冒険者ギルド 5
お待たせしております。
「眠い……」
あれから三日、俺は暇を持て余していた。
この地に緊急事態が宣言されてからというもの、俺は王都ギルドに詰めっぱなしだった。
もちろん毎日の日課であるウィスカの早朝稼ぎは行っているし、手慰みのポーション作成もやった。ポーションなんて高濃度を一回作ってそれを希釈するだけで一度に数百個もの数が作れたりするのだ。むしろそっちの方が均一な品質を大量に作れるので販売用としては適しているらしい。
確かに2本買って効果がバラバラじゃ二度とその店じゃ買う気は湧かないな。
通常のポーションはギルドに大量に卸したが、超高濃度は自分で保管していたが遂に空き瓶の在庫が尽きたのでポーション作成はそこでお開きだ。まさか4桁以上もあった空き瓶がなくなるとは思わなかった。
他のポーションは素材がなくて試していない。レイアが共にやりましょうかと言ってくれたが、俺は薬師になりたいわけではないし、せっかく持っているスキルを活かす機会が欲しかっただけなのだ。
だが、それらも一通りやってしまうとすることがない。
なにしろ日中はギルドに絶対に居てくれとギルドマスターから直々に釘を刺されているから、精々資料室で怪しげな冊子を乱読するくらいしかすることがない。
「実際、休みのようで拘束だからね、出歩けないと暇なだけだよね」
相棒が慰めるように言ってくれるが、彼女はさっきまで王都の空中散歩を楽しんだあとだから、あまり説得力はない。
ここに詰めてもう6日近くにもなる。
既に休み気分なんてものは消え失せ、牢に囚われた囚人のような気持ちになっている。
あんまりにも暇なんで解体場で解体を手伝ったり、鑑定の真似事をしてみたりもした。
最初の頃は俺のどんな噂があったのか、おっかなびっくりで接してきた王都の職員も今では普通に喋ったりするようになった。
ただ、王都の受付嬢には近づいていない。やはり何らかの情報経路があるのか、俺がウィスカの皆に相当気前よくアイテムを投げている話が伝わっているみたいで、しきりに視線を感じるが最初に出会った印象が悪すぎた。
誰に何をしたわけではないが、自然と距離を置いている。向こうから近づこうものならユウナが割って入ってくれるから煩わされる事もない。
だが、そろそろ我慢の限界であるが、それも今日までだ。何故ならようやく各地に散っていた冒険者達が帰還するのだ。
そのまま一堂に会して皆で情報共有を行う方針だというので、俺は欠伸をしながら会議場で机に片肘ついて待っていると言うわけだ。
「随分な身分ですね、他の皆さんは額に汗して働いているのに」
「今の俺の仕事はここで暇を持て余す事だぞ。文句ならギルマスに言えよ、俺も好きでこんなつまらん場所に篭っている訳じゃない。誰かさんは全く暇潰しにならんし、期待外れもいいところだ」
「くっ!」
冷たい目で憎まれ口を叩く少女、ハクに俺は侮蔑の言葉を返す。
いちいち不快な感情を向けてくるアホに好意的な対応を続けるほど俺はお人よしではない。
あんまり暇なんで俺に敵意を持っているらしい彼女に、好きなときに攻撃してみろと煽ってみたのだが……結果は散々だった。
リノアと比べると凡庸という表現でさえ褒め言葉に思えてくるほどの力量だった。いや、リノアは性格が向いてないだけで技量は飛びぬけているか。その腕だけで周囲から、あのとびきり優秀な男達から組織の長として認められているのだから。
ハクはそれに比べると……普通かな。今ではこっちは油断どころか睡魔と戦っている有り様なのに飛び道具ひとつ飛んでこない。
最初に力の差を教えてやったら、次からは攻撃を意図する拍子に視線を向けるだけで簡単に萎縮してしまう。
これじゃ全く楽しめず、負け惜しみのような台詞を吐くだけの機械と化している。
まったく、死角から放たれたナイフを正確に打ち返した程度でビビるなら最初から跳ね返らなければいいのだ。
せっかくEランクに上がったのにまともな依頼もない。納品依頼はあるけど、ポーションはもう飽きた。何せギルドに保管してあった空き瓶まで使い切っている。ポーション納品で金貨の報酬を得たのは多分俺が最初で最後だろう。
<至高調合>は使い慣れて要領がわかってくると分量の増大という意味不明な効果が存在し、最終的にはポーション液が10倍近い増量を見せていた。ギルドが保持していた薬草を枯渇させたが、必要なら薬師ギルドにでも融通してもらえばいいのだ。
といっても、どうもその薬師ギルドもなにかキナ臭い感じを受けるが……暇をもてあましている癖にうかつに動けない俺がどうこうしてもしょうがない。時間が合った時にユウナにでも探りを入れてもらおうかな。
緊急事態宣言だとかが出た影響は勿論ある。
これまではギルドの内部での問題だったのが、王家を巻き込んだ国家全体の問題だと認識したことになるのだ。
だからといって大きく何かが変わったということはない。
東西南北の正門は変わらず日中は開いているし、人の通行に制限はない。
だが、巡回する警備に騎士団が投入されるようになり、王都の外周部に住み着いている下層貧民との揉め事は増加する一方だ。
そういう意味では数日前に王都から旅立った”ヴァレンシュタイン”は良い時期に旅立ったといえる。送別会をどこで行うかと話し合っていたら女性陣がホテルのラウンジがいいと言い出したので、結局見慣れた場所で彼等を送り出す会を開くことになった。
どうやら彼等は東の方から一旦祖国に戻る計画を立てているようだ。昨今街道も危険がないとはいえないが、彼等の腕前は知っているつもりだ。無理せず戦えばどんな敵も撃退できるだろう。
たっぷりと土産を持たせた後、いつかまた会う事を約束して彼等は旅立っていった。
影響は平民の生活にも影響を及ぼし始めた。
街道が危険になったことにより王都に入ってくる商人の数が激減し、物資の不足は深刻化している……ようでそうでもない。
店には不満を抱く必要はない程度に物資は供給してやっているし、とりあえず食うものがあれば表立って騒ぎが起きるような事にはなっていない。
いや、それは言いすぎか。実際は何とか平静を保っているものの、そう遠くない内にひずみが表面化するだろう。
例えば店に並んでいる食べ物もそうだ。俺がセリカとエドガーさんを通じて王都中にダンジョン産の作物を流している。ギルドの規定違反だが、ギルドマスターからの黙認は得ている。
建前を守って暴動が起きれば責任はギルドが追う羽目になるからな。
一応国内にある3つ目のダンジョンは低層に環境層があり、そこから得られた恵みを輸送する計画もあるらしいが、王都からかなり距離がある。どんなに急いでも荷物を満載した馬車で15日はかかる見積もりで、現実的な選択肢ではない。
それでも大規模な隊商を組んで輸送すべく大商人たちは計画を練っているようだが、多分運ぶ荷物の2割以上は輸送中に消費されて減るのではないかと俺は思っている。
だが、そこで問題がひとつ。ウィスカの17層からの環境層のアイテムの質は良い。多分まだ浅い層だとは思うが、他のダンジョンの環境層と比べても数段上の品質の作物はとっても目立つのだ。
なにしろ昨日まで売っていた野菜とは形も大きさも明らかに良い物が同価格で売っているのだ。当然のように売れ行きは良いようだが、この事態が収束したらまた貧相な野菜に戻る事になるんだが……それは我慢してくれ。店に食い物が並んでいないほうが嫌だろうしな。
あ、問題はもう一つあった。品物を流している商人たちだ。エドガーさんはかつて王都で大店を率いていたこともあって昔は商業ギルドの一員だった。その縁で彼等と話をつけて王都中の店に供給させたのだが、当然お互い商人だから無料というわけではない。だが王家から価格の吊り上げや買占めは発覚したら厳罰というお達しが出ているため、王都の商人たちは少々割高な価格でエドガーさんから購入する羽目になっている。多分買えば買うほど赤字になるはずだ。
俺の価格一覧を覗かせて貰ったが、どれも一割弱程度の値上げでまさにエドガーさんの商人としての良心が現れていた。しかし他の商人たちは不満だろう。ここで評判を保ちつつも、損をしたという事実が何よりも商人たちの誇りをいたく傷つけるからだ。
恐らくその怒りの矛先は俺達ではなくとある勢力に向く事になるだろうが、これも早期解決の一助となると信じるしかない。
俺のほうもなるはやで解決したい所だ。ここに拘束されていることもそうだが、供給しているアイテムの備蓄もそこまであるわけではない。
毎日莫大な量を収穫して、こりゃ使い切れないなと苦笑いしていたものだが、流石に王都の民全ての胃袋を満足させる量となるととてもじゃないが足りていない。
この推移だと間違いなく秋の月(一月は90日)の中ごろには備蓄が尽きる事になる。最後には雪音の<アイテムクリエイト>に頼る羽目になるどころか、その枠は既に使い始めている。
かつて触れたが、環境層の作物の中には主食足りうる穀物が存在しない。これによって農家が棄農せず済んだようだが、逆に人々が一番欲する麦が手に入らないことになる。
玲二たちにはコメになるが、彼等にはパンが必要だった。店に野菜は豊富にあっても小麦がなければ話にならないと思う奴は多い。そこで<アイテムクリエイト>で小麦を創造して供給しているのだ。
どうでもいい話だが、小麦を初めて創ったら、まさかの一粒だった。一房でなかったことに乾いた笑いが出た俺達だが、今の俺のMP回復は数字にして1微(秒)で25000ほどだから一刻(時間)で150万ほどだ。
さらに雪音の技能の一つに同時並行作成があるので仲間三人と配下の二人、合わせて6人に一枠小麦の作成を頼めば3日も継続して行えば必要十分な量になる。<アイテムボックス>が理論上無限で助かった。創れるだけ創った小麦が入りきらないなどという笑い話になるところだった。
それと肉は出していない。うちの駄犬がやめて! と泣きついてきた事もあるし、各種肉は非常に高価で庶民がおいそれと手を出せる額ではない。
そして怪我の功名というべきか、王都近郊に不似合いなモンスターが出没するようになったせいで大型のモンスターの討伐報告が大きく上がっている。薬草調達をするような新人には厳しい環境だが、腕に覚えのある熟練たちには遠出しなくても稼げる環境が整った事もあって、相対的に肉の供給量は増えていたからだ。
昨日なんてはぐれオークが持ち込まれ、大量の肉がもたらされた。味はともかくとして食える肉というだけで盛り上がるギルド内を見てこの調子なら大丈夫だろうと思ったものだ。
隣の相棒がオークを見て何故かジュリアやアイスを隠さないと! とはしゃいでいたのだ不思議だった。女騎士とオークにどんな関係性があるというのか?
それにしてもやることがない。こんな事になるならば俺も皆と同じように”すまほ”とやらを手にしておくのだった。どうやらあれは使い方によっては最高の暇つぶし道具になるようなのだ。
ソフィアや店が始まる前のセリカは下手をすると一日中触っていたほどだし、相棒も暇を見つけては何かやっていたが、玲二に必死に止められて何かを断念したようだ。
漏れ聞こえた言葉では”天井”だとか”課金”とか”十連”やら聞こえたが何のことだろうか。一時、リリィが<アイテムボックス>内の品をどうにかして異世界の金に換金出来ないか探っていたみたいだが、それに関係する話だろうか。雪音が困ったような顔をしていた事を思い出した。
つまり、滅茶苦茶暇なのだった。
「暇だな。それにしても散っている冒険者はいつ集合するんだ? おいハク、何か聞いてないのか? 数組は昨日の内にギルマスへ報告していたんだろう?」
俺の質問に不承不承といった感じで美少年、いや美少女暗殺者が答えた。
「既に”アンバー”、”レッドクリフ”、”ブラックジャケット”は帰還して報告済みです。解析班が情報を纏めて精査中だと聞いています。他のチームも数刻の内にこの会議場に到着するはずです」
どれも最近名を聞いた冒険者パーティばかりだが、ユウナに言わせると一定以上の戦闘力と調査能力をもった連中らしい。彼等の報告なら耳を傾ける価値はあると彼女は言うので俺もユウナの判断を疑う気はない。
俺もこの一件はそろそろカタをつけなければならない事情がある。備蓄している食糧の目減りもあるが、なによりソフィアの留学の件が迫っている。
玲二と雪音は少し前に転移環で移動すればよいが、ソフィアの留学は「王家の行事」である。さっと行ってそのまま学園生活という訳には行かない。出かけた事実、移動中の事実、到着した事実が要るのだ。
王都が異常事態のままソフィアを出発させるわけには行かないし、送り出す側の王宮としても格好がつかない。ギルドや関係各所に強く要請しているはずだ。俺も学院のある学術都市アルザスには同行する予定だが、どんな危険なモンスターが出没するか知れたものではないのに出発させる気はない。
その中でギルドがどのような解決方法をとるのか、それがこれからの会議で明かされるというわけだ。
「あ? 何だこのガキは? ここはガキの寝る場所じゃねえぞ」
野太い声で転寝していた俺の意識は覚醒した。今さっき数人の男達が入ってきたのは認識していたが意識の外に追いやっていたので、俺は顔を上げた。
俺の目の前には筋肉の鎧を身に纏った40ほどの冒険者が立っていた。背後に背負った武器から推測するに得物は大剣かな、あまり強そうには見えないおっさんだった。
「あんたらが来るのが遅いんだよ。こっちは待機命令で暇なんだ。会議が始めるまで俺は寝るぞ、邪魔すんなよ」
周囲を見るにまだこの連中しか来ていないから会議はまだ先だろう。ホテルでの睡眠は皆の警護も兼ねてあまり休めないので最近は専らここで昼寝をする始末だ。ある意味では寝ていても金が入ってくるという誰もが羨む環境なんだが、俺も借金と利子がなければ気兼ねなく楽しめるのだが。
「な! なんだとクソガキ、俺らを誰だと思って……」
「止めとけ、ライアン。これ以上はお前が死ぬぞ。一応の馴染みだ、警告はしたからな」
続いて入ってきた集団を見た俺は眠気が吹き飛んだ。何故彼等がここにいるのかわからない。
<へ!? あれって”黒い門”じゃん、なんで王都にいるわけ?>
奇しくも相棒と同じ事を思ったようだ。驚いている俺を尻目に男二人の会話が続く。
「ス、スペンサーの旦那! なんだって止めるんです? 俺はこのガキを」
「止めろ、迷惑だ。警告した以上お前がどうなろうと知ったことではないが、そいつが暴れると俺達でも止められないからな」
「じ、冗談でしょう? 二桁もの迷宮を踏破した黒い門を相手取るどころか、太刀打ちできない存在なんて……」
「ああ、もうそれは災害だといっていい。俺らもそう思ってる、だからそう呼んだのさ、”嵐”ってな」
(他でやってくんないかな)
人を完全に無視して話を進める二人に俺は興味をなくしかけたが、何とか我慢して話を聞き続けた。
「こ、こんなガキがあの”嵐”だってんですか?」
その大声に周囲からがドヤドヤと集まってくる。何がそんなに面白いのか、広かった会議場の入り口が人で埋め尽くされたほどだ。
「”嵐”がいるだって!?」「マジかよ! あんなの実在するのか!」「見せろよ! あの嵐を見たなんて言えば酒場で話の種になるぜ!」
周囲の喧騒を完全に無視した俺はスペンサーさんに話しかけた。
「なんでこちらに居るんです? てっきりウィスカのダンジョンに居ると思ってましたよ」
「運が悪かったのさ。所用があって王都にまで出張ったらギルマスに捕まってな、あの人には借りがあって依頼を断れなかった。だが、納得したぞ。最近見なかったと思えばこちらに居たんだな。ギルマスが切り札は確保してあると言ってたがお前の事だったのか」
確かに手元にあればこれ以上ないほど安心できるカードだなと薄く笑う彼は”黒い門”なる大陸最高峰の冒険者パーティだ。
目の前の青みがかった髪を持つ40代後半の男がリーダーのスペンサーだ。その髪の色からライカール王家の係累と噂されているが、真相は定かではない。
”黒い門”は世界随一と言われる殲滅力を誇る魔法使いが集うパーティーだが、彼は珍しい事に支援魔法を最も得意とする男だった。
だが、彼の存在が支援魔法の存在意義を変えたと言わしめるほど卓越した技量を誇り、一度彼等の戦いを後ろから拝見したことがあるが、広域範囲魔法を唱える魔法職数人の支援と前衛の守護を同時に行う彼の巧みさは思わず感嘆の声が出てしまうほどだった。
彼自身も一通りの攻撃魔法は使えるが、パーティの援護に徹した時の全体の火力と防御力の底上げは、決して潤沢とはいえない人員でもウィスカのダンジョンの敵を余裕を持って殲滅し続ける事を可能にしていた。
俺の見た中では、ウィスカのダンジョンに篭もるパーティでは一番の立ち回りの巧さを持っている。彼のパーティは当然のように全員がAランクだが、彼自身は間違いなく最上位に近いAランクのはずだ。
「じゃあ、貴方達も近郊の調査を?」
「ああ、面倒な場所を割り振られたが、その甲斐はあると思う。この事態は明らかに異常だ。ファングボアの中にシャドウハウンドが争うことなく混じっていたからな。私も初めて見たときは眼を疑ったぞ。一刻も早く解決せねばならない。このままではじきに16層で粘っている連中も駆り出されるだろうよ」
私としてはお前はともかくあいつらに先を越されるのは我慢がならんから、是非ともそう願いたいがなと締めくくると俺を威嚇していたライアンとか言うおっさんを連れて仲間の下へ戻っていった。
「貴方が本当に本物の”嵐”だったのですか……」
「ギルマスからある程度は聞いていると思ったがな。どんな話をされていたんだ?」
ハクは答えなかったが、スペンサーさんほどの立場も名声もある男がこの場で虚偽を言うとは思えないと判断したのだろう。つたない暗殺者の目には先程まではなかった畏怖が強く見えていた。
だが、それも続いて入ってきた変わった風貌の男達を見たらどうでも良くなった。
俺は立ち上がって彼等を出迎える。
「アードラーさん! お戻りになりましたか!」
「おお、これはユウキ殿! かような所で出会うとは思わなんだぞ」
差し出した俺の手を握り返した獣人のアードラーさんとその配下の男達と会うのは久々だ。公式にギルドマスターが招聘したと言う”設定”になった彼等は公爵家に閉じ込められていた鬱憤を晴らすかのようにその日のうちに王都の郊外へ出てしまったからだ。それから帰還するまでずっと戻らなかった。
娘のラナが心配しないか疑問だったが、彼女が言うには獣人は自然の中のほうが安心するからむしろしばらく帰ってこないでしょうと事も無げに話していた。
事実として疲れた顔で戻る冒険者が多い中、彼等は精気に満ち満ちている。こんな顔を見たのは初めて、いや肉を食べ終えたときのもんな感じだったな。
「ユウキ殿、早速だが頼みがある、我等も森の中で様々な獲物を手にしてきたが、アレほどの物には出会えなんだ。配下の者も口には出さんが皆同じ意見でな、是非とも頼む」
「そう仰るだろうと思って既に準備を終えております。ギルド二階の特別室に向かってください。万事整えた公爵家の者が既に待機しておりますので」
「ははは、クロイスの言うとおりだ。実に人を喜ばせるのか上手いな! 有難くお受けするぞ」
会議の刻限までにまた呼ぶ事を伝えると彼等は連れ立って二階へ向かった。だが、その後姿から見える尻尾が激しく振られていたので、言葉にしなかった感情を読み取るのは容易い。
<ボクの肉が減っていくワン>
いや、お前のじゃないから。しかしどこへでも首を突っ込むなお前は。
<あれだけあった肉がついに3桁になってしまって悲しいワン>
<一日3つ消費する誰かさんが居なければもっと減りは遅かったはずだがな>
ぐぐッと尻込みする気配が何故か<念話>からも解った。この駄犬はあの馬鹿でかい肉の塊を朝昼晩と一日三つも平らげるのだ。終いにゃもう生は嫌だと言い出して全部肉を焼かせる上に味付けの要望まで出してくるアホさ加減だ。
知るか馬鹿で済む話であったはずが、レナが甘やかすもんだから付け上がり、レナに甘いソフィア達が受け入れるもんだから調子に乗る乗る。
結局、ホテルのシェフを動員して報酬を出して毎日必要分を焼いてもらっている。初めは料理人たちも嫌がるかと思っていたが、肉を礼として渡すようにしたら喜んで協力してくれた。
確かに金を払えばいくらでも買える肉ではないから解らない話ではないが、この駄犬が調子に乗る真似はそろそろ控えねばならないと硬く心に誓った。
<にく……>
「ユウキさん、難しい顔をされてますが何かありましたか?」
俺の目の前には”緋色の風”のスイレンが俺の顔を覗き込んでいた。本来なら息を呑むほど近い距離に居る美人を意識すべきなんだろうが、こちとら美人は売るほど見てきていて、もはやなんとも思わなくなってしまった。あれ、なんか損してないか俺よ。
「いや、少し考え事だ。皆はもう集まったのか?」
「はい、今日も大物を討伐しました。それもすべてあの狼さんを貸してくださったユウキさんのおかげです」
スカウト不在の彼女達にはロキの分身体を貸し与えている。本人は大変だの疲れるなどと寝惚けた事を言っているが、やらないと今日から普通の犬の餌にするぞと脅したら元気いっぱい走り出していった。
あのクソ駄犬、自分が一食金貨30枚相当の肉を食い散らかしている自覚がないんだろう。せめて俺は厳しさ担当でいかなければならない。
「そりゃよかった、これからもこき使って大いに稼ぐといい。他の冒険者は大分集まったようだな」
既にアードラーさんたちも食事をして戻っているが、あの先程以上に精気に満ち満ちた体つきは……あの肉って獣人特効でもあるのだろうか。
「はい、間もなくギルドマスターも見えられるそうです」
俺の言葉に答えたのはユウナだった。彼女は最初の頃は異国に来て間もない”緋色の風”の身の回りの世話を中心にやっていたのだが、最近は動けない俺の代わりに王都を動き回ってもらっている。かなり酷使しているので俺としては感謝しているのだが、ユウナはその都度レイアより貢献している系の言葉をはさむのでうかつに頷けないのが怖いところだ。
女の戦いは俺と関係ない場所でやって欲しいものである。
「では、揃ったようだし始めようか。まずは皆が集まってくれた事に感謝する、私はギルドマスターのドラセナードだ。隣はサブマスターのエランドと総括役のテラーズだ。皆も知ってのとおり、現在王都、いやこの国の周辺を襲っている異変は他に類を見ないものだ。この件の対応は一つ間違えれば王都のみならずこの国そのものの存亡を揺るがしかねないと私は見ている」
ドラセナードさんからの冒頭の挨拶から始まった会議は初っ端から深刻さを帯びていた。
彼は正直に今の現状、特にこの状況が続くと商人の到来がないことで起こる物資の枯渇、解決できないギルドや冒険者への風当たりを告げ、これはお前達選ばれた冒険者だけに告げる情報だとして王宮の騎士団が直に動き出す事を告げると会議室の空気が一気に冷えた。
ギルドが解決できない案件に国が動き出す。順序としては仕方ないと市井の民は思うかもしれないが、当事者としては無能の烙印を押されたも同然だ。特に王都におけるギルドの影響力、さらに言えば貴族への介入が増え、冒険者側の自由度が大幅に下がるだろう。
王都で冒険者が比較的自由にやれているのはドラセナードさんが王国の子爵家当主であることもあり、橋渡し役を勤めているからである。他にこれほど自由なのは稀人が建国に深く係わったとされるオウカ帝国くらいもので、他国では武装して王都を歩ける権利を有している国など殆どない。
多くは貴族街に入るときに検問所で武器を預けたり、精々が護身用のナイフ程度で、おおっぴらに武装しているのは権力側だけだ。そうでなければ簡単に国家転覆が狙えてしまうから当然である。
今まで許されていた事が禁止されると不自由感は一気に増す。さらに冒険者の風当たりも増すとなればよい関係を築けている王国側とも亀裂が生まれるだろう。
これが他の街ならまだマシだが、王都というのが本当にまずい。国家の中枢に影響が及ぶなら国は威信にかけて解決せねばならないからだ。
ドラセナードさんが俺をなんとしても不測の事態に備えさせたかった理由も解るし、この事態を恐れてウィスカのギルドマスタージェイクも俺を派遣する事を許したのだろう。
冒頭の挨拶で皆の気を引き締めたあと、それぞれの冒険者が報告をすることになったのだが……あれ? 資料も何もなしに報告するの? 状況わかんなくないか?
ユウナを見るが彼女は露骨に視線を逸らした。
<おい、ユウナ、何か俺に言うことあるだろ>
<申し訳ありません、お叱りはあとで存分にお受けします。ですが、ものの解らぬ俗物どもの目にはっきりと見せ付けるには最適と判断しました>
は? 会話が噛み合ってないな、彼女は何を言っているんだ? ユウナと共に現れた4人はなぜか期待に満ちた目で俺を見ている。何故だ?
「さて、今報告を”バッフェン”から聞いてもらったと思うが、皆頭に入っただろうか? 本来ならばちゃんとした報告書を皆に渡す手筈を整えるべきだが、知ってのとおり時間がない。何せ3組ほどは今さっき帰還したばかりだからな。そこでだ、その手の事に長けている人物に全体の統括を頼みたいと思うが」
ドラセナードさんの意見に誰も異論はないようだ。確かに会議室の中には帰還したばかりで装備も外していないパーティーもいくつかある。それらの意見を纏めていると多分明日、いや明後日になりかねないな。俺もさっさと解決したいのでこの決定に異論はない。
さて誰がまとめ役になるか、経験と実績でいえばスペンサーさんだが、彼なら誰も文句は出ないだろう。
「異論はないと受け取った。ではユウキ、始めてくれたまえ」
「…………は? 俺が? 何故?」
片肘をついていた俺は思わずズレ落ちたほど驚いた。流石に予想外だったからな。ここにいるのはスペンサーさん、アードラーさん含めて王都で信頼の置けるAランクたちばかりだ。彼等を差し置いて俺を選ぶ意味が……あ。
<ユウナ、お前何かしたか?>
<いえ、打診を受けただけです。私は肯定も否定もしていませんが、このギルドの愚かな無能共にユウキ様の偉大さを見せつけるよい機会ではないかと愚考します。どうかお受け願えませんでしょうか>
こいつ、従者とかいいながら主人に強要させようとしてやがる。だが、まあ彼女の言い分も分からぬではない。俺がこのギルドで受けた扱いは良いものではなかったし、ユウナがそれに怒りを感じでいたのは知っている。
俺は彼等に対して興味がないのでどう思われようが知った事ではないが、俺が低く見られると俺の従者であるユウナはもっと低く見られるのだ。
訂正すべき事は正さねばならないかもしれん。
それに俺もこの件の詳細な情報は知りたい。会議を統括できれば情報の取捨選択は思いのままだ。
しかたない、ギルマスの思惑に乗ってやるか。
「ったく。後で文句は聞きませんよ」
「心配はしていないよ、あの夜の様子を見れば君がその手の事に慣れているであろう事は予測できる」
ああ、そういえばゴミ掃除の日に同行してたっけ。そこである程度の能力評価はされてたのか。
まあいいや。
俺は立ち上がると壇上に立った。多くの冒険者達の試すような視線を感じるが、知った事か。
「ギルマスの指名を受けた冒険者ユウキだ。不平不満のある奴は書面にして会議終了後にギルマスに直接伝えてくれ。俺の知ったことじゃない」
俺の煽りに反応は二つに割れた。生意気なガキと思った組と面白いじゃないかと楽しんだ組だ。どっちがマシかはさておくとして、本題に入ろう。
「今報告してくれた”バッフェン”だが、皆の頭に「いつどこで何がどの規模で行われたか」を正確に把握できている奴はいるか? ちなみに俺は無理だった」
俺の質問に答える奴は居ない。まあそうだろう、間違いなくギルドの怠慢だが、これは多分込みだ。総括役のテラーズはそこまで馬鹿じゃない。となれば馬鹿のフリをしている。
俺の能力を測るためだな、面倒くせぇ。ギルマスも演出過剰が過ぎる。
「テラーズさん。用意しているんでしょう?」
おれが分かってますよ、といかにもな笑みを浮かべると苦笑と共に彼は大きな木版を引っ張り出してきた。ご丁寧にまっさらな木目が綺麗な木版だ。もう、仕方ねえな。
<ちょっと嫌味が過ぎるかな。ユウの事をアピールしたいんじゃないの>
<迷惑だぜ。だがここでの情報は俺も欲しいし、最近は暇だったからな。これくらいは働いてやるさ>
「少し待て。すぐに終わる」
俺はご丁寧に用意された黒墨をつかって描き始める。俺の意図に気づいた冒険者たちは揃って息を飲んだ。その反応も分かるが、この場合これがないと不便極まるし、皆も理解が追いつかないだろう。
すぐに書き上げた”最重要軍事機密”を手で示すと俺はもう一度先程報告してくれた冒険者に重要箇所を報告してもらう。そして起こった事実を書き込んでゆく。
「一応見て納得したら記憶から消してくれ。俺も国から睨まれたくはないんでな」
俺の言葉に皆が頷く。そこまで詳細な地図ではないので移動する事の多い冒険者ならガタガタ言わないだろうが、地図は本当に軍事機密なんで、普通の市民が持っていたら間者と疑われて処刑されても文句は言えないほどだ。水辺や街道の詳細もないぼやけたものだが、それでもこれを残したら王国からしょっ引かれる危険なシロモノだ。だがこれがないと絶対に全体像は理解できない。
多分テラーズは自分で虎の尾を踏みたくなくて用意しなかったのだ。ギルドでそれなりの地位にある彼がやる冒険にしては危険すぎる。だが、これは高くつくからな。
視線でそう訴えると彼は青白い顔をさらに白くした。
「さて、報告を続けてくれ。そうだな、右端から順に頼む。それぞれ日時、場所、遭遇したモンスター、感じた異変、解体時の感想など所見を含めてくれ。精査はこっちでやるから正しさは気にするな」
「”アンバー”のシュルツだ。俺らが遭遇したのは5日前、森の東の泉のあるあたり、そう、そこだな。そこでブラックタイガー三匹と遭遇した。変な奴等だった。獰猛なはずのブラックタイガーが様子見を決め込んだ。倒す事は倒せたが、こっちも手傷を負った。奴らは最後まで戦ったからだ。本能に従えば危機を感じた時点で逃げを打つはずの野生のモンスターがだ。三体はギルドに回して解体してもらったから、そこからはそっちの方が詳しいだろう」
「了解した。次は……」
「”緋色の風”のスイレンです。私たちはこの国ではなく、オウカ帝国の南西部、この国ではなんといったかしら、あの台地のあたり……そう、リスイ台地でカースド・モンスターに遭遇しました」
「カースド・モンスターだと!? ケタ違いに凶悪な敵じゃねぇか!!」
報告の途中だがとんでもない敵の出現に周囲の冒険者達から困惑の声が上がる。
「姿形は獅子のような大型の魔獣でした。前衛が触れたら呪いを受けましたので間違いありません。大聖堂の神官様でも治せない強力なものでした。私は真っ先に戦闘不能にさせられましたので詳細は分かりませんが、撃退しか出来なかったと聞いています」
「あんたらの情報はあったが詳細が聞こえない理由が分かったぜ。伏せられていたんだな」
「はい、そういうことになります。そしてつい先日も王都のすぐ近くで猟犬型のカースド・モンスターの襲撃を受けています」
スイレンの言葉に冒険者たちは総毛立った。
「この女、何をとんでもないことを口走りやがった! 目と鼻の先にカースド・モンスターがいるだと? 今すぐ討伐隊を組まないととんでもないことになるぞ!」
「落ち着け。これがその現物だ」
ドラセナードさんがマジックバックから一匹取り出すと全ての冒険者が身を乗り出すように集まってきた。切り傷があるからバーニィが倒した奴だな。ちなみに討伐そのものは彼女達の手柄にはなったが、詳細は流石に露見した。”緋色の風”は誰一人として剣を持っていないのに切り傷が致命傷の敵を持って言ったらそりゃばれるわな。そこまで考えてなかった。
ギルド職員もどうせあんたがやったんだろ的な視線を向けてくるので彼女達もちゃんと倒した事も事実として受け入れてもらうのに時間がかかった。
カースド・モンスターは近接攻撃すると確実に呪いを受けるので忌み嫌われている厄介なモンスターらしい。北大陸の奥地に僅かに生息するとされるこいつが何故こんな南大陸の南端に現れるのか興味は尽きない。
「実物は初めて見たぜ……」
「外皮が黒く変色してやがる……これが逆に呪いを弾くっていうんだろ。くそ、俺達だって遭遇さえすりゃこれくらいはよ」
「全部で7匹現れた。群れた猟犬7匹を相手取れるなら好きにするがいい。全部良い状態で運び込まれた3日前はギルドが大騒ぎになったよ」
「全て彼の手柄です。私たちは背後の憂いなく目の前の一匹に集中できましたから」
スイレンは俺に話を向けるが、俺は収集した情報を書き込むのに忙しい。
だが、これで冒険者達が集めた遭遇例、しめて18件が出揃った。
しかしこれは……。
「で、これからどうするんだい、議長さんよ? 皆で意見を出し合って考えましょうってか?」
さっきのライアンとか言う冒険者(ちゃんとA級)が挑発的に物言いをつけ、ユウナが隠さず殺気を放つが目線で抑えた。
馬鹿の言葉は今は無視だ。俺は統括のテラーズを見ると彼もやはり同意見のようだ。
「図にすれば分かりやすいが、見ての通り王都から北側全域で目撃例が分布している」
俺は集中している辺りを円で囲む。その円は王都から北側、他国にまたがっている。
「北方にあるグラとオウカ、さらにライカールのギルドにも問い合わせたが、向こうでも同じような状況らしい。向こうは王都に直撃していない分、そこまで深刻ではないそうだがな」
「続いてギルドからの情報だ。テラーズさん、頼みます」
立ち上がった彼から解体の結果が報告された。俺がかつてウィスカの灰色熊で確認したように解体したモンスターの胃には内容物がほとんどなかったそうだ。
これには職業上、モンスターの生態に嫌でも詳しくなる冒険者達も困惑した。モンスターに限らず、動物は常に何かを口にしているものだ。特に大型の動物は命を維持するためにもその体に見合った食物を必要とする。それがないとなると飢えて痩せ衰えているいるはずで、攻撃性も増しているはずだがその傾向は見られない。さらには捕食者と被捕食者が一緒に行動している姿も目撃されている。
「つまりだ、何もかも不可解。自然の摂理に反しているということだ」
「おいおい、ユウキさんよ、そんな誰でも解る事をいちいち説明されなくてもよ」
「じゃあライアン君。聡明な君なら俺が次に何を言おうとしているか当然解るよな? いちいち説明しなくても解るんだからよ」
「そ、そりゃあまあ。何も解らないって事はよ……」
馬鹿で遊ぶのはこれくらいにするか。これ以上関わっても得はない。
「自然の摂理に反しているんだ。となれば必然、人為的なものだろう。それしか考えられない」
自分の言葉を完全に無視されたライアン君の顔が怒りに歪んだが、もうどうでもいい事だ。
俺の隣でテラーズが頷いた。やはりギルドもその結論に達していたが、その顔は冴えない。
それがどういう意味なのか解っているからだ。
「これほど大規模な事を人為的にやれるのは間違いなく大組織だ。個人じゃ不可能だ」
俺の断定に、冒険者達の顔が強張る。そりゃそうだ、ここからは敵組織との戦争になる可能性が高い。
戦争というと大袈裟だが、最悪の想定はしておくべきだ。意外とショボい敵かもしれんが、こんな大掛かりな事をやれる連中が小規模とは考えにくい。単独じゃなく複数の敵が合同という可能性も勿論あるが、ここで詰める話でもない。
そして冒険者はそういった揉め事に介入するのに及び腰だ。元々国に属さずやっているというのもあるし、縛られるのを嫌がる気風もある。
だが、状況から察してまず第一の標的は冒険者だ。遭遇率が高く、戦闘になるのは王国の騎士ではなく冒険者だからな。これを国に報告して向こうに丸投げでもいいが、その場合は間違いなく王国はギルドを見限るだろう。
有事に手を取り合って血を流せない同居する武装組織など存在させる価値がないからだ。
「となると、我々が何をなすべきか、そこが問題だな」
黙って話を聞いていたドラセナードさんが口を出した。その声は会議場全体に響き、全ての冒険者の耳に届いた。
沈黙が支配する中、俺は口を開く。
「まずは怪しい場所だ。皆が探索した中で行けてない場所、気になった場所はあるか? 俺はこの辺の土地勘が全くないから戦力外な」
「そりゃまずは”深遠の淵”だろ。あそこは王家の直轄区域だ。俺らにゃ近づけない」
冒険者の一人が発言すると、同意の声が上がる。王家なら貴族に聞けばいいとドラセナードさんを見れば彼は頷いた。立ち上がるととある場所に書き込みをする。
「伝承によれば古い遺跡があるらしいが、私も見たことはない。王宮に確認させよう」
俺の<マップ>にその”深遠の淵”やらが更新された。確かに位置的にもいかにもそれっぽいな。第一候補と見ていいだろう。
「まずはその調査ですね。可及的速やかに送り込みたいです」
「おいおい、今更調査かよ。もう充分に調べたろ。許可を得たら殴りこんだほうがいいんじゃないか?」
冒険者の一人が声をあげ、同意の声が場を支配するが俺は首を振った。
「解らない事が多すぎる。せめて敵の意図、規模がわからんと対応が出来ない。もし仮に大量に戦力を押し込んでその怪しい場所を制圧できてもその隙に王都を直撃されたら意味がない。相手は不可思議な方法でモンスターを分布させている。本当は俺も急ぎたいんだ。相手に時間を与えることになるからだが、まずは順序が大事だ。皆が行った調査の段階で向こうがこちらの意図を読んで迎え撃つ準備を整えているかもしれんぞ。そのためにもまずは迅速に調査に向かうべきだ」
「そ、それは……」
「ギルドマスター、もう馬鹿の振りはしなくていいですよ。全部話してください。どこまで話は進んでいるんです?」
俺はどうせ全て準備を整えているであろうギルドマスターに問いかけた。でなければ昨日の内にある程度の情報を得ていた彼が、大事になるのを予測した上で俺を引っ張り出して試す理由がない。
「やれやれ。そこまで悪意はないんだかね。王家と話は済んでいる。調査隊の隊長はスペンサーにお願いしているよ。経験と見識の高さからして彼以外はいないだろう」
「王宮や騎士団も積極的に巻き込んでください。貴方が完全に掌握しているどちらかの人材を隊長に据えます。標的はギルドよりも王都そのものと認識させて危機意識と当事者意識を持たせます。特に貴族と騎士団は商人から突き上げを食らっているはず。無策で手をこまねいているわけではないという格好の証明になるから簡単に乗ってきますし、いざとなれば責任を押し付けられます」
「いいね、他には」
「王都の全ギルドにも協力を要請します。王都の危機になにも貢献しない気かと脅せば嫌でも協力するでしょう。仲間はずれにすると責任を追及されますし、多くを巻き込めば巻き込むほど最終的に責任をうやむやに出来ます。それぞれ負担させればかかる費用も抑えられますし」
「よろしい。それでいこうか」
なにがよろしい、だ。全て計画通りだろうに。このエルフはこの見かけで数十年生きているのだ、今の貴族など洟垂れの頃から知っているはずだ。であればどんな威厳のある年寄りでも子ども扱いのはず。この程度の工作など朝飯前だろう。
「では計画を修正する。ここに集まった皆は通常通りに依頼をこなしてくれ。あんたらが慌てていたら一般人に不安が広まるからな。普通どおりに飯食って酒飲んで騒いでくれ。それが皆を一番安心させる」
ただし、王都の郊外に出て現れるモンスターは退治を続けてもらう。”緋色の風”に言わせるとこの辺りでは見ないモンスターばかりなのでかなり良い稼ぎになるらしいから、不満はないだろう。
「調査隊は一刻も早く現地に到着し、詳細な調査を進めてくれ。その報告を以って次善策を練るが、何があってもまず間違いなく攻め込んで制圧するだろう。皆には参加してもらう予定だから心しておいてくれ」
皆の顔に異存がない事を確認した俺は締めの言葉を……。
「納得いかねえ! 俺はお前のようなガキに指図されるのは納得いかねえぞ!」
楽しんで頂ければ幸いです。
次は冒険者ギルドでのお約束回です。
それでは日曜にお会いできる事を祈っております。