表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/418

ボスと新たな依頼

しれっと続きます。

 目を覚ますと鎧戸から差し込む光から、かなり太陽が高く上っているのを感じた。


 嫌な感じを覚えて確認すると10時近くまで寝てしまっていたようだ。今日は十層のボスに挑むし、夕方には他の冒険者との会合もあるから早起きすべきだったのだが、寝過ごしてしまった。


「しまったな、勿体ないことした」


 飛び起きて仕度をする。幸いなことに昨日の格好のままで寝てしまったのでそのまま飛び出せるのは楽でいい。体の汚れは後で<神聖魔法>のピュリフィでもかけりゃいい。どうやらこの魔法は体の汚れも浄化してくれるらしい。もっとも大量の魔力を消費するらしいが俺には関係ない話だ。

 いまだ夢の中のリリィは、最初から期待していない。もう1時間ぐらいはいつも寝ているしな。


 やはり酒を過ごしまったようだ。ライルが故郷の村にいたときに祭りか何かでワインを飲んでいたので酒には強いかと思っていたが、そうでもないようだ。あれは薄めるか何かしていたのかもな。これからは気をつけなければいけない。

 ハンクじいさんとアンナさんに挨拶をして食事もそこそこに迷宮に駆け込んだ。さすがにこの時間には番兵も立っていて俺を珍しそうに眺めている。

 既に誰何はされなくなっていた。一人で来る奴ははやり悪目立ちするので見知ったのだろう。



 悪い時には悪い事が重なるもので今日に限って階段までの距離がえらく長い階層が続いた。その分モンスターと遭遇したのでそこそこ以上の収穫にはなっているが、想像以上に時間を食ってしまった。まさか第五層まで二時間もかかるとは予想外だ。

 現在時刻は13時過ぎで、このペースで行くとなるとボス戦が怪しくなる。仕方ない、今日はレイスと戯れるのは諦める事にする。



 無論、通り道にいるレイスは別だ。遠慮なく倒してゆくが今日の類に漏れず階段までの距離が遠く、端から端まで走っている感じがする程だ。暗闇の中の六層から九層はまだましだったが、最短距離を運悪く他の冒険者たちが通っていたりして隠れたりしたら余計に時間を食ってしまう。隠れる必要はないはずなんだが、なんとなく後ろめたい気持ちになるな。やはり正攻法で手に入れたわけではない力というのが胸の(つか)えになっているのかもしれない。


 先ほどやり過ごした冒険者達は装備に赤い統一性があったからSランク冒険者を数人かかえる傭兵団「赤い牙」だろう。普段なら冒険者など放っておいて先に行くべきなんだが、超一流の彼らがこの暗闇をどうやって攻略してるのか知りたくて前に尾行したことがあった。


 〈隠密〉で後をつけたのだが最後尾にいるスカウトはなかなか高い気配察知能力をもっているようで何度か振り向かれたが、自分に気づくまでには至らなかったようだ。

 「紅い牙」は 冒険者を数十人抱える大所帯の傭兵団だ。冒険者よりも戦場における暮らしが本業の彼らは7、8人で即席のパーティを作り迷宮を探索している。


 噂では団長はどっかの国で騎士隊長をやっていたという人物で 中核メンバーはその時の伝で集めたらしい。こうしてみても先頭と最後尾が照明を点け、中央には魔法を使えるメンバーを固めて団長らしき40がらみの男がスカウトの男と共に先頭を歩いている。士気も高く連携も取れていて、端から見ても訓練されたいいチームだった。そんな彼らでさえ十数階層が精一杯だという。難易度というよりは往復の時間が面倒らしいが。



 このウィスカの迷宮はこの大陸を代表する冒険者パーティが常に数組攻略している。逆にそこそこの腕を持つ中堅どころがとても少なく、ギルドとしてはかなり活気がないのが悩みの種だとよく会うギルドの担当の姉ちゃんから聞いている。確かにギルド掲示板に張られている依頼は少ない。田舎の村に野生のモンスターが出没したりしてもすぐに王国の兵士が派遣されて処理させるらしい。普通逆な気もするが王国はたいしたもんだと感想を抱くしかない。ウィスカの冒険者ギルドとしてはだからこそ超一流冒険者が迷宮から持ち帰る様々なものに期待しているらしい。



 登り階段の位置は俺が知っているから教えてやりたかったが出ていくわけにもいかない。ここは一流パーティーでさえ易々と跳ね返す迷宮なのだ。一人で挑んでいるなんて話があっても笑い飛ばして終わるだけだし、事情を説明するわけにもいかない俺は彼らの幸運を祈るだけにしておいた。

 我が身を思えば自分の幸運とやらに期待ができるとも思わないが。



 彼らが通ったあとの通路は流石に敵が少なかったが、やはり散発的に敵は団体で現れた。 急ぎに急いだが第十層のボスの扉の前についたのは午後2時半ぐらいになってしまった。 先ほど遭遇した「赤い牙」のメンバーがここのボスを倒していないか冷や汗ものだったが、扉の前の威圧感を感じると大丈夫そうだ。



 リリィの話ではよくいるダンジョンボスは再出現が決まったタイミングで行われるらしい。

 一日に一度とか十日に一度とか決まっていることが多いそうだ。もし彼らがボスを倒してしまったら俺のこの行動は完全に徒労に終わってしまうわけだから、ほっと胸を撫で下ろした。



 挑む前に一応装備を確認する。確認するほど大したものは持っていないのだが、これは俺の中での儀式に近い。不安を無くしておきたいのだ。〈アイテムボックス〉のリストの中で回復アイテムが目に入る。回復魔法があるから大丈夫だろうと思い、そのまま次にいこうとした俺にリリィが口を挟んだ。


「待って、何かあったときのためにすぐに使えるようにしておくべき! まだ浅い階とはいえボス部屋はどんな仕掛けがあるか分からないよ」


 ああ、まったくその通りだ。〈アイテムボックス〉を使うには俺が呼び出すような形をとるから、いざというときには不向きだ。すぐ使えるように幾つか懐の中に入れておくようにする。リリィに礼をいい、ボスの扉の前に立つ。

 

 心臓の音が妙によく聞こえるな。

 

 柄にもなく緊張しているのだろうか、だかこんなのは通過点だ、これ以上の強敵と山ほど戦わねばならないのはわかっている。この程度のボスを楽勝で倒せなくてどうするのか。


 リリィと頷きあい、両開きの扉をゆっくりと開けてゆく。





 扉の中にいたのは、巨大な一つ目のモンスターだった。座り込んでいるのだがその体躯は横も縦も人の3倍はありそうだ。ここから相手まではかなりの距離があるのに それでもその偉容がはっきりわかってしまうほどだ。


「サイクロプス!」


 リリィが告げてくる。その表情は硬く、油断できない相手であることを伝えてくる。

 筋肉におおわれた体、その手には石の塊のような棍棒を持っている。あれを振り回してくるとなると容易には近づけなさそうだ。

 ボス部屋に入ると後ろの扉が音を立てて閉まってゆく。押しても引いてもびくともしなかった。つまりこの扉が次に開くときはどちらかの命が潰えた時という訳か、実にわかりやすいじゃないか。



 周囲を見回すとかなり広い円形の空間が広がっている。そしていたるところに小さな岩山が点在していた。奥にはもう一つ扉が見えるからあれの先に更に地下へと続く階段があるのだろう。足場が悪くてなんとも戦いにくそうだが、とりあえず<鑑定>する。



  サイクロプス  オーガ種


 強力無比な力を持つオーガ系の上位種モンスター。ごく限られた地域にしか生息しないが敵対した相手には容赦なく攻撃し、肉塊に変わるまでその手を止めないという。防御力も高く、並みの武器では刃も通らないとされる。ギルドでは冒険者が遭遇したら撤退を推奨している。

 HP 350/350 MP 0/0 経験値 550

 ドロップアイテム サイクロプスの単眼  オーガの咆哮


 所有スキル <怪力><咆哮><威圧>


 スキル持ちの敵とは始めて事を構える。怪力と咆哮と威圧とか、構成からして攻めまくるイメージし湧かないな。まあボスとしてはそれでいいのかも、さて初見だし様子見しながら戦うかね。



 俺は油断はもちろんしていなかったし、敵も侮ってはいなかった。ただ、どこか抜けていたところがあったとしたら、それは「思い込み」なのかもしれない。


 敵が座ったまま<威圧>と<咆哮>を使うとは思わなかったのだ。


 俺には<状態異常無効>があるから多少驚いただけで済んだのだが、リリィの方はまともに〈咆哮〉を受けてしまったようだ。これを受けると体がすくみあがって前後不覚になってしまう。

 俺、というかライルが子供の頃に近くの森に出たハウルベアの咆哮を受けてしまったことがある。

 そのときの標的がライルではなく、他の獲物だったから事なきを得たが、相当な時間無防備になってしまったことを覚えている。

 その隙を見逃す敵ではない。新たな咆哮をあげながらサイクロプスは獲物の棍棒で手近な岩を殴り飛ばした。岩が砕けて散弾となって俺達に襲い掛かってくる。


「飛び道具かよ!」


 てっきり足場が悪いだけと思っていたらこういう使い方もするようだ。俺は難なくかわせるが、リリィはそうもいかないだろう。運悪く、いや狙ったのだろう大きい石弾がこのままではリリィに直撃する。


 俺は咄嗟に彼女を抱きかかえると、石弾の前に身を晒した。


「あだだだ!」


 襲いくる衝撃と激痛を堪えている最中にサイクロプスはその巨体に似合わぬ速度で俺に詰め寄り、その棍棒で滅茶苦茶に打ち下ろしてきた。猛烈な衝撃がまたもや俺を襲う。何とか反撃をと思うけれど、相手に背中を向けている体勢のせいで好き放題に打たれまくってしまう。



 もう何発殴られたかわからなくなってきたところで、最後に蹴り上げられ、俺はきれいな放物線を描いた後、大岩の一つに叩きつけられた。


「ユウ! ユウ! しっかりして!」


 俺の手の中からリリィの声が聞こえるが、俺はそれどころではなかった。全身が激痛を訴えてきていて、まともに息をするのもしんどかったほどだ。それより何でリリィは涙を浮かべているんだ?


「バカ! どうして私なんかを守ったりするのよ! 私は<加護>で絶対に傷つかないんだから、放っておいても良かったのに!」


 あれ? そうだったっけ? ああくそ、頭が混乱して上手く考えが纏まらないな。とりあえずこの痛みを何とかしたくて回復魔法を使おうとしているのだが、全然発動しないんだ。正確には体中が痛すぎて何度も失敗してしまう状況が続いていた。



 こちらがまだ動いていることを知ったサイクロプスは更なる追撃をするべくこちらへ向かってきている。いかんな、急がなければならないのに回復魔法が全く上手くいかないのだ。


「ユウ! ポーションよ。これ飲んで!」


 リリィが俺の懐からポーションを取り出して俺の口に注ぎ込んでくれている。ああ、本当にリリィの言葉は役に立つな、従っておいて正解だった。体の痛みが嘘のように消え、思考も明瞭になった、もう大丈夫だ。


「ユウ! 後ろに来てるよ! 敵!!」


 振り向くともう真上に獲物を振り上げたサイクロプスの姿があった。うーん、これは避けられないな。


「ユウッ!」


 リリィが何か叫んでいるが、そんなに心配することかねぇ。たかが「避けられない」だけじゃないか、こういうときは「当たらない」ようにすればいいだけだろう。



 石と石が激しくぶつかり合う音が()の方で響いた。

 

 こりゃあ石は完全に砕け散っているな、大した馬鹿力だ。むしろ耳のほうが衝撃でうるさかった。


 俺は土魔法で自分の真下に2メーテルほどの穴を作り、自らそこに降りてというか、落ちて敵の攻撃を当たらないようにした。ちなみに砕けた石はさっき俺がけられて叩きつけられた奴のことだ。

 その後更に蓋をするように上を土壁で覆っておいたので向こうからは見えないし<隠密><隠蔽>も使っておいたからサイクロプスはこちらを見失ったに違いない。連中は目と魔力で相手を探知するようだが、<隠密>は気配を絶つし<隠蔽>は魔力をも隠すから大丈夫だと思う。土魔法はやはり便利だな、土木工事じゃあ引っ張りだこだろう。


 その後で真横に穴を作り、出口を作った後、先ほどの検証をすることにした。


「さっきは助かったよ。ポーションが無ければ痛みで考えることさえ難しかったんだ」


 多分魔法があんなに失敗したのはそれが原因だろう。これは要練習だな。修行じゃ制御の練習は沢山したけど回復魔法を自分に使用する状況って、大抵激痛の中だよな。そんな中で魔力を制御って……本職の連中って凄いな、ちょっと尊敬する。


「えっと、こんなに安心している場合じゃないと思うんだけども……ステータス上ではユウのHPは3くらいしか減っていなかったしすぐ回復したから心配はあまりしてなかったけど」


 なんだって! あんなに痛かったのにHPはたったの3しか減らなかったっていうのか!? あ、でもそういえばあれだけタコ殴りにされても腕も折れてなかったし頭から出血もしてないな。

 怪我はしなくても痛みはきっちりあるってことか。腕がちぎれそうな怪我をしてもちぎれはしないが、そのくらいの痛みは感じると。そしてそれはポーションや他人の回復魔法を受けることでしか和らがないということか。……うわ、微妙だわ。頭をひたすら殴られても死なないけど、激痛と脳震盪は起きるしな。


 これは痛みの中でも魔法を使えるように修行するしかないな。何もかもそう都合よくいくわけではないということだろう。

 前に見た俺の能力も関係しているかもしれない。頑丈さが上がって死ににくくなっているかもしれないが、それでも指先をちょっとした事で簡単に切ってしまうことはある。

 恩恵があるのは間違いがないが、過信は禁物ということか、まあいつもどおりだな。


「ユウ。私たちは今階層ボスと戦っている最中なんだけど、わかってる?」


「もちろんわかってるさ。もうサイクロプスとやらに打つ手が無いこともね」


 リリィはあまりにのんびりしている俺に緊張感を持ってほしいのだろうが、もう俺の中でこの戦いは終わっているのだ。

 さきほど<鑑定>してあいつはただの脳筋であることはわかっている。まあ一応飛び道具も使ってくるからちょっとマシな脳筋ということにしておくか。

 他に特別なスキルがあるわけでもなく、唯一の取り柄でもある怪力は俺にほとんどダメージを与えられない。あれだけ殴られてダメージ3なら俺の<HP急速回復>ですぐに回復してしまう。

 あ、でもこいつもしかして俺にダメージを与えた初めての敵かもしれん。やはり敬意を持って相手をしてやるか。


「リリィ、危ないから上空で待機しておいてくれ。無いとは思うがさっきみたいなことはもう御免だ」


「魔法で一発な気もするけれど、一体どうするつもりなの?」


「あれだけ殴ってくれたんだ。こちらもそれくらいはお返しするさ」


「はぁ? 脳筋サイクロプスと殴り合いをしようっていうの? もしかして頭を打ったんじゃ……」


 失礼な、俺はいたって正常だぞ。さっきのあれは軽い脳震盪だろうから頭を打ったのは確かだが……。

 とにかく横穴から這い出した俺はウロウロしているサイクロプスの後ろから近づいていった。

 

 こいつは絶対に殴り倒す。


「もう! どうなっても知らないんだから!」


 リリィはそう言い捨てると、上に飛んでいった。それはいいがリリィよ、せめて<念話>かなにかで話してくれよ。折角後ろから近づいたのに気付かれたじゃないか!


 耳障りな声を上げながらこちらに突進してくるサイクロプスの大木のような足を蹴って転ばせてやった。猛烈な地響きを立てて転倒したが、すぐさま立ち上がってくる。元気だねぇ。とことん突っ込むことしか知らないようで、何度も俺に転がされている。てんで駄目だな、昔合気を少し齧った程度の俺にここまであしらわれるなんて。だが、こいつ等に術理を理解しろというのも酷な話か。


 俺に向かってくる力を利用して転ばせ、そのまま腕を曲がらない方向にへし折る。くぐもった悲鳴を上げる敵を無視して今度は右足を同じく曲がらないほうにへし折った。何か奥の手を隠していたのかもしれないが、出すなら早くやってくれ。



 ここからは俺の実験というか。ダンジョンのモンスターとは一体なんなのかという疑問に対する実地調査の被献体になってもらった。<鑑定>でサイクロプスの体力を確認しながら、疑問に思ったことを一つ一つ確認していく。

 まず、折れた手や足は約五分で回復する。片方が折れた足では立ち上がるのも困難だが、さすが魔法生物というべきか、時間経過で反対側に折れていた足が勝手に治っていた。これはもう一度反対側を折って確かめたから間違いない。こちらにとっては厄介だがモンスターにとって骨折程度は時間で回復するものなのだ。迷宮と野生での違いもいずれ確認する必要がある。


 逆に腕を切り飛ばされたら塵となって二度と復活しない。左腕を飛ばしたら二度と復活しなかったから、これも間違いないだろう。殴り倒すのは飽きたので実験を優先しました。


 敵の頭にはやはり凶暴さと敵対心しかないようだ。ここまで転がされても失敗を生かす気など欠片もないようだし、HPが危険水準になるほど痛めつけられてもステータス上では恐怖などの状態異常になることも無かった。

 野生のモンスターなら不利を悟って逃げ出しているところだが、ボロボロになっても俺への敵愾心だけでこちらに向かってきた。大体理解してたが、少なくとも二足歩行で関節を持ったモンスターは基本人間と同じ弱点だった。アレがないから金的はできないが、目、首、人中と一通り打ってみたらHPがみるみる減っていったし、膝裏を打ち抜いたら簡単に体勢を崩した。先ほどの合気が通じたしな。

  


 最初は心配そうにしていたリリィが、ついには舟をこぎ始めたころ、ようやく俺のダンジョンモンスター研究も終わろうとしていた。大体の検証を終え、非常に役立ってもらったから最後に感謝と敬意を持って終わらせてやることにする。ステータス上もHPはすでに10を切っており、次で終わることは間違いないだろう。

 


 さあて、どんな一撃を見舞ってやろうかと思案していると上にいたリリィがなにやら騒いでいるようだ。


「ユウ! 時間! 時間見て!」



 時間? 今が何時だっていうの……ああ! 午後三時半過ぎだと! まずい、まずいぞ、こいつと遊びすぎた。ここで一刻(時間)も戦っていたことになる。体感では20寸(分)くらいだと思っていたが、ここままでは夜の顔合わせに間に合わなくなる。新人が遅れてくるなんて、心証最悪だろう。なんとしてでも顔合わせの前にギルドに到着しなければ!

 サイクロプスよ、予定変更だ。お前には色々感謝しているが、今日のところはこれで勘弁してくれ。


「リリィ、帰ろう! すまない、時間を食いすぎたな」


「ユウ、まだ倒してない! 敵が起き上がってきたって!」


 振り向くのも面倒だ、そのままサイクロプスの頭を炎魔法でぶっ飛ばし、塵に帰る最中で戦利品をボックスにしまいこんだ。リリィと合流した後、奥のほうの扉が音を立てて開いてゆく。その先の階段もちらりと見えた。


「覗くだけ覗いて、すぐ戻るから行ってもいいかな?」


「まあ、覗くだけなら……でもすぐ戻らないと本当に間に合わないよ!!」


 わかっている。だが第十一層の情報は早いうちに手に入れておきたかった。ダンジョン探索している冒険者の数が本当に少なく、情報を持っているのは超一流ばかりでダンジョンの詳細は殆ど流れてこないのだ。あるとしてもせいぜい第5層までで、それ以上はギルドも教えてくれず、情報を買うか自分たちで調べる必要があった。

 予想としてはまた暗闇の層かもしれないが、十層でボスが出たから切り替わっているかもしれない。




 おそるおそる階段を下りてゆくとそこは土壁に覆われたダンジョンで、所々に外灯のような明かりが点在していた。良かった、さすがに暗闇の中を探索するのはもう勘弁だ。

 さて、十一層もわかったことだし、急いで戻ろう。こういうときばかりは階段の位置が変わっていないことが恨めしい。運が悪い今日のような日は、相当の距離を走らなければならないだろう。



 案の定、最短距離の通り道にモンスターの集団が多く、結局俺たちが地上に帰り着いたのは午後5時を少し回っていた。収穫といえば蜂蜜が三桁以上に増えたことか。収益ではなく相棒の機嫌が良くなったことだが。



 慌ててギルドに駆け込むと、それらしい一団が酒場にたむろしていた。人数にして15人くらいだろうか。商隊がどれほどの大きさか知らないが、随分と大所帯に感じる。まずいな、俺が最後かもしれない。



「ここにいる皆さんは商隊護衛に参加する冒険者ですか?」


「ああ、そうだ。お前がギルドから話があった奴だな。お前で最後だ、まだ依頼主がここに来てないがな」


 俺に答えたのはまだ若い冒険者で、名前はザックスというらしい。ここにいるメンバーは彼が所属するチームとその他の2チーム、俺を入れて総勢17名となる。男女比は6対4くらいだろうか。意外と女性の冒険者が多いな。もっと男稼業な世界だと思ってたんだが、そうでもないようだ。

 本来の顔合わせの時間は夜だったから、早すぎてまだ依頼人が来ていないようだ。各自思い思いの時間を過ごしていると見える。



 何とか間に合ったようで、胸をなでおろしているとそばの冒険者から話しかけられた。


「お前、ギルドの推薦だって? 一体どんなコネがあるんだよ」


「コネなんてないですね。春の分の規定クエストやってなくてギルドからこの護衛に参加しろといわれただけです」


「ケッ、俺たちゃガキのお守りまでしろってのかよ! ギルドは何を考えてやがる」


 頬のこけた一見してスカウトとわかる顔色の悪い男が絡んできた。懐のリリィがテンプレよ! テンプレ! と喜んでいたが、一体どこに楽しむ要素があるんだろう。


「よせ、マリク。新人に絡むんじゃない。すまないね、うちのメンバーが失礼をした」


「いえ、気にしないでください」

 

 これが冒険者の洗礼というものなのだろうか、ああ俺も仲間を集めて大冒険とかしてみたいなぁ……いや、必ずやるんだ。そのためにもこの忌々しい借金を何とかせねば。


 まだ納得のいかなそうな顔しているスカウトの男、マリクだったかを宥めているのはこれまた一目でわかる戦士の男だ。隣には暗そうな魔法使いの女性と眠そうな僧侶の少女がいた。4人パーティらしい。


 他にももう一団が端の卓に7人座っており、そのうち女性が4人含まれていた。俺に初めて声をかけてきたザックスという冒険者グループは5人で構成されているようだ。そのうち俺だけがソロ活動で、なんか疎外感を感じてしまう、本当に仲間がほしい今日この頃である。

 酒場に来て何も頼まないという無作法は二度と犯せない。”栄光の傷跡”亭のマスター、ウォルトさんに穀茶を注文する。銅貨を支払った俺にマスターは俺を見て何か言いたげだったが、結局何もいわずに茶を出してくれた。


 

 依頼者が来たのは茶を飲みきり、もう一杯もらおうかと考えている頃だった。

 まだ30代とも思われる背の高い金髪の男で、セドリックと名乗った。王都に本店のある商会”レイルガルド”の番頭の一人らしい。へぇ、その若さで商会の番頭とはたいしたもんだ。細面だが見るからにやり手といわんばかりの風体をしているが。

 依頼者が来たところでようやく冒険者たちの顔合わせが行われていく。互いの名前と職業、冒険者ランク、得意としている獲物など得意不得意をを把握したり、指揮系統などを事前に把握しておくのだろう。



 このギルドに入ってからリリィはいつもの場所で<念話>で話している。先程まで他の冒険者を好き勝手罵っていた。特に女性に対する評価は酷いもので、ほとんど聞き流していたが俺の自己紹介のときだけはまじめな助言をしてくれた。

 リリィ曰く、職業は当たり障りの無いものに、Fランクは仕方ないが、ダンジョンで探索していることは言うななど、量が多すぎて反芻している間に俺の番が来てしまった。仕方ない――。


「新人のユウといいます。ランクはFですが多少ナイフの扱いはできますし、少しですが魔法の心得もあります。よろしくお願いします」


 比較的和やかだった場がざわついた。リリィがバカバカと叫んでいる、どうも魔法は隠しておいたほうがよかったらしい――今となっては遅いけれど。


「へぇ、ガキのくせして一丁前に魔法使いのつもりかよ、それにしちゃあ杖の一本も持ってないようだかなぁ。ここはひとつ俺に魔法の一つでも見せてくれないかねぇ」


 さっきのスカウトのマリクとかいう男がこちらに視線を向けていた。まわりも迷惑そうな顔をして入るが止めに入るものはいなそうだ。実力を知らなければ仕事も任せられないからわからんでもない。面倒だか仕方ないな。


「これでいいですか?」


 空になっていたマリクの杯に放物線を描いて沸騰した湯を注ぎこんでやった。周囲は驚いていたようだが、実力証明はこんなもんだろう。リリィは納得いかないのか、やりすぎだと騒いでいる。え、これでもやりすぎなの?


「あ、ああ、わかった。お前は大した魔法使いだ。認める」


 さっきまでの勢いはどこへやら、マリクの態度が急に軟化した。何かあるのかとも思うが最初が肝心なのはどこでも同じだろう、気にしないふりをした。むしろ他の魔法使い連中からの視線が妙に熱いんですが、なんだってんだ? くそう、この冒険者の世界の標準がよくわからんな、せいぜいこの合同クエストで勉強させてもらうことにしよう。



 その後でセドリックから今回の隊商の規模や通るルート、予定している日程などが告げられた。冒険者側から文句が無いことを考えると無難なルートのようだ。それでも王都リーヴまで往復で10日もかかるのか、折角ダンジョン探索が軌道に乗ったのにまた借金が増えるな。向こうでの滞在を考えると13、4日は見なければならないだろうし。


 その後、護衛全体のリーダーが決まった。はじめに俺に声をかけてきたザックスという男だ。聞けばCランク冒険者で近々Bランクの昇格もありえそうな有望株らしい。この程度のクエストには不釣合いなランクだが、昇格のために多くの冒険者を指揮したという実績が必要だそうだ。まあ、進んで面倒を引き受けてくれる奴がいるのは助かる。



 

 その後、依頼主のセドリックが帰った後、集まった冒険者でちょっとした親睦会のようなものが開かれた。経費はザックス持ちだったので俺も遠慮なく参加した。例外は俺の懐の住人だけである。


 彼はこの大所帯の冒険者の中でも、最低限の人となりを知っておこうとしたのだろう。そのためだけに結構な量の金を使うことになるのだろうが、そこまでしてBランク冒険者になりたいものなのだろうか。

 気になったが俺はそれどころではない。さっきのスカウトの男に見せた魔法が他の魔法職連中に火をつけてしまったようだ。やれ触媒はどれだだの杖はどれだだの詠唱はどうのとしつこい事この上ない。もう一度セラ先生の下で基礎を学んだほうがいいのかもしれない。

 おれが答えに窮していると、見かねたザックスが俺を魔法使いどもの輪から引っ張り出してくれた。この気配り、これでまだ20代前半なのだというからたいしたものだ、早死にしなければ出世するねこういう奴は。


「人は見かけによらないっていう言葉はお前みたいな奴を指すんだな。まだ子供なのに2属性を操る魔法使いなんて凄いじゃないか」


「失礼を承知で言いますが、その言葉は今までザックスさんが言われていたのでは?」


 俺の切り返しにザックスは黙ってしまった。図星だったに違いない、さわやかイケメンで評価も高い冒険者……あれ、なんかこいつが爆発すればいいのにと思えてきた。それにしても2属性なんて使ったか?水だけだと思うんだが。


「それはともかく、もし何かあればあてにさせてもらえそうな奴が一人でも増えるのは有難いからね」


「王都までの道に危険なんてあるんですかね? せいぜい野良モンスターが現れるくらいでしょう」


 一応ウィスカもこの国では有数の都市で王都との往来もかなりあるほうだ。そんな道がモンスターの跳梁跋扈を許していたとしたら国の沽券に関わる話だ。騎士団が当然巡回しているだろうし、何か危険なモンスターが出たら近くの街の冒険者ギルドにクエストが出るだろう。そもそもここらは平和で危険なモンスターは兵隊が退治するからギルドに仕事がないんじゃなかったか。


「夜営になれば飢えた獣も襲ってくるからな。細かい所で魔法使いの出番は多いよ。さっきのマリクだっていきなり態度を変えただろう? 使える魔法使いの心証を悪くしても得はないからね」


「そんなもんですか。夜営は初めてなんで色々教えてもらえると助かります」


 そういってザックスとは別れた。彼は彼で他の冒険者のところへ行くのだろう。俺は相棒がそろそろ痺れを切らしているのを感じ、みなに挨拶をして先に帰らせてもらうことにした。



 最後に酒場のオーナーのウォルトさんに挨拶をすると、強くなったなと声をかけてくれた。やはり解る人には解ってしまうのか。見た目じゃ殆ど変わってないんだが。



 宿に着いたのは夜の8時過ぎになっていた。遅くなるとは伝えてあったが、夫婦は俺を待っていてくれた。ありがたく夕餉を共にしながら、明日から王都行きなので10日ほど留守にすると伝えた。

 部屋はそのままにしてくれるそうだ。おれは部屋の予約として銀貨5枚分を渡しておいた。二人は嫌がったが、商売だからと受け取ってもらった。ハンク爺さんはこれで明日弁当を作ってくれるらしい。


 俺は”栄光の傷跡”亭でもかなりの量の食事を取っていたが、宿の食事も完食した。残すなんてとんでもないし、この体は育ち盛りの15歳だ、冗談抜きでいくらでも入ってしまう。


 部屋に戻り、今日の戦利品の確認をしてみた。最後のボス戦は急いでいて内容も確認せずにボックスに突っ込んだから、何が入っているか楽しみだ。


 ボックスの一覧には今日の収穫が並んでいる。階段の位置が悪く、相当数の敵と戦ったおかげでアイテムは集まっているが、それでも「心友」レイス君には及ばない。彼は今日は機嫌が悪かったのか、五層であまり出てきてくれなかった。

 それでも今日の主役はサイクロプスだ。奴には相当殴られたが、その分やり返したし俺の重要な研究に役立ってくれた。報酬金額でも俺の役に立ってくれればいうことなしだ。

 さて、報酬はサイクロプスの単眼と魔石か。それに棍棒かな?


 

  サイクロプスの単眼  価値 金貨 50枚


 サイクロプスが落とすドロップアイテム、魔力が結晶化してサイクロプスの単眼のように見えることからこの名がついた。最上位魔法などに使われる上級触媒としても、希少な宝石としても価値が高い。



  暴虐の大鉈   価値 金貨 100枚


 サイクロプスが装備しているアダマンタイト製の鉈。鉈という名称だが実際は使い込まれすぎて金属の塊と化しており、価値は単純に鉱石の価値。



 たった二つで金貨150枚の価値があるのはさすがボスモンスターというところか、更に魔石の価値が金貨40あった。一体で約金貨200枚か……サイクロプスも俺の友達決定だ、毎日会いに行こう。

 今日の収入は金額としては金貨348枚だが、魔法の触媒として使えるものや剣として使えそうなもの、コボルトの杖などはそこそこの量を取っておいてある。今日の顔合わせて不用意に魔法を使ってしまったから、魔法を使うためハッタリとして残しておくべきだとのリリィの言葉に従ったのだ。蜂蜜は完全に別枠だし、サイクロプスのアイテムも記念に取っておきたいな。魔約定に突っ込むのはいつでもできる。

 


 今日は寝過ごした分が痛いな。ちゃんと起ていたら昨日より稼げていたはずだ。これから10日以上稼げなくなってしまうことを考えると今日は4桁はいきたかったところだ。今日ポーションも使ってしまったから、明日セラ先生のところに行って補充しなければ。集合は朝の9時に北門だったが、店は開いているだろうか。

 もしものために通話石を利用してポーションを売ってくれるように連絡しておく。遅い時間で恐縮したが、色よい返事かもらえたので、一安心だ。



 さあ、あしたから王都に向けて護衛任務の開始だ。ダンジョンは一休みになるが、折角の機会なので、色々経験していこう。


 残りの借金額  金貨 15000294枚  銀貨7枚


ユウキ ゲンイチロウ  LV113

 デミ・ヒューマン  男  年齢 75

 職業 <村人LV129>

  HP  1912/1912

  MP  1329/1329

  STR 320

  AGI 294

  MGI 311

  DEF 279

  DEX 246

  LUK 190

  STM(隠しパラ)532

 SKILL POINT  455/470     累計敵討伐数 4321

呼んでいただけるとこの上ない喜びです。


言い訳になりますがストックは貯まってます。順次消化します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ