冒険者ギルド 3
お待たせしております。
調合室は二階だったので階下に降りた俺は”緋色の風”の四人がまだギルド内に居ることを確認する。
ただでさえ災難続きの彼女達なので変な面倒事にこれ以上巻き込むのはさすがに気が引けたからだ。
しっかりとついてくるギルドの監視役のハクにもう上がると伝えると、欠片も心のこもっていないお疲れ様でしたとの返事をもらう。
ギルド内で他の案件をこなしていたユウナが俺に付き従おうとするが、彼女もこの異常に気づいているのであの四人についているように頼んだ。
ギルドの外に出ると、視界の端に数人の男たちが屯している。顔なんざ覚えていないが<マップ>で確認したから少し前に”緋色の風”に絡んでいた男たちで間違いない。
内心でため息をつきつつもそいつらに近付くと身構える男たちに告げた。
「お前ら、いくらで雇われた?」
「な、何を言って」
「これからまたあの女達に突っ掛かるようにさっき依頼を受けたんだろ? いくらだった?」
無言なので仕方なく一人の胸ぐらを掴むと、先程の恐怖が思い出されたのか、簡単に喋りだした。
「ひ、ひとり銀貨5枚だ」
なんだその端金は、舐めてんのか。
「安っすい仕事を受けやがって。おら、散った散った! もうお前らの仕事は終わったんだよ」
「さっきから何言ってやがる。俺達はあの女どもに男の怖さってやつを……」
「3度目はない。金もって消えろ」
遠慮なしの<威圧>を受けて、どうみてもランクの低そうな男どもは蜘蛛の子散らすように逃げていった。さっさと消えれば良いものを、本当にうざったい野郎共だ。
そして何より面倒な相手を見据えた。その男は近くの路地で身を隠すようにさりげなく立っていてこちらを見ていない。
<あいつで間違いないね。<マップ>で見てたけど、さっきから全く動いていないし>
相棒と同意見の俺は遠慮なくズカズカと歩み寄ると、狼狽える男の目の前に拳を突きだした。
「人のケツを何度もうろちょろしやがって。終いにゃ女使って俺を誘きだそうとしやがったな?」
「な、何の事だ?俺はただ人待ちを……」
「無視しても良かったが、もう面倒臭え、てめえらの親玉の所に案内しろ。ケリをつけてやる」
「お、おい、人の話を」
「全身の骨を折られてゴミのようにあの店に放り込まれたいか、最低限の仕事をして溜まり場に帰るか、選ばせてやる」
そう凄むと男は黙って考えたあと、付いてこいと小声で告げて歩き出した。
どうせこの連中の用件も解ってたから敢えて無視を決め込んでいたのだが、俺の周りに被害が及ぶなら看過できん。必要なら叩き潰す事も視野にいれよう。
先を歩く男についていくまま歩くが、想像通り港湾地区に向かっているようだ。ここに来たのはあのシルヴィアが行方をくらませたということで怪しげな倉庫街に出向いたとき以来だ。
その時に仕事中のユウナと出会った事を思い出す。あの頃はまだ敵意丸出しで楽しかったな、今じゃ俺の言葉全てを肯定する機械みたいになっちまったけど。
結局それからグレンデルの件へと事態は拡大したんだが、今となっては懐かしい話だ。
今日はその倉庫までは行かなかった。あそこはかなり奥地で倉庫以外何もないからな。俺たちが足を向けたのはまだ王都に近い位置にある大きな酒場だった。明らかに港湾労働者を主に商売の種としている立地であり、事実まだ明るいこんな時間だというのに酒場の中はむくつけき男達で盛況だった。
いや、違うな、こりゃ動員したな、まだ日も高いのに仕事もせずご苦労なこって。
<うーん、むさ苦しいなあ>
<見事に野郎しかいないな。荒事に備えて綺麗どころは避難させたかね>
相棒には帰ってもらっても良かったのだが、当の本人は俺の懐で実にワクワクしている。こりゃあ何言っても聞かないな。
多くの人間がいた酒場は俺の登場により静まり返り、ひりつくような緊張感が場を支配した。先を行く男に黙ってついていく間、俺は四方から値踏みするような視線を受けることになった。だが、攻撃的な空気はない、むしろ俺を恐れているような感じさえ受ける。
大の男が揃いも揃って見た目が少年の俺を畏怖の眼で見ているのだ。ああ、あの夜にいた口か。
「この先だ」
階段を上った先にある奥まった上席には二人の男が大きな卓を囲んでおり、その周囲には二人を守るように男達が座っていた。
「大将、客人をお連れしました」
「おう、ご苦労だった。下がっていいぞ」
手下の言葉に答えたのは二人の男のうち、大柄で筋肉質の禿頭の男だった。だがその割れ鐘のような声は隠しきれない緊張が見て取れた。
「お客人、よく来てくれた。だが、まずは謝罪させてくれ、あの馬鹿がどんな手を使ってあんたをここへ連れて来たか聞いてないか、どうせろくでもない手段だろう。あのウスノロがあんたほどの男を素直に連れてこれるとは思えないからな」
「まあ、その通りだな。ちょっとした縁で知り合った女達を浚おうとしていたんでな。面倒だが出向いてやったわけさ」
「そいつは……すまなかった。あのクズは今すぐカタにはめさせる。だが、ここに来てくれたということは俺らの話を聞いてくれると解釈していいんだよな」
「あんた達をここで潰した方が早い気はするが……今の所はまだ敵と決まったわけじゃないからな」
俺の物騒な言葉に周囲の男達が反応するが、首領らしき男がそれを手で制すると、自分達の卓に俺を招いた。
「まあ座ってくれや。こちとら聞いて欲しい話が積もるほどあるんだ」
俺が勧められた椅子に腰掛けると視界の端の男が動き出し、階下の誰かに指示を出した、すぐさま卓の上に豪勢な料理が並ぶ。この世界では上等な酒(如月が口にしたら卒倒しそうなほど低級だが)も現れた。
卓の上を見る限り、あちらなりに俺を歓待する気はあるようだ。かなり金が掛かっていると判断できる。
ここで出されたものに手をつけないと言うのは相手の心尽くしに唾を吐く行為だ。俺は既に<状態異常無効>があるので毒物は怖くないから遠慮なく口に運んだ。
見た目でわかったが、この料理はおそらくリノアの店で作られたものだな、食材がダンジョン産のものだからだ。恐らく注文して届けてもらったのだろうが、こんなことで俺との繋がりが、という話でなく敢えて選んだと見るべきだろう。
「しかし、手をつけるのだな。もっと慎重かと思ったが」
言葉を発したのはもう一人の男、冴えない風貌の40台の男だ。だが、この見た目に反して相当の胆力があることは調べがついている。でなければあれほどの武勇伝は残せない。唯一にして最大の欠点は息子に甘すぎることくらいだ。
「そっちが俺に毒を盛る理由がない。むしろそのほうが面倒なはずだし、これも誠意って奴だろう」
最近は意識して食べ物を多く取るようにしている。なにしろ僅かだが身長が伸びたのだ。今の背丈に満足していないので、もっと体を大きくしたいからな。
「ふむ。やはり一筋縄ではいかん相手だな」
あんたほどじゃないと内心で突っ込んだ。どの道毒があってもスキルで無効化されるしな。
大男がゴブレットに酒を注ぎながら俺のほうに差し出した。
「まずは自己紹介からさせてもらおう。俺はイーガル、知ってるとは思うが”ジラント”で頭を張らせてもらってる。こっちは……」
「私はボストン。バイコーンの責任者だ。先日は愚息が世話になったようだな、感謝している。俺達は賄賂を渡していないから警邏とは相性が悪いのでな。あの場でとりなしてくれていなければ数人はまだ檻の中だったろう」
俺はしばし沈黙する。この流れだと俺も口を開かないとダメか。
「名乗るほどの者じゃないが、冒険者のユウキだ。肩書きは特にないからそれ以上言えることはないぞ」
「ブラック・ロッドの代表、とは名乗らないんだな。情報どおりか」
「なんだその名前、あいつらそんな呼ばれ方なのか?」
自称でもしない限り呼び名など相手が勝手につけるものだが、ブラック・ロッドなる名称は初耳である。
「あんたが名付けないからあいつらも困ってるって話だぜ。こっちも呼びづらくてかなわねえ。そんな時あの夜に暴れてたあんたらの得物から取られた言葉だ。わかりやすいだろ?」
ああ、もしかしてあの夜に配った鉄棒か? 確かに解りやすいけど……どこから取られるかわかったもんじゃないな。
「確かにそうだな。そこまで知ってるなら俺に何の用だ? 望みの答えが得られるとは思っていないだろう?」
「確かに組織の運営には全く関与してねえとは聞いてるさ。だが、あんたの言葉なら誰もが異を挟まず黙って従うともな」
だから敢えて俺を狙い撃ちで話をしたいのだろうし、俺はそれが面倒なんで徹底的に無視してきたんだが。
「俺達は総勢158人、全て兵隊になれる男ばかりだ。ボストンの旦那の所も……」
「ウチは109人だ。半端モンを入れればジラードと同数はいくが、それは勘定外だ」
「と、聞いての通り、なかなかの陣容だろう。俺達は大筋であんたらと合流したいんだが、これだけの人数だ。解るだろう?」
「ああ、よく解るつもりだ。だが、断る。俺はあいつらに何か要求するつもりもされるつもりもない。それくらい知ってるだろう?」
前に小耳に挟んだのだが、仲間に入れる時はどんな名の通った奴でも一兵卒からはじめるそうだ。ウロボロスは途中から得体の知れないよそ者が幹部待遇で入ってきて随分悔しい思いをしたといっていた。
「それはザインの野郎にもゾンダの親爺さんにも聞いてるさ。だが、はいそうですかと納得するわけにもいかねえんだっての。俺達は今までウロボロスにもウカノカにも伍してやって来た。それが丸ごといきなり新しくできた組織の風下に立つとありゃあ俺らの下も黙っちゃいねえのよ」
「お宅らも同じ意見か?」
「ああ、その通りだ。俺達はあんたの口利きで仲間入りしたことにしたい。必要以上に自分を安売りしたくはないのでな」
ふむ、俺は腕を組んで考え込んだ。話の内容自体は前に聞き及んでいたので驚きはないが、当の本人たちと会って話してみて、かねてから不思議に思っていたことを尋ねてみた。
「なあ、逆に聞きたいんだが、今あんたら二つの組織を合わせると単純に250人、今のあいつらは頑張っても120行くかどうかだ。頭数で勝っているんだ。なんで真正面から喧嘩しないんだ? 今全員で殴り込めば多分勝てるぞ」
俺の言葉に二人は首を振った。
「おいおい、本気かよ。あんたが作った組織じゃないのか?」
「別に作った訳じゃない。あのクズ共を掃除する時に全部まとめて始末すると後々大変そうなのは解ってたんだ。だがら見所のある奴とその一党は残した、それだけさ」
「話が逸れるが、一度聞いてみたかったのだ。何故あんたはあの二つの組織を潰したんだ? 俺の調べではあんたはこれまで王都に殆ど来た事もなかったそうじゃないか。それがいきなりやってきて総勢500人に達する組織を一夜で消した。俺らは驚きと共に喜んだが、あんたに何の得があったんだ?」
深く思案した顔のボストンがいくら考えてもわからないと続けた。
そんな大した理由じゃないんだが。
「別にあんたが気に入る理由はないぞ。誰だって目障りな虫が目の前を飛んでいたら追い払うだろう? それにその虫は厄介な毒をばら撒いてやがった。こりゃ即座に潰さないと大変だと思えば丁度その日に巣穴に大勢集まるって言うじゃないか。そりゃ叩くしかないだろ」
「”常闇”の一家まで使ってか? あそこはヤバ過ぎて誰も手を出さない聖域だったのによく抱きこめたな」
ああ、リノアの一家はそういう名前だったな。今じゃ大人気の飯屋をやっている印象しかない。
「少し前に揉めてな。話をすれば意外とわかる相手だったよ」
俺の言葉に周囲が凍りついた。そんな変な事言ったかな。
「冗談だろ!? あの”縛死”のミリアだぞ!? 伝説の住人とやりあったのかよ!」
「いや、確かにあの夜にミリアがいた。御大の下にいたとき会ったことがあるから間違いないが、一目見た瞬間に臓腑を掴まれた気分になった。あの妖気、衰えるどころか増しているぞ」
「シロマサの御大とは古い仲だと死んだ親父に聞いたことがあるが、マジだったのか……」
「その話はいいだろ、もう済んだ事だ。それよりイーガルさんよ、あんたに聞きたい。あのヤバい薬は港経由で入ってきてるみたいだが、対策はしてるよな?」
「あ、ああ。ザインの野郎に情報を貰ってから新大陸経由の船は俺らでも監視をしている。なあ、その件なんだが……」
「中毒者がいるなら瑞宝に話をつけろ。”お優しい”治癒師ギルドが無料で治療してくれるぞ」
「全く、あの守銭奴どものデカい弱味を握ったようだな。だが、ありがたく相談させてもらう。ウチでも罹患した者は多いのだ」
「俺の勘じゃ新大陸から入って来ても、実際にこっちに流しているのは別口だがな」
「そこまで理解しているなら話は早い。奴らのアジトに証拠はなかったのか?」
俺の言葉にボストンが声を潜めた。彼も大本がウロボロスやウカノカの大元の組織、いや国家が背後にいることは薄々気付いていたのだろう。
「そこはゼギアスに聞いてくれ。奴が中心になって探ってるんだ。だが、今となっては早まった真似をしたと思ってる。もう少し情報を持った奴を生かしてありったけ吐かせておくべきだった」
全員が激情に駆られてゴミ掃除に精を出しすぎたせいで、見落としが多すぎた。もしかすると今も日の目を見ない悪事があるかもしれないのだ。
「あの倉庫街の一件もそうだが、地元の我等が不甲斐なさ過ぎた。余所者に縄張りを食い荒らされ、好き勝手にやられすぎた。愚息が迷惑をかけた件も我等の近くで起きたが、事が露見するまで何も気付かなかった」
「だがよ、ボストンの旦那、場所が貴族街だろう? 俺達に出来ることはねえよ」
「それでも指を咥えて見ているだけと言うのは恥だぞ、イーガル。それを聞いて私は王都の組織は一つに纏まらねばならんと強く意識したのだ」
「話を遮るようだが、あの一件は地下に犠牲者が大勢いた。近く盛大に見送ってやるつもりなんだが、誰一人身元が解らない。もし知り合いに行方不明者がいたら万物神殿に行ってくれ。あそこに安置されている」
俺の言葉にボストンが眼を見開いた。イーガルも心当たりがあるようで部下に話をしている。
「今度の神殿総出の行事はあんたの仕切りだったか! 礼を言う、困窮する神殿の支援も我等の仕事だったのだが、久々の明るい知らせだった」
頭を下げてくるボストンを半眼で見やったイーガルが呆れた声を出した。
「なあ、今までの話を聞いてるとよ、どう見てもあんたが頭だぞ。他の誰にも務まらねえだろ、これ」
「そうでもないさ。器量があれば後は慣れだよ。倉庫のときも一件も俺が大まかな話をすれば後は勝手に進んだからな。俺が居なくても回るはずだ」
「どうかな? 少なくともあの五人はあんたに絶対の忠誠を誓っているぞ。こちらがどんな話をしても、あんたに掛け合って許可を取らんと解らんの一点張りだ」
「別に構いはしないさ。好きに喧嘩でもなんでもすればいい、それがあんたらの流儀だろ。ああ、だが全く関係ない市井の民や働いている女達にかすり傷一つ負わせたら地獄の底まで追い込むけどな」
俺は顔は笑っていたが、目だけは殺意を迸らせた。それに気づかない程鈍い奴はここにはいなかった。
周囲の空気が一気に張り詰めたものになるが、そこはイーガルが場を読んでおどけた声を出した。
「そりゃいくらなんでも大義がない。何を甘い事を言ってると余所者には思われるだろうが、この王都で男稼業を張るにはそういうモンが要るのさ。なにしろシロマサの御大がそういう人だったし、第一に街の衆が俺達を認めねえよ」
「だから汚い手を平然と使う余所者のウロボロスとウカノカにいいように食われてた側面もあるが。だからこそ俺達は一枚岩にならなきゃ駄目だという話が力を持つのさ」
その言葉に俺は周囲に視線をやった。二人の教育が行き届いているのか、表情一つ変えることのない男たちがそこにいる。だが、その眼は何かを訴えている。
「ご高説は立派だが、下は納得しているのか? 今まで一本独鈷で気を張ってやってきたあんたらがいきなり合流じゃ誰だっていい気分じゃないだろうに。そこの所の意思の確認は?」
何を馬鹿な事を、という表情をする二人に何か言葉を発する前に、背後の気配が動いた。
「おいクソ餓鬼、黙って聞いてりゃ大将たちに随分と舐めた口を利くじゃねえか! 俺達はな、大将が行けと言ったらどこまでも行くし、白い物も黒くなるんだ。賢しらなこと言ってんじゃねえぞ!」
知能指数の低そうな筋肉男がそのまま俺の胸倉を掴もうとしたので、そのままその腕を握りつぶした。いや、潰してはいないが骨の砕ける嫌な音が酒場に響いた。
「い、いぎゃあああああああ!!!!」
「いきなり三下が出てきて話に割り込むんじゃねえよ。だが、端的な証明になったな。少なくとも本心から納得している奴は少なそうじゃないか。どんな方法にせよこのまま合流じゃ遠からず内部崩壊が見えてるぞ」
「それは、わかってはいるんだが、今を逃せばあんたらはもっと大きくなるだろう。そん時に仲間にしてくれったって居場所なんか残ってるものかよ」
「それこそ力ずくで地位を奪い取ればいい話じゃないか。元々あんた二人とそこらにいる幹部連中は黙ってたって実力で上に上がれるような面子だろう? ザイン達だって自分達の手が足りないのはわかってんだ。普通に歓迎すると思うがな。それにあいつら頭に立つ気がないから意外と天辺とれるかもしれんし」
「あんたがいる限りそれは無理だろうさ。あの頭の固いゾンダの親爺さんまであんたに心酔してるんだ。それに今の状態だってあんたが後ろで見てるからあいつらも自由にやれてる面もあるだろう」
「そんなもんかね。知ってるだろうが、俺はやつらの頭にはなれない。自分の抱えてる面倒だけで手一杯だ。だから必要以上に関わらないし、関われない。だが、あんたらの話は彼等にしておいてやるよ。とにかく顔付き合わせて話し合うんだな、互いに腹に一物ある今のままじゃ一緒になっても揉めるだけだぞ」
このイーガル達はザインの下に、その下っ端はザイン達の手下の更に下なることを本心では嫌がっているし、この調子じゃザインたちも自分達の勢力より大きい彼等が入ってくることで飲み込まれるのではないかと不安に思う下の奴等もいるに違いない。
そこらを話し合う必要が絶対にあるだろう。
だが、お互いに同じ未来を見ているのは理解しているのだから血を見るような事態にはならないと思うが……感情の問題だからどう転ぶかな。
「つーか、うるせえな。大の男が腕が砕かれたくらいでギャーギャー喚くんじゃねえよ」
未だに背後で腕を押さえてのたうち回っている大男に向かってさっき作った口の開いたポーションを投げつける。
「う、あ、あれ、痛みが消えた!?」
俺は用意された食事を平らげると金貨を一枚卓の上に置いた。
「そっちの話はそれだけだな。話し合いの件は今日中に全員に通しておく。あとはそっちで詰めてくれよ、俺をこれ以上巻き込むなよな」
そう言い捨てると十重二十重に俺を囲んでいた男たちが俺の視線に次々と道を開ける。
<おお、これがモーセの気分ってやつね!>
相方が俺の懐で得意気に何か言っている。さっきまで人見知り全開で縮こまっていたとは思えない態度だ。もーせって何だ?
そのまま構成員で満席だった店を出る。むさ苦しい空間から解放されて空気が美味い。
俺の懐から外に出たリリィがひらひら舞いながら聞いてきた。
<それにしてもあんなに煽って良かったの? 攻め込めばいいとかさ、一応ユウが眼をかけてきた人たちじゃん?>
<ん、ああそれか。前にザインも言ってたんだが、喧嘩の弱い裏稼業に存在する意味がないからな。世の中は弱肉強食だし、あの世界は冒険者と同じかそれ以上に徹底されてる。弱いなら喰われて当然だし、あいつらもそれを理解してるだろ>
ザイン等のかつての窮状がそれを如実に表している。力がなかったからこそ敵に吸収され、身内を人質に取られて意に沿わぬ仕事を強要されていたのだ。
あいつら自身もそれを繰り返すつもりはないはずだ。
それになにより、”おてて繋いでみんな仲良く”なんて夢物語を語るほど青くはない。異論は大いに認めるが、人間を動かすのは金と欲望、それにほんの僅かな矜持、それに尽きる。
そのどれが欠けても組織足り得ないと俺は思っている
どんな世界でも生き残りたければ強くなるしかないのだ。
<そんなもんかね、私にはよくわかんない>
<所詮”やせ我慢でなんぼ”の世界だからな。相棒には似合わないよ>
<それって、私が能天気だって言いたいの?>
<まさか、天真爛漫で俺も一緒にいて心が安らぐって話だよ>
ほんとにぃ? と、こちらを見つめるリリィに笑い返すと、俺のすぐそばに目立たないように小走りで駆け寄る男がいた。
彼等はブラック・ロッド(俺もそう呼ぼう、いつまでもあいつらじゃあれだしな)の即応部隊だ。俺は要らないと言ったんだが、毎日数人が必ず俺の周囲に張り付いている。
面倒な事だと初めは思ったが、彼らの仕事は俺が起こす面倒事を話が大きくなる前に収める事だと聞いて止める気はなくなった。
まったく、あいつらは人の事を騒動製造機か何かだと思っているな……微妙に否定しづらいが。
「頭、何か幹部の皆様に伝言等は御座いますか? 一応あの酒場にいつでも突撃かける手筈は整っていますが」
「要らん。向こうの相談を聞いただけだ。むしろあちらから持ち込まれた話を全員で話し合うように伝えれくれ」
「了解しました。伝えます」
間違いなくスカウトの技量を持ち合わせているであろう今日の当番の男はさりげなく離れていって人混みに消えた。
あいつはゼキアスの配下だが、なかなか出来る奴だな。ゼキアスもよい部下を抱えているようだ。
その後に行われた話し合いでの結論を聞いた俺は驚きを通り越して呆れ返ったが、それはまた別の話だ。俺は無関係だと言い切りたいが、まだなんだかんだと馬鹿騒ぎに係わる羽目になる。
「さて、お腹もすいたことだし、なにか食べて帰ろうよ」
日が暮れるにはまだ早いが、たまには早くホテルに戻るかと思い、その帰り道の最中に相棒がそんな事を言い出した。
「へ? 俺さっきまであそこで食べてたの知ってるよな?」
「それはユウだけじゃん! わたし食べてないもん! お腹すいたの!」
この場合のなにか食べる、とは甘味を指すのは言うまでもない。最高意思決定者の言葉に異論はないが、どこで食べるかとなるとなかなか難しい。
前にも少し触れたがこの世界の甘味は絶望的に種類が少ない。果実などが代表的になるのだが……<気分じゃないからパス。甘いお菓子が食べたいの>そうですかわかりました。
庶民は冗談抜きでかすかに甘みを感じられる花の蜜やら甘いかな? と自分を騙せる程度の樹の皮を噛んで甘みを楽しんでいる状況だ。
蜂蜜は王国貴族でもなければ手が出せない代物だし、前にホテルの厨房で見る機会のあった砂糖は茶色がかって妙なえぐみがあった。あれで甘い菓子を作るのはかなりの苦労があると思われる。
本当に多趣味で博識な如月は製糖が甘いんじゃないかなと呟き、その横で話を聞いていたセリカが何をどうすればいいのか質問攻めにしていた。このままだといずれ製糖にも手を出しそうな勢いだった。
雪音の<アイテムクリエイト>で真っ白い砂糖を作り出すことに成功していて、玲二が色々な甘味を作ってくれてはいるが、それはあくまで身内だけの話だ。
今の相棒は外で気分を変えて甘味を楽しみたいと仰せだ。
とはいえ現状では相棒が満足する甘味を出す場所は非常に限られている。一番の候補は逗留するホテルのラウンジだが、それも駄目だった。
<美味しいけど流石に飽きたの。戻っても仕方ないし、他行こうよ>
あえなく却下されたのだが、元々そんなに甘味を売る店など多くない。これでも王都だから相当マシなほうでウィスカなどそんな店は皆無だ。だからこそ相棒も色んな店を巡ってみたいのだろうけれど、ここで一つにして大きな問題が立ち塞がった。
甘味を売る店の客は女性ばかりなのだ。
俺の脳裏にはソフィア達とかつて寄った事のある貴族御用達の超高級喫茶の存在があったが、思い返すに客層は女しかいなかった。あの店に姿の見えない相棒を伴って入るのは少しばかり勇気がいるな。
であるなら誰か暇な奴を誘ってでもと考えたのだが、これも上手く行かなかった。
いつもなら向こうから誘ってくるほどのソフィアは今留学の準備に忙しい。姫であるソフィアが直々に準備をする必要などないのだが、運悪く今日だけは留学先の魔法学院の制服の合わせ日でそちらに掛かりきりだ。雪音も同行しているので今すぐ呼び出すわけにも行かない。
話が逸れるが、玲二と雪音は魔法学院に入学が決まっている。玲二は今更学校かよと難色を示していたのだが、俺の依頼である事と料理の師匠であるハンク爺さんから少しは別の事をやってみろと指示された事、そして相棒がなにやら耳打ちしたことも影響したようだ。
雪音は学校そのものが合わないと前に零していたのだが俺が駄目元でお願いしたら快く受け入れてくれた。
俺はかねてから正式な魔法を習ってみたかったのだが、この借金の件で学校や私塾に通う暇などない。そこでセリカの店が一段落して多少は落ち着いたこともあり、俺の代わりに本格的な魔法を習ってきてくれないかとお願いしたわけだ。
もちろん貴族ばかり集う学院で彼等が孤立することのないようにまず間違いなく同じ境遇であろうソフィアと共に入学してもらうし、なにより二人も公爵家の後ろ盾で入学するのだ。
天下のウォーレン公爵家が後ろ盾の三人に不要な喧嘩を売る阿呆はいないだろうから、安心して学んで欲しいものだ。
留学という形を取るので学院があるアルザスという都市で生活する必要はあるが、転移環がある俺達には距離は意味を成さない。今のようにウィスカで目覚めて遠く離れたアルザスで授業を受けたあと、王都で夕飯を食べるなんていう生活が可能だからだ。
玲二の制服は着れればどうでもいいらしいのだが、今は俺が頼んだ形になっているてんぷらの準備にかかりきりだ。呼べるはずがない。
セリカも店のほうが大忙しだ。だが彼女は疲れた顔をしながらも眼だけは精気を迸らせている。今が人生で一番楽しいらしいので、まあ頑張れとしか言えない。よって甘いものでも食べようぜと気軽に呼べる状態ではない。
アイスとアインもセリカの護衛だし、如月も日中は開店した喫茶店の方に詰めている。昨日一度覗いたが、リリィが言っていたなんだっけ”草食系”で”いけめんますたー”がどうたらこうたらで貴族のご夫人が大量に詰め掛けていて早々に退散した。呼べるはずもない。
いや正直アインや如月が来てもどうなんだという話ではある。女性ばかりの店内に男二人が甘味を食っている光景はちょっと、いやかなりアレだな。
イリシャは昼寝の真っ最中だと隣につけたロキの分身体からの報告だ。後で土産でも買って帰れば怒る事はないだろう。
レイアは先程発掘した錬金術師の工房でのお宝に掛かりきりだ。呼べば来るかもしれないが、まあ除外だし、となると残りは一人しかいないんだが、さっき別れたばかりなんだよな。
<なにブツブツ言ってんの? てゆーか丁度いるじゃん、おーいみんな!>
俺がなんか決まりが悪くて逡巡している間に、リリィが先程ギルドで分かれたユウナと”緋色の風”4人に手を振っていた。
「あれ? ご主人様、どうかしたんですか?」
俺達に気付いたキキョウが声を掛けてくる。先程会った時には回復できたからもうひと稼ぎと話していたからてっきり王都外にいると思っていたが、そうではないようだ。
「いや、そっちに時間があれば俺を助けて欲しいと思ってな」
「助ける? 私達が貴方を? 逆じゃなくて?」
戦士のモミジが訝しげな顔をする。いやこれは俺では無理なんだ。
「ああ、性差は如何ともしがたい。甘味を好きなだけ奢ってやるから喫茶店に来てくれ。ユウナ、君もどうだ?」
「はい、わかりました。皆、ここはユウキ様のお言葉に甘えましょう」
話の見えなかった4人だが、俺が連れて行った先をみて顔色が変わった。別に高級店に行きたいわけではなく、相棒が満足する甘い物を置いているのが超高級店しかないだけだが、まあ同じことか。
さすが貴族御用達だけあって入り口には専用の店員が立っているが、幸い俺の顔を覚えられていたので入ることが出来た。大銀貨を握らせてなるべく人が来ない場所を願いたいと伝えるとなんと個室に通された。なんだ、個室があるのなら俺と相棒だけでも良かったじゃないか。
「さあ、頼むわよ。じゃあメニューの右から順に……」
「それは止めろ。ほどほどにしておけよ」
「しょうがないわねぇ。じゃあケーキをこの4つとシフォンをクロテットクリームはシナモンで。それと……」
まだ終わらない相棒の怪しげな呪文を聞き流しながら緊張に身を硬くしている”緋色の風”のメンバーに好きな物を遠慮なく頼むように言った。
「い、いいんですか?」
「もちろんだ。むしろこの卓の上を注文で埋めてくれ、そうしないと相棒が気兼ねなく食べられない」
姿の見えないリリィのせいで皿の上のケーキがいつの間にか消えているという怪奇現象が起きるのだ。それを隠すためには気にならないほどの皿で埋める必要がある。
「ユウキ様の前で余計な遠慮は無駄です。せっかくの機会を楽しんだ方が得ですよ」
既に慣れたもののユウナは遠慮なく注文をしている。それを見て他の皆もバンバン注文を始めた。
そうして俺達は翌日に受けるクエストの話をしながら彼女達と過ごしたのだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
申し訳ない、日曜は無理でした。花粉が強すぎるけど、それを理由にはしたくないですね。
自分を騙せる理由を作りたくはないです。その理屈では花粉がおさまる時期まで更新できない事になってしまいますから。
作中で魔法学院に向かう件ですが、リリィが玲二に囁いた言葉は皆さんお解りになると思います。
いきなり学園に表れた無名の新人が並み居るお偉いお貴族様相手に無双するのはなろう小説の基本中の基本ですから。
問題はそれを書くのに後半年近く必要なことでしょうか。
次は前話で触れた初めての野外クエストです。140話も冒険者書いてきてやる内容ではないですが、この骨休めシリーズは”出来なかったことやってみようぜ”コースなんでそれをご理解いただければと思います。
何とか日曜前には上げたい所です。
あとは自分用メモ
後王都の用事
冒険者ランクアップ(次ここ)
葬式
オークション
裏組織の顛末
王都の異変
減りました。もうちょいだ。




