冒険者ギルド 2
お待たせしております。
女の冒険者は意外と数が多い。
男の世界と思われがちで、事実俺はそうだと思っているが、実際の所は全体の3割ほどが女冒険者であると言われている。
なんでこんな厳しく辛い仕事に女達が多く従事しているのか不思議だったのだが、それは魔法の制御が女の方が適正があるかららしい。
もちろん魔力そのものは血統により受け継がれていくものであり、そこに男も女もない。
だが、体内の魔力をいかに効率的に魔法に変換するにはかなりの個人差、才能がある。
なにしろ魔力制御を失敗すると魔法は暴発するのだ。初めて魔法の特訓をした玲二が良い例だ。あのときは<結界>があったから事なきを得たが、もし間違えたらその魔力の強さゆえに腕が吹き飛んでいただろう。
それを上手く制御するのが杖であったり指輪であったりするのだ。その制御を一切しなくていい宝珠やスクロールに人気があるのはそのせいもある。
緊迫した戦闘の中でも冷静に魔法を制御し行使することは、女性の方が優れている事は現実の魔法職における女の多さが証明している。俺もこれまで会った魔法職は女が多かった。ユウナに聞いた話では強い魔力持ちの女性の方も、どうせ家にいても意に沿わぬ結婚を強要されるのがオチなので、それなら一攫千金を狙える冒険者稼業のほうがなんぼか夢があるそうだ。
だが、それでも全員女のパーティーはとても珍しい。俺はライルからの知識で有名所しか知らなかったが、彼女たち”緋色の風”はオウカ帝国ではかなり名を馳せたパーティーらしい。全員が一流の証でもあるBランク冒険者である彼女達の事を王都ギルドの受付嬢達は知っていたし、とあるクエストを失敗し奴隷落ちしたという噂が流れていたので、この現状に目を伏せる者も多かった。
それはともかく……。
俺は閑散とした調合室の中で眼前の調合器具たちを前に真剣な顔をしていた。俺の背後では他に人気の無い事を利用して”緋色の風”の面子が食事を取ろうとしていた。
王都のギルドには酒場のほかにもちゃんとした食堂もあるが、先程のような揉め事がまたも繰り返されるだけだと思ったようだ。
この調合室はかなりきちんとした設備があるから使用は有料であり、俺らのほかには誰も居ないので丁度いいだろう。妖しげな薬を作るわけではないので食欲を損なう匂いが出る事もない。
俺は彼女達を意識の外に追いやってポーション作りに挑むことにした。その事を知ったレイアは自分に手伝わせて欲しいと申し出てきたが、こんなポーション作りは薬師にとっては基本中の基本で出来ない方がどうかしている。どうせ余暇の暇つぶしなのだ、始めの内は俺の知っている知識だけで挑んでみたい。
どうしても解らない事があればその時は遠慮なく手を借りるつもりである。
といっても所詮は低位ポーションだ。作り方もギルドの図書館(さっきまで居た資料室ではない)に詳細な製造法が書いてあったし、そこから簡単なメモもつくってある。
相棒が既にポーション作成に必要な材料を<アイテムボックス>から取り出してくれている。俺の目の前には薬草と水、そして作り出した液体であるポーションを入れる硝子瓶が数個置いてあった。
ポーションに必要な素材はこれだけである。端的に言えばポーションとは薬草が持つ薬効を水分に移動させるだけであるからだ。
言葉にすれば簡単でも、実際の効果は目を見張るものがある。そもそも薬草は怪我や傷口の患部に薬草を磨り潰したものを塗って包帯を巻くのが基本的な使われ方だ。地域差はあるが薬草一束で販売価格は銅貨5枚といったところだ。買取は銅貨3枚で冒険者ギルドや薬師ギルドなどでは常時依頼としていつでも買取を行っている。庶民にも欠かせない回復材として安価で出回らせるため阿漕な商売はしていないみたいだな。
だが、これがポーションとなるとどんなクズポーションでも最低銀貨5枚、銅貨にして50枚の価値になる。
値段はその品質によって左右されるが、一番恐ろしいのは<鑑定>でもない限り飲んでみないと効果がわからないことだ。有名な工房作になると流石に効果は均一だし、額によって生まれる効果の差も確実だがその分料金が高い設定だ。信用料とでもいうべきものだが、命のやり取りをする者達はそこを重視する。
最初に思ったのはまた随分と高いなというものだったが、実際に冒険者として動いてみると即座に効果を発揮するポーションの重要性は身に染みてわかった。
例えば両腕を折られた状態でも何とかしてポーションを飲むことができれば(低位じゃ厳しいけど)すぐに戦闘に復帰することが出来るのだ。一瞬の判断が命取りになる世界では絶対に手放せない品物なのだ。
そんな状況で大枚はたいたポーションがろくでもない出来だったら命に係わる。製作者の信用は大事だった。
だが、それでもこれまでポーションには簡単に作れるくせにやはり高価だという印象が強かった。なにせどんなクズでも薬草の10倍なのだから。大抵はダンジョンの宝箱から外れの品として出てくるから気にした事はなかったが、買うより作ったほうが良いよなとは思っていた。
そう思っていたのだが……薬師もなかなか大変な仕事だと思った今日この頃である。
まず手始めに前に目にした教本どおりに作ってみる。スキル<至高調合LV5>なるものがあるので楽観していた俺の前に出来たものの鑑定結果がこれである。
ポーション 価値 銀貨10枚
最低限の効果を持つ低位ポーション。回復量は50。
クズポーションが出来上がった。あれ? と思った俺の横で相棒がそんなもんだよね、と声を上げる。
「皆が教本どおりに作ってある程度の品質が出来るなら薬師なんていらないもんね。コツとか秘伝とかありそうだけど、普通は隠すよね」
言われてみればその通りだ。それでも銀貨10枚の価値はどうなんだ、と思うこともあるが。通常品より高価なので今日の収入に加えてもいいだろう。
教本に書かれていたのは薬草を煮出してその液体がポーションという簡潔極まりないものだ。概要は間違っていないんだろうが、相棒の言葉を借りるなら明らかに書いていない箇所が多そうだ。
レイアに聞いてもいいのだが、これは遊びなので少しは楽しんで試行錯誤しようかな。相棒が一休みとばかりに後ろの”緋色の風”の皆の場所に向かった。
余談であるが、”緋色の風”とウチの女達の関係は良好だ。
最初の頃は俺が女奴隷を買ったと聞いて剣呑な空気を出していたが、彼女達の境遇に一瞬で同情してからというもの口々に”貴方達は強運の持ち主だ”とか”買われたのか俺で幸いだった”とか”きっと俺なら何とかしてくれる”とか言うものだから、厳しめなのが俺とユウナしかいない現状だ。
そのせいもあって最初の険悪な雰囲気を解消する一助にはなったようではある。
なにしろ奴隷身分の女4人が俺達と同じホテルに泊まっているのである。奴隷紋も首輪も無いから実際はエドガーさんと同じく借金持ちと金主の関係なんだが、彼女達の宿泊費はこっち持ちだ。特にソフィアが同情的で私が宿泊費を持ちます! と宣言したくらいだが、流石に妹に払わせる気はない。
それに彼女達の腕は良いし、俺も借金の利子は取っていない。装備やなんやらもユウナが貸与しているみたいだから直に自分達で生活する基盤は整うだろう。
あの4人が悪人ではない事はリリィが普通に姿を見せている点からも察せられる。人見知りの相棒が自分から姿を見せるというのは相当なものだからな。
かつて酷い目にも遭ったと言う相棒は悪人を見分ける眼が鍛えられていた。
さて、俺はポーション作成に本腰を入れる。製造方法自体は薬草を煎じてその液体がポーションであることに間違いはない。
であるなら、その一つ一つを精査しよう。まず<鑑定>で薬草を確認すると、そこからまず色んなことがわかった。
当然だが薬草もピンキリである。状態のよいもの、内包する魔力が多いものなど選別が必要だった。さらにより分けていくと根っこの部分に豊富に魔力が蓄えられており、逆に先のほうは文字通り先細っていた。
普通に考えて高品質な品物を作るには根っこだけでいいだろう。消費する状態の良い薬草は増えることになるが、別に必要ならギルドにある薬草を買えばいいのだ。新人冒険者が必ず通る依頼だし、子供の小遣い稼ぎにもなるので今日納品された薬草も沢山あるはずだ。
だが、そういった新人が手に入れてくる薬草の状態がどんなものになるのか不安はあるな。そういえばセラ先生の庭にはきちんと手入れされた薬草畑があったっけ。
やはり本職になると他所から微妙な性能の品を手に入れるより自前で管理された良品を作り上げた方が都合がいいのだろう。
さて、薬草の状態にもいろいろある。新鮮なものがよいとされたり、乾燥させて煎じた方が効果が高いものなど各種様々だ。本当なら多くの先人が経験と試行錯誤の果てに手に入れる知識なんだろうが、ここは<鑑定>で情報を仕入れることにする。
俺は手遊びなので本職は許して欲しいものだ。
それによるとポーション用の薬草は新鮮な方が効能が高いらしい。なるほど、煎じるには乾燥した方がよいと一般的には言われているのでそちらを使っていた。
薬草も種類によって使うべき道具、薬研や石臼などいろいろあり、俺も詳しくはないのだが、それら全てをこの調合室は完備しているみたいだ。
だが、俺が作るのはポーションだけだ。なによりハイ・ポーションやエクス・ポーションは必要される特殊な薬草が手元に無い。材料を手に入れるだけでも特殊クエストを依頼して高額の報酬を用意する必要がある。
ここらでいると霊峰の異名を持つシンザ山のふもとの森がそういった特殊な薬草の宝庫らしいが、あそこは地元の民以外は厳しく立ち入りを制限されている。理由は簡単、無知な無頼者に貴重な採取場を荒らされるのを防ぐためだ。
そういった面倒を一切省いて宝箱から高性能ポーションが取れるダンジョンが人気になるわけである。
状態の良い薬草を選別し、根っこの部分だけを切り落として煮出す事にする。さてさてどんなものかなと準備をしていると、先程錬金術師の工房での件が一段落したのかレイアがこちらに顔を出した。転移環は先生の店とホテルを繋いでいるので、そちらから移動したようだ。
「これは、レイア様!」
「ん、ああ、皆もいたのか。我が君の邪魔を……といっても気にされる方ではないか」
レイアは”緋色の風”からは特別視されている。少しでも腕に覚えがあればユウナの遥か上を行く力を持つ彼女に敬意を払うのも当然ではある。そのレイアが俺に仕えているという事実が彼女達の俺に対する態度に表れたのだと信じたい。二人が力でその態度を押し付けているとは思えないが。
「おお、我が君、始めておられますな……僭越ではありますが、一言だけよろしいでしょうか」
レイアは俺がポーション作りを楽しんでいる事を知っている。だから指導などは不要であるし、要らん事を言えば俺の不興を買うと知っているが、それでも口にする事があるならば耳を傾けるべきだろう。
「経験者の助言はありがたく拝聴するぞ」
「それでは……使われる液体ですが、蒸留水の方が効果が高いです。このままではせっかく選別し手間を掛けた薬草を使っても中位どまりでしょう。ポーションは薬草よりも液体の方が重要です。体に染み込むのは液体の方ですので」
「ああ、そうなのか。ありがとう、試行錯誤は大事だが薬草を無駄にするのは勿体無いな」
俺も小出しに使えばよかったのだが、処理した大量の薬草を鍋に入れていたのだ。大量に使っていまいちな結果ではがっかりするしな。
だが、ここで問題が発生した。俺が使おうと思っていた液体はウィスカ18層で取ってきた魔力水なのだ。そしてこの魔力水でセラ先生が作り出したという全く新しいポーションを真似してみようと思ったのだが……。
魔力水は蒸留、つまり沸騰させると水の中にある魔力が消えてしまうのだ。
これは玲二達異世界人が、いくら綺麗で<頑健>あっても生水はちょっと遠慮したいと言ったので試しに煮沸してみたのだが、そうすると魔力水の唯一の特徴である魔力がすっかり消え失せていたのだ。
だが、セラ先生はこの魔力水でダブル・ポーションなるマナポーションとポーションの中間品、傷も癒すし魔力もそこそこ回復するという画期的製品を生み出した。
となると何か方法があるはす。せっかくだ、同じ職場にいて答えを知っているであろうレイアに聞くのは簡単だが、自分の頭で考えるか。
たが、前提条件くらいは確認するかな。
「なあレイア、蒸留水を使うのは水の純度を高めるため、でいいんだよな」
「はい、我が君。その通りです。蒸留によって薬草の薬効を取り込む要素を増やしているわけです」
となると、魔力水の魔力を残したまま水の純度を上げればいい理屈ではある。言葉では簡単だが、実際やってみると大変そうだな。
余談だが、蒸留技術自体はこの世界に存在するが、蒸留酒は作られていない。如月とリルカのダンジョンでサイフォンの話をしたときに彼が蒸留酒の存在に気付いたのだが、その場で俺達は悪い笑みを浮かべてしまった。
間違いなく金の匂いがするからだが、その時はまだ構想段階でしかなかった。最悪雪音の<アイテムクリエイト>で異世界の最高品質の酒が手に入るからでもあるし、どんなに儲かっても俺のダンジョン探索ほど稼げるわけでもない。
だが、ここでエドガーさんという超凄腕商人が仲間になったことにより、計画は一気に動き出した。
蒸留酒の存在を眼にしたエドガーさんはあの時俺らが浮かべた笑みと全く同じ表情をして固く握手を交わした。蒸留技術自体は錬金術の発達により存在しているので、後は如何にこの技術を秘匿するかであろう。
また蒸留だけで美味い酒が出来るわけでもない。かなりの趣味人であることが判明した如月は酒にも一家言持っていて、酔わせて語らせるとなかなか面白い。
強いだけならエタノールでも飲んでりゃいいんだと言い切る彼はスピリットが酒と呼ばれるには長い年月とそれを作る職人の情熱が不可欠だと言い切り、その場で喝采を浴びた。
ちなみのその場はクロイス卿と公爵との異世界産の酒を持ち寄った飲み会で、他にも偉そうなおっさん(だが酒を飲ませると実に愉快な人物だった)と一緒に翌朝二日酔いに苦しんでいたが。
それからというもの、週一で飲み会が開かれ、王都中の飲兵衛に稀人である如月の名前は広まっている。
話が逸れたな。ええと、水の純度を高めればいい話か。蒸留が一番いいのは確かだが、他の方法……うん、全く思いつかん。俺の頭はこんなもんだ。レイアに聞いてもいいが、きっとセラ先生にも筒抜けだろうなあ。
困った時は他の皆にも聞けばいいのだ。
<なあみんな、水の純度を高めるにはどうすればいいんだ?>
<ん? さっきからなんか唐突じゃね? 今度は何やってんの……って、ポーション作りか。これまでもやってなかったか?>
てんぷらを本当に作ってくれる気らしい玲二がそう返事をくれた。他にも雪音と如月は話を聞いてくれそうだ。ユウナは今階下で作業中であり、手が離せないし科学知識は期待できないだろう。
<折角だから特製の最高品質をってな。その場合水の純度を高める必要があるんだよ、蒸留以外で何か方法を知らないか?>
<濾過でいいなら方法はありますけど。例えば小石を敷き詰めた層を通過させるとか>
<そうだね、前にユウキの目の前でやって見せた珈琲のフィルターがあるでしょ? あれも濾過の一種だよ。でも一番簡単なのは活性炭とかでもいいんじゃない?>
色々意見をくれたが……なるほど、わからん。だが、方向性の助言はもらえた。要は不純物を取り除けはいいんだ。こういう時は<アイテムボックス>のトンデモ性能に賭けるが、流石に無理だろうな。
と、思っていた時期が俺にもありました。
何故か出来てしまった。やった本人さえ、は? となったんだが、出来たものはしょうがない。有難く純度が高まった魔力水でポーションを作ってみよう。
だが、作り始めると意外と面倒だった。特に温度管理が最高に面倒くさい。これまでポーションは”煮出す”ことが大事だとされてきた。つまり沸騰させて煮溢すくらいでいいのだ。必要なことは無く、一定の時間が経てばものは完成しているという雑さだった。これでは高品質が望めないのは当然でもある。
だがこのダブルポーションは沸騰させてはいけないが、それにごく近い温度で薬草の効能を抽出させないといけないのだ。その見極めが本当に手間で、薬師も大変だとあの高価さが理解できるというものだ。
結局業を煮やした俺が自分の魔法の火で火力を調節し、雪音がこれを使ってみたらどうですといわれた水銀を用いた温度計を用意してくれてようやく安定した。むしろその温度計に驚いたレイアがセラ先生に連絡しそっちの方が大騒ぎだった。
温度計を一本金貨100枚で譲ってくれと言われた時はどうしたものかと悩んだほどだ。
熟練の技として経験で見切っていた温度を解りやすい目盛りで誰にでも理解できるというのが画期的らしいが、水銀なんてこっちでもあるだろうに。
やはり回復魔法のように魔法が発達するとそちらに頼って科学的進歩が遅れるのかもしれないな。ポーションがあれば外科手術など必要が無い世界だし。
だがその温度計の甲斐あってポーションは完成した。時間としては10寸(分)そこらだ。長時間煮込んでも薬効は落ちるだけらしい。
出来たポーションを売るほどある蜂蜜の空き瓶に入れて鑑定する。
ダブル・ポーション 価値 金貨1枚
魔力水を使うことにより傷の治療や体力回復と共に魔法力の回復も可能にした特製ポーション。
効能は最上級。回復量は1500。魔力回復は500。
おお、なかなかいいものが出来たじゃないか。想像以上の効果だが、これが<至高調合>の効果だろう。出来上がった品物の効果を大きく上昇させるようだが、さっき作ったクズポーションは効果を発揮していなかったようだから、もしかするとある程度の品質以上限定なのかもしれないな。
とにかく目的のダブル・ポーションは出来た。俺が飲んでもいいが、今は共に完全回復状態なので効果は実感できない。となると他の誰かに見てもらう必要があるな。
周囲を見回せば、丁度近くに魔力と体力を減らした4人がいるじゃないか。
既に食事を終えてこれからの予定を話し合っている”緋色の風”に割り込んだ。
「すこしいいか。今作ったポーションなんだが、試してみてくれ。毒じゃないことは保証するし、もし万が一でもすぐに治してやるさ」
俺の治癒魔法の腕を身をもって体験している4人は素直に従った。彼女達が受けた呪いは相当強力なものだったらしく、オウカ帝国で有数の神官による〈解呪〉でも弾かれたほどらしい。
まあ、<解呪>は使用者のレベルによって成功率は変わってくるというからな。レベルという概念が無意味なほどレベルが上がった俺に解けない呪いはないんじゃないかな?
あとは俺に対する誤解が解けたこともあるし、もしこれが猛毒でも彼女達を害する意味が無いからだ。馬鹿げた額の借金持ちの俺が言うのもなんだが、彼女達を始末するより働かせて金を返してもらったほうがいい。
ダブル・ポーションを口にした4人の反応は劇的だった。特に失われた魔力は精神の疲労として現れるからそれが取り除かれると体に清涼感が出るのだ。マナポーションの味はそれを打ち消すほど酷いものだが。
「なにこれ凄いわ! 魔力が回復している!」
「体力も同時に回復している……」
「これ、マナポーションじゃないよね、あれは思い出したくもない味だし」
「たぶん、薬師ギルドと共同で開発しているという噂のダブル・ポーション。すごい、ご主人様、今普通に作ってた」
口にした順番に金髪の弓使いカエデ、俺を凄い眼で睨んでいた女だ。次に小柄な女戦士モミジ。<怪力>のスキルを持つ見た目どおりではない優れた戦士だ。魔法職は共に銀髪のキキョウとスイレン。魔法使いがキキョウで僧侶がスイレンで、この二人は俺をご主人様と呼んでいる。外聞が悪いから止めろといっても聞きはしない。俺の魔法に心酔して少しでも近づこうとしている。
この中でリーダーは僧侶のスイレンだ。場を明るくするのはカエデだが、最後の判断は冷静で知識に富むスイレンだ。彼女達がこの苦境に陥ったのもスイレンが真っ先に倒されて回復役が失われたのが原因らしく、顔からでは窺えないが彼女は更なる力を貪欲に欲していた。
「これがダブル・ポーションなんですね。噂じゃマナポーションより安価で販売するとか」
「詳しい話は知らんが、ともかく成功したようだな。実験台ありがとう、報酬だ」
今作ったダブル・ポーションを20個ほど彼女達の卓に置いておく。初めは彼女達はこういうものは受け取らないと頑な拒絶していた。向こうで下心ある行動に頻繁に晒されていたから警戒していたようだが、俺の性格を理解した今では感謝と共に大人しく受け取ってくれた。
一切の財産もなく奴隷として売られていた彼女達に余裕などあるはずもない。へんな意地を張らずにとも思うが、男稼業の冒険者を女だけでやっているのだから色々と突っ張らないといけないんだろう。
色々事情も聞いているが、その件はまた後でいいだろう。
「そういえばかなり消耗していたな。お前達の実力で苦戦する相手はこの辺りにはいなかったはずだが」
「ええ、例の異変のせいか。ブラックバッファローが現れました。荒地にしか生息しない強力なモンスターですが、その分いい稼ぎになりました」
今王都が直面している異変は全てが悪い事だけではない、今カエデが話したように奥地に生息する手強いモンスターが近場に現れるせいで、入手難度の高い素材が豊富に入ってきているという面もあった。
だが、その恩恵を受けているのは上位の冒険者だけで、街道を通る商人や庶民はその暮らしに影響が出始めていた。
特に食料の供給面では既に不安な面が出始めており、商人たちはそれを見越して既に値上げを開始していた。
庶民にはさらに厳しい事態になってきていたが、逆にリノアたち店は変わらずにいつもの低価格で提供しているため人気はさらに上がっていた。
最悪の場合、一人勝ち状態で恨まれすぎないように、俺が卸している食材を周囲に商店に売らないといけなくなるかもしれないとリノアが零していたほどだ。
いずれ俺も動かねばならない気もしてきたが、まずは散っている冒険者達の報告待ちだな。
「その異変で三日後にギルドの会議がある。話はいっていると思うがその会議に参加して情報を提供して欲しい」
「解っています。ギルドへの貢献は昇格の大事なポイントですから。窮地を好機に変える機会を逃せはしません」
彼女達の奴隷落ちの件は故郷では知らぬものはいないという。たとえ俺への返済を終わらせても周囲の同情と好奇の視線から逃れることは出来ないだろう。
そこで彼女達はこの王都でAランクに上がる決意をした。最高級冒険者の証明であるAランクへの道は非常に険しいものだが、幸いここには”氷牙”のユウナと”天眼”のクロイスがいる。
特に”天眼”のクロイスは主な活動拠点が新大陸だったとはいえランヌ王国を代表する冒険者としてその名は轟いており、彼女達も彼の勇名は知っていた。
そのクロイス卿が俺と出会った直後にひょっこり現れ(そもそもクロイス卿が奴隷を買いに来ていたのだから当然だが)て、彼女らの境遇を聞き協力を約束したのだ。
死の恐怖と戦いながら先の見えない奴隷生活に耐えていた彼女達には相当力づけられたことだろう。
精神面でも俺の身内が全力で支えているし、物質面でもエドガーさんが力を貸していた。
元々オウカ帝国でとある商会の高級奴隷として大番頭(!)をやっていたエドガーさんはその商会への義理を果たす、というか買い取った金額以上の大貢献をして凋落していたその商会を立て直したらしい。あの人ほんとに凄いわ。
高級とはいえ奴隷としては異例の自由身分を手に入れたエドガーさんは家族を奪われた復讐をするためにランヌに戻る計画を立て、敢えて借金奴隷としてこの国に戻ってきた。馴染みの奴隷商に渡りをつけてランヌ王国に戻る手筈が、ちょっとした手違いからあの品のない奴隷商に買われる事になってしまう。
そのときにあの4人と知り合い、失われたと思っていた娘の面影を見た彼は幾度となく世話を焼いていたという。美人の女が4人も奴隷となれば邪な思いをもつ馬鹿が居ないはずがない。エドガーさんはそれとなく手助けをして彼女達を守ってあげていたようだ。
そして俺に買われた訳だが、再会したときには当然エドガーさんは商会の主に戻っていた。その変貌ぶりに驚く4人だが、俺の手で命を救われるであろう事を予期していた彼は彼女達のこれからの人生を危惧していた。彼もオウカ帝国にいたので戻った所で彼女達がこれからどういう目に遭うか解っていたのだ。
そして彼女達がこの地でAランクに昇格して故郷に凱旋する事を考えていると伝えると、その支援を申し出たというわけだ。
Aランクになるには『偉業』といわれるような功績が必要だが、彼女達なら何とかなるんじゃないかな。近くにユウナやクロイス卿もいるし、Aランク冒険者がどういうものなのか肌で感じることも出来るだろう。
「Aランクになるには偉業とギルドへの貢献が大事なんだっけか」
「ユウナ様からはそのように聞いています。後は二つ名をもつほどの影響力も加味されるそうですが」
「”嵐”は今一番話題の冒険者ですけど。その気ならすぐにでもAランクですよ」
キキョウが俺を試すように言ってきた。彼女には俺がその嵐であるとすぐに見抜かれた、なんでも既にその二つ名は世界に広まっているらしい。名乗ったわけでも広めたわけでもないんだが。
「あのウィスカのダンジョンを攻略する単独冒険者ですから。それにその名を口にしているのはこの世界の頂上にいる人たちです。耳の早い人はみんな注目していますよ」
是非とも勘弁願いたい。そういうやつに限って勝手に嫉妬して人の粗を見つけ出すのがうまいのだ。そして世紀の大発見のように吹聴する未来が簡単に予想できるな。
「Aランクの前に俺はEランクに上がる方が先だな。そういえば明日の予定は大丈夫なのか?」
「はい、午後は空けてありますから。正直私達に何がお手伝いできるというわけではないのですけどね」
「雪音と玲二は慣れてないからな。ギルド職員のユウナの手を借りるわけにも行かないし、そっちの得点にもなる。半日付き合ってくれ」
明日は三人で王都近郊にてEランククエストをこなす予定だ。俺達はド新人なのでFランクだが、依頼そのものはEランクまで受注できる。基本的にランクの一つ上までは受けられる仕組みだが、その分危険度は上がるようになっている。普通はそのランクにあった依頼をこなすべきだが、早く上がりたい奴はその上のクエストをこなしてギルドに実力を証明する必要があるというわけだ。
俺は回復した彼女達が午後の仕事へ向かった後、残りの薬草を全て使用してダブル・ポーションを300本ほど作成した。手持ちの良品の薬草は全て使いきったから、後でギルドから買うのもいいだろう。
量こそ多いものの、一度作って理屈を掴めば後は温度計があれば大量に仕込めるから楽だった。温度管理が難しいから、薬師ギルドなどでは一つ一つ作成しているのかもしれない。
俺が魔力水を手に入れてからかなりの時間が経っている。セラ先生が考案したこのポーションの話を聞いたのもかなり前だが、いまだ実用化に至っていないのを見るとやはり難航しているのかな。
そのほかに通常のポーションを存分に作成し、手伝ってくれたレイアに礼を言って俺は調合室をあとにする。
先程から俺を待っている奴らがいるのだ。正直面倒だが、相手をしてやらないとさらに面倒だからな。
俺はさっさと片をつけるべく、ギルドの正面出口に向かった。
楽しんで頂ければ幸いです。
まさかポーション話で一話使うとはお釈迦様でもおもうまいて。
これ以降はないと思いますが。
次回は日曜予定ですが、ついに私にとっての最悪の敵である花粉が襲来しました。
わたしにはコロナよりも恐ろしいですが、皆様体調管理にはお気をつけください。
もしかしたら日曜無理かも知れません。何とか維持したいですが。
それと私事ではありますが、なんとか再開して一年が経過しました。
最初の更新時期なんて笑いたくなるような有様ですが、あの頃はストックがないとアップしてはダメだと思っていました。
自分の弱い心を騙す手段なんですが、そうなるとどこまでも上げません。一年二年と平気で過ぎていきますわ。
頭の中ではストーリーが出来ていてもアウトプットしなくては意味がないとばかりに書き始めたのは丁度一年前ほどです。
何とか続けてこれたのは反応を返してくださる皆様のおかげです。
この話も終わりが見えてきました。嘘です、大嘘です。全く終わる気配がありません、なにしろ出さねばならないメインがあと二人残っていますし、書きたいことだらけです。
百万字行こうとしているのに全く書いた気配を感じないほどです。全体のプロットでいえば二割くらいでしょうか。
これからも頑張って生きたいので、私の原動力維持のためにも皆様のお力を頂戴できると本当に嬉しいです。