リルカのダンジョン 6
お待たせしております。
これは何にでも言えることだが、余力を残しておくということは大事である。
別に闘いに限った話でもない。金に当てはめてもいいが、いくら周到に金の使い道を計画してもいきなり訪れる避けられない出費のために余力を残しておくことは大事なことだ。
だが、本当に切羽詰った命懸けのギリギリの戦いでしか掴めない事もある。
この騎士たち、特にアインはそれを求めてここにやってきた。普段の訓練では出来ないような厳しい環境の中で未知の敵との戦いを繰り返すことが、己の殻を破ろうともがく若き騎士の望んだものだった。
だからと言って休息まで拒むのはどうかと思うが。
アインが何を望んでいるかは解っているつもりだ。訓練に馴れた体は無意識のうちに体が余力を残すようになっている。彼が求めているのは俗に”火事場の馬鹿力”とかいわれるような奴とは違う。あれは危機に瀕して脳が課している肉体の制限を外すものだが、あくまで一瞬の事に過ぎない。アインはさらにその先、数多の戦いの果てに精魂尽き果てて、どうやってもなにも残っていないカラカラの状態にまで追い込まれた先にある訓練を欲しているのだ。
言いたい事は解る。立ち上がることさえできないような消耗した極限状態に追い込んで、それでもなお立ち上がるには気力体力の他に必要な物がある。それを手に入れようとしたのだろう。
20層のボス戦もその一環だった。
だが、長時間の移動で消耗はしていたものの動けなくなるほどではないし、途中からは俺が担当したから意味はあまりなかった。
なので今日はかなり精力的に動き回った。最後のヘルハウンド戦などは剣を杖代わりにしてようやく立っていたほどだが、これでもまだ足りないようだ。
睡眠を取らず自らをさらに追い込む腹のようだが、これは玲二が口にした日本の兵士の教育法を元にしているらしい。自分を極限状態に追い込むことによってどんな状況にもめげない強靭な精神力を養う事が目的なのだろうが、その場合大事が起こらないように周囲には常に人を配置して事故を防ぐと聞いている。
つまりそれって俺が介護する流れじゃないか?
アインは一切の睡眠を取らず極限状態になろうとしていたが、そこまでやると俺が面倒なので魔法で無理矢理眠らせることにした。この状況じゃ睡魔に負けたと言えば素直に信じるに決まっている。
それに本人は強さがどうとか言っていたが、かなり今更な話だったりする。
俺とパーティを組んでいるので、既に様々なスキルの恩恵を受けているからだ。このダンジョンで多くの敵を倒しているのでかなり強くなっていたし、<鑑定>を見ればかなりレベルアップしていた。
そういえば俺が初めてレベルアップしたときは不思議な音が聞こえたものだが、今は聞こえなくなっている。今にして思えばあれも異世界人としての特性のようで現地人は聞こえないみたいだから、強化の実感がないのかもしれないな。
なかなか手強い敵である20層からの敵を苦もなく倒している時点で気づいても良さそうなものではあるが。
俺は今、25層のキャンプにいる。アインは無理矢理眠らせたが、皆は転移環でホテルに戻って休んでいる。
セラ先生から借りたあの魔導具は凄く使いやすいが、明らかに上等品でとてもに目立つので今回は使わない。一応買っておいた安物のテントの中に転移環を入れているので怪しまれる事はないが、テントだけ置いて俺達が誰も長時間姿をみせないというのも変な話だから俺が残っているのだ。アインはテントの中で爆睡中だが他の皆は柔らかい寝台を望んでホテルに行った。
だが俺は床の上でも全く苦にならない。むしろ上等な寝台では寝られないくらいの貧乏性だ。
かつてと同じくホテルでも相変わらず寝台の下の床で寝ているくらいなのだ
「たまにはダンジョンで夜を明かすのも乙なもんだね」
俺の肩に相棒が座っているのだが、誰も気づく様子はない。妖精の姿が見えないものが大多数とはいえ心無い者は見世物小屋に売り飛ばす輩もいるというから油断は禁物である。
だが、周囲に人影は殆どない。何故ならばさっきまでいた冒険者の多くは先に進んでいるからだ。
今日は最後に25層の中ボスを倒して終わったのだが、もちろんその先には進まず引き返した。
つまり、この先は宝箱の再出現しつつも未だ誰も手をつけていない層という事になる。
俺達がこの先に進まない事、つまり先行者特典を放棄したのを見たほかのパーティーは我先にと中ボスの先へと探索しに行っており、このキャンプには2組程度しか残っていない有様である。
時刻はすでに夜もかなり過ぎているので冒険者達の活動時間ではないはずだが、これは長期に渡ってダンジョンにいると昼夜の感覚が薄れる事も関係しているだろう。
環境層では現実の時間と層の景色が連動していたが、石でできた通常のダンジョンでは時間の経過が掴みにくい。慣れた冒険者たちは体内時計に頼っているようだが、どうしても不規則になるのは避けられない。この場合は逆にそれが上手く働いたようだ。
俺は焚き火を焚いてとある飲み物を飲んでいた。ダンジョン内は別に暗くはないので焚き火は不要なのだが、ただの雰囲気出しである。
移ろいゆく焚き火の炎を見ながら俺はカップの中の黒い液体を口に含む。苦味と共に馥郁たる香りが広がり、何ともいいようがない満足感を与えてくれる。
これは如月が初めてこの地で作り出した珈琲という飲み物だ。雪音はこの世界の豆茶(如月は紅茶とも違う飲み物と評していたが)を気に入っていたし、玲二は炭酸入りの飲み物を思う存分作り出して俺達の食生活を豊かにしてくれた。
だが、如月は重度の珈琲中毒で一日に数度は飲まないと気分が悪いらしく、いまだ回復中にもかかわらず欲しい物はと聞いた質問に珈琲を答えたほどだ。
だが、それは俺に当てはまったようである。この珈琲を一口飲んだだけで懐かしい感覚に囚われてしまい、常に愛飲するようになっている。特に焚き火を眺めながら飲む珈琲は最高だ。
俺と相棒に言葉はいらない。隠したいと思わなければ離れていてもお互いの場所と気持ちを知れる仲であれば言葉は特に意味を為さないからだ。俺たちは黙って焚き火の炎を眺めていた。
「ん……」
すると設営したテントからごそごそとイリシャが首を出した。転移環を設置して女性陣と玲二が一旦ホテルに戻ると同時にイリシャがこちらへやってきたのだ。この子には転移環での移動を教えた覚えはないのだが、見よう見真似で出来てしまったらしい。
俺を見つけて抱きついてきたイリシャだが、まだまだ休息が必要な体だ。しばらくすると瞼が落ちてきて体が暖かくなってきた。すぐに睡魔が襲ってきたようで、俺が後で使う予定だった寝袋に包まって寝息を立て始めたのだが、さきほど目が覚めたようだ。
「そっちいっていい?」
「ああ、今は大丈夫だ」
「ん」
これまた雰囲気のために<アイテムボックス>から出した丸太に座っていた隣にイリシャが腰掛ける。
先程まではまだ冒険者が行き交っていたので、見つからないようにテントから出るなと言い含めてあった。
「何か飲むか?」
「ちょこみるくがいい」
「イリシャ、恐ろしい子! 蜂蜜越えの超高級品を平然と要求してきたよ」
何故か顔に縦線を入れて慄いている相棒を無視して俺はチョコミルクの準備をする。なんだかんだいいつつ相棒はもちろん自分の分も要求している。当然おかわり分まで作らされた。
「いきなり贅沢なのが来たな。寝る前にちゃんと歯を磨くんだぞ」
チョコレイトは異世界では当初、薬としても流通したようだがこの世界はそれもまだだ。玲二がセリカに見せたカカオに似た植物さえ確認できていない。
だが、その魔性の甘さは既に多くの富裕層を虜にしている。イリシャも一度口にしたら大層気に入ってしまった。
まだ店舗を構えていないセリカの店だが、今日もチョコ目当てに有閑マダム達が大挙してホテルに押し寄せている。
もう既にひとつのサロンとして成立しているその集いで、彼女達が暇を持て余した同類達にいずれ開店する店を宣伝しまくれば、凄いことになりそうだ。
「はふ。あまくておいしい。こんなにおいしいものがあったなんて……」
「生きててよかっただろ? 死んでたら飲めなかったんだぞ?」
「ん」
ぐいぐいと俺に頭をこすりつけてきたイリシャは黙ってチョコミルクを口に運んだ。だが、まだまだこんなもんじゃない、この程度で幸せを感じてもらっちゃ困るってもんだ。俺の攻撃はこれからも続くのだ。
「ずっと俺のターンってやつだね」
「は? 何がだ?」
「くっ、玲二がいないと話がまるで通じない。早く来て……」
「あいつは風呂と飯中だろ。かなり忙しくしてたからもう寝てるかもな」
「だから今日は久々にユウと二人なんだけどね、たまにはいいよね」
最近は相棒と2人きりの時間は少なかった。俺としてはいつでも繋がっているので寂しさなどは覚えない。今日だってこうして会う前に何度か話しかけてきている。
「わたしも、いる……ふぁ」
「そうだな。だが今日はもう寝る時間だな。ソフィアと一緒に歯磨きしてこい」
「やあ、ダンジョンでキャンプファイヤーやってるってホントかい?」
またも眠ってしまったイリシャをホテルに連れ帰り、ソフィアに任せた俺はその場に居合わせた如月と共に焚き火の元へ戻った。彼とはまともに話をする機会がなかったので丁度いい。
「コーヒーはインスタントだけど、野外じゃこっちの方が野性味があって良いね。あとはサイフォンが有ればいう事なしだけど……そういえばガラス製品ってどうなってるんだい?」
如月の質問に俺は<アイテムボックス>からポーション瓶や蜂蜜の瓶を取り出して見せた。
「こんな風にダンジョンからドロップされる品に使われているのはよく見るが、それでも高いぞ。特に大物になると貴族や大商会くらいしかないと思ったほうがいいな。いっそのこと自作した方が、いや、創造ればいいのか」
「既存の技術と魔法が混在しているんだね。そこらへんはまさに異世界ファンタジーというべきか。早く体を戻してこの世界を色々見て回りたいよ」
珈琲を片手に語り合うその顔には陰りはなかった。本心からそのように言っているのは解ったが、玲二たちといい元の世界に全く未練を感じさせない素振りが少し気になった。俺は自分の記憶がないだけに己の起源というか由来が気にならないと言えば嘘になる。相棒も居るし、元の体の持ち主のライルには悪いが俺もこの世界を楽しんでいるからどうこう言うつもりはないが、全く感じさせないというのも変な話である。
「玲二や雪音から一通り話は聞いているとは思うが、あの時は色々忙しかったからちゃんと聞けてなかったし改めて聞くんだが、如月も元の世界に戻る気はないのか? そのユニークスキルもレベルが上がったんだろ? それを考えればいつかは帰れる話じゃないのか?」
「そうだね、正直今は生きているというだけで有り難いし、その上足まで治してもらってるんだ。受けた恩の分だけユウキの力になりたいって言うのが一番強い感情だけど、日本に帰るのは……今はいいかな」
彼の顔には余裕が見て取れた。帰還の方法が朧気ではあるが見えてきたことにより切羽詰った状況ではないことも作用しているのかもしれないが、故郷に対する執着が薄いようにみえた。
俺が黙っていると、如月が言葉を続けた。
「あの二人から少しは聞いていないかい? 僕達召喚に応じた日本人は多かれ少なかれ故郷に複雑な気持ちを抱いているんだ。だから呼ばれたんじゃないかって二人とは話したんだけどね」
如月は妻帯者だった。だったと言うからには過去形であり、妻とは死別している。死因は事故であり、そのときに彼は両足が不自由になったという。
「今じゃその痕跡もなくなっちゃったけど、指輪もあったんだよ? 身包み剥がされた時にまとめて金目の物は盗られてしまったけどね」
「それはマズイな。よし、探してみるとしよう。あの組織で取られたなら追えるかも知れないし、異世界の指輪なんて貴重だろう。きっと高値がついているさ。探し出してやるよ」
ダイヤモンドは宝飾品の中では価値は低い方だ。雪音はありえないと驚愕していたが、俺も彼女から研磨や斬り方で様々な反射を見せる、えもいわれぬ美しい石だと理解した。そして雪音もこの世界では宝石そのものの美しさや宝珠として活用可能かで価値が大幅に変わると納得した。
今では美しくカットされたダイヤモンドはセリカの商売の大きな柱になりそうだと聞いている。隣で玲二がそれって人工ダイヤじゃないのか? と疑問を呈していたが、完全に無視された。
そのカットされたダイヤがはめ込まれた指輪だというから絶対に高値がついているだろう。いや、もしかしたら例の闇オークションに流れていそうな気もする。
「あ、ありがとう。でもそこまでしてもらっても僕には返せる物が何もないんだ。僕のユニークスキルだってユウキにはなにも貢献できていないわけだし」
「そんなことないよ! キサラギのおかげであの日本と繋がったんだよ!? ネットが使い放題で色んなサブカルコンテンツが見放題だっていうのに! 雪音のスキルは凄いけど消費も凄いからそう簡単には使えないし、狙った物が来るとも限らないし! それに引き換えキサラギのはスゴイ! ホント凄いんだから!!」
「と、このように我が相棒が大絶賛なんでな。リリィが価値を認めているんで俺にとってもお前は絶対に手放せない。それに思い出は大切にしろよ。記憶をなくしている俺が言えた言葉じゃないが、思いは人を強くするはずだ。失ったその人は、もうお前の記憶とその品物にしか宿っていないんだぞ」
「それは、そうだけど……」
「それにユニークスキルのレベルも上がったんだろ? どんな感じだ?」
既に俺の仲間となる時にこの不平等な契約の話はしていたが、その後で改めてもう一度説明したのだが皆全く問題視していないのは何故なんだろう。
普通に考えて俺との契約が切れれば尖りに尖ったユニークスキルだけが突出したただの人間として異世界に放り出される事になるのだ。玲二はステータスアップなんでどうにかなるにせよ、雪音と如月はもう少し俺と交渉をして然るべきだと思うのだが。
「<ワームホール>は今日でレベル3に上がったよ。大きさが約30センチくらいまで上がったくらいだね。だけど人が一人通り抜けるには相当かかりそうだ」
確かレベル1で5センチで、レベル2で15センチだったかな。大分先は長そうだが、彼等もそこまで急いでいない。通信できるだけで皆大喜びだから正直これで十分なほどだ。
「お前も好きなスキルあったら取れよ? 俺のポイントは貯まっていく一方で減りゃしないんだ」
「じゃあ気になっていたんだけど、<MPアップ>は最大値にしないのかい? 雪音ちゃんの事を考えても意義があると思うけど」
「えっ! あれ最大まで上げてなかったか? リリィ、どうなってる?」
相棒を見ると彼女もしまったと言う顔をしていた。お互いすっかり忘れていたらしい。俺は自分のスキル欄を見れないのだが(見れるのは異世界召還者だけだ)、玲二や雪音は<鑑定>で見ることが出来る。後で聞いたのだが、必要ポイントがあまりにも多すぎるので遠慮していたようだが、さっきも言ったがほかに使う予定がないのでいくらでも使ってくれてかまわない。今回の最大値まで上げて700ポイントか……確かに無断では使いづらい額かも。
「口にしてくれてありがとう。如月には年上の大人としての意見をもらえると助かるな。どうもあの二人は俺に遠慮があるみたいでな」
「僕に出来る事があるなら喜んで協力するよ。あとは日本でやってた仕事がこっちでも活かせればいいのだけど」
如月はこの世界でも己の生き方も既に模索しているようだ。俺からは何も強制する事はないと始めに言ってあるので自由に考えてもらっている。
「そういえばはじめて<鑑定>したときに家具職人だったかが出たな? 日本ではその仕事を?」
「最初はただ好きで書いていただけだったけど、足が不自由になっても続けられる仕事だったのは助かったよ。もっともそっちではほとんど稼げなかったけどね。殆どの収入が為替と株で得られたものだったよ」
如月は辛そうに言葉を濁した。どうやら彼はかなりの資産を作り上げたようだが、それは彼の妻を失ってからだったようだ。最愛の妻と多額の資産を交換したように感じられて罪の意識を感じている。
彼は心から妻を愛していたようで、日本に戻りたがらない理由はその嫌でも妻の事を思い出してしまうかららしい。そのせいで心を病んで通院までしていた彼は日本と少しだけ距離を置く事を選んだという。
この世界の魔法には死者の蘇生があると知ったら彼は何を思うのか……これは言わない方がいいな。その蘇生魔法もかなり胡散臭いし。
過去の記憶を失った俺と記憶のお陰で大切なものの喪失に苦しんでいる如月とどちらが幸せなのかは判断できないが、この世界で少しでも彼の心が軽くなる事を祈る他ない。喪失の苦しみを癒せるのは時間だけ……だったはずだ。記憶喪失は解決策とは言えんだろうしな。
互いに言葉もなくただ焚き火の炎を眺める時間が流れるなか、その静寂を破ったのは、風呂上がりなのか髪の濡れた玲二だった。
「なんだよ三人だけで楽しみやがって! 俺も混ぜろよ」
そうだ、焚き火と言えばアレだよなと玲二が取り出したのはあの如何とも形容しがたいフワフワの不思議な食感のお菓子だった。菓子ガチャなる奇っ怪な試行錯誤を繰り返した玲二と雪音は異世界の菓子を大量に持っている。その消費は主にジュリアとレナだが、セリカも様々な用途で使っているようだ。
たぶんセリカが一番異世界人の恩恵を受けている気がするな。
その白い菓子をひとつ取り出した彼はそれを木の串に刺すと焚き火にかざした。
「焼きマシュマロは焚き火でやるのが王道だよな。お、溶けてきた」
「ほほう、アニメで見たやつじゃん! 玲ちゃんでかした!」
玲二からとろけた菓子を受け取ったリリィは自分の顔の半分はあろうかという菓子にかぶりついた。
「あまーい!? これはすごいよ、リリィポイント30点あげちゃう!」
夢見心地の相棒が言い出した謎のポイントは300点貯めると何でも言うことを聞いてくれるというとんでもないものだ。
願いを叶えるのは主に俺だが。
そのせいか、最近は皆がリリィに甘い気がする。相棒を甘やかすと後が面倒なんだが、後悔しても知らんぞ。
「今のところは誰が一番だ?」
「俺が今ので180ポイントだな。なにしてもらおっかな? 多分次がソフィア様じゃないかな」
やれやれ、リリィさんよ。あんまり安請け合いしてくれるなよ、それが全部俺に回ってくる気がするぞ。
しばらく焚き火を囲んでガヤガヤとやっていたが、これだけでは何か物足りないと言い出した玲二がせっかくなんで肉を焼こうと言い出した。
「焚き火といえばBBQだろ。やらないなんてもったいないぜ」
「今から食うのかよ。よく入るな、さすが若いねえ」
もう二刻もすれば日が変わろうかとする時刻なんだが、玲二はやる気だ。
「肉体年齢は俺らと変わらないだろ? どうせ明日も動き回るんだし、ユウキももっと背を伸ばしたいんだし、如月さんももっと食わなきゃダメだぜ。さあ焼こう焼こう」
「人間は肉が好きだねえ。私にはよくわかんないな」
食事を取らなくても平気なくせに甘味だけはひたすら食べる相棒には言われたくないと思うが。
取り出した鉄板を焚き火の上に設置して肉を焼き始めた途端、隣から聞き慣れた吠え声がした。
<肉と聞いて飛んできましたワン!>
「は? ロキ、お前どっから湧いてきた?」
我が家のペットの犬っころ、改めロキ(雪音命名。俺のゴンベエは全く広まらなかった。不思議だ)が何故か横でお座りしていた。いや、ここダンジョンだぞ、なんでいるの?
<皆がボクに隠れてお肉を食べようとする気配を感じたので、飛んできましたワン!>
「いや、理由を聞いているのではなくてだな」
<こんな夜に皆で肉だなんてズルいワン。皆に言いふらされたくなかったらボクにも……>
「質問に答えろ駄犬。どうやってここに来た?」
俺達にブチブチ文句を言いつつも視線は焼ける肉から目をそらさない駄犬の口をつかんで閉じさせる。
キュンキュン鳴き始めるが構うことなくつかみ続けると、ロキはようやく俺に気付いたように身を震わせた。
<あ、ご主人サマ。こ、これはですね、つい……>
「最後の質問だ。どうやってここに来た? お前は公爵家の屋敷で警護を任せたはずだ。仕事はどうした?」
殺気を乗せて問い質すと、子狼の姿のロキはさらに小さくなって答えた。転移環を使っての移動なら目の前のテントから出てくるはずだし、俺は一切気配を感じなかった。ペットにして俺の力を分け与えたことになっているロキはその性質上、俺から逃げ隠れできない仕組みだ。力の流れというようなものがわかるからだ。
そんなロキがいきなり俺の隣に現れたのだ。
<ボクの権能の<分身>を使って<転移>してきました>
は? 権能ってなんだ? しかも転移だと? アホみたいな事をいっているが、嘘を言っていない事も解る。
<そこの神聖霊であられるリリィさんの零れた力をお借りすれば造作もないことですワン。ブリンクはボクの神狼としての能力ですけど>
「本当かよ。分身だと?そんな便利な力があるなら俺にも寄越せよ」
<ボクの力はご主人サマの力でもありますから、使えると思いますワン>
リリィの方を向くと、多分出来るんじゃない?とのこと。焚き火の炎じゃ肉が焼けるまで時間がかかるから試してみるか。
ロキの言う通りに手で印(狼でも出来る簡単なものだった)を描いて魔力を注ぎ込むと、目が眩むような光で覆われ、それが収まるとそこには気の抜けたような顔の金髪の少年、つまり俺がいた。
全裸なのはご愛敬だ。うん、そりゃロキのスキルならそうなるわな。動物は普通毛皮も体毛だもんな。ここにいるのが男だけで良かった。
「うお!! すげぇな! ホントにホントかよ?! この異世界なんでもありだな!」
「どこから見ても本物にしか見えないね」
「はははは、目が死んでる!! おもしろーい」
三者三様の反応を示す中、俺も驚きを隠せないでいた。
ええ? この生気のない死んだ魚のような目をした奴が俺そっくりだと? つまり皆からは俺もこう見えているのか。それはいかんが、どうすりゃいいんだろうな。
ま、考えても仕方ない。この分身とやらをいろいろ試してみるか。
あれこれ動かそうとしてみたが、今はあまり使えないスキルかもな。<並列思考>を最大限に使ってみても簡単な命令しか受け付けないのだ。
今のところはまっすぐ進んで手を動かすくらいだな。
いや、考え方次第ではいけるか? 肉の盾としても囮としても使えそうだし、分身は任意の場所に出し入れ出来るから、敵の背後に現れて剣を降り下ろすだけでも脅威だ。うん、奥の手として使えるかもな。
あとはその魔力消費だが、ちょうどここには<鑑定>持ちが二人もいる。
「玲二、分身の消費を知りたいから、ちょっと見ててくれ。如月も<鑑定>の練習にちょうどいいからやってみな」
「オッケー」
俺が一度解いた分身を改めて作り出す。今度は人形のように細部は適当だ。これができるなら、やろうと思えば服も作れるのか?
「消費は1500ってとこか? けっこう多いな。もしかしたら割合で消費するのかもな。それと能力値半減してる。等分って事なんだろうが、今のユウキの半分のステータスでも充分無双出来るなこれ」
「二人もやってみろよ。なかなか面白い技能だぞ」
俺にできる事は習熟の差こそあれ<共有>を持つ皆も出来る。
二人が作り出した分身の消費は百程度だった。やはり自分の持つ総MPから割合で消費が決まるようだ。
「これが分身かぁ、自分そっくりの人形ってとこか。命令して動かすタイプかな。てかさ、ユウキのMPがメチャクチャ上がってるんだが、なんかあった? 今見たら15万越えてるんだけど」
「ああ。如月に言われたんだが、MPが上がるスキルを最大まで取ってなかったんだよ。雪音のスキルでMPはいくらあってもいいからな。最大まで上げたらそうなったんだ」
俺の説明で玲二は納得した顔をした。彼等もそれはわかっていたが、やはり消費量の関係で口には出せなかったようだが、俺のポイントは皆の共有ポイントでもある事を一度はっきりさせた方がいいかもな。
俺と契約した者は<共有>による恩恵と共にユニークスキル以外の取得自由を失うのだから、これくらいのことはあってもおかしくないだろう。
「これもユニークなのかな? こんな常識外れな事が簡単に出来ると思えないし」
<いや、これはボクの”権能”だワン。神から与えられた特性と考えるべきだワン。今までは力が足りなくてご主人サマからのお力でようやく出来るようになったワン。でもあんまり使えない能力だワン>
ロキ自身も分身を公爵邸に残してこっちが本体なので、上手く扱えていないようだ。今の時間帯、夜ならば分身を眠らせておくだけでいいので楽らしい。
「いや、使い方次第でなかなか面白い技能だぞ。でかした、褒めてやる」
<あ、ありがとうございますワン 初めて褒めてもらえたワン>
褒美に肉を……と思ったが、焚き火の大きさからその上に置く鉄板もたいした広さではない。だが、俺と会話しながらも視線が焼いている肉に釘付けなのはどうなのか。ぶんぶんと揺れる尻尾の主張はいうまでもない。
「ロキよぅ。見りゃ解るだろうが、この鉄板の上には俺と如月さんとユウキの分しかないんだ、次まで待ってろよな」
<ボクの味付けはニンニクソースがいいワン>
「話聞いてねーなお前」
<その次は基本の塩だけで、そのさらに次はステーキソースでお願いするワン>
「増えてんじゃねーか!」
何故か深夜の焼肉大会が始まってしまったが、これもまたいい思い出になるだろう。
翌朝出発したのは朝の九時近くだった。俺はいつも通りウィスカのダンジョンで日課の周回をこなしてきた後だが、玲二とアインが目覚めなかったのだ。アインはよほど疲れがたまっていたからだし、玲二に関してはただの夜更かしだ。
だが、女性陣はゆっくりとホテルのラウンジで朝食を取れたので文句はなかった。昨日まで早朝に出発しようと強硬に主張していたのはアインなのだ。
俺が日課としているウィスカの周回経路は10層20層のボスを倒して環境層の作物を収穫し、そのまま21層の階層主を討伐して帰還石を手に入れ、そのまま25層に跳んで金銀を山ほど手に入れて帰ってくるという流れだ。今日は25層の宝箱から珍しい白金貨を手に入れたので収入は1500枚ほどになるか。これが王都にいながら一刻で行えるのだから笑いが止まらない。
特に珍しい白金貨は熱心な収集家がいるそうでそういうものには驚くほどの高値がつく。セリカに見せたら金貨150はすると言っていた。使用すれば100枚でもその人に売れば150枚とか、売るに決まっている。
借金問題が順調なので俺の気分も爽快だ。玲二たちを叩き起こす事もなく俺もホテルで皆と過ごした後、慌てて起き出した二人に皆で冷たい視線を浴びせながら出発した。
25層の中ボスとして君臨していたヘルハウンドはウィスカ21層のデスハウンドの上位種に当たるが、たった一匹じゃ脅威にもならない。さらにボス特有の現象としてボス部屋の扉が閉まりきってから行動を開始するという謎の制約がある。
つまり扉が開き始めたと同時に魔法攻撃すれば簡単に倒せるのだ。皆知っている当たり前の事なのだろうと思っていたが、本来はありえないことらしい。
「扉からボスまでの長さは魔法の有効射程距離を越えています。これを越えると魔法の威力は大幅に低下しますし、攻撃を受けた敵はその魔法職に向かって襲い掛かりますから、相当の実力差がない限り行えない戦法です。私達が普通に行っていられるのはユウキ様が宝珠に籠めてくださった魔法が桁違いの異常な威力だからですよ」
皆こうやっているんだろ? とユウナに何気なく聞いてみたらこう言われて呆れられてしまった。
そうか、確かにこのやり方が通用するなら魔法や遠距離攻撃を持つ者がもっといてもおかしくないが、周囲の冒険者を見る限りみんな編成は普遍的な前衛と後衛だった。まあボス戦だけがダンジョンじゃないしな。
今日の探索は想像以上に速く進んだ。その理由は俺達が中ボスを昨夜の内に倒してしまい、その先の宝箱を求めてキャンプしていた冒険者達がめぼしいお宝を既に取っていて、俺達は最短距離で進むことができたこともある。そして何より……
<ふっふっふ。また愚かな雑魚が一匹塵に帰ったワン。ボクの爪と牙に敵はいないワン>
「おい、敵が現れた側から倒すな。少しはこっちに回せ。修行にならん」
<あ。ごめん>
本来の姿である巨大な狼の姿に戻ったロキが敵を瞬殺して回っているからだった。おかげでダンジョン初日のようにひたすら階層を歩くだけで終わってしまいそうな勢いだ。
力を求めてダンジョンにやってきた騎士たち、特にアインは昨夜睡魔に屈してしまった事を嘆いていたが、俺が試しに一人で戦わせてみた26層のモンスター、サイクロプス(ウィスカ10層のボスより数段弱かった)3体を一人で難なく倒してのけたことにより、自分の力が相当上がっている自覚を得て満足したようだ。
ある意味その慢心と油断が戦いでは一番怖いのだが……友達だし、一応そこまでは面倒見てやるか。
「あっという間に30層のダンジョンボスフロアに来ちゃったな。これまで全然苦戦しなかったし」
「ロキのおかげ、というより我等が強くなったのが大きいな。俺もまさか一人でサイクロプス数体を打倒できるとは思わなかった」
「いや、元々それくらいの力はあったんだろ? それを披露する機会がなかっただけで」
このダンジョン最後のボスがいる30層のボス部屋の前で最後の一休みを行ったのは午後3時くらいだった。ここで諸々の準備を終えて最後の戦いに挑もうというわけで休憩していたのだ。
<ご主人サマ、ボク頑張りましたよね!?>
「わかったわかった。ほれ肉だぞ」
<むっはー!>
明らかにご褒美の肉目的でついてきたロキを適当にあやしながら俺は周囲を確認した。
剣の状態を確認しつつ談笑するアインと玲二。
アイスは先程宝箱から手に入れた珍しい武器、火属性の鞭を感触を確かめている。力に優れない代わりに魔力と素早さを活かして戦っていた彼女だが、鞭を使って戦う事で中距離戦での活躍が見込めるので、彼女も新たな自分に喜んでいた。初めて触ったはずの鞭だが、既に狙った場所に先端を命中させているからスキルに現れるほどではなくとも才能はあるのだろう。
火属性の鞭はその軌道に炎の道を残し、見た目にも格好がいい。
アイスはいくら騎士とはいえ普通の女性と変わらぬ体格で剣を握り続けることに疑問はあったようだ。そもそも自分の手にできていた剣ダコを回復魔法で消したらジュリアともども喜んでいたからな。アインは勲章のようなものだから残しておきたいと言ってたのに。いや、これは女性なら当然か。
そのジュリアは宝珠の使い方を完全に理解したようで、腰の革帯に幾つもの宝珠を括り付けていた。彼女はそうすることで剣を握ったまま宝珠の発動を可能としていた。
これは地味だが凄い事だ。俺がアイン達に渡した魔導具とは違い、威力も桁違いに大きい宝珠の発動は熟練の魔法使いでも慎重になる。
より正確に言えば、宝珠とはここ一番で使うような大魔法が籠められたものが多い。切り札として平時に溜め込んだ魔力を存分に用いて最大級の魔法を放つのか一般的なので、宝珠が大魔法そのものと思う奴もいるくらいだ。
俺が籠めた各属性の魔法もそれなりの威力のはずだが、それをジュリアは切り結びなから発動している。これは俺もできるかどうか自信がないな。そう褒めてやったらジュリアは花が咲いたような笑顔を浮かべた。たぶん彼女の素はこっちなんだろう。
そのおかげもあり今日の撃破数はロキに次いで2番目だったりするから、彼女も相当レベルが上がっているはずだ。
俺はユウナと共にロキにやる肉を焼いてやりながら、ダンジョンボスが待ち構える扉を眺めた。
リルカのダンジョンの最終ボスは既にユウナが知っていた。ボスはグリフォンという怪物だ。鷲の翼と章半身、下半身はライオンの姿を持つ強力なモンスターのだという。かつてこのダンジョンを踏破した冒険者達が大昔にもたらした情報だ。そこからかなりの時間が流れていることに疑問は感じる。
初心者用ダンジョンと銘打つには些か強力すぎる相手のようだが、このリルカのダンジョンは踏破する事を考えたダンジョンではなく、新人訓練用のダンジョンという位置付けだ。確かに低層の難易度はそれにふさわしいが、20層を越えた辺りからは手応えのある中級ダンジョンという印象が強い。
だが、所詮そこまでだ。まだ戦っていない相手とはいえ昨日出会ったような冒険者パーティ”青い風”が挑んでも撃破できそうなボスに思えるのだ。
ユウナに聞いてもダンジョンボスは恐るべき相手だが、この層に出る敵とそこまで隔絶した実力差があるようなダンジョンは少ないという。
このボスがグリフォンという情報が古いのは、それ以降の生還者がいない事を証明している。それ故にいつしかリルカのダンジョンの最終ボスは手を出してはならないという不文律が生まれたようだ。有名な冒険者たちが挑まなかったのは……そこに至るまでの実入りが悪いからだろうなあ。
ユウナ、ジェイク、ドラセナードさんたちのパーティ王都のダンジョンの攻略を見送っていたようだし。
だが、その決まりも今日、俺達が破ってやるという訳だ。アイン達が求める箔も長年誰も為し得なかったダンジョン踏破なら十分すぎるほどだろう。
「さて、ロキはここで戻れ。俺達の戦いにお前は強すぎる。最後は俺達6人で挑むとするさ」
<わかりましたワン。ごようめいの際にはいつでも肉で駆けつけますワン>
ブレないなこいつ、とある意味感心する肉への渇望を窺わせながらもロキは<転移>で帰っていった。あいつ朝昼晩と肉一塊ずつ平らげてまだ食うってんだから恐ろしい。今は<アイテムボックス>に4桁ある肉もいずれは枯渇しそうな勢いである。
「さて、皆準備はいいか? 一応グリフォンの情報を得てはいるが、20層での出現はありえないとされた霜の巨人の件もある。油断するなよ」
全員緊張を顔に浮かべているが、気負いすぎている感じはしない。良い自信と経験を積んできた証明である不敵な表情をしている。これなら大丈夫そうだな。
「一応扉を開けたら魔法攻撃してみるか? それとも真正面から小細工なしでやるか?」
リーダーのアインに聞いてみる。俺個人としては楽に勝てるならそれに越したことはないが、彼は騎士だからそれなりの戦い方をしなければ周囲から笑われてしまう。それではダンジョン踏破の意味がない。
「これまで散々頼ってきて悪いが、俺は最後くらいは真正面からぶつかってみたい。皆はどう思う?」
ここで指揮権を持つはずのアインが皆に意見を聞いた。これまでは方針を示して戦いに望むことはあっても、周囲から意見を求めなかった。これは彼の精神的成長と共に、最後くらいは皆でという意志を感じた。
「そりゃ正面から行こうぜ。ユウキは効率厨の極みだからロマンがないよロマンが」
「私も自分の力を試してみたい。果たして伝説の魔獣グリフォンに私の魔力は通用するのかを知りたい」
「兄さんが決めていいですよ。私はこの炎帝の鞭を譲ってもらっただけでここに来た価値は充分すぎます」
俺とユウナは今回の探索では一歩引いた位置にいるので意見は出さない。4人の意見は決まったようだ。
「ユウキ、俺達は正々堂々と戦って勝利する。それでいいか?」
それを決めるのは俺じゃないって。だが皆がいいなら俺も従うさ。億が一にも『事故』なんて起きないし、起こさせないから気楽に戦えばいい。
「じゃあ、行こう」
俺達はこのリルカのダンジョンの最奥にいる最終ボスの扉に手をかけた。
ここから俺達にとって本当の戦いが始まることになる。
楽しんで頂ければ幸いです。
次でリルカのダンジョンが終わると思います。その次はどれにしようかな?前に書いたやりたいことリストは順不同なので正直どれでもいいかんじです。
最後に恒例の謝辞です。
皆様のお陰様をもちまして私も何とか続けてこれております。全て読んでくださる皆様のおかげです。
評価、ブックマーク、感想、全てに感謝しております。
そして誤字脱字も大量にご指摘いただきました。顔から火が出る思いですが、ありがたくご指摘頂戴いたしました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。
これからも頑張ってまいりますのでなにとぞよろしくお願いいたします。




