リルカのダンジョン 4
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立ち上がった霧の巨人は頭が天井に着くのではないかと思われるほど背丈があった。ボスフロアは激闘に備えてか通路と比べて広さも高さも十分にあったが、それでもこのモンスターの存在を見越していたとは思えない。
ユウナが驚いているから滅多に出ないモンスターのようだし、それを聞いた皆は疲れているなかやる気を見せているが、俺は逆に全くやる気をなくしていた。
なんか、最近出るボス敵が水属性に偏ってないか? 俺の愛剣の出番が全くないじゃないか!
ウィスカのダンジョンでも24層だったかが氷属性の敵が多くて愛剣が使えなくて落胆した。そして最近ようやく出会ったまともなボスはまたもや霜だから氷属性だ。
下手にアイスブランドで手を出したら相手の魔力を補給しかねないとのことなので、俺はまた支援に回る他ない。
危なくなれば手は出すが、あの巨人は間違いなくキリングドールよりかは弱いから大丈夫だろう。
「あの人形は明らかに天災級モンスターです。ユウキ様以外が挑んだら初見ではどのパーティーでも壊滅するでしょう」
配下となったユウナとレイアにはあのボスを見せてある。厳重に幾度もの結界を張った上での観戦だが、俺も不意討ちしか対処法を見出だしていないのでマトモに戦うとえらい手間取った。もちろんそれを見た二人は自分も参加するとは二度と口にしなかった。参加人数が増えれば増えるほどこちらの不利になる嫌な相手なのだ。
それはそれとして、休憩時間に大物との戦闘における指示系統は確認してあるので、皆は淀みなく散開した。
指揮はアインが執り、戦いの方向性を決める。玲二が主攻を担当し、他の二人は遊撃して隙を窺うか注意を引き付ける役目だ。
「デカブツ狩りの定石! 足を狙うぞ。片方を集中的に叩くんだ!」
剣を抜いて足の付け根を斬りつけるアインに続いてハンマーを手にした玲二が強化された腕力にものをいわせて叩き付ける。
鈍く響く音を立てた巨人の足はあり得ない形に曲がっている。
たった一撃で体勢を大きく崩したフロストジャイアントはたまらず膝をついた。その隙を逃さずアインが駆け寄りその巨大な眼窩に剣を突き刺した。アイスはもう片方の目に指環で魔法攻撃を与えている。巨人の苦悶の絶叫が轟いた。
「うお、容赦ねーな。まあ、生きてるモンスターじゃないから遠慮はいらんけど」
「二人の生い立ちをどうこう言う気は有りませんが、機会を逃さんとする彼等の好機に対する嗅覚は並々ならぬものがありますね」
ダンジョンモンスターと言えども、弱点と急所は変わらない。人体における急所も不変だから最大の効果がある場所を狙ったのだろう。
彼等の体調も考慮にあったかもしれない。長期戦になればなるほど疲労している彼等は不利になる。
「効いてるぞ! 残り体力半分以下だ!」
<鑑定>で相手の状況を把握したのだろうジュリアが無傷の方な足を攻撃している。巨人を立たせまいと考えているのだろう。
「後まともに狙えるのは首筋しかないか!」
ハンマーの一撃を与えた玲二が武器を斧に持ち替えて大きく振りかぶった。助走をつけて渾身の一撃を放とうとしているが、そろそろ相手の反撃が来る頃かな?
割れ鐘のような声をあげた巨人は失明こそしたものの、命の危機と言うような感じはない。むしろ狙いをつけず闇雲に腕を振り回す。その巨体から繰り出される攻撃はただの振り回しでも矮小な人間である俺達には圧倒的脅威だ。
「くそっ。無理に暴れやがって!」
凪ぎ払われた腕のせいで絶好の攻撃を邪魔された玲二は毒付くが、事態はさらに悪化を見せる。
顔を大きく傷つけられた巨人はその手で顔を覆うと、手が淡く光り始めたのだ。
「あれはまさか、<回復魔法>か!?」
「そのようです。もともと高位の巨人は魔物というより精霊に近いはず。回復手段を持っていてもおかしくありません」
その回復魔法の効果は想像以上に素早かった。アインが次善策を考える間もなく両目はおろか足まで治癒した巨人は、ただ立ちすくむ俺達を尻目に悠然と立ち上がった。
「あ、ああ!! 何事もなかったように回復されちまったぞ」
「皆、一旦ユウキのいる場所まで下がるぞ。体勢を建て直す。」
俺とユウナのいる端まで戻ってきた四人の顔は冴えない。今出来うる最大の攻撃をもってしても相手を倒しきれなかったのだ。それは今のままでは勝てないことを意味する。
「くそっ、どうするよアイン。このままじゃ手がないぜ? あ、ユウキ。ポカリくんない?」
「あいよ」
皆の分も渡した後で<結界>を張った。その直後、巨人の巨大な足が迫るが、俺の<結界>はそんなものではびくともしない。皆その事を知っているので安心しきっている。これだけでも俺は十分すぎるほど手を貸しているわけだ。
<ユウナさん、どう思います? 俺達だけで倒しきれる相手ですか? あ、ユウキの基準は聞いてないからな>
水分で喉を潤しながら<念話>で話し掛けてくる玲二にユウナは冷静に応えた。だが、何故<念話>を?
<今のままでは難しいでしょう。本来ならリルカのダンジョンに出るようなボスではありませんから。高位巨人は相応の対策をした数十人の合同パーティーで挑むような相手です。今の玲二さん達の連携は悪くありませんでした、あれで削りきれないのは単純に力が及ばないだけかと>
<そうですか。やっぱユウキに手伝ってもらわないと厳しいか>
<多分全体的に力が足りてないんだろうな。そもそもそれを鍛えに来たんだから運が悪かったってことで>
俺と同じ力を持っている筈の玲二がこの程度の敵に苦戦する方がおかしいのだが、今の彼はその力のほぼ全てを封印している。全力どころか1割でも発揮できれば足を潰した直後にそのまま頭を叩き潰せているだろう。
前にも言ったが日常生活にも支障をきたすほどなので彼が使いこなせるだけの力を解放しているのだが、それだとあの霜の巨人には遠く及ばないという話だった、
だが、そのための訓練をするダンジョン探索とはいえ、今すぐやれと言うのは流石に鬼だろう。緊急性が合って急いで強くなならければならないわけでもないしな。
周りを見ても打開策は無さそうだし、自分達の攻撃がすべて無意味になって士気が落ちている。
まあ、手順は悪くなかったし敢闘賞といったところか?
「じゃあ、俺がやるわと言いたい所だが、この剣じゃ攻撃通らないよなあ」
愛剣を鞘から抜いて取り出して見せると、俺の魔力に呼応した愛剣が冷気を放った。まるでみなぎるやる気を見せているようだが……
「恐らく厳しいかと。むしろ相手の魔力を補充してしまう恐れが」
ユウナが心苦しそうに言ってくるが、愛剣の冷気は迸るばかりで皆が寒そうにしているくらいだ。
あれ? もしかして意思のある剣なのか? そんな印象は受けなかったのだが。
もしやと思って何度か語りかけて見たが返事はない。だが、絶対にやると聞かない子供のように駄々をこねている感じだ。
「だが、俺の愛剣はこう言っている。少しはやってみるさ。<結界>はこのままにしておくから、皆はここを動くなよ」
何度も<結界>の上から攻撃を加える巨人にため息をついた俺はその足を掴むと無造作に放り投げた。相手の力を利用した投げ技なのでステータス云々の力ではなく、これは技術の問題だ。
離れた場所で地響きをたてて投げられた巨人は緩慢な動きで立ち上がるが、その間に俺は愛剣を構えている。
「さて、お前の本格的なお披露目だ。せっかくなんで相手は選びたかったが、俺の運の無さを恨んでくれ」
俺は剣技と呼べるようなものはない。<戦士>スキルが上がるにつれて剣筋と呼ばれるものがわかるようになってきたが、バーニィという希代の剣士を目にしては児戯にも劣るとしか思えなくなった。
なので俺は愛剣には悪いがナイフの延長だと思っている。剣を振ればそこが切れている。結果が伴えばそれでいいじゃないか。
「先ずは腕をもらうぞ。同じ属性とはいえ切れはするだろ」
すぐにくっつくかもな、となかば諦めの境地で剣を振るったのだが、なんとまあ綺麗に腕を斬り飛ばしているではないか。
「おお、何故か知らんが行けるじゃないか」
調子に乗った俺はそのまま両腕を切り落とすと返す刀でその首を叩き落とした。
頭部を失った巨人は大きな音を立てて倒れこむとそのまま塵に帰った。あれ? もう終わりか? なんかあっけないな、もっと時間かかると思っていただけに奇妙な違和感も覚える。
「ええー。俺達あんな苦労したのにこれで終わりかよ。そもそも氷だから相性悪いんじゃなかったっけ?」
駆け寄る玲二の言葉に俺も同意した。霜の巨人とアイスブランドはどう見ても同属系統だろう。まともに攻撃が通らないとユウナも危惧していたはず。当の本人の顔を見ても理由は解らなさそうだな。
「腕を切り飛ばした時に見えたのだが、切断面が凍りついていた。そのせいもあるのではないだろうか」
火の精霊を焼き殺したみたいな理論上ありえないような話になっているが、どうなんだろう。
<実はアイスの言葉が正解なんだよね。ユウの巨大な魔力で斬った断面を力技で固定したんでしょ。<再生>は切り離されたものにまで反映されないからね。<復元>は別だけど>
俺達の戦いをどうやったのか見学していたらしいリリィが<念話>で説明をしてくれたが……よく解らんスキル名も出てきたので俺は理解する気をなくした。
斬って倒せる敵だった。もうそれでいいや、何しろこれからお宝確認の時間だし。
「さてボスドロップだ。期待させてもらいたいが……どうせなら運の良い玲二に最後やってもらうべきだったたかな?」
「言いたい事はわかるけどさ、誰もあの初撃で終わるとは思ってなかったと思うぜ」
玲二は<鑑定>で俺のステータスの幸運の低さを知っているので言葉の意味を理解しているというか、幸運値の理論体系を証明してくれたのは彼等なのだ。
ウィスカのダンジョンで一層のゴブリンを100体倒した時の得られるアイテムや魔石の量を比較すると明らかに俺が少なかった。
調査をしたのはレイアとユウナと玲二と俺の四人だが、それを3回繰り返して出た結果なので信憑性はあるだろう。<共有>でステータスを全員同一にしているのだが、本人が持つ星の巡りというか数値上で測れない運の悪さが出た結果と言える。つまり全く嬉しくないが、俺の運の悪さは筋金入りというわけだ。
余談だが、他にも教えてもらった幸運値の影響はドロップ確率以外にも敵の妨害魔法の掛かりやすさなどにも影響があるらしい。
「で、何が出たかな?」
「霧の巨人は非常に珍しいボスで討伐例が殆どありません。あの強さを見れば逃げ場の無いボス部屋で全滅したのだろうとは思いますが、そのおかげで遭遇例さえ報告されませんから」
このダンジョンで過去に討伐されたのは十年以上前のようだ。その時は2個の魔石しか落とさなかったようだが、それでも5等級の魔石……二個で金貨20枚か。あまり美味しくない敵だな。
それでも今回は俺のスキルがあるのでもう少し手に入っていると思いたい。
巨人が倒れ伏した場所に向かうと、明らかに目立つ物が置いてある。これがドロップアイテムなんだろうが……なんだこれ? あえていうなら行李か? 横に長い箱が置いてある。
強い魔力を感じるので明らかに魔導具なのは確かだが、一体なんだろう。
「まさか、氷の棺!?」
<鑑定>するまえにユウナがその正体に思いついた。聞いたことのない名前なので俺が<鑑定>しよう。
氷の棺 価値 金貨200枚
水の上位精霊とその眷属が永遠の眠りにつくときに使用する聖なる棺。その中は永劫の眠りを妨げないように凍てつく寒さがいつまでも維持される。その棺の大きさは使用者の体格によって変わる。無論巨大であればあるほど価値は高い。
「神話にあるような伝説的魔導具です! やはり霜の巨人は大精霊級の格付けなのでしょう」
「凍りついた箱? でいいのか? それだけなのに随分な価値だな」
とても興奮しているユウナを尻目に俺はどう使えばいいのかさっぱりわからんが、玲二はそうでもないようだ。
「つまり、電源不要の冷凍庫ってことか? <アイテムボックス>に慣れた俺達じゃいまいちピンと来ないけど充分凄いアイテムだと思うぜ」
「だが玲二よ、物を凍らせるだけなのだろう? どのような価値を見出すと言うのだ?」
ただ凍るだけの何が凄いのだ? と聞くアインに俺は同感だった。
「ああ、そっか。こっちじゃ冷凍技術の革新の意味がよくわからないか。そうだな、少なくともそソフトクリームやアイスクリームをこの世界の材料で、この棺でも作れるようになるぜ」
「なんて素晴らしいの! これは売らずに取っておきましょう! ユウキもいいですね!!」
「その通りです! これで皆に頼らずとも好きなだけ氷菓が楽しめるのですね!! ね! ユウキ様」
「素晴らしい価値を持つ魔導具です! しかもこの大きさならいくらでも創れそうではないですか! そうですね、ユウキ様?」
「ああ、うん、はい、いいんじゃないですか?」
順にアイス、ジュリア、ユウナからなる女性陣の猛烈なごり押しによりアイス・コフィンは冷凍庫として活用が決まった瞬間だった。
ただ一つ気になるのは彼女たちは”食べる側”であって決して氷菓を”作る側”ではない、ということだが。
俺は生暖かい目で玲二を見ると、その肩に優しく手を置いた。後は頼んだぞ。
「いや、アイスは俺も作ったことないから解らない……いやでも今はスマホで調べりゃいいのか。やっぱ如月さんのユニークもとんでもないな。レベル1でも十分すぎる恩恵だわ」
「しかし、大きな棺だ。だがあの巨人が入るにはあまりにも小さすぎるな。マジックバックのように中は広大なのだろうか?」
アインがそういいながら棺の蓋を開けたら、絶句してそのまま固まってしまう。
「うおおおっ! こりゃ凄ぇや! 棺の中は宝箱かよ!」
玲二の言葉通り、アインが開けた棺の中は様々なお宝で満載だった。金貨銀貨はもちろんのことここから見える範囲でも宝石や宝珠、さらに魔法のスクロールまで見え隠れしている。
俺達は思わぬ大収穫に歓声を上げながら今日の冒険を終わらせたのだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
昨日は出勤でしたので無理でした。すみません。明日も頑張ります。
冷凍庫はなかなか使えます。冷凍品を保管するなら<アイテムボックス>でいいのですが、製氷したり物を冷やす事は出来ないので。
ちなみに霜の巨人は檄レアモンスターです。王都ダンジョンでの遭遇報告は4件しかありません。その理由は作中で語ったとおりです。出たはしたけど報告にまで至らなかったということになります。