リルカのダンジョン 5
お待たせしております。
俺達は翌朝から21層の探索を開始した。
ここからは明確な地図が販売されてないので普通の冒険者なら慎重に進むべきなんだろうが、俺にはいつものことだ。
<魔力操作>で構造を把握し、<共有>によってそれを理解したユウナが羊皮紙に書き留めてゆく。本来は時間のかかる作業なので後回しにすべきなのだが、ユウナは残像さえ生まれる速度で精密に書き写してしまい、皆を驚かせた。
出来上がった地図はやはりこれまでとは格段に広いものだったのでジュリアたちは難しい顔をしているが、俺に言わせればウィスカの環境層と大差ない。21層以降はそれ以上に広いからな。
ここからは戦闘が主になる。昨日は売られている地図を見て進み、最後の戦闘以外はこのままにろくに戦っていないからこれからが本当の冒険だ。
内部構造は既に解ったので後はいつもウィスカでやっている、階段という正解に向かって行き先を出口から入り口へと逆に辿るだけなんだが、それに宝箱の回収を含めると……なかなか歩くな。戦闘次第だが、やはり時間はかかると見てよい。
ここで出る敵はケンタウルスなる人馬一体となった敵と、それに騎乗した動く鎧だった。
特にケンタウルスは調子に乗らせると厄介だ。ダンジョンの直線を利用されて突撃されると彼等ではほぼ対抗手段がない。
俺なら魔法を後の先で当てて楽しむが、飛び道具がほぼ無い4人では突撃をやり過ごすのが正解だろう。
だが相手も考えたもので、動く鎧が下馬して戦いを挑み足止めしてくる。直線でしか強い効果のない突撃を未然に防ごうとする俺達の妨害をしてくる辺り、敵も戦術を使ってくる。
当然ながら、敵も強くなっている。
安全に対応するため、玲二も騎士達も俺があげた指環を使って魔法攻撃を選択した。
昨日のうちに自分が何発放てるのか、ギリギリの限界までの数と動きが阻害されるまでの数をそれぞれ把握している。数はアインが15発、アイスが28発で魔力切れ寸前まで粘ればそれぞれあと8発追加可能だった。
もし魔力切れでも俺が手持ちのマナポーションをあげればよいのだが、今回の趣旨は彼等の鍛練であって俺の助力は極力少なくするつもりだ。
だから、彼等は残りの魔力を管理しながら戦いを進める必要があった。
あったのだが、そんなのお構い無しに魔法を放つ奴が二人いる。
「フリーズアロー! よし、当たった! これは楽しいな、魔法使いたちはこんな気持ちだったのか!」
「相手は向かってくるから実体弾の方がより効果的か、ここはストーンバレッドでいくか。」
憐れケンタウルスは急には止まれない。狭いダンジョン内で避けきれない量の魔法の矢を受けて塵に還ってゆく。
ジュリアが使っているのは昨日の霜の巨人からドロップした氷属性の宝珠だった。その数なんと15個! その他にも氷属性のスクロールが26枚と正に大量のお宝が出てきたのだった。
宝珠の発動は難しい技術は要らない。ただ魔力をほんのわずか込めればよいだけだし、さらにこれらの宝珠は特上級の代物で一度に5回まで魔法が発動できるのだ。
つまりジュリアは現時点で50回以上の魔法が発動できることになる。
ジュリア本人はスキルとして持っている火魔法の訓練ばかりだったようで、水属性の魔法が新鮮で楽しいようだ。
それに本人は気づいてないようだが、いざとなれば使い終えた宝珠の魔力補充は玲二が出来たりするからな。
当の玲二はさらにとんでもないことをしている。
彼は魔法の習熟にそこまで乗り気ではなかった。一度きっちり覚えたものの、その後は魔力鍛練は怠っていないようだがハンク爺さんの所に弟子入りして料理ばかり作っていた。
ちなみに、かねてから計画していた彼の屋台は盛大に失敗した。
ハンク爺さんの腕を知らしめる目的で弁当を大量に作って販売したのだが、屋台では4つしか売れなかったのだ。
その4つも俺と雪音、レイアにセリカという身内に売れただけという悲惨な結果だった。
諦めきれない玲二は腹を空かせている筈の日雇いの男たちに半値で売り歩いたが、それでも思うように売れなかった。
暑い中を汗だくになって売り歩き、売れ残った大量の弁当を何とか減らすべく売り物を口にした彼は自分でその原因に気づいてしまった。
味が薄いのだ。歩き回って大汗をかいた彼の体は塩分を欲しており、自分で作った弁当に塩をふろうとしていたのだ。
この世界の高級品は総じて味が濃い。いや、濃い味こそが庶民の間では良いものとされている。その理由は美味い不味いではなくその方が沢山調味料を使って贅沢だから。子供でもわかる理屈である。
王都のリノアの店でも味付けは濃い。客層が労働者が多いから、というのもあるが単純にその方が喜ばれるのだ。
逆に素材を生かす薄味は富裕層では大人気だ。王女のソフィアはもちろん、かなりのお偉いさんであろうセリカも玲二の料理を誉めていて、彼の慰めになった。
玲二自身は日本で中華(たぶんあの中華料理であっているはずだ。記憶はうろ覚えだが)を専門に作っていて味の濃いそれが当たり前になっていたという。だからハンク爺さんの素材を生かすハンク爺さんの料理にあそこまで惚れ込んだのだろう。
赤字額は金貨数枚と俺に比べれば端数にもならん額なので玲二が見ていないときにさっさと清算した。あいつは俺が肩代わりした事を知ってその額を絶対に返すと怒っていたが、玲二がいることの価値は金では測れないからな。
それに若いときの苦労と失敗は買ってでもした方がいいのは本当のことだ。
そのときの苦く得難い経験がやり直せる時に活きてくるからな。歳をとってから大失敗すると本当にやり直せないし、簡単には立ち直れない。
ハンク爺さんが玲二を止めなかったのもその思いがあったからだと思っている。
とにもかくにも屋台は失敗し、赤字だけが残った。項垂れる玲二を伴って俺達は集まって王都で酒を飲んだ。ミセイネンがどうとか寝言をいう玲二もすぐに酔い潰れ、卓に胃液をぶちまけた翌日には立ち直ったのだが、師匠であるハンク爺さんから厳しい言葉が告げられた。
玲二はしばらく料理から放れることを命じられたのだ。
若い内から人生を決めつけるな、他の事もやってみろとの仰せだが、玲二はかなりの衝撃を受けていた。
普段には決してないボーッとした時間が増え、ふと思い立ったように立ち上がるもまた座るというような不思議な光景を何度か見せたことがあった。
あいつも気晴らしが要るなあと思っていた所の王都行きだったので、これは渡りに船とばかりにダンジョン攻略を勧めたのだ。
さて、話は戻るが、彼は一応一通りの魔法は使える。だが、闘いに魔法を用いるのはなかなか大変だ。ウィスカのダンジョンで試したのだが、彼は自分でどうにも焦ってしまい正確な狙いがつけられないようだっだ。
だが、これは彼だけの話ではない。魔法が発動できることと、闘いで効果的に魔法を使うのは全く違う問題だ。
魔法を敵に当てるにはきちんとした正しい魔力を用いて魔法を発動させ、さらに動いている相手、時には敵意をむき出しにした相手にちゃんと当てなくては意味がないからだ。
弓を引き絞って矢を当てるのと同じではあるが、一撃の威力と必要とする集中は魔法の方が大変だとされる。弓も楽とは言わないが、魔法はまた魔力集中からだからな。
俺はウィスカのダンジョンでは必要だと思っていたから、<並列思考>とあの特訓で体に徹底的に叩き込んだが、玲二は少しばかり苦手としていた。
だが、ここからがあいつの真骨頂だ。玲二が言うには魔法自体は問題なく放てるのだ、自分が焦ってしまうならその前に準備を整えておけばよいだそうだ。
こう考えるあいつの頭が特別製だけな気はするが、玲二が試行錯誤の果てに行き着いた回答は俺を驚愕させた。
なんと玲二は発動した魔法を<アイテムボックス>に収納する事を思いついたのだった。
いや、どうやって? と思う俺の前で彼は実践して見せたのだが、いつものように<アイテムボックス>を展開すると、その入り口に向かってファイアーボールの魔法を放った。すると<アイテムボックス>の中に魔法がそのまま入ってしまったのだ。
俺も確認のために内容物一覧を見ると、実際にファイヤーボールが実際に格納されていた。そして<アイテムボックス>を展開してファイアーボールを取り出すと、入れた勢いのままに飛び出したのだ。
「な? 意外と何とかなるもんだろ?」
「い、いや、そういう問題じゃないだろこれ? なんで魔法が入るんだよ? 魔法は持ち物じゃないぞ?」
俺の疑問に玲二も理屈は理解していないのか困り顔だ。
「前にさ、ユウキがとったスキルの履歴が見れたって話したじゃん。そん時に<アイテムボックス>の容量無限化ってのがあったんだよ。無限って事は果てが無いってことだから投げ入れた物がずっとその速度で保たれる可能性もあるなと思ってやってみたら、できた」
いや、できたじゃねーよ、と思うものの、実際に滅茶苦茶使えることが判明した。一度しまってしまえば後は取り出すだけで済むので、発動に魔力が必要ないのだ。
つまり、魔法が封印されるような王宮などの特殊な空間や、敵の罠に嵌って魔法が使えなくされたときでさえ使えるのだ。特に後者はこちらが何も出来ないと思い込んでいる相手の裏をかけるので意義は大きい。
そうと知ってからと言うもの俺達はコツコツと暇を見つけては魔法を<アイテムボックス>に仕舞い続けた。雪音の創造にも魔力は使っているのでそこまで大量と言うわけでもないが、各属性5千発ほど溜め込んでいる。
それを惜しげもなく玲二は使っているというわけだ。
これぞ稀人、全く異なる思考を持つ異世界人の面目躍如といった所である。
21層の宝箱は合計で7つあった。3つは既に空けられていているのが解ったので向かわなかったが、入っている宝箱の多くは性能の微妙な装備品ばかりで後はハイポーションが3つと黄色い宝石の原石が出たくらいなので、さっさと22層に降りる。
その頃には皆大分ダンジョンでの戦い方が掴めて来たのか、危なげない戦いを繰り広げている。
敵も同じ種類しか出てこないので慣れてしまえば簡単に立ち回れる。宝箱を回収したらこれまたすぐに降りるを繰り返し、昼過ぎには25層に着いた。
俺とユウナは後からついてゆくだけの散歩なのだが、他の四人は戦闘、さらには罠の警戒とダンジョン探索の醍醐味を味わっていてかなり疲れているがその表情は精気に満ちている。自分達なりにこのダンジョンを攻略している気概がでているのだろう。
最も一番重要な索敵を玲二というか俺のスキルで補っているので、実際の探索はもっと大変だと思われるが彼等は騎士であって冒険者ではないから別にいいか。これでダンジョン探索にのめりこむような性格でもなし、彼等は鍛錬と割り切っている。
25層に至るまでに手に入れた宝箱は12個だった。数か少ないように思われるが、この王都で宝箱の再出現の期間は10日らしい。そして今日は再出現してから4日目にあたるので初日を狙った王都の冒険者達に多くを取られてしまっていたからだ。その分俺のスキルによるモンスタードロップで補っている感じだな。
だが逆に何故20層のボスが倒されていなかったのか疑問だったのだが、20層のボスの再出現は3日間隔と聞いて納得した。
その戦利品はあまりパッとしない。武器は誰も扱えない戦輪とかいう不思議な武器が出たし、防具は仕立て直しが必要な大きさだった。
それでも金銭的な収穫は昨日のボス戦でありえないくらい稼いでいる。棺の中に満載されていたアイテム類と金銀財宝は合計で金貨1000枚を越えていたのだ。皆凄まじい額の報酬に現実感がないようだが、分け前を等分して渡すとこぞって受け取りを拒否した。
アイン達にしてみれば戦って歯が立たなかっただけなので受け取るわけにはいかないようだが、戦利品の等分の分配は俺の主義だから無理矢理受け取らせた。実際には宝珠やスクロール、ハイポーション類のアイテム系の配分などかあったので金銭での授受ではないが、それでも彼等の先程の攻撃などからも魔法的装備が数段向上したのは間違いない。今日の快調な進撃はそれを裏付けているが、俺としては氷属性一辺倒なので、他の属性も欲しい所だ。あの雑貨屋とかに何か掘り出し物ないかな? 交換でも持ちかけてみようか。
「25層は中ボスがいるのか。なるほど、扉の前が安全地帯でみんなキャンプ張ってるのか。帰りは帰還石で簡単に帰れるしな」
玲二の言葉通り、眼前には大規模なキャンプが張られていた。十組を超える冒険者のパーティがここを拠点としているのだろう。そしてその奥には大きな扉がある。その奥がボス部屋に続いているに違いない。ウィスカの16層も似たような感じではあったが、あちらは扉の前にアイアンゴーレムが鎮座して番人をしていた。今にして思えば環境層へと続く扉だからあそこで張る必要があったのだろう。
そういや最近全然ゴーレム倒していないや。冒険者が多すぎて派手に動けなくなっているんだよな。それに転移門は10層、20層と移動するので途中の16層は一番遠かったりする。
雪音のスキルで砂糖が創れなかったら俺は未だにリリィの命令で蜂蜜狩りを続けさせられていたに違いない。
「へえ、新顔かい? 珍しいな。こんな若いパーティなんてここらじゃ見たことないな」
降りてきた俺達を見かけた冒険者の一人がこちらを見かけて声をかけてきた。身構える俺達だがスカウト、そしてギルド職員として顔の広いユウナが皆に聞こえるほどの小声を出した。
「Aランクチーム『青い風』のリーダーでアーディという評判のよい男です。真っ当な冒険者ですので係わりになって益は大きいかと」
ユウナに礼を言った俺はアーディとやらに向き合った。目上で言えばアインが相当するが、ここは俺の仕事だろう。
「俺達は臨時の合同チームさ。ここには初めて降りてきたところだ。こんな大所帯になっているとは思わなかったが。ここで行き止りってわけではないんだろう?」
俺はタメ口で渡り合った。この見た目なので普段は年下の立ち回りをするが、今の俺はこのパーティの代表でもある。無闇に舐められる謂れはない。
「あ、ああ。その先は25層の門番さ。強さの割に実入りが少ないんで腕試しくらいの奴しか挑まないのさ。俺達はこの上とかを中心に回っているんだ。あんたらがこの扉を開けてくれるってんなら大助かりだがね」
アーディはまさに冒険者としての脂が乗っている30台始めほどの男で頬に大きな傷がある斧使いの男だった。これまでの階層の敵を見るに彼の獲物が尤も適している気はする。
アイン達も斧やハンマーなどの武器が適している事を認めてはいたが、彼等はあくまで騎士としての腕を磨くためにここにいる。
皆無とは言わないが、やはりそのような武器の騎士は色眼鏡で見られるようで、アイン達としては騎士として真っ当に評価される剣で戦いたいようだ。彼等はその生い立ちから余計に正道な騎士としての振る舞いを求められているからだ。二言目には孤児ごときが騎士を……なんて陰口を言われてきたのだろう。
「おい、アーディ。新顔と話してるとトコ悪いが……あん?」
「ああ、誰かと思えば。あの夜以来だな。元気そうで何より」
「お、お前は! どうしてここに? いや、実力を考えれば当然だな。あの時は自己紹介をしてなかったが、私はドイル。知っての通りこのパーティでのスカウトさ」
アーディに話しかけてきた彼の仲間のスカウト、ドイルとはこれで会うのは二度目だった。初めて会ったのは俺が”ゴミ掃除”をした夜で、ギルド側が派遣したスカウトの一人だった。
実に有能だったので報酬を大幅に越えた額を手渡した時に言葉を交わしており、そのときに顔見知りになっていた。
「なんだよドイル、知り合いか?」
「ああ、あの夜の件だよ。覚えているだろう?」
「ああ、嫌に羽振り良かったときの話か。ってことはまさか、この若いのがあのユウキなのか?」
え? なんか顔知られてる感じになってないか? 確かに口止めを頼んだわけではないけど、悪目立ちはしたくないのだが。
「止せよアーディ。それより聞きたいんだが、そちらはマジックバッグ持ちだったよな? 交換できる物資が有ったりしないか? よければこっちはドロップアイテムで都合つけたいんだが」
あの晩に”生ゴミ”を全てマジックバッグに突っ込んだ事を知られているので誤魔化す事はできない。
「そういうことなら彼女と話を通してくれ。ユウナ、後は任せた」
「かしこまりました。このダンジョン25層でも適正価格での取引となりますがよろしいですか?」
「げっ! ”氷牙”じゃないか! 現役復帰したって噂は本当だったのか!」
顔を引きつらせるドイルに少しは恩を売っておくか。
「彼には手伝ってもらったんだ。色をつけておいてやれ」
難しい顔で交渉を開始するユウナを尻目に他の面子は中ボスに挑む準備を整えていた。周囲の冒険者はものめずらしそうにこちらを観察している。
「ユウナは少し外れるが、まあ問題ないだろう。火を吹くヘルハウンドらしいが、まあ楽勝だな」
あっさりと倒された中ボスが落としたのは魔石と毛皮、それに牙だった。俺のスキルの恩恵でいろいろドロップしたが、普段は魔石だけのケチなモンスターらしい。高速で動き回られたら面倒な相手ではあろう。その前に倒せた俺らの敵ではなかっただけだ。
もう良い時間なので、今日の探索は25層で終える事にした。このままで行けばやはり明日には最下層まで行ける計算になるが、どうなることやらだな。
楽しんで頂ければ幸いです。
明日(もう今日ですが)普通に出勤ですので、更新はいつも通りになると思います。
その分文字数は増えてますのでご容赦願いたく思います。
毎日上げるのが理想であるとは思うのですが、なかなか都合がよくはいかないですね。




