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高級奴隷 1

お待たせしております。



 結果から先に言ってしまうと、このリルカのダンジョンは全部で35層からなるものだった。



 俺が見つけた下への隠し階段だが、事実上おまけなようなものだった。酷く単純な小部屋が4つ続いただけの簡単な層が続くだけで面白味は何もない。だが、特筆すべきなのは、その小部屋全部が中ボスが待ち構えるボス連続層だったことだ。

 俺にとってはボスドロップが美味しいご褒美以外のなにものでもない。このダンジョンでは基本的に暇をもて余していたため、俺は不意に湧いたボス(お宝)に嬉々として躍りかかった。



 二つのボスを討伐し逆に完全に緊張の糸が切れていた他の皆は、もうこれで帰還したいと顔に出ていたが、一度俺だけ先に降りて層の構造と敵の強さを確認して報告すると、アインだけ同行を望んだ。



 これもある意味で彼が望んだ極限状況である。一度切れてしまった緊張の糸は容易く人のやる気を奪う。もういいか、もう充分だろうと心の声が囁くなか、自らを奮い起たせたアインと俺とユウナの三人で攻略することにした。


 他の皆は帰還するためにボス部屋の先にあった転送門の前で休憩中だ。

 時刻はまだ4時過ぎでここから先は探索の必要もないただひたすら戦うだけの層なので時間の心配はなかった。

 恐らく一刻も必要とせずに突破できると考えていた。



 そう考えていたのだが、実際には二刻以上の時間がかかってしまった。

 遅延の原因は既に限界を超えて戦っていたアインを介護していたせいだ。

 元々このダンジョンに向かう理由が彼の力への渇望だったのでこれは望む所であり、何度も打ち倒されてもその都度俺の回復を受けて立ち上がる彼の姿は端で見ている俺達にも感じ入るものがあった。


 事実として、数多くの激闘を経たアインの戦い方は消耗が酷くなるほど洗練されていった。アイン自身もその時の記憶はあやふやらしいが、とうの昔に限界を越えた体で無駄な力を一切用いずに32層のボスを圧倒する姿は戦いの神髄を見ているかのようだった。


 結局倒しきれずに崩れ落ちたのだが、その後でボスを魔法で駆除したら何か負けた気分になったほどだ。



 その後は、本当に語るようなことはなかった。現れる様々な敵を愛剣で一撃するだけの作業だからだ。

 力尽きたアインを抱えていて華麗に剣が使えなかったので、仕方なく頭から両断するだけだった。



 隣のユウナが驚きながら次々と現れるモンスターの解説をしてくれたが、殆ど聞き流していた。

 キマイラやマンティコア、オークエンペラーにグランナーガとかけったいな名前の奴等ばかりだが、一撃で沈んで行くので特に感慨はない。



 最後のトリを務めたボスはブラックバジリスクなるデカい黒トカゲだった。ユウナがAランクに位置する魔物ですと教えてくれたが、彼女の声にも緊張の色はない。俺との隔絶した力を知っているからだ。


 むしろこのダンジョン行に付き合わせてしまったので、最後のボスを譲ってやると、彼女は嬉々として愛剣であるアイスファルシオンを握りしめて突撃した。

 その結果は今更言うまでもない。かつて通常種のバジリスクに苦戦した記憶があったらしく、俺から与えられた力に何度も感謝の言葉を言われてしまった。


 そんな訳で、3日間でリルカのダンジョンを完全制覇と相成った訳である。




「で、これがその最後の祭壇にあったっていうお宝だね?」


「ああ、初めからリリィに言われたアイテムがないなと思ってたから、この先もあるんじゃないかと思ってたんだ」


 全てが終わったあと、俺達は皆が集うホテルの広間で戦果のお披露目をしていた。皆が集う居間の大卓の上には今日の収穫のお宝がこんもりと積まれている。



 如月の前にはくすんだ色の杯があった。これがリリィの言っていた錆びた聖杯だ。その効果はダンジョンの最後のお宝に相応しいものだと俺は考える。


 その効果を<鑑定>したのだろう如月が驚きの声を上げた。


「ええっ? この聖杯に水を入れて一晩経つと唯の水がマナポーションになってるっていうのかい?」


「なんですって!?」


 如月の声は皆にも聞こえたのか、近くに居たセリカがこちらにやって来た。


「このボロくて汚い器に水を入れるだけでマナポーションが? しかも結構沢山入りそうじゃない」


 <鑑定>が偽りを吐くとは思えないが、この薄汚れた杯にそんな力があるのか怪しいものだ。

 価値は金貨50枚なので魔導具なのは間違いないから、これから試してみればいい話か。


「おみずいれるよ」


 イリシャがせっせと聖杯に水をいれている。杯は両手で抱え持つ大きさなのでなかなか量が入るようで、イリシャは何度も水差しをもって往復していた。



 他の皆は大卓のお宝に群がっている。2体のボスの他にも25層からのドロップアイテムが所狭しと積まれているからな。


 初心者用ダンジョンとは言えども探索専門の冒険者が一定数存在するあのリルカのダンジョンは後半はなかなか実入りが良かった。

 ただ、落ちたのは主に魔石ばかりだ。宝箱は先に行った冒険者達に取り尽くされていて、まともな品は29層にしかなかった。

 その宝も魔法効果のある籠手だった。

 その魔法の効果だが、手にした物の重さを感じなくするという使えるんだか使えないんだか微妙な所だが、防具としての性能は高いのでアインが装備することになった。本人はこれで大盾も装備できると喜んでいた。



 グリフォンのドロップアイテムは風魔法を多用した事もあり、風属性の品物が多かった。スクロールや宝珠も数が出たが、気になったのは1日に三回だけ飛び道具から身を守る事のできる護符が4つ落ちていたのでソフィアとセリカ、それにイリシャに渡した。後の一つは誰が持つかで揉めた(譲り合い)ので保留にした。


 後は局地的な突風を起こす事ができる小盾(バックラー)が出て、アイスが手に入れたくらいか。


 レアドロップは”グリフォンの緋羽”という鮮やかな羽が一塊ほど落ちたが、これはアインたちが献上品として確保したいと申し出があり、俺達も了承している。

 価値のあるものを(多分王家に捧げるんだろう)献上品として出すことは大きな意味がある。贈られた方はそれなりの見返りや返礼をする必要があるし、贈った側を激賞することもある。

 大勢の臣下の前で名を呼ばれ、その行いを大々的に褒められることは計り知れない名誉となる。ダンジョン踏破とレアドロップ献上の事実は双子にとってこれ以上ないほどの箔付けになるだろう。


 羽一本で金貨3枚の価値があると〈鑑定〉では出たので、そいつを大量に献上すれば覚えもいいだろう。


 その他は通常のグリフォンの羽根や嘴、毛皮、それに金貨銀貨に宝石がどっさりで一応の最終ダンジョンボスに相応しい大盤振る舞いと言えた。

 余談だが嘴はそう呼ばれる魔法の触媒だった。さすがにグリフォンの嘴そのものではない。


 そのなかでもジュリアが風属性の宝珠を手にして、玲二が財宝を受け取った。

 俺達はなにもしてないので辞退済みである。




 そして裏ボスというか、恐らく本当のボスであるガイストはなかなか面白いアイテムを落とした。


 あいつ自体が透明だったからか、その特性を活かした品が多かった。


 まずは隔離世の衣と呼ばれるフード付きの外套だ。

 こいつを着てとある言葉を唱えると、その姿が完全に透明化するという代物だ。


 隠密行動をするスカウトにもってこいな道具だが、俺は違う活用法を見出だした。王族とかお偉方用の緊急脱出用にも使えるだろうし、いざという時はその方が有用性は大きそうだ。

 

 試しにソフィアと多分偉いさんの筈のセリカに着てみてもらうと、女性として平均的な身長のセリカが少し屈めば全身を隠すことができた。

 価値としては金貨で80枚となかなかの価格だが、身の安全にはかえられないからな。


「こんな高価なもの、頂けません!」


 ソフィアはそう言って固持するが、アンナとサリナに目配せすると二人はあっという間にマジックバッグにしまいこんだ。護衛も兼ねる彼女達は緊急時に使える手札が増える事の意味を知り抜いている。


「そもそもお前に危害を加える存在が近づく前に処理するから万が一も起こさないが、何かと便利だから持っておけ。他人に使わせたりと用途は多いだろうしな」


「兄様……兄様がそう仰るなら……」


「ねえ、そういう台詞はソフィアばっかりじゃない。私にも言ってくれてもいいんじゃないの?」


「なんだよ、言ってほしいのか?」


 別にソフィアだけ甘やかした訳ではないが、セリカがむくれているのでからかってやると、面白いくらいに狼狽えた。


「べ、別にそんなこと言ってないでしょ! あんまり調子に乗ってると、借金増やすわよ!」


 そんなことを言いつつも自分の分はしっかり確保していたが。


 この外套は全部で8着も出たので女性陣に、そして雪音とイリシャに渡した後は、3着を献上用に確保した。残りの1着は予備で取って置くこととなった。

 ちなみに腕に覚えのある女達には渡していない。強さそのもので言えば雪音は俺と同じ事ができる筈だが、性格的に戦いには向いていないので渡してある。


 続いてのお宝は魔法剣だ。銘はグラス・ソード(ガラスの剣)で、かつてソフィアと出会った際に殲滅した暗殺団が持っていた魔法剣に剣身が消えて透明化するものがあったが、これはその長剣版だ。


 価値は金貨100枚でそれが2本でた。これはアインとジュリアで分けあった。玲二も物欲しそうにしていたが、スキルの所持はともかく今の彼の能力では満足に扱えないだろう。この剣は透明化すると恐ろしい切れ味と引き換えにかなり脆くなってしまうようだ。

 

 つまり剣の達人しか扱えない代物だ。玲二の包丁捌きは大したものだが、スキルレベルが高くても習熟をしてない彼にグラス・ソードは渡せないし、本人も納得していた。


 だが、これまでは前哨戦に過ぎない。レアドロップはここからだ。ガイストの変異種が落としたレアアイテムは一見すると剣の柄だけのように見える。この”アークノヴァ”とやらはグラス・ソードのように透明な剣でもない。なんだこれ? と思って鑑定する前に、如月が不意に呟いた。


「まるでライトセイバーだね」


「星間戦争の?」


 その言葉を耳にした玲二はものは試しと柄を握って魔力を流し込むと、その柄の先から光の刃が現れた。


「マジでライトセイバーじゃんか! でも面白いけど消費がでかいな。スキルのお陰でなんとかなるけど、普通にやったんじゃ10秒ももたないぞこれ」


 この中の一般人のなかで保有魔力の多いセリカでさえ、一瞬展開したらすぐに魔力が涸渇しかけた。魔力そのものを刃として作り出すようだが、とてもじゃないが剣を維持して戦うのは無理だな。


 だが、考えようによれば隠し武器としては使えるか。密接した状態で一瞬だけ展開できれば相手の意表をつけるに違いない。


 しかし、これも献上品にしたいのと申し出があった。この国の建国に力を尽くした人物が似たような武器を持っていたらしい。

 確かに俺らが使うよりも献上したほうが上手いこといくかもしれない。


なにやら玲二も如月もライトセイバーなるものに未練があるようだが、必要ならもう一度ボスを倒せば良いのだ。初見では脅威のガイストだったが、タネが解ってしまえばただそれだけの敵に過ぎない。不意に落とし穴に嵌れば慌てるかもしれないが、見えている穴に嵌る馬鹿はいないのと同じことだ。


 なし崩し的に第二回の探索を約束させられてしまったが、あのボスがリルカのダンジョンのみでしか出ない保証はない。

 いつか借金を返し終わったら、世界中を大冒険して回るつもりなのだ(願望)。まだ見ぬダンジョンにはさらに手強いモンスターや聞いたこともないお宝があるに違いない。


 だが、このままで行くとあと数十年はかかる計算だ。早くウィスカのダンジョンのさらに奥深くに降りて荒稼ぎしなくてはならんのだが、あの27層が旨すぎて先に進む気がなくなってしまうんだよな。

 今日こそは先に進もうと思いつつ、ボロボロ落ちる金塊銀塊をみると、あともう少しだけ……と粘って時間切れになってしまうのだ。

 これが先に進ませない策略だとしたら、実に恐ろしい罠である。

 



 ダンジョン攻略の結果としてそれぞれ金貨150枚程がそれぞれに分配されたことになる。装備等はそれとは別枠にしてあるから多くの装備や宝珠を手にしていた騎士3人組は金貨の返上を申し出たが、ユウナはともかく俺と玲二は半ば遊びでの探索だった。

 もちろん真剣に命懸けの遊びなので他人にとやかく言われる筋合いはないが、鍛練を欲してした彼らと俺達の温度差ははじめからあった。特に玲二は最後まで困ったら俺が何とかしてくれると思っていたからどんな苦境でも楽しんでいたしな。


 結局金を受け取ったアイン達はこれで自分の馬を購入するようだ。騎士たるもの、己の装備は自弁するのが当然だが、装備一式は代々受け継いでいくような丈夫な物が前提だから信じられないような超高級品になる。なんとか装備は揃えたものの、馬は継続的に金がかかるので後まわしにしていたらしい。

 

 第一に馬だけを買えば良いというものではない。王都でのんびり放し飼いなどできないから、厩舎の空きを探したり、本人が居ないときなどの世話をする馬丁や大量に消費する飼葉など、馬一匹だけでも金が凄い勢いで飛んで行くから、貧乏な騎士家などは必要な時だけ馬屋に借り受けるだけにしている家もあるという。

 さらにそもそも騎士見習いとして基本中の基本である馬の世話をして来なかったという二人にとって馬は負い目を感じさせる存在らしい。色々飛び越して近衛としていきなり騎士になったようなのだ。そりゃ周囲から色々言われるわな。


 だが、騎士なのだからやはり馬を持ってなんぼだ。これで良かったのだろう。



 話を戻すが、31層からの連続するボスのドロップはほぼ全てが魔石と金貨だった。しかも有り難いことにこの国の金貨だったので換金の必要はなかった。純粋な時間効率で言えばここが最高だが、転移門がないのが残念だ。

 全部で700枚ほどの収入になり、アインとユウナとの三人で山分けした。



 当のユウナは今、冒険者ギルドに出向いている。王都ではなくウィスカのギルドだ。

 ユウナの立ち位置は俺の配下であるとあると同時にギルド職員でもあるのだが、兄のギルドマスター・ジェイクの働きかけで特別任務中となっている。任務の内容は無期限で俺の下に着くことだからここにいても問題はないが、本人は色々と都合がいいので建前上はウィスカに滞在している事になっている。


 転移環でいつでもホテルからウィスカのとある場所に戻れるようになっているから、今回の報告をウィスカの方に入れているというわけだ。



 自分の町のダンジョン踏破の報を他の町のギルドマスターから知らされるなど業腹ものだが、理論上ありえないことでもある。俺も話に聞いただけで今回初めて体験したのだが、ダンジョンは踏破されると一昼夜だけモンスターの出現が止まるという。その異変はよほど過疎っているダンジョンでもない限り誰にでもわかるので、今日の出来事も俺達が転送門で帰還したことにより数十年ぶりの踏破者に地上は沸きかえっていた。

 

 俺は力尽きたアインを抱きかかえつつ帰還石で戻ったので、歓呼の声を受けたのは転送門で戻った玲二、アイス、ジュリアの三人だけだったが。



 俺としては冒険者ギルドとのあのいざこざはもう過去の話なんだが、ユウナとしては我慢ならない出来事らしく、徹底的に攻める腹のようだ。

 現役ギルド職員としてはあまりに不見識な受付嬢の存在が許せないのかもしれない。俺が証拠として置いて来た召喚状には王都のギルマスであるドラセナードさんの封蝋やジェイクのサインもあったので、完全にあの受付嬢(名前を忘れる程度の存在だ)の落ち度なんだよなあれ。



 ユウナとしては同じギルドの人間としてありえない不手際をこのままにするつもりはないようだ。正直俺よりもユウナの方が怒っているので、この件の解決は彼女に委ねている。


 ちょうど設置した転移環から帰還したユウナと、間をおかずにレイアもこちらに戻って来ている。




「やあ、我が君。ダンジョン踏破おめでとう。なんでもボスは意外な強敵だったとか」


「ああ、<マップ>に引っかからないほどの<隠密>の使い手だったが、カラクリがわかってしまえばそれだけの奴だったよ。戦利品はあっちだ、君も好きなのを選ぶといい」


 俺が指差した先にはイリシャが大量の金銀財宝、特に宝石の原石を目に当てて覗き込んでいたのだが……あの子がやっているのは恐らく……


「我が君、依頼されていた魔導具だが、取り急ぎセラ大導師から受領してきたぞ」


「ああ、ありがとう。イリシャに試してやってくれ」


 たぶん己の瞳の色を気にしていると思われる(イリシャ)にレイアが痛ましげに目を伏せた。玲二の言う”からこん”とやらの作成は難航している。精しくは聞いていないが、その品物自体は出来ているのだが必要な色が出てこないのだとか。

 この件は雪音に任せているのだが、先程も申し訳なさそうに今日の作成では出来なかったといわれている。

 紙の時でも感じたが、始めから狙った品物を出すには必要文字数、つまり消費魔力が馬鹿馬鹿しい桁に跳ね上がるのでどうしても試行錯誤の回数が必要になる。昨日如月からの提案で魔力、いやMPを最大限に底上げしていて今は一厘(秒)で約1000ほど、つまり一刻(一時間)で60万ほど魔力が回復していく計算だが、単純に4文字は40の4乗で256万MP必要なのでおいそれとは使えないのが現状だ。


 それに雪音はセリカの店で使う品を創造するのが第一義なので、イリシャの件はあくまでおまけにすぎない。実際は俺と<共有>している6人でセリカが望む品は分担して創造しているのだが、”からこん”を連続して創造するのはかなり難しいので先にその虹彩異色(オッドアイ)を隠す魔導具のほうを優先して専門家であるセラ先生に頼んでいたのだ。


 

「イリシャ。ちょっとこっちへ」


「ん」


 女性陣と共に宝石類に目を輝かせていたイリシャを呼ぶとレイアがセラ先生から預かった魔法の眼鏡をかけさせた。イリシャは俺のほかには女性陣に良く懐いている(本人曰くみんな一緒だかららしい。何が一緒なのかは聞いても教えてくれない)ので、レイアに手ずから眼鏡をかけさせてもらっていた。


「おお、知的な印象になったな。かわいいぞ」


「ほんと? にあってる?」


 今までは無邪気な印象があったイリシャだが、眼鏡一つで落ち着いた雰囲気を醸しだしている。だが、事の本質はそんなことではない。

 俺は最高級ホテルならではの設備である高価きわまりない大きな姿見の前にイリシャを立たせると、その変化に気付かせてやった。


「わ、わたしの目が、みんなみたいなふつうになってる!!」


 俺はイリシャの虹彩異色も綺麗でかわいいと思うのだが、本人はこれのせいで辛い目にあってきたので隠せるものなら隠してやりたかった。セラ先生が用意してくれた眼鏡は<擬態>の能力が付与されているようで、瞳の色の指定は出来ないものの、皆と同じような茶色の瞳に変わって見えた。


「とりあえずはこれで我慢してくれ。じきに眼鏡がなくても気にならないようにしてやるからな」


「うん、ありがとユウキにいちゃん!」


 みんなの所へ飛んでゆくイリシャを見ながらひとまずは一段落だと感じた。このままでは外を出歩かせる事も難しかったからな。ここはセラ先生に感謝だ。

 礼の品というわけではないが、お互いに得な物が丁度手に入ったわけだし、後で報告にいこう。




「ユウナの首尾はどうだった? 話はどんな感じになってる?」


「はい、兄に王都のダンジョンの深層の地図情報と素材の処理を頼んできました。この件はドラセナ様から既に話が行っているようでしたが、兄としても王都に対する良い機会にするそうです」


「あまりやり過ぎるなよ、程々でいいぞ。王都ギルドの恨みまで買うほどのもんじゃないからな」


「御言葉を返すようですが、ここで甘い顔をすると相手がつけあがります。特にあの受付嬢には自らの愚かさを身に染みてもらわないと必ず同じことを繰り返します」


 とは言え王都のギルドから金をせしめても仕方ない。この3日だけでも各自金貨数百枚の収入を得たから、今更ギルドから10枚程度もらっても大して意味がない。

 だから、ユウナには利権と言えば聞こえが悪いからギルドにまつわる権利を貰うようにと言ってある。


 後はユウナの交渉の腕の見せ所となるわけだ。俺が与えた<交渉>が冴え渡る事になるだろう。





「で、明日は私達に付き合って貰えるって事で良いのよね?」


「ああ、そのつもりだ。噂の高級奴隷とやらがどんなものか興味あるからな」


「こっちの軍資金はあんたが出したんだから、ついてきてもらった方がこっちも都合がいいわ。それにそのお金もまだあんたが持っているんだしね」


 一度金を貸せとセリカに言われて出した白金貨の詰まった袋を、怖くて持てないと突き返されてからまだ俺のもとにある。


 一人金貨100枚はする高級奴隷を買うような店は一見の客は相手にされないどころか店に入れもしない。なので、今回はクロイス卿の実家であるウォーレン公爵家の名前を使わせてもらう段取りだ。というかクロイス卿は己の新領地の官僚を探すために、セリカは店の人員を揃える為に高級奴隷を必要としているから、じゃあ一緒にと相成ったわけだ。


 

 その後はラウンジで祝勝会となった。普段は影に徹している双子騎士たちが主役という事で場は大いに盛り上がり、俺も珍しく酒を呑みすぎてしまった。それは皆も同じで、玲二たちは早々に酔い潰れて床についている。


 俺としても大人数での探索はなかなか面白かった。保護者のような立ち位置ではあったが、普段は相棒とだけで挑んでいるダンジョンも皆と一緒に潜るだけで楽しいものだ。

 

 いずれ機会があればまたやってみたいものである。





 翌朝、日課のウィスカダンジョンを巡った後、俺達は散歩に出ている。


「イリシャ、走ると危ないぞ。人込みには気をつけろ」


「ん!」


「さすがに王都だね。この時間でも多くの人がいて活気がある」


「市場前はもっと人が多いぞ。今日は無理だが、いずれ覗いてみようか」


 俺はイリシャと如月を伴って散歩に出ていた。何故この二人なのかは言うまでもなく体力を戻すためである。特に如月はこれまでの生活で足を使ってこなかったから足の筋力が衰えているので早急に戻す必要があった。


 なのである目的も兼ねて散歩をしているのだった。


 体力と言えば玲二と雪音も体力練成は欠かさずやっている。今朝も俺がダンジョンに行っている間に走り込みをしていたようだ。どれほどスキルでステータスの底上げを行っても体力だけは日々の鍛錬でしか伸びないのだ。地道な事なので皆は嫌がるかと思ったが、実は自らの能力値欄に持久力の欄があり毎日の訓練結果として僅かではあるが上昇を続けているみたいだ。二人はそれを見てやる気につなげているようだ。

 俺は自分で見れないので、そんな欄があることも初めて知ったのだが。




 俺達は王都をてくてくと歩いていく。実は散歩の目的地はすぐ近くなのであえて大回りして距離を稼いでいた。


 王都の名高い名所としての大聖堂や大リーヴ広場(王都の名称がリーヴだ)など、異世界初心者の如月と何もかも新鮮なイリシャはその都度驚き、興奮しながら歩みを進めていく。


「こら、いきなり駆け出すなって言っただろ? 石畳で転んだら酷いことになるんだからな」


 広場の噴水に目を輝かせたイリシャが駆け出すのを見て注意するが、止まる様子はない。周囲に人混みはないので面倒なことには……って、あのばか、そのまま噴水に突撃したぞ。


「やれやれ、元気だね。あの地獄にいた頃はこんな子だなんて想像もできなかったよ」


 如月はそう言っているが、俺はイリシャの精神的な幼さが気になっていた。

 これまでの環境のせいもあるんだろうが、噴水で遊ぶ様はとてもじゃないが7歳とは思えない。そもそも体つきだってより幼く感じるほどだ。

 親からの愛情に餓えていることや襲った不幸を考えたら仕方ないのかも知れんが、王都やウィスカじゃ7歳は親の手伝いなどで普通に働いている年齢だ。


 だが今はとにかくもっと食べさせてその痩せた小さな体を大きくしてやらんといかんな。いずれは年相応になるんだろうが、少し気になった。


「ん!」


今もずぶ濡れのまま俺に抱き上げろと要求してくるし。


「待て待て、まずは濡れた体を拭きなさい。いくら暖かいとはいえまだ体調も万全じゃないんだ、風邪ひくぞ」



 俺は女性陣から雪音が作り出した物の中で最高の品物と評判のフカフカの布を取り出した。雪音は柔軟剤がなんとかと言っていたが、女達は風呂上がりにその布を一度使っただけでもう前のものには戻れないと口を揃えたほどだ。

 抜け目のないセリカは試供品として有閑マダムどもに流して反応を見たが、結果は言うまでもないだろう。


「む、ふわふわのやつ」


「これで拭きなさい。次からは無闇に突撃しないようにな」


「しっぱい」


 濡れた服を熱風で乾かす。イリシャの突撃によって多くの人で賑わっていた広場の子供達が真似をしてしまい、みんなずぶ濡れになって親に怒られているが、魔法をおおっぴらに天下の往来で堂々と使うわけにも行かないのでこっそりと乾かした。


 だが、当のイリシャはさっきから肉の焼けるいい匂いを出している屋台に視線が釘付けだった。


「どうした? 食べたいのか?」


「ん!」


 つい最近、ロキにも同じことをやった気もするが、まあいいか。経験という学びは大切だ。


 正直にいってあの屋台は期待できるシロモノじゃないと踏んでいるが、匂いは味にそこまで影響しないからな。

 俺は気乗りのしない顔で如月にも訊ねた。


「如月はどうする? 異世界の生の味を堪能してみるか? ヤバい肉でも<頑健>あるからそこまで酷いことにはならんだろ」


「そうだね、じゃあ異世界飯初体験といこうか」



 話が纏まったのでむさ苦しい親父がやっている串焼きの屋台に向かう。


「親父さん、3本くれ」


「おう、銀貨3枚だ」


 解っていたが、やはり王都は何もかもが高い。これがウィスカならば同額で5本は買えているだろう。


 受け取った串を皆に渡すが、そのままかぶりつこうとするイリシャの背中を押してここから離れる。これからの反応を考えるとそのほうがいい。


「ん。んん……」


「これは、なんというか」


 微妙。彼等の顔にありありとそう書いてある。


 最近の小さな悩みなんだが、買い食いが全く楽しめなくなった。環境層から手に入るアイテムの質が良すぎて普段の食事も格段に美味くなったお陰で、逆に外食がつまらなくなってしまった。

 金を払って不味い食事をする意味がないのだが、たまには気分を変えて変わった場所で食事を、何て思ってもあるのは不味い店ばかりになってしまう。

 今も旨そうな匂いをさせていても実際口にしてみると悪い意味で裏切られるので意欲が失せるんだよな。

 そもそも何の肉なんだこれ? もう口にしてしまったから知るのが怖くて<鑑定>もできない。鶏肉にしては変な臭みがあるし、まさか魔物か? いや、考えるのはよそう。

 昔は何でも食ってたし、食えれば味なんて気にしなかったんだが、贅沢は慣れると怖いな。


「ほら、口直しだ」


 口をへの字にしていたイリシャに大振りの飴を滑り込ませた。これも実際に買うとなると目が飛び出るほど高いが、雪音のスキルで作り出したので魔力消費だけで済んでいる。


「んん!!」


「お、サラクマドロップスかい?この缶入りがレトロな感じでいいよねぇ」


 如月の手の上にカラカラと缶を振って転がり出た熊のかわいい絵が彫られた緑色の飴を落とした。なぜか玲二とリリィが”セツ子、これはおはじきや!”とニヤニヤしていたが、なんのことだろう。


 微妙な味の串焼きを甘味で上書きして俺達は歩き続けた。


 そろそろ足が疲れてきたイリシャを抱き上げる位まで歩くと、ちょうど大繁盛している食べ物屋があった。


 その店はこの物価の高い王都で最安値でありながらも、非常に旨い飯を喰わせると最近評判の店なのだ。


 昼飯には早い時間ながらも既に客が行列を為しているほどその店は繁盛していた。


「ひとがいっぱい……」


「ああ、そうだな。ここらじゃ一番安いのに一番旨いからな、そりゃ嫌でも儲かるってもんだ」


 大繁盛している店を遠目から眺めていると、女給の一人と目があった。その女は瞳に驚き見せるとすぐに奥に引っ込んでしまう。


 少し気になったが、構わず通り過ぎようとすると店の中から見知った少女が現れた。


「あ、いいところに来たわね。ごめん、ちょっと来て」


 その店の所有者の孫娘であるリノアが俺を手招きしていた。



 そういえば言及していなかったがリノアとは毎日会っている。正確にはリノアが、ホテルに足を運んでいるのだ。

 逗留しているホテルサウザンプトンは王都で最高のホテルだし、そのラウンジで楽しむ軽食は王都中の女性の憧れというだけあって、わざわざリノアがこちらに出向いて来るのだ。


 無論のこと、ただ遊びに来ているだけではない。彼女の実家である飲食店で使う食材を山ほど渡しているのだ。親しいレイアに会いに来ているという点もあるのだろうが。


 毎日の日課で環境層の野菜を回収しているが、渡しても渡してもそれ以上に手に入れているので増える一方だ。

 それ故に無料で渡しているし、だからこそこの慢性的に物資不足の王都で格安の料理を提供できて大繁盛というわけだ。


「昨日は来なかったから珍しいなと思ってたんだが……」


「ええ、誰かさんが数十年ぶりにダンジョン踏破したとかであのケチな王家が振舞い酒だしたもんだから、昨日の夜は街中お祭り騒ぎだったのよ。そっちのホテル側は富裕層だから喧騒は届かないでしょうけどこっちは凄いのなんのって。お陰でウチもあやかってるけど、新しく人を入れていなかったら危なかったわ」


「昨日は酒飲んですぐ寝たから気付かなかったな」



 余談だが、リノアの店は店舗を大幅に拡大する予定である。その主な理由は俺が持ち込んだ食材をより効率的に消費して貰うためだが、その他にもリノアの将来とか新たに統合されたザイン達の組織の救済の側面もある。


 俺が見所のある奴として敵から離反させた5人だが、元の大組織から吸収されたあとかなり人数を減らしていた。店をやっていたザインの下に居るリッチモンドのような件はあえて遠ざけた例は本当に例外で、その殆どは迫害や陰湿なイジメ、そして捨て駒として殺されていったという。


 そして夫を失った未亡人、息子や働き手を失った家族は残った連中で面倒を見ていたようだが、支える彼等とて余裕があるわけでもなく、貧民窟で這うような生活を余儀なくされていたという。


 それを聞いた俺とリノアが困窮している彼等に働き口を用意したというわけだ。

 食い物屋なら賄いが出るから食いはぐれることもないし、子細は知らないがその子供達も共同で預ける仕組みを作っているとかなんとか。


 名実共に王都の裏側を掌握しつつある彼等がそのままリノアを頭に……となると思っていたんだが世の中上手くいかないもんだ。


「ちょうど小麦粉を切らしかけてたのよね。最悪後で人を寄越すしかないと思ってたから助かったわ」


「人を増やして対応してもこの行列か。こりゃあ王都一の人気店になる日も近いな」


「店のメンバーも増えて前途は明るいわ。そこは正直にあんたに感謝するわ。っと、ごめん。戻らなきゃ」


「ああ。話し込んで悪かったな」


 どうでもいい話だが、小麦を<アイテムボックス>に入れて解体すると、何故か小麦粉を選択出来たりする。他にも脱穀や皮むきなどあり得ないほど便利な機能があったりする。これも最初に色々な機能を追加したかららしいが全く記憶にない。



 その機能の一環に<アイテムボックス>内のアイテム同士の移動がある。今回の場合で言えば<アイテムボックス>内にある小麦粉を同じ中にあるマジックバッグに詰め込むことが出来る便利機能だ。これは雪音が気付いてくれたんだが、やはり日本人は(以下略)。


「じゃあまたね、イリシャにキサラギさんも」


「ええ、ではまた夜にでも」


「ばいばい」


 小麦粉を詰め込んだ袋を満載したマジックバッグを渡してリノアと離れる。リノアもホテルに毎日来ているだけあって既に二人とも仲良くなれているようだ。



 そうして幾度か休憩を挟みつつも約一刻ほどかけてようやく目的地へと到着した。

 その頃には如月も足に疲れを覚えていて、少々苦しそうだがここで回復魔法をかけるわけにもいかない。実証したわけではないのだが、回復魔法は筋力の鍛錬の妨げになるんだそうだ。なんでも筋肉痛の痛みは取れるが筋肉は付かないようなのでここは我慢してもらう他ない。


「ついたの? ここにきたかった?」


 イリシャは見上げるような大きな屋敷に口をあけている。王都には様々な貴族の館があるが、ここまで権勢を誇る豪邸は一つしかない。


「ああ、ウォーレン公爵家だ。ここの馬車を借りて奴隷商人の店に向かうんだ」


 かつてはここで衛兵と揉み合いになったこともあるが、今では顔を出すだけで中に入れてくれる。クロイス卿と約束をしているので外門で待っていても良かったが、元気な少女の笑い声が聞こえてきたのでそちらへ向かう。



「ロキ。これ取ってきて。いくよ!」


<わかったワン!>


 俺が向かった先では公爵家令嬢のシルヴィアが俺のペットである狼のロキと戯れている所だった。シルヴィアが投げた円球をロキが口に咥えて戻ってきている遊びを繰り返している。

 

 ロキはホテルの滞在を断られたので公爵邸に預けているのだが、首尾よくシルヴィア嬢に気に入られたようだ。アドルフ公爵が孫に檄甘なおかげで実質的な最高権力者であるシルヴィアさえ抱き込めればこの家で不可能な事など何もないからな。


「あ、ユウキ様。こんにちは」


「わふ」<これはご主人サマ。お出迎えもせずに申し訳ないワン>


「こんにちはお嬢様。ロキと遊んでくれてありがとう。ラナ嬢もご機嫌如何かな?」


 俺はシルヴィアに()()()()()()()ラナ嬢にも声をかけた。


「ご無沙汰ですだ。こちらも変わりないですだ。お嬢様がもう少しこちらの話を聞いてくれれば文句なしですだが」


 不幸な事故によりぬいぐるみの中に移魂したことにより、喋って動き回るぬいぐるみと化したラナを見たシルヴィアは大興奮だったという。出会った瞬間に抱きついていたというから今もどんな扱いか想像に固くない。


 見た目こそ幼女の遊び相手のような姿形だが、おそらくラナの年齢は十代後半だと思う。シルヴィアへの接し方を見ても、明らかに遊んであげている体が見てとれるからだ。



「ロキがご迷惑をお掛けしていませんか?」


「いえ、この子はとても賢いので迷惑などは。恐らく私たちの言葉も理解している節がありますし」


 そう答えた御付きメイドのアンジェラがロキの白銀の毛を撫でるとロキが嬉しそうに尻尾を揺らした。


「そちらのキサラギ様は前にお会いしましたけれど、貴方は初めましてですね」


 如月はクロイス卿に異世界召喚時の状況を公爵を交えて説明するためにこの公爵邸に足を運んでいると聞いている。


「イリシャ、自己紹介しなさい」


 俺の後ろに隠れるようにしていたイリシャを前に出した。もじもじしながらも、なんとか声を絞り出した。


「あの、イリシャです。ユウキさんの…………」


 そこで言葉が詰まってしまう。その先を口にする自信がないのだろう。仕方ない、引き継ぐか。


「私の妹のイリシャです。何卒よしなに願います」


「まあ、()さんがいらしたんですね。私はシルヴィアです。貴方のお兄様、ユウキさんは命の恩人なんです」


 天真爛漫なシルヴィアはイリシャの手をとってお友達になりましょう! と誘っている。


「妹様、ですか? バーナードからもそんな話は聞いたことがありませんが」


「ええ、血の繋がりも何もないですが、間違いなく私の妹です。そう決めました」


 俺の目を覗き込んでいたアンジェラは僅かな逡巡の後、慎重に言葉を選んだ。


「畏まりました。そのように主にも伝えおきます」


 あえて俺の言葉を噛み砕くならば、イリシャは俺の妹であるから、もしこの子に何かあった場合はこの世を地獄に変えても報復を行うと言うことだ。聡明なアンジェラはその報復の際にどんな相手でも躊躇わない事を知っているから、その被害を憂いたのだろう。



「今日はクロイス卿と約束があって参上したのですか、彼はどちらに?」


「あ、クロイスさんならお庭の奥の方で()っちゃと訓練していると思いますだ」


 ラナに礼を言うと俺達は多くの人の気配がある裏手に回る。そこには獣人達とクロイス卿の姿があった。


「どうしたクロイス! もうへばったか?」


「くそ、もういい歳だってのに元気すぎだろう! ちったあ耄碌しろよ、俺もなまってるが、あんたも大概おかしいぞ!」


「減らず口が叩けるだけ余裕だな! もう一本行くぞ!」


 クロイス卿の友人で黒犬の獣人であるアードラーさんは手にした模擬戦用の大斧を軽々と振り回す。いくら刃を落としてあるとはいえ、鈍器と呼ぶ他ない長物を縦横無尽に操る彼はまさに豪傑と呼ぶに相応しい。


「これは、凄いね。さすが異世界だ、こんなの日本じゃ絶対見れないよ」


「……すごい!」


 力で押し込まれて防戦一方のクロイス卿だが、その目は逆転を諦めていない。襲い来る攻撃を一つずつ丁寧に処理して大振りの降り下ろしを前に出てかわすと、一気に懐を潜り込んだ。


「やるな! だが!」


 次の瞬間にはクロイス卿は壁に叩き付けられていた。アードラーさんの懐には握り締められた己の拳があった。


 あれは寸打か! だがこんな威力は始めて見たな!


「くそっ! 誘い込まれたか」


「一瞬のキレは衰えておらんな。だが、魔法なしのお前にまだ遅れは取らんよ。」


 アードラーさんの言うとおり、クロイス卿の本領は魔法を併用した剣技にある。彼は補助魔法を使用しつつ剣と攻撃魔法を同時に使用して戦う事を好む。特に相手を斬り結んでいる最中にそれを行うので相手とすれば脅威だろう。

 俺もその技はいくつか参考にさせてもらっているほど腕前だ。彼の勇名は主に指揮官としての物だが、やはり二つ名持ちの冒険者なのだと思わせる力がある。



「だが、お前はここまでにしておけ。待ち人が来たようだぞ」


「げっ、ユウじゃないか。しまった、もうそんな時間か?」


「いえ、閣下。まだ余裕はありますが、そろそろ急がれた方がよろしいかと」


 側に控えていた若い男がクロイス卿を急がせた。彼はイリシャや如月たちと出会った倉庫にいた商品の男の一人で俺と会話した人物だ。

 名はフィン。元は新大陸でもそこそこの名家の出身らしいが、家が没落して売られたという。この大陸で知り合いもいない彼は、その優秀さに目をつけたクロイス卿に雇われたと言うわけだ。


「いや、すまん。すぐに準備するから待っていてくれ。馬車はすぐに正門前につけるように手配しておくからよ」


「そこまで急いではいませんよ。俺達が散歩をかねて早めに出てきただけですので」


 屋敷の中に引っ込んだクロイス卿の背中に言葉をかけたが、彼も元冒険者だ。素早い身支度は慣れたものだろう。




「皆さんは訓練ですか?」


「ああ、クロイスには良くしてもらっているが、あれから外出する機会がほとんどなくてな。体が鈍るだけなのだ」


 この王都で獣人を見かけることは殆どない。田舎者の俺はともかくとして王都生まれらしいセリカや異国の王族であるソフィアも獣人を見て珍しさを感じていたから、相当数は少ないはずだ。

 そんな彼等が王都をぶらついていたら非常に目立つ。既にクロイス卿が手を打っているとは思うが、今のままで彼等が出歩こうものなら嫌でも耳目を引いてしまう。アードラーさんたちがここにいる理由も理由だから、何らかの対策をした後でなくては自由に出歩きを許可するわけにはいかないな。


「というわけで庭の隅を借りて鍛錬しているのだ。君もどうだ?」


「ありがたいお誘いですが、今日は止めておきますよ。これから約束があるもので」


 どうだ? と聞く割にはすでにやる気満々の気配を出してくるアードラーさんの闘気のようなものをいなしつつ俺は拒否する。というか、俺に隙があれはいつでも襲い掛かってきただろう。相当鬱屈しているのか、こりゃ早い事彼等の問題を解決しないと別の意味で面倒になりそうだ。


「ふむ、流石の腕前だ。こうも我が殺気をいなされた上に攻め時が見当たらん。まだ若いのに見事な修練を積んでいるようだな」


「私よりも配下の皆さんに稽古をつけて差し上げたら如何ですか? 皆さん真剣にアードラーさんの動きを注視してますし」


「おお、そうだな、それがよい。では皆の者、まとめて掛かってくるがよい。お前達の鈍った体を鍛え直してろう」


「「「応!!」」」


 さっきからクロイス卿との模擬戦を鬼気迫る形相で見つめていた配下の獣人たちの様子、そしてなによりアードラーさんの空恐ろしいほどの朗らかさ。

 

 かつてクロイス卿から受けた相談を思い出して、俺は嫌でも確信してしまった。


 アードラーさんは祖国に戻ったら、その命を絶つつもりだ。



楽しんで頂ければ幸いです。


また10日もかかってしまいました。リアルの忙しさもそうですが、どうにも筆か進みません。

書きたいことが上手く文字に変換できないとでも申しましょうか……言い訳ですね。


次こそは日曜日に上げたいと思います。{約束)


皆様の読みたいと思ってくださる気持ちが私の一番の原動力です。

誠にありがとうございます。

これからも何とか頑張ります。


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