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冒険者ギルド 7

お待たせしております。



 Sランク冒険者は現在四人いるとされている。女三人と男一人だ。

 女が多いことに初めは驚いたが、強力なスキルの持ち主は不思議と女の方に偏りが出るようだから、こればかりは仕方ない。

 高ランクの冒険者も上に行くほど男女比が均等になるというし、これは貴重かつ優秀なスキルが何故か女に多いという不思議な現実が反映している。


 そしてその中にはあのユニークスキルに目覚める者もいる。少なくともSランク冒険者は全員ユニーク持ちと聞いている。

 稀人が持て囃される理由の1つにユニークスキルを必ず所持していることか挙げられるが、それはすなわちSランク冒険者を抱えるのと同義であるからだ。


 もちろん、玲二のように戦闘に役立つものもあれば、雪音や如月のように全く戦いに縁のないスキルもある。それでも手に入れに行く価値のあるものがユニークスキルなのである。


 誰がどのようなスキルを持っているかは普通は隠すものだが、彼女達に限っては大々的に公開されている。というよりも、所属ギルドが大々的に宣伝しているので、冒険者に憧れるような子供たちにとっては知っていて当たり前の基礎知識なのだ。



 そして、”蒼穹の神子”ライカのスキルは<絶対必中>だという。 

 別に全てが詳細に明かされているわけではないので、絶対にそれだけではないだろうが、あの女が狙いをつけて放つ全てのものはその対象に命中するまで追いかけてくる。


 そう、今の俺の背後に迫る数条の光の矢のように。



「完全に自動追尾型だね。これだけジクザクに走ってもちゃんとついてきてる」


「だが、速度は大したことないな。俺の走る速度と同じくらいだ。遊んでいるのかもしれんが、速度を上げすぎると自在に追尾出来ないのかもな」



 よっと、と俺は()()()()を走りながら背後を振り向く。そこには4本の光る矢が追いかけてくる。

 あいつと交わした取り決めは二つだけ。無関係の人間を巻き込まない。戦いにより王都内の物を破壊しない。細かいものはもう少しあるが、基本はこれだけだ。


 なので、俺は民家の屋根の上を疾走している。このランヌ王国は世間では大国の1つとされている。実際は最近何かと縁のあるオウカ帝国の方が国土も人口も相当上のようだが、それでもこの王都には50万近い生命体(人間以外も含めるとこのような呼称になる)が生活しているのだ。


 昨今の異変のせいで少しばかり活気がないとは言え、人でごった返す大通りを、多くの矢を引き連れながら走るわけにもいかない。

 そういうわけで屋根の上を走っている。風魔法で体重を減らしているので、屋根の方も鳥が留まった程度にしか感じないと思う。



 そしてまた高く打ち上げられた光の矢が、不意に向きを変えてこちらに迫ってくる。あいつも移動しながら俺の位置を探っているのだろう、絶対に命中するというユニークスキルを活用して断続的に矢を放ってくる。


「これ以上は不慮の事故が起きるかもね」


「そうだな。面倒だが迎撃していくか」


 交戦規定では、攻撃による周囲の損害は受けた側の責としている。売り言葉に買い言葉でそっちの攻撃なんざ、全部打ち落として見せると言い張った手前、手は抜けない。


 あっちも攻撃のひとつひとつを完全に制動下に置いているはずなので撃ち損じなどあり得ないと思うが、あの傲慢な顔を泣き顔に変えるためだ。

 柄じゃないがどっちが上なのか、力の差をハッキリと見せつけてやる必要がある。


 俺は火魔法で簡単な炎の矢を6本作り出すと、襲い来る15本の光の矢を全て撃ち落としす。

 相手の矢をそれぞれ2発以上撃墜した俺の矢は、まだ十分な威力を保ったまま虚空へと消えた。



「まだまた相手も小手調べだね。なにしろあの蒼穹の神子、Sランク冒険者なんだし」


 相棒の言葉に、俺はうなずいた。




 事のいきさつは一刻ほど前に遡る。


「おい、女、なんのつもりだ?」


 俺は怒りを押し殺して冷静に問いかけた。この女は明らかに殺意を込めて俺を攻撃した。なにしろここはギルドの中だ。いくら訓練所とはいえ弓を誤射では済まされない。そもそも弓はここでは使用禁止だ。


「ふん、汚らわしい牡の分際でこのわたしの一撃を止めるとは、少しはできるようですね」


「質問に答えろ、この馬鹿女。自分が何をしたのか解っているのか? ギルド内の訓練所で狙撃だぞ!?頭おかしいんじゃないのか?」


 俺は珍しいことに心底頭に来ていた。<結界>を撃ち抜かれた事も衝撃だが、この銀髪の女の顔が全く気に入らない。


 特にこちらを見るあの目だ。自分が強者であることを微塵も疑っていない傲岸な瞳を見た瞬間に、俺はこの女を痛い目に遭わせてやる事に決めた。


「低能な牡は囀ずることしか取り柄がないとは言え、不快な事には変わりないですね。まともなスキルも持っていない癖に強くなったと勘違いする子供の相手をする暇はないです。今すぐ彼女達の契約を解いて解放しなさい!」


 最近似たような展開があったばかりだな。あいつらもオウカの出身だった事を考えると無関係なはずもないが、今はそんなことはどうでもいい。大本がなんであろうが、俺がこの女に現実を教えてやる決意が揺らぐ事はない。


「いきなり殺しにかかるような異常者に従う理由はない。ここなら秘密裏に消せるとでも踏んだのか? だとしたらオウカの冒険者の程度が知れるな」


「なんですって? 言うに事欠いてあんたのようなクズに恥を問われる義理はないわ!」




「二人とも、待ちなさい」


 加熱する一方の俺達にたまらずユウナが割り込んだ。


「あんたは……ふん、”氷牙”ですか。何よ、あんたもこのクズの味方をする気ですか? もしそうならこっちも考えがありますが」


「少しは落ち着く事をお勧めする。今の自分の行動がどのように本国に評価されるのか想像しているか?」


 ユウナの冷えた声が場を支配する。互いに熱くなった頭が冷めてゆくと、この場で口論を続ける意味を考えてしまう。


「”蒼穹の神子”はギルドマスターから呼び出しが掛かっている。理由は言うまでもないな」


「……仕方ないですね。この話は一時中断します。でも終わったわけでは……!」


 一旦、矛を収めたライカが歩き出そうとするが、寸前で足を止めた。何故ならすぐ横の壁に先程投げたクナイが深々と突き刺さってきたからだ。


「おっと、忘れ物だぜ? だがこれに気付けないようじゃ大したことないな」


 俺を見るライカの瞳に、初めて明確な敵意が宿った。これまでは徹底して見下すばかりで敵として俺を捉えることが無かったからだ。

 同時に穏便に済む可能性も潰えたが、そこは望む所だ。骨の瑞まで力の差というやつを教え込んでやらなくては気が済まないからな。



 

 初めて訪れたギルドマスターの部屋の机の上は書類で溢れていた。羊皮紙や木版など、場所を取る品が多いこともあるが、それでも処理すべき案件が多いことが窺える。雑事を処理すべき秘書が二人も存在し、それぞれ忙しくしていることがその証左だろう。


「オウカからの連絡で君が飛び出したとは聞いていたが、随分と早かったな。私の予想ではもう数日掛かると見ていたが……船便を使ったのかね?」


「ええ、出航間際の定期船に飛び乗れました。あの人たちを奴隷にしたという屑に天誅を与えるために来たのですが」


「ふむ、それは本人達から直接事情を聞くといい。他人からの又聞きではどうしても先入観が残るからな。だが、ギルド内で狙撃した事実を見過ごすわけには行かない。なぜSランクにある者が不用意な力の行使に至ったのだ? まさか露見せずに隠し通せるとでも思ったのかね? ここは君のホームではない、多少の悪事を揉み消してやるほどの義理はないが」


「それは……」


 ドラセナードさんの追及にライカが言いよどむ。さてはこりゃ今回が初めてじゃないな。たしかに俺も直前までは気付けず危うく不覚をとる場面だった。高レベルの<隠密>は<マップ>さえも欺く恐るべき技能だ。一度でも認識してしまえば<マップ>上から消えることはないが、初見の相手には絶対的に優位が取れるのは事実だ。

 それにしても……。


「それよりギルドマスター。俺がここに詰めることになった原因は、まさかこの女か?」


 俺の問いにドラセナードさんは悪びれることなく首肯した。


「その通りだ。あちらから連絡を受けてまず思ったのは君をここに留めておく事だ。王都の異変は我等でも対処可能と思っているが、誤解して激怒したSランクが暴れるとこのギルドが破壊される恐れがあったのでな。Sランクを止められるのはSランクだけだ」


「ギルドマスター。その口振りではこの男がSランク相当の力があると聞こえますが?」


「当然だ、もっとも私の見立てだがな。他のSランクたちはまだ力の底が見えるが、彼は全く底が知れん。それは相対した君も理解しただろう。既に一戦やらかした後なのだからな」


「わ、私は一欠片も実力など出してはいません!」


「やれやれ、刃を交えなくとも相対するだけである程度の力をも読み取れぬようではSランクの名が泣くというものだぞ」

 

「くッ!」


 言外にオウカではその程度でもSランクを名乗れるのかと問われてライカは唇を噛んだ。


「ギルドマスター。そちらの話はそれだけならこっちに話に戻らせてもらうぞ。何しろこっちは襲撃を受けているんだ。このまま有耶無耶にされるつもりはない。きっちり落とし前はつけてもらう」

 

「被害者は君だからな。そちらの希望に沿うつもりではあるが……」


「オウカのギルドにでかい貸しが作れる機会が惜しいのはわかるが、ここは諦めてもらう。この問題の基点はどこであれ、既に俺達は事を起こした。それはどちらかが地に沈むまでは決して終わる事はない」


「……承知した。だが、やりすぎてくれるなよ。彼女は、Sランクという存在はそう代えの利く存在ではない。君がその後釜に座ってくれるとしても、この国には既に一人居るんだ。Sランクが二人になると各国の利害関係に影響する」


 それ以上言わなくてもいいなと視線をくれるが、流石に命までは取るつもりはない。だが、蚊帳の外に置かれた当のSランクは例外のようだ。


「ここまで侮辱を受けたのは初めてです。この地のギルマスにも私がなぜSランクなのか理解してもらう必要がありそうですね」


 部屋の中に静かな殺気が充満するが、俺はそれを鼻で嗤った。


「もう言葉で何か証を立てる時間は過ぎているぜ。ただ力のみが全てを明らかにするだろうさ。そっちもそのつもりで来たんだろう? 好きな方法を選ばせてやる、どうやっても俺を殺せる準備を整えろ。その上で力の差って奴を刻み込んでやる」


「どこまでも舐めてくれますね。上等です、これまで歯向かってきた無能な牡どもと同じ末路を辿らせてあげます」


 ギルドマスターが証人となって両者の間に交戦規定が築かれた。


 勝負開始は一刻後。弓を主武器とするライカと何でもこなせる俺では今すぐ勝負となると俺に有利すぎる。俺はたとえ死んでも文句をつける気はないが、向こうは解らない。土地勘もないライカが万全の体制で戦いを開始するには時間があったほうがいいだろう。

 別に温情ではない。俺が勝ったあとに何一つ文句をつけさせないための処置である。

 ライカの側は当初こそ俺と互角の条件を望んだが、説得した。弓使いである彼女にとって地形の把握と狙撃のための距離を設ける事は最低条件である。


 それとこれは俺達の私戦であるから、民に損害を与えない事。具体的にはライカの弓で器物の損壊を許さない事だ。それには俺が彼女の矢を撃墜する事が含まれる。狙うのは俺だけにして、民家を破壊して障害物などにする事を禁止する。

 それには俺が正確に打ち落とし、流れ弾で被害を出さないことが求められるが、俺の力を誇示するよい機会になる。


 決着はどちらかの戦闘不能のみによって為されること。時間制限はない、必要なら一月でも戦いを続けるが、相手による降参は認める。ただし虚偽の降参は認めない。



 話を詰めている間に全ての原因となった”緋色の風”の四人が飛び込んできて、ライカに事情を説明したが、俺達の戦意に翳りはない。きっかけはどうあれ、既に互いを敵と認めているのだ。

 

 後は互いに力を尽してどちらが上なのかを示すだけだ。



「こ、こんな事になってしまって、申し訳ありません」


 ライカが去った後でリーダーのスイレンが俺に謝罪をするが、俺はそれを手で制した。


「謝る必要はないさ。これは俺とあいつの問題だ。それに事情を考えるとあんた達を心配して駆けつけたんだろう、そのことには文句はない。俺に取った行動が問題だっただけだ」


 奴隷落ちした際に親しくしていたライカにこれまでの友誼を感謝する手紙を送っていたらしく、所用で出かけていた彼女はそれを読んだ瞬間に仲間を放り出してこのランヌ王国行きの船に飛び乗ったらしい。

 オウカ帝国はここから北西に位置する地続きの巨大国家だが、ランヌ王国とは山脈で隔てられているので最短で来るには船便の方が早い。ライカのパーティの残りのメンバーも次の便で追いかけるようだが、あと10日はかかるという。


「あの子は正義感が強すぎるのが問題なんです。それとその気持ちを押し通してしまう力が備わっているから誰も止められないのです」


「出会った時の君と同じような反応だったしな。それで仲良くなったのか?」


 カエデにそう問いかけると顔を赤くして頷いた。同じ弓使いとして知り合い、男嫌いなのも相まってとても仲良くしていたらしい。自分の知らないうちに窮地に陥っていたら助けに来るのは解らなくもないが、そのまま俺に狙撃するのは理解不能すぎる。

 常人とは異なるのがSランクといえばそれまでだが、奇行過ぎて周囲から疎まれるだろうに。


「あの方の家庭の事情に原因があるのですが、それはまたの機会に。それよりあの方と戦うなんて無茶……かな? あれ? 普通に勝てそうな気が」


「当然です。むしろライカさんの助命をお願いしなくてはなりません。師匠、どうか命ばかりはお許しください、あの子は世間を知らなすぎるだけなのです」


 最近俺を師匠としか呼ばなくなったキキョウがそう頭を下げる。


「それは私からも是非とも頼む。今のままではこちらが面倒を背負い込んだ形だが、もし殺めてしまったらこちらが完全な悪者になる。あの苛烈な性格はどうあれ、ライカ・センジュインはオウカ帝国の顔なのだ。間違いなくオウカ帝国との関係悪化になる。Sランクには居場所を知らせる魔導具を常時携帯しているから来ませんでしたと嘘をつくこともできんのでな」


「敵には容赦しませんが、流石に殺しはしませんよ。腐ってもSランクなんだ、身を固めている品も防御力がありそうだし、少しばかり現実を教えてやるだけですよ」


「ライカ、強すぎて敵がいなくて人生舐めてる節ある。ぶっ飛ばしちゃった方がいい薬になる」


 モミジが物騒な事を言い出すが、聞けばライカはまだ17歳らしい。それでユニークスキル持ちで大した苦労も無くSランクまで駆け上がったという。いまだ挫折を経験したこともないんだろう。

 

 ここは俺が分厚い壁になってやって人生の苦味を教えてやる事にしよう。



 そうして戦いは始まったのだが、ライカは身を隠しつつ上空に攻撃を放ち、<絶対命中>のスキルで追尾する戦法を取った。確かに俺がどこへ行っても必ず当たるというスキルなら便利な戦い方だ。


 それに対して俺は王都中を走り回っている。向こうには自分を探し回っているように見えるだろうが、実際はある仕掛けを施している最中だ。


 そもそもライカの位置は既に把握している。<マップ>には今も彼女がどこに居るかきちんと表示されている。<マップ>の技能の一つの<ピン留め>だ。最初はリノアと出会った夜に撤退してゆく彼女を見失わないように追跡している最中に見つけたものだが、一度ピン留めするとどんな特殊能力でも絶対に見失う事はない。

 <隠密>など<マップ>を欺く能力を持つものもあるが、それにより反応は消えてもピンそのものは消えないという凄いんだか抜けているんだか良く解らない技能だが、便利な事には変わりない。


 なので、どこに逃げようと追い込むのは簡単なのだが、それでは面白くない。徹底的に追い詰めて絶対に勝てないと思い知らせる事が目的なので、こちらも相応の手順を踏む必要がある。


「また来たよ! 今度は8本、威力も上げてきたね!」


 懐の相棒がそう告げてくるが、向こうも俺を追い詰めて遊ぶつもりなのか威力はともかく速度は変わっていない。撃墜するのは容易いが、俺の残り体力が怪しくなってきた。

 

 いつもならこの程度なら朝飯前にこなしているが、最近はダンジョンで走っていないこと、先程のアードラーさんたちとの鍛錬で持久力は普段の2割弱にまで減っている。時期が悪かったのは確かだが、それを言い訳にするつもりはないし、鍛錬と思えば苦しいのは当然だ。せっかく決めた作戦を辛いという理由で変更するのも嫌だし、息が上がったくらいで根を上げると思われてはたまらない。


「来たッ!」


 俺の首筋にひやりとした感覚が襲い、瞬時に飛び上がって背後から襲い来る一筋の銀の矢に相対する。

 容易な魔法では太刀打ちできないと判断した俺は愛剣を抜き、襲い繰る必殺の矢を切り払った。

 真っ二つになった銀の矢はすぐに消え果てるが、俺の手に残る衝撃がその威力を物語っている。


「これが”銀の閃光(シルバー)か。”七彩”の一つに上げられるだけの威力はあるな」


 多くの逸話と共に語られる”蒼穹の神子”の必殺技(デッドリィ・ブロゥ)である”七彩”は数多のA級、S級モンスターを屠ってきた技だ。地水火風、ブラウン、ブルー、レッド、グリーンはそれぞれの属性攻撃だが、今受けたシルバー、その上位版のゴールド、そして最上位のプラチナはひたすらに強力な一撃だ。今のシルバーでさえこの威力だ。これを通常攻撃と折り混ぜて放たれると対処は厄介だな。


「Sランクの面目躍如、と言った感じだがこれ以上は撃ってくるかな?」


「どうかな? 威力はあっても周囲の被害が大きいしね」


 既に次の目的地に向けて走り出しながら、リリィが疑問を挟んだ。それには俺も同意見だ。あちらは政治的な意味合いさえ持つSランク冒険者だ。いくら俺が完璧に対処してみせると言い張ったとしても、もし打ち損じが出て周囲に死者でも出そうものなら間違いなく彼女の責任になるだろう。

 EランクとSランクでは持っている裁量も責任も違う。俺の失敗だと言い張っても、Eランク相手の言葉を信じたのかと責められれば苦境に追い込まれるのは彼女のほうだ。

 だから、これより威力の高い”金”と”白銀”は撃ちたくても撃てないかも知れない。

 だが、負けた後にその事をブチブチ言われるのも面白くない。やはりここは俺の策を成功させて、ライカに全力を出させた後に完全勝利しなければならないな。



「ちょ、ちょっと! この昼間から何やってんのよ!!」


「あ、ああ。リノアか。悪い、喧嘩の途中だ。迷惑かけないから引っ込んでてくれ、流れ弾に当たっても知らないぞ?」


 屋根の上を走る俺の横にリノアが併走してきた。当然これくらいの芸当は難なくやってのける辺り、才能だけは歴代最高だとミリア婆さんが残念そうに言う理由がわかる。


「はあ? あんたに喧嘩? どこの馬鹿よ、死んだ方がいいわね、そいつ」


「わざわざオウカ帝国から来た天下のSランク冒険者サマだぞ。あの4人が心配で駆けつけたらしい」


「オウカのってライカ・センジュイン!? なんでまた? ああ、仲良かったって聞いた覚えがあるけど、どうして喧嘩になってって言おうと思ったけど、大体解ったわ」


 今のリノア一家は先のない暗殺稼業から諜報機関として生まれ変わりつつある。各地のSランク冒険者の性格は知っているのだろう。


「とりあえずあの傲慢女を泣かすから、騒ぎに気付いたやつらに大事にはしないと伝えておいてくれないか?」


「解ったわ、私彼女のファンなんだからあんまり酷いことしないでよね」


 あれが人気者? という顔をした俺に教えてくれた所によると、オウカ帝国と争っているグラ王国が擁するSランクの男は大層評判の悪い奴らしい。ライカの男嫌いは奴によって加速させられたとか。


「彼女があの男の鼻をへし折ってくれると気分がいいのよ、だから程々にしておいてね」


「悪い、無理。俺もあの女の高く伸びた鼻を根元からへし折るつもりだしな」


「本当なら彼女に敵う訳ないでしょ、って言いたいけど、いくらライカでもあんたが負けるトコが想像できないわね……程々にしてやってよ」


 善処すると答えた後離れていったリノア目がけて”銀色”が放たれたので魔法で迎撃して消滅させる。一度処理すればどれくらいの威力なのかが解るので、それに応じた威力の魔法を放つだけで済んだ。


 これが上位版の残り二色になると話は違うが、やはり後々の面倒を考えたのかそれ以上の威力の攻撃は無かった。

 やはり策を発動せねばこの戦いの終わりはないな。



「これで、最後だ」


「いやー、疲れたね、王都をぐるっと一周したようなもんだし」


 実際に走り続けたのは四半刻(15分)もないが、それでもしきりに俺を狙ってくる矢を迎撃しながらの王都一周は難儀した。向こうは自分を探し回っていると思っているかもしれないが、俺の目的はそんなことではない。


 元々ライカの能力を考えると、超威力の狙撃を遠距離から放つことが最適解であろう。それも出来ずに負ければ後で文句を言われるので一刻ほどの猶予を与え、相手の逃げ道を断った。

 そして居場所を掴んでいながらも俺が王都中を走り回ったのには理由がある。


 それが、この<効果範囲拡大>と<結界>を組み合わせた超広域結界である。


 王都全域を包むように結界を張るには有効範囲を指定せねばならず、俺は王都の6箇所を目指して走り回っていたのである。何故6箇所であるかは言うまでもなく六芒星(ヘキサグラム)の力を利用して効果を増幅させるためである。

 これが発動すれば俺の力を以ってしても容易には打ち砕けないほどの強力な<結界>が完成する。


 その結界を張った理由も簡単である。上手く隠れられたと誤解しているライカを炙りだす為だ。


 元々装備品の効果か何かで<鑑定>を受け付けなかったので能力の詳細は解らないが、オウカ帝国が実に気前良く彼女の英雄譚を宣伝しているのでどのようなスキルを持っているのかを推測するのは容易だった。


 今の彼女は<隠密>で気配を姿を隠して<気配探知>か何かで俺の位置を探りつつ<絶対命中>のユニークスキルで攻撃していると予想した。

 これを打ち破るのはさほど困難ではない。事実として位置は既に露見しているし、今すぐ終わらせることも可能だが、そうすると俺は<隠密>を破る術を持っていると認識されてしまう。

 彼女を始末してどのような手段で見つけたのか悟らせないようにすれば事は簡単だが、殺す事は考えてない以上、こちらの手の内を見せすぎるのは悪手だ。いずれ彼女と友好関係にある人物に俺の情報が流れないはずがない事を考えると、常識的な範囲で彼女を見つける必要がある。


 手を掛け過ぎかもしれんが、納得ずくで敗北を受け入れさせるには、理解できる手段で負けさせなければ意味がないからな。<マップ>で最初から解ってましたなんて言っても信じられるはずがないが、奇妙な手段で位置を見つける手段があるという情報は知れ渡る事になるからな。


「ここまで周到に準備するのもどうかと思うけどねぇ」


「この<結界>はこれだけのためじゃない。今の異変にも対応できるし、あればそれはそれで有用だよ」


 いや、そういうことじゃないって、と相棒が何か言う中、俺は魔力をふんだんに使った超広域結界を発動させる。<結界>にも色々な機能がある。物理だけ無効化するもの、飛び道具だけを無効化するものなど色々選べるのだ。そうしないと<結界>展開中は他人と握手さえ出来ない事になるからな。


 今回選んだのはもっとも単純なもの、つまりライカだけを選んで結界内に閉じ込めるというものだった。

 これも<マップ>で位置を把握していたから出来る芸当だが、すくなくとも向こうは<結界>の所為で位置がばれたと思うだろう。起動自体は相当わかりやすく王都中に透明な板が張り巡らされたかのように見えるからだ。


<ユウ!、お前今なにかしたか!? 王都に強力な結界みたいなものが展開されたぞ!!>


<兄様、何かございましたか? この強大な結界を張る必要があるような事態があったのですか?>


<ユウキ! 何をしたの!? 緊急事態なの!?>


<あー、すまん、本当にすまん。完全に別件だったんだが……そりゃみんなの力なら気付くわな>


 通話石からそれぞれクロイス卿、ソフィア、セリカからの悲鳴にも似た通信が入り、俺は自分の失策を悟った。ライカをぶちのめす事ばかり考えて王都に強力な結界を張ることの意味を考えてなかった。


「だから言ったじゃん、どうかと思うって!」


 いや、リリィさん。解っていたんなら言葉にしてくれよ。だがまあ、今の非常事態に<結界>を張る意味は王都の民も理解してくれるだろう。事前通告なしは……まずいけど、これも永続的というわけでもない。俺が注いだ魔力から考えて、半日程度で切れるはずだ。効果自体もライカだけを炙り出すもので、人の交通制限があるわけでもないし、多分許してくれる、はず。


<ユウナ、すまん! 皆に説明しておいてくれ、全部終わったら謝りに行くから>


<承知しました。今の状況とあわせれば言いくるめるのは可能でしょう。その分の協力も求められそうですが>


 耳の痛い事を言われたが、その分の協力はあのライカにさせよう。何しろお互い売り言葉に買い言葉で負けた方は何でも言う事を聞くと宣誓している。俺は彼女の奴隷になるし、向こうは数日間なんでも言う事を聞く約束だ。

 もちろん、その場に駆けつけていたスペンサーさんにSランクの助っ人が手に入りましたよ、と告げているので余計な誤解はないが、この問題もあいつに押し付けよう。

 なにかあればSランクが解決した、という事にすれば大抵何とかなるもんだ。今この国に居るSランクは他国に出張中だから、その分をライカが担当したという事にすればなんの問題もない。


 よし、言い訳の目処は立った。後はあの女を泣かすだけだ。




 <結界>の発動により自分の位置がばれたと直感したのか、俺が近づいた時にはライカは身を隠してはいなかった。だが、その殺気と瞳に宿る強い戦意は俺を飲み込まんとするほどだ。


「コソコソ隠れて矢を放つのは止めたのか? 俺の視界に入って弓使いが勝てると思っているのか?」


 俺の挑発にライカは動じることなく冷静に言葉を紡いだ。


()()は私の想像を上回る()です。それは認めましょう。ですが、それは私の敗北には繋がらないこともお忘れなく」


 最初の頃とは言葉遣いも変わっているが、その気配の剣呑さは数百倍に高まっている。

 そして彼女も自分の勝利を微塵も疑っていない、つまり全く本気を出していないということだ。


「この<結界>は柔な攻撃じゃびくともしない強度にしてあるが、そっちも惜しみなく力を振るいたいなら場所を変えるか? 王都の外に出れば気兼ねすることなく全力を出せるぞ」


 やはり人が多い王都内では全力発揮とは行かないようだ。俺の提案に乗ったライカと共に王都の城壁を越えた。本当は違反だが、誰にも咎められることなく王都から少し離れた平地で相対する。



「始める前に謝罪をしておきましょう。殺してしまった後では意味がないですから。彼女達を救助してくれたこと、奴隷の身分から救ってくれたことには友人として感謝します」


「こちらにも十分な利があって行ったことだ。礼を言われる事ではないが、ありがたく受け取っておくさ」


 構いやしないが、出会った当初の無礼な言い合いはお互い様として謝罪する気はないようだ。


「では、始めましょうか。全力を出すのは久々なので、消し炭さえ残らなくても文句を言わないでくださいね」


 言い終わる前に眼前に出現していた”金色”を消し飛ばしながら俺は尋ねた。


「こちらからも聞いておく。普段はパーティで行動しているんだろう? 一人で俺と立ち向かって良いのか? 負けたときのいい訳を残されると困るんだが」


 背後に現れた数発の”白銀色”を風魔法で迎撃すると流石にライカの顔に緊張感が見えた。何しろ一般的には風魔法が一番威力が劣るとされている。実際にはそんな事はありえないのだが、一番弱いとされる攻撃で最大威力の技を防がれた事は事実だからだ。


「戦いに身を置く事を決めた瞬間から、どのような事情であれ命を落とす覚悟は持っていますので遠慮は不要です。それより貴方のような実力者の噂がここまで聞こえてこないのは不思議ですが、ランヌ王国が隠しているのでしょうか?」


「いや、ギルドに頼んで余計な雑音を断っているんだ。俺には目的があって、それを為すために行動している。今は名声は要らないんだ、その分余計な荷物までついてくるからな」


 俺達は会話をしながら互いの攻撃を潰しあっている。当然ながら、ライカの持つ弓だけが攻撃手段ではない。俺の魔法と同じように虚空から各色の矢が乱れ飛んでいるが、それら全てを確実に迎撃してゆく。もっと回転数を上げてもいいが、そうすると周囲の森に被害が出るかもしれない。一応はライカに直撃する軌道は取っていないので、そうなると周りの森を焦土化させてしまう恐れがある。

 俺達の周囲に改めて張った<結界>はライカの攻撃を防ぐだけの強度は持たせているが、収束させた俺の魔法は自分の<結界>を易々と貫通させる。

 これに対応する<結界>はかの20層のボス、キリング・ドールの熱線のように<結界>の層を何層にも重ねる必要があるのだが、何故自分の攻撃なのに防御の事まで気を配らねばならんのか阿呆臭くなり、相手の攻撃を潰すだけに専念した。



 それからしばらくの間は互いの攻撃を放ちあい、それに対応する時間だけが過ぎてゆくが、次第にライカの疲労が濃くなってきた。彼女もまだ余力は残しているはずだが、攻撃の精度が甘いものが多くなってきていて、俺が撃ち返した反撃の魔法をいなすので精一杯になってきている。


 そのせいで俺はいなされた自分の魔法までちゃんと消滅させる羽目になってしまい面倒がさらに増したが、それはライカにとって自分の相手が片手間でも対応できる証明となってしまい、余計に焦らせる結果となった。


「おいおいどうした? 調子が悪いのか? ポーションでも欲しいならやるぞ? 最近効果の高い奴を大量に作って余ってるんだ」


 俺は善意で問いかけたが、彼女の綺麗な顔を顰める結果となってしまった。

 何より互いの位置関係が実力差を明確に表している。


 始めに撃ち合いを開始した頃はお互いに均等に距離を保っていたものの、今では走り回る彼女に対して俺は一歩も動いていない。立ち尽くしたまま全ての攻撃を迎撃し、彼女を追い詰める魔法を放ち続けている。


 ここまで如実に差が現れたのには原因がある。そう難しくない、単純に攻撃の精度の差、はっきり言えばスキルの習熟の差だ。


「なってないぜ。走りながら放つ攻撃は慣れてないのか? 狙い一つ満足につけられないようじゃ無駄射ちと同じじゃないか」


 肩で息をする彼女を冷たい目で見おろした俺は、彼女との戦いの意欲が冷めてゆくのを感じた。

 全体的に浅い。ライカ・センジュインを評するならその一言に尽きる。攻撃の威力はあるが、精度が甘く同レベルの奴には簡単に弱点を突かれる。

 攻撃の組み立て、引き出しの豊富さはあるが、一旦窮地に陥るとそれを跳ね返すだけの巧みさが欠けている。


 間違いなく自分のスキルが強すぎて、その研鑽を怠っているのだ。強者ゆえの悲劇といえばそれまでだが、己の技術を磨き上げる必要をこれまで感じなかったのだろう、細部における適当さがこの差を生み、それは開く一方だった。


「こんな、ここまでの差があるなんて……!」


 俺の攻撃から内心を読み取ったのかさらに彼女の焦りは募るが、それがさらに状況を悪化させる。こういうときに窮地を救うのは己の積み上げた技術、たとえ目をつぶっても相手の攻撃に対処できるような徹底的な反復練習なんだが、多分彼女にはそれがない。

 得たスキルが強すぎて、今まで窮地にさえ陥ったことがないんだろう。俺には考えれらないが、自分が負けると思ったことがこれまで一度もないんだろうな。


 そこまで思い至ると、彼女がとても幼く感じた。こっちが激怒して力の差を教え込むだのと思うこと事態が恥ずかしいと思うようになってしまった。こうなっては俺の継戦意欲は無くなってしまう。


「潮時だな。これ以上続けても意味はない。もうやめないか?」


「馬鹿な事を! 私はまだ負けた訳ではありません!」


「この状況からどうやって勝つつもりだ? 俺に言わせれば何もかもが浅いぜ、全てが出来ているようで、何も出来ていない。もう終わりにすべきだ」


 俺はいっそ優しげに聞こえる声でライカを諭した。向こうには酷い侮辱に聞こえるかもしれないが、全くの本心だ。彼女一人の実力だと恐らくウィスカ5層も突破できないだろう。一撃の強さは申し分なくても、それが続かないのだ。それを補う仲間なのだろうが、俺に一人で挑んだ時点で全ては無意味だ。

 彼女は短時間で俺を圧倒できなければ勝つ術が無かった。


「まだ、まだよ! 私は”蒼穹の神子”と呼ばれるSランク冒険者! 命ある限り諦める事はできない」


「そういう諦めなければいつか勝つとか、Sランクの看板を拠り所にしなければ戦えない時点で子供なんだよ。殺し合いに持ち込んでいい言葉じゃない」


 殺し合いに必要なのは強さと殺意だけだ。それ以外は全て余分なんだが、それを説くには彼女はまだ若すぎる。思えばまだ人生20年も生きてない女の子だ。頭に血が上っていたとはいえそんな相手を追い詰めるような言葉を発していた俺もどうかしていた。


 既に俺はこの場をどう収めるかしか考えていなかった。既に戦いと呼べるものはなく、駄々をこねる子供をあやす気分になっている。


「よし、じゃあこうしよう。そっちもまだ出してない奥の手があるだろう。それを防いだら俺の勝ちって事で。全力を出し尽くしたら文句ないだろ」


「馬鹿にしないで! 私の奥義はSランク相当のエルダードラゴンをも倒す神の一撃なのよ! どんな敵だってこれを受ければ必ず勝てる私の切り札を、そう易々と」


「よしよし、いいじゃないか。その奥義とやらに自信があるんだろう? 早く準備しろよ、何か必要な物があれば用立ててやろうか?」


 完全に舐めきった(俺としては聞き分けのない子供を相手にしている気分だが)態度の俺に表情をなくしたライカは俺から大きく距離をとった。彼女の魔力に呼応して周囲に魔法陣が構成されてゆく。


「へえ、やっぱり攻撃は大したものだねぇ。あの魔法陣の構成からみてもこの<結界>ごと吹き飛ばせるだけの威力はあるよ」


「自分の出来ることやって、それでも勝てないとわかれば大人しくなるだろ。ご自慢の”神代兵器”とやらの威力を見せてもらおうじゃないか」


 ライカの逸話の中でも、巨大な海蛇王(キング・サーペント)を一撃で消滅させた秘奥義の存在はみんな知っている。ライルなんて技名を叫んで真似していたほどだ。これほどの準備を必要とするだけあって”七彩”などとは比べ物にならない超威力であることは理解できるが、それだけにこれを防がれたら彼女の心も折れるだろう。

 この戦いの落とし所としては悪くない。元々殺すつもりどころか、怪我をさせる気も無かったので、適当に痛めつけて終わらせるという選択肢がなかったから丁度良かった。


「もうここまで来たら私でも止められないわよ、私の最大の攻撃はどんな防御も貫いて敵を消滅させる。これまで攻撃とは訳が違うのよ」


「子供が持つ玩具にしては物騒だな。次からは使用禁止にしろ。まったく誰が与えるのか知らんが、危険なスキルを適当に与えすぎだな。もう少し厳格な使用制限を与えるべきだぜ」


 これ以上何を言っても無駄と悟ったのだろう、彼女は高く高く飛び上がると俺を見下ろしながら、対象を避け得ない死へと導く終末の光を呼び出した。


「冥府で後悔しなさい! これが私の”極星の燐光(ノーザン・レイ)よ!!」


 ライカの周囲から幾つもの大きな光球が生み出されると、その球が次々と新たな玉を生み出し、無数に増えたその光の球がこちらに音もなく降り注いだ。

 

 俺の<結界>に触れたかと思うと、あっさりと<結界>をすり抜けて俺に迫ってくる光の球。


「あ、本当に防御を無効化するんだ。これは当たったら消滅して消えちゃう奴だよ」


「リリィ。一応危ないから中に入っておけよ」


 まさにSランクの切り札に相応しい攻撃が迫る中、俺はこの戦いが終わった後の面倒事について思いを馳せていた。





「こ、これで……終わったわね。いくら技術が優れていたって、何もかも消滅してしまえば跡形も……なんで平然としているのよ!!!」


「そりゃ、切り札を持っているのはそっちだけじゃないって事さ」


 全ての力を使い果たして膝をついているライカの前で立ち尽くしていた俺は、その叫びに難なく答えた。

 彼女には切り札と答えたが、実際はそんな大層なものはない。


 俺がやったのは<アイテムボックス>を開いて、襲い来る光の球をすべてしまいこんだだけだ。

 もともと玲二が放たれた魔法を<アイテムボックス>にしまって保管するというとんでもない技を見つけたことにより、この中には何でも入ることが判明した。

 それは本当になんでも入り、敵の攻撃だって問題ない。俺はいわば<アイテムボックス>という袋をひらいて強力な攻撃を中にしまったのだ。今も一覧を見れば対消滅弾×43という相手の武器をこちらが溜め込んだことになる。勿論入った勢いそのままに相手に打ち返すことも可能だった。


 これが己の能力を十全に理解し、活用するって事なんだが、今のライカに語って理解できるとも思えない。



「もう満足だろ。俺の勝ちでいいな?」


「まだ、まだよ! 私は倒れるまで戦う!」


「あっそう」


「きゃ」


 俺は無言でライカの足元に火魔法を炸裂させた。その衝撃をまともに受けた彼女はなんとそのまま吹き飛んで気絶してしまったのだ。気絶したフリではなさそうだし、もしそうだとしても接近戦で弓使いの彼女に後れを取るとは思えない。


「うわ、まさかと思ったけど紙耐久じゃん、余波で気絶とか。突き抜けた攻撃力とその代償に防御ゼロとか、ピーキー過ぎない?」


「えっ! 本当に気絶したのか? 魔法の威力というか、爆発の衝撃で倒れたのか? ひ弱すぎるだろ!」


 いくら疲労困憊で力を限界まで出し尽くした後とはいえ、あんまりにも脆すぎる。改めて見ればライカの装備品は防御力が高そうなものはそこまで見当たらないが、彼女も数多のモンスターを倒してレベルが相当上がっているはずだ。こんなにあっさり倒せるなんて思ってもいなかった。

 だが、それより大変なことに今気付いたのだが。


「なあ、もしかしてこの子を俺が背負って帰る必要があるのか?」


「ええ? 自分が倒した女の子を放置して戻る気なの?」


 信じられないという目で見てくる相棒にため息をついて、俺はライカを担ぎ上げるべく近づいた。



 後味はあまりよくないものの、こうして俺はSランク冒険者に完勝したのだった。




楽しんで頂ければ幸いです。


また日付を超えてしまいましたが、夜が明けなければセーフ理論です。


Sランクは各国のギルマスが投票で決めます。勿論実績も大事ですが、政治的な要素が大きく絡むのでその都合に引っ張られる事が多いです。弱くはないのですが、スキルが強いので研鑽を怠るケースが多いです。


 敗北した彼女の明日はどっちだ?


 私事ですが、なんとブクマが300を突破しました! 

 信じられません。300人の方に面白かったよと思われるなんて、有難すぎて泣けてきます

 皆様に満腔の感謝を捧げると同時に、この作品の更新の維持、つまりはエタらない事を誓わせてもらいます。これからもよろしくお願いいたします。


 さて、とんだ横槍が入りましたが、これからは王都の異変に迫ってまいります。書かねばならん事が詰まってますが、余計なエピソードのせいで脱線しないように気をつけます。


 次は日曜にお会いできればと考えております。

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