前に広がる楽園に挑みかかった。
こんな事になるのなら、先程の食事をセーブしておくべきだった。
「いけない。私こんな事をしている場合じゃ!」
あまりの美味しさに放心していた私ははっと我に帰った。あの人は食事を終えたら話をしようと言っていた。つまり私が勘違いから本気の一撃を打ち込んだあのギルドの訓練所での件の釈明をしなければならないのだ。
もし私が逆の立場だったら……逆恨みで襲撃をしかけたなんて言われたら許すはずもない。なによりギルドマスターが証人となって負けたら相手の言う事を何でも聞くと約束しているのだ。
そこまで考えて青くなったが、言ってしまった事は覆らない。何しろ非は完全に私にあるのだ。
恐ろしい現実に震える私に気付いたのか、皆が気遣わしげに声をかけてきた。
「そ、そこまで酷い事にはならないと思いますよ。ユウキさんも最後は自分も大人げなかったと言ってましたし」
「私たちの件もありますし、誠意で応えれば誠意で返してくれる人ではあります」
「師匠は度量が大きい人ではありますが、敵にはちょっと厳しくはありますね。もちろん今のライカさんは敵扱いではありませんけど」
「でも、逆恨みで襲い掛かったからちょっとどうかな」
4人の言葉は頼りになるようでならなかった。味方には優しいとはいえ敵には容赦ないのなら、敵だった私はどうなるのだろう。
何より恐ろしい事実は、彼がその気なら私は為す術なく倒されてしまうだろうということだ。
私は全力で戦い、禁断の奥義まで使って負けたのだ。冷静になると嫌でも理解するが、あの時の彼は全く本気ではなかった。私の攻撃を待って相殺していたという事は、もっと早く攻撃することが出来る証明だからだ。
それをしなかったのは、彼が本気でない証明と余裕を見せ付ける意図があったのは間違いない。
つまり、私の扱いは彼の胸一つというわけだった。
「え? 出掛けた?」
「はい、ユウキさんは元々予定があってそちらに向かわれています。お話なら戻られた後にされたらいかがですか?」
処刑を待つ囚人の気分だった私は、相手をしてくれた同い年くらいの黒髪の女の子にそういわれて気が抜けてしまった。確かにこっちが押しかけて戦いを挑んで負けたのだ、こちらの都合に合わせる道理はないけど、嫌な事が先延ばしになっても良い事はない。
ため息をついた私は目の前の女の子をまじまじと見る。玲瓏な美貌という表現がしっくりくるような絶世の美人は私を冷たい目で見ていた。
「勘違いで殺しかけるような人を介抱するなんて、ユウキさんも甘すぎると思いますが。Sランク冒険者なら何をやっても許されると思いましたか?」
詰問口調の彼女に私は何も言えなくなる。
Sランク冒険者とは特別な存在だ。冒険者としてのあらゆる制約から解き放たれ、完全な自由行動が許される。国境を越えるのも簡単だし、私もいくつかの仕事と引き換えに違反を目こぼししてもらった事もある。所属する国が誇る看板でもあるし、私も仲間も目標としてきた地位を回復させることも出来た。
そしていつしか自分が特別な人間だと考えるようになってしまった。特にあの時は<隠密>で隠れて狙撃すればただの事故になると考えていた気がする。
おかしい。これは明らかな殺人だ。いくら親しい人が酷い目に遭わされたと聞いても事情を探らずに殺害を試みるなんて! どう考えても普通じゃない。
「様子がおかしいですよ? お座りになったらいかがです、元々彼からは目が覚めたら私が対応するように言われていましたので」
彼女に促されてソファに座った私だが、心の中は荒れ狂っていた。Sランク冒険者が他国のギルド内で凶行に及ぶなんてどう聞いてもランク剥奪だ。未遂に終わったから大丈夫なんて理屈にはならないし、そもそもなんでこんな事をしてしまったのか。
「混乱されているようですね。私でよければ話をお聞きしますよ、こういうときは物事を順に追って考えると相場が決まっています」
「そう、そうね。まず私はルシア王国からの依頼を終わらせて帰国したの。友人と会う約束があったから仲間は私より先に出発したけど、運よく飛竜便が使えたから私が早く帰国できたわ。そして自宅で”緋色の風”の4人からの手紙を受け取ったの」
中身はこれまでの友誼に感謝する内容で、助けて欲しいなど一言も書いていなかった。彼女達らしいとは思ったけど、逆になんとしても助けなければという気持ちになった。
「私はすぐにオウカの王都ギルドに向かって情報を把握したわ。4人は護衛依頼に失敗して巨額の賠償金を背負って借金奴隷になった。それよりも非常に強力なモンスターから呪いを受けてしまったことが問題だと思った。命を救うためには今すぐ行動しなければと思った」
「それでこの国行きの船に飛び乗ったというわけですね」
「ええ、貴女もある程度事情は聞いているのね」
「はい。そんな船は実在しないという事も」
「は? 何を言っているの? 私はちゃんとこの国のストラスという港街に到着したわよ」
それは間違いない事実だ。そこから延々と飛翔の魔導具で一昼夜かけて飛んできたのだ。
「こちらもストラスで確認しました。貴方の乗ってきた船は”公式”には存在しません。貴方達オウカ帝国からの定期便は10日周期、本来の便は貴方の仲間が乗ってこちらに向かっている最中です。いきなり港に行って丁度この国行きの小船が丁度出航するという偶然が起きる確率を考えてみてください」
「じゃあ、私は何に乗ったの?」
「私はそこを尋ねたいのです。貴方は船の中で何をしたのですか? オウカ帝国での評判やあの4人から聞いた内容と貴方の行動には乖離が大きすぎます。ユウキさんは自分の災難は笑って済ます方ですが、仲間の私達は絶対に看過しません。貴方の行動の裏をすべて解き明かすことで貴方の審判にしたいと思います」
「ちょ、ちょっと、貴方が私の罪を決めるというの? あの人の意思は?」
私の言葉に彼女は困ったような微笑を浮かべた。その顔だけで彼女の考えが読めてしまったのは私が同じ女だからだ。
「訳有りっぽかったから、あまり怒らないでやってくれ、だそうです。彼はそういう人ですが、仲間への害意には異常なほど敏感です、貴方もここに来るまでに調べたのでしょう?」
当然だ、と言いたいが今はそれが怪しい。何故か船に同乗していたスカウトの女がとても情報通で僅かな情報料でぺらぺらと喋ってくれたのだ。今考えると非常に怪しすぎる。
内容も荒唐無稽だ。あのウィスカの迷宮を一人で攻略しているなんて笑い話もいい所だ。あそこは友人であるこの国のSランクも手を焼いている世界最難関のダンジョンだ。私も話に聞いただけだが、津波のように敵が押し寄せて先に進む前にこっちが疲弊してしまうらしい。
彼女の実力を十二分に知っているからこそ、このダンジョンの異常さが解るし、そこへ挑んでいるのは本当に一握りの実力者だけだ。
そういえば、あの黒い門のスペンサーにも会ったわね。あの人と親しげに会話していたけど……まさかね。
それに比べれば一夜にしてこの国の裏社会の人間を大掃除したと言われたほうがまだ真実味がある。どうやったのか不明だが、闇に巣食っていた悪党共を一網打尽にして民からの評判は良いらしい。
それと最近この王都のダンジョンを攻略したらしい。初心者用ダンジョンとして有名だけど、下層はかなり手強いと聞いている。私はダンジョンに挑んだことがないからよく分からないけど。
そのスカウトから聞いたのは功績ばかりだが、性格は最悪らしい。あのグラ王国の最低Sランクに匹敵するクズ男で女を道具のように扱う卑劣漢だという。
「そんな男に4人が買われてしまったの。私の焦燥は想像してもらえると思うけど、今となっては滑稽なだけね。なんで裏取りもせず信じてしまったのか」
「そういえば貴方はとある勢力と長年揉めているそうですね。敵の手は広く各地に伸びていて、貴方の実力を以ってしても戦いは一進一退だとか」
彼女の一言で全てを察した。
「あいつらが!? いえ、そうね。あいつらなら私を嵌める為にそれくらいの大きな仕掛けを組んでもおかしくない……」
私の視界は涙で滲んだ。やられた、恐らくこの件はすでに故郷にも広まっているだろう。Sランクである私を疎んでいる輩は多い。私の性格の問題もあるけど、自分の失策を手ぐすね引いて待ち構えている陰険な奴等の顔が二桁は思い浮かぶほどだ。
Sランク冒険者が他国のギルドで刃傷沙汰を起こすなんて、格好の攻撃ネタだ。それも勘違いというオマケつきで。
他人の範となるべしとされているオウカのギルドではあってはならないことだ。
いつもは味方してくれているギルドマスターも庇いきれないかもしれない。Sランクから落ちれば、国から与えられていた特権も全て失われる。
そうすればあの頃の暮らしに逆戻りだ。
それになにより、私は勘違いで彼を殺しかけた事になる。
「ほ、本当にごめんなさい。わ、わたし彼になんて酷い事を……」
「そうですね、反省してください。彼が全く怒らないので私が怒っているんです」
私が彼の立場ならどうだろう。謂れのない事で不当に攻撃を受け殺されかければ誰だって怒る。私でなくても仲間が、例えばカオルが同じ状況になったとすれば私だって黙っていない。
彼女の怒りが手に取るように解る。
私は泣きながら手をついて謝るしかない。それ以外の事が出来るはずもなかった。
「ああっ! ユキが女の子を泣かしてる! これはユウキにチクらないとな」
「レイ! 何てこと言うのよ! 元々はあんたたちが怒らないから代わりに私が!」
そこに現れたのは一人の少年だった。並ぶとこの女の子とそっくりで双子だという事が解る。私は涙を慌てて拭う。男相手に涙を見せるのはあの時だけと決めていたからだ。
「はあ、気が削がれました。貴女もちゃんと反省しているようですし、この件はこれまでにしましょう。私からはユウキさんに許しましたと伝えておきます」
致し方なし、という雰囲気を出しつつも彼女は私を許してくれたようだ。先程まで出していた硬質の空気が止んでいる。恐らくだが、彼女も相当の強者だ。戦いの経験など皆無に感じるが、うかつに手を出すと逆襲されそうな底知れなさを感じる。
「まったく、ユキも固いな。ユウキが気にしてないって言ってるんだから笑って許せばいいのに」
「あんたたちがそんなゆるいから私が厳しくいくのよ。謝ったら全てお終いなんて都合のいい話がまかり通る世界なんてないの!」
「だって、どうもその人も被害者っぽいんだろ。叩くべきは大元だって。既にユウキはロックオンしてるぞ、昨日の内に情報を集めだしたし。あんたの敵も可哀想に、この世で一番敵に回しちゃいけない男を敵にしたぞ」
「ええと、つかぬ事を聞くけど二人は双子なの?」
「まさか、自己紹介してないの?」
「当たり前でしょ、今は許したけど、さっきまではどうなるか解らなかったんだから。第一勘違いで人を殺しかけるような人をほいほい許すユウキさんがおかしいのよ!」
全く持って正論を口にする彼女だが、話がすすまない事は確かだ。人に名を尋ねるにはまず自分からするのは普通だろう。
「私はライカ。ライカ・センジュイン。ここから北にあるオウカ帝国で冒険者をやっているわ。ランクはSだけど、いまはどうだか。このたびは本当にご迷惑をおかけしました」
「おいおい、ユウキに聞いた性格と本当に違うな。まあいいや、俺はレイジ。こっちは姉のユキネな、齢は多分あんたと同じだからタメ口でいいだろ? よろしく。あ、そうそう。オウカ帝国って稀人が作ったって言うのは本当なのか?」
「え、ええそうね。私の名前も稀人の世界の言葉が元だと言うわね。というかオウカの民の名前はほとんどそうよ、ここでは聞きなれない言葉だと思うけど」
馴れ馴れしい言葉遣いだけど、消して不快ではないことを不思議に思いながら聞いていた私は次の爆弾発言を危うく聞き逃す所だった。
「いや、俺達も稀人だから。正確には原田玲二ってのが本名なんだ」
「た、確かに伝承にある通りに黒目黒髪だけど、ほ、本当に二人とも稀人なの?」
「レイ! それは軽々しく口にしない約束でしょ!?」
雪音の口調からもどうやら本当らしいことが窺えるが……ええ、稀人ってあの伝説の異世界人??
稀人はオウカ帝国では特別な存在だ。建国皇はここの人間だが、それに尽力した5人の最高臣は全て異世界人だと言われている。初代皇帝は彼等に深く感謝、というか仲間だったようで彼等に厚く報いたと言う話もあるが、詳しい事は解っていない。記録が不自然に途絶えているからだ。
それでもオウカ帝国は稀人を特別視しどんな理由があろうと国賓待遇で迎えるのが基本方針だ。それは今も変わっていない。一度ご尊顔を拝見したことがあるあのお可愛らしい陛下も同じお考えだろう。
「ええと、一応聞いておくけど、我が国に来る気はある? どこよりも良い待遇で迎えると思うわよ」
「ありがたいお誘いですが、お断りします。私たちは彼についていくと決めてますから」
迷いのない顔で断言する雪音に私は引き下がる。元々本気ではないし、これは稀人に出会ったら一度は聞いておいてねという国の方針に過ぎない。私もまさか口にするとは思わなかったけど。
「おいおい、俺も勝手に含めるなよ。俺はいずれオウカ帝国にも旅してみたいぞ。というか、ユウキの性格ならあいつが真っ先に言い出すだろ」
「え、ちょっと待って。今の話からすると彼もまさか稀人なの?」
私の言葉に二人は顔を見合わせる。隠すと言うよりどう答えれば正解なのか悩んでいるみたいだ。
「それは本人から聞いてくれ。俺の言葉で正解か自信がないんだ。だぶんそうだろう、としか今は言えないんだよ」
なんとも煮え切らない答えだが、どの道彼とは一度面と向かって話さねばならないのだ。そのときに聞けばいいだろう。
その後は他の彼の仲間と出会ったのだが、ライカールの王女に驚いたのを皮切りに、明らかに位の高そうな商人を自称する女とその凄腕の護衛たち、特に護衛の装備は私から見ても相当の業物だった。まるでダンジョンの深層から見つかった武具のような威容を備えていた。
さらに”氷牙”のユウナ、現役のスカウトでは随一の戦闘能力を誇ると言われる彼女はあそこに現れたから彼の関係者だとは思ったが、まさか配下になっているとは思わなかったし、名が知れた”天眼”のクロイスまで現れた辺りで私の頭は処理能力を超えた。
さらにもう一人稀人を紹介された後は私は驚きすぎて感情が飽和状態になっていた。
「とりあえず向こうのギルマスとは話がついているようだが、もう一度自分で話しておくんだな。しかし、完全に敵に一杯食わされたな。組織を敵に回すってのはこういうことだが」
「はい、痛感しています。今までは仲間が防いでくれていましたが、私一人になった途端この有様です」
私はクロイス卿と王都ギルドに向かっていた。顔の広い彼がこの一件をとりなしてくれるというが、もちろん無料でというわけではない。おそらくオウカ側は彼に大きな便宜を図る事になるだろう。私個人の失策でオウカのギルド全体に迷惑をかけてしまうことになると思うと悔しくて唇を噛み締めた。
「おいおい、そんな顔をするなよ。ユウキからも言われているんだ、そこまで酷い事にはならんよ。精々俺と仲良くしてもらう程度さ。それにおまえがSランクから落ちる方が面倒が増えるからな」
「えっ!? 私の所業は既に知れ渡っているのでは?」
あいつらのことだ、既に手は打っているはず。これまでの手際を考えれば既にオウカ全土に私の行動は伝えられいても驚かない。
「<隠密>で隠れて狙撃した事が幸いしたな。ユウキも察してそれに応じたから、関係者以外にはほぼ知られていないぞ。あっちじゃお前が居ない事が騒ぎになったが、あの4人が心配で駆けつけたということになっているようだ」
「そ、そうですか。あ、ありがとうございます」
安堵の気持ちが心を満たす。全てを諦めて祖国に帰るつもりだったし、仲間になんて謝罪すればよいか考えている最中だったから、思わず涙が浮かぶ。
「だが、少しはこの国に貢献して行ってくれ。ウチの状況は聞いているだろう? ドラセナードと話し合って役に立ってくれれば、こっちのギルドがあんたの援護射撃をしてやってもいい」
彼が言うにはランヌ王国側がオウカ帝国に打診してSランクの派遣を要請したと言う形にしてくれるそうだ。それならば私がこちらに来た証明になるし、”緋色の風”を心配してそれを受けたという名文も立つ。
この国はアリシアをライカールに派遣して長いから、いまはSランクが不在だ。彼が居ればどうという事はない気がするが、少なくともこの危機を打破するために私を呼んだと言う話にも説得力が出る。
私にとってはこの上なく有り難いが、こんな上手い話をすぐ信じるほど私はお気楽ではない。
「それで、私に何をさせたいんです?」
私の言葉にクロイス卿は苦笑した。本人も困っているみたいだ。
「だれでも普通そう思うよな。それがあいつの意向で本当に何もないんだよ。あいつ強すぎて他人に期待する事が何もないんだと思うぜ、だからこんな怪しいほど甘い提案が出来るんだ。ま、後はドラセナードと話してみてくれ」
悪いようにはならんだろ、と言う彼の言葉はあの強さに憧れるような、呆れるような不思議な響きがあった。
「ふむ、今日は正気のようだね。一昨日会った時は明らかに何か魔法の影響下にあったからね。あのときの君に何を言っても無駄だとは思って口にはしなかったが」
「お恥ずかしい話です。敵の策略に乗せられました。そちらにもとんだご迷惑を」
恐らく私はあの船の中で何らかの精神異常系の魔法をかけられたのだ。それがあの異常な戦意に繋がったはずだ。今思えば明らかに異常だが、当時の私は何が何でも彼を殺せねば気が済まなくなっていた。そしてそれを何も不思議に思わなかったのだ。
私が頭を下げると彼は鷹揚に頷いた。そして応接セットに私を導いた。そこにはオウカ産の茶が用意されていた。
「その言葉が聞けただけで十分だ。原因も結果も理解しているならこれ以上こちらから言うべき言葉はない。強いて言えばよい教訓になっただろう? 強者を相手取る時の弱者の手段を侮るべきではないよ」
「はい、肝に銘じます。自分が一人では何もできない未熟者だと痛感しました」
「それで良い。そのために仲間がいるのだし、助け合う意味がある。今回の相手はまず君の仲間を分断する事から始めた。君の力を知り尽くしている相手を正面から戦うのは苦労するよ、覚えておくといい」
私は神妙に頷くと、これで話は終わったとばかりに彼もこちら側に座ってきた。
「では、実務的な話をしよう。あちらとはある程度話は詰めた。我等としても君のSランクは維持したいのだ。次のSランクが我等の友好的な関係を望むかは不明だし、該当者が本当にSランクに相応しい能力の持ち主かも疑問だからな」
「ありがとうございます、でいいのですよね」
「ああ、そう思っておいてくれ。建前としては我が国で起こっている危機の助太刀ということになるが、とりあえずはこの地で待機だ。君の力は魅力的だが、我等の事は我等で対処すると言い張る輩も多い。まあ、知っての通り今この王都は金持ちには楽園と化している。どうせあの男のことだ、君を放り出すとは思えん。お仲間が到着するまでここで遊んでいるといい」
馬鹿にされているように聞こえるが、間違いなく本心だろう。クロイス卿からこのギルマスの性格は聞いている。
「わかりました」
「もちろん何かあれば連絡するが、恐らく手は借りないだろう。さて、これで業務連絡は終了だ」
どうやら本当の話はこれかららしい。
「それで、彼はどうだった?」
「どう、とはどういう意味でしょう?」
「そう勿体ぶらんでくれ。Sランクから見た彼の実力だよ。何しろ彼の相手をして生き残ったのは君が初めてだ。戦った感想を持つのは世界で君だけなのだよ」
あれ? もしかして私が完敗した事を彼は知らないのかしら? ということはあの人は勝敗について周囲に何も語っていない事になるのだけど……。
「ギルドマスターは戦いの結果をどのように聞いていますか?」
「どう、とは変な事を聞くね。私は本人から引き分けたと聞いている。戦いの直後に君が意識を失ったとね」
なんというか、彼はわたしの立場に配慮をしてくれたのか。それとも完全に子供扱いで、大人が少しでも本気を出してしまった事を恥じたのか。
私としては力の差がありすぎて舐められたという気さえ湧かない。むしろその前の私の言動を考えると過分な配慮をしてもらったと恐縮するばかりだ。
「すみません。私とは実力差がありすぎて勝負になりませんでした。威力、速度、精度、戦術の全てで圧倒的な差がありましたので、私から申し上げる言葉はありません」
「そ、それは、君が上回った、という訳ではないんだろうね……」
その問いに明確な首肯の意を示すと、ギルドマスターは天を仰いだ。
「まさか、Sランクでも勝負にならないとはな。これではこの世界に彼に敵う者は居なくなってしまうぞ」
ギルドマスターの憂いを多分に含んだ声に私は反論した。
「刃を交えた私だから言えますが、彼は慈悲深い人です。貴方が危惧する事態にはならないと思いますが」
私の言葉に彼は力なく首を振った。そして聞き分けのない子供諭すようにゆっくりと語りだした。
「君は彼の一面しか見ていないからな。確かに彼は義侠心に溢れている。君への扱い然り、街の衆への対応もそうだ。女子供には甘いと思うほどの顔を見せる。だがね、それと同時に敵には本当に容赦がない。私も同行したが、一夜にして500人規模の組織を殲滅する様を見ていた私には彼が慈悲深い人物という評価は全く該当しないのだよ」
「あの噂は事実……なのですか?」
「むしろ大分過小評価されているね。彼は当日に敵の存在を知り、短時間で作戦を立案し、戦力を整え、我らはおろか王宮にまで根回しを済ませて実行した。時間にして半日もかけずに後始末まで完璧にやってのけたよ」
「それは……とんでもないですね」
立場上、作戦の指揮を取る機会も多い私はこの手の事は難しすぎて仲間に一任している。一度真似事をしてみた事もあるが、考えなければならないことが多すぎて私には向いてないとすぐに諦めた。
「わたしは彼が恐ろしい。彼は自らの規則に従って動いている。そしてその実行に躊躇いがない。その行為が正しくても間違っていても一切気に止めないだろう。であるならば、その際に彼を止める人材が必要なのだ。その任をSランク冒険者に担って欲しかったのだが……」
彼の嘆きのような言葉に私は断言した。
「無理ですね。私はもちろん、この国のアリシアもあのクズ男も、最後の一人でも無理です。万が一力を合わせる機会があったとしても……順番に撃破されて終わりでしょう。なんと言いますか、彼とは強いとか弱いとかそういった基準とは違う次元の強さなのです。比べる方が無意味と言いますか、力で勝負を挑むほうが愚かと思うべきです」
私の心は既に折れている。こういう言葉は誤解を生むかもしれないが、彼にはそういった方法で勝負を挑むべきではないだろう。むしろ情と利で攻めたほうが圧倒的に有効だ。
先程会った王女などは彼と縁もゆかりも無かったのに今では彼の庇護を得て悲劇のヒロインから圧倒的勝ち組だ。私が聞いていた昔のソフィア姫は力のない無力な姫というものだった。
それが今ではいかなる力を用いたのか、周辺国家間で勢力を急上昇させつつあるランヌ王国の中枢にもっとも食い込んでいる他国の人間として彼女を追放したライカールの人間が数多く接触してきているという。
今となっては彼が側にいるからだと解る。意図した結果ではないのだろうが、ソフィア姫はもっとも彼の恩恵を受けた人物だろう。
このように彼は上手く使いこなすべき人物であり、敵に回すのは馬鹿のすることだ。数日前の自分が最たる者であるのは言うまでもない。
勝手に勘違いして強者としての自信を根こそぎ奪われたのだ。私は二度と自分を強いなどと思わないだろうし、他のSランクを強大な力を目にしたとしても何も思わないだろう。
本当の強さというものを目にすれば、私達などドングリの背比べに過ぎないのだから。
私の言葉の真意が伝わったのか、ギルドマスターの顔には疲れたよう笑みがあった。
「この世界の力の象徴といわれたSランクにそこまで言わせるとはな。彼に関してはジェイクの意見が正しかったか。不用意に手を出すとこちらが破滅しかねんな」
「そうでしょうか。私には最高の解決策が既にあるので、何も不安はありませんが」
「そうなのか? 私もついさっき似たような事を思いついたのだが、後学のために聞かせてもらっていいかな?」
「簡単なことです。彼の絶対的な味方になってしまえばいいのですよ。これだけで全ての問題が解決します」
どうやら彼も同じ事を考えていたようだ。私たちはこのどうしようもない名案に笑いあった。
だけど、私は一つの決意を固めつつある。
私がもう一段上に行くためには彼女と同じ方法を取る必要があるからだ。
彼は困るだろうが、彼の仲間から必勝法を聞いている私には自信があった。あれほどの強さを備えていながらもこんな弱点があることにおかしみを覚える。
彼は押しに弱いらしい。であるなら、ここは押しの一手だ。何せ彼には押しかけ従者が二人もいるのだ。
彼の弟子にしてもらうために、私はありとあらゆる手段を取るつもりである。
楽しんで頂ければ幸いです。
次から話の本筋は戻ります。
内容は王都の異変ではなかったりしますが。
水曜日か木曜の朝までには何とか頑張ります。




